花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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総撃編

第41話 帝京への道

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 ミィアンが、左手の指に挟んでいた
双六を二つ笊に投げ入れる。

「さぁ、張った張った!」
「丁!」
「なら、私は半」
「丁半の駒揃ったぇ」
「勝負!」

 揺れる御車の中で、瑞穂たち女性陣が賭博に勤しんでいた。賭けはしないものの、彼女たちの顔つきは真剣そのものだった。

 双六は2の目と5の目がでる。

「グニの半やぇ」
「やった!いただき!」
「瑞穂はん、強すぎやぇ」
「姉様、これで13連勝なのです」

 これで物を賭けていたらと思うと。

 どうやら、瑞穂の博打の才能は今後生かす場面があるだろうなと考える。

 そんな女性陣たちを眺めながら、俺と日々斗は交代で馬の手綱を握っていた。

 俺たちは今、皇都から北へと街道を進み、斎国と胡ノ国を経由して帝京へと向かっていた。

 なぜ帝京に向かっているのか。その理由は大和朝廷の最高権力者である帝からの親書に、大和の国都たる帝京において、歓待の誘いがあったからだ。

 今回の歓待は帝の孫で皇女のカヤ殿下直々に親書を携えてきたというのもあるが、なおかつ今後友好な関係を築いておきたい大和朝廷との会談のきっかけを掴めるので、瑞穂はすぐに足を運ぶことを決めた。

 お忍びとなるこの道中は、俺と日々斗、千代、藤香、ミィアン、小夜、凛、そしてユーリとホルスがお供としてついていくことになった。

 そして、帝京まで2日の長い道のりを行く中、暇つぶしにミィアンの持っていた双六を使った賭け事をしていたわけだ。

「では、次は私と勝負しませんか、瑞穂様」

 そう言って名乗りでたのは、やけに自信満々の千代だった。

 そういえば、千代は先ほどまで他の女性陣がやっているのを、傍から見ているだけだった。

「じゃあ、ひとつ賭けをしましょう」
「構いません。何にしますか?」
「賭け点1点につき、言うことを一つ聞くのはどう?」
「言うことを一つ聞くですか?」
「えぇ、内容はなんでもいいわ。持ち点は互いに10点。勝てば自分の賭けた持ち点を相手から奪うことができる」
「ふふ、良いですよ」

 瑞穂が壺振りとなり、千代が出目の丁半を当てることになる。

「それじゃあ、始めるわ」

 瑞穂は左手に二つの双六を持ち、笊に双六を投げ入れて盤に押さえつける。

「丁半駒、揃ったわ」
「半!」
「では、丁で」
「勝負」

 笊を開けると、双六の目は3と3を出していた。

「さ、サンゾロの丁!?」
「うそ、みっちゃんが!?」
「瑞穂様が負けた!?」
「一回なら、偶然だけど…」
「ふふ、では1点もらいますね」
「も、もう一回!」

 しかし、虚しくも次の出目は4と6、シロクの丁で丁を出した千代が勝った。

 その後も立て続けに連勝を続けた千代は、瑞穂の持ち点を全てかっさらっていき、完全勝利を掴んだのだった。

「嘘っ、負けちゃった!?」
「実は、私これまで一度もこうした勝負に負けたことがなくて…」
「はぁ、全部持っていかれちゃったわ。せっかく千代にやってほしいこと、いろいろ考えてたのに…」

 持ち点を取られた瑞穂は、心底残念そうにする。対して千代は、何やら悪い顔をしている。

「じゃあ、次の目的地まで膝枕してください」
「それくらいなら、別に良いけど」

 そう言って瑞穂は千代に膝枕をする。千代はその膝の居心地がいいのか、一気に幸せそうな顔になる。

「ふぁ、瑞穂様、気持ちいいですぅ」
「う、羨ましいのです…」
「はいはい、小夜もおいで」
「にゃにゃっ!?」

 結局、瑞穂の膝には千代と小夜が寝転び、その様子を俺たちが見守るように眺めることになった。


 ◇


 帝京へと向かう瑞穂たちは、その日のうちに斎国を越えて、胡ノ国の国境へと辿り着いた。

 すでに瑞穂は今回の行幸について胡ノ国の咲夜姫に話を通していたため、国境沿いの関所はすぐに通過し、胡ノ国の歓楽都市である昇華と呼ばれる町へと到着した。

「凄いわね、ここ」
「あ、姉様っ、そこら中から湯気が立ってるです!」

 ここ昇華は胡ノ国有数の温泉地でもあり、胡ノ国では国都である水蓮園に次いで二番目に栄えている町でもある。

 輝夜から用意された旅籠屋へと向かう最中、その昇華の風景をミィアンは懐かしむように眺めていた。

「昇華は、ほんまに久しぶりやぇ」
「ここにも滞在してたのか?」
「京に比べたら短いけど、ここは肌がつるつるになる温泉がようけあるんよぉ。特に、これから行く鏡月楼には、効能の違う5つの温泉があるんよぉ」

 その言葉を聞いた瑞穂たち女性陣がいち早く反応する。

「ねぇ、ミィアン。それならここを案内してくれないかしら」
「もちろんやぇ、おすすめの場所に連れて行くぇ」
「まずは旅籠屋に着いてからな」

 しばらく道を進んでいくと、一際大きく歴史を感じる古い造りの建物が見えてくる。

 旅籠屋【鏡月楼きょうげつろう】創業120年の老舗であり、格式の高い由緒ある旅籠屋であった。

「お待ちしておりました。鏡月楼従業員一同、心より歓迎いたします」

 女将をはじめとする旅籠屋の従業員たちが、鏡月楼へ到着した瑞穂たちを出迎える。鏡月楼は輝夜の計らいで、一泊貸切の状態となっている。

 男女で部屋を分けてすぐ、女性陣は鏡月楼の大浴場へと向かった。
 
「ふぁ」
「とても気持ちいいですぅ…」

 汲み上げられたお湯が鹿威しによって音と共にゆっくりと湯船へと注がれ、湯気が露天風呂の檜の屋根に水滴を作る。

 自然の中にひっそりと湧き出るような造りになっており、湯船からの景色は絶景とは言えないが、落ち着きを感じる自然が広がっている。

「はぁ、極楽…」
「疲れも何もかも、吹き飛んじゃうわぁ」
「本当ねぇ」

 瑞穂たちは各々湯に浸かり、温泉を堪能していた。

「皇宮の温泉よりも、遥かに良いかもしれないわね」
「羨ましいぇ。うちも、瑞穂はんみたいにおっきかったらなぁ」

 瑞穂の胸を見て、ミィアンは羨ましそうにそう言う。他の人間からすれば、彼女の十分すぎる大きさでそれ以上に憧れられるのは、些か不満を抱いてしまう。

「ミィアン様」
「んん、何やろ千代はん、藤香はん?」
「お仕置きです」
「お仕置き」

 藤香がミィアンの身体を羽交い締めにし、千代が悪戯をする。

「あはははははは!や、やめっ、こ、こそばいぇ!!」
「あわわ、ちょっと、千代さん、藤香さん、お風呂場で暴れちゃ駄目なのです!」
「千代ちゃんも藤香ちゃんも、みんな仲良しだねぇ」
「凛、そんなことよりまずは止めなさいよ」
「いやははは!ゆ、ゆ、許してぇ!」

 そのとき、脱衣所の扉がゆっくりと開く。

「遅くなりましたぁ」

 入ってきたのは、その場にいる誰よりも大きな胸を持つ神居古潭の巫女、宰相のユーリだった。

「えっ」

 ユーリの豊満な胸を見た女性たちは、その桁違いの大きさに度肝を抜かれて唖然とする。

「あらあら、駄目ですよ。お風呂場で騒いだりしたら」
「あ、はい。申し訳ございません」
「………」

 ユーリの登場でようやく落ち着いた七人は、各々が5つある湯船を楽しむことにする。

 その中でも、源泉掛け流しの湯船に浸かった瑞穂と千代、そして藤香の三人は昔のように一切の遠慮なく話をしていた。



「さてと、せっかく三人揃ったし、積もる話でもしましょうか」
「積もる話、でございますか?」

 この湯船に浸かっているのは三人だけ。他は少し離れた湯船に浸かっていたり、身体を洗ったりしている。

「実は、二人だけに話したいことがあったの」
「話したいことですか?」
「実は、先の斎国との戦いの際に、私はある人物と出会ったの…」

 瑞穂は、深層心理の中で出会ったカミコの話を始める。

 自分が大御神の生まれ変わりであること。

 御剣が人ではなく、大御神が人の姿で現世に現界する際に創り出した神器であること。

 そして、千代のこと。
 
「結構突拍子もない話をしたつもりだったんだけど、あまり驚いてない?」
「その…実は知っておりました」
「嘘⁉︎知っていたの⁉︎」
「はい。斎ノ巫女に任命されたとき、お母様から聞いており、隠してしまって申し訳ありませんでした。瑞穂様が自ら認識されるまで、本人に伝えることは禁じられていましたので…」
「そうだったのね。藤香は、気付いていたの?」

 すると、藤香は手拭いで纏めていた髪を解き、湯船に脚だけを浸けて話し始めた。

「私が千代の母君である七葉さんから、神滅刀の捜索を依頼されたとき、少しだけ聞いたことがあったけど。まさか、本当の事とは思っていなかった」
「実のところ、そのことで少し聞きたいことがあるわ。どうして七葉さんは、神滅刀の捜索をあなたに頼んだの?それに、どうして神滅刀が持ち出されたの?」
「神滅刀は、古の妖であるタタリを斬ったと言われる伝説の呪装刀。根の国の大神、黒国主の力を封じ込めたと言われる、大神殺しの刀でもある。そんな刀があれば、良からぬことを考える人間が出てくるのは容易に想像できる」
「ですが、だからと言って明日香さんがその刀を持ち出す理由が…あっ」

 千代は思わず、余計なことを言ってしまったと言わんばかりに口を閉ざす。

「申し訳ございません。余計なことを口にしてしまいました…」
「別に、千代が私のお母様を疑っていないことは分かっているから気にしないで。お母様は、人一倍異変を察知することが得意な人だったから、もしかしたら何か考えがあったのかもしれないわね」
「自らの物にするなら、大御神に縁のある真那村の洞窟にある祠の祭壇に置いたままにしない筈だから」
「そうよね…」

 空を見上げて呟く瑞穂。

「お母様、無事かしら…」

 瑞穂が不安げな顔をすると、千代が微笑んだ。

「大丈夫ですよ。明日香様は絶対無事です。そんな気がします」
「千代の予感は当たるから、大丈夫そうな気がするわ」
「ふふっ、ありがとう、千代」


 ◇


 女性陣が大浴場の露天風呂を堪能しているころ、俺たち男性陣は夜の街へと繰り出していた。

 目立たないように庶民の着るような服に着替える。護身のために刀は差しているが、他にも同じような奴がちらほらいるので、そこまで目立つことはなかった。

 出歩こうと言い出したのは日々斗だ。

「さてと、女性陣が風呂を堪能し終わるまで、遊びに行くか」
「せっかくですし、ここだけにしかないところに行ってみましょう」
「おっ、それなら遊郭にでも行ってみるか?」
「遊郭ですか?」

 遊郭、それは歓楽街に佇む色町のことで、遊女と戯れることができる町のことである。

 主に、歓楽街の一画を区切るように仕切られ、そこに遊女宿が集まることで形成される。

 皇国では、皇都の東側に位置する此花街に遊郭が存在する。古くから伝わる伝統芸能『花舞』を踊る芸妓が練り歩き、長屋形式の宿で遊女が男の相手をする。

 緋ノ国時代、此花街は地頭らによって管理され、薬物と暴力が蔓延る無法地帯となっていた。

 それを瑞穂が、万代都計画に基づいて皇自らが管理運用し、検非違使と刑部による撤退した取締りによって浄化した。

 遊郭を国が直接管理することで、不正や不法行為を抑制する仕組みを皇国は取っている。

「ホルスは行ったことないのか?」
「わ、私は祭司ですので、その様なところには…」
「なら、決まりだ。ほら、ここいらで有名なところに行こう」

 俺は断ろうとしたが、半ば強引に宿へと連れられてしまった。

 どうしようかと悩む。こういう所に来たことはないし、こうした経験は少ない。

「どうしたのお兄さん、そんな顔をして?」

 遊女が俺の顔を覗き込んでそう言ってくる。経験豊富な遊女であったせいか、終始主導権を握られた状態だった。

「ここの遊女は、皆これほどのものなのか?」
「そうねぇ。私も10年ここで働いているけど、まぁ、昔いた伝説の遊女には敵わないわ」
「伝説の遊女?」
「その遊女にはどんな男でも軽く手玉に転がされるってね。お客さんからは凄く人気だったみたいだけど、同業者からは怖がられていたわ」
「怖がられる理由なんてあるのか?」

 すると遊女は、手を首に当て切り落とす仕草をする。

「何て言ったって、競争相手を殺してのし上がった人って噂だからね。」
「何て名前なんだ?」
「確か、彩花太夫って名前だったわ。今は、あの宇都見国の元王に身請けされて、咲耶波って名乗ってるわ」

 遊女から思わぬ話を聞くことができた俺は、しばらくその遊女と話を続け、咲耶波姫の情報を集めた。

「ふぅん、それで夕食に間に合わなかったと?」

 そんな努力は報われることなく、俺たち三人は旅籠屋の前で正座させられ、瑞穂たち女性陣からきついお叱りを受けていた。

「それで、旅の支度金で遊んだ女の子は可愛かった?」
「その、瑞穂。俺たちはただ…」
「何、口答えしないで。そんなこと聞いてないから」
「すまなかった…」

 俺たちが許されたのは、瑞穂の説教が始まってから一刻経ってからのことだった。

 正座のせいで足が痺れたのは言うまでもない。

 
 ◇


 大和朝廷 帝京 帝宮


 大和の国都たる帝宮、その中心に位置する帝宮では、明日に到着する予定の皇国皇一団を出迎えるため、夜通しで準備が行われていた。

「帝がこれほど歓待の準備を取り計らう相手、皇国の瑞穂之命とはいかなる人物じゃろうかの?」
「あら、お師匠様も皇国皇に興味がお有りですか?」

 その様子を見て呟いたムネモリに、コチョウがそう返す。二人は師と弟子の関係であり、互いが七星将となった今でも、コチョウはムネモリを敬愛して師匠と呼んでいた。

「迦ノ国に続き、斎国との戦にまで勝利したのだから、興味がない方がおかしいじゃろて」
「ふふ。まぁ、中には興味のない人もいるみたいですけどね」

 そう言ってコチョウは、椅子に腰掛けて威嚇するような視線を向けるゴウマを見た。

 常人であれば身が凍りつく様なゴウマの恐ろしい顔つきを見ても、コチョウは全く意に介さない。

「あのシオンが興味を持ったくらいですから、只者ではないことは確かですわ」
「あのシオンがか?」
「はい。シオンはカヤ様と皇国に出向かれ、直接皇国皇を見てきたそうですから。何でも、不思議な魅力を感じたとか…」
「不思議な魅力のう…」
「何じゃ何じゃ、二人して愉しそうな話をしておる様じゃが?」

 そう言って近づいてきたのは、二人と同じ七星将の一人、調律のレイセン。

 七星将の一人であるが、そんな彼女の容姿は銀色長髪の幼女。

 実年齢は不明。前帝の頃から七星将の座についており、謎の多い人物である。

 ゆえに、ムネモリやコチョウといった七星将同士ですら、レイセンと会話をする際は緊張感が張り詰める。

 彼女の七星将における異名【調律】は、腕利きの楽器演奏家であり、政に至ってはどんな交渉ですら纏めあげることから、その両方から例えた異名である。

「レイセン様、明日に来る皇国皇について話しておりました」
「そうじゃそうじゃ、確かあの皇国皇が来るのじゃったな。すっかり忘れておったわ」

 レイセンは、着物の袖で口元を隠し笑う。

「楽しみじゃのう。彼奴らの子ら、その実力は如何に…」

 レイセンの背後に、黒い影が浮かび上がる。
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