124 / 128
余談編
頑張れ葵ちゃん2
しおりを挟む
『皇の従者様』
私はいつもの様に先輩方にこき使われ、ふらふらになりながら最後の仕事、書簡を書簡庫へと運んでいた。
日も落ち、灯篭の灯りが廊下を照らす。盆の上に積み上げられた書簡は地味に重く、目線まであるため前が見辛かった。
「やっと、これで終わる…」
角を曲がり、書簡庫に続く廊下へと出た時だった。足下の何かに躓いて、前のめりに倒れそうになる。
「ふえっ!?」
咄嗟に身構えるが、痛みはやってこない。代わりに顔に何かが掛かり、そして誰かに抱き抱えられたらしい。
「大丈夫か?」
「えっ…あ、はい…」
私はどうやら、廊下に座っていた人の足に躓いてしまったらしい。今の私は、その人にうつ伏せで受け止められている、という中々見ない光景になっていた。
倒れた瞬間は気づかなかったが、私が倒れた所為なのか、羽織りに酒が溢れていた。
"やっちまった!!"
「あ、あわわ、そ、その、ごめんなさいっ!」
「いや、俺の方こそ、君の仕事の邪魔をしてしまい申し訳ない。まさか、こちらに寄ってくるとは思わなかったんだ」
「あ、あなたは!?」
そこでようやく、私は自分を抱きかかえていた人物の顔を認識し、誰なのか気がついた。
皇様の従者様である、御剣様だった。
「み、み、御剣様っ!?」
「俺のことを知っている子がいるなんてな。驚いた」
「も、申し訳ありません。ぶ、無礼をお許しください。今、お召し物をお拭きしますので…」
私は身体を起こし、御剣様の羽織りに掛かったお酒を拭こうと、手拭いを取り出す。
すると御剣様は、その手拭いを私の手から取ると、自分の羽織りではなくお酒の掛かった私の顔を拭ってくれた。
「…へっ?」
「こんな時間までお勤めご苦労。この後に湯浴みをするとは思うが、それまで辛抱してくれまいか?」
可笑しい、何故かお酒を飲んでいないのに顔が熱くなった。
「と、言う話が昨日ありまして…」
カチャ…。
その瞬間、夕餉を食べていた女中たちの手が一斉に止まり、全員の視線が私に集まる。
特に、結由先輩の目が。
「葵…」
「な、何でしょうか結由先輩…」
笑っていなかった。
「後で私の部屋に来なさい。その時の話、お酒でも飲みながらゆっくり聞かせてもらうわ」
「………」
「返事は?」
「はいでございます」
このあと先輩に一晩中お酒を飲まされ、見事に潰された。
『女中のお仕事』
女中の仕事は、大きく分けて二つ。
・皇宮における清掃や官吏の手伝いといった雑務
・侍女として特定の人物の元に就き、身の回りの世話をする
特に、女中は後者の侍女になるため、絶え間ない努力を続ける。何故なら、侍女になると言うことは、即ち女中の中での地位を獲得、いわば昇進すると言うことだからだ。
「ほら、葵ちゃん、元気出して…」
「オサケコワイ、オサケコワイ…」
"何があったの葵ちゃん!?"
「そ、そういえば葵ちゃん。葵ちゃんは侍女になるなら誰が良いの?わ、私は仁様かな…ははは」
朱音の問いに、葵は俯いて答える。
「…さま」
「えっ?」
「わ、私、御剣様の侍女になる」
「み、御剣様って皇様の従者様のこと?」
「うん。だって…その…私…」
顔を赤く染め、指先をもじもじさせる葵を見た朱音は確信する。
惚れとるなこいつ、と。
「で、でも。従者様って確か女中で言う侍女と同じ立ち位置だから、従者様に侍女は付けられないって誰かが…」
その言葉を聞いた瞬間、葵の顔が露骨に落ち込む。
「ま、まぁ、あくまでも誰かが言ってたことだし、本当は侍女になれるかも…」
「ほ、本当?」
「た、多分…」
「本当に本当に本当?」
「た、確か、侍女関係については凛様に聞けば…あ、あれっ」
しかし、そこにはすでに葵の姿はなかった。
「行動力の高さは尊敬できるけどねぇ…」
御剣の侍女になるため、凛に直談判した葵。凛曰く、従者に侍女をつけられないという決まりは無いとの事であったが、侍女にはまだなれないと言われてしまう。
理由が、雇用期間の不足であった。ついでに凛から『人の話はちゃんと覚えておきなさい』とお灸を据えられた。(侍女になれるのは2年目からと採用時に説明されていた)
『斎ノ巫女様』
後宮には私たち女中の他にも、国中の神社から巫女や宮司が修行や奉公のために働きに来ている。
その巫女の中でも特に高位にあられるのが、斎ノ巫女と呼ばれる白雪千代様である。
「では、こちらは神居古潭との今後の人事交流計画の起案書になります。日程表と共に皇様に決裁をいただいてください。ふたりは明日から明風神社へ、あなたは午後から行われる祈祷に参加してください」
巫女さんたちも皇宮にいるため、たまにこういう場面を目にする。こうして仕事をそつなくこなす斎ノ巫女様は、最初は金色の髪をしていて変わった人だなという印象だった。
でも、こうして何度か見ているうちに、お淑やかで気品があり、何よりも。
「こんにちは葵様」
「こ、こんにちは白雪様!」
とても良い人だ。
廊下ですれ違えば、必ず名前を呼んで挨拶してもらえる。私よりも背が小さいけど、こう見えて巫女さんの誰よりも位が高く、おいそれと話ができる様な人じゃない。
そんな立場の人であっても、誰に対しても平等に接してくれる。巫女さんの友達に話を聞けば、今では巫女さん達の憧れの的らしい。
「あっ、御剣様!」
「千代、珠那さんから甘味を貰ったんだ。一緒に食べるか?」
「もちろんでございます!」
そんな斎ノ巫女様も、御剣様の前では普通の女の子だった。
私はいつもの様に先輩方にこき使われ、ふらふらになりながら最後の仕事、書簡を書簡庫へと運んでいた。
日も落ち、灯篭の灯りが廊下を照らす。盆の上に積み上げられた書簡は地味に重く、目線まであるため前が見辛かった。
「やっと、これで終わる…」
角を曲がり、書簡庫に続く廊下へと出た時だった。足下の何かに躓いて、前のめりに倒れそうになる。
「ふえっ!?」
咄嗟に身構えるが、痛みはやってこない。代わりに顔に何かが掛かり、そして誰かに抱き抱えられたらしい。
「大丈夫か?」
「えっ…あ、はい…」
私はどうやら、廊下に座っていた人の足に躓いてしまったらしい。今の私は、その人にうつ伏せで受け止められている、という中々見ない光景になっていた。
倒れた瞬間は気づかなかったが、私が倒れた所為なのか、羽織りに酒が溢れていた。
"やっちまった!!"
「あ、あわわ、そ、その、ごめんなさいっ!」
「いや、俺の方こそ、君の仕事の邪魔をしてしまい申し訳ない。まさか、こちらに寄ってくるとは思わなかったんだ」
「あ、あなたは!?」
そこでようやく、私は自分を抱きかかえていた人物の顔を認識し、誰なのか気がついた。
皇様の従者様である、御剣様だった。
「み、み、御剣様っ!?」
「俺のことを知っている子がいるなんてな。驚いた」
「も、申し訳ありません。ぶ、無礼をお許しください。今、お召し物をお拭きしますので…」
私は身体を起こし、御剣様の羽織りに掛かったお酒を拭こうと、手拭いを取り出す。
すると御剣様は、その手拭いを私の手から取ると、自分の羽織りではなくお酒の掛かった私の顔を拭ってくれた。
「…へっ?」
「こんな時間までお勤めご苦労。この後に湯浴みをするとは思うが、それまで辛抱してくれまいか?」
可笑しい、何故かお酒を飲んでいないのに顔が熱くなった。
「と、言う話が昨日ありまして…」
カチャ…。
その瞬間、夕餉を食べていた女中たちの手が一斉に止まり、全員の視線が私に集まる。
特に、結由先輩の目が。
「葵…」
「な、何でしょうか結由先輩…」
笑っていなかった。
「後で私の部屋に来なさい。その時の話、お酒でも飲みながらゆっくり聞かせてもらうわ」
「………」
「返事は?」
「はいでございます」
このあと先輩に一晩中お酒を飲まされ、見事に潰された。
『女中のお仕事』
女中の仕事は、大きく分けて二つ。
・皇宮における清掃や官吏の手伝いといった雑務
・侍女として特定の人物の元に就き、身の回りの世話をする
特に、女中は後者の侍女になるため、絶え間ない努力を続ける。何故なら、侍女になると言うことは、即ち女中の中での地位を獲得、いわば昇進すると言うことだからだ。
「ほら、葵ちゃん、元気出して…」
「オサケコワイ、オサケコワイ…」
"何があったの葵ちゃん!?"
「そ、そういえば葵ちゃん。葵ちゃんは侍女になるなら誰が良いの?わ、私は仁様かな…ははは」
朱音の問いに、葵は俯いて答える。
「…さま」
「えっ?」
「わ、私、御剣様の侍女になる」
「み、御剣様って皇様の従者様のこと?」
「うん。だって…その…私…」
顔を赤く染め、指先をもじもじさせる葵を見た朱音は確信する。
惚れとるなこいつ、と。
「で、でも。従者様って確か女中で言う侍女と同じ立ち位置だから、従者様に侍女は付けられないって誰かが…」
その言葉を聞いた瞬間、葵の顔が露骨に落ち込む。
「ま、まぁ、あくまでも誰かが言ってたことだし、本当は侍女になれるかも…」
「ほ、本当?」
「た、多分…」
「本当に本当に本当?」
「た、確か、侍女関係については凛様に聞けば…あ、あれっ」
しかし、そこにはすでに葵の姿はなかった。
「行動力の高さは尊敬できるけどねぇ…」
御剣の侍女になるため、凛に直談判した葵。凛曰く、従者に侍女をつけられないという決まりは無いとの事であったが、侍女にはまだなれないと言われてしまう。
理由が、雇用期間の不足であった。ついでに凛から『人の話はちゃんと覚えておきなさい』とお灸を据えられた。(侍女になれるのは2年目からと採用時に説明されていた)
『斎ノ巫女様』
後宮には私たち女中の他にも、国中の神社から巫女や宮司が修行や奉公のために働きに来ている。
その巫女の中でも特に高位にあられるのが、斎ノ巫女と呼ばれる白雪千代様である。
「では、こちらは神居古潭との今後の人事交流計画の起案書になります。日程表と共に皇様に決裁をいただいてください。ふたりは明日から明風神社へ、あなたは午後から行われる祈祷に参加してください」
巫女さんたちも皇宮にいるため、たまにこういう場面を目にする。こうして仕事をそつなくこなす斎ノ巫女様は、最初は金色の髪をしていて変わった人だなという印象だった。
でも、こうして何度か見ているうちに、お淑やかで気品があり、何よりも。
「こんにちは葵様」
「こ、こんにちは白雪様!」
とても良い人だ。
廊下ですれ違えば、必ず名前を呼んで挨拶してもらえる。私よりも背が小さいけど、こう見えて巫女さんの誰よりも位が高く、おいそれと話ができる様な人じゃない。
そんな立場の人であっても、誰に対しても平等に接してくれる。巫女さんの友達に話を聞けば、今では巫女さん達の憧れの的らしい。
「あっ、御剣様!」
「千代、珠那さんから甘味を貰ったんだ。一緒に食べるか?」
「もちろんでございます!」
そんな斎ノ巫女様も、御剣様の前では普通の女の子だった。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ずっとあのままでいられたら
初めての書き出し小説風
恋愛
永遠の愛なんてないのかもしれない。あの時あんな出来事が起きなかったら…
同棲して13年の結婚はしていない現在33歳の主人公「ゆうま」とパートナーである「はるか」の物語。
お互い結婚に対しても願望がなく子供もほしくない。
それでも長く一緒にいられたが、同棲10年目で「ゆうま」に起こったことがキッカケで、これまでの気持ちが変わり徐々に形が崩れていく。
またあの頃に戻れたらと苦悩しながらもさらに追い討ちをかけるように起こる普通ではない状況が、2人を引き裂いていく…
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

転生したら災難にあいましたが前世で好きだった人と再会~おまけに凄い力がありそうです
はなまる
恋愛
現代世界で天鬼組のヤクザの娘の聖龍杏奈はある日父が連れて来たロッキーという男を好きになる。だがロッキーは異世界から来た男だった。そんな時ヤクザの抗争に巻き込まれて父とロッキーが亡くなる。杏奈は天鬼組を解散して保育園で働くが保育園で事件に巻き込まれ死んでしまう。
そしていきなり異世界に転性する。
ルヴィアナ・ド・クーベリーシェという女性の身体に入ってしまった杏奈はもうこの世界で生きていくしかないと心を決める。だがルヴィアナは嫉妬深く酷い女性で婚約者から嫌われていた。何とか関係を修復させたいと努力するが婚約者に好きな人が出来てあえなく婚約解消。そしてラノベで読んだ修道院に行くことに。けれどいつの間にか違う人が婚約者になって結婚話が進んで行く。でもその人はロッキーにどことなく似ていて気になっていた人で…

最後に言い残した事は
白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
どうして、こんな事になったんだろう……
断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。
本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。
「最後に、言い残した事はあるか?」
かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。
※ファンタジーです。ややグロ表現注意。
※「小説家になろう」にも掲載。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる