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残酷な婚約破棄劇と終わりの鐘を鳴らすまで~死に戻りの悪役令嬢と血まみれ殿下の不器用な恋~

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 わたくしの名前は、リーネア。侯爵令嬢です。
 ここは乙女ゲーの世界だと唐突に思い出しました。

「リーネア・カンパネルラ! 男爵令嬢ルーチェを虐げた罪でお前と婚約破棄をする!」

 直後に青い光と頭部への強烈な衝撃が走ります。
 意識が暗闇へと沈む。
 目を開くとそこは先刻と寸分違わぬ光景でした。殿下は一言一句違わぬ言葉を口にし、衝撃と再度の暗黒へと落ち、また戻って来る。

 繰り返すうちに、意識が戻った瞬間に頭が撃ち抜かれるようだと判断。
 意識を取り戻した瞬間、床に身を投げ出します。

「おや、外した?」

 見ると、拳銃らしき武器を持つ金髪の殿方の姿があります。あれは、王太子殿下のステーファノ様です。恐らく。彼の傍らではピンク色の髪のご令嬢が戸惑うように立ち尽くしています。過去逆行。死に戻り。ループ。現代日本人としての前世の記憶があるがゆえに、状況からそう判断する。
 
 殿下はにっこりと微笑んで「ちゃんと撃たれないとダメだよ」とサイコなことをおっしゃります。怖い。もはや本能に促されるまま銃から放たれる光線めいたものを避けます。何です、これ。
 
 ドレスに足を取られて、撃たれて闇に沈む。
 初期位置に戻り、とにかく床に投げ出す。即座に撃たれる。え、これどうしたらいいんですか。混乱し、もはやどこで考えているのかわからない謎の判断力で別位置に倒れ込む。今度は銃撃を逃れます。
 
 繰り返しているうちに気づきましたが、殿下の動きが鈍いときと的確にこちらの動きを読む複数のパターンがあるようでした。床に伏せて殿下の反応が遅れるターンがこちらの勝機。
 
 ドレスの裾を持ち上げて、その場から離れることを目指します。階段から転がり散るように足を滑らせ、激しく腰を打ち付ける。周りの兵士が近づいてきて、手を貸してくれます。というか、助けて。
 口を開く間もなく、兵士たちも倒れていきます。
 見ると、殿下がゆっくりとこちらに接近。

「よくわからないけど、殺さなきゃ。リーネア、早く死ね」

 彼は笑顔ではなく、どこか無表情。

「あ、あの、あのあの。いったい何を」

 口を挟んだのは私ではありません。
 殿下と手を繋ぐ彼女は、男爵令嬢ルーチェ様です。目の前の出来事に明らかに混乱されているご様子。

「うるさいなぁ。リーネアを殺さないといけないんだよ。理由は知らないけど」

 けだるい感じにステーファノ様は言います。

「え、は?」

 ルーチェ様は殿下の凶行が理解できないらしく、震えながらも「やめてください」と制止されています。彼も彼女には銃口を向けません。

「お、大勢の見ている場で、そんな。つ、罪に問われてしまいます」

 そうだけどそうじゃない。

「でも、殺さないと。その後で、婚約破棄して君と結婚するよ」

 殿下もズレている。やり取りを詳しく聞いている余裕はない。幸いにも周囲の貴族連中は動きがのろく、何故だか彼らは逃げずに立ち尽くしている。まるで何かの余興だというように、殿下の方に注目されています。なんだ、こいつら。
 彼らを押しのけながら先に進みます。

「あ、思い出した」

 よく響く殿下の声にびくっとしました。

「ステーファノ様? どうかなさい、ま」

「ちょっと寝ててね」

 ルーチェ様の声が聞こえなくなりました。気になりますが、振り返る余裕はありません。周りもざわざわしはじめますが、構っちゃいられません。
 
「待ってよ、リーネ」

 背後で悲鳴が響きます。
 突如として周りが一斉に動き始めました。
 ほとんど「うわぁぁぁぁぁ」「ぎゃぁぁぁぁ」という叫びに掻き消されて何が起こっているのかは不明。て言うか、遅っ! 騒ぐならもっとお早く! と思いますが、冷静に状況を思い出すと「今のターン」では、わたくしが地面に伏せるなりして殿下が銃を撃っただけなので、遠くからだと何が起こっていたのか分からなかったのかもしれません。
 
 そもそもこの世界に銃と言う概念あるんだっけ?
 
 わたくしも周りの動きに飲まれて大広間から出ていく方向へと流されていきます。お仲間が沢山居て一安心、どころではありませんね。
 
 振り返ると、銃を手にした殿下が周りを手当たり次第撃ちまくっています。弾切れを起こす様子がなく、ノータイムで連続射撃。
 
 銃口から青白い発光が放たれ、周囲の者達を次々撃ち抜いていきます。貴族も若者らしい者も、老いも若きも無関係。もう現実感がない。混乱状態で悲鳴や叫びで溢れ、ただ殿下はこちらに向かってきます。
 
 大広間は惨劇の現場となっており、まさに死屍累々。恐慌状態となった現場の空気に流されるように、わたくしもに逃げ出します。いったい何が起こっているのか。
 
 ここは乙女ゲームの世界。タイトルは出てこないけど、ピンク色の髪の少女が主人公だったはず。記憶を整理していきます。
 
 侯爵令嬢と王太子殿下の卒業記念パーティを兼ねた夜会。立派な宮殿の大広間にて豪華な祝賀会が行われていた。
 
 そしてわたくしリーネアは殿下に婚約破棄され、様々な罪を追及された結果、処刑される。そんな流れで破滅する予定の侯爵令嬢、のはずでした。
 
 突然彼は銃を持ち出してきた。
 問答無用の発砲。
 本来は断罪とか事の真偽とか色々あるのでは?
 そこからわたくしが冷静に反論したりする順番なんですけど!?
 おかしい、明らかにおかしい。

 婚約破棄の現場が虐殺王子から逃げよう! な脱出ゲームと化している。わかるのはそれだけです。実に意味不明。

「魔法などの概念も伝説として伝わっていた、気がする。日常では使った記憶がない。この世界の常識に照らし合わせると伝説のアーティファクトか何かでしょうか。もう細かいことどうでもいいけど」

 大勢の貴族達と共に、我先にと出口を目指したのですが、なんと扉が固く閉ざされ外へ出られません。成人男性が大勢で無理やり開けようとしても、びくともしません。どうやら魔法のごとき力で出入りが禁じられている模様。窓も割ろうとしても無理。
 
 わたくしも試してみましたが、とても出られそうにありません。ここで四苦八苦していても、不味い。主だった出入口や群衆の中。殿下が真っ先に向かって来ると予想できます。
 
 人垣から抜け出し、記憶の中にある宮殿内の安全そうな場所に向けて走っていきます。美しく豪奢なドレスがあまりにも走りにくい。咄嗟に厨房はどうだろうかと駆けていきます。
 
「侯爵令嬢ですわ、お願いします通してください!」

 料理人の中に幸いにもこちらの顔を知っている者が居た。とりあえず通してもらえたので細かいことは無視して「包丁とナイフをください! 早く!」と必死に頼み込みます。戸惑う彼らを促し、ドレスを切り裂き動きやすい長さに整えます。
 
「リーネア様、一体何を」

「それより、パンや水、保存食など長持ちしそうな食糧を持ち運び可能そうな袋に入れて渡して、お願い!」

 無茶なお願いですが、そこは権力で従わせました。時間はかかったものの、何とか準備が出来ました。ペットボトルとかないので瓶などに水を入れてもらい、とりあえず数日分はありそう。小さな手押し車的なものを用意してもらえたので、全部乗せて移動開始。
 
 大人しく従ってくださった厨房の方々にも一応状況をお伝えしておきます。

「殿下が宮殿内の人間を殺戮しています! 皆様も武器を揃えて反撃するか、一刻も早くお逃げくださいね!」

 傍から見れば完全なる奇行。でも知ったことじゃありません。目の前で繰り広げられた出来事だけが全てです。殿下もいきなり厨房に押しかけることもなく、逃げる余裕はありました。
 
 兵士や警備の人間とすれ違います。どうやら殿下の鎮圧に向かう模様。喧噪から遠ざかっていくようにして身を隠します。
 
 この宮殿は敵国との戦争を想定し、様々な隠し部屋や秘密の通路などが存在しております。殿下がどこまで把握しているかは未知数ですが、王妃教育の一環で把握していた情報を元にして隠れ潜むことにしました。脱出できない以上は身を隠すしかない。
 
 使えそうなものを手当たり次第にかき集め、目指すのは地下通路から外部への脱出。でも謎の力に阻まれて脱出ルートは塞がれていました。外部との出入りは完全に封鎖されています。
 
 立て籠もれる場所を探して籠城するより他はない。そんなこんなで丸一日が経過。宮殿内がどうなったのかはもう想像もつきません。予想したくもない。殿下は幸いにも、隠し通路のことは失念していたのか一度も姿を見せませんでした。念のため場所は頻繁に変えます。
 
 それなり以上の広さを持つ宮殿内部。それこそ人間一人、身を隠そうと思えばどこまでも隠し続けられる、はずでした。
 
 けれど殿下も業を煮やしたのか、宮殿に火を放ったようでした。煙と炎に取り巻かれ、わたくしは必死に逃げますが、出入り口の塞がれた閉鎖空間。どれだけ広くてもあらゆる場所が燃え上がれば逃げ場などない。
 
 かなり粘った方だと思います。ですが、最終的には燻されているうちに意識を失いました。目覚めると殿下が銃口をこちらに向けています。床に伏せると、彼は的確にわたくしを撃ち抜きます。彼の攻撃のブレが生じるまで同じ動作を繰り返し、また脱出パターンに則ります。
 
 同じような流れを延々と繰り返す。最後は燻されて終わり。脱出できない。食料にも限りがある。考えて、頼りになりそうな兵士や騎士を確保して共に潜伏するパターンを選択します。ある程度の手勢を使い、殿下と対決する。
 
「あぁ、もう邪魔くさい」
 
 わかったことは殿下はこの世ならぬ伝説の武器らしき物を多数所持していること。銃以外にも赤い宝石のついた漆黒のグローブを嵌め、そこから放たれる炎で兵士達を焼き払います。

「君、すっかり鈍くなったね」

 あっさりと撃退されます。武器の確保が次の目的になりました。武器庫の場所を騎士団に聞き、戦力になる得る伝説の武器と思われるものを必死に探します。失敗して殿下に殺されるか焼き殺されるかの繰り返し。
 
 大勢居ると心強いですが、相手が飛び道具を持っていると肉の盾にしかならない。屈強そうな者を一人選んで共に身を潜めていると、真夜中に襲われそうになりました。

「リーネア様、俺は以前からあなたのことを!」

 咄嗟に手元のナイフを振るい、相手の首筋から血しぶきが上がります。わたくしも異様な状況下でキレてしまい。気が付くと叫びながら、何度も相手をナイフでめった刺しにして、もう何をやっているのかと。
 
 恐ろしくなり、確保していた毒を飲んで自害。これが一番楽だから。精神的に疲弊し、諦めて頭を撃ち抜かれ続ける。

 これまでは彼の動きが鈍い隙を突いて逃げ出しました。でも、今回は違う。殿下が、銃口をこちらから外します。え? と彼と視線がかち合います。

「君、どこまで記憶ある? あまりに弱いから少しヒントをあげよう」

「一体何を」

 問答無用の虐殺王子。既に何度目かもわからない繰り返しの中で、殿下から初めて情報を与えられます。

「僕らはどちらかが死亡した時点でここに戻る。『現時点の』初期状態で僕は武器を構え、君を撃ち抜ける立ち位置だ」

「ステーファノ様、どうかしました? それは何ですか」

 存在を忘れかけていたルーチェ様が口を挟み、殿下がちゃらりと首飾りのようなものを彼女に向けると床に崩れ落ちて眠りに就いてしまわれます。
 
「このような神のごとき力を持つアーティファクトが複数存在している。僕は雷の銃と眠りの首飾り、炎の籠手などを持っている。ここしばらく使ったからわかるよね」

 わたくしは、震える気持ちを抑えて頷きます。

「この城にはまだいくつかそれが眠っている。それを全部揃えて『僕』に対抗しろ。数日の猶予をあげよう。僕は積極的に君を追いかけない。最後は火を放つ。その間に探してごらん」

「で、殿下。もうやめてください。わたくしが何をしたのですか」

 ようやく会話が通じるようになった。
 何とか説得を試みます。

「これは終わらない戦いなんだよ。僕らは時間を巻き戻り、延々と繰り返す。婚約破棄に伴う小競り合いからいつの間にかこの地点で固定された」

「婚約破棄? 固定?」

「時間の逆行。最初は僕が、君を断罪し断頭台に送った。だが何故か巻き戻り、次は僕が君にやり返されて処刑される羽目になった。でも死ぬと戻ったんだ。君だって知っているはずだよ」

「わ、わかりません。何も」

 彼は溜め息を吐きます。
 
「恐らく記憶の回帰に問題が生じたんだね。延々と頭を吹っ飛ばし続けてたからかなぁ」

 面倒くさそうに言います。

「巻き戻る時間が、繰り返すうちにだんだんと短くなっていった。この婚約破棄の舞台が固定位置となった。これ以上は遡らない」

 タイムリープ、ですわね。前世の記憶から参照するに、何らかの理由でわたくしとステーファノ殿下が時間を遡るという現象に陥っている。どちらかの死亡がトリガー?
 
「やめましょう、殺し合いなんて。わたくしは、あなたに何の怒りも抱いていません。恨みもありません。嫌われているなら謝ります。なんでもしますから許してください」

 もはや懇願するより他はありません。
 
「僕らはこの繰り返しを恐ろしい年月繰り返している。説得を試みての騙し打ち、相手に殺されるのもお約束。そして、珍しく意見が一致して脱出を試みても、ダメだった」

「せめて殺し合いをしなければいいのでは」

 常識的な意見を投げかけます。繰り返すからと言って、毎回殺し合いなんてしなければいいだけの話では?

「神の声だよ」

「は?」

 そんな宗教家のような。
 彼は戸惑うわたくしに構わず続けます。

「殺し合わなければ終わりにはたどり着けない。そして、共に鐘を鳴らすこと。そうでなければ終わらない。そして、甘い停滞に溺れることは求めていないとね」

「この現象は神様の成す何事かなのですか?」

 原因不明の超常現象=神の御業。
 安易ですが他に説明のつけようがない。

「君は前世の記憶があるんだっけ? かなり昔に聞いたよ」

「そこまで、ご存じなのですか」

 覚えていない過去の出来事。こちらの現状を殿下はかなり正確に把握されているようです。なら、彼の言葉には一定の指標になる。

「戦わず過ごしていても、宮殿内からは出られないよ? 他の連中もこの時間の中に囚われてるし、やがては食料が尽きて終わり。だから殺し合うより他はない」

「そんな、殺生な。仲良くループの脱出を目指しましょうよ」

 わたくしは思いつく言葉を勢いで口にする。
 
「無理だって。そういう次元は通り過ぎた。僕らは相性が良くない。休戦も長くは続かない。殺し合うのが一番。さぁ、また繰り返そう。僕らのFestivalsを」

「ふぇすてぃばるず、え?」

 お祭りと言う意味。殿下が銃口をこちらに向け、左頬に凄まじい衝撃が走りました。長い令嬢ヘアーがすっきりさっぱり一部消滅しています。同時に発生した熱と痛みに悲鳴を上げます。

「動き出さなければ撃つ。手足から順番にやっていくよ。君がその気になるまで弄んであげる」

 彼は美しく端正な顔を笑顔に歪めました。一も二もなく逃げ出します。彼は狂っている。なら言われたとおりにするしかありません。なんにせよ、武器です。武器庫は探した。様々な調度品や骨董品などにそれらしいものがないかを懸命に探します。
 
 遠くで人々の悲鳴などあまりに不穏な環境音が響いてきます。殿下が虐殺を開始したようです。落ち着かないにもほどがある。わたくしはすぐには殺されないから平気、多分。とは言え、当てもなく探していても限界があります。
 
「あぁ、誰か。神様ヒントをください」

 限界が来て、ついに神頼みです。
 するとどうしたことか、空中から紙のようなものが降ってきます。掴んで開くと、宮殿内部の地図と隠し部屋や宝物に関する情報が載っていました。話が超早い。これ最初からくれたらもっと早かったんですけど?

「早く元の君に戻ってね。リーネ」

 どこからか、殿方の声が聞こえてきました。呼びかけても二度と返事はありませんでした。今のが神の声?
 
 なんにせよ、言われたとおりにやるしかありません。確保できたのは、刃物や剣を呼び出す小剣。風を操る籠手。思うままに光を発する手のひら大のランプでした。この三つだけ。これで殿下に挑みます。
 
 惨敗しました。戦い慣れた彼と、不慣れなわたくし。不利なのは致し方ありません。婚約破棄からやり直し。こちらを断罪する殿下のお言葉が開始の合図です。武器を構えようとすると、手に入れた武器が消えています。えっ、丸腰スタート!?
 
 不平等過ぎる。
 攻撃を避けて逃げ出して武器を最短ルートで確保。リベンジを挑みますが、武器の扱いは何がどうしても殿下の方が格上。
 
 更に光線銃・炎の籠手という飛び道具の存在が厄介。眠りの首飾りも危険。ランプの光で目をくらませ、無数の武器で足止めしつつ、風を起こして何とか殿下の隙を突こうとします。
 
 しかし一向に上手く行かない。殿下はかなりの熟練者。付け焼刃では手も足も出ない。正攻法じゃ無理じゃないですか。他の人間に試しに使わせてみましたが、どうもわたくしか殿下でないと伝説の武器は使えない模様。

「飽きた。君がもっと本気を出さないとどうしようもないね」

 そう言って、ステーファノ様はこちらに眠りの首飾りをかざします。目を覚ますと、磔のように拘束されていました。

「君の怒りそうなことをしよう。ずっと繰り返す。嫌なら早く目覚めなよ」

 わたくしは悲鳴を上げるしかありません。死ぬまで責め苦を受けます。次も、またその次も。延々と延々と、延々と。執拗なほどに。焼かれ撃たれて、言語化する気にもならない暴力と苦痛、阿鼻叫喚。
 
 いつしかわたくしの中に何かが宿ります。
 
「ふざけんな」

 痛いの嫌。苦しいの嫌。熱いの嫌。何よりも、あの糞殿下の顔を見るのが死ぬほど、嫌。だんだんムカついてきて、非合理的な特攻などを繰り返し、とりあえず落ち着いて武器確保後の潜伏ルートを至ります。
 
 正面からは無理。なら相手の油断を突いて殺るしかありません。幸い今のわたくしには魔法のごとき力を宿す武器があります。空中に浮かび、殿下が大広間で起こす虐殺を観察。タイミングを狙って刃物を打ち出します。しかしそこはさすがに殿下。
 
 こちらに気づき、凄まじい素早さで反応します。炎で刃を防ぎ、即座に反撃。空中のわたくしを正確に銃で射貫きます。お見事過ぎていっそ感服します。こちらも様々な戦略を練り、奇襲作戦や囮の活用なども駆使しました。
 
 彼は毎回ルーチェ様を連れて動きます。
 隙を見つけて彼女を確保。人質に取る作戦に出ます。
 
「この女を殺されたくなければ投降しなさい!」

「マスコットとして連れてるだけで愛はとっくにない」

 あっさりとルーチェ様を撃ち抜き、こちらを炎で焼殺してきます。女性にはもっと優しく出来ないんですの、この方。彼はもはや記憶の中にある愚かな王太子殿下と違っています。

 リーネアが知る彼はお顔はとても良いけれど、どこか軽薄で子どもっぽい優男。冷たい婚約者にうんざりし、愛嬌のある可愛らしい少女に簡単に落ちた。愚かな王太子、という生き物。
 
 もはや別の次元へと変質している。人以外の何か。閉鎖宮殿の支配者。暴力の化身。冷酷無比の虐殺王子。キャラ変わり過ぎです。

 彼にとって愛しのルーチェ様はお気に入りのぬいぐるみ程度の感覚のようです。再び確保して情報を聞き出します。繰り返しについては何を聞いても「知らない分からない」とだけ。彼女はこの奇怪な現象に一切関わっていないと主張されています。
 
 本当にそうですか?
 
 問いただすと「知らない! 知るわけないでしょ! 知っててもあんたになんか教えない! 大嫌い!」と。
 
 どうも好かれてはいなかったご様子。しばらく宥めましたが、頬を叩かれ、ぷっつん来ます。
 
 は? 誰叩いてるんですの、お前。
 
 その瞬間、何かに火が付いた。ムカついて殴ります。蹴ります。ぶっ叩きます。暴力を行使します。この女、なんか知らないけど腹が立つ。己の中の暴力性が燃え上がる。わたくしは、『わたし』は。そう、別に常識的な人間ではない。
 
 そうです。そうでした。
 むしろ、今の彼に近い存在。
 本来は『あちら側』の生き物。
 
 おぞましき理解。
 眠れる獣が目覚めたような気分でした。

「もうやめて。私はもう何も知らない。本当です。神に誓って言います。ただ、王子様と、幸せになりたかっただけで」

 最初の勢いはどこへやら。
 哀れに許しを請う幼子のようです。

「あらそうですの。でも、黙っていることや隠していること等もあるのではないですか? ゆっくりお聞きしますので教えてくださいね」

 ルーチェ様の甘く可愛らしい声音が響き渡りました。話を伺うと、殿下と結婚するためにわたくしの罪を捏造することに同意したとか。なら仕方ないですわね、復讐されても。
 
「ねー、ルーチェいじめに熱中してこっち忘れるとか無くない?」

 制裁に夢中になっていたら、忘れていた殿下がやって来て銃口を向けてきます。

「だってムカつくんです、こいつ。生理的に無理」

 口調が荒れて子どものようになります。
 何故だかとても幼い気持ちになる。なんでだろ。

「昔言ってたね、嫌な思い出がどうとか。でも、その子も可哀想でしょ。僕らに巻き込まれただけなんだし」

 ステーファノ様は彼女を微妙に庇います。それも腹が立ちますわね。なんでこっちには塩対応どころか溶岩対応なのに、この娘にだけ。

「何も知らないバカって可愛いよねぇ。ペットみたいで」

 銃で頭を撃ち抜かれます。
 わたくし達は、この世の常識や倫理を超えた存在。よって、何をしても許されるし、誰も咎めない。わたくしはいつしか周りの人間を生き物と見なさなくなります。
 
 時には肉の盾にするし、隙を突いて殿下を殺しに行くように指示もします。従わなければ殺す。気に入らぬ者を憂さ晴らしに刃物で切り裂き、空中に浮かせて地面に叩き落とす。
 
 わたくしに従わぬ者は死ね。
 不快にさせる者は死ね。死ね、死ね、死ね。
 
 部屋中真っ赤な血で汚れて、ようやくテンション上がってきました。戦いの前にはやっぱり血と暴力を補給しませんとね。一度目覚めてしまうとこれがわたくし、という理解があります。殿下はこれがご所望だったようです。無事目覚めることが出来て何よりでした。
 
 リーネアなのか前世の自分なのかはわかりません。あるいはそれが一つに融合し、極まった存在。悪役令嬢(ヴィランズドータ)としてふさわしい存在へと突き進んでいきます。
 
 特にルーチェ様をいじめると心の底からあぁ、楽しい。幸せって気持ちになります。時に殿下との戦いより夢中になるのが玉に瑕ですわね。だからか、殿下も彼女をお隠しになって「もぉ、ルーチェ様を返してください。あれはわたくしのですよ」とか言うようになります。
 
「だめ。僕のなんだから。君には渡さないよ」

 愛がない割に、奪われるのは嫌という奴でしょうか。いつの間にか彼女の取り合いになってしまいます。気付けば、どれくらい経過したか。数百年は軽く経っていると思います。暴力、殺戮、虐殺の嵐を繰り返す。酸鼻極まる歳月を経て「少し話をしよう」と提案されたので、テーブルでお茶を飲みながら話をします。
 
 ここに至るまで毒殺やだまし討ちも繰り返しているので話が出来るようになるまで恐ろしく時間がかかりました。
 
 真っ暗な夜中には光源を発する魔法のランプが、非常に便利。照明器具ですし、やはり本来の使い方が正しいですわね。豪奢な内装の室内がシックな明かりで陰影を深くします。非常に趣がありますわね。血も明るく照らして、とてもきれい。
 
「わたくしいまだ初期の記憶がないんです。お約束の婚約破棄だのでしたっけ?」

 紅茶を頂きながら、のんびり話を聞きます。
 
「ルーチェと僕が恋仲になった。父である国王も気に食わなくて、邪魔な婚約者の君に恥を掻かせて排除しようとした。でも、愚かな策略はたちまち見破られ、クソな父上様から死ねって言われたよ」

「自業自得では?」

 ちなみに国王陛下は今は物言わぬオブジェとして椅子の一つに腰かけておられます。わたくしにとって最も癇に障る存在がルーチェ様で、殿下にとっては国王陛下が一番気に入らないようです。
 
「そうだけどね。僕の父上らしく、あの人もまともではないよ」
 
 聞けば、虐待同然の教育をされていたとか。単なる反抗期ではなくて、彼なりに逆らう理由もあったようです。陛下も状況に応じてわたくしも処刑するし、殿下も殺す。そんな無慈悲で理不尽な存在、だとか。
 
 彼がわたくしを積極的に追いかけて来るのは常に虐殺後。特に陛下を手荒にぶっ殺してるとのこと。禁断の親殺しですわねぇ。怖い怖い。ちなみにルーチェ様も別の椅子に腰かけていますが、既にこと切れています。ティータイムの準備はもちろん彼女。お願いしたのは殿下で、お礼は安らかなる死。酷い人。

「以前は婚約破棄より過去の時間に戻っていたとか」

 わたくしに記憶がない以上は、彼の語る言葉が唯一の情報源。真偽のほどは不確かですが、嘘を吐いている風でもありません。

「最初は数か月前だった。神様が僕にやり直す機会をくれたんだと思ったよ。君の不利な条件を整えるだけ整えて、逆に断頭台に送って差し上げました。胸がすくような気持ちだったね」

 敵も死に戻るパターン。タイムリープものでは定番の一つ。しかしそれだけのことが出来るのにお互いを殺すことのみに時間を費やすのも愚かの極みですわね。

「殿下とわたくし、どちらかが処刑される、それが主だった流れ」

「ざっくり死んでは戻ったとしか言えない。細やかな前後関係は、これだけ年月が経れば当然曖昧」

 彼は両手をお手上げ、という風に上げます。

 まずはわたくしが断罪されて処刑。
 逆行し、やり返した。
 次に殿下が断罪されて巻き戻り。
 わたくしへの復讐を果たす。
 更に繰り返して、交互にやり返したと。
 
「婚約破棄に伴う小競り合い、ですか。互いにそれを知ったのは?」

「さぁ、いつだったかな。覚えてない?」

 殿下は目を細めてわたくしを見ます。
 わたくしは首を左右に振ります。
 彼はどうでも良さそうに溜め息を吐いて続けます。

「何度目かに、僕が敗れて牢獄に送られた。そして処刑前に君が言いに来たのね。今度はわたくしの勝ちですわね、って」

「記憶にございません」

「僕もそのときは全部忘れていた。思い出したのは君と牢屋で話している最中。そこで互いが巻き戻っていると勘づき、繰り返すうちにそれぞれの記憶が戻るタイミングが違うことにも気づいた」

「それで戦況の乱れがあるわけですね」

 思えば開始時点で殿下の動きが鈍く、非合理的な動きを見せることも多い。その隙を突いて逃げ出すのがお約束です。

「で、繰り返しの中で遡る時間が徐々に未来に近づいていった。数か月前から一か月前になり、一週間前から前日という調子でね」

 じりじりと減っていく猶予。
 どちらも心理的に追い込まれていきそうです。

「それで婚約破棄の真っ最中に?」

 ご丁寧に毎回「婚約破棄だ」と言うと同時にずどんと撃たれています。

「戻る時間はあの瞬間に固定された。それ以上過去に遡ることはない。幾多の戦いの果てに辿り着いた、次なる戦いの場だったってわけ」

「いきなり撃つのは反則でしてよ?」

 覚醒直後のロスタイム。わずか数秒から数十秒の判断で動かねば即死。圧倒的にこちらが不利な状況です。武器の有無もあるし、不平等と言っても良い。

「何もしなければ確実に僕が処刑されるよ。決戦日前に君はあらゆる状況を整えていた。勝敗は決していたと言える。こちらの完全敗北だったよ」

「あら、わたくしの勝ち確でしたの」

 ならそのまま死んでくれればいいのに。

「だから殺られる前に殺るしかない。結果、僕が銃を手に君を撃ち抜く間際という瞬間が初期位置になったみたい」

 試合に勝って勝負に負けたみたいな。
 でも、やはり納得は行きませんね。
 
「アーティファクトとかずるいですよ。おまけに初期装備なんて」

 いちいち毎回取りに行くのが面倒。
 強くてニューゲームとか所持アイテム引き継げよ、です。

「僕が武器を確保したのは婚約破棄の前日だった。苦し紛れに神頼みしたら、空からふわふわ地図が落ちて来た」

 それも冗談のような話ですね。

「わたくしも同じですわ。神様かしら」

「かもね。片側が不利過ぎても面白くないから」

「だからのテコ入れ。でも雑ですわねぇ」

「まぁ神様のやることだしね」

 前提となる超常現象については議論しても答えが出ないので完全に棚上げ。神様的な存在が居る。それだけで十分。姿を見せない以上は、ただの設定に過ぎない。

 殿下は話を続けます。

「僕は君を銃で撃ち続けた。怖かったからね。もう死ね死ねってそれだけ。その間、君は常にぼんやり突っ立っていたよ。殺しては戻り、死ねと繰り返した」

 それも良く続くなぁ、という話です。人の頭を撃ち続けるループってそれはそれでかなり負担が大きそう。

「結果、わたくしの方が負け続けた。お話を聞いても、詳細な記憶は思い出せないですわね」

 特に初期の頃に殿下との間に何があったかはまるで不明。こちらが立て直す前に頭を撃ち抜かれていたのでは思考もまとまらないはず。おぞましい繰り返しの果てに、こちらの記憶が壊れたと言うことでしょうか。
 
「僕も初期から常に記憶が戻るわけじゃない。それまでの流れがあったせいか、あ、こいつ殺さなきゃってことだけは理解できる。だからとりあえず撃っておく、みたいな」

「どのような思考で仮にも婚約者の頭を延々と撃ち抜けるのか知りたいですわね」

 無の境地に近い状態で殺されても困ります。

「リーネア殺すべし、という意識かな。最初から全部思い出すときもあるし、他の奴らもノリで殺ってる内にだんだん思い出してくることが多い。固定された僕の基本が既にぷっつん来てるらしく、常に虐殺王子状態」

「何がどうしてそうなったんです」

 ちなみに、現在のわたくしは記憶が上手く思い出せないときは殿下が毎回頭を撃ち抜いてくださるらしく、認識が飛んでいます。で、初期から思い出した時に動き出すという寸法ですわね。

「知らん。無我夢中だったから。途中経緯はもうどうだっていい。でも、君の方も大概だからね?」

 殿下は不機嫌そうに言います。
 少しだけ記憶の中にある優男に戻ったように。
 
「と言うと?」

「嬉々としてこちらを追い込むのを楽しんでいた。僕の処刑も毎回見に来て笑ってたよ。今は頭が吹き飛びまくってさっぱりしてるだけ」

 昔のわたくしって尖ってたんですね。今のわたくしもそれなりですが、殿下の方が一枚上手に感じます。胸を借りている感じですわね。
 
「ここに至るまでの試行錯誤で殺し合い以外は出来なかったのでしょうか」

「前にも言ったが、神がお望みでない。僕らの殺し合いが見たいんだろう。試せることは試した。でも逃げ続けると最悪の状態に飛ばされて責め苦を受ける。よって、戦う方が楽という寸法」

「協力しても無理ならしゃーない、ですか。ところで、気になるんですが」

「なに?」

 頬杖をつく彼。
 こうして見ると、ちょっと可愛い。
 お顔はいいんですよね、お顔は。
 仲良く話していると、変な想像も膨らみます。

「わたくし達ってもっと仲の良かった状況もありました?」

 例えば手に手を取り合っての甘い関係、とか。
 ステーファノ様はにやりと口元を歪める。
 
「教えない。とりあえず今の君には殺意しかないとだけ言っておこう」

「あら残念ですわ。こちらも同じくですわ。気が合いますわね」

 乾いた笑みを交わし合う。殺意以外の何かも本当はなくもない。苛立ちとか抑えきれない何らかの熱のようなものもある。それらすべてが相手を殺すべしという意識に束ねられています。
 
 好きとか愛とかは、ない。
 違う。よくわからない。
 私は誰かを愛したことがないから。
 前世でも、今世でも。わからないなりに確信がある。

「この繰り返しの中にも変化はある。だけどピリオドだけは打たれない。僕は終わらせるためにありとあらゆる試みをしてきたつもり。君はどうかな?」

「わたくしは」

 とてもまっすぐな目で見つめられ、固まります。何だか殿下の瞳が妙に綺麗だな、と不覚にも思ってしまいます。血と惨劇に支配された世界の中で、あなたとわたくしの二人きり。
 
 今さら愛の言葉など誰が吐けましょうか。
 殺したい、その気持ちに嘘はない。

「終わりには、したくないですね。完全勝利、しませんと」

 誤魔化すように言います。

「じゃあ君のせいだ。それでいつまでもこの地獄を繰り返してるわけだね」

 殿下はざっくりとまとめます。

「わたくしのせいですか? 確かに最初に処刑されたので悔しかったなぁ、で繰り返したのかもしれませんけど、殿下の側もリベンジ権毎回貰ってるじゃないですか」

 婚約破棄だの断罪だの処刑だの、元をただせば殿下のせい。こちらが悪いことにしてくるあたり、全く成長していません。人はどれだけ繰り返しても本質は変わらないと言うことですかね。

「この世の全ては誰かの娯楽。混沌と狂気を望む神々が僕らの殺し合いを楽しんでる。でも、僕はもう飽きたよ。皆死ねとしか思わない。ねぇ、終わりにしてよリーネア」

 子どものようにクッキーを弄ぶ殿下。指ですりつぶし、テーブルを汚します。

「そうは言われましてもね。わたくし、今負けがこんでいますし」

 まさに連戦連敗。リベンジは上手く行っていません。こちらが勝つこともあるにはあるのですが、殿下のケアレスミスのような部分もあり、爽快感はいまいちない。全然完勝じゃない。

「でも僕も負ける気はないよ。終わりたいのと同じくらい、負けたくもないし。片方が諦めて、なんて結末は多分、神も望まれていない」

「なんだか理解があるんですね」

 繰り返し、神の言葉を聞いたように彼は言う。

「まだ自由が今よりあった頃に、僕らは可能な限り無茶をしてみたことがある。把握できる限りのあらゆる者を殺してね」

「いいですわね、外に出られるのって」

 今は宮殿の外に出られない。世界がそこで閉ざされています。外で気持ちの良い風に触れたいと感じます。ほらだって、血の匂いで空気も悪いですし。

「まぁ、今よりは何でもいいよね。で、父上を暗殺し、国を掌握。戦争も起こしたし、世界を荒らせるだけ荒らした。婚約破棄なんて当然なし。結果、僕らはそれぞれお達しを受けた。何やらとても大きな影のような御方にね」

「それが神?」

 核心に迫るようで、殿下は気のない風に首を振ります。

「わからない。知らない。どうでもいい。ただ、わかるのは僕ら片方が何か成そうとしても無理だと言うこと」

「どういうことですか?」

 彼はテーブルの上に置いてある小さなベルを手にして鳴らしてみます。宮殿内はお話の邪魔にならないよう虐殺済み。当然誰も現れません。ちなみにティータイムの準備はルーチェ様を殺す前にやらせました。お礼は安らかなる死です。
 
 彼の振る舞いに首をかしげます。

「知らない? 伝説の鐘の話。幸せのカンパネルラは一人では鳴らせない。あなたと一緒じゃなくてはね」

 カンパネルラはイタリア語で鐘と言う意味です。有名な物語の登場人物の名前にも使われていますわね。

「なんです、そのメルヘンチックな」

「さぁ? はるか昔の君に聞いたんだよ。エンディングを迎えるにはそれが必要なんだとか」

 そう言えば乙女ゲーの世界でしたっけ。大まかな土台はわかりますが、具体的なストーリーは欠片も思い出せません。どんなキャラが居たっけ? どういうお話だっけ? 殿下は攻略キャラクターだったでしょうか? 長い年月が経過しているからでしょうか。

 率直に言えばもはや「そんな設定あったね」です。そもそもお前リーネアなのか転生者なのかもうどっちだよ、です。複雑な背景や細やかな詳細など目の前の血と惨劇の前には飲まれていき、後ろに下がり、どうでも良くなる。
 
 重要なのはわたくしと、あなたの物語。

「僕が聞いた神のメッセージは『本筋から外れ過ぎない事』『彼女の相手を正しく勤め上げること』だね。僕らは殺し合いへと戻り、現在へ至る闘争に続く」

「その果てにこの宮殿に閉じ込められた、ですか」
 
 わたくしは、何を聞いたんでしょう。

「しばらく後、リーネアは呟くように言ったよ。『殺し合い続けましょう。共に鐘を鳴らせば終わります』とね」

「それで、あなたと一緒じゃなくては、ですか」

 かつてのわたくしが聞いた神の言葉。ゲームの終わりを迎える上での鍵となる何事か。

「意味を考えるなら、共に満足して死ぬことかな。戦い尽くしてもういい、と思えればいいのか」

 殿下は自身の考えを話してくれます。
 なるほど、わかりやすい。こちらが物忘れしている間に、じっくりと考えた上で出された答えでしょう。
 
「それが来るかどうかは互いの気持ち次第ですわね」

 わたくしはそう答えるしかありません。
 彼は妙に穏やかな顔をして言います。

「ねぇリーネ。約束しよう」

 ステーファノ様は、わたくしを愛称で呼びます。
 わずかな違いだけれど、とても親し気。
 あぁ、わたくしに心臓なんてあるんだ、と気づきます。彼はこちらの動揺を知ってか知らずか、平然として言います。

「僕らは殺し合い続け、とにかく終わりを目指すんだよ。互いの気持ちが整うまで様々な目を出し合おう。そしていつか、笑顔で終わりを迎えよう」

 端正な顔立ちで実に爽やか。小さく胸が揺れるのはリーネアの記憶ゆえにか、前世の「わたし」か、それとも誰とも知らない「わたくし」自身の感情か。いずれにせよ、殺し合うことでしかわかり合うことはできない。
 
 なんて不器用な二人。
 最初はどうだったんだろうなぁ。
 現世と前世が入り交ざり、もはや原型はない。
 今となっては怪物と化した誰かと誰か。
 
「それじゃあ、そろそろ始めようか」

「もうですか? せめてお茶をもう一杯頂きたいですが」

 彼はふっと馬鹿にするように笑います。

「なら君が入れてこいよ。下女みたいに媚びへつらってね」

 見下すような彼の態度に苛立ち、アーティファクトを発動し無数の刃を放ちます。彼は炎を放ち、自らの死もためらうことなく部屋中を一瞬で燃やし尽くします。同時に死んでも、やはり元の場所へと戻っていく。

「Festivalsは終わらない、彼が終わらせない」

 銃口を向けられ、正面からの戦いに移行。

「そのフェスだか何だかなんですの?」

 戦いながら聞いてみます。どこか芝居がかっていて、不自然な単語でした。

「神の名だよ。自らそう名乗った」

 ここに来て少しだけ存在が浮かび上がります。祭りですか。殺し合いで無数の生贄を捧げるような? でもそれだともっと良いやり方はいくらでもあるでしょう。対象が狭すぎる。なら、わたくし達の殺し合いこそが祭りか。
 
 果てしなき闘争。延々と続く殺し合い。たまにお茶をすることもありますし、面倒になってどちらも戦闘放棄してだらだらすることもあります。でも、わたくし達って二人で居るとその内だんだんイラついてお互いを挑発して即殺し合いに戻る。
 
 だから蜜月は続きません。
 別の遊びに移ることもできない。あるいは過去にはそれをして、もう飽きたのかもしれませんね。記憶の空白。漫画の単行本に読んでいない一角があるような、もどかしさ。
 
 思い出せないのが、悔やまれる。
 
 何だか、胸がね。
 最近落ち着かないんです。
 今がずっと続けばいいのにと思うし、同時に疲れて来たのでもういいやとも投げ出したくなる。
 
「そう言えば、殿下はどうしてルーチェ様をそこまで大事にするのですか?」

「大事にしてないよね。見ての通り、酷いでしょ」

 二人だけのお茶会の度に彼女は殿下に殺される。確かに無残な扱いではあるのですが、それでも周回の度に逐一眠らせたり、安全な場所に隠したり。気を遣われては、いる。無数の繰り返しの中で大いに粗雑に扱うことはある。今もそう。
 
 でも、全体としては守ろうとしている気がする。
 
 ある時期に妙にそれが気がかりになって胃がムカつきました。そしてあるとき、殿下をトラップで足止めしている間にルーチェ様を発見します。毎回場所を変え巧妙に隠されるので骨が折れました。
 
「みぃつけましたわよおおお」

「いやぁああああああああああああああ」

 何を化け物のように。真っ暗の中をランプで顔を照らしたので迫力が出ているだろうなぁ、とは思います。驚かす側って楽しいですわよね。
 
 今回のルーチェ様。隠し部屋でむしゃむしゃ果物とか食べてらっしゃる。いったい何をのん気なことを。この宮殿の中の者達はあらかた虐殺されているというのに。
 
 まぁ別に殴ったり蹴ったりもせず、軽く刃物で脅したりしていると彼女が不意にお腹を庇いました。何らかの記憶が想起します。
 
 思えばこれまでもルーチェ様を虐めている最中に気づくものはあった。守るような仕草。でも、敢えて気付かないようにしていた、気がする。わたくしも、強いて腹部は狙わなかった。
 
 どうして?
 ここまで鬼畜になり果てたわたくしが?
 何かの情けのように。
 
 知らない。わからない。
 
 この血まみれの殺し合いの中で殿下が何故ルーチェ様を若干遇されるのか。かつては愛していた人だから。でも本人は殺しても別にいいと言うような態度。まるで何かを愛でるように守られていたのは。
 
 ズキッと頭が痛む。
 猛烈な不快感と共に、直感的な理解が溢れた。
 考えればわかるようなことでしかない。
 だって、とっくの昔に「知っていた」から。
 
 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
 
 吐き気がする。気持ち悪い。思い出したくない。
 
 恐らく、わたくしは。
 調べたことがある。それで色々嫌になって、嫌になって、腹が立つことすら嫌になって。全部忘れちゃえばって、思ったんだ。ルーチェ様への苛立ち。この奇妙な苛立ち。全部は思い出せないけれど、欠けたパズルのピースが嵌った気がしました。
 
 戦いも投げ出して、ルーチェ様も放り出して、わたくしはふらふらと歩き始めます。いつからだろう。こんなことを繰り返している内に、わたくしはよくわからない心理に陥った、のでしょう。

「リーネア。そろそろケリを付けよう」

 トラップを強引に潜り抜けて来たのか、血まみれの殿下が現れます。その異様とも言える御姿が美しく感じてたまらない。輝くような金髪に血が映えて、なんて素敵。

 わたくしは、どうしてこの世界から本気で抜け出そうとしないのでしょう。あぁ、神様。

 もっと別の遊びがしたかった。
 奇怪な未練のようなものが浮かび上がっては、血と暴力で上書きします。その内だんだんと、やはり殺戮こそがわたくしの悦びだとも思うし、もういいかなとも感じます。
 
 ルーチェ様いじめも飽きました。殿下も国王様殺しにはすっかり飽きているようでもはや適当に息の根を止めるだけ。互いに倦怠感が漂い始めます。思えば、わたくしが全てを忘れていた頃って新鮮で、お互いに生き生きしていましたわね。
 
 なんて、夢のよう。
 
 殿下だけはずっと覚えていて。こちらだけすっきりニューゲームで、申し訳なかったです。知らないと言うことは、この世界においての救いです。気づかなければ、楽で居られた。
 
 不意に姿見で己の姿を映し、溜め息を吐きます。血にまみれ、なんて酷い顔。こんなにも悪い子で悪趣味で、醜くて。物語のヒロインには、なれません。
 
 もういいですわ、神様。
 彼と過ごす繰り返しはもう、いい。
 
「そろそろ終わりにいたしましょう」

 わたくしはそんな風に切り出しました。
 これが最後になるので少しだけ準備をしてのお茶会。
 
 テーブルには沢山のお菓子が並びます。中央にはピンク色の男爵令嬢の生首。さぁ、ルーチェ様、どうかわたくし達の愛の営みを眺めてください。可愛く愛しく稚い、生贄の子羊様。
 
「お待たせして申し訳なかったです」
 
「本当だよ。こっちはとっくにその境地だったのに。これ多分君が引き延ばすからだよ。神様も飽きてあくびしている頃だろう」

 殿下は陛下の首を適当に地面に転がします。猟奇的な行為も、度が過ぎればただの喜劇。脱出不能の殺し合いの終焉としては実に退屈な幕切れではありますが、何事もモチベーションってありますわよね。
 
 何百年くらいやったのかなぁ。ゲームの総合プレイ時間がえらいことになってる奴。見たくもない。
 
「最後の死合いはどうする?」

 彼に問われ、わたくしは目をつむります。
 
 共に鐘を鳴らせば、物語は終わる。
 つまりはわたくし達がもういいと思い、同時に死ねばこの輪廻は終わるのではないかと思われます。
 
 記憶が消えた当初は早く終わってほしいと思いました。でも、殿下の方がそれを許さなかったので継続していたのでしょう。別にわたくしのせいだけではない、はずです。
 
 頭の片隅で、小さな痛みが走りました。
 なんでしょう。気分でも悪いのか。
 
 寂しいの?
 
 ステーファノ様と過ごす今が永遠に終わる。あぁ。憎いはずのあなた。でも振り返ればどうだったでしょう。楽しかった。怒りや恨みも途中からどうだって良かった。生き生きとしたおぞましき戦い。それが妙に面白くて、心が躍った。
 
 無秩序な殺し合いだけだったのに変ですね。
 思い出せない空白の時間が、惜しまれます。

「リーネ。どうかした?」

「いえ、何でも」

 慣れ親しんだ者同士特有の、柔らかな空気。殿下も強いてそれ以上は聞かず、しばし流れる静寂。甘いお菓子の香り、生温くなった紅茶。殿下曰く、来る前にルーチェ様に手製のお菓子を作っていただいたそうです。彼女の首と共に、手土産としていただいたシンプルなケーキ。
 
 素朴な味で、悪くはなかったですわね。
 一度どこかで食べたことがあった気がした味。
 お母さんか、友達か。
 
 ルーチェ様の方を見る。
 こんなこと言う資格、欠片もありませんけど。
 あなたも長い間、お疲れさまでした。
 
「最後は、どうしましょう」
 
「そうだね。僕らの物語の、終わり」
 
 彼はこちらをじっと見つめます。とても美しい青い瞳。心が、吸い込まれそう。しばし見つめ合います。

「一つだけ」

「え?」

「いや」

 殿下は何かを言いかけ、ルーチェ様に視線を移します。彼女を首だけにしてお持ちしたのは、彼でした。身体はどこかへ置いて来た。意味の分からない、猟奇的な振る舞い。

 彼の手も服もこの上なく赤く汚れていて、おおよそ悪趣味な儀式をしてきたことがわかります。彼がこの繰り返しの中で最も気に掛けていたのは何でしょうね。

 お別れでも、してきたのでしょうか。

 もう、言わなくてもわかっていますけれど。父親をあれだけ恨み続けた彼が、どうしてか『それ』を忘れずに意識している。
 
 あるいは彼にとっての聖域か。
 無意味なことです。
 わたくしと同じ、非人間の癖に。
 怪物が、悪魔が、人間もどき。
 一緒になってくれたはずなのに、どうして。
 
 とても深い、悲しみ。
 長年連れ添った彼が口にしない願い。

「最後にお願いがありますわ、殿下」

 溜め息を吐いて、一つの余興を頼みました。その回は互いに自殺してまた最初の婚約破棄現場に戻ります。恐らくこれが最後の断罪。
 
「リーネア・カンパネルラ! 男爵令嬢ルーチェを虐げた罪でお前と婚約破棄をする!」
 
 まさに、その通りの罪。
 言い訳しようがない。
 もう何度となく、憂さを晴らしたのだから。
 
 彼は構えた銃を懐に仕舞います。
 
 ぼんやりとその姿を見守るわたくし。
 彼はルーチェ様の方を見て、その両肩を掴みます。
 わたくし達にしか聞こえない程度の声音で彼は言った。
 
「子どもが生まれたら、名前はフェルナンドとウィルフリッドが良いな」

「え?」

 彼女は当然意味が分かりません。
 先ほどの台詞と一致しない、ずれた殿下の言葉。

「苦労を掛けて、すまない。親としてはこの上ないほどに失格だが、健やかに生きて欲しいと願う。たとえ愚かでも、間違っていても良い。何だっていいんだ」

「ステフ様?」

 純粋無垢な、何も知らぬ少女。
 やがて母となる哀れなる舞台上の生贄。

「君のこと、好きだったよ」

 彼はそう言うとルーチェ様を突き飛ばします。転ばない程度に、そっと。ステーファノ様はこちらに向かって駆けて来て、わたくしの手を取ります。

「僕とリーネア侯爵令嬢はこれより駆け落ちをする! そちらのご令嬢、偽装工作ありがとう!」

 そう言って、彼はわたくしの手を取ります。
 大広間から、二人して飛び出しました。誰も彼もが呆気に取られて、邪魔をする者も居ません。今更手当たり次第の虐殺も憂さ晴らしも必要なし。わたくし達は改心したのではなく、単にもう血を見るのに飽きていたというだけのことでした。つまらない劇で申し訳ありませんでしたわね。お代は結構です。

 わたくし達はこれまでにお茶会を重ねた部屋へと向かいました。
 
「とんだ茶番でしたわね」

 呆れたように言うより他ありません。
 三文芝居以下の何か。
 提案したのはわたくしです。
 最後にそのような余興も、良いのではないかと。

「リーネ」

 彼はとても澄んだ目でわたくしを見つめます。これまで何度となく目にしてきた。何百年間も追いかけて来た己の半身たる獣。何を考えているかなんて、言われなくてもわかる。

「ありがとう」

 繰り返しに囚われたわたくし達。
 終わりの鍵は共に死への旅路。残された世界がどうなるかは神のみぞ知る。けれど、光《ルーチェ》は残される。永遠に大人になれない彼らへの祝福。殿下はきっと繰り返し想像し、何かの救いとしていた。
 
 なんて、甘やかな夢でしょう。

 この狂気の中でも彼がかろうじて手放さなかったもの。わたくしは、何だか面白くなくて目を逸らしてしまいます。

 この戦いは恐らく殿下の粘り勝ちなのです。
 
 彼も囚われの牢獄の中でまた倦んでいて、最後に残したいと思った。人生の終わりにそれを願った。だから、叶えていただきました。未練のないように。別に彼の為じゃ、ありません。
 
「これで終わりにしましょう」
 
 アーティファクトで切れ味の良いナイフを二本出します。テーブルの上を滑らせました。彼は軽やかにそれを受け取ります。

「お互いにゆっくりと近づき合って、先に首を刈った方が勝ち」

 最後はシンプルに決めようかと思います。

「いいね。小細工なしで、簡単で」

 椅子から腰を上げ、お互いに向かい合います。
 一歩ずつ近づいて、手を伸ばせば届きそう。まるでダンスに誘うような、どこか誘惑的な感覚。命を懸けた殺し合い。殺意を通じてわたくし達は一つとなっていた。かもしれない。

 愛って、何だろう。
 
 最後におかしなことを考えてしまいます。わたくしは、まともな人間ではない。だって、繰り返しの中でこんなにも残酷な振る舞いをしている。リーネアなのかもしれないけれど、今は強く前世の記憶が蘇る。すごく屈折していた。学生時代に虐めに遭い、鬱屈し、孤独でもあった。だから面白いことないかなと考えていた。そして。
 
「そんなに『それ』が好きなら体験させてあげようか?」
 
 あぁ、あれが神様だ。
 
 わたくしはひねくれていて、王道に唾吐くような捻くれた人間でした。普通の恋愛が退屈に感じるような人間。ライトよりダークに惹かれる。後ろ暗くて邪悪な物語に、憧れた。だからこそ生まれた何がしかの欲求。残酷趣味を煮詰めたような、悪趣味な鳥籠。わたくしの好ましい形。
 
 だから、この世界に来たんだ
 あまりに己の好みに沿った絶望的なチョイス。
 
 神の正体は、些末な事。
 それは背景であり設定に過ぎない。
 彼とわたくしの世界だけが、全て。

 二人だけの物語。
 ルーチェ様が妊娠さえしていなければ。

 瞬間的に、これまでのあまたの記憶が蘇ってきます。ステーファノ様との様々な記憶。ここに来て。彼と過ごしたおびただしい過去が広がっていき、苦しみや苦みや痛みや嘆き、もはや誰のものともわからない感情に支配されます。
 目がくらみそうになり、顔に出さないように堪えます。
 そして最も重要なメッセージを思い出します。
 
『君がもういいと思って命を絶てば終わる。誰を殺すも残すのも君次第』
 
 もう、神様。
 最後だからってサービスしなくていいのに。
 せっかくの、心中ムードだったのに、水を差して。彼が生き残ったら、一体どうするでしょうね。この世界の中で。国王から玉座を簒奪し、ルーチェ様や御子達と共に過ごされるのでしょうか。
 
 そんな、容易に思い浮かぶ未来。
 胸が軋むような想像と共に、異なる記憶が噴出します。
 
 それは、泥の中に浮かび上がるような花。
 おぞましい記憶の中に広がる甘い味。
 
 籠の中でダンスを踊る王子と婚約者。
 彼は穏やかに微笑む。
 まるで愛しい者を見るような目。
 
『今さらになって、とても恋だの愛だの、言えませんけど』
 
 今この瞬間だけは、そんな気持ちです。
 リーネアはそう、彼に伝えた。

『そうだね、僕も同じだよ』

 甘く睦み交わす触れ合い。
 彼と彼女の、物語の一幕。
 
 わたくしは、その味を噛みしめます。
 
 泣きたくなるような、遠い別人のような記憶。檻の中で似た者達が紡いだ、束の間の何か。以前のわたくしがきっと好きじゃなかった物語。選ばれなかったルート。
 
 あぁ。そうでした。
 
 脱線した時期も、あったんだ。

 長続きは、しなかったけれど。
 今となっては、お互いに遠い記憶。
 触れぬが花、ですわね。
 
 ステーファノ様は、微笑みます。
 まるで目の前の相手を愛おしむように。
 笑顔が何よりも素敵な、あなた。
 
 まるで夜空に煌めく星々のような。
 
 いつからでしょう。わたくしの狂気に抗い、生き残るために食らいついてきた優男が妙に面白いと感じるようになったのは。推し、あるいは愛好者《ファン》かな。こんなにも、失格なのに。それでも、あなたを。
 
 溢れ出るよくわからない感情。

 今まで遊んでくれて、ありがとう。
 あるいは、ごめんなさい。
 以前のわたくしは嘘を吐きました。
 終わりは一人で逝けるのです。
 でもそれが寂しくて、あなたを巻き込んだ。
 
 彼の目をまっすぐ見つめて言いました。

「王太子殿下。わたくし、あなたのことが好きですわ」

 彼の動きが止まり、わずかに動作が遅れます。その隙を見逃すことは許されません。永遠はこの瞬間に、終わるのです。
 
 わたくしは刃で己の首筋を横に切り裂きます。赤い血が噴き出し、無残に倒れ伏せる、はずでした。殿下が、凄まじい俊敏な動きでわたくしの腕を掴みます。恐るべき力でこちらの腕ごとナイフを掴み、そして彼は微笑みを浮かべました。

「ずるいよ。一人で逝くのは反則、でしょ?」

 彼はわたくしのナイフで、自身の首を切り裂きます。彼の手のぬくもり。焼き付くような、肉を裂く手応え。ステーファノ様は、床に崩れ落ちます。
 
 床に血が広がってゆく。わたくしは呆然とします。殿下は整った顔と、唇をゆがめます。今際の際の苦痛と不快感めいたもの、そして。
 
 どこか甘やかな愉悦が浮かぶ。
 何度となく見た彼の微笑み。
 
 愛、し、て、る。
 僕の、リーネ。
 
 唇の動きだけでそれを伝えてきます。
 あぁ、なんて。なんて、なんて、なんて。
 
 素晴らしいの。
 
 世界で一番、今のあなたが愛おしい。
 頭の先から足の指先まで突き抜ける衝撃。
 ここが「わたし」とあなたの最高の終着点。

「愛しています。ステーファノ様。だから、もうおやすみ」

 彼の手を取り、刃物を握らせます。
 共に手を重ねた、その感触。
 感情に振り乱されないうちに力を込めた。
 そして、わたくし自身の首をかっ切りました。
 
 猛烈な痛みと熱さと冷たさ。
 溢れんばかりの血が彼に降り注ぎます。
 
 これで、きっともう二度と巻き戻らない。
 この上ないほどの確信。
 共に通じ合い、共に分かり合ったわたくし達。
 
 一緒に、終わりを迎えよう。
 抱きつくように、彼に折り重なります。
 
 薄れゆく意識。
 遠くで鐘の音が鳴り響く。
 幻聴、でしょうか。
 
 幼き頃に聞いた誰かの言葉が浮かびます。
 これは前世の記憶でしょうか。

『お話のカギになるのがカンパネルラ。幸せの鐘は一人では鳴らせない』

 あなたと一緒じゃなくては、ね。
 
 前世で乙女ゲーが好きだった友達が居ました。彼女から聞いた、物語の筋立て。詳しく知らないはずです。だって大枠しか聞かなかった。その後、友達とは揉めて疎遠になった。仲良くしてくれたのに、仲良く出来なかった。寂しい思い出。

 わたしは、わたしが好きじゃなかった。

 性格もひねていたし、いじめられてたし。異世界に来たら来たで最悪だった。傲慢で醜悪で狂気的で救いようのなくて、あまり終わった人間性。

 加虐趣味の、人殺し。

 推しだって全然居ない。殺戮趣味の変な奴。恋や愛も正しく知らない。不器用極まりなくて、上っ面だけの知識で、まともに恋愛ゲームをプレイしたこともない人間で。

 たまたま、神様に声を掛けられただけの、女。
 
 主役《ヒロイン》気取りのただの悪役《ヴィラン》。
 遊び相手は、あなたに決めた。

 彼を、地獄に巻き込んだ。あまりにおぞましい、己の罪業。それでもわたくしは。わたしは、あなたと逝きたい。共に終わるわがままを、許していただいても良いでしょうか。かろうじて、遠のきかける意識で彼の手を握ります。弱々しく絡む指先の、温もり。
 
 出会えて良かった。囚われて幸せだった。知ることのできた、甘い甘い恋の味。未練と苦痛と悲しみと、愛しさが溢れる。
 
 これが彼と共に鳴らす、幸せのカンパネルラ。

 ステファーノ様。
 きっともう出会うことがない。
 わたしの、史上最高の王子様。
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