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建国編
第20話 開戦
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雲ひとつない快晴の空、ここは信州平野。
仁に代わって、聖上から第1軍と関楼ノ砦の防御を任された俺は、部隊を郭ノ関と砦のちょうど間にある、この平野に布陣させた。
この平野には、前回の迦軍侵攻を許した第1軍が、半月の合間に徹夜で作り上げた野戦築城が広がっている。地面に丸太が等間隔に打ち込まれ、その手前には人が一人すっぽりと入れる程の深さがある穴。
「右京様、見えてきました」
部下の一人が進言してくる。右京は言われずとも、部下の口にした正体をすでに見据えていた。
「あぁ…」
太陽がちょうど真上に上った時、遠くから太鼓の音がこだまするように鳴り響いてくる。地響きと共に、地平線の向こうから地面を埋め尽くすほどの騎兵がこちらに迫ってきた。
その数、凡そ約二百騎。おそらく威力偵察だろう。砂煙を上げ、その様子はまるで波のようだった。
「こちらの布陣はすでにお見通しだろう。さて、どう出てくるか…」
丸太の背後に並んでいるのは、鋼鉄製の盾を構えた盾兵。その背後に槍を持つ槍兵、そして弓兵と続く。剣兵と騎兵については、俺の周囲を固めていた。
そして、俺が今いるこの本丸は、二重の防衛線を敷いている
「正面から来るか。」
「まだだ、もっと引きつけるんだ!」
地響きと共に、どんどんと敵の姿が大きくなる。やがて、相手の表情がわかる距離まで近づくと、俺は部下の士官に命令を下す。
「今だ! 」
陣太鼓が鳴ると、士官達が部下に命令する。
「総員、翻せぇ!」
「「「オォウ!」」」
掛け声とともに、丸太の後ろに配置していた盾兵達が、盾を内側に翻す。鉄製の盾の内側は磨き上げられ、雲ひとつない空から降り注ぐ太陽光を反射した。
小夜から教えてもらった、春蘭の戦法である。強力な反射光が馬を暴れさせ、そして人が目を抑えるほど光り輝く。
「うぐぁ!?」
「目が!」
光に驚いた馬が暴れ、騎乗していた騎兵達は馬上から放り投げられてしまう。落馬した騎馬兵は後続の馬に踏みつけられ、あるいは蹴り飛ばされる。
この光を戦の前に実際に体験したが、今日のような快晴の日には、目の前が真っ白になるほどの威力を発揮する。
「第一陣、構え!」
後ろに控えていた弓兵達が、間髪入れずに敵騎兵に対して弓を構える。
「放てぇ!」
弓兵隊長の号令で、一斉に矢が放たれる。無数の矢が倒れた馬、落馬した騎兵に降り注いだ。
倒れた仲間を踏み越え、それでも突撃しようとする騎兵は、丸太の手前に掘られた横穴に足を取られる。
もっと悲惨なのが、どこぞの誰かが迦軍に対する憎悪のあまり、穴の中に罠を仕掛けていた縦に並べられた金属製の鋭い針が、罠に落ちた敵を待ち構えていた。
突撃の勢いのまま穴に落ちた兵士や馬は、その勢いのまま針の串刺しとなる。
「第一陣は交代、第二陣構え!」
「矢が来るぞぉ!」
騎兵の後方から、敵味方関係なく前線を丸ごと飲み込むほどの矢が飛来する。多くの兵が盾兵の後ろに隠れ矢から逃れることに成功したが、逃げ遅れた少なくない数の兵が敵の放った矢の餌食となる。
「ぐあぁ! いてぇ!」
「矢を抜くな! 出血が増えるぞ!」
「負傷兵を後方へ搬送するだ!」
「怯むな!こちらからも射かけよ!」
圧倒的な物量の差を感じる。敵の矢はこちらに反撃の隙を与えないくらい、断続的に降り注いだ。
隣に立つ参謀が、目の前の状況を見て助言を求めてきた。
「右京様、このままでは…」
俺は目を凝らす。突撃してきた騎兵の後ろには、弓兵が並びこちら側に矢を射かけてくる。そこには盾兵や歩兵がおらず、こちらから攻めて来ることがないと判断し、弓矢による歩兵の損失をできる限り減らそうとしている様に見えた。
「あれ程の数の騎兵を犠牲にして、俺らを誘い出そうとしているのか、それとも…」
「ほ、報告します!」
俺の元に、伝令が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「どうした?」
「敵中央に動きあり! 約百の敵歩兵が密集陣形により進行中!」
「敵は中央を崩すつもりでしょう」
「現在の味方の損害は?」
「現時点での報告では、死亡10、負傷30となっています」
予想以上に少ない。これなら、こちらも次の作戦に移ることができる。
「各部隊に伝令、次の作戦に移る。総員、煙幕を張り後退せよ!」
「後退だ!」
◇
「奴ら、煙幕を張りやがった」
「攻撃が止んだな」
「この機を逃すな! 歩兵衆前へ! 一気に攻め落とせ!」
隊長の命令で、迦軍の歩兵隊は前進する。騎兵が倒れている穴を乗り越え、なんの疑いもなく丸太の塀を抜けて突撃する。
しかし、そこにはすでに誰もいなかった。
「逃げたのか?」
「それにしては様子が変だ。ん、なんだこれは?」
兵士の一人が、足元に広がる幾何学的な模様を見つけた。それは自分たちの足元に等間隔に広がっている。
一人の兵士が、その模様の意味について理解する。
「マズい! これは術式だ!」
すると突然、何処からか爆発音と悲鳴が聞こえた。煙のせいで何処から聞こえたのかは分からない。
「何だ!?」
「呪術の術式だ! 爆発するぞ!」
「そ、そんなっ! おいっ、早く逃げっ!」
何人かの兵士は術式に気づき、その場を離れようとするが、時すでに遅し。足元に設置された時限式の術式が作動し、爆発を起こす。
運良く爆発から逃れ生き残った兵士たちを待っていたのは、皇軍の中でも精鋭と呼ばれる由羅の騎兵が斬り込み、生き残った兵士たちの命を刈り取っていく。
「くそっ!なんて事だ、罠だったとは!」
突撃を命じた隊長は焦っていた。敵を侮り、自分たちに恐れをなして撤退したと思い込み、踏み込んだところを返り討ちにされてしまったのだ。
騎兵、そして歩兵を大量に犠牲にした自らの作戦は失敗。このまま撤退すれば、失敗の責任を取らされることは間違いなかった。この隊長にとって、自らの保身のために、撤退という選択肢は存在しなかった。
「そこの者、この者たちを率いる長とお見受けする」
煙の中から隊長の前に現れたのは、刀を携えた右京だった。
「某は豊葦原瑞穂皇国将軍、右京」
「貴様が右京か! よくもやってくれたな!」
隊長は馬上から矢を放つが、右京は刀で矢を自分に命中する手前で叩き落とす。
「貴公の部隊は壊滅した。これ以上の抵抗は無意味だ。投降すれば生命の安全は保証する」
「ふ、ふざけるな! ここまでしていて投降しろと!? 我々は最後まで戦う!」
「貴公の意思、承知した。では、某は全力でお相手致す」
一瞬であった。右京が居合の構えから抜き出した刀身が、馬上の隊長を斬り裂いた。
血振りをし、刀を鞘に収めると同時に隊長の体が、馬上からずり落ちた。
隊長を失った迦軍の兵士達は、我先に散り散りと陣地へ撤退していった。
◇
その頃、彦見渓谷へと続く山道には、敵の別働隊を迎撃するため、瑞穂が直接率いる第6軍が歩みを進めていた。
現在の皇国と迦ノ国では、国力差が根本的に違う。真正面からぶつかれば、必ずこちらが先に崩れてしまう。
瑞穂が打ち出したのは、鉄床戦術と呼ばれるものだ。防御に秀でた部隊が敵を引きつけ、機動力のある部隊が敵の側面、または後方に迂回して、包囲、挟撃する戦術である。
防御を担うのは、第1軍、そして機動力を生かすのは第2軍。第6軍は両軍と連携を担い、支援を行う。
采配師であるオルルカンを有する迦ノ国に、どこまで通用するかはまだ未知数であった。
「どうしたんお兄ーさん、なんや元気ないねぇ」
作戦の場所に向かう行軍中、後ろを歩いていたミィアンにそう言われる。自分ではいつも通りと思っているが、周りが見てそうなら、実際に元気がないのだろう。
幸い、瑞穂は少し前を歩いている。
「お兄さん、結構心配性かぇ?」
「心配性って言われれば、そうかもしれないな」
事実、敵の大軍を迎え撃っている本隊、城に残してきた凛や小夜、今後の勝敗など。心配してしまうことが山ほどある。
「ええ男っていうのは、いっつも胸張って堂々としてるもんやぇ」
ミィアンはそう言って、俺の背中を叩いてきた。
「堂々と、か…」
部隊は山野を越え、目的地である彦見渓谷へと差し掛かる。
「お待ちしておりました。皇様」
すでに到着し、俺たちを待っていた第2軍の伝令が報告を行う。
敵は二手に分かれており、片方は右京率いる第1軍が布陣する信州平野。そしてもう片方は、側面攻撃を仕掛けるために回り込んでいた第2軍に向けて進軍しており、予定していた側面攻撃は阻止されていた。
その上、敵は第2軍側に主力を集中させており、戦況は第2軍が押し込まれていた。
「やっぱり、敵も一筋縄じゃあいかないわね。可憐お姉様の現状は?」
「はっ、私を出してから半刻以上経っているゆえ、現状は不明ですが。伝令の内容は【我、これより後退する】ですので、すでにこちらに向けて後退中であると思われます」
「分かったわ。ご苦労様、下がっていいわ」
「どうする、瑞穂?」
「予定に若干の差異はあるけど、まだ読み通りの範疇よ。お姉様が後退をしているとなれば、敵は追撃してくる。ここで待ち構えて、渓谷に誘い込む。敵の退路を断ち、秘策を使う」
「しかし、どうやってここまで誘い込むんだ?」
「そんなん簡単やぇ、うちとお兄さんでバンバン敵倒して、引きつけとったらええんよ」
ミィアンが方天戟を振り回しながらそう言う。
「簡単に言うな」
「なぁなぁお姉さん、うちとお兄さんに任せてぇな」
「いいわ。配置は任せる。千代!」
「はいっ! 何でございましょうか」
「あなたには、ちょっと頼みがあるわ」
◇
信州平野に進軍した敵本隊を側面から攻撃しようとした可憐率いる第2軍は、主力を揃えた別働隊によって攻撃を封じられ、撤退を余儀なくされていた。
しかし、状況はむしろ優勢であった。
元々、山間部における戦闘に特化している第2軍は、他軍に比べて兵装が簡略化されている。その為、平野での戦闘には不慣れである。
そう、彼らはただ不慣れなだけである。
「矢を射かけよ! 反撃の隙を与えるな! 地形を生かして素早く後退しろ!」
可憐の指示により、第2軍の軽歩兵達は迫り来る迦軍の兵士に矢を射かける。部隊を3つに分け、射撃、準備、後退を交互に行わせることにより、着実に後退しながら、敵の進軍を食い止めるほどの矢を降らせた。
「何をしておる! たかがあれ程の軍勢、数に任せて押し切れ!」
迦軍の兵士達は降り注ぐ矢を受けながら前進するが、第2軍の兵士達は敵の足が止まったのを見計らい、森の奥深くへと消えていく。
「くそっ! 奴らどこに行きやがった!」
「隠れるな! 出てきて正々堂々と勝負しろ!」
草木が肩の高さまで生い茂る森の中を、迦軍の兵士達はゆっくりと進んでいく。
剣を構えた一人の兵士が、一歩踏み出した自分の足元に違和感を感じる。
「なんだ、これ…」
足元に張り巡らされた縄に足が触れると、縄は兵士の足を絡み取り、逆さの状態で木に宙吊りにした。
「たっ、たすけっ!?」
助けを求めるが、瞬く間に宙吊りになった兵士の身体に、何処からともなく飛んできた無数の矢が突き刺さる。
他にも、落とし穴に落ちて杭に突き刺さる者や、草薮に引き摺り込まれ無力化されていく者もいた。
第2軍、正規軍として第1軍と比べても遜色ない実力を持っているが、人数は第1軍の半分ほどと少ない。
それでも彼らが強い所以は、彼らの大半が山間部出身の者で構成され、かつ、弓の扱いに長けた猟師であるということだ。
高低差の大きい山間部では、第1軍のように防具を身に纏えば、その重量に比例して足が重くなり行動が制限される。
そこで彼らが身につけているのは、獣の皮や魚類の鱗で作られた自前の軽装、身を隠すための外套、自前の弓、短刀。
彼らにとって山は狩場であり、彼らにとって迦軍の兵士達は、狩場に迷い込んできた憐れな獲物でしかなかった。
しかし、敵もただやられる訳にはいかなかった。
「蟲師! 蟲を出せ!」
独特な太鼓から鳴り響く奇妙な音と共に、馬車の荷台に載せられた檻から、成体のアンクグが数匹放たれる。
緋ノ国時代の反乱鎮圧時とは違い、五匹ほどのアンクグが、蟲師によって特別な音で操られ、攻撃を恐れることなくどんどん奥へと踏み行っていく。
アンクグに対して矢が放たれるが、硬い甲羅によって阻まれてしまった。
「アンクグの成体とは厄介だな。よし、各将兵に伝達、これより彦見渓谷への後退を開始する」
可憐の側に控えていた軍師が、指笛を吹く。草木の茂みに隠れていた第2軍の兵士達は、アンクグや敵兵を引きつけながら、彦見渓谷へと後退していった。
仁に代わって、聖上から第1軍と関楼ノ砦の防御を任された俺は、部隊を郭ノ関と砦のちょうど間にある、この平野に布陣させた。
この平野には、前回の迦軍侵攻を許した第1軍が、半月の合間に徹夜で作り上げた野戦築城が広がっている。地面に丸太が等間隔に打ち込まれ、その手前には人が一人すっぽりと入れる程の深さがある穴。
「右京様、見えてきました」
部下の一人が進言してくる。右京は言われずとも、部下の口にした正体をすでに見据えていた。
「あぁ…」
太陽がちょうど真上に上った時、遠くから太鼓の音がこだまするように鳴り響いてくる。地響きと共に、地平線の向こうから地面を埋め尽くすほどの騎兵がこちらに迫ってきた。
その数、凡そ約二百騎。おそらく威力偵察だろう。砂煙を上げ、その様子はまるで波のようだった。
「こちらの布陣はすでにお見通しだろう。さて、どう出てくるか…」
丸太の背後に並んでいるのは、鋼鉄製の盾を構えた盾兵。その背後に槍を持つ槍兵、そして弓兵と続く。剣兵と騎兵については、俺の周囲を固めていた。
そして、俺が今いるこの本丸は、二重の防衛線を敷いている
「正面から来るか。」
「まだだ、もっと引きつけるんだ!」
地響きと共に、どんどんと敵の姿が大きくなる。やがて、相手の表情がわかる距離まで近づくと、俺は部下の士官に命令を下す。
「今だ! 」
陣太鼓が鳴ると、士官達が部下に命令する。
「総員、翻せぇ!」
「「「オォウ!」」」
掛け声とともに、丸太の後ろに配置していた盾兵達が、盾を内側に翻す。鉄製の盾の内側は磨き上げられ、雲ひとつない空から降り注ぐ太陽光を反射した。
小夜から教えてもらった、春蘭の戦法である。強力な反射光が馬を暴れさせ、そして人が目を抑えるほど光り輝く。
「うぐぁ!?」
「目が!」
光に驚いた馬が暴れ、騎乗していた騎兵達は馬上から放り投げられてしまう。落馬した騎馬兵は後続の馬に踏みつけられ、あるいは蹴り飛ばされる。
この光を戦の前に実際に体験したが、今日のような快晴の日には、目の前が真っ白になるほどの威力を発揮する。
「第一陣、構え!」
後ろに控えていた弓兵達が、間髪入れずに敵騎兵に対して弓を構える。
「放てぇ!」
弓兵隊長の号令で、一斉に矢が放たれる。無数の矢が倒れた馬、落馬した騎兵に降り注いだ。
倒れた仲間を踏み越え、それでも突撃しようとする騎兵は、丸太の手前に掘られた横穴に足を取られる。
もっと悲惨なのが、どこぞの誰かが迦軍に対する憎悪のあまり、穴の中に罠を仕掛けていた縦に並べられた金属製の鋭い針が、罠に落ちた敵を待ち構えていた。
突撃の勢いのまま穴に落ちた兵士や馬は、その勢いのまま針の串刺しとなる。
「第一陣は交代、第二陣構え!」
「矢が来るぞぉ!」
騎兵の後方から、敵味方関係なく前線を丸ごと飲み込むほどの矢が飛来する。多くの兵が盾兵の後ろに隠れ矢から逃れることに成功したが、逃げ遅れた少なくない数の兵が敵の放った矢の餌食となる。
「ぐあぁ! いてぇ!」
「矢を抜くな! 出血が増えるぞ!」
「負傷兵を後方へ搬送するだ!」
「怯むな!こちらからも射かけよ!」
圧倒的な物量の差を感じる。敵の矢はこちらに反撃の隙を与えないくらい、断続的に降り注いだ。
隣に立つ参謀が、目の前の状況を見て助言を求めてきた。
「右京様、このままでは…」
俺は目を凝らす。突撃してきた騎兵の後ろには、弓兵が並びこちら側に矢を射かけてくる。そこには盾兵や歩兵がおらず、こちらから攻めて来ることがないと判断し、弓矢による歩兵の損失をできる限り減らそうとしている様に見えた。
「あれ程の数の騎兵を犠牲にして、俺らを誘い出そうとしているのか、それとも…」
「ほ、報告します!」
俺の元に、伝令が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「どうした?」
「敵中央に動きあり! 約百の敵歩兵が密集陣形により進行中!」
「敵は中央を崩すつもりでしょう」
「現在の味方の損害は?」
「現時点での報告では、死亡10、負傷30となっています」
予想以上に少ない。これなら、こちらも次の作戦に移ることができる。
「各部隊に伝令、次の作戦に移る。総員、煙幕を張り後退せよ!」
「後退だ!」
◇
「奴ら、煙幕を張りやがった」
「攻撃が止んだな」
「この機を逃すな! 歩兵衆前へ! 一気に攻め落とせ!」
隊長の命令で、迦軍の歩兵隊は前進する。騎兵が倒れている穴を乗り越え、なんの疑いもなく丸太の塀を抜けて突撃する。
しかし、そこにはすでに誰もいなかった。
「逃げたのか?」
「それにしては様子が変だ。ん、なんだこれは?」
兵士の一人が、足元に広がる幾何学的な模様を見つけた。それは自分たちの足元に等間隔に広がっている。
一人の兵士が、その模様の意味について理解する。
「マズい! これは術式だ!」
すると突然、何処からか爆発音と悲鳴が聞こえた。煙のせいで何処から聞こえたのかは分からない。
「何だ!?」
「呪術の術式だ! 爆発するぞ!」
「そ、そんなっ! おいっ、早く逃げっ!」
何人かの兵士は術式に気づき、その場を離れようとするが、時すでに遅し。足元に設置された時限式の術式が作動し、爆発を起こす。
運良く爆発から逃れ生き残った兵士たちを待っていたのは、皇軍の中でも精鋭と呼ばれる由羅の騎兵が斬り込み、生き残った兵士たちの命を刈り取っていく。
「くそっ!なんて事だ、罠だったとは!」
突撃を命じた隊長は焦っていた。敵を侮り、自分たちに恐れをなして撤退したと思い込み、踏み込んだところを返り討ちにされてしまったのだ。
騎兵、そして歩兵を大量に犠牲にした自らの作戦は失敗。このまま撤退すれば、失敗の責任を取らされることは間違いなかった。この隊長にとって、自らの保身のために、撤退という選択肢は存在しなかった。
「そこの者、この者たちを率いる長とお見受けする」
煙の中から隊長の前に現れたのは、刀を携えた右京だった。
「某は豊葦原瑞穂皇国将軍、右京」
「貴様が右京か! よくもやってくれたな!」
隊長は馬上から矢を放つが、右京は刀で矢を自分に命中する手前で叩き落とす。
「貴公の部隊は壊滅した。これ以上の抵抗は無意味だ。投降すれば生命の安全は保証する」
「ふ、ふざけるな! ここまでしていて投降しろと!? 我々は最後まで戦う!」
「貴公の意思、承知した。では、某は全力でお相手致す」
一瞬であった。右京が居合の構えから抜き出した刀身が、馬上の隊長を斬り裂いた。
血振りをし、刀を鞘に収めると同時に隊長の体が、馬上からずり落ちた。
隊長を失った迦軍の兵士達は、我先に散り散りと陣地へ撤退していった。
◇
その頃、彦見渓谷へと続く山道には、敵の別働隊を迎撃するため、瑞穂が直接率いる第6軍が歩みを進めていた。
現在の皇国と迦ノ国では、国力差が根本的に違う。真正面からぶつかれば、必ずこちらが先に崩れてしまう。
瑞穂が打ち出したのは、鉄床戦術と呼ばれるものだ。防御に秀でた部隊が敵を引きつけ、機動力のある部隊が敵の側面、または後方に迂回して、包囲、挟撃する戦術である。
防御を担うのは、第1軍、そして機動力を生かすのは第2軍。第6軍は両軍と連携を担い、支援を行う。
采配師であるオルルカンを有する迦ノ国に、どこまで通用するかはまだ未知数であった。
「どうしたんお兄ーさん、なんや元気ないねぇ」
作戦の場所に向かう行軍中、後ろを歩いていたミィアンにそう言われる。自分ではいつも通りと思っているが、周りが見てそうなら、実際に元気がないのだろう。
幸い、瑞穂は少し前を歩いている。
「お兄さん、結構心配性かぇ?」
「心配性って言われれば、そうかもしれないな」
事実、敵の大軍を迎え撃っている本隊、城に残してきた凛や小夜、今後の勝敗など。心配してしまうことが山ほどある。
「ええ男っていうのは、いっつも胸張って堂々としてるもんやぇ」
ミィアンはそう言って、俺の背中を叩いてきた。
「堂々と、か…」
部隊は山野を越え、目的地である彦見渓谷へと差し掛かる。
「お待ちしておりました。皇様」
すでに到着し、俺たちを待っていた第2軍の伝令が報告を行う。
敵は二手に分かれており、片方は右京率いる第1軍が布陣する信州平野。そしてもう片方は、側面攻撃を仕掛けるために回り込んでいた第2軍に向けて進軍しており、予定していた側面攻撃は阻止されていた。
その上、敵は第2軍側に主力を集中させており、戦況は第2軍が押し込まれていた。
「やっぱり、敵も一筋縄じゃあいかないわね。可憐お姉様の現状は?」
「はっ、私を出してから半刻以上経っているゆえ、現状は不明ですが。伝令の内容は【我、これより後退する】ですので、すでにこちらに向けて後退中であると思われます」
「分かったわ。ご苦労様、下がっていいわ」
「どうする、瑞穂?」
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「しかし、どうやってここまで誘い込むんだ?」
「そんなん簡単やぇ、うちとお兄さんでバンバン敵倒して、引きつけとったらええんよ」
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「簡単に言うな」
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「はいっ! 何でございましょうか」
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そう、彼らはただ不慣れなだけである。
「矢を射かけよ! 反撃の隙を与えるな! 地形を生かして素早く後退しろ!」
可憐の指示により、第2軍の軽歩兵達は迫り来る迦軍の兵士に矢を射かける。部隊を3つに分け、射撃、準備、後退を交互に行わせることにより、着実に後退しながら、敵の進軍を食い止めるほどの矢を降らせた。
「何をしておる! たかがあれ程の軍勢、数に任せて押し切れ!」
迦軍の兵士達は降り注ぐ矢を受けながら前進するが、第2軍の兵士達は敵の足が止まったのを見計らい、森の奥深くへと消えていく。
「くそっ! 奴らどこに行きやがった!」
「隠れるな! 出てきて正々堂々と勝負しろ!」
草木が肩の高さまで生い茂る森の中を、迦軍の兵士達はゆっくりと進んでいく。
剣を構えた一人の兵士が、一歩踏み出した自分の足元に違和感を感じる。
「なんだ、これ…」
足元に張り巡らされた縄に足が触れると、縄は兵士の足を絡み取り、逆さの状態で木に宙吊りにした。
「たっ、たすけっ!?」
助けを求めるが、瞬く間に宙吊りになった兵士の身体に、何処からともなく飛んできた無数の矢が突き刺さる。
他にも、落とし穴に落ちて杭に突き刺さる者や、草薮に引き摺り込まれ無力化されていく者もいた。
第2軍、正規軍として第1軍と比べても遜色ない実力を持っているが、人数は第1軍の半分ほどと少ない。
それでも彼らが強い所以は、彼らの大半が山間部出身の者で構成され、かつ、弓の扱いに長けた猟師であるということだ。
高低差の大きい山間部では、第1軍のように防具を身に纏えば、その重量に比例して足が重くなり行動が制限される。
そこで彼らが身につけているのは、獣の皮や魚類の鱗で作られた自前の軽装、身を隠すための外套、自前の弓、短刀。
彼らにとって山は狩場であり、彼らにとって迦軍の兵士達は、狩場に迷い込んできた憐れな獲物でしかなかった。
しかし、敵もただやられる訳にはいかなかった。
「蟲師! 蟲を出せ!」
独特な太鼓から鳴り響く奇妙な音と共に、馬車の荷台に載せられた檻から、成体のアンクグが数匹放たれる。
緋ノ国時代の反乱鎮圧時とは違い、五匹ほどのアンクグが、蟲師によって特別な音で操られ、攻撃を恐れることなくどんどん奥へと踏み行っていく。
アンクグに対して矢が放たれるが、硬い甲羅によって阻まれてしまった。
「アンクグの成体とは厄介だな。よし、各将兵に伝達、これより彦見渓谷への後退を開始する」
可憐の側に控えていた軍師が、指笛を吹く。草木の茂みに隠れていた第2軍の兵士達は、アンクグや敵兵を引きつけながら、彦見渓谷へと後退していった。
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トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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