花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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統一編

第74話 届いた願い

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 カゲロウを討ち取り、大水晶へ向けて走り出す一同。

 かつて栄華を誇った帝京の町並みは、今ではあちこちで火の手が上がり、大火に包まれ荒廃していた。

「都が…くっ」
「シオン、今は余計な事を考えないように」
「分かっている。分かってはいるが…」

 妖になる前に、妖によって殺されたであろう大和の民を見て、シオンは苦々しく思う。責任感の強い彼女にとって、今、見ている光景は七星将である自分たちが不甲斐なかったせいで引き起こされた事態を、そうすぐには受け入れることができなかった。

「ッ⁉︎カヤ様⁉︎」

 何かを感じ取ったシオンは、前を走るカヤの袖を掴み、引き留めて抱き抱える。カヤに向けて飛来してきた矢が、シオンの背に命中したのだ。

「きゃぅっ⁉︎」
「シオン!」
「だ、大丈夫です。お怪我はありませんか、カヤ様」

 矢を放ったのは、人よりふた回りほど大きい体躯を持つ鎧武者だった。その顔には、不気味な顔が描かれた布を垂れ下げている。

「奴ら、相当の手練れだ」
「あれは、黄泉兵。恐らく、大水晶によって吸い上げられた常世の呪力が、現世の妖に取り憑いたのじゃろう。手強いぞ」

 シラヌイの言葉を聞いた瑞穂が、桜吹雪を構える。

「あまり時間を掛けられないってことね。上等よ。御剣、藤香、私について来なさい」
「御意」
「分かった」
「千代、シオンの治療を任せたわ」
「はいっ‼︎」

 瑞穂、御剣、藤香の3人が、黄泉兵たちに斬りかかる。瑞穂が振るった刀は黄泉兵の胴を捉えるが、黄泉兵は人間離れした跳躍でその斬撃を躱す。

「でかいのに、素早いわね。でも、これならどうかしら」

 瑞穂は右手の平を黄泉兵に向けると、呪術で桜の花吹雪を黄泉兵に纏わせる。まるで意思を持つかのように動く花吹雪に気を取られている黄泉兵に、瑞穂は懐まで肉薄し刀を振り上げる。

 斬り上げられた黄泉兵は倒れると同時に、灰となって消える。

「藤香は右を、俺は左だ!」
「うん」

 業火に火を纏わせ、御剣は黄泉兵に斬りかかる。黄泉兵は手にしていた長刀で業火を防ごうとする。

「その程度で、防げはしないぞ」

 さらに纏っていた火の力を強めると、鍔迫り合いになっていた黄泉兵の長刀の刀身が溶け始めた。その隙を見計らい、黄泉兵の長刀を一気に弾き飛ばし、黄泉兵の腕を斬り飛ばし、そのまま首を刎ねた。

 藤香の素早い動きに黄泉兵は翻弄され、何度も鎧を貫かれる。そして、その刀身には毒が纏わされていたため、少しして黄泉兵は力無く前に倒れた。

 最初の3体を倒すも、次々と黄泉兵が現れる。

「まだ来る…。これじゃあ、キリがないわね」
「やるしかないだろう…。藤香、いけるか?」
「まだ大丈夫」
「来るわ!」

 黄泉兵たちが一気に3人に迫ろうとした時だった。瑞穂たちの周囲を取り囲むように巨大な術式が地面に現れ、光の壁によって術式の上にいた黄泉兵たちが押し潰された。

「この呪術は…」
「間に合いましたね、瑞穂様」
「ユーリ⁉︎」

 空を見上げると、そこには光の翼を背に現出させ、宙に浮かぶユーリの姿があった。

「あなた、皇宮にいたはずじゃ!」
「転移術で、何とかここまで来ました。水臭いですわ瑞穂様、私も皇国の宰相でございます。皆さんの帰りを待つだけでは心苦しいのですよ。そうですよね、皆さん」
「その通りです」

 そして、それに呼応するかのように仁たち連合軍の兵士たちが背後から現れ、黄泉兵たちと戦いを始める。

「聖上、命を破った戒め、戦いの後にしかとお受けいたします。ここは我らに任せ、先をお急ぎください。ここに来たのは少数、残りは胡ノ国の咲洲将軍が率いて城外で戦っております」

 ミィアンが、黄泉兵に宙から方天戟を叩きつけ、一刀両断にする。そして、次々と飛びかかってくる黄泉兵を最も簡単に叩きつぶしていく。

「お姉さん、仲間外れにするなんてずるいぇ。ウチもついて行くぇ」
「私たちの事なら、心配する必要ないわ。早く行って」
「この程度、造作もないからな」

 そう言うリュウとローズ。

「全く、あなた達ったら…」

 その言葉は、呆れではなく嬉しさがこもっていた。一同はミィアンを加え、黄泉軍の相手を連合軍に任せることにした。

「カヤ、先を急ぎましょう」
「うむ」

 瑞穂は先に見える聖廟を見据える。聖廟を貫くようにそびえる黒い大水晶は、さながら魔城のように見えた。


 ◇


 黄泉兵たちを退けつつ、たどり着いたのは帝京の中心、聖廟のある御所の開けた場所であった。ここは、平時であれば祭り事に使われるほど大きい場所である。

 城下の惨状を見れば、ここも妖で溢れているはずだった。しかし、妖はどこを見渡してもいない。

「嫌な予感がする」
「俺もだ」

 すると、聖廟の方から何か大きな影が飛び立つのが見えた。それは広場の中心へと来ると、ゆっくりと降り立つ。

 たった一人。否、人ではないもの。白い体毛に禍々しい翼、塀よりも高い背丈を持ち、顔には仮面のようなものがついていた。

「何、あいつは…」
「あ、あぁ…」

 それを見た瞬間、シラヌイの背にいた小夜が小刻みに震える。

「あれは…迦ノ国の長居城を壊滅させた、化け物なのです…」
「太陽の紋章にこの呪力、やはり、貴様で間違いないようだな大御神」
「私を、知っている?何者?」

 それは大きく翼を広げる。すると、翼の周囲から黒い怨念が無数に飛び交い始めた。

「大御神、感じるか。貴様に殺された人々の怨念が。貴様が焼き払った草薙の民の怨念を‼︎」
「草薙の…民?」

 瑞穂はその言葉を聞き、小さい頃に祖母の墨染から聞いた話を思い出した。

 かつて、葦原村の西には草薙村という村があった。しかし、禍ツ大和大戦で禍ツ神の禍褄棚綺大神が元凶であることが判明したため、草薙村は何者かによって村人ごと焼かれてしまったという。

 しかし、瑞穂はそれが大御神の仕業であったとは聞いていない。寧ろ、どれだけ道を踏み外そうとも、あのカミコがそんな事をするとは思っていない。

「シラヌイ、あなた、何か知っている?」
「妾が知る限り、御身はそのような事をしてはいない」
「それを聞いて安心したわ。あなた、名は?」
「我は以津真天、貴様に殺された草薙の怨念によって生み出された妖。さぁ、魂が満ちるまで、存分に喰らうてやろうぞ」

 以津真天はそう言うと、胴に縦に開いた口を大きく開ける。そして、耳を塞ぐほどの強烈な咆哮を上げた。

「な、何てでかい声じゃ」
「み、耳が」
「くっ、くるぞっ‼︎」

 以津真天は翼を広げて飛び立つと、一同に向けて迫った。一同は散開し、以津真天の攻撃を避ける。

「うひひっ、こんな強いのが相手やと、興奮するぇ‼︎」
「ま、待てミィアン!」

 ミィアンは以津真天に向けて方天戟を横に振るう。しかし、その攻撃は躱され、翼によって薙ぎ払われる。

「なんのこれしき!」

 薙ぎ払いを方天戟で防ぎ、ミィアンはすかさず攻撃を繰り出す。あれほどの体格差を物ともせず、ミィアンは果敢にも攻撃を繰り出していく。

「皆、ミィアンを援護するわ‼︎」

 その場にいた全員が、ミィアンと共に以津真天の攻撃に加わる。しかし、どれだけ斬撃を加えようと、どれだけ呪術を、弓矢を撃ち込もうと、以津真天はその矮小な抵抗を嘲笑うかのように弾き、躱していく。

「はぁっ‼︎」

 御剣が以津真天の翼を捉える。しかし、業火ではその翼を切ることが出来ず、御剣の眼前に以津真天の不気味な顔が間近に迫る。

「なっ⁉︎」
「まずは一人」

 縦の口から出た触手が御剣を掴み取ろうとする。しかし、カヤの矢が顔に、藤香の毒が触手に命中し、何とか危機を脱することが出来た。

「無事か、御剣⁉︎」
「助かった、カヤ、藤香」
「油断したら、あれの餌食になる」
「だな…」

"何か、何か弱点はないのか?"

 御剣は、以津真天の動きをよく観察する。あれほどまでの巨躯を自在に操り、多数を相手にしても怯むことがない。

 単に強いと決めつければそれだけだ。しかし、今まで戦って来た名ありの妖には、必ず弱点はあった。

「ごほっ、ごほっ」
「大丈夫ですか、千代様」
「灰が口に入ってしまって…ごほっ」
「常世の侵食が進んでおる。急がねば」
「ごほっ、シラヌイ様。あの妖、何か弱点はないのですか?」

 千代も御剣と同じ事を考えていた。今、自分の使うことができる呪術を全て撃ち込んだものの、決定打を与えることが出来ない。藤香の毒も一時的なものだった。

「何か、何か…」

 千代は、手にしていた大幣を見た。


 ◇


「うくっ⁉︎」
「きゃっ⁉︎」

 御剣と藤香が以津真天の手によって弾き飛ばされる。すかさずコチョウとシオンが呪術を撃ち放つが、2人の呪術すら怨念に掻き消されてしまう。

「不味いわ、全く効かない」
「コチョウ、弱音を吐くなんてあなたらしくないわ」

 攻撃を躱した2人は、間合いを取るためにカヤとムネモリの元へと戻る。

「鉄槌‼︎」

 ゴウマが殴りつけるも、その攻撃は全く通用しなかった。

 そして、一同と以津真天の間に、奇妙な間が出来る。瑞穂がこの状況を打開できる術を模索していたところ、彼女の元にシラヌイの背に乗った千代が現れる。

「瑞穂様!」
「千代」
「一つだけ、気付いたことがあります」
「気付いたこと?」
「あの妖は、この周囲から怨念、いわば死者の呪力を吸収しています」

 千代の言うとおり、以津真天が怨念と呼ぶ呪力は、死者の持つ呪力をその力の源としているのだ。それは、呪力の流れを読めば分かる。

「一時的にでも、あの妖に流れ込む呪力を阻害できれば、勝機はあるかもしれません」
「でも、どうやって。呪力の流れを止めるなんて、そんな事普通じゃできないわ」
「いえ、私なら、斎ノ巫女である私なら出来ます」

 そう言って、千代は手にしていた大幣を振るうと、大幣に淡い緑色の呪力が纏い始めた。

 浄化の作用を持つ、呪力である。

「私がこの周囲一帯の呪力を浄化します。ですが、絶え間なく流れるため、浄化できるのはほんの数秒、合図をすれば、皆さんの持てる力全てで、一斉に最大級の攻撃を叩き込んでください」
「………分かったわ。頼むわよ、千代」
「はい。お任せください。小夜ちゃん」
「はいなのです」
「私が祝詞を唱える間、私の目となってください」
「分かったです」
「それでは、作戦開始です‼︎」

 千代は目を閉じ、祝詞を唱え始める。詠唱式、符術式、そして秘術式の術式を組み合わせることにより、安定した呪術を使うことができる。

 さらに、術式を重ねる術式重ねの手法を使うことで、より呪術は強力なものへとなる。

「皆、できるだけ奴の注意を引きつけて!」
「何かいい案が見つかったのか」
「千代の案に託してみましょう」
「千代か、なら安心だな」
「やってやるぇ」

 以津真天が体を一回転させると、呪力の波動が中心から円の様に広がる。多数が同時に接近した場合は、こうして接近を阻む呪術を使ってくる。

「瑞穂様‼︎」
「全員、全力で攻撃を放て!」

 千代が大幣を空へと掲げると、広場を覆っていた黒い呪術が一気に浄化される。その呪力は人に取って、とても温かく優しさを感じるものであった。

「今です‼︎」

 刀を、戟を、弓を、呪術を。その場にいる全員が、持てる力全てを込めて、以津真天に繰り出す。呪力の流れを阻害された以津真天は、その全力の攻撃を四方から受ける。

「何、だと」
「こいつで終いよ」

 瑞穂が呪術『桜花玉簾』を撃ち放つ。その斬撃は桜の花吹雪を纏い、以津真天の胴体を真っ二つに斬った。

「やったか⁉︎」
「はぁはぁ、も、もう限界…です」

 強力な呪術を使ったことで、千代がシラヌイの背に倒れ込む。すると、上下に分かれて地に倒れた以津真天の体が、新たに流れ込んだ呪力によって徐々に繋がり始めた。

「い、いけない…呪力の流れが…」
「くそっ‼︎」

 御剣が再生しつつある以津真天に斬りかかろうとするが、呪力の壁によって阻まれてしまう。一同は何度も呪力の壁に攻撃を加えるが、もはやその壁を破ることは出来なくなっていた。

「こ、このままでは」
「諦めるな!必ず破れる!」
「攻撃を続けるのよ!」

 全員が満身創痍だった。先ほどの攻撃で全力を出し切ったのもあり、壁を抜くことは出来なかった。

「う、うぅ…も、もう一度…」
「千代様、そのお身体では!」
「私が…私が…やらないと」
「無茶をするでない斎ノ巫女殿。いくら其方であれ、あの術をもう一度使えば!」
「それでも、やらないといけないんです!」
「じゃが⁉︎」
「皆さんが、私を信じてくれました。その期待に応えてこそ、真の斎ノ巫女なのです‼︎」

 千代は乱れた呼吸のまま、最後の力を振り絞って大幣を掲げる。しかし、祝詞を唱えようとしても、呼吸がままならないため唱えることができない。

"お母様、私に誰かを守るための力をお貸しください"

 その時、宙に鮮やかな緑の光が輝く。
 










「あなたの意思、しっかりと受け取りました」




 




「えっ?」

 千代が空を見上げると、そこには金の髪をした古い巫女装束姿の女性が浮いていた。背後にいた千代の場所からは、女性の顔は見えない。しかし、その声は彼女に取ってどこか懐かしい響きを感じるものだった。

「あとは私に任せなさい」

 そして、何よりもシラヌイがその女性の後ろ姿を見て唖然としていた。
 
「まさか、其方、妾は夢でも見ているのか…」
「お久しぶりでございますシラヌイ様。そして、これは夢などではありませんよ」

 女性はそう言うと、倒れる以津真天の周囲に術式を展開させる。それは、千代と同じ五芒星の術式であった。

「術式展開、鹵、獲、包、転、滅」

 さらに、文字を加えた術式を五芒星に重ねる。

「幻符、境界封印」


 ◇


 俺が見たのは、光に包まれる以津真天の姿だった。突然、奴を包んだ光は、以津真天の体を全て包み込むと、静かに消え去った。そこには何も残っていなかった。

「き、消えた…」
「どういうこと…」
「彼女がやったのじゃ」

 そう言ったシラヌイの隣には、古い装束を身に付けた見知らぬ巫女が立っていた。不思議と、その巫女の顔は千代を思い浮かばせるほど似ていた。

 そして、その巫女からは、千代以上の呪力を感じ取れた。

「間に合って良かった。本当に」
「あ、あの、あなたがあの妖を」
「はい。呪術で封印いたしました。もう現れることはありませんよ」

 そう言った巫女は、シラヌイの背に倒れ込む千代を見て微笑むと、そっとその頭を撫でる。

 ようやく、俺はこの巫女のことを思い出した。

「あなたは…」
「千代っ‼︎」
「大丈夫。呪力の使い過ぎで、気絶しているだけです。本当に、私に似て無茶する子ですね」
「どういう…御剣?」
「お久しぶりですね御剣様」
「御剣、知り合いなの?」
「なぜ、あなたが現世に」

 御剣がそう言うと、巫女は慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

「娘の危機に、駆けつけない母親がいますか?」
「娘?母親?」
「と言うことは、千代はんのお母さんかぇ?」
「千代の母親は、七葉さんのはずじゃ」
「どういうことですか?」
「この者は、初代斎ノ巫女、白雪舞花。斎ノ巫女殿の、実の母君じゃ」

 困惑する皇国勢に対して、シラヌイが千代の生い立ちを説明をする。

「しょ、初代、斎ノ巫女…」
「え、でも、初代斎ノ巫女がいたのは、百年ぐらい前じゃ…」
「間違いなく、当の本人だ。俺は一度、黄泉の国でこの方に会っているからな」
「ぅ…う」

 気絶していた千代が目を覚まそうとする。それと同時に、新たな黄泉兵の軍勢が現れる。

「ここは私が引き受けます。皆さん、先へ進んでください」
「舞花さん…」

 舞花は千代の頭を撫で終えると、大幣に呪力を込める。すると、大幣に緑の光が宿る。瑞穂はそれが、舞花の呪力であることに気づいた。

「皆さん、お早く」
「承知しました。ご武運を、舞花さん」
「死ぬでないぞ、舞花。其方が命を落とせば…」
「存じております、シラヌイ様」

 一同が聖廟に向けて進もうとしたとき、舞花は瑞穂と御剣を呼び止める。

「瑞穂之命様、御剣様。どうか、私の娘をよろしくお願いします」
「…もちろんです。舞花さん」
「何でしょうか」
「無事に戻ってこられたら、千代を抱きしめてあげてください」

 瑞穂にそう言われると、舞花は微笑む。

「えぇ、もちろんです」

 瑞穂達を見送った舞花は、迫り来る黄泉兵を見据える。

「さぁ、私が相手です。ここは通しませんよ」

 舞花の放った呪術の光が、黄泉兵の軍勢を包み込む。
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