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詠嘆編
第94話 五芒院
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斎ノ宮 最深部 斎ノ宮城
建物の内側から感じるのは、禍々しい呪力。
"ここまで、長かった…"
歩みを進めながら、御剣はふと想いに耽る。
親知らずの孤児として武人の父に拾われ、父に言われるがまま剣術を磨いてきた。そして、偶然川のほとりで瑞穂と出会い、主従関係を結んだ。
圧政を打倒し、新たな国を打ち立て、自らの使命が大御神の生まれ変わりである瑞穂を守る神器であることを知らされる。
幾多の戦に身を投じ、多くの猛者たちと刃を交えてきた。時には死に掛け、時には主である瑞穂を失いそうになったこともある。
先代たちの因縁に終止符を付けたと思えば、最後の最後に自分たちの運命に終止符を打つことになる。
おそらく、この戦いが神器である自分にとって最後の戦いになる。御剣は歩みを進めながらそう感じていた。
「やぁ、待ったよ御剣」
「瑛春…」
門を開けたその先、おそらく宮城の大内裏に、彼を待ち侘びたかの様に手を広げる瑛春がいた。その背後には、黄泉喰らいの大水晶の中に封印されたタタリと、その傍らにはレイセンが立っていた。
御剣は業火の柄に手を添えると同時に、瑛春に向けて肉薄する。業火を鞘から引き抜き、両手を広げて立つ瑛春に居合斬りで斬りかかるが、彼の目の前には見えない壁によって阻まれ、届くことはなかった。
背後に佇んでいたレイセンが結界を張っていたのだ。かなり強く斬りかかったが、業火の刀身では結界を破ることはできなかった。
瑛春の表情が狂気の笑顔に満ちる。
「いきなり斬りかかるなんて無粋だね。もっと優雅になれないのかい?」
「お前の話に付き合う義理はない」
「せっかくの機会だし。君とはあまり話したことがなかったから、これを機に話してみよう。どうだい、御剣。僕の側につく気はないかい?」
「戯言を抜かすな」
「僕は有意義な話をしているつもりだよ。これから僕が行うことは、君にとっても利があると思うんだけど?」
更に瑛春の首を狙って斬りつける。
「お前の目的はなんだ⁉︎」
「目的?そうだね。本来の力を得て、世の理を変える、文字通り天地がひっくり返る様なことをしようと思っている」
御剣が結界から離れると、瑛春はゆっくりと大内裏の舞台を降りて御剣へ近づく。
「それが何なんだ⁉︎」
「代替わりさ。次代のタタリが、先代のタタリの力を得て目的を果たす」
「代替わりだと…」
「君の主、大御神がそうであるようにね。大神は自らの意思に反した行いや力が衰えると、自らの化身を生み出し使命を次代の化身に引き継がせる。使命を引き継いだ先代は、元々の力を失い無垢なる大神となる。それが代替わりさ」
瑛春は手にしていた錫杖の底部を床に叩きつける。すると、彼を中心に大内裏全体を覆う様な術式が床に広がっていく。
「お前、呪術を使えたのか⁉︎」
「僕が呪術を使えないなんて、いつ言ったんだい?」
大内裏がぐらりと揺らぐ。周囲を覆っていた壁は下部から剥がれ落ち、周囲の様子が一変する。
それはまさに、別世界へと変貌してしまう。御剣はその光景に身に覚えがあった。おそらく、先代の神器だった剣史郎の記憶なのだろうと思う。
「こ、ここは」
「かつての戦さ場、懐かしいだろう」
灰色の空に鈍く輝く満月、木々は枯れ果て、降り続ける灰がまるで雪の様。
「さぁ、本番前の小手調べといこうじゃないか」
瑛春は錫杖の鈴を鳴らす。すると、術式に黒い渦が現れ、黄泉兵たちを召喚した。
「行け」
「妖を操る呪術か」
黄泉兵は薙刀や刀を構えると、御剣に向けて迫る。黄泉兵をその目で捉えた御剣は、少しばかり息を吐き、神経を集中させる。
「魂斬、漣」
左右から斬りかかる黄泉兵に対して、一瞬で草薙剣の軌道を変えて斬りかかる。まるで波の様に軌跡を描いた草薙剣は、目に見えない黄泉兵の魂を寸分狂いなく斬り裂く。
「黄泉兵程度では歯が立たないかぁ」
さらに錫杖を叩きつける。先ほどよりも大きな渦が出来ると、そこから現れたのは御剣にとって記憶に新しい相手だった。
「以津真天…」
大和の帝宮で戦い、その圧倒的力の差から千代たちによる境界封印によって封じた強敵。怨念の集合体ともいえる妖、以津真天だった。
しかし、御剣の目の前に現れた以津真天は、知性を失い、真白だったその身を赤く輝かせ、御剣だけを狙って暴れ回る妖と成り果てていた。
翼を広げ、鋭い鉤爪で御剣を斬り裂かんと迫る。紙一重でそれを避け、隙をついて以津真天の体に業火の斬撃を与える。
「グギャァルァァ‼︎」
しかし、御剣の攻撃に一切の怯みを見せない。それどころか、御剣の攻撃を受けるたびに、鉤爪の攻撃の頻度が激しくなり、避けることで精一杯となる。
さらに、以津真天が纏う怨霊が飛び交い、距離を取った御剣の体へと纏わりついた。
「浄符、清浄‼︎」
呪術を使い、体に纏わりついていた怨霊を消し去る。しかし、絶え間なく迫る無数の怨霊に、最早浄符で浄化するには追いつかないほどだった。
迫る鉤爪を業火で払う。先程まで避けられていた攻撃を、今度は払わなければ防ぐ事ができない。
鉤爪が頬を掠め、傷跡から血が流れ落ちる。
"一か八か‼︎"
御剣は業火に呪力を込め、最大の火力を持って以津真天の胴を斬り裂く。呪力によって創り出された豪炎は、以津真天の体毛を燃やした。
「ギャァ‼︎」
それまで一切怯みを見せなかった以津真天が、膝をついて動きを止める。御剣はその瞬間に背後に回り込み、草薙剣を鞘から抜く。
「魂斬、貫徹‼︎」
以津真天の左胸を、背中から業火で刺突する。妖に人の体の弱点が通用するかは未知数だったが、対抗策のなかった御剣はそれに賭けた。
「ギャァァァ‼︎」
以津真天は金切り声をあげてのたうち回る。さらに追い討ちをかける様に、以津真天の背中を一太刀斬ると、肩に飛び乗り首に草薙剣を沿える。
「魂斬、不死断ち」
円を描く様に、以津真天の首を草薙剣で撫でる様に斬り裂く。黒い呪力が首を失った胴体から噴き出し、以津真天は前のめりに倒れる。
その様子を見た瑛春は、高らかに笑う。
「ははは!まさかここまでやるとは!いいね、いいねぇ、面白くなってきたじゃないか!」
「次はどいつだ。お前か、お前だな」
御剣は舞台の前に立つ瑛春に向けて歩み出す。
対する瑛春も近づく御剣に自らも歩み出す。
「覚悟は良いか、瑛春」
「何の覚悟だい?」
「俺に殺される覚悟だ」
「僕を殺せるものなら殺してみなよ!」
刹那、御剣の業火と瑛春の錫杖が交わる。刀身と錫杖の柄が交差し、火花を散らした。鍔迫り合いとなったところで、御剣は姿勢を低くし、下方から業火を突き上げる様に斬る。
瑛春は下から斬り上げられた業火を、錫杖を水平にして弾く。両端を握り、絶え間なく斬りかかる御剣の斬撃を防いでいく。
「その程度かい?大御神の神器」
「火符、瑠璃炎」
普通の炎よりもさらに火力の高い瑠璃の炎を業火に纏わせる。刀身に纏った瑠璃の炎は、御剣が振るう斬撃に合わせて瑛春へと迫る。
"流石に、これをまともに食らえないな"
瑛春は迫る瑠璃の炎の衝撃波を、人間離れした動きで避ける。しかし、最後の衝撃波を避け切ったところで、目の前に御剣の姿があった。
「ウルァア‼︎」
御剣は右手の拳を握り、渾身の力で瑛春の額を殴りつける。呪力によって強化された肉体から繰り出される重い一撃は、刀の斬撃とはまた違った衝撃を生じさせ、まともに額へ拳を受けた瑛春は、そのまま後方へと吹き飛ばされる。
「ははっ、まさか殴られるとは思わなかったよ」
倒れ込む瑛春に追撃を行う御剣だったが、首を狙って横に振るった業火は、錫杖によって防がれる。
「お返しだよ」
「ガファッ⁉︎」
瑛春は倒れながら御剣の背中を蹴り上げると、業火を防いでいた錫杖の底部で御剣を突き上げる。防ぐことのできなかった御剣は腹に一撃を食らい、逆に宙へと吹き飛ばされる。
しかし、御剣もただ吹き飛ばされただけではなかった。置き土産と言わんばかりに瑛春の倒れていた傍らに呪符を置き去りにしていた。
千代の術式が記された呪符は、雷符帯電を発現させるもの。術者である御剣が注いだ呪力によって、呪符一帯に稲妻に触れた様に電流が走る。
「なっ⁉︎」
「地割り」
宙に吹き飛ばされた御剣は、電流で動きを止めたのを見計らい、瑠璃の炎を纏わせたまま、落下の勢いを利用して業火を突き立てる。
余裕を見せていた瑛春の表情に焦りが見える。瑛春は防御の構えを取るが、電流と瑠璃の炎が反応し、爆発を起こす。
その衝撃は凄まじく、落下と共に業火を突き立てようとした御剣は、体ごと衝撃で吹き飛ばされる。
しかし、土煙が晴れたそこには、体を少し焦がしたものの、全く攻撃が通用していない瑛春の姿があった。
「今のは惜しかったよ。まさか、呪素の混じり合いで起こる反応を利用するとはね」
"くそ、まるで効いちゃいないな…"
「悪いけど、お遊びはこれまでだよ。あとはレイセンに任せるとしよう。そろそろ、僕は儀式の準備に移らないといけないからね」
「待て!」
舞台へ戻ろうとする瑛春を追う御剣だったが、彼の目の前にレイセンが立ち塞がる。レイセンは両手の平を御剣に向けると、強力な呪術で御剣を吹き飛ばす。
「くっ⁉︎」
「悪いが、童よ。ここは通さぬ」
不可視の衝撃波で御剣を吹き飛ばすレイセン。
「さて、タタリ。その力、僕が貰い受けるよ」
黄泉喰らいの大水晶に手を沿える瑛春。それを防ごうと舞台へ近づこうとするが、レイセンによって行手を阻まれる。
突然、大水晶が光り輝き、大きなひびが入る。
「なッ⁉︎」
すると、ひびは枝状に広がり、瑛春の手の中に吸い込まれる様に消えていく。
「そこを退け‼︎」
御剣が再びレイセンに斬りかかろうとした時だった。舞台から眩い閃光が広がり、御剣の視界は一瞬で真っ白に染まった。
◇
ある者が書き残した記録がある。
『御神祟神威は異なる心情を持ったことで、自らの生まれ変わりを生み出す。生まれ変わりが祟神威を取り込むことを防がなければならない。なぜなら、祟神威を取り込むことによって、生まれ変わりは力を得て、異なる心情を正しきとした堕神を生み出すのだから』
◇
夢幻の狭間 回廊
光に包まれた瑞穂たちが目を開けると、そこは山の頂上付近だった。
「二人とも、大丈夫?」
「は、はい!」
「私も大丈夫…瑞穂、ここが夢幻の狭間?」
「そうかもしれないわ」
3人は立ち上がると、崖の上から眼下を覗く。麓は霧がかかって見えないが、崖を少し降りた場所に水に浸かった廃都が見える。
「舞…花?」
「えっ?」
「誰⁉︎」
突然、3人の後ろから声がする。狩衣を纏った神職が、千代の姿を見て呆然と立ちすくんでいた。
「若返ったのか…いや、そんな、まさかな…」
「あ、あの。舞花は私の母の名前です。どうしてその名前を?」
「母…ッ⁉︎と、という事は君は」
「ふぇっ⁉︎」
神職の男は千代へと駆け寄ると、その体を優しく抱きしめた。
「ようやく、ようやく会えることができた…」
「あなた、名を名乗りなさい」
「し、失礼致しました。私は郭、夢幻の狭間で案内人を務めている者に御座います」
「郭…郭って、シラヌイが言っていた」
「はい。舞花とは私の最愛の妻の名です」
「じゃあ、千代。この人が千代の父君?」
「そ、そうなります」
「千代、千代というのか。良い名前を付けてくれたのだな。そうか、こんなに大きく育ったか。綺麗な髪も、美しい目も、お母さんと瓜二つだ」
「私の、お父様…」
千代も、郭を抱きしめる。暫く親子の再会を見守った瑞穂は、頃合いを見て郭に話しかける。
「郭、私は瑞穂。先代大御神からその神性を受け継いだ今代の大御神。あなたの娘は今代の斎ノ巫女白雪千代。私の従者藤香」
「お、大御神様に御座いましたか…ご無礼をお許しください」
「大丈夫よ。親子水入らずを邪魔して申し訳ないけど、聞きたいことがあるの。ここに、黒い羽織りを着た武人が来なかった?」
「当代の神器様で御座いましょうか?彼でしたら、この先の楼門を抜けて落ノ都の斎ノ宮へと向かわれました」
「崖下の廃都のこと?」
「左様に御座います。おそらく、木葉咲耶姫様にお会いになられたかと」
「木葉咲耶姫…」
「木葉咲耶姫様は、ここ夢幻の狭間を管理されている大神様です」
「どこに行けば会えるの?」
「楼門を抜けて、落ノ都の中心に御座います宮城へと向かってください。そこにおられます」
「承知したわ。藤香、千代。急ぎましょう」
「は、はい!」
「えぇ」
千代は郭から離れると、深く頭を下げた。
「行って参ります、お父様。またお会いできる時まで、どうかお元気で」
「道中気をつけてお行きなさい」
「はい。お達者で」
楼門へと向かう3人を見送った郭は、慈愛に満ちた笑顔を見せる。
「舞花、僕たちの娘は良き主君や友人たちに恵まれているよ」
そう呟き、3人の後ろ姿が見えなくなるまで見守っていた。
建物の内側から感じるのは、禍々しい呪力。
"ここまで、長かった…"
歩みを進めながら、御剣はふと想いに耽る。
親知らずの孤児として武人の父に拾われ、父に言われるがまま剣術を磨いてきた。そして、偶然川のほとりで瑞穂と出会い、主従関係を結んだ。
圧政を打倒し、新たな国を打ち立て、自らの使命が大御神の生まれ変わりである瑞穂を守る神器であることを知らされる。
幾多の戦に身を投じ、多くの猛者たちと刃を交えてきた。時には死に掛け、時には主である瑞穂を失いそうになったこともある。
先代たちの因縁に終止符を付けたと思えば、最後の最後に自分たちの運命に終止符を打つことになる。
おそらく、この戦いが神器である自分にとって最後の戦いになる。御剣は歩みを進めながらそう感じていた。
「やぁ、待ったよ御剣」
「瑛春…」
門を開けたその先、おそらく宮城の大内裏に、彼を待ち侘びたかの様に手を広げる瑛春がいた。その背後には、黄泉喰らいの大水晶の中に封印されたタタリと、その傍らにはレイセンが立っていた。
御剣は業火の柄に手を添えると同時に、瑛春に向けて肉薄する。業火を鞘から引き抜き、両手を広げて立つ瑛春に居合斬りで斬りかかるが、彼の目の前には見えない壁によって阻まれ、届くことはなかった。
背後に佇んでいたレイセンが結界を張っていたのだ。かなり強く斬りかかったが、業火の刀身では結界を破ることはできなかった。
瑛春の表情が狂気の笑顔に満ちる。
「いきなり斬りかかるなんて無粋だね。もっと優雅になれないのかい?」
「お前の話に付き合う義理はない」
「せっかくの機会だし。君とはあまり話したことがなかったから、これを機に話してみよう。どうだい、御剣。僕の側につく気はないかい?」
「戯言を抜かすな」
「僕は有意義な話をしているつもりだよ。これから僕が行うことは、君にとっても利があると思うんだけど?」
更に瑛春の首を狙って斬りつける。
「お前の目的はなんだ⁉︎」
「目的?そうだね。本来の力を得て、世の理を変える、文字通り天地がひっくり返る様なことをしようと思っている」
御剣が結界から離れると、瑛春はゆっくりと大内裏の舞台を降りて御剣へ近づく。
「それが何なんだ⁉︎」
「代替わりさ。次代のタタリが、先代のタタリの力を得て目的を果たす」
「代替わりだと…」
「君の主、大御神がそうであるようにね。大神は自らの意思に反した行いや力が衰えると、自らの化身を生み出し使命を次代の化身に引き継がせる。使命を引き継いだ先代は、元々の力を失い無垢なる大神となる。それが代替わりさ」
瑛春は手にしていた錫杖の底部を床に叩きつける。すると、彼を中心に大内裏全体を覆う様な術式が床に広がっていく。
「お前、呪術を使えたのか⁉︎」
「僕が呪術を使えないなんて、いつ言ったんだい?」
大内裏がぐらりと揺らぐ。周囲を覆っていた壁は下部から剥がれ落ち、周囲の様子が一変する。
それはまさに、別世界へと変貌してしまう。御剣はその光景に身に覚えがあった。おそらく、先代の神器だった剣史郎の記憶なのだろうと思う。
「こ、ここは」
「かつての戦さ場、懐かしいだろう」
灰色の空に鈍く輝く満月、木々は枯れ果て、降り続ける灰がまるで雪の様。
「さぁ、本番前の小手調べといこうじゃないか」
瑛春は錫杖の鈴を鳴らす。すると、術式に黒い渦が現れ、黄泉兵たちを召喚した。
「行け」
「妖を操る呪術か」
黄泉兵は薙刀や刀を構えると、御剣に向けて迫る。黄泉兵をその目で捉えた御剣は、少しばかり息を吐き、神経を集中させる。
「魂斬、漣」
左右から斬りかかる黄泉兵に対して、一瞬で草薙剣の軌道を変えて斬りかかる。まるで波の様に軌跡を描いた草薙剣は、目に見えない黄泉兵の魂を寸分狂いなく斬り裂く。
「黄泉兵程度では歯が立たないかぁ」
さらに錫杖を叩きつける。先ほどよりも大きな渦が出来ると、そこから現れたのは御剣にとって記憶に新しい相手だった。
「以津真天…」
大和の帝宮で戦い、その圧倒的力の差から千代たちによる境界封印によって封じた強敵。怨念の集合体ともいえる妖、以津真天だった。
しかし、御剣の目の前に現れた以津真天は、知性を失い、真白だったその身を赤く輝かせ、御剣だけを狙って暴れ回る妖と成り果てていた。
翼を広げ、鋭い鉤爪で御剣を斬り裂かんと迫る。紙一重でそれを避け、隙をついて以津真天の体に業火の斬撃を与える。
「グギャァルァァ‼︎」
しかし、御剣の攻撃に一切の怯みを見せない。それどころか、御剣の攻撃を受けるたびに、鉤爪の攻撃の頻度が激しくなり、避けることで精一杯となる。
さらに、以津真天が纏う怨霊が飛び交い、距離を取った御剣の体へと纏わりついた。
「浄符、清浄‼︎」
呪術を使い、体に纏わりついていた怨霊を消し去る。しかし、絶え間なく迫る無数の怨霊に、最早浄符で浄化するには追いつかないほどだった。
迫る鉤爪を業火で払う。先程まで避けられていた攻撃を、今度は払わなければ防ぐ事ができない。
鉤爪が頬を掠め、傷跡から血が流れ落ちる。
"一か八か‼︎"
御剣は業火に呪力を込め、最大の火力を持って以津真天の胴を斬り裂く。呪力によって創り出された豪炎は、以津真天の体毛を燃やした。
「ギャァ‼︎」
それまで一切怯みを見せなかった以津真天が、膝をついて動きを止める。御剣はその瞬間に背後に回り込み、草薙剣を鞘から抜く。
「魂斬、貫徹‼︎」
以津真天の左胸を、背中から業火で刺突する。妖に人の体の弱点が通用するかは未知数だったが、対抗策のなかった御剣はそれに賭けた。
「ギャァァァ‼︎」
以津真天は金切り声をあげてのたうち回る。さらに追い討ちをかける様に、以津真天の背中を一太刀斬ると、肩に飛び乗り首に草薙剣を沿える。
「魂斬、不死断ち」
円を描く様に、以津真天の首を草薙剣で撫でる様に斬り裂く。黒い呪力が首を失った胴体から噴き出し、以津真天は前のめりに倒れる。
その様子を見た瑛春は、高らかに笑う。
「ははは!まさかここまでやるとは!いいね、いいねぇ、面白くなってきたじゃないか!」
「次はどいつだ。お前か、お前だな」
御剣は舞台の前に立つ瑛春に向けて歩み出す。
対する瑛春も近づく御剣に自らも歩み出す。
「覚悟は良いか、瑛春」
「何の覚悟だい?」
「俺に殺される覚悟だ」
「僕を殺せるものなら殺してみなよ!」
刹那、御剣の業火と瑛春の錫杖が交わる。刀身と錫杖の柄が交差し、火花を散らした。鍔迫り合いとなったところで、御剣は姿勢を低くし、下方から業火を突き上げる様に斬る。
瑛春は下から斬り上げられた業火を、錫杖を水平にして弾く。両端を握り、絶え間なく斬りかかる御剣の斬撃を防いでいく。
「その程度かい?大御神の神器」
「火符、瑠璃炎」
普通の炎よりもさらに火力の高い瑠璃の炎を業火に纏わせる。刀身に纏った瑠璃の炎は、御剣が振るう斬撃に合わせて瑛春へと迫る。
"流石に、これをまともに食らえないな"
瑛春は迫る瑠璃の炎の衝撃波を、人間離れした動きで避ける。しかし、最後の衝撃波を避け切ったところで、目の前に御剣の姿があった。
「ウルァア‼︎」
御剣は右手の拳を握り、渾身の力で瑛春の額を殴りつける。呪力によって強化された肉体から繰り出される重い一撃は、刀の斬撃とはまた違った衝撃を生じさせ、まともに額へ拳を受けた瑛春は、そのまま後方へと吹き飛ばされる。
「ははっ、まさか殴られるとは思わなかったよ」
倒れ込む瑛春に追撃を行う御剣だったが、首を狙って横に振るった業火は、錫杖によって防がれる。
「お返しだよ」
「ガファッ⁉︎」
瑛春は倒れながら御剣の背中を蹴り上げると、業火を防いでいた錫杖の底部で御剣を突き上げる。防ぐことのできなかった御剣は腹に一撃を食らい、逆に宙へと吹き飛ばされる。
しかし、御剣もただ吹き飛ばされただけではなかった。置き土産と言わんばかりに瑛春の倒れていた傍らに呪符を置き去りにしていた。
千代の術式が記された呪符は、雷符帯電を発現させるもの。術者である御剣が注いだ呪力によって、呪符一帯に稲妻に触れた様に電流が走る。
「なっ⁉︎」
「地割り」
宙に吹き飛ばされた御剣は、電流で動きを止めたのを見計らい、瑠璃の炎を纏わせたまま、落下の勢いを利用して業火を突き立てる。
余裕を見せていた瑛春の表情に焦りが見える。瑛春は防御の構えを取るが、電流と瑠璃の炎が反応し、爆発を起こす。
その衝撃は凄まじく、落下と共に業火を突き立てようとした御剣は、体ごと衝撃で吹き飛ばされる。
しかし、土煙が晴れたそこには、体を少し焦がしたものの、全く攻撃が通用していない瑛春の姿があった。
「今のは惜しかったよ。まさか、呪素の混じり合いで起こる反応を利用するとはね」
"くそ、まるで効いちゃいないな…"
「悪いけど、お遊びはこれまでだよ。あとはレイセンに任せるとしよう。そろそろ、僕は儀式の準備に移らないといけないからね」
「待て!」
舞台へ戻ろうとする瑛春を追う御剣だったが、彼の目の前にレイセンが立ち塞がる。レイセンは両手の平を御剣に向けると、強力な呪術で御剣を吹き飛ばす。
「くっ⁉︎」
「悪いが、童よ。ここは通さぬ」
不可視の衝撃波で御剣を吹き飛ばすレイセン。
「さて、タタリ。その力、僕が貰い受けるよ」
黄泉喰らいの大水晶に手を沿える瑛春。それを防ごうと舞台へ近づこうとするが、レイセンによって行手を阻まれる。
突然、大水晶が光り輝き、大きなひびが入る。
「なッ⁉︎」
すると、ひびは枝状に広がり、瑛春の手の中に吸い込まれる様に消えていく。
「そこを退け‼︎」
御剣が再びレイセンに斬りかかろうとした時だった。舞台から眩い閃光が広がり、御剣の視界は一瞬で真っ白に染まった。
◇
ある者が書き残した記録がある。
『御神祟神威は異なる心情を持ったことで、自らの生まれ変わりを生み出す。生まれ変わりが祟神威を取り込むことを防がなければならない。なぜなら、祟神威を取り込むことによって、生まれ変わりは力を得て、異なる心情を正しきとした堕神を生み出すのだから』
◇
夢幻の狭間 回廊
光に包まれた瑞穂たちが目を開けると、そこは山の頂上付近だった。
「二人とも、大丈夫?」
「は、はい!」
「私も大丈夫…瑞穂、ここが夢幻の狭間?」
「そうかもしれないわ」
3人は立ち上がると、崖の上から眼下を覗く。麓は霧がかかって見えないが、崖を少し降りた場所に水に浸かった廃都が見える。
「舞…花?」
「えっ?」
「誰⁉︎」
突然、3人の後ろから声がする。狩衣を纏った神職が、千代の姿を見て呆然と立ちすくんでいた。
「若返ったのか…いや、そんな、まさかな…」
「あ、あの。舞花は私の母の名前です。どうしてその名前を?」
「母…ッ⁉︎と、という事は君は」
「ふぇっ⁉︎」
神職の男は千代へと駆け寄ると、その体を優しく抱きしめた。
「ようやく、ようやく会えることができた…」
「あなた、名を名乗りなさい」
「し、失礼致しました。私は郭、夢幻の狭間で案内人を務めている者に御座います」
「郭…郭って、シラヌイが言っていた」
「はい。舞花とは私の最愛の妻の名です」
「じゃあ、千代。この人が千代の父君?」
「そ、そうなります」
「千代、千代というのか。良い名前を付けてくれたのだな。そうか、こんなに大きく育ったか。綺麗な髪も、美しい目も、お母さんと瓜二つだ」
「私の、お父様…」
千代も、郭を抱きしめる。暫く親子の再会を見守った瑞穂は、頃合いを見て郭に話しかける。
「郭、私は瑞穂。先代大御神からその神性を受け継いだ今代の大御神。あなたの娘は今代の斎ノ巫女白雪千代。私の従者藤香」
「お、大御神様に御座いましたか…ご無礼をお許しください」
「大丈夫よ。親子水入らずを邪魔して申し訳ないけど、聞きたいことがあるの。ここに、黒い羽織りを着た武人が来なかった?」
「当代の神器様で御座いましょうか?彼でしたら、この先の楼門を抜けて落ノ都の斎ノ宮へと向かわれました」
「崖下の廃都のこと?」
「左様に御座います。おそらく、木葉咲耶姫様にお会いになられたかと」
「木葉咲耶姫…」
「木葉咲耶姫様は、ここ夢幻の狭間を管理されている大神様です」
「どこに行けば会えるの?」
「楼門を抜けて、落ノ都の中心に御座います宮城へと向かってください。そこにおられます」
「承知したわ。藤香、千代。急ぎましょう」
「は、はい!」
「えぇ」
千代は郭から離れると、深く頭を下げた。
「行って参ります、お父様。またお会いできる時まで、どうかお元気で」
「道中気をつけてお行きなさい」
「はい。お達者で」
楼門へと向かう3人を見送った郭は、慈愛に満ちた笑顔を見せる。
「舞花、僕たちの娘は良き主君や友人たちに恵まれているよ」
そう呟き、3人の後ろ姿が見えなくなるまで見守っていた。
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寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【R18】絶望の枷〜壊される少女〜
サディスティックヘヴン
ファンタジー
★Caution★
この作品は暴力的な性行為が描写されています。胸糞悪い結末を許せる方向け。
“災厄”の魔女と呼ばれる千年を生きる少女が、変態王子に捕えられ弟子の少年の前で強姦、救われない結末に至るまでの話。三分割。最後の★がついている部分が本番行為です。
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