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建国編
第25話 新たな時代
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皇国軍本陣
言葉とは、時と場合によればその戦局を左右するほどの力を持つ。伝令がもたらした、その言葉によって、本陣の空気が一変した。
伝令が息を切らして本陣へと駆け込んでくる。
「ほっ、報告!ミィアン様、敵副将と思われる人物を討ち取りましたぁ!」
その瞬間、誰もが無性に声を上げ喜びを表した。
「良ぉし!」
「よっしゃあぁ!!」
「流石はミィアン様だ!」
「副将討ち取りの件は了解したわ。本隊の状況は?」
「こちらが再び押し返しております! 宝華隊、龍奏隊、中央とともに前進中!」
伝令の報告では、この戦が優勢である事が分かったが、頭の隅に残った一抹の不安のせいで、安心する事はできなかった。
確かにこちらは敵の副将を討ち取りはしたが、本陣から戦場を見る限り、敵の統率に乱れはない。寧ろ、こちらの勢いに押されているが、相手も相手で討ち取られた副長の仇を取ろうと必死に押し返そうとしていた。
事前の情報では、敵軍の副長は兵士たちからの信頼が厚かったと聞いている。その仇を取ろうとする兵士は恐るべき力を発揮するだろう。
その上、敵にはまだあの泰縁が残っている。本陣から動いていないとなれば、この勝敗を決する鍵となるのが、正面を大きく迂回し、森から敵本陣の奇襲を行おうとする御剣たちの動きだ。
御剣は確実に、泰縁と刃を交えることになる。隊長、副長のどちらかを討ち取れば撤退すると踏んでいたが、どうやらこの戦は、菖蒲、そして泰縁どちらの首も上げなければ終わらないらしい。
「ッ!?」
その時、私は妙な胸騒ぎを感じた。
「日々斗、ついてきなさい!」
「えっ、お、おうっ⁉︎」
「せ、聖上どちらへ!」
「少しここを離れるわ。ユーリ、ホルスと共に本陣の指揮を預ける!」
「承知しました!どうかご無事で」
私は馬に跨り、日々斗と本陣から駆け出した。
◇
敵本陣を奇襲するため、主戦場を避けて森を抜けていた俺たちは、突然目の前に広がった光景に言葉を失った。
「嘘だろう…」
そこには、まるでこの奇襲を最初から周知していたかの様に、迦軍は厚い防御陣を本陣の前に敷いていた。その奥には、馬上からこちらを見据える泰縁の姿がある。
「主戦場の本隊で注意を引き、少数の騎馬、もしくは歩兵隊でこの本陣を狙う。兵力が同等であり、練度に差がある戦いでは、戦況を変えるのに迂回による本陣の奇襲は最適な戦法だ。だが、それは戦の運び方を覚えて間もない将がよく取る。故に、容易に予想でき、対策を取ることができた」
俺は読み違えた。迦軍が森に哨戒のための守備兵を配置していなかったのは、この攻撃を想定していなかった訳ではなかった。想定した上で、わざと防御の厚い場所へと誘導していたのだ。
俺は初めて、戦術というものの恐ろしさを身に染みて感じた。
しかし、と泰縁は続ける。
「お前がここにきたのは、少々想定外だ」
両手で二振りの剣を抜いた泰縁は、片方の剣先を俺に向ける。声の届かない距離だが、それでも俺は泰縁が何を言っているのか理解できた。
「将となってからこの日まで、お前の様に真っ直ぐに剣を振るうお前の相手をできるのは、武人としての誉だ」
「こちらも同じだ。最初から全力を出させてもらう」
「ふっ。さぁ来い、皇国の若き星。お前の相手は、この迦軍泰縁隊隊長、泰縁が仕る」
「総員抜刀! 目標は敵将泰縁の首のみ! 後ろを決して振り返るな、全員で生きて必ず帰るぞ!」
刀を抜き、腹の底から声を出す。
「総員、俺に続けぇ!」
「オォオッ!」
手綱を引いて敵本陣に向け駆け出す。敵の数は多くはないが、本陣を守るということは相当の手練れに間違いない。
「千代!」
「はいっ!」
敵の目前で、手綱を千代に託し地上に着地する。先頭にいた兵士の盾にめがけて、横から斬りつける。
「ハァッ!!」
「なにぃ!!」
刀は盾を叩き斬り、盾を持っていた兵士ごと斬り倒す。先頭の盾兵を倒した勢いのまま、続く歩兵たちに襲いかかる。
「そこを退けェ!!」
◇
強い将の条件について、泰縁は一度ウルイに問うた事がある。
「聖上、強い将の条件とは、何でありますか?」
するとウルイは腕を組み、神妙な表情をする。
「強き将とは、天に愛される者だ」
「天に愛される者…でございますか?」
「カカカ、如何にも。どれほど強くたくましく、気高き将であったとしても、天に愛される者は長生きできぬ。どれほど鍛錬を積み重ねたとしても、実力は授かれど長生きという武器は天からしか授かれん。長生きできるのは、天に寵愛されしほんの一握りの将だけであるぞ」
「天に寵愛されし、一握りの将…」
その言葉は泰縁の心に深く響いた。
◇
"俺は天に寵愛されているのだろうか…"
御剣たちが、敵本陣を守護する守備陣のちょうど真ん中に差し掛かった時だった。
泰縁が馬から降り、味方の兵士の間をすり抜け、ゆっくりと御剣の方へと歩いていく。彼の存在に気づいた迦兵たちが道を開ける。
「た、泰縁様…」
「下がるんだ。手出し無用だ」
泰縁が御剣の目の前についた時には、すでに周囲の戦闘は中断され、二人の周りが大きく開かれた。
「二度目だな、お前と死合うのは」
「今度こそ、ここで決着をつけてやる」
御剣は、泰縁に向けて剣先を向ける。対して、両手に剣を持つ泰縁からは、目に見えない何かが溢れて、この場の空気を支配していた。
空気が重い。
まるで、身体が鉄で出来ているのかと感じるほど重く、額に汗が流れる。
「御剣。お前に二つほど、聞きたいことがある」
「何だ」
「お前にとって剣とはなんだ?」
「ッ!?」
その問いは御剣にとって二度目の質問であった。
「俺にとって剣は、己を守るものでもあり、何より大切な人を守るためのものだ」
「己、そして大切なひとの為か。ならもう一つはその剣に聞かせてもらうとしよう…」
泰縁は剣を構えながら言葉を続ける。
「お前は、天に愛されているか?」
「天に愛される? くッ⁉︎」
火花が散り、金属音が鳴る。
その答えを聞くまでに、泰縁は剣を御剣の頭に向けて振り下ろす。振り下ろされたふた振りの剣を、御剣は両手で刀を支えて防ぐ。
大きく後ろに飛び退き、一度間合いを取る。
"これが、武神の力か…"
御剣は、心の中で悪態を吐く。武の大神の力をその身に宿している相手に、どうすれば有利になれるか、攻撃を防ぎつつ思考を張り巡らせる。
しかし、答えがない。どれほど考えても、泰縁に対する手立ては見つからなかった。
力同士のぶつかり合いで、御剣は泰縁に吹き飛ばされ、何度も斬りつけられる。斬り付けられた袴が切り裂かれる。
「どうした。そんな攻撃では俺を倒せんぞ!」
徐々に視界が狭くなり、音も聞こえなくなる。血が身体の至るところから流れ、口には鉄の味が染みる。
命を賭けたやり取り、一瞬の隙も許されない。血が視界を遮った時、思わず羽織りの袖で拭ってしまった。
「御剣様ッ!!」
「しまった!?」
千代の声が頭に響く。
泰縁の剣が目の前に迫った瞬間、御剣の視界が黒く染まった。
◇
気がつくと、辺り一面が白い世界にいた。
不思議な空間だ。周りを見渡しても誰もいない。
"死んだのか…?"
「御剣」
聞き覚えのある声に呼ばれ、振り返る。
「瑞穂?」
しかし、そこにいたのは瑞穂ではなく、瑞穂と瓜二つの姿をした、別の誰かであった。
何よりもそれが誰であれ、その姿はとても神々しかった。
「誰だ」
「お前には迷惑をかける。生まれつき私の剣となるのだからな」
「!?」
目の前の誰かは、俺に対して話しかけているのではない。俺という存在自体に話しかけていた。
しかし、その言葉は何故か俺の胸に響いた。
「お前は、人の身でありながら、私の勝手なわがままで、お前を一生呪いの鎖に繋ぎ止めてしまう」
そして、その言葉は何故か俺の心を動かした。
「頼む、瑞穂を守ってくれ」
俺には、それが瑞穂が自らを守ってほしいと伝えているように感じた。
「言われなくとも、それが俺の役目だ」
その時、眼前にいたのは、惑うことはない、自らの主であった。
「では、お前に力を授ける。神器御剣よ、眼前の敵を打ち倒せ」
視界が再び暗転する。
「はぁああ!!」
俺は、目の前に迫っていた泰縁の剣を受け止める。不思議と身体に力がみなぎる。先ほどまで躱すのがやっとだった攻撃を、片手で握った刀だけで受け止めた。
「何っ!?」
受け止めた剣を払い、後方に飛び間合いを取る。一瞬の出来事であったが、自らが攻められ続け受けに回っていた流れを止めることができた。
「…」
刀を構えて地面を踏みしめる。柄を握る両手には、緊張とは違う力が入る。
そして、何よりも違ったのが、自分の握る刀が燃えるように熱を帯びている事だ。
「太刀筋が変わったか…」
泰縁はそう呟くと、自分の被っていた兜を脱ぎ捨て、鎧を取り外した。地面に落とされた鎧兜が大きな音を立てる。
音から察するに、あの鎧は相当な重さだろう。俺は、その重さも感じさせない動きをする相手と戦っていたのだ。
「た、泰縁様が鎧を…」
「まさか、本気を出されるおつもりか…」
兵士たちの言う通り、甲冑や鎧兜は、戦場において自らの命を守る最後の砦である。
それらを脱ぎ捨てると言うことは、身体のどこに攻撃を受けても、当たりどころによっては致命傷に繋がってしまうことになる。
それは生と死の狭間に自ら足を踏み入れるということだ。
「さぁ、行くぞ」
二刀流と一刀流、単純に見れば二刀流の方が強く見えるが、実際にはどちらにも長短があり、一概に二刀流が強いとは言い切れない。
その一つに、威力がある。一刀流であれば、柄を両手で持つため安定し、大きな力で攻撃することができる。二刀流が一刀流を超える力を生み出すためには、己を鍛え、片手で一刀流に匹敵する力をつけなくてはならない。
その点に関しては、泰縁は片手で両手の一刀流を悠々凌駕し、俺を圧倒的に押していた。正真正銘の化け物だ。
しかし、俺には役目がある。その役目を果たすため、一歩も引かず、一歩前へと踏み出そうとする。
飛び込んできた泰縁の剣を、受ける、受ける、流す、受ける。
鎧兜を脱いだせいか、その攻撃はさっきよりもとてつもなく早く、重かった。
それを流す、受ける、流す、斬る、斬る。
流れが変わってきた。
不規則な動きに目を凝らしながら、少しの隙を見つけると、そのたびに反撃する。防戦一方だった俺は、時間が経つに連れて自分の攻撃の割合が大きくなっていることに気づく。
「ぐっ!?」
俺が突き出した刀の剣先が、泰縁の顔、肩、脇腹とかすめ始める。そして、受け止めた剣を弾くと、泰縁の身体も同じように弾かれる様になる。
そして、遂に俺の放った一撃が、泰縁の肩を斜めから斬りつけた。
「た、泰縁様ァ!」
しかし、傷が浅かったのかすぐさま体勢を立て直してきた。泰縁の攻撃を受けまいと引いた分、攻撃が浅かった。
体勢を立て直した泰縁は、右手の剣で脇腹目掛けて横から斬りつけてきた。
「カハっ!」
脇腹を狙った攻撃を刀で受け止めるが、力負けしそのまま吹き飛ばされる。
「はぁ、はぁ…」
「うくっ、はぁ」
互いに幾度も攻撃を繰り返した結果、どちらも満身創痍になっていた。俺は、吹き飛ばされた衝撃で肺を打ち、思うように呼吸ができずにいた。
「まさか、俺がここまで追い詰められるとは。先ほど何があったか知らないが、うむ、見事だ」
「泰縁、さっきお前は俺に質問したな。なら、俺もお前に聞きたいことがある」
泰縁は血だらけになりながらも、ゆっくりと近づいてくるが、体がいうことを聞かず、立つのもやっとな状態だった。
対して、俺も無傷とはいかなかった。腰の鞘を杖代わりに立ち上がり、左手で肺を抑えながら泰縁に近づく。
「泰縁、お前ほどの武人がなぜ、ウルイなどに」
「俺に道を示してくれたからだ」
「道を?」
「俺は、迦ノ国が出来る前、泰司と呼ばれる部族にいた。だが、泰司は滅び、俺は部族の唯一の生き残りとなった」
「滅びた、だと?」
「罠にかけられてな、このご時世だ、何があってもおかしくない。泰司の人間は平和をこよなく愛した。確かに、戦士の強さは他の部族のそれを凌駕していたがな。平和のために戦さを行わず、外部との接触を断つ。それがいつしか、周りからは得体の知れない恐ろしい部族として認識されていた」
泰縁は俺の前まで来ると、空を見上げる。
「皮肉だろう。平和をこよなく愛した俺たちが、平和のために滅ぼされ、生き残りが侵略戦争の真っ只中で部隊を率いている。こうした矛盾ができるから、戦は嫌いなんだ」
「………」
「例え自らの皇が戦に明け暮れ、大勢の犠牲を払おうが、俺は俺に道を示してくれた唯一皇に付き従い、戦うまでだ」
そう言うと、泰縁は俺に向けて剣を振り下ろしてきた。
「御剣!」
「オオォォオ!」
最後の力を振り絞り、刀を泰縁の胸へと突き刺す。それを防ごうとした泰縁の二刀を突き抜け、左胸に刀が突き刺さる。弾かれた二振りの剣が宙を舞い、泰縁の身体は後ろへとゆっくり倒れ込んだ。
倒れたその瞬間、俺が見た泰縁の顔は、確かに笑っていた。
「そうか、お前もまた、天に愛されていたのだな…」
持ち手を失った剣が、地面に音を立てて落ちる。その瞬間、周りの空気が一変した。
「御剣様っ‼︎御剣様が敵将を討ち取ったぞぉ‼︎」
「「「ウオォォオ‼︎」」」
「そ、そんな、泰縁様…」
「泰縁様ァ!泰縁様ァ!」
迦兵たちが一斉に倒れ込んだ泰縁のもとに駆け寄ろうとする。
「来るんじゃない!」
倒れた泰縁の一喝で、迦兵たちは呆然とその場に立ち尽くした。
「御剣!」
振り返ると、瑞穂が日々斗たち近衛兵と共にここまで駆けつけていた。さっきの声は瑞穂の声だった。迦兵の中には、敵の大将である瑞穂に気づき、武器を手にするが、泰縁がまたも一喝すると、誰もその場を動かなかった。
瑞穂は、倒れる泰縁のすぐそばへと歩み寄る。自分のそばに歩み寄ってきた瑞穂を、泰縁は顔を動かして見据える。
「若いな、貴女が、皇国の皇か…」
「いかにも、私が皇国の皇、瑞穂之命よ。あなたが、敵将の泰縁かしら?」
「そうだ。そうか、時は新しい時代に、着々と移り変わっているな…」
すでに息絶えていてもおかしくないが、それでも泰縁は話を続ける。
「若皇、老婆心から二つ忠告しておく。皇とは、その國を良き方へ導く存在だ。その道中、他国とこうした戦火を交える事になるだろう。戦では、死んでいった者たちの思いを絶対に忘れない事だ。そして、他国の民は決して物にあらず、人にあり。自国の民同様に扱う事だ」
「元よりそのつもりよ」
「ならいい」
敵国の将が、敵国の皇に、皇に対する教えを説いていた。瑞穂はその教えを真剣な表情で聞いている。
「御剣、お前に頼みがある」
泰縁は顔だけ御剣に向ける。
「何だ?」
「敗将が頼むのもおかしい話だが、俺が死ねば、部下たちには全員投降するように指示している。厚かましいと思うが、例え昨日今日争った相手でも、無碍に扱わないでくれ」
「それについては、私が約束するわ」
「皇自らとは痛み入る。そしてもう一つ願いたい。副将であり、我が妻の菖蒲と…」
泰縁は片手を空に伸ばした。
「どうか菖蒲の横で、静かに眠らせてほしい…」
その手が倒れた瞬間、皇国軍からは大歓声が、迦軍からは叫喚が広がった。
かくして、崇城平野における戦いは、両軍合わせて約二千の犠牲を出し、迦ノ国将軍泰縁、及び泰縁隊副官菖蒲の討死、泰縁隊の投降を以て終結した。
◇
迦軍本陣 桜楽の丘
泰縁隊の敗報、将軍の泰縁及び副官の菖蒲が討ち死にの報は、先の決着後すぐにルージュから本陣に伝えられた。
「そうか、泰縁と菖蒲がのぅ」
「関楼ノ砦を攻撃している部隊も、被害が大きくて壊滅間近。どうする皇?」
常人が聞けば、敗北という二文字に支配されるような報告にも、ウルイは眉一つ動かさなかった。
それどころか、不敵な笑みを浮かべた。
「皇、私めが直々に討って出ましょうぞ!泰縁の仇、必ず晴らして見せましょう!」
「落ち着け、ジュラよ。ならんぞ、熱くなっては。カッカッカ!」
「聖上、現時点において敵にこれ以上の抵抗は難しいでしょう。畳み掛けるなら今です」
「カカカ、そうだなぁ。撤退だ」
ウルイの言葉に、その場にいた全員が唖然とする。
「は、はっ?」
「て、撤退でありますか??」
「そうだ撤退だ、ほれ早くせんか。此度の戦は、泰縁が討ち取られた時点で、我らの敗北だ。國へ戻り、体制を立て直すぞ」
「承知しました!」
「クカカカ、皇国よ、中々楽しませてもらった。じゃが、次はこうはいかんぞ。カカカ、カッカッカ‼︎」
撤退する迦軍の軍勢から、ウルイの笑い声が響いていた。
◇
崇城平野での戦闘中、関楼ノ砦では第一軍が第二軍の援護を受け、進行中であった迦軍第一軍を包囲、迦軍本隊が撤退したことにより、残存兵士たちは撤退し始めた。
予想外だったのは、再度の侵攻に備えていたこちらの警戒を他所に、迦軍本隊は国境から更に離れていった。
第二軍が国境地帯へ転進し、第六軍は第二軍に物資を引き渡し、国境の警備の任を移管、これ以上の侵攻がないと判断し、一時、皇都へ撤退することが決定した。
「皆、満身創痍ね…」
皇都の行軍中、私は随伴する第六軍の兵士たちを見てそう思った。
腕を失った者、視覚を失った者、足を切り落とすしかなかった者、奇跡的に五体満足で帰路につく者と様々。
しかし、皆その足取りは軽かった。
「姉様!」
「みっちゃん!」
皇都の城門へと到着すると、そこには今回の戦で城の留守を任せた凛と小夜、そして皇都防衛の指揮を委ねたリュウとローズ達が出迎えてくれた。
それだけではない、外壁の周囲には皇都の民が集まり、私たちの凱旋を出迎えた。
全員の顔に、自然と笑顔が現れた。
戦は迦軍本隊を撤退させた皇国の勝利、とは簡単には言えないが、国力が三倍も差がある迦ノ国を退けたという事は、戦略的に成功したと言える。
いずれ、迦ノ国とは実質的に停戦、もしくは休戦となるには、国同士の正式な会談と協定の決定がなければ簡単には宣言できない。
課題が山積みだ。戦は終わってからが一番大変なのだ。
戦争による戦死戦傷者の正確な確認と恩賞の配布、戦災により破壊された村々の復興、次の脅威に対する戦力の再編成などなど。
いついかなる時に次の戦が起きても良いよう、万全な態勢を取らなければならない。
それが、國を率いる皇の役目であるから。
言葉とは、時と場合によればその戦局を左右するほどの力を持つ。伝令がもたらした、その言葉によって、本陣の空気が一変した。
伝令が息を切らして本陣へと駆け込んでくる。
「ほっ、報告!ミィアン様、敵副将と思われる人物を討ち取りましたぁ!」
その瞬間、誰もが無性に声を上げ喜びを表した。
「良ぉし!」
「よっしゃあぁ!!」
「流石はミィアン様だ!」
「副将討ち取りの件は了解したわ。本隊の状況は?」
「こちらが再び押し返しております! 宝華隊、龍奏隊、中央とともに前進中!」
伝令の報告では、この戦が優勢である事が分かったが、頭の隅に残った一抹の不安のせいで、安心する事はできなかった。
確かにこちらは敵の副将を討ち取りはしたが、本陣から戦場を見る限り、敵の統率に乱れはない。寧ろ、こちらの勢いに押されているが、相手も相手で討ち取られた副長の仇を取ろうと必死に押し返そうとしていた。
事前の情報では、敵軍の副長は兵士たちからの信頼が厚かったと聞いている。その仇を取ろうとする兵士は恐るべき力を発揮するだろう。
その上、敵にはまだあの泰縁が残っている。本陣から動いていないとなれば、この勝敗を決する鍵となるのが、正面を大きく迂回し、森から敵本陣の奇襲を行おうとする御剣たちの動きだ。
御剣は確実に、泰縁と刃を交えることになる。隊長、副長のどちらかを討ち取れば撤退すると踏んでいたが、どうやらこの戦は、菖蒲、そして泰縁どちらの首も上げなければ終わらないらしい。
「ッ!?」
その時、私は妙な胸騒ぎを感じた。
「日々斗、ついてきなさい!」
「えっ、お、おうっ⁉︎」
「せ、聖上どちらへ!」
「少しここを離れるわ。ユーリ、ホルスと共に本陣の指揮を預ける!」
「承知しました!どうかご無事で」
私は馬に跨り、日々斗と本陣から駆け出した。
◇
敵本陣を奇襲するため、主戦場を避けて森を抜けていた俺たちは、突然目の前に広がった光景に言葉を失った。
「嘘だろう…」
そこには、まるでこの奇襲を最初から周知していたかの様に、迦軍は厚い防御陣を本陣の前に敷いていた。その奥には、馬上からこちらを見据える泰縁の姿がある。
「主戦場の本隊で注意を引き、少数の騎馬、もしくは歩兵隊でこの本陣を狙う。兵力が同等であり、練度に差がある戦いでは、戦況を変えるのに迂回による本陣の奇襲は最適な戦法だ。だが、それは戦の運び方を覚えて間もない将がよく取る。故に、容易に予想でき、対策を取ることができた」
俺は読み違えた。迦軍が森に哨戒のための守備兵を配置していなかったのは、この攻撃を想定していなかった訳ではなかった。想定した上で、わざと防御の厚い場所へと誘導していたのだ。
俺は初めて、戦術というものの恐ろしさを身に染みて感じた。
しかし、と泰縁は続ける。
「お前がここにきたのは、少々想定外だ」
両手で二振りの剣を抜いた泰縁は、片方の剣先を俺に向ける。声の届かない距離だが、それでも俺は泰縁が何を言っているのか理解できた。
「将となってからこの日まで、お前の様に真っ直ぐに剣を振るうお前の相手をできるのは、武人としての誉だ」
「こちらも同じだ。最初から全力を出させてもらう」
「ふっ。さぁ来い、皇国の若き星。お前の相手は、この迦軍泰縁隊隊長、泰縁が仕る」
「総員抜刀! 目標は敵将泰縁の首のみ! 後ろを決して振り返るな、全員で生きて必ず帰るぞ!」
刀を抜き、腹の底から声を出す。
「総員、俺に続けぇ!」
「オォオッ!」
手綱を引いて敵本陣に向け駆け出す。敵の数は多くはないが、本陣を守るということは相当の手練れに間違いない。
「千代!」
「はいっ!」
敵の目前で、手綱を千代に託し地上に着地する。先頭にいた兵士の盾にめがけて、横から斬りつける。
「ハァッ!!」
「なにぃ!!」
刀は盾を叩き斬り、盾を持っていた兵士ごと斬り倒す。先頭の盾兵を倒した勢いのまま、続く歩兵たちに襲いかかる。
「そこを退けェ!!」
◇
強い将の条件について、泰縁は一度ウルイに問うた事がある。
「聖上、強い将の条件とは、何でありますか?」
するとウルイは腕を組み、神妙な表情をする。
「強き将とは、天に愛される者だ」
「天に愛される者…でございますか?」
「カカカ、如何にも。どれほど強くたくましく、気高き将であったとしても、天に愛される者は長生きできぬ。どれほど鍛錬を積み重ねたとしても、実力は授かれど長生きという武器は天からしか授かれん。長生きできるのは、天に寵愛されしほんの一握りの将だけであるぞ」
「天に寵愛されし、一握りの将…」
その言葉は泰縁の心に深く響いた。
◇
"俺は天に寵愛されているのだろうか…"
御剣たちが、敵本陣を守護する守備陣のちょうど真ん中に差し掛かった時だった。
泰縁が馬から降り、味方の兵士の間をすり抜け、ゆっくりと御剣の方へと歩いていく。彼の存在に気づいた迦兵たちが道を開ける。
「た、泰縁様…」
「下がるんだ。手出し無用だ」
泰縁が御剣の目の前についた時には、すでに周囲の戦闘は中断され、二人の周りが大きく開かれた。
「二度目だな、お前と死合うのは」
「今度こそ、ここで決着をつけてやる」
御剣は、泰縁に向けて剣先を向ける。対して、両手に剣を持つ泰縁からは、目に見えない何かが溢れて、この場の空気を支配していた。
空気が重い。
まるで、身体が鉄で出来ているのかと感じるほど重く、額に汗が流れる。
「御剣。お前に二つほど、聞きたいことがある」
「何だ」
「お前にとって剣とはなんだ?」
「ッ!?」
その問いは御剣にとって二度目の質問であった。
「俺にとって剣は、己を守るものでもあり、何より大切な人を守るためのものだ」
「己、そして大切なひとの為か。ならもう一つはその剣に聞かせてもらうとしよう…」
泰縁は剣を構えながら言葉を続ける。
「お前は、天に愛されているか?」
「天に愛される? くッ⁉︎」
火花が散り、金属音が鳴る。
その答えを聞くまでに、泰縁は剣を御剣の頭に向けて振り下ろす。振り下ろされたふた振りの剣を、御剣は両手で刀を支えて防ぐ。
大きく後ろに飛び退き、一度間合いを取る。
"これが、武神の力か…"
御剣は、心の中で悪態を吐く。武の大神の力をその身に宿している相手に、どうすれば有利になれるか、攻撃を防ぎつつ思考を張り巡らせる。
しかし、答えがない。どれほど考えても、泰縁に対する手立ては見つからなかった。
力同士のぶつかり合いで、御剣は泰縁に吹き飛ばされ、何度も斬りつけられる。斬り付けられた袴が切り裂かれる。
「どうした。そんな攻撃では俺を倒せんぞ!」
徐々に視界が狭くなり、音も聞こえなくなる。血が身体の至るところから流れ、口には鉄の味が染みる。
命を賭けたやり取り、一瞬の隙も許されない。血が視界を遮った時、思わず羽織りの袖で拭ってしまった。
「御剣様ッ!!」
「しまった!?」
千代の声が頭に響く。
泰縁の剣が目の前に迫った瞬間、御剣の視界が黒く染まった。
◇
気がつくと、辺り一面が白い世界にいた。
不思議な空間だ。周りを見渡しても誰もいない。
"死んだのか…?"
「御剣」
聞き覚えのある声に呼ばれ、振り返る。
「瑞穂?」
しかし、そこにいたのは瑞穂ではなく、瑞穂と瓜二つの姿をした、別の誰かであった。
何よりもそれが誰であれ、その姿はとても神々しかった。
「誰だ」
「お前には迷惑をかける。生まれつき私の剣となるのだからな」
「!?」
目の前の誰かは、俺に対して話しかけているのではない。俺という存在自体に話しかけていた。
しかし、その言葉は何故か俺の胸に響いた。
「お前は、人の身でありながら、私の勝手なわがままで、お前を一生呪いの鎖に繋ぎ止めてしまう」
そして、その言葉は何故か俺の心を動かした。
「頼む、瑞穂を守ってくれ」
俺には、それが瑞穂が自らを守ってほしいと伝えているように感じた。
「言われなくとも、それが俺の役目だ」
その時、眼前にいたのは、惑うことはない、自らの主であった。
「では、お前に力を授ける。神器御剣よ、眼前の敵を打ち倒せ」
視界が再び暗転する。
「はぁああ!!」
俺は、目の前に迫っていた泰縁の剣を受け止める。不思議と身体に力がみなぎる。先ほどまで躱すのがやっとだった攻撃を、片手で握った刀だけで受け止めた。
「何っ!?」
受け止めた剣を払い、後方に飛び間合いを取る。一瞬の出来事であったが、自らが攻められ続け受けに回っていた流れを止めることができた。
「…」
刀を構えて地面を踏みしめる。柄を握る両手には、緊張とは違う力が入る。
そして、何よりも違ったのが、自分の握る刀が燃えるように熱を帯びている事だ。
「太刀筋が変わったか…」
泰縁はそう呟くと、自分の被っていた兜を脱ぎ捨て、鎧を取り外した。地面に落とされた鎧兜が大きな音を立てる。
音から察するに、あの鎧は相当な重さだろう。俺は、その重さも感じさせない動きをする相手と戦っていたのだ。
「た、泰縁様が鎧を…」
「まさか、本気を出されるおつもりか…」
兵士たちの言う通り、甲冑や鎧兜は、戦場において自らの命を守る最後の砦である。
それらを脱ぎ捨てると言うことは、身体のどこに攻撃を受けても、当たりどころによっては致命傷に繋がってしまうことになる。
それは生と死の狭間に自ら足を踏み入れるということだ。
「さぁ、行くぞ」
二刀流と一刀流、単純に見れば二刀流の方が強く見えるが、実際にはどちらにも長短があり、一概に二刀流が強いとは言い切れない。
その一つに、威力がある。一刀流であれば、柄を両手で持つため安定し、大きな力で攻撃することができる。二刀流が一刀流を超える力を生み出すためには、己を鍛え、片手で一刀流に匹敵する力をつけなくてはならない。
その点に関しては、泰縁は片手で両手の一刀流を悠々凌駕し、俺を圧倒的に押していた。正真正銘の化け物だ。
しかし、俺には役目がある。その役目を果たすため、一歩も引かず、一歩前へと踏み出そうとする。
飛び込んできた泰縁の剣を、受ける、受ける、流す、受ける。
鎧兜を脱いだせいか、その攻撃はさっきよりもとてつもなく早く、重かった。
それを流す、受ける、流す、斬る、斬る。
流れが変わってきた。
不規則な動きに目を凝らしながら、少しの隙を見つけると、そのたびに反撃する。防戦一方だった俺は、時間が経つに連れて自分の攻撃の割合が大きくなっていることに気づく。
「ぐっ!?」
俺が突き出した刀の剣先が、泰縁の顔、肩、脇腹とかすめ始める。そして、受け止めた剣を弾くと、泰縁の身体も同じように弾かれる様になる。
そして、遂に俺の放った一撃が、泰縁の肩を斜めから斬りつけた。
「た、泰縁様ァ!」
しかし、傷が浅かったのかすぐさま体勢を立て直してきた。泰縁の攻撃を受けまいと引いた分、攻撃が浅かった。
体勢を立て直した泰縁は、右手の剣で脇腹目掛けて横から斬りつけてきた。
「カハっ!」
脇腹を狙った攻撃を刀で受け止めるが、力負けしそのまま吹き飛ばされる。
「はぁ、はぁ…」
「うくっ、はぁ」
互いに幾度も攻撃を繰り返した結果、どちらも満身創痍になっていた。俺は、吹き飛ばされた衝撃で肺を打ち、思うように呼吸ができずにいた。
「まさか、俺がここまで追い詰められるとは。先ほど何があったか知らないが、うむ、見事だ」
「泰縁、さっきお前は俺に質問したな。なら、俺もお前に聞きたいことがある」
泰縁は血だらけになりながらも、ゆっくりと近づいてくるが、体がいうことを聞かず、立つのもやっとな状態だった。
対して、俺も無傷とはいかなかった。腰の鞘を杖代わりに立ち上がり、左手で肺を抑えながら泰縁に近づく。
「泰縁、お前ほどの武人がなぜ、ウルイなどに」
「俺に道を示してくれたからだ」
「道を?」
「俺は、迦ノ国が出来る前、泰司と呼ばれる部族にいた。だが、泰司は滅び、俺は部族の唯一の生き残りとなった」
「滅びた、だと?」
「罠にかけられてな、このご時世だ、何があってもおかしくない。泰司の人間は平和をこよなく愛した。確かに、戦士の強さは他の部族のそれを凌駕していたがな。平和のために戦さを行わず、外部との接触を断つ。それがいつしか、周りからは得体の知れない恐ろしい部族として認識されていた」
泰縁は俺の前まで来ると、空を見上げる。
「皮肉だろう。平和をこよなく愛した俺たちが、平和のために滅ぼされ、生き残りが侵略戦争の真っ只中で部隊を率いている。こうした矛盾ができるから、戦は嫌いなんだ」
「………」
「例え自らの皇が戦に明け暮れ、大勢の犠牲を払おうが、俺は俺に道を示してくれた唯一皇に付き従い、戦うまでだ」
そう言うと、泰縁は俺に向けて剣を振り下ろしてきた。
「御剣!」
「オオォォオ!」
最後の力を振り絞り、刀を泰縁の胸へと突き刺す。それを防ごうとした泰縁の二刀を突き抜け、左胸に刀が突き刺さる。弾かれた二振りの剣が宙を舞い、泰縁の身体は後ろへとゆっくり倒れ込んだ。
倒れたその瞬間、俺が見た泰縁の顔は、確かに笑っていた。
「そうか、お前もまた、天に愛されていたのだな…」
持ち手を失った剣が、地面に音を立てて落ちる。その瞬間、周りの空気が一変した。
「御剣様っ‼︎御剣様が敵将を討ち取ったぞぉ‼︎」
「「「ウオォォオ‼︎」」」
「そ、そんな、泰縁様…」
「泰縁様ァ!泰縁様ァ!」
迦兵たちが一斉に倒れ込んだ泰縁のもとに駆け寄ろうとする。
「来るんじゃない!」
倒れた泰縁の一喝で、迦兵たちは呆然とその場に立ち尽くした。
「御剣!」
振り返ると、瑞穂が日々斗たち近衛兵と共にここまで駆けつけていた。さっきの声は瑞穂の声だった。迦兵の中には、敵の大将である瑞穂に気づき、武器を手にするが、泰縁がまたも一喝すると、誰もその場を動かなかった。
瑞穂は、倒れる泰縁のすぐそばへと歩み寄る。自分のそばに歩み寄ってきた瑞穂を、泰縁は顔を動かして見据える。
「若いな、貴女が、皇国の皇か…」
「いかにも、私が皇国の皇、瑞穂之命よ。あなたが、敵将の泰縁かしら?」
「そうだ。そうか、時は新しい時代に、着々と移り変わっているな…」
すでに息絶えていてもおかしくないが、それでも泰縁は話を続ける。
「若皇、老婆心から二つ忠告しておく。皇とは、その國を良き方へ導く存在だ。その道中、他国とこうした戦火を交える事になるだろう。戦では、死んでいった者たちの思いを絶対に忘れない事だ。そして、他国の民は決して物にあらず、人にあり。自国の民同様に扱う事だ」
「元よりそのつもりよ」
「ならいい」
敵国の将が、敵国の皇に、皇に対する教えを説いていた。瑞穂はその教えを真剣な表情で聞いている。
「御剣、お前に頼みがある」
泰縁は顔だけ御剣に向ける。
「何だ?」
「敗将が頼むのもおかしい話だが、俺が死ねば、部下たちには全員投降するように指示している。厚かましいと思うが、例え昨日今日争った相手でも、無碍に扱わないでくれ」
「それについては、私が約束するわ」
「皇自らとは痛み入る。そしてもう一つ願いたい。副将であり、我が妻の菖蒲と…」
泰縁は片手を空に伸ばした。
「どうか菖蒲の横で、静かに眠らせてほしい…」
その手が倒れた瞬間、皇国軍からは大歓声が、迦軍からは叫喚が広がった。
かくして、崇城平野における戦いは、両軍合わせて約二千の犠牲を出し、迦ノ国将軍泰縁、及び泰縁隊副官菖蒲の討死、泰縁隊の投降を以て終結した。
◇
迦軍本陣 桜楽の丘
泰縁隊の敗報、将軍の泰縁及び副官の菖蒲が討ち死にの報は、先の決着後すぐにルージュから本陣に伝えられた。
「そうか、泰縁と菖蒲がのぅ」
「関楼ノ砦を攻撃している部隊も、被害が大きくて壊滅間近。どうする皇?」
常人が聞けば、敗北という二文字に支配されるような報告にも、ウルイは眉一つ動かさなかった。
それどころか、不敵な笑みを浮かべた。
「皇、私めが直々に討って出ましょうぞ!泰縁の仇、必ず晴らして見せましょう!」
「落ち着け、ジュラよ。ならんぞ、熱くなっては。カッカッカ!」
「聖上、現時点において敵にこれ以上の抵抗は難しいでしょう。畳み掛けるなら今です」
「カカカ、そうだなぁ。撤退だ」
ウルイの言葉に、その場にいた全員が唖然とする。
「は、はっ?」
「て、撤退でありますか??」
「そうだ撤退だ、ほれ早くせんか。此度の戦は、泰縁が討ち取られた時点で、我らの敗北だ。國へ戻り、体制を立て直すぞ」
「承知しました!」
「クカカカ、皇国よ、中々楽しませてもらった。じゃが、次はこうはいかんぞ。カカカ、カッカッカ‼︎」
撤退する迦軍の軍勢から、ウルイの笑い声が響いていた。
◇
崇城平野での戦闘中、関楼ノ砦では第一軍が第二軍の援護を受け、進行中であった迦軍第一軍を包囲、迦軍本隊が撤退したことにより、残存兵士たちは撤退し始めた。
予想外だったのは、再度の侵攻に備えていたこちらの警戒を他所に、迦軍本隊は国境から更に離れていった。
第二軍が国境地帯へ転進し、第六軍は第二軍に物資を引き渡し、国境の警備の任を移管、これ以上の侵攻がないと判断し、一時、皇都へ撤退することが決定した。
「皆、満身創痍ね…」
皇都の行軍中、私は随伴する第六軍の兵士たちを見てそう思った。
腕を失った者、視覚を失った者、足を切り落とすしかなかった者、奇跡的に五体満足で帰路につく者と様々。
しかし、皆その足取りは軽かった。
「姉様!」
「みっちゃん!」
皇都の城門へと到着すると、そこには今回の戦で城の留守を任せた凛と小夜、そして皇都防衛の指揮を委ねたリュウとローズ達が出迎えてくれた。
それだけではない、外壁の周囲には皇都の民が集まり、私たちの凱旋を出迎えた。
全員の顔に、自然と笑顔が現れた。
戦は迦軍本隊を撤退させた皇国の勝利、とは簡単には言えないが、国力が三倍も差がある迦ノ国を退けたという事は、戦略的に成功したと言える。
いずれ、迦ノ国とは実質的に停戦、もしくは休戦となるには、国同士の正式な会談と協定の決定がなければ簡単には宣言できない。
課題が山積みだ。戦は終わってからが一番大変なのだ。
戦争による戦死戦傷者の正確な確認と恩賞の配布、戦災により破壊された村々の復興、次の脅威に対する戦力の再編成などなど。
いついかなる時に次の戦が起きても良いよう、万全な態勢を取らなければならない。
それが、國を率いる皇の役目であるから。
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