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詠嘆編
第99話 仲間の絆
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皇都の防衛線では、民を避難させた皇城を幽鬼たちから死守せんと、各将軍が皇国兵たちに奮起を促していた。侍大将として、全軍の指揮を任されている仁も、最前線である内裏に陣を構えていた。
頭上の島から降り注ぐ黒い靄によって、逃げ遅れた皇都民が妖化したことが報告されている。その妖は意志を持つかの様にこの皇城を目指して進軍していた。
「検非違使より報告、皇都民の避難完了!」
「仁様!東壁の観音寺将軍から援軍の要請です!二の丸門まで突破され、青龍門の防衛中です!」
「分かりました。百合、飛翔隊と巌窟隊を東壁の救援に向かわせてください。他の状況はどうですか」
「西壁の右京将軍、北壁の可憐将軍、共に持ち堪えています!」
"将軍たちがいたのが救いでしたね…"
この日は、偶然か必然か、瑞穂、千代、藤香を除いた皇国の顔役たちが、自軍の兵を率いて皇宮へ滞在していた。そのおかげで、皇城に駐屯する第6軍と近衛兵、そして検非違使たちを効果的に指揮することができた。
だが、雪崩のように押し寄せる妖の群れを押し留めるには、戦力の差が著しく、奮戦するも落城するのは時間の問題だった。
"しかし、負ける訳にはいきません。聖上が戻られるまで、何としてもここを死守しなくては"
自分たちの背後には、守るべき皇国の民がいる。ここで挫ける訳にはいかない、仁が立ち上がり、檄を飛ばそうとした時、妖の群れの中から一際巨大な温羅鬼が壁を越え、仁のいる陣中へと着地する。
温羅鬼は数人の兵士を踏み潰し、新たな獲物をその鋭い視線で探す。狙われたのは、作戦の伝達を担う巫女隊の巫女たちだった。彼女たちを失えば、仁の指示は各軍に送り出せず、戦況が大きく動く。
「巫女隊は下がってください!」
仁は太刀を手にして、温羅鬼へと斬りかかる。岩のような堅牢な皮膚を持つ名ありの妖に、武に長けているとは言え常人が相手では分が悪い。しかし、だからと言って怯むわけにはいかない。
「させません!」
太刀を振りかぶり、温羅鬼を一刀両断にする。あれほど堅牢な皮膚を誇っていた温羅鬼でさえ、皇国侍大将の前では一撃で沈められた。
『皆、私よ。聞こえる?』
「この声は、聖上⁉︎」
『今から伝えることをよく聞いて』
突然、仁の頭の中に瑞穂の声が響く。それは、皇都で戦う全ての者たちに同時に届いた。
◇
痛い。
戦いを始めてからしばらく、無意識に痛みという感覚を切り離していたせいか、反動で猛烈な痛みが身体に襲いかかってきた。どうやら、右手だけにあった呪詛痕が全身に回り、体中の呪力を極限まで引き出している。
"あぁ、痛い…"
それでも、何とか全身に力を入れ、鞘を杖にしてその場から立ち上がる。全ての物を飲み込もうとせんばかりに、渦を巻く空。稲妻が走り、辺りは暗闇に包まれている。
「くそ…」
俺を庇った大神様たちは消えた。四柱様たちは最後の最後、俺にあとを託すと言ってくれた。
「弱イ」
靄から再び元の姿に、それも前よりも禍々しくなった瑛春は両翼を広げる。
有象無象、全てを取り込まんとするその姿は、まさに森羅万象を体現する存在そのものである。
瑛春は告げる。
「人ハ神ニ勝テズ」
自らが勝者であると言わんばかりの言葉に、俺は真っ向から否定した。
「くっ、はは」
「何ガ可笑シイ」
「笑わせる」
俺は痛みに耐え、瑛春を睨みつける。
「なら1つ言わせてもらう。お前が何を成そうとしているのか、俺の知った事じゃ無い。ただ、ひとつだけ許せない事がある。お前は人の命を軽く見過ぎた」
仕組まれた争いによって命を落とした葦原村の仲間たち。
妖から人々を守って犠牲になった兵たち。
圧倒的力に成す術なく飲み込まれていった罪のない民たち。
全ての人の思いを胸に、俺は最後の力を振り絞り、手にしていた天叢雲剣を握る。
すると、右手の呪詛痕が熱くなり、身体中に力がみなぎってきた。右手だけに発現していた呪詛痕が、身体中に広がる。
「決着をつけよう。瑛春」
俺はそう告げて、瑛春に斬りかかる。瑛春の右腕に刀を振り下ろすが、周囲に纏っていた呪力が集まり、斬撃を防ぐ。
「無駄ダ」
何回斬りつけようとしても、全ての攻撃を呪力が邪魔する。
「下ラン」
「かはっ!?」
瑛春から攻撃を受け、後ろに吹き飛ばされる。それでも、何度も吹き飛ばされようが立ち上がり、全力で斬りかかった。
「何故ダ、何故抗ウ」
「何故だと?それはな、俺たちは弱いからだ!」
攻撃を行いつつ、俺は無心に話を続ける。
「どんなに理不尽な状況に陥りようともな!俺たちは抗うんだよ!簡単なことだ!弱さを知らないお前には理解できないんだろう!」
「戯言ヲ」
瑛春は収束させた呪力を手のように操り、俺の腹部を叩きつける。猛烈な痛みと共に、口から血が噴き出てしまう。
「あぁ、確かに戯言さ」
霞の構えで瑛春を見据える。
「だがな、自らの欲の為に人を滅さんとほざきやがるお前の妄想こそ、よっぽど戯言だ!」
一か八か、瑛春の額に向けて刀身を突き立てる。
「無駄ダト言ッテイル」
言葉の通り、突き立てた刀身は呪力によって防がれ、額まで到達していない。
「塵ト化セ」
黒く染まった空に渦が巻き、稲妻が降り注ぐ。瑛春の額から脱出し、地面を蹴って飛び跳ねることで、何とか直撃を避ける。
瑛春の心の臓部分に向けて刀を突き立てようとした。
命中はした。しかし、その堅い甲皮に阻まれ、天叢雲剣は突き刺さらない。
「良い加減くたばりやがれ!」
この一撃で勝負が決まる。そう感じ、火花が散る刀の柄頭に拳を打ち付ける。
拳が傷だらけになろうが、血が出ようと構わない。すると、何度も叩いているうちに、剣先が呪力の膜を突き破り、それまで防がれていた刀身がどんどん奥にめり込んでいく。
「何?」
やがて、刀身は少し下に軌道をずらし、瑛春の心の臓部分に突き刺さる。
心の臓に刀を突き立てられた瑛春は、もはや人間だった頃の声からはかけ離れた、異質な声で悲鳴をあげた。
「グアァアアア!」
「くっ!?」
再び吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。立ち上がろうにも、力を使い果たしたせいか全く力が入らない。
天叢雲剣の攻撃を受けた瑛春は、その影響で苦しみ始める。しかし、しばらくしてその身体にさらに変化が現れる。
「ガァアアーーー!!」
一言で言えば化け物だ。すでに背に生えた一対の翼のすでに後ろに、さらにもう一対の翼が生え、もはや、人だった頃の面影がないほどの化け物の顔つきとなる。
そして、黒い呪力傷口から溢れ出し、瑛春に纏う様に浮遊する。
「あぁ、くそ。動かん…」
全く言うことを聞かない自分の身体に、悪態を吐く。瑛春はみるみるうちに変態し、標的を俺に定めて突進し始める。
「くそ、駄目か…」
「弱音を吐くには、少し早いんじゃないか?」
聞き覚えのある声と共に、巨大な瑛春の体が金属音と共に弾き飛ばされる。巨体が倒れると同時に、震動が地面を伝って広がる。突然の攻撃に、吹き飛ばされた瑛春は怯む。
そして聞こえてきたのは、仲間達の声だった。
「お兄さん!」
「ご無事で何よりです、御剣様」
「ったく、御剣。俺たちに黙って行くなんて」
「ほんと、薄情にもほどがあるわね」
俺を守るように現れたのは、皇都に残していたはずの仲間達だった。
「何でお前たちが…」
「瑞穂様から全て聞いたのさ」
「ひとりで全てを背負い込むなんて、不器用なお前にはできないだろう」
「私たちも一緒に背負いますよ」
「立てますか、御剣」
「すまない…」
仁の手を握り、右京に肩を抱えられて立ち上がる。千代が駆け寄り、俺の身体に治癒の術を施し、小夜が左肩に止血を施してくれる。
「皆、どうしてここに…」
「ユーリ様が転移の術を使ってくれたんだ」
「私たちは皆、仲間が一人で戦いに行くのを、黙って見ていられるほど落ちぶれていないわ」
その声を聞いた瞬間、俺は声を詰まらせた。
「瑞穂…」
「言い訳なら後で聞いてあげるわ。とりあえず、今はこいつを倒さないと…仁!」
「はっ!攻撃命令、全戦力を持って眼前の敵を抹殺せよ!」
「了解! 弓隊、構え! 放て!」
仁の号令で、瑛春を囲むように現れた皇国兵が、弓を引く。八方から放たれた矢が、雨のように瑛春の体へと突き刺さる。
「グォォォオオオオ!」
矢を受けた瑛春が手当たり次第に体を動かし、暴れ始める。すでに半壊していた塀が吹き飛ばされ、矢を放っていた皇国兵ごと巻き込み崩れる。
「弓隊が!」
「なんて出鱈目な力だ!」
「この化け物め!」
「皆の者、怯むな! 奴を倒さねば、皇国、強いてはこの世の破滅ぞ!」
しかし、矢による攻撃や、呪術、仁を始めとする仲間の攻撃を受けても、瑛春には効果がない。
俺は一つ、賭けに出ることにした。
それは、神器として、本来の力を引き出す唯一の方法であった。
「瑞穂、1つ頼みごとがある。大御神の力を俺に分け与えてくれ」
その言葉を聞いた瞬間、そばにいた瑞穂の表情が変わる。
「何言ってるの、御剣。あなたが例え神器として人以上の力を持っていると言っても、大神のその力は、とても扱いきれないものなのよ…」
「分かっている。だが、このままでは皆が」
「絶対に駄目よ!」
突然、瑞穂が俺を叱咤した。その瞳には、涙が浮かんでいる。
「力を使いすぎたら神器がどうなるか…」
俺は瑞穂の元へと歩み寄り、唯一無事な右手で頬に触れる。
「身体はこんな調子だ。それに、全力を出し切ったせいで呪詛痕が身体中に廻っている」
「だからこそよ!」
「いや、だからこそやらなければならない。タタリを取り込んだ瑛春は、もはや天災だ。ここで決着をつけなければならない」
「…馬鹿、そうやって馬鹿な従者に振り回される主の身になってみなさいよ」
瑞穂が俺の前に立つ。そして、その目には涙の代わりに従者を信じる主の決意が宿っていた。
「約束しなさい。必ずあいつに勝ってくるって」
「承知した…」
手にした鉄扇の刃で自分の指の皮膚を切る。
滴る鮮血。
それを膝をつき、口へと運ぶ。
鉄の様な味が喉に染みる。
血が体に巡り、呪力と融合するのを感じる。そして、身体中の呪力が燃え上がる。
「瑞穂、勅命を」
「従者、御剣に命ずる。我が大御神の力を持って眼前の敵を滅せよ」
「御意に」
すると、身体に不思議な力が満ち溢れる。
神器の力とは違う、強大ながらも全てを包み込むような優しさに溢れている。
大神の創りし神器としての本来の力。そして、手に握る天叢雲剣から、桜吹雪が舞う。
「神器御剣。推して参る!」
刀を片腕だけで握り、瑛春に向けて突き進む。瑛春は俺の接近を阻もうと、周囲に展開した錫杖を降り注がせる。
「邪魔だ! 」
降り注ぐ錫杖を天叢雲剣で弾く。
「お兄さん!」
新たに降り注ぐ錫杖を、琥珀が小刀で、ミィアンが方天戟で叩き落とす。
「ミィアン、琥珀」
「早く行くぇお兄はん」
「ここは私たちに任せて!」
さらに降り注いだ錫杖を、右京が叩き斬る。
「行ってこい、兄ちゃん」
「あぁ!」
琥珀や右京達に任せ、俺は瑛春に向けて一直線に駆ける。
跳躍、刹那。
刀身が瑛春の身体に火花が散る。
その表皮は鉄のように硬い。
いや、ただ硬いだけだ。
「ただ、それだけだ」
「!?」
「魂斬、乱波」
俺は瑛春の左腕を肩から切り落とす。
切った腕からは血の代わりに黒い触手が飛び散る。恐らく、取り込んだタタリの呪力だろう。そして、その額に大きな一つ目玉が露出する。
「ミィツゥルゥギィィイイ!」
横薙ぎしてきた右腕を跳躍で避ける。今度は空ぶった右腕を叩き斬る。
だが、角度が悪かったのか、完全に切り落とすことが出来ない。
「まだだ!」
再び振り上げられた右腕を斬る。
甲高い金属音が鳴る。
ここまで共に戦ってきた天叢雲剣が、とうとう根元から折れてしまった。
「終ワリダァア!」
「御剣!」
タタリが迫る瞬間、振り向くと瑞穂が自らの鉄扇を投げ渡してきた。
右手で受け取り、鉄扇を開く。
身体を捻り、瑛春の額に露出した目玉にめがけて鉄扇を突き刺す。目玉の膜を鉄扇で貫き、宙に舞っていた天叢雲剣の破片を掴み取ると、破れた膜から破片を目玉へと突き立てた。
その時、時間が止まったかに感じた。
破片を突き立てた場所から目玉がひび割れ、瑛春を動かしていた黒い呪力が一気に噴き出す。
そして、託されていた要の物を懐から取り出す。
「サクヤ様、お借りします」
天之無目堅間、サクヤ様が俺に授けた神器。手のひらに収まる小さな箱を開け、瑛春の心の臓に押し付ける。
「ギィギャァアア‼︎」
瑛春は断末魔の悲鳴を上げ、その巨体が吸い込まれる様に箱の中へと消えていく。体の全てが中に入ると同時に蓋を閉じ、最後の力を振り絞って呪術を放つ。
「火符、業火」
天之無目堅間に呪力によってできた業火が燃え移り、手の中で跡形もなく消えて灰と化した。
「やった…」
そのとき、精神の中で何かが切れたのを感じた。俺は気を失いながら、地面に向かって落ちていった。
頭上の島から降り注ぐ黒い靄によって、逃げ遅れた皇都民が妖化したことが報告されている。その妖は意志を持つかの様にこの皇城を目指して進軍していた。
「検非違使より報告、皇都民の避難完了!」
「仁様!東壁の観音寺将軍から援軍の要請です!二の丸門まで突破され、青龍門の防衛中です!」
「分かりました。百合、飛翔隊と巌窟隊を東壁の救援に向かわせてください。他の状況はどうですか」
「西壁の右京将軍、北壁の可憐将軍、共に持ち堪えています!」
"将軍たちがいたのが救いでしたね…"
この日は、偶然か必然か、瑞穂、千代、藤香を除いた皇国の顔役たちが、自軍の兵を率いて皇宮へ滞在していた。そのおかげで、皇城に駐屯する第6軍と近衛兵、そして検非違使たちを効果的に指揮することができた。
だが、雪崩のように押し寄せる妖の群れを押し留めるには、戦力の差が著しく、奮戦するも落城するのは時間の問題だった。
"しかし、負ける訳にはいきません。聖上が戻られるまで、何としてもここを死守しなくては"
自分たちの背後には、守るべき皇国の民がいる。ここで挫ける訳にはいかない、仁が立ち上がり、檄を飛ばそうとした時、妖の群れの中から一際巨大な温羅鬼が壁を越え、仁のいる陣中へと着地する。
温羅鬼は数人の兵士を踏み潰し、新たな獲物をその鋭い視線で探す。狙われたのは、作戦の伝達を担う巫女隊の巫女たちだった。彼女たちを失えば、仁の指示は各軍に送り出せず、戦況が大きく動く。
「巫女隊は下がってください!」
仁は太刀を手にして、温羅鬼へと斬りかかる。岩のような堅牢な皮膚を持つ名ありの妖に、武に長けているとは言え常人が相手では分が悪い。しかし、だからと言って怯むわけにはいかない。
「させません!」
太刀を振りかぶり、温羅鬼を一刀両断にする。あれほど堅牢な皮膚を誇っていた温羅鬼でさえ、皇国侍大将の前では一撃で沈められた。
『皆、私よ。聞こえる?』
「この声は、聖上⁉︎」
『今から伝えることをよく聞いて』
突然、仁の頭の中に瑞穂の声が響く。それは、皇都で戦う全ての者たちに同時に届いた。
◇
痛い。
戦いを始めてからしばらく、無意識に痛みという感覚を切り離していたせいか、反動で猛烈な痛みが身体に襲いかかってきた。どうやら、右手だけにあった呪詛痕が全身に回り、体中の呪力を極限まで引き出している。
"あぁ、痛い…"
それでも、何とか全身に力を入れ、鞘を杖にしてその場から立ち上がる。全ての物を飲み込もうとせんばかりに、渦を巻く空。稲妻が走り、辺りは暗闇に包まれている。
「くそ…」
俺を庇った大神様たちは消えた。四柱様たちは最後の最後、俺にあとを託すと言ってくれた。
「弱イ」
靄から再び元の姿に、それも前よりも禍々しくなった瑛春は両翼を広げる。
有象無象、全てを取り込まんとするその姿は、まさに森羅万象を体現する存在そのものである。
瑛春は告げる。
「人ハ神ニ勝テズ」
自らが勝者であると言わんばかりの言葉に、俺は真っ向から否定した。
「くっ、はは」
「何ガ可笑シイ」
「笑わせる」
俺は痛みに耐え、瑛春を睨みつける。
「なら1つ言わせてもらう。お前が何を成そうとしているのか、俺の知った事じゃ無い。ただ、ひとつだけ許せない事がある。お前は人の命を軽く見過ぎた」
仕組まれた争いによって命を落とした葦原村の仲間たち。
妖から人々を守って犠牲になった兵たち。
圧倒的力に成す術なく飲み込まれていった罪のない民たち。
全ての人の思いを胸に、俺は最後の力を振り絞り、手にしていた天叢雲剣を握る。
すると、右手の呪詛痕が熱くなり、身体中に力がみなぎってきた。右手だけに発現していた呪詛痕が、身体中に広がる。
「決着をつけよう。瑛春」
俺はそう告げて、瑛春に斬りかかる。瑛春の右腕に刀を振り下ろすが、周囲に纏っていた呪力が集まり、斬撃を防ぐ。
「無駄ダ」
何回斬りつけようとしても、全ての攻撃を呪力が邪魔する。
「下ラン」
「かはっ!?」
瑛春から攻撃を受け、後ろに吹き飛ばされる。それでも、何度も吹き飛ばされようが立ち上がり、全力で斬りかかった。
「何故ダ、何故抗ウ」
「何故だと?それはな、俺たちは弱いからだ!」
攻撃を行いつつ、俺は無心に話を続ける。
「どんなに理不尽な状況に陥りようともな!俺たちは抗うんだよ!簡単なことだ!弱さを知らないお前には理解できないんだろう!」
「戯言ヲ」
瑛春は収束させた呪力を手のように操り、俺の腹部を叩きつける。猛烈な痛みと共に、口から血が噴き出てしまう。
「あぁ、確かに戯言さ」
霞の構えで瑛春を見据える。
「だがな、自らの欲の為に人を滅さんとほざきやがるお前の妄想こそ、よっぽど戯言だ!」
一か八か、瑛春の額に向けて刀身を突き立てる。
「無駄ダト言ッテイル」
言葉の通り、突き立てた刀身は呪力によって防がれ、額まで到達していない。
「塵ト化セ」
黒く染まった空に渦が巻き、稲妻が降り注ぐ。瑛春の額から脱出し、地面を蹴って飛び跳ねることで、何とか直撃を避ける。
瑛春の心の臓部分に向けて刀を突き立てようとした。
命中はした。しかし、その堅い甲皮に阻まれ、天叢雲剣は突き刺さらない。
「良い加減くたばりやがれ!」
この一撃で勝負が決まる。そう感じ、火花が散る刀の柄頭に拳を打ち付ける。
拳が傷だらけになろうが、血が出ようと構わない。すると、何度も叩いているうちに、剣先が呪力の膜を突き破り、それまで防がれていた刀身がどんどん奥にめり込んでいく。
「何?」
やがて、刀身は少し下に軌道をずらし、瑛春の心の臓部分に突き刺さる。
心の臓に刀を突き立てられた瑛春は、もはや人間だった頃の声からはかけ離れた、異質な声で悲鳴をあげた。
「グアァアアア!」
「くっ!?」
再び吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。立ち上がろうにも、力を使い果たしたせいか全く力が入らない。
天叢雲剣の攻撃を受けた瑛春は、その影響で苦しみ始める。しかし、しばらくしてその身体にさらに変化が現れる。
「ガァアアーーー!!」
一言で言えば化け物だ。すでに背に生えた一対の翼のすでに後ろに、さらにもう一対の翼が生え、もはや、人だった頃の面影がないほどの化け物の顔つきとなる。
そして、黒い呪力傷口から溢れ出し、瑛春に纏う様に浮遊する。
「あぁ、くそ。動かん…」
全く言うことを聞かない自分の身体に、悪態を吐く。瑛春はみるみるうちに変態し、標的を俺に定めて突進し始める。
「くそ、駄目か…」
「弱音を吐くには、少し早いんじゃないか?」
聞き覚えのある声と共に、巨大な瑛春の体が金属音と共に弾き飛ばされる。巨体が倒れると同時に、震動が地面を伝って広がる。突然の攻撃に、吹き飛ばされた瑛春は怯む。
そして聞こえてきたのは、仲間達の声だった。
「お兄さん!」
「ご無事で何よりです、御剣様」
「ったく、御剣。俺たちに黙って行くなんて」
「ほんと、薄情にもほどがあるわね」
俺を守るように現れたのは、皇都に残していたはずの仲間達だった。
「何でお前たちが…」
「瑞穂様から全て聞いたのさ」
「ひとりで全てを背負い込むなんて、不器用なお前にはできないだろう」
「私たちも一緒に背負いますよ」
「立てますか、御剣」
「すまない…」
仁の手を握り、右京に肩を抱えられて立ち上がる。千代が駆け寄り、俺の身体に治癒の術を施し、小夜が左肩に止血を施してくれる。
「皆、どうしてここに…」
「ユーリ様が転移の術を使ってくれたんだ」
「私たちは皆、仲間が一人で戦いに行くのを、黙って見ていられるほど落ちぶれていないわ」
その声を聞いた瞬間、俺は声を詰まらせた。
「瑞穂…」
「言い訳なら後で聞いてあげるわ。とりあえず、今はこいつを倒さないと…仁!」
「はっ!攻撃命令、全戦力を持って眼前の敵を抹殺せよ!」
「了解! 弓隊、構え! 放て!」
仁の号令で、瑛春を囲むように現れた皇国兵が、弓を引く。八方から放たれた矢が、雨のように瑛春の体へと突き刺さる。
「グォォォオオオオ!」
矢を受けた瑛春が手当たり次第に体を動かし、暴れ始める。すでに半壊していた塀が吹き飛ばされ、矢を放っていた皇国兵ごと巻き込み崩れる。
「弓隊が!」
「なんて出鱈目な力だ!」
「この化け物め!」
「皆の者、怯むな! 奴を倒さねば、皇国、強いてはこの世の破滅ぞ!」
しかし、矢による攻撃や、呪術、仁を始めとする仲間の攻撃を受けても、瑛春には効果がない。
俺は一つ、賭けに出ることにした。
それは、神器として、本来の力を引き出す唯一の方法であった。
「瑞穂、1つ頼みごとがある。大御神の力を俺に分け与えてくれ」
その言葉を聞いた瞬間、そばにいた瑞穂の表情が変わる。
「何言ってるの、御剣。あなたが例え神器として人以上の力を持っていると言っても、大神のその力は、とても扱いきれないものなのよ…」
「分かっている。だが、このままでは皆が」
「絶対に駄目よ!」
突然、瑞穂が俺を叱咤した。その瞳には、涙が浮かんでいる。
「力を使いすぎたら神器がどうなるか…」
俺は瑞穂の元へと歩み寄り、唯一無事な右手で頬に触れる。
「身体はこんな調子だ。それに、全力を出し切ったせいで呪詛痕が身体中に廻っている」
「だからこそよ!」
「いや、だからこそやらなければならない。タタリを取り込んだ瑛春は、もはや天災だ。ここで決着をつけなければならない」
「…馬鹿、そうやって馬鹿な従者に振り回される主の身になってみなさいよ」
瑞穂が俺の前に立つ。そして、その目には涙の代わりに従者を信じる主の決意が宿っていた。
「約束しなさい。必ずあいつに勝ってくるって」
「承知した…」
手にした鉄扇の刃で自分の指の皮膚を切る。
滴る鮮血。
それを膝をつき、口へと運ぶ。
鉄の様な味が喉に染みる。
血が体に巡り、呪力と融合するのを感じる。そして、身体中の呪力が燃え上がる。
「瑞穂、勅命を」
「従者、御剣に命ずる。我が大御神の力を持って眼前の敵を滅せよ」
「御意に」
すると、身体に不思議な力が満ち溢れる。
神器の力とは違う、強大ながらも全てを包み込むような優しさに溢れている。
大神の創りし神器としての本来の力。そして、手に握る天叢雲剣から、桜吹雪が舞う。
「神器御剣。推して参る!」
刀を片腕だけで握り、瑛春に向けて突き進む。瑛春は俺の接近を阻もうと、周囲に展開した錫杖を降り注がせる。
「邪魔だ! 」
降り注ぐ錫杖を天叢雲剣で弾く。
「お兄さん!」
新たに降り注ぐ錫杖を、琥珀が小刀で、ミィアンが方天戟で叩き落とす。
「ミィアン、琥珀」
「早く行くぇお兄はん」
「ここは私たちに任せて!」
さらに降り注いだ錫杖を、右京が叩き斬る。
「行ってこい、兄ちゃん」
「あぁ!」
琥珀や右京達に任せ、俺は瑛春に向けて一直線に駆ける。
跳躍、刹那。
刀身が瑛春の身体に火花が散る。
その表皮は鉄のように硬い。
いや、ただ硬いだけだ。
「ただ、それだけだ」
「!?」
「魂斬、乱波」
俺は瑛春の左腕を肩から切り落とす。
切った腕からは血の代わりに黒い触手が飛び散る。恐らく、取り込んだタタリの呪力だろう。そして、その額に大きな一つ目玉が露出する。
「ミィツゥルゥギィィイイ!」
横薙ぎしてきた右腕を跳躍で避ける。今度は空ぶった右腕を叩き斬る。
だが、角度が悪かったのか、完全に切り落とすことが出来ない。
「まだだ!」
再び振り上げられた右腕を斬る。
甲高い金属音が鳴る。
ここまで共に戦ってきた天叢雲剣が、とうとう根元から折れてしまった。
「終ワリダァア!」
「御剣!」
タタリが迫る瞬間、振り向くと瑞穂が自らの鉄扇を投げ渡してきた。
右手で受け取り、鉄扇を開く。
身体を捻り、瑛春の額に露出した目玉にめがけて鉄扇を突き刺す。目玉の膜を鉄扇で貫き、宙に舞っていた天叢雲剣の破片を掴み取ると、破れた膜から破片を目玉へと突き立てた。
その時、時間が止まったかに感じた。
破片を突き立てた場所から目玉がひび割れ、瑛春を動かしていた黒い呪力が一気に噴き出す。
そして、託されていた要の物を懐から取り出す。
「サクヤ様、お借りします」
天之無目堅間、サクヤ様が俺に授けた神器。手のひらに収まる小さな箱を開け、瑛春の心の臓に押し付ける。
「ギィギャァアア‼︎」
瑛春は断末魔の悲鳴を上げ、その巨体が吸い込まれる様に箱の中へと消えていく。体の全てが中に入ると同時に蓋を閉じ、最後の力を振り絞って呪術を放つ。
「火符、業火」
天之無目堅間に呪力によってできた業火が燃え移り、手の中で跡形もなく消えて灰と化した。
「やった…」
そのとき、精神の中で何かが切れたのを感じた。俺は気を失いながら、地面に向かって落ちていった。
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