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詠嘆編
第97話 業魔化
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かつてカミコの元でタタリと死闘を繰り広げた大神方が現れ、再び戦いに身を投じている。
俺は四人の大神たちを見る。彼らも、かつてカミコと共に戦った者たちであり、そしてタタリとの戦いの末、その身を挺して封印の柱となった英雄方だ。
己の力が増大したとはいえ、大神同士の戦いは凄まじく、踏み入る余地を与えない。
しかし、俺は一歩前に踏み出す。
そして、手に持った天叢雲剣を地面に突き刺す。すると、突き刺した箇所から禍々しい呪力が地面を覆い始める。
「ミト様」
「にゃ?」
「行って参ります」
そして俺は地面に向かって呪力を流し込む。
「皆!離れろ!」
俺の叫ぶと同時に、地面に天叢雲剣を突き刺す。すると、周囲に広がった禍々しい呪力が収束していき、巨大な光の筋となって現れる。その光は、御剣が今まで使っていた天叢雲剣の術式とは異なっていた。
「あれが、大御神様の神器…」
「凄まじい力だ…」
光が収束していくにつれて、その呪力量も増大し、周囲にいた四人の大神方も思わず膝をつくほどであった。そしてついに、天叢雲剣から放たれた光は、巨大な一つの光線となって瑛春に向かって放たれる。
「魂斬、光輝陥没」
放たれた光はさらに輝きを増し、地面を抉りながらも直進していく。そして、その光は瑛春の体を捉えて、全てを飲み込んだ。
地面が陥没し、轟音が響く中、俺はその場から動かずにただ瑛春がいた場所を見つめていた。
「やったか?」
しかし、その期待はすぐに裏切られることとなる。
光が収まると、そこには辛うじて原型を残した瑛春の姿があった。そして彼は神滅刀を手にし、ふらふらと立ち上がる。
「く……まさか、ここまでとは。君たちの呪力は脅威だ」
瑛春が抉れた口を開くと、彼は足元から黒い靄に覆われていく。そして徐々にその体が黒く染まっていく。
「気が変わった」
瑛春の姿が完全に黒い靄に飲み込まれると同時に、禍々しい呪力が再び放たれ、周囲を覆う。
「ぐぉぉお‼︎」
「にゃ、にゃんだ!?」
「こ、これは…」
「まずいぞ」
そして、次の瞬間には瑛春の変わり果てた姿が現れる。
「っ!?」
しかしその姿は先程とは大きく異なり、体は人の何回りも、まるで山の如く巨大となっていた。そして、その全身は黒一色に染まっていた。
「アマツ、シノ!」
「おう!」
「はい!」
トキ様の合図で、三柱は一斉に神術で黒い巨体を攻撃する。しかし、その攻撃を一切ものともせず、巨体はそこに立っていた。
巨大な怪物と化した瑛春が、ミト様へと手を伸ばす。しかし、その手が届く前に彼女の元へと走る。
「ミト様!」
「にゃあ!!」
ミト様は瑛春が伸ばした腕を軽々と受け止めて見せた。あの体からは想像できないほどの力の持ち主だ。
「んにゃぁぁあああ!」
しかしそれも束の間、ミト様はそのまま投げ飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「ミト様!」
慌てて彼女の元へ駆け寄ると、彼女は土煙の中で、起き上がるところだった。どうやら無事のようだ。
しかし、今の一撃で大きな傷を受けたように見える。俺とシノ様はミト様に駆け寄り、傷ついている彼女を抱きかかえる。
「い、痛かったにゃ…」
アマツ様とトキ様が、シノ様と俺のそばへと戻ってくる。
「シノ、あれは確か」
「えぇ、神力が暴走したみたい」
「くそ、俺たちの攻撃が全く通用しないぞ」
トキ様の質問にシノ様が答える。しかし、それは俺の想像していた答えとは大きく異なっていた。そして同時に嫌な予感を覚える。
「タタリではないのですか?」
「ええ、恐らく彼は『業魔化』しているのでしょう」
「業魔化…」
「来るぞ!」
稲光を纏った瑛春の右手が俺たちに振り下ろされる。俺はミト様を抱えたまま、その右手を後ろに飛び退いて避ける。
「シノ様、ここは俺に任せてください」
俺は彼女にそう言うと、ミト様を託して天叢雲剣を手にして前に出る。
「うるがぁぁ!」
天叢雲剣を構える。そして大きく深呼吸をすると、一気に駆け出す。
「ふっ!」
そのまま天叢雲剣を横に薙ぎ払うと、光の刃が彼に向かって走る。しかし、その斬撃は途中で止まり、彼の目の前に現れた黒い障壁によって弾かれる。しかし、俺は既に次の一手を繰り出していた。
「はぁぁ!!」
放たれた光は、天叢雲剣に纏わりつき、その形状をさらに変化させる。再び障壁によって弾かれるが、今度はそこで終わらない。
「まだだ!」
光を纏った刀身は、再びその障壁に衝突する。しかし今度は弾くことができず、そのまま壁を突き抜け、瑛春の体を切り裂く。
「っ!くっ」
その瞬間、彼は苦悶の表情を浮かべてその場に膝をつく。俺はすかさず、追撃に移る。
大きく息を吐くと、再び天叢雲剣を構える。その刀身には膨大な呪力が纏わりついていた。
「魂斬、不死断ち」
天叢雲剣を振るう。しかし、瑛春はそれを待っていたかの様に、体と一体化している神滅刀で防ごうとする。
「がぁぁあ!」
手に持った神滅刀で天叢雲剣を弾き返すと、その隙をついて俺に向かって振り下ろす。俺はそれを躱そうと、咄嗟に動く。
瑛春はさらに斬りかかる。何とか天叢雲剣で防ごうとするも、その力に押し負けてしまう。
「っ!」
その場に膝をつくと、瑛春は俺に近づいてくる。
◇
「私の従者に手を出さないでもらえるかしら」
「ッ⁉︎」
御剣が突然聞こえた声に動揺すると同時に、業魔化した瑛春に桜吹雪が纏わりつく。
「神術、桜花玉簾」
「ぐぁああ!」
桜吹雪によって視界を奪われた瑛春は、桜の花びらの形と成った呪力によって邪気を祓われる。悪気に満ちた力は、清らかな呪力と相反するため、浄化される。それはもちろん、力の浄化に留まらず、その力を持つ対象にも大きな痛みを与える。
「ぐ、あ、あぁ」
瑛春は巨体を揺るがし、怯む。しかし、それだけに留まらず、瑛春の頭上に円柱状の光の壁が何重にも折り重なる様に顕現する。
「光符、光柱‼︎」
頭上に現れた光の柱が何度も何度も瑛春に向けて落下する。その勢いは凄まじく、筋骨隆々の巨体が沈み、地面に亀裂が走る。
「毒符、彼岸」
さらに、地面から溢れ出た毒々しい呪力が瑛春を包み込む。しかし、それでも彼はまだ意識を保っていた。そしてついには、その腕を上空へと伸ばし始める。
「かぁぁああ‼︎」
彼の口から放たれた言葉によって、頭上にあった光の柱は全て消え失せる。しかし、今度は逃げ場がなくなるほど緻密に、瑛春の周囲を取り囲むように光の柱が現れる。
「神術、光柱・纏‼︎」
その言葉と共に、瑛春を囲っていた光の筋が彼を縛り付ける。そして、動けなくなった彼は地面へと叩きつけられる。
「この神力は…」
「まさか…」
「大御神様…」
その場にいた全員が屋根に立っていた三人の少女たちに目を向ける。
「瑞穂…千代に藤香まで…」
「千代、私のそばに。藤香、御剣と一緒に他の大神たちを援護して」
「はい!」
「任せて」
「どうして来た⁉︎ここにくれば、無事に戻れるかどうかッ」
「馬鹿御剣‼︎そんなこと分かっているわよ‼︎」
瑞穂は大声で御剣を怒鳴る。
「み、瑞穂様。お身体に障ります…」
「分かってる。けど、あの馬鹿にはこれだけは言っておきたいの。御剣‼︎私を置いて勝手に行くなとあれほど言ったでしょう!」
「………」
「帰ったら叱ってやるから覚悟していなさい!」
「ふっ、あぁ」
御剣は思わず小さく微笑んだ。
「ぐるぁぁあ!」
ぼろぼろになった瑛春は宙へ浮かぶ。そして、背中から新たに四本の腕を伸ばすと、六本の腕を広げる。
「神術、空間絶変」
◇
瑞穂たち四人がいない皇都では、残された者たちが帰りを待っていた。
「呪力、それにこれは神力でしょうか。かなり大きな乱れが感じられます」
「ユーリ殿、どういうことだ?」
大きな水瓶の前に座るユーリに、可憐が問い掛ける。
「夢幻の狭間の状況を直接感じることはできませんが、世の呪力の流れを感じ取ることで、他世の状況を把握することは可能です。今、この世を流れる呪力に大きな乱れがあります。おそらく、他の世から流れ込む呪力が強いのでしょう…」
「つまり、その大きな乱れは御剣たちの仕業というわけか」
「いえ、恐らくこの感じからすると……大御神様のものかと……」
その言葉を聞いた一同が驚愕する。
「な、ならば、奴らは今何と戦っているのだ?」
「分かりません……ただ……」
ユーリは胸に手を当て、目を閉じる。
「私たち巫女であっても予想できないことが、起こるかもしれません」
その時、突然皇宮全体が震える。
「地揺れか⁉︎」
「皆様、外を!」
小夜の声で禊ノ間から飛び出した一同は、廊下の窓枠から外を見る。空は黄金に輝き、太陽にひびが入っている。
「陽に、ひびが…」
「な、なんだこれは…」
すると、皇宮の外から轟音が鳴り響く。巨大な落雷が落ちたような音が、立て続けに鳴り響いている。それはまるで、この世の終わりを告げているかのようだった。
「何が起こっているんだ!?」
「呪力が…」
「ユーリ様?」
「あそこから、おびただしい量の呪力が流れ込んでいます…」
やがて、ひびは蜘蛛の巣状に広がりを見せる。
「っ!?」
そのひびが空全体に広がる。そして、何かが割れる音が響き渡る。それはまるで硝子が割れるような音だった。
「空が、割れた?」
「な、なんと」
空が割れ、そこからは信じられないほどの呪力が溢れ出す。その量は凄まじく、地面から空に放たれる禍々しい呪力との相乗効果で、凄まじい圧を放っている。
「ぐっ!何だこの力……」
「体が、痺れる……」
凄まじい力に押しつぶされそうになりながらも、彼らは皇宮の外へ出る。そして空を仰ぐと、その視線の先には信じられないものが映し出されていた。
「な、なんだあれは!?」
「し、島が浮いているわ!」
そこには、宙に浮いた島があった。その大きさは皇都の半分くらいではあるが、世の理を無視して皇都の頭上を悠々と浮かんでいる。
空に浮かぶ島が全ての姿を現すと、割れていた空は闇に包まれる。
「大きな呪力がいくつも感じられます…あそこには、おそらく聖上たちもおられます」
「聖上が!?」
「ただ事ではないな」
「右京、私の代わりに第6軍を動かせますか?」
その様子を冷静に注視していた仁が、右京に問い掛ける。
「あぁ、指揮を執ろう」
「可憐将軍、確か皇都にはあなたの軍が持ち回りで駐屯中でしたよね」
「5千ならすぐに動かせる」
「分かりました。私はここで全軍の指揮を執ります」
「俺たちはどうすればいい、仁」
「私たちも3千人くらいなら動かせるわ」
そう言ったのは、リュウとローズだった。
「お二人は皇都民の避難誘導をお願いします」
「みなさん、斎ノ巫女様から思念が届いています!」
そう声を上げたのは、後ろに控えていたユーリだった。
「斎ノ巫女様から?」
「はい!『聖上から、戦いに巻き込まれる可能性あり、皇都より退避せよ』とのことです!」
「戦い…あそこで何かと戦っておられるのか」
「皆さん、急ぎましょう」
残された者たちは各々動き始める。右京と可憐は自軍の部隊を皇宮へと招集させる。皇都では非常事態を知らせる鐘が鳴らされ、皇都民たちが慌ただしく動き始める。
誰もが頭上に浮かぶ巨大な島を見て、何かが起こることを実感し、避難を始める。
皇宮でも同じだった。各国から訪れていた要人たちを小夜や凛たちが早馬に乗せて皇都外へと避難させ、上は文官から下は兵士まで慌ただしく走り回っている。
「葵、朱音!あなた達も早く避難しなさい!」
後宮の一画、先輩女官である結由は、後輩の葵と朱音を呼び止める。二人は何が何だか分からないまま、他の女官達と共に非常事態時の規則に従って地下に貴重な資料などを運び込んでいた。
結由にそう言われた二人であったが、その目は真っ直ぐと結由に向けられる。
「先輩、私たちは逃げませんよ」
「何言っているの!死ぬかも知らないのよ!」
「聞きました。あそこで皇様たちが戦っているって」
「あなた達、何処でそれを…」
「皇様たちが戦っているのに、私たちが逃げるわけにはいきません。そうだよね、葵ちゃん」
「うん」
「全く、あなた達ったら」
結由は呆れながらも、二人の決意を尊重する。
「なら、さっさと終わらせるわよ!」
「「はいっ‼︎」」
所変わって、全軍の指揮を執るために皇宮中庭へ向かっていた仁は、自室へと立ち寄る。
「仁様…」
「百合」
部屋に戻ってきた仁は、百合が部屋の片隅で小さく震えていることに気付く。おそらく、外の様子や皇宮内の喧騒に怯えているのだろうと考え、百合を優しく抱きしめる。
「大丈夫ですよ。百合」
「何が、起こっているのですか…」
「心配する必要はありません。これから私は軍の指揮を執ってきます。しばらくここを離れますよ。戻ってくるまで待っていてください」
「仁様」
百合は離れようとする仁の袖を掴むと、ゆっくりと立ち上がる。
「私もついて参ります」
「危険ですから…」
「構いません。元より、私は仁様の側付きです。生きるも死ぬも、最後まで仁様と共にいとう御座います」
「………分かりました。百合、あなたには私の指揮の補佐を任せます」
「御心のままに」
俺は四人の大神たちを見る。彼らも、かつてカミコと共に戦った者たちであり、そしてタタリとの戦いの末、その身を挺して封印の柱となった英雄方だ。
己の力が増大したとはいえ、大神同士の戦いは凄まじく、踏み入る余地を与えない。
しかし、俺は一歩前に踏み出す。
そして、手に持った天叢雲剣を地面に突き刺す。すると、突き刺した箇所から禍々しい呪力が地面を覆い始める。
「ミト様」
「にゃ?」
「行って参ります」
そして俺は地面に向かって呪力を流し込む。
「皆!離れろ!」
俺の叫ぶと同時に、地面に天叢雲剣を突き刺す。すると、周囲に広がった禍々しい呪力が収束していき、巨大な光の筋となって現れる。その光は、御剣が今まで使っていた天叢雲剣の術式とは異なっていた。
「あれが、大御神様の神器…」
「凄まじい力だ…」
光が収束していくにつれて、その呪力量も増大し、周囲にいた四人の大神方も思わず膝をつくほどであった。そしてついに、天叢雲剣から放たれた光は、巨大な一つの光線となって瑛春に向かって放たれる。
「魂斬、光輝陥没」
放たれた光はさらに輝きを増し、地面を抉りながらも直進していく。そして、その光は瑛春の体を捉えて、全てを飲み込んだ。
地面が陥没し、轟音が響く中、俺はその場から動かずにただ瑛春がいた場所を見つめていた。
「やったか?」
しかし、その期待はすぐに裏切られることとなる。
光が収まると、そこには辛うじて原型を残した瑛春の姿があった。そして彼は神滅刀を手にし、ふらふらと立ち上がる。
「く……まさか、ここまでとは。君たちの呪力は脅威だ」
瑛春が抉れた口を開くと、彼は足元から黒い靄に覆われていく。そして徐々にその体が黒く染まっていく。
「気が変わった」
瑛春の姿が完全に黒い靄に飲み込まれると同時に、禍々しい呪力が再び放たれ、周囲を覆う。
「ぐぉぉお‼︎」
「にゃ、にゃんだ!?」
「こ、これは…」
「まずいぞ」
そして、次の瞬間には瑛春の変わり果てた姿が現れる。
「っ!?」
しかしその姿は先程とは大きく異なり、体は人の何回りも、まるで山の如く巨大となっていた。そして、その全身は黒一色に染まっていた。
「アマツ、シノ!」
「おう!」
「はい!」
トキ様の合図で、三柱は一斉に神術で黒い巨体を攻撃する。しかし、その攻撃を一切ものともせず、巨体はそこに立っていた。
巨大な怪物と化した瑛春が、ミト様へと手を伸ばす。しかし、その手が届く前に彼女の元へと走る。
「ミト様!」
「にゃあ!!」
ミト様は瑛春が伸ばした腕を軽々と受け止めて見せた。あの体からは想像できないほどの力の持ち主だ。
「んにゃぁぁあああ!」
しかしそれも束の間、ミト様はそのまま投げ飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「ミト様!」
慌てて彼女の元へ駆け寄ると、彼女は土煙の中で、起き上がるところだった。どうやら無事のようだ。
しかし、今の一撃で大きな傷を受けたように見える。俺とシノ様はミト様に駆け寄り、傷ついている彼女を抱きかかえる。
「い、痛かったにゃ…」
アマツ様とトキ様が、シノ様と俺のそばへと戻ってくる。
「シノ、あれは確か」
「えぇ、神力が暴走したみたい」
「くそ、俺たちの攻撃が全く通用しないぞ」
トキ様の質問にシノ様が答える。しかし、それは俺の想像していた答えとは大きく異なっていた。そして同時に嫌な予感を覚える。
「タタリではないのですか?」
「ええ、恐らく彼は『業魔化』しているのでしょう」
「業魔化…」
「来るぞ!」
稲光を纏った瑛春の右手が俺たちに振り下ろされる。俺はミト様を抱えたまま、その右手を後ろに飛び退いて避ける。
「シノ様、ここは俺に任せてください」
俺は彼女にそう言うと、ミト様を託して天叢雲剣を手にして前に出る。
「うるがぁぁ!」
天叢雲剣を構える。そして大きく深呼吸をすると、一気に駆け出す。
「ふっ!」
そのまま天叢雲剣を横に薙ぎ払うと、光の刃が彼に向かって走る。しかし、その斬撃は途中で止まり、彼の目の前に現れた黒い障壁によって弾かれる。しかし、俺は既に次の一手を繰り出していた。
「はぁぁ!!」
放たれた光は、天叢雲剣に纏わりつき、その形状をさらに変化させる。再び障壁によって弾かれるが、今度はそこで終わらない。
「まだだ!」
光を纏った刀身は、再びその障壁に衝突する。しかし今度は弾くことができず、そのまま壁を突き抜け、瑛春の体を切り裂く。
「っ!くっ」
その瞬間、彼は苦悶の表情を浮かべてその場に膝をつく。俺はすかさず、追撃に移る。
大きく息を吐くと、再び天叢雲剣を構える。その刀身には膨大な呪力が纏わりついていた。
「魂斬、不死断ち」
天叢雲剣を振るう。しかし、瑛春はそれを待っていたかの様に、体と一体化している神滅刀で防ごうとする。
「がぁぁあ!」
手に持った神滅刀で天叢雲剣を弾き返すと、その隙をついて俺に向かって振り下ろす。俺はそれを躱そうと、咄嗟に動く。
瑛春はさらに斬りかかる。何とか天叢雲剣で防ごうとするも、その力に押し負けてしまう。
「っ!」
その場に膝をつくと、瑛春は俺に近づいてくる。
◇
「私の従者に手を出さないでもらえるかしら」
「ッ⁉︎」
御剣が突然聞こえた声に動揺すると同時に、業魔化した瑛春に桜吹雪が纏わりつく。
「神術、桜花玉簾」
「ぐぁああ!」
桜吹雪によって視界を奪われた瑛春は、桜の花びらの形と成った呪力によって邪気を祓われる。悪気に満ちた力は、清らかな呪力と相反するため、浄化される。それはもちろん、力の浄化に留まらず、その力を持つ対象にも大きな痛みを与える。
「ぐ、あ、あぁ」
瑛春は巨体を揺るがし、怯む。しかし、それだけに留まらず、瑛春の頭上に円柱状の光の壁が何重にも折り重なる様に顕現する。
「光符、光柱‼︎」
頭上に現れた光の柱が何度も何度も瑛春に向けて落下する。その勢いは凄まじく、筋骨隆々の巨体が沈み、地面に亀裂が走る。
「毒符、彼岸」
さらに、地面から溢れ出た毒々しい呪力が瑛春を包み込む。しかし、それでも彼はまだ意識を保っていた。そしてついには、その腕を上空へと伸ばし始める。
「かぁぁああ‼︎」
彼の口から放たれた言葉によって、頭上にあった光の柱は全て消え失せる。しかし、今度は逃げ場がなくなるほど緻密に、瑛春の周囲を取り囲むように光の柱が現れる。
「神術、光柱・纏‼︎」
その言葉と共に、瑛春を囲っていた光の筋が彼を縛り付ける。そして、動けなくなった彼は地面へと叩きつけられる。
「この神力は…」
「まさか…」
「大御神様…」
その場にいた全員が屋根に立っていた三人の少女たちに目を向ける。
「瑞穂…千代に藤香まで…」
「千代、私のそばに。藤香、御剣と一緒に他の大神たちを援護して」
「はい!」
「任せて」
「どうして来た⁉︎ここにくれば、無事に戻れるかどうかッ」
「馬鹿御剣‼︎そんなこと分かっているわよ‼︎」
瑞穂は大声で御剣を怒鳴る。
「み、瑞穂様。お身体に障ります…」
「分かってる。けど、あの馬鹿にはこれだけは言っておきたいの。御剣‼︎私を置いて勝手に行くなとあれほど言ったでしょう!」
「………」
「帰ったら叱ってやるから覚悟していなさい!」
「ふっ、あぁ」
御剣は思わず小さく微笑んだ。
「ぐるぁぁあ!」
ぼろぼろになった瑛春は宙へ浮かぶ。そして、背中から新たに四本の腕を伸ばすと、六本の腕を広げる。
「神術、空間絶変」
◇
瑞穂たち四人がいない皇都では、残された者たちが帰りを待っていた。
「呪力、それにこれは神力でしょうか。かなり大きな乱れが感じられます」
「ユーリ殿、どういうことだ?」
大きな水瓶の前に座るユーリに、可憐が問い掛ける。
「夢幻の狭間の状況を直接感じることはできませんが、世の呪力の流れを感じ取ることで、他世の状況を把握することは可能です。今、この世を流れる呪力に大きな乱れがあります。おそらく、他の世から流れ込む呪力が強いのでしょう…」
「つまり、その大きな乱れは御剣たちの仕業というわけか」
「いえ、恐らくこの感じからすると……大御神様のものかと……」
その言葉を聞いた一同が驚愕する。
「な、ならば、奴らは今何と戦っているのだ?」
「分かりません……ただ……」
ユーリは胸に手を当て、目を閉じる。
「私たち巫女であっても予想できないことが、起こるかもしれません」
その時、突然皇宮全体が震える。
「地揺れか⁉︎」
「皆様、外を!」
小夜の声で禊ノ間から飛び出した一同は、廊下の窓枠から外を見る。空は黄金に輝き、太陽にひびが入っている。
「陽に、ひびが…」
「な、なんだこれは…」
すると、皇宮の外から轟音が鳴り響く。巨大な落雷が落ちたような音が、立て続けに鳴り響いている。それはまるで、この世の終わりを告げているかのようだった。
「何が起こっているんだ!?」
「呪力が…」
「ユーリ様?」
「あそこから、おびただしい量の呪力が流れ込んでいます…」
やがて、ひびは蜘蛛の巣状に広がりを見せる。
「っ!?」
そのひびが空全体に広がる。そして、何かが割れる音が響き渡る。それはまるで硝子が割れるような音だった。
「空が、割れた?」
「な、なんと」
空が割れ、そこからは信じられないほどの呪力が溢れ出す。その量は凄まじく、地面から空に放たれる禍々しい呪力との相乗効果で、凄まじい圧を放っている。
「ぐっ!何だこの力……」
「体が、痺れる……」
凄まじい力に押しつぶされそうになりながらも、彼らは皇宮の外へ出る。そして空を仰ぐと、その視線の先には信じられないものが映し出されていた。
「な、なんだあれは!?」
「し、島が浮いているわ!」
そこには、宙に浮いた島があった。その大きさは皇都の半分くらいではあるが、世の理を無視して皇都の頭上を悠々と浮かんでいる。
空に浮かぶ島が全ての姿を現すと、割れていた空は闇に包まれる。
「大きな呪力がいくつも感じられます…あそこには、おそらく聖上たちもおられます」
「聖上が!?」
「ただ事ではないな」
「右京、私の代わりに第6軍を動かせますか?」
その様子を冷静に注視していた仁が、右京に問い掛ける。
「あぁ、指揮を執ろう」
「可憐将軍、確か皇都にはあなたの軍が持ち回りで駐屯中でしたよね」
「5千ならすぐに動かせる」
「分かりました。私はここで全軍の指揮を執ります」
「俺たちはどうすればいい、仁」
「私たちも3千人くらいなら動かせるわ」
そう言ったのは、リュウとローズだった。
「お二人は皇都民の避難誘導をお願いします」
「みなさん、斎ノ巫女様から思念が届いています!」
そう声を上げたのは、後ろに控えていたユーリだった。
「斎ノ巫女様から?」
「はい!『聖上から、戦いに巻き込まれる可能性あり、皇都より退避せよ』とのことです!」
「戦い…あそこで何かと戦っておられるのか」
「皆さん、急ぎましょう」
残された者たちは各々動き始める。右京と可憐は自軍の部隊を皇宮へと招集させる。皇都では非常事態を知らせる鐘が鳴らされ、皇都民たちが慌ただしく動き始める。
誰もが頭上に浮かぶ巨大な島を見て、何かが起こることを実感し、避難を始める。
皇宮でも同じだった。各国から訪れていた要人たちを小夜や凛たちが早馬に乗せて皇都外へと避難させ、上は文官から下は兵士まで慌ただしく走り回っている。
「葵、朱音!あなた達も早く避難しなさい!」
後宮の一画、先輩女官である結由は、後輩の葵と朱音を呼び止める。二人は何が何だか分からないまま、他の女官達と共に非常事態時の規則に従って地下に貴重な資料などを運び込んでいた。
結由にそう言われた二人であったが、その目は真っ直ぐと結由に向けられる。
「先輩、私たちは逃げませんよ」
「何言っているの!死ぬかも知らないのよ!」
「聞きました。あそこで皇様たちが戦っているって」
「あなた達、何処でそれを…」
「皇様たちが戦っているのに、私たちが逃げるわけにはいきません。そうだよね、葵ちゃん」
「うん」
「全く、あなた達ったら」
結由は呆れながらも、二人の決意を尊重する。
「なら、さっさと終わらせるわよ!」
「「はいっ‼︎」」
所変わって、全軍の指揮を執るために皇宮中庭へ向かっていた仁は、自室へと立ち寄る。
「仁様…」
「百合」
部屋に戻ってきた仁は、百合が部屋の片隅で小さく震えていることに気付く。おそらく、外の様子や皇宮内の喧騒に怯えているのだろうと考え、百合を優しく抱きしめる。
「大丈夫ですよ。百合」
「何が、起こっているのですか…」
「心配する必要はありません。これから私は軍の指揮を執ってきます。しばらくここを離れますよ。戻ってくるまで待っていてください」
「仁様」
百合は離れようとする仁の袖を掴むと、ゆっくりと立ち上がる。
「私もついて参ります」
「危険ですから…」
「構いません。元より、私は仁様の側付きです。生きるも死ぬも、最後まで仁様と共にいとう御座います」
「………分かりました。百合、あなたには私の指揮の補佐を任せます」
「御心のままに」
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