1 / 4
1話 ある公爵が初夜前に告げた言葉
しおりを挟む
オルガニウスという公爵が居た。
彼は人を愛せぬ男だった。
偏屈な性格で、人に対して心が狭い。
彼は愛に『尊い愛』と『卑しき愛』があると考えていた。
政略結婚で妻となった女に初夜を前にしてあることを告げる。
「俺がお前を愛することはない。それを最初に弁えておけ」
妻はキョトンとした表情をする。
よくわからないというように首をかしげた。
「はい? 良く聞こえませんでしたわ旦那様」
オルガニウスは眉根をしかめた。
少し頭が残念な女なのか。
聞けば一度離縁されているという話だ。
夫の有責らしいが、妻にも何かしらの問題があったのかもしれない。
「俺はお前のような頭の軽い女が嫌いだ。常に薄っぺらい微笑ばかりを浮かべていて、自分は愛されて当然であると考えるような者は好かない。なるほど容姿や肉体については誰もが誉めそやすほどに美しい、それは認めよう。しかし、そうした女であればあるほどに見ていると苛立ちを覚える」
彼は幼い頃から己の身分や容姿にすり寄って来る女性たちばかり見てきた。
実の母は政略結婚で夫と結ばれた。そのためか、子に対して厚い愛情を注ぐような女性ではなかった。やがて不倫し、離縁されてしまう。
それゆえオルガニウスは女性不信だった。
にもかかわらず、美しい女性ばかりが彼の周りを取り巻いた。
彼自身も容姿端麗で身分も高く財力もある。
多少のわがままや理不尽もいくらでも押し通せた。
そうした状況があまりに傲慢で偏屈な男を作り出したのだ。
彼は愛を信じぬ割に「尊い愛」という過度な理想を拗らせていた。
例えばあらゆるものを捨てて、己の命を投げ出すような愛を彼は尊ぶべきだと考えている。いかなる労苦を惜しまず、どのような犠牲を払ってでも成し遂げる愛こそが真の愛などと唱える。それゆえ、恋人に対して彼は理不尽な要求を強いる。
苦労してそれらの行いを達成しても「俺の財産を得るためにそこまでするのか」とケチをつける。結局理由を付けて文句を言いたい男なのだ。それゆえ誰も彼も『卑しい愛を囁く馬鹿な女』と見下し、にもかかわらず献身的な奉仕を求める。
確かに彼の財産を狙った女性も少なくはなかった。しかし、彼に対して真摯な態度で接した者も皆無ではないだろう。
そうした女性たちを我慢の限界まで無理をさせ、別れを告げられることの繰り返しだ。オルガニウスが反省なぞするはずもない。その都度「あぁ、結局あの女も卑しき愛の持ち主だった」と毒づくだけだ。
悪いのは相手であるという態度を変えない。
困った状況があれば金を積ませて解決する。
さて今回の女は結婚までしてやったが、果たしてどこまで保つか。
オルガニウスは試し行為をする気満々であった。
屋敷に着いて早々の冷たい言葉を、妻となった女はさらりと流す。
「それより旦那様のお好きなお花はなんですか? お屋敷に飾りたいと思いまして」
妻が自分の話を無視したことに彼は少々腹を立てた。明日の食事の支度を申し付けるなり、初夜の義務も果たさず自室に籠ってしまう。
彼女はアイシア。子爵家の令嬢であった。
流れるような美しい金髪に宝石のような蒼い瞳。
小柄であるが凛とした佇まいと豊かな稜線を描く胸元。
男女問わず見惚れるような美しさを備えた整った容姿を備えていた。
それでいて下品ではなく清楚可憐。
彼は妻の見た目をそれなりに気に入っていた。
かと言って甘い顔をしたりはしない。
公爵家にも当然専属の料理人はいるが、彼は妻の手料理を求めた。
しかも毎食である。
アイシアはそれを「喜んで! 料理には自信があります」と元気良く答えた。
早朝から起きて料理の準備をするように命じる。
注意としては、メイドや料理人の手を借りてはいけない。己の手だけで調理から給仕までするようにと付け加える。
貴族の女性にそれを求めるのだ。
もはや何の苦行であろうか。
妻と向かい合い、朝食を貪る。
季節の野菜や焼き立てのパン。
深い味わいの広がる香草焼き。
舌の肥えたオルガニウスにして文句を言わせない内容である。
しばし無言になり、ひたすら皿を空にしていく。
アイシアは食べるのに夢中な彼の邪魔をすることもなく、静かに食事をする。
一切無駄や雑音のない穏やかな朝食。
まさに自身の理想を絵に描いたような時間。
彼は少し居心地を悪くする。
言いがかりをつける気満々であったため、さすがに気後れをした。
黙って食事を続けると、異変が起こる。
「んっ!?」
じゃりっとした気味の悪い砂のような尖った感触。
口の中に痺れるような痛みが走る。広がる鉄臭い味。
思わず手のひらに吐き出すと、硝子の破片らしきものが出てきた。
「な、なんだ」
あまりの衝撃に震えるオルガニウス。
食事に異物が混入するなど、初めての経験だった。
そのため、何が起こったか一瞬わからず、混乱して硝子片を床に落としてしまった。
「おい、今料理の中に……」
「はい? どうかされましたか?」
ふんわりと嫋やかに微笑む彼女。
彼は思わず意識を取られる。
口に改めて触れてみるが、特に痛みはなかった。
ふと床を見ると、硝子の破片はどこにも見当たらない。
疲れているのだろうか。自分の勘違いかもしれないと流した。
彼にしては大人しいが、要はアイシアの作りだす穏やかな空気に呑まれたのだ。
彼は人を愛せぬ男だった。
偏屈な性格で、人に対して心が狭い。
彼は愛に『尊い愛』と『卑しき愛』があると考えていた。
政略結婚で妻となった女に初夜を前にしてあることを告げる。
「俺がお前を愛することはない。それを最初に弁えておけ」
妻はキョトンとした表情をする。
よくわからないというように首をかしげた。
「はい? 良く聞こえませんでしたわ旦那様」
オルガニウスは眉根をしかめた。
少し頭が残念な女なのか。
聞けば一度離縁されているという話だ。
夫の有責らしいが、妻にも何かしらの問題があったのかもしれない。
「俺はお前のような頭の軽い女が嫌いだ。常に薄っぺらい微笑ばかりを浮かべていて、自分は愛されて当然であると考えるような者は好かない。なるほど容姿や肉体については誰もが誉めそやすほどに美しい、それは認めよう。しかし、そうした女であればあるほどに見ていると苛立ちを覚える」
彼は幼い頃から己の身分や容姿にすり寄って来る女性たちばかり見てきた。
実の母は政略結婚で夫と結ばれた。そのためか、子に対して厚い愛情を注ぐような女性ではなかった。やがて不倫し、離縁されてしまう。
それゆえオルガニウスは女性不信だった。
にもかかわらず、美しい女性ばかりが彼の周りを取り巻いた。
彼自身も容姿端麗で身分も高く財力もある。
多少のわがままや理不尽もいくらでも押し通せた。
そうした状況があまりに傲慢で偏屈な男を作り出したのだ。
彼は愛を信じぬ割に「尊い愛」という過度な理想を拗らせていた。
例えばあらゆるものを捨てて、己の命を投げ出すような愛を彼は尊ぶべきだと考えている。いかなる労苦を惜しまず、どのような犠牲を払ってでも成し遂げる愛こそが真の愛などと唱える。それゆえ、恋人に対して彼は理不尽な要求を強いる。
苦労してそれらの行いを達成しても「俺の財産を得るためにそこまでするのか」とケチをつける。結局理由を付けて文句を言いたい男なのだ。それゆえ誰も彼も『卑しい愛を囁く馬鹿な女』と見下し、にもかかわらず献身的な奉仕を求める。
確かに彼の財産を狙った女性も少なくはなかった。しかし、彼に対して真摯な態度で接した者も皆無ではないだろう。
そうした女性たちを我慢の限界まで無理をさせ、別れを告げられることの繰り返しだ。オルガニウスが反省なぞするはずもない。その都度「あぁ、結局あの女も卑しき愛の持ち主だった」と毒づくだけだ。
悪いのは相手であるという態度を変えない。
困った状況があれば金を積ませて解決する。
さて今回の女は結婚までしてやったが、果たしてどこまで保つか。
オルガニウスは試し行為をする気満々であった。
屋敷に着いて早々の冷たい言葉を、妻となった女はさらりと流す。
「それより旦那様のお好きなお花はなんですか? お屋敷に飾りたいと思いまして」
妻が自分の話を無視したことに彼は少々腹を立てた。明日の食事の支度を申し付けるなり、初夜の義務も果たさず自室に籠ってしまう。
彼女はアイシア。子爵家の令嬢であった。
流れるような美しい金髪に宝石のような蒼い瞳。
小柄であるが凛とした佇まいと豊かな稜線を描く胸元。
男女問わず見惚れるような美しさを備えた整った容姿を備えていた。
それでいて下品ではなく清楚可憐。
彼は妻の見た目をそれなりに気に入っていた。
かと言って甘い顔をしたりはしない。
公爵家にも当然専属の料理人はいるが、彼は妻の手料理を求めた。
しかも毎食である。
アイシアはそれを「喜んで! 料理には自信があります」と元気良く答えた。
早朝から起きて料理の準備をするように命じる。
注意としては、メイドや料理人の手を借りてはいけない。己の手だけで調理から給仕までするようにと付け加える。
貴族の女性にそれを求めるのだ。
もはや何の苦行であろうか。
妻と向かい合い、朝食を貪る。
季節の野菜や焼き立てのパン。
深い味わいの広がる香草焼き。
舌の肥えたオルガニウスにして文句を言わせない内容である。
しばし無言になり、ひたすら皿を空にしていく。
アイシアは食べるのに夢中な彼の邪魔をすることもなく、静かに食事をする。
一切無駄や雑音のない穏やかな朝食。
まさに自身の理想を絵に描いたような時間。
彼は少し居心地を悪くする。
言いがかりをつける気満々であったため、さすがに気後れをした。
黙って食事を続けると、異変が起こる。
「んっ!?」
じゃりっとした気味の悪い砂のような尖った感触。
口の中に痺れるような痛みが走る。広がる鉄臭い味。
思わず手のひらに吐き出すと、硝子の破片らしきものが出てきた。
「な、なんだ」
あまりの衝撃に震えるオルガニウス。
食事に異物が混入するなど、初めての経験だった。
そのため、何が起こったか一瞬わからず、混乱して硝子片を床に落としてしまった。
「おい、今料理の中に……」
「はい? どうかされましたか?」
ふんわりと嫋やかに微笑む彼女。
彼は思わず意識を取られる。
口に改めて触れてみるが、特に痛みはなかった。
ふと床を見ると、硝子の破片はどこにも見当たらない。
疲れているのだろうか。自分の勘違いかもしれないと流した。
彼にしては大人しいが、要はアイシアの作りだす穏やかな空気に呑まれたのだ。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】ふしだらな母親の娘は、私なのでしょうか?
イチモンジ・ルル
恋愛
奪われ続けた少女に届いた未知の熱が、すべてを変える――
「ふしだら」と汚名を着せられた母。
その罪を背負わされ、虐げられてきた少女ノンナ。幼い頃から政略結婚に縛られ、美貌も才能も奪われ、父の愛すら失った彼女。だが、ある日奪われた魔法の力を取り戻し、信じられる仲間と共に立ち上がる。
歪められた世界で、隠された真実を暴き、奪われた人生を新たな未来に変えていく。
――これは、過去の呪縛に立ち向かい、愛と希望を掴み、自らの手で未来を切り開く少女の戦いと成長の物語――
旧タイトル ふしだらと言われた母親の娘は、実は私ではありません
他サイトにも投稿。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
婚約破棄された令嬢のささやかな幸福
香木陽灯(旧:香木あかり)
恋愛
田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。
しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。
「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」
婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。
婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。
ならば一人で生きていくだけ。
アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。
「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」
初めての一人暮らしを満喫するアリシア。
趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。
「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」
何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。
しかし丁重にお断りした翌日、
「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」
妹までもがやってくる始末。
しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。
「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」
家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
王子様、あなたの不貞を私は知っております
岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。
「私は知っております。王子様の不貞を……」
場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で?
本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる