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統一編
第75話 母親
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「以津真天がやられたか。初代斎ノ巫女が現界してきたのは、想定外であった」
「どうするタタリよ。虎の子の以津真天がやられてしまった以上、手を打たねば黄泉喰らいの完成に間に合わぬぞ?」
「すでに手は打っている」
◇
以津真天を倒した私たちは、殿を舞花さんに託し、聖廟に向けて駆けていた。
「カヤ、あとどれくらいで聖廟に着く?」
「この先に、闘技場がある。そこを抜ければ、聖廟の正門へと辿り着く」
闘技場、かつて大和を訪れた際に御前試合が催された場所であった。すると、シラヌイの背で小夜に支えられていた千代が目を覚ます。
「お姉様!千代様が目を覚ましました!」
「み…ずほ様」
「千代、気がついた?」
「あの、さっきいた人…何だかとても、懐かしい感じがしました。あの人は一体…」
「無事にこの戦いが終われば分かるわ。今は、戦いに集中して。動ける?」
「もう少し休めば」
「分かったわ。シラヌイ、千代が回復するまで、敵から守りなさい」
「承知した」
私たちが闘技場へと辿り着くと、そこは不気味なほどに静かな場所だった。
「待て、誰かいる」
先頭を走っていた御剣が、後続の私たちの動きを止める。その視線の先には、黒い装束に身を包んだ者たちだった。
「奴らだ」
「彼奴ら、確か神滅刀を奪った連中じゃ…」
「あぁ」
「ここまでよく参られました。ですが、もう手遅れです」
「その声…まさか」
黒装束たちの内ひとりが、顔を覆っていた布を取り払う。
私はその顔を見た瞬間、言葉を失う。
「お母…様」
「すでに祟神威大神様の計画は最終段階に移っています。あと半刻もすれば、現世は常世の呪力に満ち、人は皆、妖となります」
その人物は、紛れもなく私の母親であった。母の顔を知る御剣と千代も、敵として立ち塞がる母を見て言葉を失ってしまう。
「まさか…明日香さんなのか」
「そんな…」
「あなた方を通す訳にはいきません。申し訳ありませんが、お引き取り願います」
私たちを取り囲むように、城壁の上に黒装束たちが姿を現す。
「囲まれておるぞ」
「此奴ら、かなりの手練れじゃな」
「お母様‼︎何を、何をしているのですか⁉︎」
私は母に向けて叫んだ。しかし、私の声は母には届かない。
「歌音、詩音」
「「はい、お母様」」
「幕を開きなさい」
「「かしこまりました」」
母の両脇にいた2人の少女が神威言葉で詩を口ずさむ。すると、周囲の空気が重くなり、まるで別の世の様に感じられる。
「掛かりなさい」
母の言葉と同時に、周囲にいた黒装束たちが一斉に襲いかかってくる。私たちはいる場所は強力な呪術によって隔離され、所謂呪力の膜の中に閉じ込められてしまった。
「瑞穂‼︎」
判断が遅れ、刀を構え損なった私に襲いかかってきた黒装束を、御剣が斬り倒す。
「何をしている!」
「そんな…お母様…」
「瑞穂‼︎」
御剣に頬を打たれ、気を取り戻した。
「気をしっかり持て!油断するな!」
御剣が私の鞘から桜吹雪を抜き、手に握らせる。
「覚悟を決めろ。お前の心が揺らげば、皆が死ぬことになる」
「………」
私は誓った。例えどんなに辛いことがあったとしても、大御神としてこの戦を終わらせると。
私はその誓いを、願った平穏な世を創るために覚悟を決めた。
心が揺らがなかったと言えば嘘になる。
そして、思い出した。
あの日、母が最後に私に会ってくれたのは、人として母として、最後の覚悟があったからだということだ。
なら、私も覚悟を決めなければならない。
例え、この手で自分の母を斬ったとしても。
目の前にいるのは、もう母ではない。私たちの道を遮る敵だ。
「神術、桜花玉簾‼︎」
桜の花びらが、斬撃とともに広がり黒装束たちを薙ぎ払う。その威力は、かつて逢魔が時に放った時とは比べ物にならないほど成長していた。
一瞬、黒装束たちの動きが鈍る。その隙をついて、壁を蹴り、母の元へと迫る。
「ハァッ!」
母に向けて桜吹雪を振り下ろす。しかし、両脇の少女たちが呪術の盾を創り、私の斬撃を防いだ。
「邪魔を、するな!」
「「それは賛成しかねます」」
まるでひとりが話すかのように、不気味に声を合わせる2人の少女たち。その呪力は強力で、実力は千代にも匹敵する。
光の盾に防がれ、弾かれる。
2人の少女は互いに攻めと守りを交互に担い、片方が私に向けて呪術を放ってくる。
城壁の上で繰り広げられる攻防。その下では、御剣たちが何度も立ち上がる黒装束たちと一進一退の攻防を繰り広げている。
「光術、五月雨」
放たれた無数の光の矢を刀で叩き落とす。先に2人の少女を倒さなくては、母の元へと辿り着けない。
「邪魔を、するな‼︎」
私は1人の少女に狙いを定め、刀を振り下ろす。母が歌音と呼んだ少女は、光の盾で私の斬撃を防ぐ。
しかし、私は刀が盾と交差する瞬間、最大の呪力を桜吹雪に纏わせた。すると、桜吹雪の呪力が光の盾に勝り、まるで陶器が割れる様に光の盾が粉微塵になった。
「えっ…」
盾を砕いた刀身はそのまま歌音の左肩へと食い込む。そして、食い込んだ刀身を引き抜き、沙羅の首を突く。
「あ…かっ」
「歌音!」
詩音の動揺を待っていた。おそらく、動きや身体特徴を見て、おそらく2人は双子だ。それも、今まで互いに離れることなく、常に一緒だったのだろう。
故に、片方を倒せば取り乱すと予想していたのだ。
「言ったはずよ」
宙で体を回転させ、その勢いを刀身に伝える。
「邪魔をしないでと」
詩音は光の盾で防ごうとするが、無駄だった。回転の勢いをそのままに、桜吹雪の刀身は詩音の胴を切り裂く。
◇
「お母様」
双子の少女を打ち破った瑞穂は、明日香の前に立つ。2人を斬った時に付いた血を払い、剣先を自らの肉身、自らの母へと向ける。
「お覚悟を」
しかし、明日香は顔色ひとつ変えずに瑞穂を見据える。
「いいえ、まだ終わりじゃあないわ」
「一体、何を言ッ⁉︎」
明日香の放った苦無を、桜吹雪で打ち払う。瑞穂に苦無を放った明日香は、宙を舞い、そのまま何もない宙に立った。
"浮かんでいる⁉︎いや…"
瑞穂が目を細めると、僅かながら明日香の立つ場所が薄らと光った。
"銅線を張り巡らせている…"
「さて、瑞穂。始めましょうか」
「お母様…」
「迷わば、死ぬわよ」
苦無を指に挟み、まるで鉤爪のように持った明日香は、銅線から飛び降りると同時に瑞穂へと斬りかかる。
瑞穂はその攻撃を躱し、躱しきれないものは刀で弾く。
"は、速い⁉︎追いつくのがやっと‼︎"
瑞穂は母が武術に長けている事は知らなかった。薬師として、お祖母様に次ぐ名声を得ていた明日香を、幼き瑞穂は間近に見ていた。
「少しはやるじゃない」
「くっ⁉︎」
体術を織り交ぜてくる明日香に、隙はなかった。僅かな隙をついて攻撃を繰り出すが、素早い動きで全てを弾かれてしまう。
さらに、張り巡らせた銅線によって動きを捉えることが困難であった。
「ならばっ‼︎」
瑞穂は明日香の移動を先読みし、斬撃を放つと同時に銅線を斬る。斬った銅線に飛び移れず、地に足をつけた明日香に一瞬だけ隙が生まれた。
その隙を見逃さず、一気に距離を詰めた瑞穂は、明日香の右肩に向けて桜吹雪を突き立てた。
流血。それと同時に瑞穂の中に、自らの母を刺したことへの後悔が溢れた。
しかし、明日香は動きを止めなかった。
「ふふふ、やるじゃない瑞穂」
明日香は自分に刺さった桜吹雪の刀身を握ると、手が切れて血が出ても構うことなく、その刀身を右肩から引き抜いた。
そして、地に苦無を投げつけると、眩しい光を放った。
「くっ⁉︎」
「流石は、私の娘ね」
再び銅線に立った明日香は、祝詞を唱える。すると、瑞穂の周囲に呪力で創られた黒装束たちが現れ、瑞穂に襲いかかってくる。
幻符『幻惑』、使い手によって術の特性は変わるが、明日香はこれで瑞穂だけに見える幻の敵を創り出した。
"これじゃあ、近づけない⁉︎"
「さぁ、こちらも行くわよ」
迫り来る幻の敵、そして明日香の放つ苦無は呪力の光を帯び、瑞穂が避けようとした場所へ軌道を変えて迫る。避けることが出来ないと判断した瑞穂は、防戦を強いられてしまう。
"何か、何か手を打たないと‼︎"
防戦の最中、瑞穂は思考を巡らせる。幻の敵はいくら斬って消し去ろうが、再び形を創り出して迫ってくる。その時、ふと腰袋の中に手を入れ、ある物を手にする。
"一か八か"
瑞穂が手にした物。それは竹筒に光を放つ火薬を詰め込み、爆発と同時に光を拡散させる閃光火薬筒であった。
筒の紐に刀の火花で火をつけ、宙へと投げる。瑞穂が目を瞑ると、爆音と閃光が辺りに広がった。
「これは、なにッ⁉︎」
閃光を間近で目にした明日香は、目が眩んで動揺する。同時に、明日香の創り出した幻の敵が消える。
"お母様…"
地を蹴り、銅線の上に立つ明日香の左胸に、桜吹雪を突き刺す。そして、2人はそのまま地面に落ちる。
「かっ、はっ」
「みず…ほ…」
地面に落ちた瑞穂は体を打つが、痛みを堪えて立ち上がる。そして、口から血を流し、虚な目をした明日香の元へと歩み寄る。
「立派に…なった…わね」
「お母様、私は、私は」
瑞穂は明日香の上体を抱きしめ、涙を流す。そんな瑞穂を残された力で明日香は抱き返す。
「お母様ともっと一緒に、もっと時を過ごしたかったです」
「私も…同じよ…」
「これからもずっと、見守っていてください」
「私の…愛する娘よ…常世で…見守っているわ」
「はい。愛しています、お母様…」
瑞穂は小太刀を抜き、明日香へと突き刺す。抱きしめる明日香の手が、ゆっくりと落ちていく。
「う…うぁあああ‼︎」
◇
「お母様‼︎お母様‼︎」
小さき頃、私はお母様が大好きだった。
「見てみて、今日は薬草を採ってきたの!」
「あらあら、ひとりで何処に行ったかと思えば」
「これ、お母様が探していた八つ草だよ‼︎褒めて誉めて‼︎」
「えぇ、よくできました。でも、ひとりで山に行ってはいけませんよ」
「うん‼︎」
お母様の後ろ姿を見て育った。
「いい?どれだけ良い薬草を使っても、作り手が雑に作れば、本来の効能は発揮できないの。丁寧に、丁寧に、自分の薬が誰かを癒すものだと考えて作るの」
「はい」
お母様は、とても優しかった。
「お母様、似合ってますか?」
「えぇ、とっても綺麗よ。私の着物でお下がりだけど、よく似合っているわ」
そして、良き理解者でもあった。
「お母様、今日、友達が出来ました‼︎」
「あらあら、どんな御方かしら?」
「御剣という武人の子です」
「まぁ、あの御剣くん?ふふ、とうとう瑞穂にも、意中の殿方が出来たのね」
「ど、どういうことですか‼︎」
私は、自分の手で母を斬った。
最後の最期、お母様は自らの意思で私を抱きしめてくれた。例え、精神がタタリに侵食されようと、たったひとりの、愛する娘のためにそれに打ち勝った。
少しして、他の黒装束たちを倒した御剣たちが私の元へと集まってくる。御剣、千代、そして藤香が、息をしていない明日香を見て言葉を失う。
「行くわよ、皆」
私はお母様の目を閉じると、涙を拭って立ち上がる。小太刀を握る手の力が、自然と強くなる。
「待っていなさいタタリ、あなたを必ず、この手で始末するわ」
「どうするタタリよ。虎の子の以津真天がやられてしまった以上、手を打たねば黄泉喰らいの完成に間に合わぬぞ?」
「すでに手は打っている」
◇
以津真天を倒した私たちは、殿を舞花さんに託し、聖廟に向けて駆けていた。
「カヤ、あとどれくらいで聖廟に着く?」
「この先に、闘技場がある。そこを抜ければ、聖廟の正門へと辿り着く」
闘技場、かつて大和を訪れた際に御前試合が催された場所であった。すると、シラヌイの背で小夜に支えられていた千代が目を覚ます。
「お姉様!千代様が目を覚ましました!」
「み…ずほ様」
「千代、気がついた?」
「あの、さっきいた人…何だかとても、懐かしい感じがしました。あの人は一体…」
「無事にこの戦いが終われば分かるわ。今は、戦いに集中して。動ける?」
「もう少し休めば」
「分かったわ。シラヌイ、千代が回復するまで、敵から守りなさい」
「承知した」
私たちが闘技場へと辿り着くと、そこは不気味なほどに静かな場所だった。
「待て、誰かいる」
先頭を走っていた御剣が、後続の私たちの動きを止める。その視線の先には、黒い装束に身を包んだ者たちだった。
「奴らだ」
「彼奴ら、確か神滅刀を奪った連中じゃ…」
「あぁ」
「ここまでよく参られました。ですが、もう手遅れです」
「その声…まさか」
黒装束たちの内ひとりが、顔を覆っていた布を取り払う。
私はその顔を見た瞬間、言葉を失う。
「お母…様」
「すでに祟神威大神様の計画は最終段階に移っています。あと半刻もすれば、現世は常世の呪力に満ち、人は皆、妖となります」
その人物は、紛れもなく私の母親であった。母の顔を知る御剣と千代も、敵として立ち塞がる母を見て言葉を失ってしまう。
「まさか…明日香さんなのか」
「そんな…」
「あなた方を通す訳にはいきません。申し訳ありませんが、お引き取り願います」
私たちを取り囲むように、城壁の上に黒装束たちが姿を現す。
「囲まれておるぞ」
「此奴ら、かなりの手練れじゃな」
「お母様‼︎何を、何をしているのですか⁉︎」
私は母に向けて叫んだ。しかし、私の声は母には届かない。
「歌音、詩音」
「「はい、お母様」」
「幕を開きなさい」
「「かしこまりました」」
母の両脇にいた2人の少女が神威言葉で詩を口ずさむ。すると、周囲の空気が重くなり、まるで別の世の様に感じられる。
「掛かりなさい」
母の言葉と同時に、周囲にいた黒装束たちが一斉に襲いかかってくる。私たちはいる場所は強力な呪術によって隔離され、所謂呪力の膜の中に閉じ込められてしまった。
「瑞穂‼︎」
判断が遅れ、刀を構え損なった私に襲いかかってきた黒装束を、御剣が斬り倒す。
「何をしている!」
「そんな…お母様…」
「瑞穂‼︎」
御剣に頬を打たれ、気を取り戻した。
「気をしっかり持て!油断するな!」
御剣が私の鞘から桜吹雪を抜き、手に握らせる。
「覚悟を決めろ。お前の心が揺らげば、皆が死ぬことになる」
「………」
私は誓った。例えどんなに辛いことがあったとしても、大御神としてこの戦を終わらせると。
私はその誓いを、願った平穏な世を創るために覚悟を決めた。
心が揺らがなかったと言えば嘘になる。
そして、思い出した。
あの日、母が最後に私に会ってくれたのは、人として母として、最後の覚悟があったからだということだ。
なら、私も覚悟を決めなければならない。
例え、この手で自分の母を斬ったとしても。
目の前にいるのは、もう母ではない。私たちの道を遮る敵だ。
「神術、桜花玉簾‼︎」
桜の花びらが、斬撃とともに広がり黒装束たちを薙ぎ払う。その威力は、かつて逢魔が時に放った時とは比べ物にならないほど成長していた。
一瞬、黒装束たちの動きが鈍る。その隙をついて、壁を蹴り、母の元へと迫る。
「ハァッ!」
母に向けて桜吹雪を振り下ろす。しかし、両脇の少女たちが呪術の盾を創り、私の斬撃を防いだ。
「邪魔を、するな!」
「「それは賛成しかねます」」
まるでひとりが話すかのように、不気味に声を合わせる2人の少女たち。その呪力は強力で、実力は千代にも匹敵する。
光の盾に防がれ、弾かれる。
2人の少女は互いに攻めと守りを交互に担い、片方が私に向けて呪術を放ってくる。
城壁の上で繰り広げられる攻防。その下では、御剣たちが何度も立ち上がる黒装束たちと一進一退の攻防を繰り広げている。
「光術、五月雨」
放たれた無数の光の矢を刀で叩き落とす。先に2人の少女を倒さなくては、母の元へと辿り着けない。
「邪魔を、するな‼︎」
私は1人の少女に狙いを定め、刀を振り下ろす。母が歌音と呼んだ少女は、光の盾で私の斬撃を防ぐ。
しかし、私は刀が盾と交差する瞬間、最大の呪力を桜吹雪に纏わせた。すると、桜吹雪の呪力が光の盾に勝り、まるで陶器が割れる様に光の盾が粉微塵になった。
「えっ…」
盾を砕いた刀身はそのまま歌音の左肩へと食い込む。そして、食い込んだ刀身を引き抜き、沙羅の首を突く。
「あ…かっ」
「歌音!」
詩音の動揺を待っていた。おそらく、動きや身体特徴を見て、おそらく2人は双子だ。それも、今まで互いに離れることなく、常に一緒だったのだろう。
故に、片方を倒せば取り乱すと予想していたのだ。
「言ったはずよ」
宙で体を回転させ、その勢いを刀身に伝える。
「邪魔をしないでと」
詩音は光の盾で防ごうとするが、無駄だった。回転の勢いをそのままに、桜吹雪の刀身は詩音の胴を切り裂く。
◇
「お母様」
双子の少女を打ち破った瑞穂は、明日香の前に立つ。2人を斬った時に付いた血を払い、剣先を自らの肉身、自らの母へと向ける。
「お覚悟を」
しかし、明日香は顔色ひとつ変えずに瑞穂を見据える。
「いいえ、まだ終わりじゃあないわ」
「一体、何を言ッ⁉︎」
明日香の放った苦無を、桜吹雪で打ち払う。瑞穂に苦無を放った明日香は、宙を舞い、そのまま何もない宙に立った。
"浮かんでいる⁉︎いや…"
瑞穂が目を細めると、僅かながら明日香の立つ場所が薄らと光った。
"銅線を張り巡らせている…"
「さて、瑞穂。始めましょうか」
「お母様…」
「迷わば、死ぬわよ」
苦無を指に挟み、まるで鉤爪のように持った明日香は、銅線から飛び降りると同時に瑞穂へと斬りかかる。
瑞穂はその攻撃を躱し、躱しきれないものは刀で弾く。
"は、速い⁉︎追いつくのがやっと‼︎"
瑞穂は母が武術に長けている事は知らなかった。薬師として、お祖母様に次ぐ名声を得ていた明日香を、幼き瑞穂は間近に見ていた。
「少しはやるじゃない」
「くっ⁉︎」
体術を織り交ぜてくる明日香に、隙はなかった。僅かな隙をついて攻撃を繰り出すが、素早い動きで全てを弾かれてしまう。
さらに、張り巡らせた銅線によって動きを捉えることが困難であった。
「ならばっ‼︎」
瑞穂は明日香の移動を先読みし、斬撃を放つと同時に銅線を斬る。斬った銅線に飛び移れず、地に足をつけた明日香に一瞬だけ隙が生まれた。
その隙を見逃さず、一気に距離を詰めた瑞穂は、明日香の右肩に向けて桜吹雪を突き立てた。
流血。それと同時に瑞穂の中に、自らの母を刺したことへの後悔が溢れた。
しかし、明日香は動きを止めなかった。
「ふふふ、やるじゃない瑞穂」
明日香は自分に刺さった桜吹雪の刀身を握ると、手が切れて血が出ても構うことなく、その刀身を右肩から引き抜いた。
そして、地に苦無を投げつけると、眩しい光を放った。
「くっ⁉︎」
「流石は、私の娘ね」
再び銅線に立った明日香は、祝詞を唱える。すると、瑞穂の周囲に呪力で創られた黒装束たちが現れ、瑞穂に襲いかかってくる。
幻符『幻惑』、使い手によって術の特性は変わるが、明日香はこれで瑞穂だけに見える幻の敵を創り出した。
"これじゃあ、近づけない⁉︎"
「さぁ、こちらも行くわよ」
迫り来る幻の敵、そして明日香の放つ苦無は呪力の光を帯び、瑞穂が避けようとした場所へ軌道を変えて迫る。避けることが出来ないと判断した瑞穂は、防戦を強いられてしまう。
"何か、何か手を打たないと‼︎"
防戦の最中、瑞穂は思考を巡らせる。幻の敵はいくら斬って消し去ろうが、再び形を創り出して迫ってくる。その時、ふと腰袋の中に手を入れ、ある物を手にする。
"一か八か"
瑞穂が手にした物。それは竹筒に光を放つ火薬を詰め込み、爆発と同時に光を拡散させる閃光火薬筒であった。
筒の紐に刀の火花で火をつけ、宙へと投げる。瑞穂が目を瞑ると、爆音と閃光が辺りに広がった。
「これは、なにッ⁉︎」
閃光を間近で目にした明日香は、目が眩んで動揺する。同時に、明日香の創り出した幻の敵が消える。
"お母様…"
地を蹴り、銅線の上に立つ明日香の左胸に、桜吹雪を突き刺す。そして、2人はそのまま地面に落ちる。
「かっ、はっ」
「みず…ほ…」
地面に落ちた瑞穂は体を打つが、痛みを堪えて立ち上がる。そして、口から血を流し、虚な目をした明日香の元へと歩み寄る。
「立派に…なった…わね」
「お母様、私は、私は」
瑞穂は明日香の上体を抱きしめ、涙を流す。そんな瑞穂を残された力で明日香は抱き返す。
「お母様ともっと一緒に、もっと時を過ごしたかったです」
「私も…同じよ…」
「これからもずっと、見守っていてください」
「私の…愛する娘よ…常世で…見守っているわ」
「はい。愛しています、お母様…」
瑞穂は小太刀を抜き、明日香へと突き刺す。抱きしめる明日香の手が、ゆっくりと落ちていく。
「う…うぁあああ‼︎」
◇
「お母様‼︎お母様‼︎」
小さき頃、私はお母様が大好きだった。
「見てみて、今日は薬草を採ってきたの!」
「あらあら、ひとりで何処に行ったかと思えば」
「これ、お母様が探していた八つ草だよ‼︎褒めて誉めて‼︎」
「えぇ、よくできました。でも、ひとりで山に行ってはいけませんよ」
「うん‼︎」
お母様の後ろ姿を見て育った。
「いい?どれだけ良い薬草を使っても、作り手が雑に作れば、本来の効能は発揮できないの。丁寧に、丁寧に、自分の薬が誰かを癒すものだと考えて作るの」
「はい」
お母様は、とても優しかった。
「お母様、似合ってますか?」
「えぇ、とっても綺麗よ。私の着物でお下がりだけど、よく似合っているわ」
そして、良き理解者でもあった。
「お母様、今日、友達が出来ました‼︎」
「あらあら、どんな御方かしら?」
「御剣という武人の子です」
「まぁ、あの御剣くん?ふふ、とうとう瑞穂にも、意中の殿方が出来たのね」
「ど、どういうことですか‼︎」
私は、自分の手で母を斬った。
最後の最期、お母様は自らの意思で私を抱きしめてくれた。例え、精神がタタリに侵食されようと、たったひとりの、愛する娘のためにそれに打ち勝った。
少しして、他の黒装束たちを倒した御剣たちが私の元へと集まってくる。御剣、千代、そして藤香が、息をしていない明日香を見て言葉を失う。
「行くわよ、皆」
私はお母様の目を閉じると、涙を拭って立ち上がる。小太刀を握る手の力が、自然と強くなる。
「待っていなさいタタリ、あなたを必ず、この手で始末するわ」
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