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傾国編
第2.5話 受け継がれし心
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人は自らとかけ離れた存在、異物を畏れる性質がある。
奇形奇行、それらは古今東西どの國であっても同じこと。神を信じる人として、それらは神の祟り、あるいは神の怒りに触れてしまうものとして認識する。それは、人が自らと異なる存在を忌避する理由である。
そして、人はそれらを淘汰することに罪悪感を感じない。
「うーん…」
千代は朝、いつもの様に身だしなみを整えていたが、今日はなかなか髪型が上手くまとまらず、起きてからずっと髪型と格闘していた。
“そういえば、何で私の髪の毛って金色なんだろう…”
鏡に写し出される自分の姿を見て、千代はふとそう思ってしまう。
“瑞穂様の桃髪も変わっているけど、私の金髪も相当かも…”
千代は黒髪の母親である七葉とは違い、まるで稲穂の様に美しい金の髪を持っている。
親子であるが、七葉と千代は血の繋がりがない。
それでも、千代は七葉に自分の娘として大切に育てられてきた。
だからこそ、千代は母に気になっていたことを問うことにした。
「あの、お母様」
「どうしました、千代?」
明風神社に戻る機会があった千代は、テンを膝に乗せて毛繕いをする母、七葉にそう問いかけた。
「私の髪、変じゃありませんか?」
「いいえ。いつもみたいに、とっても素敵ですよ」
「あ、えっと、そうではなくて。金色の髪って、他の人と違うと言うか、何と言うか…」
すると、七葉は千代の言葉を聞いてふふっと笑う。
「変じゃありませんよ。千代、それがあなたの個性です。個性は人にとやかく言われる筋合いなんてないのです。個性はその人にしかないもの。変に捉えるよりも、寧ろ人と違うところを誇るものです」
七葉は千代の頭をゆっくりと撫でる。
「この世には、多種多様な人が存在しています。生まれつき他人と容姿が異なる者、五体満足でない者、望んだ性別と違う者。そんな人たちに対する見方も、そもそも一個人の主観です」
「私は…」
「千代、あなたは自分の主観に囚われすぎています。それも、自分が周りとは違うと思い込んだまま。私が千代だったなら、自分の持つ金色の髪をずっと大切にしようと思いますね。それに…」
そして、七葉はそっと千代を抱きしめた。すると、千代の表情も笑顔に変わる。
「明風神社の言い伝えでは、金色の髪は周囲に幸運を呼ぶと言われています。その髪を誇りなさい、そして、多くの人を幸せにしなさい。大丈夫、心配する必要はありません。だって、あなたは私の自慢の娘なのですから」
「お母様…」
千代が明風神社から皇都へと帰ったあと、七葉は拝殿の階段にゆっくりと腰を下ろした。
機嫌よく、テンが七葉の膝へと乗る。
「あの子も、思うところが色々あるのでしょうね…」
七葉は空を見上げる。
「舞花様、やはり千代はあなたの血を引いています。性格も、笑顔も、あなたにそっくりです」
七葉は、自分の娘の笑った姿が、自分が最も尊敬する人物とそっくりだったことに、笑みをこぼしたのだった。
◇
「舞花様、一つ聞きたいの」
「どうしましたか、七葉」
明風神社の見習い巫女として修行する七葉にとって、舞花は斎ノ巫女であり、忌子として捨てられた自分を受け入れてくれた母のような存在である。
「私は、巫女に向いているのかしら…」
七葉の産まれた村では、双子が産まれると望まない子、忌子として親に殺されるという悲しい風習があった。
双子の妹として産まれた七葉は、親に捨てられ放浪したところを昔馴染みの舞花に拾われ、明風神社の巫女となることになった。
自分が捨てられた事実を知った七葉は、長い間人間不信であったが、舞花が親友として接することで、徐々に心を開きつつあった。
七葉が巫女として修行している頃には、舞花は身体の衰えが目立ち、まだ三十手前の歳であったが、ほとんど床で1日を過ごさなくてはならないほど、身体が不自由になっていた。
舞花は呪詛痕をその身に宿しており、なおかつ強力な結界を一人で維持していることから、呪力の酷使によって寿命を縮めてしまったのだ。
そんな舞花の元で修行を続ける七葉であったが、なかなか巫女として結果が出ない日々が続いていた。
これが、彼女が初めて舞花に呟いた弱音だった。
「それは、私の答える質問じゃありません」
「え…?」
「向いているか、向いていないか、それを決めるのは自分自身ですよ。七葉、あなたは私と違います。私の様になれなくて当然です」
舞花は、身体をゆっくりと起こすと、七葉の頭を撫でる。舞花の金色の髪が、部屋に吹き込んだ風になびく。
「でも、あなたには、あなたの個性がある。私は私の個性がある。個性は人それぞれ、同じものなどありません。あなたの個性は、人よりも努力を怠らないところ。例え向いていなかっても、その努力は決して自分を裏切ることはないでしょう」
舞花は咳き込みながら、話を続ける。
「あなたが影で努力を続けていることは、私がよく知っています。だからこそ、自分を信じなさい。大丈夫、心配する必要はありません。だって、あなたは私の自慢の親友なのですから」
心は受け継がれる。
例えその身が人としての生を終えたとしても。
奇形奇行、それらは古今東西どの國であっても同じこと。神を信じる人として、それらは神の祟り、あるいは神の怒りに触れてしまうものとして認識する。それは、人が自らと異なる存在を忌避する理由である。
そして、人はそれらを淘汰することに罪悪感を感じない。
「うーん…」
千代は朝、いつもの様に身だしなみを整えていたが、今日はなかなか髪型が上手くまとまらず、起きてからずっと髪型と格闘していた。
“そういえば、何で私の髪の毛って金色なんだろう…”
鏡に写し出される自分の姿を見て、千代はふとそう思ってしまう。
“瑞穂様の桃髪も変わっているけど、私の金髪も相当かも…”
千代は黒髪の母親である七葉とは違い、まるで稲穂の様に美しい金の髪を持っている。
親子であるが、七葉と千代は血の繋がりがない。
それでも、千代は七葉に自分の娘として大切に育てられてきた。
だからこそ、千代は母に気になっていたことを問うことにした。
「あの、お母様」
「どうしました、千代?」
明風神社に戻る機会があった千代は、テンを膝に乗せて毛繕いをする母、七葉にそう問いかけた。
「私の髪、変じゃありませんか?」
「いいえ。いつもみたいに、とっても素敵ですよ」
「あ、えっと、そうではなくて。金色の髪って、他の人と違うと言うか、何と言うか…」
すると、七葉は千代の言葉を聞いてふふっと笑う。
「変じゃありませんよ。千代、それがあなたの個性です。個性は人にとやかく言われる筋合いなんてないのです。個性はその人にしかないもの。変に捉えるよりも、寧ろ人と違うところを誇るものです」
七葉は千代の頭をゆっくりと撫でる。
「この世には、多種多様な人が存在しています。生まれつき他人と容姿が異なる者、五体満足でない者、望んだ性別と違う者。そんな人たちに対する見方も、そもそも一個人の主観です」
「私は…」
「千代、あなたは自分の主観に囚われすぎています。それも、自分が周りとは違うと思い込んだまま。私が千代だったなら、自分の持つ金色の髪をずっと大切にしようと思いますね。それに…」
そして、七葉はそっと千代を抱きしめた。すると、千代の表情も笑顔に変わる。
「明風神社の言い伝えでは、金色の髪は周囲に幸運を呼ぶと言われています。その髪を誇りなさい、そして、多くの人を幸せにしなさい。大丈夫、心配する必要はありません。だって、あなたは私の自慢の娘なのですから」
「お母様…」
千代が明風神社から皇都へと帰ったあと、七葉は拝殿の階段にゆっくりと腰を下ろした。
機嫌よく、テンが七葉の膝へと乗る。
「あの子も、思うところが色々あるのでしょうね…」
七葉は空を見上げる。
「舞花様、やはり千代はあなたの血を引いています。性格も、笑顔も、あなたにそっくりです」
七葉は、自分の娘の笑った姿が、自分が最も尊敬する人物とそっくりだったことに、笑みをこぼしたのだった。
◇
「舞花様、一つ聞きたいの」
「どうしましたか、七葉」
明風神社の見習い巫女として修行する七葉にとって、舞花は斎ノ巫女であり、忌子として捨てられた自分を受け入れてくれた母のような存在である。
「私は、巫女に向いているのかしら…」
七葉の産まれた村では、双子が産まれると望まない子、忌子として親に殺されるという悲しい風習があった。
双子の妹として産まれた七葉は、親に捨てられ放浪したところを昔馴染みの舞花に拾われ、明風神社の巫女となることになった。
自分が捨てられた事実を知った七葉は、長い間人間不信であったが、舞花が親友として接することで、徐々に心を開きつつあった。
七葉が巫女として修行している頃には、舞花は身体の衰えが目立ち、まだ三十手前の歳であったが、ほとんど床で1日を過ごさなくてはならないほど、身体が不自由になっていた。
舞花は呪詛痕をその身に宿しており、なおかつ強力な結界を一人で維持していることから、呪力の酷使によって寿命を縮めてしまったのだ。
そんな舞花の元で修行を続ける七葉であったが、なかなか巫女として結果が出ない日々が続いていた。
これが、彼女が初めて舞花に呟いた弱音だった。
「それは、私の答える質問じゃありません」
「え…?」
「向いているか、向いていないか、それを決めるのは自分自身ですよ。七葉、あなたは私と違います。私の様になれなくて当然です」
舞花は、身体をゆっくりと起こすと、七葉の頭を撫でる。舞花の金色の髪が、部屋に吹き込んだ風になびく。
「でも、あなたには、あなたの個性がある。私は私の個性がある。個性は人それぞれ、同じものなどありません。あなたの個性は、人よりも努力を怠らないところ。例え向いていなかっても、その努力は決して自分を裏切ることはないでしょう」
舞花は咳き込みながら、話を続ける。
「あなたが影で努力を続けていることは、私がよく知っています。だからこそ、自分を信じなさい。大丈夫、心配する必要はありません。だって、あなたは私の自慢の親友なのですから」
心は受け継がれる。
例えその身が人としての生を終えたとしても。
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