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統一編
第71話 変貌する世界
しおりを挟む高野にて、瑞穂率いる皇国勢との一戦を交えたウルイ達は、正確には撤退することなく、さらに大和の国都である帝京に向けて進軍を続けていた。
塩瀬の地で堅固な陣を構えていたカゲロウを後退させ、ジュラ、オルルカンと合流したウルイ。
そのウルイに向き合う一人の老人がいた。
和泉湾をはじめ、この地の海にかかる利権を牛耳る、加茂海運商会の会長加茂源一。和泉湾に浮かぶ島国である詠において、その全ての実権を握る者である。
「ふむ。まさか、貴殿が直々来るとは思っておらんかった」
「大したことではありません。これ程の大口取引ですし、武皇と呼ばれる方の姿を一目見たいと思いましてね。フォッフォッ」
杖をつく老人は独特な笑いをこぼす。老人の立つ背後の海原には、一面を埋め尽くすほどの船が浮かんでいた。
船には、ウルイが即戦力として加茂から買い入れた約1万人の剣奴たちが、次々と、まるで積荷がごとく船から降ろされていく。
「彼らは元々、南方諸島の部族紛争を戦い抜いてきた猛者達ばかりです」
「えぇ、特に先にお送りしたもの達よりも、統率に従い、従順であります」
「人身売買は主の定義に反するのではなかったのかのぅ⁇」
「はて、あれは積荷にございますです。何のことやら⁇」
そう告げたのは、流浪の商人であるヤムトであった。素早く、そして注文の品を即座に用意できるからくりは、こうした海運通商が盛んな詠の後ろ盾があったからである。
「さてさて、噂では大和は帝が崩御し、朝廷軍総司令のハクメイがその席に座ったと聞きましたが。迦ノ国はその大和に攻め入るのですかな?」
「左様じゃ。政変の起こった今こそ、攻め時」
「そういえば、長居城が皇国の手に落ちたようですな。背水の陣と言いますか、国都を放棄してまで大和を攻めるには、何か理由が…」
「………」
余計なことを聞くなと、ウルイは加茂に無言の圧力を掛ける。
「失礼、詮索し過ぎましたな。ヤムト、我々は引き上げるとしようか」
加茂とヤムトが立ち去った後、ウルイは左大臣のジュラ、右大臣のオルルカンを呼ぶ。
「簡単に今の戦況を伝えぃ」
「はい、ウルイ様。我々を追って北上していた瑞穂之命率いる皇国勢は、塩瀬の地において行方知れずとなりました。これについては、陣の南側に正規部隊を配置し、奴らの攻撃に備えます」
「うむ、東は?」
「長居城が皇国の手に落ちましたが、胡ノ国、斎国、皇国本国ともに目立った動きはありませんな。奴ら、守りを重視してか、国境の防衛を手厚くしていて、こちらには手を出してくる気配はありませぬ」
「最後に北ですが、大和の周囲は厚い城壁によって周囲を囲まれており、並大抵の戦力では突破は厳しいと思われます。城壁の高さはおおよそ165尺、我が軍の攻城兵器は元より数が少なく、少しの損害は許されません。すでに、斥候からの報告では城壁内外、そして城壁上に防御兵が配置され、防御を固められているとの報告です」
ウルイはその報告を聞き、オルルカン・ジュラの両名に、攻撃部隊の編成と作戦の立案を急がせた。
「皇様、高野で戦った皇国一派が、我々を追ってくるはずです。会敵した場合は迎え討つつもりですが、如何なさいますか?」
「後方の防御は千浪に任せる。奴らのことよ、長居へ侵攻した本隊との合流を待たず、儂らを追ってくるだろう。今の奴らなら、千浪の部隊で十分じゃ。それよりも、儂らの目的はあの大和の都、帝京の攻略じゃ」
迦ノ国は皇であるウルイを中心に動く遊牧国家。彼らが拠点を置いていた長居城が陥落したところで、迦ノ国の地盤が揺らぐことはない。
迦軍は大和の国都である帝京へ向け、単縦陣で歩を進める。途中、幾度かの大和軍防御陣地と遭遇するも、圧倒的物量と戦意の差で打ち破っていく。初戦に七星将2将が率いる軍団が敗北し、迎撃へと向かった軍団もことごとく敗走したことから、大和軍の内部の士気は瓦解しかけていた。
そのうえに、大和中央政権である朝廷の帝崩御を皮切りに、新たな国主として名乗りを上げたハクメイによって、帝京のみの徹底抗戦が指示されている。それは言い換えれば、帝京以外の町や村を捨て、帝京に引きこもれというものだった。
これには、地方出身の大和兵達が猛反発し、本軍から離脱、個々に自らの故郷を守ることを選択した。この事態を皮切りに、精強かつ強大な戦力を誇っていた大和軍は崩壊の危機に瀕していた。
『さて、儂らが大和を落とすのが先か、それとも奴らが先か、勝負と行こうかのぅ』
迦軍は歩みを止めず、ただひたすら帝京を目指して歩を進める。
◇
ここまでの情勢を整理する。
俺たち皇国は、仁率いる皇国遠征軍と、別行動をとっている俺たち別動隊の2つに分かれている。遠征軍は迦軍の北上によって手薄となった迦ノ国領内の制圧、俺たちは瑞穂の下で、奪われた妖刀、神滅刀の奪還のため、それを所持するウルイを追っている。
遊牧国家である迦ノ国は、長らく拠点にしていた長居城を放棄し、国内の戦力ほぼ全てを動員し、大和国都たる帝京へ向けて北上している。
対して大和は、絶対的権力の象徴でもあった帝ミノウが崩御し、皇位継承権を持つ皇女カヤの不在を理由に、表向きは七星将のハクメイが新たに実権を握り、不穏な動きを見せている。
胡ノ国は華宵咲夜姫の下命によって、斎国と共同戦線を敷き、大和との国境に軍団を終結させ、防衛線を構築している。これは、万が一大和か迦ノ国が敗走した場合、そのどちらかの敗残兵や難民が、自国に流入することを防ぐためでもある。難民の流入は資源の枯渇や治安の悪化を招きかねないからである。
皇国よりも東の小国家群は、皇国と友好関係にある国家が義勇兵の動員や物資の提供を行っている。
この中で。動きが分からない国家が2つ。
1つは東の宗教国家であり、皇国の宰相であるユーリ、ユーリの側付きで采配師であるホルスの故郷である神居古潭だ。こちらも、大宮司アムルの行方が分からなくなり、信徒たちが狂ったかのように殺し合いを始めているという。その後の情勢が不明であり、その矛先が皇国へ向く可能性が十分にある。
もう1つは、西の海運国家である詠だ。
その詠について、密偵である琥珀から新たな情報が入った。詠はウルイに対して、南方の島々から剣奴を提供しているとのことだ。その裏では、あの流浪の商人ヤムトが絡んでいるらしい。
「俺たちがとれる選択肢は3つ、1つ目はこのままウルイを追撃する。2つ目は大和を救援する。3つ目は仁の遠征軍と合流し、万全の体制を備える。だろうな」
「ここまで数回、ウルイを追ったけども、ことごとく返り討ちに遭って、神滅刀の奪還どころか、こちらが全滅する危険もあったわ。それに、追うとしてももう奇襲は通用しないでしょうね。奇襲を見越して、ある程度の戦力は後方に配置しているはずだし。そうなると、大和側についた方が得策かしら」
「それは駄目じゃ、瑞穂殿」
そう言ったのは、他でもなく大和の次期帝であるカヤ本人であった。
「ハクメイは聡明で、この案に賛同するかもしれぬが、裏でこの事態を操っておるレイセンはしたたかじゃ、奴なら、余たちの寝首を掻くこともいとわぬ。今や、大和に余の味方たるものはいないじゃろう」
「それは一体、どういうことでしょうか」
「レイセンには二つ名がある。それは、調律。すなわち、音や事、物事を正しき道へと律することに長けている。数多くの紛争を解決し、大和をより良き方向へと導いている。しかし、それは同時に大和にとって諸刃の剣でもあるのじゃ」
「年齢不詳、いつの時代からか、時の帝に仕え、その裏で糸を引いていたと云われる人物です。私たち現七星将であっても、彼女がいつからその座についていたのか、全く分からないのです。いつしか、それについて疑問を呈することも禁忌となっていました」
「なら、大和に味方をする案も難しくなるわね…、カヤはそれでもいいの?」
「致し方ないじゃろう。本来であれば、お父上の亡骸を確認するまでは、崩御したとは信じられぬが…。3つ目の案も良いが、余から4つ目の案を提案させてもらいたいのじゃ」
「それは、なんやえ?」
「帝京以外の大和臣民を集わせて、正当政府を樹立する。これは、余とムネモリ、そしてお父上の間で密かに進めていた計画じゃ」
これには、俺たち皇国勢どころか、シオン、コチョウ、そして負傷し千代から治療を受けるゴウマといった大和勢も驚きを隠せなかった。
「大国を率いる立場であれば、様々な事態を想定して策を練っているものじゃ。おそらく、ムネモリは大和を脱出し、第三国において、すでにこの案を実行に移しておるじゃろう」
「一体、どこの国で?」
「胡ノ国じゃ。輝夜殿とは、古くから付き合いのあるのじゃ。そのうえ、国境付近には中央の息のかかっていない連中が多く残っておる。唯一の頼りはそいつらじゃな」
「どうする、瑞穂?」
瑞穂は少し考えこんだ後、おもむろに口を開いた。
「その案に乗りましょう。このまま迦ノ国と戦ったところで、ジリ貧になるわ。形勢を立て直すには、それしか方法がないかもしれない」
「しかし、カヤの言う連中とは、どんな奴らなんだ?」
「それは、ここにおるゴウマがよく知っておる。のう、ゴウマよ」
「左様で。その地は我が七星将になる前まで育った豪族の支配地域、最後まで大和の支配に抗った者たちの住む地でもあります」
「一大勢力じゃ、これやその周囲の離脱兵を取り込めば、帝京の軍団にも負けず劣らずじゃ。それには、主の力が必要になる」
カヤはゴウマの下へと歩み寄る。
「余についてきてくれるな、ゴウマ」
「カヤ様。まさか、一度貴女様に刃を向けたこの我に、汚名返上の機会を与えていただけると?」
「うむ。しかし、お主は誇り高き闘士じゃ。主に認められるには、余が正当な主であることを証明せんとならぬな」
すると、ゴウマは立ち上がり、カヤの下へ近づくと、膝をつき首を垂れる。
「先の戦での豪勇、果敢な戦勝負、見事なもの。すでに我は、皇女殿下を主として認めているもの。この身果てるまで、存分にお使いください」
「うむ!これからも頼むぞ、ゴウマ」
「なら、今は少しでも早く胡ノ国に向かうしかないわね。神滅刀の奪還は…」
「一度、諦めるしかないんじゃないか?」
「不本意だけど…そうするしかなさそうね。千代、仁たちに私たちが胡ノ国に向かうことを伝えてくれる?」
「かしこまりました」
こうして、一行に新たに七星将のゴウマ、そしてコチョウと彼女が率いる軍団が合流し、一同、胡の国に向けて歩を進めることになった。
「ふぇ、また歩くのかぇ」
「文句言わないの」
◇
帝京 新政権 帝宮
主がいなくなった玉座に、新たな長となったハクメイが腰を掛ける。しかし、ハクメイは浮かない顔でこうつぶやく。
「やはり、私には座り心地の良くない椅子ですね」
その真意は、自らに大和の長たる帝の素質がないことを意味するのか、はたまた、単に椅子の座り心地が気に入らないのか。
ハクメイの手下によって、危篤状態を引き起こす薬を混ぜられた茶を飲んだ帝は、意識を失い、今は瀕死の状態で床についている。あと数日もすれば、その命の篝火も消えるだろう。
明らかな毒殺ではなく、じわりじわりと寿命を蝕むその薬は、図った者を特定させず、違和感のない死を演出できる。
現在、話すこともままならない帝に代わり、皇位継承権のある皇女カヤが不在であることを理由に、帝代行という立場を得たハクメイであったが、どうにも気が乗らないようであった。
「やはり、私は今まで通り知略を張り巡らす役割の方が似合っています」
「我慢するのじゃ、ハクメイ。主はこれまで通り、長を演じ、いつものように軍略に知力を巡らせておればよい。後のことはすべて妾に任せておけばよい」
そういって玉座の背後に現れたのは、カヤよりも幼い外見を持ち、青い着物を身にまとう幼女、調律のレイセンであった。
「帝京の防衛は順調かの?」
「食料、武器、人的資源、すべて備蓄が完璧ですね。唯一の懸念事項は、中にいる民のことくらいです。おおよそ60万人、これらを養うとなると相当の資材を使用することになります。今からでも、帝京の外へと出すこともできますが…」
「民は中に残しておいて構わぬ。出来るなら、一人も外に出さんでよい」
「そうですか。あなたが言うのであれば、従うのみです」
レイセンの言葉にハクメイは異論を唱えなかった。
この一連の騒動を引き起こした張本人は、紛れもなくこのレイセンであった。帝のやり方に不満を抱いていた朝廷軍総司令のハクメイや、その他の七星将を引き込んだ彼女であったが、その真意は不明である。
何を求めて、時の帝を死の淵に追いやってまで国に混乱を巻き起こしたのか。聡明であるハクメイでさえ、読み解けなかった。しかし、国を作り変えるという、同じ目的を掲げている以上。逆らわない方が良いと考え従うのは、それこそ彼が聡明であるからだろう。
でなければ、帝宮の地下に無惨に打ち捨てらることとなる。
「さて、決行の刻は近いぞ、ハクメイよ。妾の期待を裏切る出ないぞ」
とても幼女とは思えないほど不気味な笑顔。その笑顔のうちに秘められた真相には、まだ誰も気が付くことはなかった。
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