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総撃編
第52話 窮地からの脱出
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その異変は俺のいる山道からも見えていた。何もなかった場所から地面が割れ、壁が迫り出してくる。突如として起こった揺れの後、煤木村を囲むように土の壁が地面から現れ、瑞穂たちの本陣を囲むように築かれていた。
「瑞穂!?」
本陣は完全に孤立している。このまま元の作戦を続けるか、孤立した本陣へ救援に向かうかの判断を迫られていた。
「御剣隊長!本陣からの思念です!各部隊は作戦を続行、本陣に構うなと!」
同伴していた巫女から報告を受ける。それはつまり、救援の必要なしとのこと。いち早く瑞穂のもとへと駆けつけ、その窮地を救いたいという気持ちを押さえ込む。
この戦は、こちらの圧倒的不利な状態から始まった上に、本陣を孤立させられるという窮地に陥っていた。これが、宇都見国軍が軍の主力を山から動かさなかった理由とすれば、すでにこちらは咲耶波の手の平の上で転がされている。
「藤香の部隊の動きはどうなっている?」
「敵に遭遇しているとのことです!」
「分かった。こちらは藤香たちより先に着くだろうな。騎馬隊と歩兵隊を先行させろ」
「了解しました!」
“死ぬなよ、瑞穂”
壁の中で戦う主の無事を願いながら、俺は前に進んだ。
◇
御剣と反対側の山から本陣を目指していた藤香は、本陣の異変に気付きつつも先を急いでいた。
“やはり、罠…”
本陣の、それも瑞穂の居場所を的確に孤立させる宇軍の作戦は、明らかにこちらの動きを見越している。それはつまり、両翼の山から別働隊として敵本陣を目指す藤香や御剣たちの部隊の存在も、宇軍にとっては想定内の存在であったのだ。
「ここは通さないぜ!」
「ッ!?」
先頭を行く藤香に向けて、宙から飛びかかった影が鉈を振り下ろす。藤香はその攻撃を引き抜いた刀で受け止め、角度を変えて横へと受け流した。その攻撃は速い上に重く、受け流したとはいえ片手で攻撃を受け止めた藤香の腕は、その衝撃で痺れていた。
「と、藤香隊長!?」
「大丈夫。敵が来る、陣形を立て直して」
藤香は攻撃してきた相手を見る。そしてその相手は、藤香を見て薄汚い笑みを浮かべる。
「いい女じゃんか、へへ」
そう言いながら鉈を持つ男、飛龍は藤香を見て舌を舐めずる。
「さすがは姫様。別働隊の動きを把握している上に、捕らえた女は好きにして良いってんだから。なぁ、どうだあんた。俺の女になるってんなら、見逃してやるぜ」
「お前に構っている暇などない」
すると、藤香の部隊を囲むように、草むらから宇国兵達が現れる。
「伏兵⁉︎」
「そんな強気も今のうちだ。お前の部下たちを全員殺した後に、たっぷりと可愛がってやるぜ」
「ほざくな!下郎が!」
藤花隊の騎馬兵が2騎、飛龍に向かって槍を振るう。しかし、飛龍は騎馬兵の突き出す槍を弾き返すと、人間離れした跳躍で2騎の間を飛びつつ、騎馬兵の首を斬り裂いた。
藤香はそのまま自分に飛びかかってくる飛龍に向けて刀を突き出す。振り下ろされる鉈の刀身を刀の剣先が捉え、剣先の1点に集中した藤香の力によって鉈が弾かれる。
それが戦いの合図となり、狭いこの山道で周囲を囲む宇兵と藤花隊の皇国兵たちによる乱戦が起こった。
「はは、つくづく皇国は愚かな連中だな。この程度の戦で窮地に陥る程度の力で、何が統一だ。笑わせてくれるな」
「………」
飛龍は斬り合いながら藤香に話を続ける。
「小さな村の首長から一国の皇、その程度の人物が我ら宇都見国や朝廷を抑えて統一するとな。はは、片腹痛いわ」
「お前には関係のないことだ」
「お前らの国を滅ぼし、愚かな皇を犯し続けてやる。声が上げられなくなるくらいな!」
その瞬間、藤香の目つきが変わり強烈な一撃が飛龍を襲う。それまでの攻撃とは違う勢いに、飛龍は後方へと吹き飛ばされてしまう。
「かはっ、んだと!?」
「私や皇国のことをどう言おうが知ったことない。でも、瑞穂を貶めると言うのなら命はない」
「へへ、言うじゃんよ。面白くなって来やがったぜ。全員、この女を狙え!」
飛龍の声で、周囲にいた宇国兵たちが藤香へと襲いかかる。すると、藤香は刀を横に傾け、その刀身を指先で撫でる。
「毒符、白藤」
藤香がそう呟き刀を横に振るうと、白い藤の花が一面に広がり、襲いかかってきた宇国兵たちを巻き込む。白色の花弁に纏わり付かれた宇国兵たちは、たちまちその場に倒れ絶命していく。
「じゅ、呪術だと!?」
「毒だ!この女、毒の呪術の使い手だぞ!」
部下の兵士たちが狼狽る中、飛龍は右手に違和感を感じる。袖の内から見える右手の肌が、いつの間にか黒ずんでいたのだ。
「んだ、こりゃ…いてぇな」
「お前が私に斬りかかった時、毒を注ぎ込んだ。お前に注いだ毒は私の呪術の中でも弱く効き目が遅い。でも、一度血に混じったこの毒は、お前が死ぬまで全身を蝕んでいく」
飛龍の右手の先から徐々に黒ずみが広がり、それが肩にまで広がりを見せると、飛龍の右手は腕ごと腐り果てて地面に落ちた。
「俺の腕がぁ!!てめぇ!!このくそ女がぁ!!」
「まだ左手が残っているでしょう。掛かってきなさい」
「ぶち殺してやる!!」
飛龍は残った左手で鉈を持ち藤香に斬りかかるが、利き腕でなければ藤香に簡単にいなされてしまう。
「これで終わりッ!⁉︎」
「弓兵今だ!やっちまえ!!」
飛龍の首に刀を突き刺そうとした時だった。周囲にいた弓兵たちが一斉に藤香に向けて矢を放った。
藤香の外套が風に舞う。
◇
「糸に絡められない様に注意しろ!」
「だ、誰か助けてッ!?」
「はぁあ!!」
私は兵士を絡めとろうとしていた蜘蛛の糸を断ち切る。
「す、皇様!?」
「大丈夫か!動けるなら立て!」
「瑞穂様!後ろ!」
振り向くと、目の前に蜘蛛の姿が迫っていた。振り向きざまに刀を振り下ろし、蜘蛛の顔を真っ二つに叩き斬る。蜘蛛の鋭利な爪が私の頭を掠め、額に血が流れ落ちる。そして、呪術で創り出した槍を、壁を這う別の蜘蛛に投げつけて突き刺した。
蜘蛛をいくら倒しても、こいつらは土の中から無蔵に湧き出てくる。このままではジリ貧のこちらが負けるのは目に見えていた。
「シラヌイ!」
「なんじゃ!?」
まだ立ち直れていない小夜を背に乗せたシラヌイが、私の元へと駆け寄ってくる。私は自分に吐き出される糸を斬りながら、シラヌイに叫ぶ。
「力を解放する。壁が破れたら、あなたを先頭にそこから脱出しなさい!」
「じゃが!?」
「私を信用しなさい!千代!」
「はい!!」
「巫女隊を守りきりなさい!宝華!」
「ここに!」
「私の背中を任せたわ!」
「承知しました!!」
私は馬を飛び降り、精神を集中させる。怪我を負った頭から流れる血が、口に入る。
「神術、桜花神斬!」
桜吹雪に纏った呪力を解放し、土の壁に向けて一撃を放つ。刀身から打ち出された衝撃波を受けた部分は崩れ、部隊が抜け出せる隙間が出来た。
「シラヌイ!」
「承知じゃ!」
シラヌイを先頭に本陣の兵士たちが餌場と化したこの場から脱出する。私は兵士たちが逃げるまでの間、蜘蛛たちの進行を食い止めることに専念した。
「くっ!?」
しかし、一瞬の隙をつかれて右手に糸を絡められる。右手の動きを封じられた私に、その場にいた全ての蜘蛛たちが一斉に私に飛びかかってきた。
その時、私に飛びかかってきた蜘蛛たちを、突然豪炎が包み込んだ。振り返ると、そこにはボロボロになりながらも大幣を手に呪術を撃つ千代が立っていた。
「千代!あなた!?」
「私は斎ノ巫女でございます。命懸けで大御神様を御守りするのが、その宿命にございます!」
千代の放った呪術が、蜘蛛たちを焼き尽くす。斎ノ巫女である彼女の呪術は、他の者とは比べものにならないほど強力であり、あれほど苦戦していた蜘蛛をいとも簡単に葬り去ってしまう。
「皇様!大半がこの場から脱出できました!お早く!!」
「分かった!」
私は馬に跨り、馬上から千代を抱き上げてその場から離脱する。それでもなお、しつこく私を狙う蜘蛛の糸を、千代が呪術で叩き落とす。
私は抱き抱える千代の額を撫でてやる。
「流石は、私の巫女ね」
「お褒めに預かり光栄でございます。瑞穂様」
私たちは馬ごと壁の中から飛び出す。
「皇様だ!皇様が脱出されたぞ!!」
「うぉおお!!」
すでに外では先に脱出した部隊が集結し、私たちの到着を待っていた。私たちが最後に脱出した後、千代が置き土産として放った呪術によって、壁の中で大爆発が起きる。
あれほど私たちを苦しめた土の壁は崩れ去り、中に残っていた蜘蛛たちが下敷きとなる。
「皇様!よくぞご無事で!?」
「皆も無事か!?」
「はっ、一同まだぴんぴんしております!!」
「聖上!!」
私のもとにやってきたのは、後方の左翼を担っていたローズだった。
「ローズ!」
「無事で良かった。外から助けようとしても、この壁はそう簡単には打ち破れなかったわ」
「私たちが閉じ込められている間、外の戦況はどうなっていたの?」
「奴ら、本陣から離された私とリュウの部隊を殲滅しようと部隊を投入してきたわ。返り討ちにしたけど。ミィアンの部隊は敵本軍と正面からぶつかっている!」
「分かった。小夜!!」
私はシラヌイに跨る小夜を呼ぶ。
「あ、姉様…私のせいでッ!?」
私は小夜の頬を叩く。そして、涙を流そうとする小夜に言い放つ。
「聞きなさい、小夜。あなたは皇国軍の軍師よ。その手で人の生き死にの運命を握る覚悟をしていたはずよ。あの時も、あなたが命令を出していれば救われる命があった」
「………」
「でも私には、小夜の様に軍師として人の命をその手で動かすことなんて出来ないわ」
「え…」
「軍の総指揮官である私ですら出来ないことを、あなたは自分の意思でやり遂げようとしている。軍師は軍の要、その要がいつまでも暗い顔して引きずっていたら、全軍の士気に関わるわ。小夜」
私は叩いてしまった小夜の頬を優しく撫でる。
「私たちの命、もう一度あなたに預けるわ。軍を立て直す、作戦を命令して」
「は、はいです!」
絶体絶命の窮地から何とか脱出することに成功した私たちは、全軍でミィアンたちの後方へと向かう。小夜から伝えられた作戦は、当初の主攻という本陣の役割を達成するための前進であった。しかし、その作戦には少しだけ違うところがあった。
それは、ミィアンのいる助攻部隊を左右に広げ、敵軍の戦力を左右に流す。そして、左右に流すことで出来上がった敵陣の割れ目を、私たち主攻が一直線に貫き本陣を目指すということだ。
◇
瑞穂たち本陣が罠から脱出に成功する少し前、助攻として敵軍に正面から突撃をしていたミィアンは、手練れの将に進軍を阻まれていた。
「お兄さんがリュウはんの言ってた麗鳴はんかぇ?」
「そうだよ、僕が麗鳴。初めまして、琉球の狂い姫さん」
剣を手にする麗鳴は、乱戦の中でミィアンと相対する。
「さてと、国麻呂の罠がいつまで通用するかわからないし、君には早い段階でご退場してもらうよ」
「綺麗な顔しとるのに、残念やぇ。これからうちが殺してしまうんやから」
「殺されるのは、君の方だよ」
先に動いたのはミィアン。両手に握られた方天戟を下から突き上げる様に振り上げる。馬上での戦闘は武器の長さが重要になる。尺の長いミィアンの方天戟は、麗鳴の剣の間合いに入るまでにその胴体を斬り裂かんと迫った。
麗鳴はその攻撃を剣で躱すと、ミィアンの腕を狙って剣を振り下ろす。対してミィアンはその攻撃を方天戟の柄で防ぎ、両者は一度間合いをとる。
「流石は琉球の狂い姫、実力も桁違いときたものだね」
「きゃはは、あぁ、うち今すごい気持ちええわぁ。お兄さん、心ゆくまで殺し合おうやぁ」
ミィアンの剛力によって打ち付けられる方天戟を、物ともせずに剣で弾いて防ぐ麗鳴。2人の周囲には剣撃によって砂埃が舞い、空気がまるで火のそばかというくらい熱気に包まれていた。
ゆえに、両軍の兵士たちは2人の戦いに横槍を入れることは叶わず、次第に2人の周囲には空間が出来上がっていた。
「な、何という戦い…」
「わ、我らでは近づくことさえできん」
ミィアンと麗鳴の攻撃が、同時に互いの馬に命中する。倒れる寸前に2人は馬から飛び降り、ついに戦いは馬上から地上へと移った。
「前から気になっていたんだ。どうして皇女である君が皇国軍として戦っているの?」
「それはなぁ、うちが惚れてしもうたんよ」
「惚れた?」
「うちはなぁ、皇様の夢に惚れてしもうたんよ。皇様が目指す、統一された世界、うちも見てみたいと思うたんやぇ」
「世界の統一、これほど戦乱と狂気に満ちた世界を、統一できるとでも?」
「さぁ、どうやろうなぁ。でも、うちは統一された世界を見るのが、楽しみでしゃあないんよ」
方天戟を持ちかえ、先端に付けられた槍の様な刃を麗鳴へと向ける。対して麗鳴は剣を上段に構える。
再び両者が詰め寄り、互いに武器を振るう。交差した刃からは甲高い金属音と火花が散った。
「やっぱり、皇国は君と言い昨日のリュウといい、曲者揃いで飽きないよ!!」
「うちも久しぶりに全力出させてもらうぇ!!」
その戦いは、互角。これまで幾度となく強敵を葬ってきたミィアンと、剣撃を同等の力で交わす麗鳴。
まさに、命を賭けた戦い。
「ん?」
「?」
激しい剣撃の中、2人は同時に攻撃を止めて間合いをとる。
戦場に変化が起こったのだ。それは2人の後方、国麻呂の罠によって孤立させられた瑞穂のいる皇国軍本陣の部隊が、土の壁を破壊し罠からの脱出に成功していた。
「あーあ、抜かれちゃったかぁ…」
麗鳴は後方へと跳躍すると、宇国兵士の防御陣の内側へと戻る。
「まさか、あの罠から脱出するとは思わなかったよ。これは、作戦を変える必要があるね」
「なんやお兄さん、うちとの勝負はお預けかぇ?」
「残念だけど、僕は本軍を指揮する立場でもあるからね。ちょっとお預けだよ狂い姫さん」
不完全燃焼に終わった両者の戦い。しかしミィアンは麗鳴を深追いすることなく、瑞穂たち主攻の動きを見て部隊を敵に対して扇状に広げる。
ここで偶然にも、ミィアンと小夜の戦略は一致していた。ミィアンはもともと戦術に興味がなく、全て正面から相対する戦いを好んでいたが、此度の戦を前に戦略の理解を進めていた。
「敵を左右に押し込むぇ!無理に敵を倒す必要はないぇ!」
“流石は瑞穂はん、もしかしたらこの戦、勝てるかもなぁ”
日はすでに真上に上っていた。ここにきて、罠に嵌められていた皇国軍は一転し、攻勢に移るのであった。
「瑞穂!?」
本陣は完全に孤立している。このまま元の作戦を続けるか、孤立した本陣へ救援に向かうかの判断を迫られていた。
「御剣隊長!本陣からの思念です!各部隊は作戦を続行、本陣に構うなと!」
同伴していた巫女から報告を受ける。それはつまり、救援の必要なしとのこと。いち早く瑞穂のもとへと駆けつけ、その窮地を救いたいという気持ちを押さえ込む。
この戦は、こちらの圧倒的不利な状態から始まった上に、本陣を孤立させられるという窮地に陥っていた。これが、宇都見国軍が軍の主力を山から動かさなかった理由とすれば、すでにこちらは咲耶波の手の平の上で転がされている。
「藤香の部隊の動きはどうなっている?」
「敵に遭遇しているとのことです!」
「分かった。こちらは藤香たちより先に着くだろうな。騎馬隊と歩兵隊を先行させろ」
「了解しました!」
“死ぬなよ、瑞穂”
壁の中で戦う主の無事を願いながら、俺は前に進んだ。
◇
御剣と反対側の山から本陣を目指していた藤香は、本陣の異変に気付きつつも先を急いでいた。
“やはり、罠…”
本陣の、それも瑞穂の居場所を的確に孤立させる宇軍の作戦は、明らかにこちらの動きを見越している。それはつまり、両翼の山から別働隊として敵本陣を目指す藤香や御剣たちの部隊の存在も、宇軍にとっては想定内の存在であったのだ。
「ここは通さないぜ!」
「ッ!?」
先頭を行く藤香に向けて、宙から飛びかかった影が鉈を振り下ろす。藤香はその攻撃を引き抜いた刀で受け止め、角度を変えて横へと受け流した。その攻撃は速い上に重く、受け流したとはいえ片手で攻撃を受け止めた藤香の腕は、その衝撃で痺れていた。
「と、藤香隊長!?」
「大丈夫。敵が来る、陣形を立て直して」
藤香は攻撃してきた相手を見る。そしてその相手は、藤香を見て薄汚い笑みを浮かべる。
「いい女じゃんか、へへ」
そう言いながら鉈を持つ男、飛龍は藤香を見て舌を舐めずる。
「さすがは姫様。別働隊の動きを把握している上に、捕らえた女は好きにして良いってんだから。なぁ、どうだあんた。俺の女になるってんなら、見逃してやるぜ」
「お前に構っている暇などない」
すると、藤香の部隊を囲むように、草むらから宇国兵達が現れる。
「伏兵⁉︎」
「そんな強気も今のうちだ。お前の部下たちを全員殺した後に、たっぷりと可愛がってやるぜ」
「ほざくな!下郎が!」
藤花隊の騎馬兵が2騎、飛龍に向かって槍を振るう。しかし、飛龍は騎馬兵の突き出す槍を弾き返すと、人間離れした跳躍で2騎の間を飛びつつ、騎馬兵の首を斬り裂いた。
藤香はそのまま自分に飛びかかってくる飛龍に向けて刀を突き出す。振り下ろされる鉈の刀身を刀の剣先が捉え、剣先の1点に集中した藤香の力によって鉈が弾かれる。
それが戦いの合図となり、狭いこの山道で周囲を囲む宇兵と藤花隊の皇国兵たちによる乱戦が起こった。
「はは、つくづく皇国は愚かな連中だな。この程度の戦で窮地に陥る程度の力で、何が統一だ。笑わせてくれるな」
「………」
飛龍は斬り合いながら藤香に話を続ける。
「小さな村の首長から一国の皇、その程度の人物が我ら宇都見国や朝廷を抑えて統一するとな。はは、片腹痛いわ」
「お前には関係のないことだ」
「お前らの国を滅ぼし、愚かな皇を犯し続けてやる。声が上げられなくなるくらいな!」
その瞬間、藤香の目つきが変わり強烈な一撃が飛龍を襲う。それまでの攻撃とは違う勢いに、飛龍は後方へと吹き飛ばされてしまう。
「かはっ、んだと!?」
「私や皇国のことをどう言おうが知ったことない。でも、瑞穂を貶めると言うのなら命はない」
「へへ、言うじゃんよ。面白くなって来やがったぜ。全員、この女を狙え!」
飛龍の声で、周囲にいた宇国兵たちが藤香へと襲いかかる。すると、藤香は刀を横に傾け、その刀身を指先で撫でる。
「毒符、白藤」
藤香がそう呟き刀を横に振るうと、白い藤の花が一面に広がり、襲いかかってきた宇国兵たちを巻き込む。白色の花弁に纏わり付かれた宇国兵たちは、たちまちその場に倒れ絶命していく。
「じゅ、呪術だと!?」
「毒だ!この女、毒の呪術の使い手だぞ!」
部下の兵士たちが狼狽る中、飛龍は右手に違和感を感じる。袖の内から見える右手の肌が、いつの間にか黒ずんでいたのだ。
「んだ、こりゃ…いてぇな」
「お前が私に斬りかかった時、毒を注ぎ込んだ。お前に注いだ毒は私の呪術の中でも弱く効き目が遅い。でも、一度血に混じったこの毒は、お前が死ぬまで全身を蝕んでいく」
飛龍の右手の先から徐々に黒ずみが広がり、それが肩にまで広がりを見せると、飛龍の右手は腕ごと腐り果てて地面に落ちた。
「俺の腕がぁ!!てめぇ!!このくそ女がぁ!!」
「まだ左手が残っているでしょう。掛かってきなさい」
「ぶち殺してやる!!」
飛龍は残った左手で鉈を持ち藤香に斬りかかるが、利き腕でなければ藤香に簡単にいなされてしまう。
「これで終わりッ!⁉︎」
「弓兵今だ!やっちまえ!!」
飛龍の首に刀を突き刺そうとした時だった。周囲にいた弓兵たちが一斉に藤香に向けて矢を放った。
藤香の外套が風に舞う。
◇
「糸に絡められない様に注意しろ!」
「だ、誰か助けてッ!?」
「はぁあ!!」
私は兵士を絡めとろうとしていた蜘蛛の糸を断ち切る。
「す、皇様!?」
「大丈夫か!動けるなら立て!」
「瑞穂様!後ろ!」
振り向くと、目の前に蜘蛛の姿が迫っていた。振り向きざまに刀を振り下ろし、蜘蛛の顔を真っ二つに叩き斬る。蜘蛛の鋭利な爪が私の頭を掠め、額に血が流れ落ちる。そして、呪術で創り出した槍を、壁を這う別の蜘蛛に投げつけて突き刺した。
蜘蛛をいくら倒しても、こいつらは土の中から無蔵に湧き出てくる。このままではジリ貧のこちらが負けるのは目に見えていた。
「シラヌイ!」
「なんじゃ!?」
まだ立ち直れていない小夜を背に乗せたシラヌイが、私の元へと駆け寄ってくる。私は自分に吐き出される糸を斬りながら、シラヌイに叫ぶ。
「力を解放する。壁が破れたら、あなたを先頭にそこから脱出しなさい!」
「じゃが!?」
「私を信用しなさい!千代!」
「はい!!」
「巫女隊を守りきりなさい!宝華!」
「ここに!」
「私の背中を任せたわ!」
「承知しました!!」
私は馬を飛び降り、精神を集中させる。怪我を負った頭から流れる血が、口に入る。
「神術、桜花神斬!」
桜吹雪に纏った呪力を解放し、土の壁に向けて一撃を放つ。刀身から打ち出された衝撃波を受けた部分は崩れ、部隊が抜け出せる隙間が出来た。
「シラヌイ!」
「承知じゃ!」
シラヌイを先頭に本陣の兵士たちが餌場と化したこの場から脱出する。私は兵士たちが逃げるまでの間、蜘蛛たちの進行を食い止めることに専念した。
「くっ!?」
しかし、一瞬の隙をつかれて右手に糸を絡められる。右手の動きを封じられた私に、その場にいた全ての蜘蛛たちが一斉に私に飛びかかってきた。
その時、私に飛びかかってきた蜘蛛たちを、突然豪炎が包み込んだ。振り返ると、そこにはボロボロになりながらも大幣を手に呪術を撃つ千代が立っていた。
「千代!あなた!?」
「私は斎ノ巫女でございます。命懸けで大御神様を御守りするのが、その宿命にございます!」
千代の放った呪術が、蜘蛛たちを焼き尽くす。斎ノ巫女である彼女の呪術は、他の者とは比べものにならないほど強力であり、あれほど苦戦していた蜘蛛をいとも簡単に葬り去ってしまう。
「皇様!大半がこの場から脱出できました!お早く!!」
「分かった!」
私は馬に跨り、馬上から千代を抱き上げてその場から離脱する。それでもなお、しつこく私を狙う蜘蛛の糸を、千代が呪術で叩き落とす。
私は抱き抱える千代の額を撫でてやる。
「流石は、私の巫女ね」
「お褒めに預かり光栄でございます。瑞穂様」
私たちは馬ごと壁の中から飛び出す。
「皇様だ!皇様が脱出されたぞ!!」
「うぉおお!!」
すでに外では先に脱出した部隊が集結し、私たちの到着を待っていた。私たちが最後に脱出した後、千代が置き土産として放った呪術によって、壁の中で大爆発が起きる。
あれほど私たちを苦しめた土の壁は崩れ去り、中に残っていた蜘蛛たちが下敷きとなる。
「皇様!よくぞご無事で!?」
「皆も無事か!?」
「はっ、一同まだぴんぴんしております!!」
「聖上!!」
私のもとにやってきたのは、後方の左翼を担っていたローズだった。
「ローズ!」
「無事で良かった。外から助けようとしても、この壁はそう簡単には打ち破れなかったわ」
「私たちが閉じ込められている間、外の戦況はどうなっていたの?」
「奴ら、本陣から離された私とリュウの部隊を殲滅しようと部隊を投入してきたわ。返り討ちにしたけど。ミィアンの部隊は敵本軍と正面からぶつかっている!」
「分かった。小夜!!」
私はシラヌイに跨る小夜を呼ぶ。
「あ、姉様…私のせいでッ!?」
私は小夜の頬を叩く。そして、涙を流そうとする小夜に言い放つ。
「聞きなさい、小夜。あなたは皇国軍の軍師よ。その手で人の生き死にの運命を握る覚悟をしていたはずよ。あの時も、あなたが命令を出していれば救われる命があった」
「………」
「でも私には、小夜の様に軍師として人の命をその手で動かすことなんて出来ないわ」
「え…」
「軍の総指揮官である私ですら出来ないことを、あなたは自分の意思でやり遂げようとしている。軍師は軍の要、その要がいつまでも暗い顔して引きずっていたら、全軍の士気に関わるわ。小夜」
私は叩いてしまった小夜の頬を優しく撫でる。
「私たちの命、もう一度あなたに預けるわ。軍を立て直す、作戦を命令して」
「は、はいです!」
絶体絶命の窮地から何とか脱出することに成功した私たちは、全軍でミィアンたちの後方へと向かう。小夜から伝えられた作戦は、当初の主攻という本陣の役割を達成するための前進であった。しかし、その作戦には少しだけ違うところがあった。
それは、ミィアンのいる助攻部隊を左右に広げ、敵軍の戦力を左右に流す。そして、左右に流すことで出来上がった敵陣の割れ目を、私たち主攻が一直線に貫き本陣を目指すということだ。
◇
瑞穂たち本陣が罠から脱出に成功する少し前、助攻として敵軍に正面から突撃をしていたミィアンは、手練れの将に進軍を阻まれていた。
「お兄さんがリュウはんの言ってた麗鳴はんかぇ?」
「そうだよ、僕が麗鳴。初めまして、琉球の狂い姫さん」
剣を手にする麗鳴は、乱戦の中でミィアンと相対する。
「さてと、国麻呂の罠がいつまで通用するかわからないし、君には早い段階でご退場してもらうよ」
「綺麗な顔しとるのに、残念やぇ。これからうちが殺してしまうんやから」
「殺されるのは、君の方だよ」
先に動いたのはミィアン。両手に握られた方天戟を下から突き上げる様に振り上げる。馬上での戦闘は武器の長さが重要になる。尺の長いミィアンの方天戟は、麗鳴の剣の間合いに入るまでにその胴体を斬り裂かんと迫った。
麗鳴はその攻撃を剣で躱すと、ミィアンの腕を狙って剣を振り下ろす。対してミィアンはその攻撃を方天戟の柄で防ぎ、両者は一度間合いをとる。
「流石は琉球の狂い姫、実力も桁違いときたものだね」
「きゃはは、あぁ、うち今すごい気持ちええわぁ。お兄さん、心ゆくまで殺し合おうやぁ」
ミィアンの剛力によって打ち付けられる方天戟を、物ともせずに剣で弾いて防ぐ麗鳴。2人の周囲には剣撃によって砂埃が舞い、空気がまるで火のそばかというくらい熱気に包まれていた。
ゆえに、両軍の兵士たちは2人の戦いに横槍を入れることは叶わず、次第に2人の周囲には空間が出来上がっていた。
「な、何という戦い…」
「わ、我らでは近づくことさえできん」
ミィアンと麗鳴の攻撃が、同時に互いの馬に命中する。倒れる寸前に2人は馬から飛び降り、ついに戦いは馬上から地上へと移った。
「前から気になっていたんだ。どうして皇女である君が皇国軍として戦っているの?」
「それはなぁ、うちが惚れてしもうたんよ」
「惚れた?」
「うちはなぁ、皇様の夢に惚れてしもうたんよ。皇様が目指す、統一された世界、うちも見てみたいと思うたんやぇ」
「世界の統一、これほど戦乱と狂気に満ちた世界を、統一できるとでも?」
「さぁ、どうやろうなぁ。でも、うちは統一された世界を見るのが、楽しみでしゃあないんよ」
方天戟を持ちかえ、先端に付けられた槍の様な刃を麗鳴へと向ける。対して麗鳴は剣を上段に構える。
再び両者が詰め寄り、互いに武器を振るう。交差した刃からは甲高い金属音と火花が散った。
「やっぱり、皇国は君と言い昨日のリュウといい、曲者揃いで飽きないよ!!」
「うちも久しぶりに全力出させてもらうぇ!!」
その戦いは、互角。これまで幾度となく強敵を葬ってきたミィアンと、剣撃を同等の力で交わす麗鳴。
まさに、命を賭けた戦い。
「ん?」
「?」
激しい剣撃の中、2人は同時に攻撃を止めて間合いをとる。
戦場に変化が起こったのだ。それは2人の後方、国麻呂の罠によって孤立させられた瑞穂のいる皇国軍本陣の部隊が、土の壁を破壊し罠からの脱出に成功していた。
「あーあ、抜かれちゃったかぁ…」
麗鳴は後方へと跳躍すると、宇国兵士の防御陣の内側へと戻る。
「まさか、あの罠から脱出するとは思わなかったよ。これは、作戦を変える必要があるね」
「なんやお兄さん、うちとの勝負はお預けかぇ?」
「残念だけど、僕は本軍を指揮する立場でもあるからね。ちょっとお預けだよ狂い姫さん」
不完全燃焼に終わった両者の戦い。しかしミィアンは麗鳴を深追いすることなく、瑞穂たち主攻の動きを見て部隊を敵に対して扇状に広げる。
ここで偶然にも、ミィアンと小夜の戦略は一致していた。ミィアンはもともと戦術に興味がなく、全て正面から相対する戦いを好んでいたが、此度の戦を前に戦略の理解を進めていた。
「敵を左右に押し込むぇ!無理に敵を倒す必要はないぇ!」
“流石は瑞穂はん、もしかしたらこの戦、勝てるかもなぁ”
日はすでに真上に上っていた。ここにきて、罠に嵌められていた皇国軍は一転し、攻勢に移るのであった。
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