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勝利の女神~囚人ガチャ攻略開始~

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「それでどうだった?」

「身分の高い相手との面会は難しいです。アンナ様の死の一件で警戒も強いらしく、仮に面会が通ったとしても、恐らくこの時点を過ぎる」

「じゃあ、やはり過去で何とかするしかない」

「続いて、ミザリーと言う男爵令嬢に接触しました。彼女の協力で、かろうじて侯爵令嬢まで辿り着けそうな交遊関係と、人脈のつながりらしきものを把握してきましたよ。メモか何か持ってません? 尋問の際に持ち物は取り上げられたのでこちらは無所持」

「遺言を書かせるための紙と、木炭がある。牢屋で良かった。でも僕は字が読めない」

 これはアンナの残した木炭だ。
 時間が巻き戻っても何故か手元に残されている。
 祝福によって生み出された画家だかのタンポポは消えた。
 一方でこれだけは残されている。

 あるいは、時間の流れの変化に抗う力があるのかもしれない。
 これで試してみるのが良いだろう。

「貸してください。メモが残るかもわかりませんし、可能な限り記憶して。とにかく順番に呼び出すんです。私がその都度この場に留まれれば早いですが、片割れがメアリ以外では予想の出来ない事態が起こる可能性があります」

「うえええええええええん。私はもうお役御免にしてくださいいいい」

 確かにレイラの顔をその度にもう一人の相手に知られることになれば、あちらの方での動きにも支障が出て来るかもしれない。万が一過去でレイラが死んだり、その動きが抑えられればこちらは一気に瓦解しかねない。

「わかった。一人でやってみる」

「私は可能な限り向こうで調整をします。ここまで事態が複雑化している以上、誰かが事情を知る者たちに細かい指示を出す必要もあるでしょう」

「確かにそうだ。それは君以外には難しいだろう」

「問題はまだあります。仮にアンナ様を助けたとしても、その後の状況が読めなければ最悪あなたを含む関係者全員が殺される可能性もあります。理想は過去で決着をつけ、ここが無人になることだと思います。他の者への口裏合わせなども必要ですね」

「これだけ派手に呼び出しまくってるとな。悪人かどうかは祝福で最低限審査はしたつもりだけど」

「また、私は学園の生徒ではありません。商家のグレースと同じく、父の繋がりでたまたま訪れた学園のパーティに参加しただけなんです。男爵家のミザリーたちもそうですが、混乱している学園内で高い身分の相手と接触するのは困難を極めます。だからこそ取り次ぐことが出来る相手をここに呼び出すしかない」

「わかった。でも正直ここに来て一気に状況が動いて少し不安になる」

「まさに時間と運命との戦いですからね、よく普通の人が耐えられたものですよ」

 自分は普通、と言って良いのだろうか。
 全く状況が理解できないほどではないが、そこまで賢くは多分ない。

「何をやっているのか正直わからなくなってきた部分もある」

「まぁ、そんなものですよ。あるいはそこで冷静になれるあなただからこそ大きな力を与えられたと言えるかもしれません。持ち主によっては本当に怖い力ですよ、それ」

「女神様はこんな力を僕に与えて、何を考えておられるのだろう、天に座す方がこのような運命を紡がれているとしたら、僕は、何を信じればいいだろう」

「なら私を信じてもいいですよ」

「えっ?」

「こう見えてもそれなりに人間の中では賢き者です。そして、私は自分なりの正義を持っています。弱い立場の女に罪を着せて殺すクソ男なんて許せません。それだけで十分ですよ。よくも私を牢になど入れやがって。まぁ自分で入ったんですけどね」
 
 なかなかユーモアもある女性のようだ。
 祝福で見える色はどこまでも真実を指し示す青。
 特に惚れはしないが、好ましい。

「いいね。助かるよ。君とアンナに女神のご加護を」

「はやく戻してぇえええええええ」

 そう言えばこの子も居たっけ。
 彼女のご加護も願っておいた。

 次に現れたのは別の女性だ。今度は貴族らしい。
 レイラは居ない。別の行動を取っているのだろう。
 信じていいかは定かではないが、もはや信じるしかない。
 女神ではなく、無我夢中の果てに引いた賢き者を。

「あの、前にお会いした方ですよね。どうしてまた牢屋に入れられているのかわからないのですが」

「その様子だと一度ここに来た奴だな。顔も見覚えある。マリアベル?」

 覚えているのはレイラに教えられた名前だ。
 最初に呼ぶ相手なのでさすがに覚えていた。

 記憶を探ると、メアリを庇って代わりに捕まる子か。
 最初の一人目が彼女と言うのも奇妙な運命を感じた。

「はい。そうですが、どうしてまた」

 確認すると、手にしている紙の文字は消えていなかった。アンナ、ひょっとすると君の力は何か特別かもしれない。また会えたら教えてあげなくちゃと思った。

「このメモにある相手、知ってる?」

「え、ええと知人ですね。姉の嫁ぎ先の方で、良くしてもらっています」

「今から過去に戻すから、そいつを密告して犯人にでっち上げてくれ」

「なんで!?」

「あぁ、違った。牢に入るよう誘導して欲しいんだった」

「同じことでしょ!?」

 説得するのに骨が折れた。

「今起こってるのは国家転覆を狙う王太子の策略だ。このまま行くと国が滅亡する。そうならないように今大きな出来事を動かしている。僕が信用できないなら学者の娘のレイラやグレースという商人の娘に確認しろ! 彼女たちなら詳しい説明をしてくれるはずだ!」

 でっち上げであるが、それくらい強く言わないと相手を動かすことはもはや困難だろう。
 細かいフォローはもはやレイラたちに任せるしかない。

 一度に当たりを引くのが目的ではない。これは取り次ぎであり、ゴールとなる相手をこの牢屋に呼び出すのが目的だ。向こうでレイラが全てを解決してくれれば良いのだが、彼女自身の身分は低い。そこまでの力はないだろう。

 だからこそ、囚人に「自らの意思」でレイラたちと接触させなくてはいけない。
 そして標的が牢屋に入るように、何らかの誘導を行う。
 一番は他の候補を排除した上での事情聴取。
 だが、それも毎回果たして上手く行くかは定かではない。

 例えばレイラが密告をするにしても、身分を高い相手を一方的に陥れることは難しいだろう。その近しい人間の協力があるからこそ、何らかの相手に不利な証言や行動が可能となりえる。

 自分から牢屋に入ってくれる奇特な人間などそうは居ない。
 知り合いを陥れることも同様と言える。
 加えて、優先順位の高い生贄候補のメアリのような存在は上手く逃げてもらう必要がある。

 何もかもが綱渡り。質の悪い相手を引いた時点で終わり。
 これは賭けだ。勢いに任せた、針の穴に糸を通すようなか細い希望でしかない。

 一度だけ会ったグレースやミザリーについてもどこまで信じていいか。
 善良であり嘘をつかない者としても、その賢さだけは保証できない。
 土壇場で裏切ることだって当然あり得る。
 考えれば袋小路だ。もはや思考停止こそが必要と言えた。

 過去に幾人も送り込んで、未来を変える。
 なんと言う複雑怪奇なことをしているのだろう。
 それがもたらす結果は、もはや予想不能だ。
 この牢屋の外で何が起こっているのだろう。
 あまりに曖昧で、いっそ孤独な僕の夢なのではないかとすら思える。
 
 だけど、いまだアンナの祝福の木炭が残されている。
 過去に送り込んだ時点で、ここにこれがあるのはおかしい。
 この木炭だけが彼女の実在を信じさせてくれる。
 
 けれどこれも、ただの木炭を妄想で固めて手にしているだけだったら?

 違う、これは「女神の与えた祝福の欠片」だ。
 そう信じ抜いてやる。

 たとえ石ころだろうが木炭だろうが、女神が与えた力だ。
 ならばなにがしかの力は確かにあるはずだ。

 何らかの大きな力が働きこの状況が生まれている。
 そう考えるしかない。ただ必要なのは猛進する力だ。
 レイラを信じるように、アンナの実在や温もりを信じよう。

 アンナにもう一度会いたい。
 あの触れた手の感触とせつない声に僕は心が焦がされている。

「とにかく頼む! とても大切な人のためなんだ」

 もはや頭を下げて必死に懇願するしかない。

「わ、わかりましたよ、もう」

 マリアベルは渋々聞いてくれた。
 牢屋の中で他に頼れる相手も居ない彼女。
 誰かに代わってもらえるなら代わってもらいたいのも本音だろう。だから折れる。前にも経験がある分「何とかなるだろう」という考えにもなる。

 免罪符や理由さえ与えられれば、人は意外と罪悪感を持ちつつも恐ろしいことであろうとも簡単に実行してしまう。加担する。共犯者となる。

 頼まれたし、自分のせいじゃない、という言い訳ができるわけだ。

 それは例えば無慈悲な死刑宣告を受けた者に対して冷ややかに接するように。一定のルールに縛られた中での「正しさ」は存外と強いものだ。

 そこからメモにある相手を順番に陥れていく。

 幸いにもあちらの方でレイラが上手くやってくれているらしく、ここまで一切の滞りなく物事は進んでいる。しかし身分の低い相手がとにかく多い。
 友人知人、仕事の付き合い、親のつながりや親戚、と言ったか細い糸を繋ぐような作業だった。

 彼らにとって深いつながりがあればあるほど、陥れるのはおおよそ困難。上手く行っているのは、恐らくレイラがその点をある程度計算してこの順番リストを作成しているのだろう。家族や親友などなら相当厳しい。だから遠回りをして「まぁこいつならいいか」という相手につなぐ点も恐らく重要なのだと考えられる。

 現実はかくもグロテスクだ。
 残酷でなくても善良でも、誰もが自分のことが一番大事なのだ。
 生きるだけで精一杯。だから、ごめんね。
 それは当たり前で、ごく普通のことだった。
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