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決戦編
第69話 高野決戦 後編
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「これは一体…」
「見ない方が良いわ、小夜ちゃん」
「は、はい。ローズ様…」
長居城へと到着した皇国遠征軍。仁たちが城に入ってすぐに目にしたのは、凄惨な光景だった。
戦の火の粉を恐れてか、長居城の城下町からは人々がほとんど消えていた。おそらくは、周辺の村などに分散して疎開したのだろう。
しかし、城内は違った。城には守備を担っていたと思われる兵士の遺骸が、まるで何かに食いちぎられたかの様に散乱していた。
仁たちが城内を進んでいると、奥から断末魔に似た悲鳴が響いてくる。
「注意を怠らないように」
「あぁ」
仁とリュウが皇国兵を引き連れ、悲鳴の聞こえた場所へと向かう。たどり着いた先は、城の謁見の間と思わしき大きな空間。
「な、何ですかあいつは…」
「妖…いや、化け物だ…」
彼らが唖然とするのも無理はない。
謁見の間にいたのは、体躯が人の四倍はあり、白い体毛に覆われている。特徴は両横と縦に四本生える角と、生気のない仮面の様な顔、そして腹に縦に裂かれた巨大な口、そして禍々しい翼。
その化け物は、片手で生き残りの兵士を掴み上げると、腹の口にそれを放り込み、噛み砕くように捕食し始めた。
「仁、どうする」
「どうするも。この惨状は奴の仕業でしょうね…リュウは、あれに勝てますか?」
「いや、無理だろうな」
「奇遇ですね。私もそう感じます…」
化け物は兵士を貪った後、仁たちの方を振り向く。その仮面の様な顔をぎこちなく、不気味に動かしながら。
皇国兵たちは、その不気味さに正気を失う者、腰を抜かし座り込む者、気を失う者が出始めた。歴戦の猛者である仁やリュウでさえ、身体中から汗が流れ出て止まらない。
「て、撤退しましょう…早く奴から離れますよ…」
「同感だ…」
仁たちは武器を構えながら、ゆっくりと後ろに後退り、化け物から離れようとする。
「脆いな、貴様ら人間という生き物は」
「ッ!?」
「しゃ、喋ったのか?」
「その印、太陽か」
化け物は、仁の羽織に描かれていた皇国の国章である太陽を見てそう話す。
「貴様らの皇に伝えておけ、来たるべき日は近いとな」
その言葉だけを残し、化け物は翼を広げ、謁見の間から外へ向けて飛び去っていく。
残された仁たちは緊張の糸が切れ、その場に座り込んでしまう。
「助かりましたね…」
「誠に情けないがな…」
こうして、仁たち皇国遠征軍は、戦わずして迦ノ国の国都、長居城を占領することが出来た。
皇国軍到着前に、長居城を全滅に陥れた化け物については、一体何者か分からずに終わることになった。
◇
高野
ウルイ率いる迦ノ国軍と、コチョウ率いる大和軍、さらには瑞穂たち皇国勢とそれに同行していたカヤたちが、ここ高野に一堂に会していた。
波状攻撃によって戦力の半数を損失したコチョウ率いる大和軍は、半壊した砦から部隊を前に出し応戦するが、迦国軍の猛烈な攻撃に晒され、劣勢となっていた。
大和と迦国が激突している中、後方から迦国軍へと襲い掛かろうとしているのが、瑞穂やカヤたち。
その先頭をいくのが、ミィアンと藤香だった。
「さぁ、藤香はん。暴れるぇ!」
「えぇ」
2人は馬から飛び降りると、着地と同時に迦国兵を斬り伏せる。ミィアンは体術を織り交ぜた得意の槍術で、藤香は毒の呪術を用いて前線を切り開く。
「皇国人どもが!」
背後から、藤香を斬ろうとする兵士。しかし、兵士の首に鋭い矢が貫き、防がれる。
カヤが放った矢だった。乱戦となっている中でも、カヤは的確に迦国兵だけを捉えていく。
自らの精神に作用させる幻術を使い、藤香たちに襲い掛かろうとする迦国兵を射抜いていく。
そして、両翼から挟み込もうとする迦国兵を、シオンが氷の壁を出現させて足止めさせる。各々がそれぞれ持つ力で戦場を駈ける。
その中でも、一際目立ったのが瑞穂と御剣だろう。2人は戦場の真っ只中へと降り立つと、互いに背を預け合って、近づく迦国兵を斬り伏せていく。
「御剣、私がウルイをやるわ」
「なら、俺は奴までの道を切り開こう」
「千代っ!ウルイの位置を教えてちょうだい!」
『そのまま真っ直ぐです!軍団の真ん中にいます!』
「承知したっ!」
「御剣っ!瑞穂っ!」
敵から奪った馬に跨り、日々斗が先陣へと到着する。その両手には、2頭の馬の手綱が握られていた。
「乗れっ!」
日々斗から手綱を受け取った2人は、その勢いのまま馬に飛びつき、馬の背に難なく跨った。
「どうするんだ!?」
「俺と瑞穂でウルイのところへ向かう。援護してくれ」
「合点承知!死ぬなよ2人とも!」
日々斗は前方の敵集団に向けて、懐から取り出した護符を石に括り付け投げつける。その護符には風の呪術である風符『旋風陣』の術式が描かれており、敵集団に命中した護符は猛烈な旋風を巻き起こす。
突破口が開かれ、瑞穂と御剣はウルイのいる場所に向けて一直線に突き進む。迦国兵たちは2人の突撃を阻止しようとするが、前衛に出ていた藤香やミィアン達の攻撃によって阻まれてしまう。
「かかか!全く、奴らは儂を楽しませてくれるのぅ!」
迦国軍の中心、本隊の中にいたウルイは自らに向けて突き進んでくる瑞穂達を見て満悦の表情を浮かべる。
「無事ということは、ピュラはやられよったか。惜しい部下を失ったわい…千浪よ」
「お呼びでしょうか、皇様」
そばにいた夜叉の面を付けた男、千浪がウルイの元へと歩み寄る。
「男の相手をせよ。彼奴は泰縁を倒した奴じゃ」
「師を…」
「うぬに不足なしの相手じゃ。存分に戦ってくると良い」
「仰せのままに。女は如何しますか?」
「桃髪の女は儂の獲物じゃ。無視して通せい」
千浪は刀の柄を握ると、ウルイの元から駆け出した。
「ッ!?」
ウルイの元へと駆ける御剣は、その眼前に鎧を纏った武人がいる事に気付く。
「瑞穂、手練れがいる。俺が相手をするから先に行け」
「分かったわ」
瑞穂は御剣の元を離れるが、鎧の武人は御剣だけを見ており、瑞穂はその横を素通りした。
御剣が武人の前で止まると、武人は周囲にいた迦国兵達に離れるよう合図する。兵士たちが瞬く間に離れ、2人の周囲には一騎討ちに最適な空間が出来上がる。
「お前が御剣か?」
「如何にも」
「迦ノ国将軍泰縁が師、千浪。師に勝ったお前とこうして戦えるのは、天命に愛されている証拠だな」
千浪は腰に差していた二振りの刀を手にする。流れの武人であった彼を弟子に迎え、今や迦ノ国において欠かせない1人としたのは、御剣がかつて国境紛争で討ち取った二刀流の剣士泰縁である。
「その言葉、忘れるはずもない…」
「ならば語るに及ばず、剣を抜くといい」
「それを望むなら」
御剣も千浪に相対して業火を構える。鞘から抜き出してすぐに、刀身に呪力を纏わせていることから、彼の真剣さが窺える。
最初に飛び出したのは御剣だった。
「はぁっ!!」
刀を振り上げて間合いを詰める御剣。しかし、千浪は間合いを詰める御剣を見据えたまま、動こうとしなかった。
◇
その頃、ユーリとホルスは武官たちと皇宮で各国の状況を収集し、戦略図に書き込んでいた。
皇国を取り巻く環境は刻々と変化している。北の斎国、胡ノ国、諸国連合は同盟関係にあり、現時点では此度の戦に参戦していない状況ではあるが、皇国と同盟であり、その皇国が対迦ノ国戦に参戦しているとなると、無関係ではいられない。
皇国は同盟国に対して、今は動かずに事の推移を見守るように発している。
同盟関係ではないものの、対迦ノ国戦で矢面に立っている大和朝廷は、劣勢であった。胡ノ国咲夜姫からの情報によれば、戦の最中に帝京で大規模な政変が起こったという。この政変により、既存の帝による君主政権が崩壊し、現帝であるミノウは消息不明となっていた。
そして神居古潭、ユーリとホルスの故郷であるが、現在、この国の情勢が全く分からないものとなっている。数日前に、皇都に駐在していた神居古潭の特使たちが突然帰国し、以後、後任が来る事なく皇国からの特使からも報告がこない状況であった。
「遠征軍の現在位置は、迦ノ国国都の長居城、遠征軍はここで兵力2千を残留させ、残りは北上する予定です」
「仁は、先にウルイの本隊と交戦中の瑞穂様の元へ向かうつもりですね」
「少数だけを残すとなると、迦ノ国は国都にそれほど戦力を残していなかったと読むべきでしょうね」
「だけども、どうしてウルイはそれほどの危険を冒してまで、戦力を北へと移動させたのかしら…」
「そうでもしないと、大和軍と戦えないと思ったからでは?」
「或いは、国都を守る必要がないとか…」
武官の一人が放った言葉に、ホルスが思わず声を上げる。
「それ、それです!」
「どういうことかしら、ホルス?」
「長居、そこは元々ウルイの出身部族である寐瀬族の支配地域です。彼らは、遊牧民族。つまり、定住地を持たない連中です」
「なら、どうしてウルイは、長居を国都に定めたのですか。遊牧民であれば、国都など定めずとも良いのでは?」
「大陸の宋帝国の文献に、国家の定義があります。一つは統治政権、一つは国民、一つは領土、そして他国と外交関係をもち、交渉することのできる力が必要なのです。遊牧民はその中で、定まった場所に定住しません。領土を明確にして統治政権をつくり、外交を行うには、国都の制定とそれを治めるウルイの存在が必要だったのだと思います」
「つまり、長居は形だけの国都であって、迦ノ国は皇であるウルイが率いる動く国というわけですね」
「はい。ですから、ウルイが例えば大和の領土を占領し、そこを国都と定めれば、国としての形態を保つことが容易に可能となります」
「動く大国か…」
「完全に掌握するには、ウルイを倒し、動く大国の中枢を破壊しなければならないのか」
もしそうなのであれば、遠征軍の指揮を執る仁はそれに気づき、足の速い戦力のみでウルイを追撃したのだろう。
着々と迦ノ国軍が大和への支配地域を広げていく中、皇国も迦ノ国の後方から攻め上がり、徐々にその支配力を削り取っていた
◇
千浪の相手を御剣に任せ、ウルイの元へと向かう瑞穂。行く手を遮ろうとする迦軍精鋭を斬り伏せ、とうとう目的のウルイの元へと辿り着いた。
「カッカッカ!来よったか、本当に来よったか!嬉しいのぅ、皇国皇。よもや、儂の前にもう一度現れるとは思っておらんかったぞ」
「あなたと馴れ合う気はないわ。こっちは、腹をあなたに刺されているのだから」
「あれほどの怪我を元に戻したのか、驚きじゃ」
「斬り落としたはずの腕が、元通り引っ付いていることの方が驚きだわ」
二人は軽い会話を交わした後、互いに得物を抜く。ウルイは漆黒の呪力を纏う神滅刀と薙刀、瑞穂は呪力が桜の花びらとなって纏う桜吹雪を構える。
「その腹に、もう一度風穴を開けてやろうぞ!」
「八百万の大神たちよ、私に力を…」
「うるがぁ!!」
ウルイが神滅刀を振るう。強烈な力で振り下ろされたその刀身を、瑞穂は刀でその攻撃を弾き返す。
「皇国皇!いや、大御神!」
「…」
「主は戦いの先に何を求める⁉︎栄光か、支配か、はたまた破滅か⁉︎」
「私が求めるのは泰平」
「ふむ、泰平、じゃと?」
瑞穂は打ち込み合いを止め、ウルイから間合いをとる。ウルイが自らの腕を見ると、切り傷がつけられ血がゆっくりと滴っていた。
「かつて人は、それぞれが信ずる大神の名の元に泰平の世を生きてきた。それがいつしか、己こそが正しいと勘違いし、他にそれを押し付けようとし始めた」
「それが人の本分、本性であろう。それの何が間違いなのだ」
「確かに、あなたの言う通り、人の本性は変えられないもの。むしろ、泰平を望むことが綺麗事よ」
瑞穂は腕に呪力を纏わせて横に振るう。すると、纏っていた呪力が桜吹雪となり、ウルイに向けて吹きつけた。
「だから私は唯一の大国を創り上げ、争いをなくす。それを遮るものがあるのなら、命をかけて戦い打ち破る。この世に正しいことなど存在しない、あなたはあなたの信念に、私は私の信念に従って戦うだけのことよ」
桜吹雪はウルイの全身に纏わってその一枚一枚が爆発を起こす。しかし、この程度ではウルイを倒すことができず、土煙を巻き起こすのみにとどまった。
「それが他を滅し、国を滅ぼしたとしてもかの?」
「言ったでしょう。私は私の信念に従うだけだって」
瑞穂とウルイは、互いに刀を振るい、鍔迫り合いとなる。
「見ない方が良いわ、小夜ちゃん」
「は、はい。ローズ様…」
長居城へと到着した皇国遠征軍。仁たちが城に入ってすぐに目にしたのは、凄惨な光景だった。
戦の火の粉を恐れてか、長居城の城下町からは人々がほとんど消えていた。おそらくは、周辺の村などに分散して疎開したのだろう。
しかし、城内は違った。城には守備を担っていたと思われる兵士の遺骸が、まるで何かに食いちぎられたかの様に散乱していた。
仁たちが城内を進んでいると、奥から断末魔に似た悲鳴が響いてくる。
「注意を怠らないように」
「あぁ」
仁とリュウが皇国兵を引き連れ、悲鳴の聞こえた場所へと向かう。たどり着いた先は、城の謁見の間と思わしき大きな空間。
「な、何ですかあいつは…」
「妖…いや、化け物だ…」
彼らが唖然とするのも無理はない。
謁見の間にいたのは、体躯が人の四倍はあり、白い体毛に覆われている。特徴は両横と縦に四本生える角と、生気のない仮面の様な顔、そして腹に縦に裂かれた巨大な口、そして禍々しい翼。
その化け物は、片手で生き残りの兵士を掴み上げると、腹の口にそれを放り込み、噛み砕くように捕食し始めた。
「仁、どうする」
「どうするも。この惨状は奴の仕業でしょうね…リュウは、あれに勝てますか?」
「いや、無理だろうな」
「奇遇ですね。私もそう感じます…」
化け物は兵士を貪った後、仁たちの方を振り向く。その仮面の様な顔をぎこちなく、不気味に動かしながら。
皇国兵たちは、その不気味さに正気を失う者、腰を抜かし座り込む者、気を失う者が出始めた。歴戦の猛者である仁やリュウでさえ、身体中から汗が流れ出て止まらない。
「て、撤退しましょう…早く奴から離れますよ…」
「同感だ…」
仁たちは武器を構えながら、ゆっくりと後ろに後退り、化け物から離れようとする。
「脆いな、貴様ら人間という生き物は」
「ッ!?」
「しゃ、喋ったのか?」
「その印、太陽か」
化け物は、仁の羽織に描かれていた皇国の国章である太陽を見てそう話す。
「貴様らの皇に伝えておけ、来たるべき日は近いとな」
その言葉だけを残し、化け物は翼を広げ、謁見の間から外へ向けて飛び去っていく。
残された仁たちは緊張の糸が切れ、その場に座り込んでしまう。
「助かりましたね…」
「誠に情けないがな…」
こうして、仁たち皇国遠征軍は、戦わずして迦ノ国の国都、長居城を占領することが出来た。
皇国軍到着前に、長居城を全滅に陥れた化け物については、一体何者か分からずに終わることになった。
◇
高野
ウルイ率いる迦ノ国軍と、コチョウ率いる大和軍、さらには瑞穂たち皇国勢とそれに同行していたカヤたちが、ここ高野に一堂に会していた。
波状攻撃によって戦力の半数を損失したコチョウ率いる大和軍は、半壊した砦から部隊を前に出し応戦するが、迦国軍の猛烈な攻撃に晒され、劣勢となっていた。
大和と迦国が激突している中、後方から迦国軍へと襲い掛かろうとしているのが、瑞穂やカヤたち。
その先頭をいくのが、ミィアンと藤香だった。
「さぁ、藤香はん。暴れるぇ!」
「えぇ」
2人は馬から飛び降りると、着地と同時に迦国兵を斬り伏せる。ミィアンは体術を織り交ぜた得意の槍術で、藤香は毒の呪術を用いて前線を切り開く。
「皇国人どもが!」
背後から、藤香を斬ろうとする兵士。しかし、兵士の首に鋭い矢が貫き、防がれる。
カヤが放った矢だった。乱戦となっている中でも、カヤは的確に迦国兵だけを捉えていく。
自らの精神に作用させる幻術を使い、藤香たちに襲い掛かろうとする迦国兵を射抜いていく。
そして、両翼から挟み込もうとする迦国兵を、シオンが氷の壁を出現させて足止めさせる。各々がそれぞれ持つ力で戦場を駈ける。
その中でも、一際目立ったのが瑞穂と御剣だろう。2人は戦場の真っ只中へと降り立つと、互いに背を預け合って、近づく迦国兵を斬り伏せていく。
「御剣、私がウルイをやるわ」
「なら、俺は奴までの道を切り開こう」
「千代っ!ウルイの位置を教えてちょうだい!」
『そのまま真っ直ぐです!軍団の真ん中にいます!』
「承知したっ!」
「御剣っ!瑞穂っ!」
敵から奪った馬に跨り、日々斗が先陣へと到着する。その両手には、2頭の馬の手綱が握られていた。
「乗れっ!」
日々斗から手綱を受け取った2人は、その勢いのまま馬に飛びつき、馬の背に難なく跨った。
「どうするんだ!?」
「俺と瑞穂でウルイのところへ向かう。援護してくれ」
「合点承知!死ぬなよ2人とも!」
日々斗は前方の敵集団に向けて、懐から取り出した護符を石に括り付け投げつける。その護符には風の呪術である風符『旋風陣』の術式が描かれており、敵集団に命中した護符は猛烈な旋風を巻き起こす。
突破口が開かれ、瑞穂と御剣はウルイのいる場所に向けて一直線に突き進む。迦国兵たちは2人の突撃を阻止しようとするが、前衛に出ていた藤香やミィアン達の攻撃によって阻まれてしまう。
「かかか!全く、奴らは儂を楽しませてくれるのぅ!」
迦国軍の中心、本隊の中にいたウルイは自らに向けて突き進んでくる瑞穂達を見て満悦の表情を浮かべる。
「無事ということは、ピュラはやられよったか。惜しい部下を失ったわい…千浪よ」
「お呼びでしょうか、皇様」
そばにいた夜叉の面を付けた男、千浪がウルイの元へと歩み寄る。
「男の相手をせよ。彼奴は泰縁を倒した奴じゃ」
「師を…」
「うぬに不足なしの相手じゃ。存分に戦ってくると良い」
「仰せのままに。女は如何しますか?」
「桃髪の女は儂の獲物じゃ。無視して通せい」
千浪は刀の柄を握ると、ウルイの元から駆け出した。
「ッ!?」
ウルイの元へと駆ける御剣は、その眼前に鎧を纏った武人がいる事に気付く。
「瑞穂、手練れがいる。俺が相手をするから先に行け」
「分かったわ」
瑞穂は御剣の元を離れるが、鎧の武人は御剣だけを見ており、瑞穂はその横を素通りした。
御剣が武人の前で止まると、武人は周囲にいた迦国兵達に離れるよう合図する。兵士たちが瞬く間に離れ、2人の周囲には一騎討ちに最適な空間が出来上がる。
「お前が御剣か?」
「如何にも」
「迦ノ国将軍泰縁が師、千浪。師に勝ったお前とこうして戦えるのは、天命に愛されている証拠だな」
千浪は腰に差していた二振りの刀を手にする。流れの武人であった彼を弟子に迎え、今や迦ノ国において欠かせない1人としたのは、御剣がかつて国境紛争で討ち取った二刀流の剣士泰縁である。
「その言葉、忘れるはずもない…」
「ならば語るに及ばず、剣を抜くといい」
「それを望むなら」
御剣も千浪に相対して業火を構える。鞘から抜き出してすぐに、刀身に呪力を纏わせていることから、彼の真剣さが窺える。
最初に飛び出したのは御剣だった。
「はぁっ!!」
刀を振り上げて間合いを詰める御剣。しかし、千浪は間合いを詰める御剣を見据えたまま、動こうとしなかった。
◇
その頃、ユーリとホルスは武官たちと皇宮で各国の状況を収集し、戦略図に書き込んでいた。
皇国を取り巻く環境は刻々と変化している。北の斎国、胡ノ国、諸国連合は同盟関係にあり、現時点では此度の戦に参戦していない状況ではあるが、皇国と同盟であり、その皇国が対迦ノ国戦に参戦しているとなると、無関係ではいられない。
皇国は同盟国に対して、今は動かずに事の推移を見守るように発している。
同盟関係ではないものの、対迦ノ国戦で矢面に立っている大和朝廷は、劣勢であった。胡ノ国咲夜姫からの情報によれば、戦の最中に帝京で大規模な政変が起こったという。この政変により、既存の帝による君主政権が崩壊し、現帝であるミノウは消息不明となっていた。
そして神居古潭、ユーリとホルスの故郷であるが、現在、この国の情勢が全く分からないものとなっている。数日前に、皇都に駐在していた神居古潭の特使たちが突然帰国し、以後、後任が来る事なく皇国からの特使からも報告がこない状況であった。
「遠征軍の現在位置は、迦ノ国国都の長居城、遠征軍はここで兵力2千を残留させ、残りは北上する予定です」
「仁は、先にウルイの本隊と交戦中の瑞穂様の元へ向かうつもりですね」
「少数だけを残すとなると、迦ノ国は国都にそれほど戦力を残していなかったと読むべきでしょうね」
「だけども、どうしてウルイはそれほどの危険を冒してまで、戦力を北へと移動させたのかしら…」
「そうでもしないと、大和軍と戦えないと思ったからでは?」
「或いは、国都を守る必要がないとか…」
武官の一人が放った言葉に、ホルスが思わず声を上げる。
「それ、それです!」
「どういうことかしら、ホルス?」
「長居、そこは元々ウルイの出身部族である寐瀬族の支配地域です。彼らは、遊牧民族。つまり、定住地を持たない連中です」
「なら、どうしてウルイは、長居を国都に定めたのですか。遊牧民であれば、国都など定めずとも良いのでは?」
「大陸の宋帝国の文献に、国家の定義があります。一つは統治政権、一つは国民、一つは領土、そして他国と外交関係をもち、交渉することのできる力が必要なのです。遊牧民はその中で、定まった場所に定住しません。領土を明確にして統治政権をつくり、外交を行うには、国都の制定とそれを治めるウルイの存在が必要だったのだと思います」
「つまり、長居は形だけの国都であって、迦ノ国は皇であるウルイが率いる動く国というわけですね」
「はい。ですから、ウルイが例えば大和の領土を占領し、そこを国都と定めれば、国としての形態を保つことが容易に可能となります」
「動く大国か…」
「完全に掌握するには、ウルイを倒し、動く大国の中枢を破壊しなければならないのか」
もしそうなのであれば、遠征軍の指揮を執る仁はそれに気づき、足の速い戦力のみでウルイを追撃したのだろう。
着々と迦ノ国軍が大和への支配地域を広げていく中、皇国も迦ノ国の後方から攻め上がり、徐々にその支配力を削り取っていた
◇
千浪の相手を御剣に任せ、ウルイの元へと向かう瑞穂。行く手を遮ろうとする迦軍精鋭を斬り伏せ、とうとう目的のウルイの元へと辿り着いた。
「カッカッカ!来よったか、本当に来よったか!嬉しいのぅ、皇国皇。よもや、儂の前にもう一度現れるとは思っておらんかったぞ」
「あなたと馴れ合う気はないわ。こっちは、腹をあなたに刺されているのだから」
「あれほどの怪我を元に戻したのか、驚きじゃ」
「斬り落としたはずの腕が、元通り引っ付いていることの方が驚きだわ」
二人は軽い会話を交わした後、互いに得物を抜く。ウルイは漆黒の呪力を纏う神滅刀と薙刀、瑞穂は呪力が桜の花びらとなって纏う桜吹雪を構える。
「その腹に、もう一度風穴を開けてやろうぞ!」
「八百万の大神たちよ、私に力を…」
「うるがぁ!!」
ウルイが神滅刀を振るう。強烈な力で振り下ろされたその刀身を、瑞穂は刀でその攻撃を弾き返す。
「皇国皇!いや、大御神!」
「…」
「主は戦いの先に何を求める⁉︎栄光か、支配か、はたまた破滅か⁉︎」
「私が求めるのは泰平」
「ふむ、泰平、じゃと?」
瑞穂は打ち込み合いを止め、ウルイから間合いをとる。ウルイが自らの腕を見ると、切り傷がつけられ血がゆっくりと滴っていた。
「かつて人は、それぞれが信ずる大神の名の元に泰平の世を生きてきた。それがいつしか、己こそが正しいと勘違いし、他にそれを押し付けようとし始めた」
「それが人の本分、本性であろう。それの何が間違いなのだ」
「確かに、あなたの言う通り、人の本性は変えられないもの。むしろ、泰平を望むことが綺麗事よ」
瑞穂は腕に呪力を纏わせて横に振るう。すると、纏っていた呪力が桜吹雪となり、ウルイに向けて吹きつけた。
「だから私は唯一の大国を創り上げ、争いをなくす。それを遮るものがあるのなら、命をかけて戦い打ち破る。この世に正しいことなど存在しない、あなたはあなたの信念に、私は私の信念に従って戦うだけのことよ」
桜吹雪はウルイの全身に纏わってその一枚一枚が爆発を起こす。しかし、この程度ではウルイを倒すことができず、土煙を巻き起こすのみにとどまった。
「それが他を滅し、国を滅ぼしたとしてもかの?」
「言ったでしょう。私は私の信念に従うだけだって」
瑞穂とウルイは、互いに刀を振るい、鍔迫り合いとなる。
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