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あなたにつなぐ全ての人と人~綺麗ごとだけでは済まされない~
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「また牢獄。もう、許して。許してください、女神様」
使用人のメアリだった。
よりにもよって最も立場の弱い子だ。
何らかの役割意識もなく正義感もない可能性が高い。
やり直しをする時間は恐らくない。
「あ、ああ」
頭を抱える。もう無理だ。
この子には何かやらせるのは、おおよそ困難。
やり直そうにも、どうしたらいいのか。
頭が回らない。気力が底を突きかけている。
アンナ。もう君に会えないのか。
「おい。シュテファン。おい、出てこい! 客人だ!」
上司に当たる男に呼び出しを受け、ふらふらと出ていこうとする。
あぁ、でもその前に。
「ごめんね。巻き込んで。そういえば、料理人の男性が君のことを好きらしいよ。彼と出来れば幸せに」
「え?」
最後にメアリを返してやった。
牢屋の中に入っていると思われる相手を確認せず、出て行った。
気の毒だが、もうこれ以上の時間はない。
処刑される前にどうにか逃がしてやりたいが、結局は誰かにそれを押し付けることになる。どうしていいのかわからない。僕は女神様ではない。誰かを裁定する権利などはない。
無力感に苛まれて、ただ目の前の流れに身を委ねるより他はない。
だけど。
アンナの言葉が思い出される。
彼女は、これまで多くのものを与えられては、理不尽に奪われてきた。自分で何かを得る努力をもっとすべきだったと言った彼女。女神様の慈悲に泣いて縋るだけじゃいけない。そんな愚かな者にはきっと誰も微笑み返してなどくれない。
僕は気持ちを奮い立たせる。
そうだ。諦めてやるものか。
愚かになるな。希望を捨てるな。
最後の最後まで。死ぬまで足掻き続ける。
彼女を諦めた瞬間に、僕も死ぬのだ。
世界は闇に閉ざされ、二度と光など降り注がない。
だから、だから、だから。
そんなことを考えていると、客人に引き合わされる。
「私は侯爵令嬢オリヴィアです。一体何が起こったのでしょう」
「あ、ああああ」
これまで絶対に牢に送られて来なかった重要人物が現れた。
囚人たちの噂レベルの話を総合すれば、彼女は人格者の可能性が高い。アンナに対しても特段の憎しみなどは抱いていないらしい。ここに食らいつくしかない。もう二度とチャンスはないかもしれない。
恭しく跪き、その尊いお姿に敬意を表した。
発言の許しを請うてから、口を開く。
「初めましてオリヴィア様。私はここで牢番をしているシュテファンと申します。どうか、私の話を聞いてはいただけないでしょうか」
果たしてこれで正しい礼儀となっているのかはわからない。
それでも、必死にただ己の知ることを口にし続けるしかなかった。
「なるほど。確かにアンナ様は何者かに襲われて亡くなっています。牢番であるあなたが知りえるはずもない話ですね。人伝えではありますが、様々な者からの証言もあります」
レイラ達も動いてくれていたようだ。
あぁ、彼女達のおかげだ。
自分一人の力ではない。
数々の運命と策略に振り回された者達の正義と忍耐に感謝を捧げる。
それに対する償いは出来ない。
せめて、自分に差し出せるものをすべて差し出すだけだ。
「あなたのお力を貸してください。そのためなら僕は全てを貴方に捧げます。この祝福をあなたのために。だから、アンナを」
「わかりました。最善を尽くしましょう。罪なき者を犠牲にするなど許されません。私が許しません。賢き者には栄誉を、愚かな者には裁きの鉄槌を下すべきでしょう」
威風堂々としたその姿は女神のようだった。
レイラと同様に、深く澄んだ真実の青をまとう。
この上なく美しく、そして恐ろしい。
今気づいたが、彼らは恐らく「伝説の英雄」だ。
祖先よりも継がれし、建国王のまとった色の伝説。
それはとても深く美しい真実の青だったと言う。
歴史に名を残す存在、それに相応する者。
そのような直観めいたものを感じる。
彼女を過去に送り出す前に、地下の牢屋に誰が入っているかを確かめに行く。
ここまで事態が動いた以上は、誰かしら知っている者な予感がした。
予想は的中し、二人の面識ある人物が居た。
「ここまで話を進めた責任もありますので。あとできればもう一度過去に飛んでみたい」
一人はレイラだ。
彼女の性格を考えれば当然だったかもしれない。
「メアリに泣きつかれまして。多分どうにかなるだろうなと思って牢に」
頬を掻くのは料理人のヨハンソンと名乗る男性だ。
名前は言われても思い出せないが顔はわかった。
それもまた、愛ゆえにだろうか。
メアリを返した直後にオリヴィア様が訪れた。
彼女にはヨハンソンについて伝えただけだ。
オリヴィア様に取り次いでくれたのはやはり、宰相の息子だった。
残念ながらその夜に即座に行動には移せなかったらしいが、賢明な人物であるらしく、レイラやほかの人間たちから証言を聞き、総合的な判断をした上でオリヴィア様に伝えてくれたらしい。
過去に飛ばした者たちの記憶は最新のそれが継続している。
大きな流れはもはや変わらないということだろう。
彼に取り次いでくれた、アナスタシア嬢。
宰相に求婚されていると言っていた彼女。
ここでもまた愛が何かを繋いでいる。
絶望的な状況を支えたのが人の情や繋がりであることに、僕は感じるところがあった。
世界はそこまでまだ捨てたものではないのかもしれない。
最もその裏で誰かを牢に放り込んでいた自分は何だと言う話ではあるが。
世の中は綺麗ごとだけでは済まされない。
オリヴィア様を過去に送ると同時にレイラとヨハンソンも消えた。
これまでの囚人たちが大きな成果も出せないのは恐らく、末端であるからだ。物事の中心人物で訪れたのはアンナとオリヴィア様のみ。
力のある人間が何らかの行動を行えば大きく展開は変わるはずだ。
もう祈るよりほかはない。
あぁ、アンナ。もう二度と会えなくてもいい。だから救われてくれ。
牢屋へ戻ると、そこには。
使用人のメアリだった。
よりにもよって最も立場の弱い子だ。
何らかの役割意識もなく正義感もない可能性が高い。
やり直しをする時間は恐らくない。
「あ、ああ」
頭を抱える。もう無理だ。
この子には何かやらせるのは、おおよそ困難。
やり直そうにも、どうしたらいいのか。
頭が回らない。気力が底を突きかけている。
アンナ。もう君に会えないのか。
「おい。シュテファン。おい、出てこい! 客人だ!」
上司に当たる男に呼び出しを受け、ふらふらと出ていこうとする。
あぁ、でもその前に。
「ごめんね。巻き込んで。そういえば、料理人の男性が君のことを好きらしいよ。彼と出来れば幸せに」
「え?」
最後にメアリを返してやった。
牢屋の中に入っていると思われる相手を確認せず、出て行った。
気の毒だが、もうこれ以上の時間はない。
処刑される前にどうにか逃がしてやりたいが、結局は誰かにそれを押し付けることになる。どうしていいのかわからない。僕は女神様ではない。誰かを裁定する権利などはない。
無力感に苛まれて、ただ目の前の流れに身を委ねるより他はない。
だけど。
アンナの言葉が思い出される。
彼女は、これまで多くのものを与えられては、理不尽に奪われてきた。自分で何かを得る努力をもっとすべきだったと言った彼女。女神様の慈悲に泣いて縋るだけじゃいけない。そんな愚かな者にはきっと誰も微笑み返してなどくれない。
僕は気持ちを奮い立たせる。
そうだ。諦めてやるものか。
愚かになるな。希望を捨てるな。
最後の最後まで。死ぬまで足掻き続ける。
彼女を諦めた瞬間に、僕も死ぬのだ。
世界は闇に閉ざされ、二度と光など降り注がない。
だから、だから、だから。
そんなことを考えていると、客人に引き合わされる。
「私は侯爵令嬢オリヴィアです。一体何が起こったのでしょう」
「あ、ああああ」
これまで絶対に牢に送られて来なかった重要人物が現れた。
囚人たちの噂レベルの話を総合すれば、彼女は人格者の可能性が高い。アンナに対しても特段の憎しみなどは抱いていないらしい。ここに食らいつくしかない。もう二度とチャンスはないかもしれない。
恭しく跪き、その尊いお姿に敬意を表した。
発言の許しを請うてから、口を開く。
「初めましてオリヴィア様。私はここで牢番をしているシュテファンと申します。どうか、私の話を聞いてはいただけないでしょうか」
果たしてこれで正しい礼儀となっているのかはわからない。
それでも、必死にただ己の知ることを口にし続けるしかなかった。
「なるほど。確かにアンナ様は何者かに襲われて亡くなっています。牢番であるあなたが知りえるはずもない話ですね。人伝えではありますが、様々な者からの証言もあります」
レイラ達も動いてくれていたようだ。
あぁ、彼女達のおかげだ。
自分一人の力ではない。
数々の運命と策略に振り回された者達の正義と忍耐に感謝を捧げる。
それに対する償いは出来ない。
せめて、自分に差し出せるものをすべて差し出すだけだ。
「あなたのお力を貸してください。そのためなら僕は全てを貴方に捧げます。この祝福をあなたのために。だから、アンナを」
「わかりました。最善を尽くしましょう。罪なき者を犠牲にするなど許されません。私が許しません。賢き者には栄誉を、愚かな者には裁きの鉄槌を下すべきでしょう」
威風堂々としたその姿は女神のようだった。
レイラと同様に、深く澄んだ真実の青をまとう。
この上なく美しく、そして恐ろしい。
今気づいたが、彼らは恐らく「伝説の英雄」だ。
祖先よりも継がれし、建国王のまとった色の伝説。
それはとても深く美しい真実の青だったと言う。
歴史に名を残す存在、それに相応する者。
そのような直観めいたものを感じる。
彼女を過去に送り出す前に、地下の牢屋に誰が入っているかを確かめに行く。
ここまで事態が動いた以上は、誰かしら知っている者な予感がした。
予想は的中し、二人の面識ある人物が居た。
「ここまで話を進めた責任もありますので。あとできればもう一度過去に飛んでみたい」
一人はレイラだ。
彼女の性格を考えれば当然だったかもしれない。
「メアリに泣きつかれまして。多分どうにかなるだろうなと思って牢に」
頬を掻くのは料理人のヨハンソンと名乗る男性だ。
名前は言われても思い出せないが顔はわかった。
それもまた、愛ゆえにだろうか。
メアリを返した直後にオリヴィア様が訪れた。
彼女にはヨハンソンについて伝えただけだ。
オリヴィア様に取り次いでくれたのはやはり、宰相の息子だった。
残念ながらその夜に即座に行動には移せなかったらしいが、賢明な人物であるらしく、レイラやほかの人間たちから証言を聞き、総合的な判断をした上でオリヴィア様に伝えてくれたらしい。
過去に飛ばした者たちの記憶は最新のそれが継続している。
大きな流れはもはや変わらないということだろう。
彼に取り次いでくれた、アナスタシア嬢。
宰相に求婚されていると言っていた彼女。
ここでもまた愛が何かを繋いでいる。
絶望的な状況を支えたのが人の情や繋がりであることに、僕は感じるところがあった。
世界はそこまでまだ捨てたものではないのかもしれない。
最もその裏で誰かを牢に放り込んでいた自分は何だと言う話ではあるが。
世の中は綺麗ごとだけでは済まされない。
オリヴィア様を過去に送ると同時にレイラとヨハンソンも消えた。
これまでの囚人たちが大きな成果も出せないのは恐らく、末端であるからだ。物事の中心人物で訪れたのはアンナとオリヴィア様のみ。
力のある人間が何らかの行動を行えば大きく展開は変わるはずだ。
もう祈るよりほかはない。
あぁ、アンナ。もう二度と会えなくてもいい。だから救われてくれ。
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