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建国編
第18話 助力
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時間は刻々と進み、気がつけば迦ノ国への返答期限まであと2日に迫っていた。
使いを出し、周辺国へ助力を申し出たところ、唯一、神居古潭から特使として、以前皇国を訪問したユーリとホルスが来てくれた。
以前、ヤムトに頼んでいた武具や食料なども期限内に到着し、兵たちの装備更新と厳しい練兵が行われる。着々と来たるべき大戦への備えを進めた。
そんな私の元に、異国の女性が訪ねてくる。何でも、力になりたいと申し出ていて、戦時体制に移行し警戒が強化されている中、何故に彼女が、皇である私に謁見できたのかというと。
「お久しぶりやね、お兄さん」
「久しぶりだな、ミィアン」
聞けば、彼女は御剣の知り合いらしい。
故郷である琉球から来た彼女に、御剣は皇都の案内をしたいのだという。ミィアンと名乗った彼女は、どこか気品のある動作で私に一礼した。
「はじめまして、私はミィアン。ミィアン・ヤーマヌ・アンジ。よろしゅう、お姉さん」
「ヤーマヌ、アンジ!?」
そばにいた小夜が、ミィアンの名前を聞いて驚く。
「小夜、この人の名前がどうかしたの?」
「姉様、私の知識が間違ってなければ、ヤーマヌは琉球王家の家名、アンジは琉球語で王の子、つまりこの方は琉球の王女様なのです」
「「「王女⁉︎」」」
小夜の言葉に、今度は右京と仁を除いた全員が驚いた。二人はどうやら、彼女の素性を知っていたらしい。
「初めまして。私は豊葦原瑞穂皇国皇、瑞穂之命。なんて呼べば良いのかしら」
「ミィアンでええよ、お姉さん。そしたら、うちはお姉さんの事、瑞穂はんって呼ぶし。それとな、お姉さんも含めて、うちの事は普通の人として扱って欲しいんよ」
「それは、あなたを特別扱いはするなってこと?」
「うちな、半分家出してきたようなもんなんよ。せやし、今の状態では国を代表しているわけでもないいから、家出したから堂々と王族やて名乗られへんしなぁ」
「分かったわ。それについては約束する。さてと、時間も勿体無いからそろそろ本題に入ろうかしら、ミィアン」
私は玉座から立ち上がり、ミィアンの前へと歩み寄る。
「力になりたい、と言うことは。つまり、この国のために命を捧げ、この国の行く末に自らの命運を左右されることになるわ。それでも、この国に力を貸すつもり?」
「そないな野暮な事聞かんでええよ。せやなぁ、うちはこの国が好きになってもうたんよ。ご飯は美味しいし、みんな優しい。そんな国の平和を脅かすなんて、絶対に許せへん。それに、うちは個人的にお兄さんに世話になったから、これはその恩返しも兼ねてやぇ。そんなに心配なら、力比べしてみてもええよ?」
「別に心配しているわけじゃないけど」
「ちなみに、うちも腕試しがしたいんよ」
「それなら、私がお相手しましょう」
ミィアンの提案に乗ったのは、仁だった。
「勝負は一番勝負、どちらかが降参するか、自らの手から武器が落ちれば負けとします」
「異議なしやぇ。お兄さん、本気で行くから怪我しなやぁ」
「ご忠告ありがとうございます」
仁は一番得意とする太刀を背中の鞘から抜き取り、ミィアンに向けて構える。
対するミィアンは、槍のような形状をし、先端に三日月状の横刃が両側についている武器を構える。
すると、ミィアンの武器を見たリュウが口を開く。
「あれはもしかして、方天戟か」
「方天戟?」
「あぁ聖上、あれは春蘭。今の宗帝国の武器だ。槍が発展したもので、俺が西洋にいた頃に敵がよく使ってきたハルバードによく似ている」
「琉球は元々、宗帝国と交易が盛んなのです。宋帝国の武器が出回っていても、何ら不思議ではないのです」
「なるほどな、小夜の言う通りなら持っていてもおかしくないな」
ミィアンは身体の周りで軽々と方天戟を振り回す。地面を擦るぎりぎりで土煙を舞い上げ、風を切る。
「久々に、大将の本気が観れるかもな」
「皇国侍大将仁、推して参る」
「ほな、行くでぇ!」
槍を突き刺すように、ミィアンは仁に向けて飛び出す。先端の鋭い刃先が、仁の胸を貫こうと迫り来る。
「はぁっ!」
太刀を翻し、下から斬り上げる事で、突きを弾き返す。得物の武器が長いせいか、互いに間合いを取っている。
「お兄さん、中々やるねぇ。うち、楽しくなってきたぇ」
「流石は、琉球の戦姫と呼ばれるお方ですね。ハハ」
私はその時、初めて仁が笑ったのを見た。
「仁が笑った?」
「ありゃ楽しんでやがるな。あいつの笑った顔、久しぶりに見た」
何度も鍔迫り合いが続き、刃と刃が交差する音が響く。仁の一太刀を、ミィアンは持ち手の部分で受け止める。
ミィアンは笑い声をあげながら、まるで狂ったかのように方天戟を振り回す。
「アハハ! アハハハハ! ええよ、ええよお兄さん! もっと楽しませてぇな!」
「戦姫じゃなくて、狂姫の間違いなんじゃない?」
ローズがそうつぶやく。仁と組手を行うミィアンは、まるで何かに取り憑かれて人が変わったかのようだった。
頭の中に戦闘狂という三文字が思い浮かぶ。
仁が斬りかかると、ミィアンは柄で地面を叩き、巻き上げた土で視界を遮る。しかし、仁はそれを物ともせず、横合いから一気に斬りかかった。
「決まった」
しかし、リュウの言葉とは裏腹に、ミィアンは一歩たりとも動かずに、方天戟の刃で太刀を弾き返す。
仁は太刀から手を離すと、一気に詰めた間合いを利用して腰に差していた刀を抜き取る。そして、太刀が地面に落ちるまでに、ミィアンの首元に刀身を添える。
「あらら、負けてしもた」
「そこまで!」
御剣の合図で双方武器を納めた。
◇
俺は各方面から纏められた書簡を持ち、瑞穂の自室へと向かった。空はすでに黒く染まり、月が上っている。
「瑞穂、俺だ。入ってもいいか?」
「うん」
障子を開けると、瑞穂は寝間着姿のまま政務を続けていた。瑞穂は手元の書簡から目を離すことなかった。
「あまり無理するな、身体を壊したら元も子もないぞ」
「あら、いつもはサボったら怒るくせに、今日はやけに優しいのね」
「お前が倒れて俺が代わりにやるなんて、嫌だからな」
「むぅ…」
そう言って書簡を卓の上に置くと、瑞穂はじーっと俺を見てきた。
「御剣って、本当に可愛くないわね」
「自分も自分のことを可愛いとは思わない」
「そういう事じゃない。はぁ、もういいわよ。今日はこのくらいにしとく」
瑞穂は筆を置き、すぐ横の布団に横になる。それを見て部屋から出ようとするが、急に後ろから呼び止められる。
「ちょっと待ちなさいよ」
「何だ?」
「主に仕事を放棄して寝ろって言ったんだから、その責任をとってよね。私が寝るまでここにいなさい。最近、よく眠れないの」
そう言って瑞穂は自分の隣辺りをバシバシと叩く。
「俺は別に、仕事を放棄しろとは…」
「口答えしないで早く来なさい」
「ったく。じゃあ、今日のお役目は添い寝って事で良いんだな。失礼する」
俺は冗談半分で瑞穂の布団に入るが、瑞穂は何の躊躇いもなく無言で隣に入ってきた。
慌てて布団から飛び出す。
「いや、突っ込めよ。お前、仮にも一国の皇だろ!」
「何でも良いからここに居て!」
これが皇の特権と言うものだろうか。
しばらくの間、にらみ合いが続く。
「千代か小夜を呼んでこようか?」
「私は御剣が良いって言ってるの!」
内心、添い寝なんてまっぴら御免であるが、主従関係を結んでいる以上、主の言葉には従わなければならない。
俺は仕方がなく、寝そべる瑞穂の横に腰を下ろす。
「これで良いか?」
「うん。あと小指ちょうだい」
一瞬、背筋が凍りついた。
「切り落とせと?」
「違う、貸してってこと。ほら、こっちに持ってきて」
言う通り、俺は自分の左手を瑞穂に差し出す。
瑞穂は左手の小指を握り、ゆっくりと目を瞑る。
「こうして、御剣の手を握っていると落ち着くの」
「そうか…」
「小さい頃、寝る時にこうして手を借りていたのを思い出すね」
「あの時は、確か怖い夢を見たから朝まで一緒に寝て欲しいって言われたな」
「そ、そんな事言ってない」
軽い冗談のつもりだったが、気に障ったのか黙り込んでしまった。
「すまん」
「いいよ、別に」
「瑞穂」
「何?」
「…不安なのか?」
俺がそう言うと、瑞穂は顔を反対側に向ける。そして、ゆっくりと頷いた。俺は反対の手で瑞穂の頭を撫でてやる。
「心配しなくても、お前のことは俺が守ってやる。お前は皇として、何も気にせずどっしりと構えていれば良い」
「…がと」
「ん?」
「うんん、何でもない。おやすみ、御剣」
「おやすみ」
しばらくして、瑞穂の口から寝息が聞こえてくる。このまま手を握っておいてやりたいのも山々だが、瑞穂を寝かした以上、代わりに政務を片付けなければならない。
「よし、やるか」
結局、自分が持ってきた分も含めた書簡の処理が終わったのは、翌朝のことだった。
◇
「皇よ、いつになれば皇国を攻めるんだ。って、ピュラが言ってる。あいつ、どうも期限まで待てないらしい」
「まあ待て、ルージェ。そう事を急ぐなとピュラに伝えよ。確かに我が軍の、東方に集めている部隊を使えば、あのような国、簡単に攻め滅ぼせようぞ」
「じゃあ、なぜ今からそれをしないんだ。ってさ」
「儂は見てみたいのだよ。あの大御神の血を引くといわれる瑞穂之命という皇の力を。オルルカンよ、降伏の期限はあと2日であったな?」
「その通りです皇」
「では、次の作戦に移るとしよう。ふはは、面白くなってきよったわ」
◇
最近、御剣様と会う機会が少なくなった気がする。お互いの立場もあり、忙しいのも分かる。そんな事を考えながら呪術を修していると、襖がこんこんと叩かれる。
「どちら様でございましょうか?」
「ここ、千代はんの部屋で間違いないかぇ?」
「その声は、ミィアン様?」
襖を開けると、ミィアン様はお猪口と徳利を両手に持ち、ニッコリと微笑んだ。
「一杯かまへんけ?」
意外な来客に戸惑いつつも、せっかくのお誘いだったので快く受け取った。ミィアン様とこうして話すのは初めてではあるものの、その持ち前のお優しい性格ですぐに打ち解け、世間話に花を咲かせた。
やがて、話は私たち、特に瑞穂様や御剣様たちの話題になる。
「へぇ、千代はんと御剣のお兄さんって幼馴染なんやぁ」
「はい。ですが、御剣様は従者としてのお勤めが忙しいので、最近はあまりお話できませんね」
恐らく、御剣様は瑞穂様のご政務の手伝いをしている。隣国である迦ノ国に対して徹底抗戦を宣言している以上、皇である瑞穂様と、従者の御剣様は常に最悪の事態を想定している。
「へぇ、そう言う事かぇ。千代はんって、お兄さんの事が好きなんやね」
「えっ、えっ、いえ、私は…」
「隠さんでもええんよ、恋する乙女は素直になるもんやぇ」
結局、一杯で終わるはずだった酒盛りは、夜が明けるまで続いた。
使いを出し、周辺国へ助力を申し出たところ、唯一、神居古潭から特使として、以前皇国を訪問したユーリとホルスが来てくれた。
以前、ヤムトに頼んでいた武具や食料なども期限内に到着し、兵たちの装備更新と厳しい練兵が行われる。着々と来たるべき大戦への備えを進めた。
そんな私の元に、異国の女性が訪ねてくる。何でも、力になりたいと申し出ていて、戦時体制に移行し警戒が強化されている中、何故に彼女が、皇である私に謁見できたのかというと。
「お久しぶりやね、お兄さん」
「久しぶりだな、ミィアン」
聞けば、彼女は御剣の知り合いらしい。
故郷である琉球から来た彼女に、御剣は皇都の案内をしたいのだという。ミィアンと名乗った彼女は、どこか気品のある動作で私に一礼した。
「はじめまして、私はミィアン。ミィアン・ヤーマヌ・アンジ。よろしゅう、お姉さん」
「ヤーマヌ、アンジ!?」
そばにいた小夜が、ミィアンの名前を聞いて驚く。
「小夜、この人の名前がどうかしたの?」
「姉様、私の知識が間違ってなければ、ヤーマヌは琉球王家の家名、アンジは琉球語で王の子、つまりこの方は琉球の王女様なのです」
「「「王女⁉︎」」」
小夜の言葉に、今度は右京と仁を除いた全員が驚いた。二人はどうやら、彼女の素性を知っていたらしい。
「初めまして。私は豊葦原瑞穂皇国皇、瑞穂之命。なんて呼べば良いのかしら」
「ミィアンでええよ、お姉さん。そしたら、うちはお姉さんの事、瑞穂はんって呼ぶし。それとな、お姉さんも含めて、うちの事は普通の人として扱って欲しいんよ」
「それは、あなたを特別扱いはするなってこと?」
「うちな、半分家出してきたようなもんなんよ。せやし、今の状態では国を代表しているわけでもないいから、家出したから堂々と王族やて名乗られへんしなぁ」
「分かったわ。それについては約束する。さてと、時間も勿体無いからそろそろ本題に入ろうかしら、ミィアン」
私は玉座から立ち上がり、ミィアンの前へと歩み寄る。
「力になりたい、と言うことは。つまり、この国のために命を捧げ、この国の行く末に自らの命運を左右されることになるわ。それでも、この国に力を貸すつもり?」
「そないな野暮な事聞かんでええよ。せやなぁ、うちはこの国が好きになってもうたんよ。ご飯は美味しいし、みんな優しい。そんな国の平和を脅かすなんて、絶対に許せへん。それに、うちは個人的にお兄さんに世話になったから、これはその恩返しも兼ねてやぇ。そんなに心配なら、力比べしてみてもええよ?」
「別に心配しているわけじゃないけど」
「ちなみに、うちも腕試しがしたいんよ」
「それなら、私がお相手しましょう」
ミィアンの提案に乗ったのは、仁だった。
「勝負は一番勝負、どちらかが降参するか、自らの手から武器が落ちれば負けとします」
「異議なしやぇ。お兄さん、本気で行くから怪我しなやぁ」
「ご忠告ありがとうございます」
仁は一番得意とする太刀を背中の鞘から抜き取り、ミィアンに向けて構える。
対するミィアンは、槍のような形状をし、先端に三日月状の横刃が両側についている武器を構える。
すると、ミィアンの武器を見たリュウが口を開く。
「あれはもしかして、方天戟か」
「方天戟?」
「あぁ聖上、あれは春蘭。今の宗帝国の武器だ。槍が発展したもので、俺が西洋にいた頃に敵がよく使ってきたハルバードによく似ている」
「琉球は元々、宗帝国と交易が盛んなのです。宋帝国の武器が出回っていても、何ら不思議ではないのです」
「なるほどな、小夜の言う通りなら持っていてもおかしくないな」
ミィアンは身体の周りで軽々と方天戟を振り回す。地面を擦るぎりぎりで土煙を舞い上げ、風を切る。
「久々に、大将の本気が観れるかもな」
「皇国侍大将仁、推して参る」
「ほな、行くでぇ!」
槍を突き刺すように、ミィアンは仁に向けて飛び出す。先端の鋭い刃先が、仁の胸を貫こうと迫り来る。
「はぁっ!」
太刀を翻し、下から斬り上げる事で、突きを弾き返す。得物の武器が長いせいか、互いに間合いを取っている。
「お兄さん、中々やるねぇ。うち、楽しくなってきたぇ」
「流石は、琉球の戦姫と呼ばれるお方ですね。ハハ」
私はその時、初めて仁が笑ったのを見た。
「仁が笑った?」
「ありゃ楽しんでやがるな。あいつの笑った顔、久しぶりに見た」
何度も鍔迫り合いが続き、刃と刃が交差する音が響く。仁の一太刀を、ミィアンは持ち手の部分で受け止める。
ミィアンは笑い声をあげながら、まるで狂ったかのように方天戟を振り回す。
「アハハ! アハハハハ! ええよ、ええよお兄さん! もっと楽しませてぇな!」
「戦姫じゃなくて、狂姫の間違いなんじゃない?」
ローズがそうつぶやく。仁と組手を行うミィアンは、まるで何かに取り憑かれて人が変わったかのようだった。
頭の中に戦闘狂という三文字が思い浮かぶ。
仁が斬りかかると、ミィアンは柄で地面を叩き、巻き上げた土で視界を遮る。しかし、仁はそれを物ともせず、横合いから一気に斬りかかった。
「決まった」
しかし、リュウの言葉とは裏腹に、ミィアンは一歩たりとも動かずに、方天戟の刃で太刀を弾き返す。
仁は太刀から手を離すと、一気に詰めた間合いを利用して腰に差していた刀を抜き取る。そして、太刀が地面に落ちるまでに、ミィアンの首元に刀身を添える。
「あらら、負けてしもた」
「そこまで!」
御剣の合図で双方武器を納めた。
◇
俺は各方面から纏められた書簡を持ち、瑞穂の自室へと向かった。空はすでに黒く染まり、月が上っている。
「瑞穂、俺だ。入ってもいいか?」
「うん」
障子を開けると、瑞穂は寝間着姿のまま政務を続けていた。瑞穂は手元の書簡から目を離すことなかった。
「あまり無理するな、身体を壊したら元も子もないぞ」
「あら、いつもはサボったら怒るくせに、今日はやけに優しいのね」
「お前が倒れて俺が代わりにやるなんて、嫌だからな」
「むぅ…」
そう言って書簡を卓の上に置くと、瑞穂はじーっと俺を見てきた。
「御剣って、本当に可愛くないわね」
「自分も自分のことを可愛いとは思わない」
「そういう事じゃない。はぁ、もういいわよ。今日はこのくらいにしとく」
瑞穂は筆を置き、すぐ横の布団に横になる。それを見て部屋から出ようとするが、急に後ろから呼び止められる。
「ちょっと待ちなさいよ」
「何だ?」
「主に仕事を放棄して寝ろって言ったんだから、その責任をとってよね。私が寝るまでここにいなさい。最近、よく眠れないの」
そう言って瑞穂は自分の隣辺りをバシバシと叩く。
「俺は別に、仕事を放棄しろとは…」
「口答えしないで早く来なさい」
「ったく。じゃあ、今日のお役目は添い寝って事で良いんだな。失礼する」
俺は冗談半分で瑞穂の布団に入るが、瑞穂は何の躊躇いもなく無言で隣に入ってきた。
慌てて布団から飛び出す。
「いや、突っ込めよ。お前、仮にも一国の皇だろ!」
「何でも良いからここに居て!」
これが皇の特権と言うものだろうか。
しばらくの間、にらみ合いが続く。
「千代か小夜を呼んでこようか?」
「私は御剣が良いって言ってるの!」
内心、添い寝なんてまっぴら御免であるが、主従関係を結んでいる以上、主の言葉には従わなければならない。
俺は仕方がなく、寝そべる瑞穂の横に腰を下ろす。
「これで良いか?」
「うん。あと小指ちょうだい」
一瞬、背筋が凍りついた。
「切り落とせと?」
「違う、貸してってこと。ほら、こっちに持ってきて」
言う通り、俺は自分の左手を瑞穂に差し出す。
瑞穂は左手の小指を握り、ゆっくりと目を瞑る。
「こうして、御剣の手を握っていると落ち着くの」
「そうか…」
「小さい頃、寝る時にこうして手を借りていたのを思い出すね」
「あの時は、確か怖い夢を見たから朝まで一緒に寝て欲しいって言われたな」
「そ、そんな事言ってない」
軽い冗談のつもりだったが、気に障ったのか黙り込んでしまった。
「すまん」
「いいよ、別に」
「瑞穂」
「何?」
「…不安なのか?」
俺がそう言うと、瑞穂は顔を反対側に向ける。そして、ゆっくりと頷いた。俺は反対の手で瑞穂の頭を撫でてやる。
「心配しなくても、お前のことは俺が守ってやる。お前は皇として、何も気にせずどっしりと構えていれば良い」
「…がと」
「ん?」
「うんん、何でもない。おやすみ、御剣」
「おやすみ」
しばらくして、瑞穂の口から寝息が聞こえてくる。このまま手を握っておいてやりたいのも山々だが、瑞穂を寝かした以上、代わりに政務を片付けなければならない。
「よし、やるか」
結局、自分が持ってきた分も含めた書簡の処理が終わったのは、翌朝のことだった。
◇
「皇よ、いつになれば皇国を攻めるんだ。って、ピュラが言ってる。あいつ、どうも期限まで待てないらしい」
「まあ待て、ルージェ。そう事を急ぐなとピュラに伝えよ。確かに我が軍の、東方に集めている部隊を使えば、あのような国、簡単に攻め滅ぼせようぞ」
「じゃあ、なぜ今からそれをしないんだ。ってさ」
「儂は見てみたいのだよ。あの大御神の血を引くといわれる瑞穂之命という皇の力を。オルルカンよ、降伏の期限はあと2日であったな?」
「その通りです皇」
「では、次の作戦に移るとしよう。ふはは、面白くなってきよったわ」
◇
最近、御剣様と会う機会が少なくなった気がする。お互いの立場もあり、忙しいのも分かる。そんな事を考えながら呪術を修していると、襖がこんこんと叩かれる。
「どちら様でございましょうか?」
「ここ、千代はんの部屋で間違いないかぇ?」
「その声は、ミィアン様?」
襖を開けると、ミィアン様はお猪口と徳利を両手に持ち、ニッコリと微笑んだ。
「一杯かまへんけ?」
意外な来客に戸惑いつつも、せっかくのお誘いだったので快く受け取った。ミィアン様とこうして話すのは初めてではあるものの、その持ち前のお優しい性格ですぐに打ち解け、世間話に花を咲かせた。
やがて、話は私たち、特に瑞穂様や御剣様たちの話題になる。
「へぇ、千代はんと御剣のお兄さんって幼馴染なんやぁ」
「はい。ですが、御剣様は従者としてのお勤めが忙しいので、最近はあまりお話できませんね」
恐らく、御剣様は瑞穂様のご政務の手伝いをしている。隣国である迦ノ国に対して徹底抗戦を宣言している以上、皇である瑞穂様と、従者の御剣様は常に最悪の事態を想定している。
「へぇ、そう言う事かぇ。千代はんって、お兄さんの事が好きなんやね」
「えっ、えっ、いえ、私は…」
「隠さんでもええんよ、恋する乙女は素直になるもんやぇ」
結局、一杯で終わるはずだった酒盛りは、夜が明けるまで続いた。
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