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9話 復讐の果てに

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 怒りが逃げてしまわぬよう強く歯を噛みしめます。
 他の人を巻き込まないように周囲の人々を転移させていきました。ですが彼だけは、ルセウス殿下だけはこの王宮の広間で罰さなくては気がすみません。彼は一定の魔力の持ち主なのである程度の耐久力はあるでしょうけれど、念のため『壊れないように』いくつかの魔法をかけていきます。

 わたくしは、心を鎮め、これまで経験した全ての物事を思い起こします。厳しい王妃教育、殿下から受けたありもしない罪の糾弾、わたくしをかばい傷つき倒れるヒューベルト、そして処刑されたお父様とお母様、お兄様、あの長くどこまでも続くような不毛で無味乾燥とした魔界をさ迷い歩き、孤独と悲しみにむせび泣いた歳月。きっかけがどこであったか、何が引き金であったかは、もういいですわ。そんなこと、もはやどうでもいい。わたくしは、ただこの男を、ルセウスだけは許せない。

「くたばりやがれ、ですわ」

 これまでに学んだ百の魔法、地獄で身に付けた千の魔法、そして今もなお生み出され続ける万の魔法を、そのすべてを彼にぶつけていきます。殿下の体が小刻みに震え続け、数々の魔力によって爆ぜ、脆くも崩れ去っていきます。ですが、その程度で許すはずなどはありません。魔力によって瞬時に肉体を再構築し、傷を癒しまた元の憎たらしいお顔に戻して差し上げます。

「や、やめろ、やめてくれ、いやだ、いやだぁぁっ!!」

 とても可愛らしい良い声でお泣きになってくださいます。だけどもはや命乞いや許しを得ようとするのもあまりにあまりに遅すぎました。身の程を知るべきです。わたくしは、魔界に堕ち、地獄の底から現世へと舞い戻った女。

 レベル9999の悪役令嬢。
 
 自らの敵を絶対に許しません。

 思いつく限りの魔法を試し尽くした後、わたくしはひたすらに拳で殿下を殴り続けることにしました。頬を叩き、鼻を砕き、全身を暴力という暴力で染め上げていきます。肉は裂け血がほとばしるたびに魔法で回復を繰り返し、魔力が底をつくまで続けます。気が付くとわたくしは、知らず内に涙を流していました。どうしてこんなことになったのでしょう。一時は彼を愛し、共に長い人生を生きる覚悟をしていた、そんなお相手でしたのに。お父様、お母さま、お兄様、ヒューベルト。わたくしを止めてくれる人は居ません。いつしかわたくしは、自分を制御することが出来なくなっていました。

 もう終わりにしたい、こんなこと、もうしたくない。

 魔界での長い年月降り積もった絶望と憎悪、そして底知れない魔力によってわたくしは思考の自由を失いつつあります。もはや心まで魔界に堕ちてしまったのでしょうか。

「我が主よ、少し良いだろうか」

 その一言が投げかけられ、ようやくわたくしは手を止めます。
 魔王様でした。ルセウス殿下に瓜二つの魔界の君主。ペセウスと言う名前は、そう確か―――。

「あ、兄上……」

 ルセウス殿下がうめくように魔王様を見上げます。
 幼い頃に亡くされた双子のお兄様。国王陛下も魔王様を見て名前を呼ばれていましたわね。魔王様は元は人間だったということでしょうか。

「あー。我もよくは覚えておらぬのだがな、途方もないほどに昔、幼い我が地上で人間として生きてきた時代があった。そこで我は人の王の子として生を受け双子の弟と共に育ち、ある日命を落とした。暗き崖の下へと落とされ、激しい痛みと灼熱のごとき熱を感じたかと思うと意識を失い、気づけば地の底の世界を這いずっていた。長き苦しい日々の果てに、あの城の玉座に就いたのだが、そこのところはもう、途切れ途切れでしかない、ただかつての我を死に至らしめた者の顔は、よく覚えている」

 そう言って、魔王様は殿下の顔を見つめました。憎しみと言うよりも哀れみの深い眼差しを向け、ただ静かに問いかけます。

「ルセウスよ、兄を殺したか」

「うっ、うううっ、うわぁぁぁぁぁ!! 兄上が、兄上が悪いんだ! 私より、ぼくよりも優れた魔法を使えるくせに、周りを謀って、ぼくより劣っているなどと見せかけるからぁぁぁ!! そのことに、このぼくが、ぼくが、どれほどの屈辱を感じたか……!」

 殿下は昔からそういう方でしたのね。他者と自分を比較し、常に劣等感に苛まれて相手を排除せずにはいられない。あるいは実の兄上を害したことで歯止めを失っていったのかもしれません。

「ぼくが、どれだけ、悔しかったか……兄上や、アンドロメダにはわからない」

 わかりませんわ。わかりたくもないですし。ただ才能の面で劣っていることは決して恥ずべきことではありませんし、プライドを保つなら別の方法を模索するべきでした。国王陛下の教育の問題でしょうか。子どものように泣きじゃくる殿下を見ていて、ようやくわたくしは拳を降ろすことができました。なんだか、ひどく疲れましたわ。

 あまりにうるさく、やかましく泣き続ける殿下に魔王様が頭突きを一発食らわします。ようやく意識を手放して伸びてしまわれたようです。しかし、意外に頑丈な方でしたわね。魔王様とよく似ていらっしゃいます。

「すまんが我が主よ、この愚弟と例の父親については我に処遇をゆだねてもらっても良いだろうか」

 頭を掻きながら、どこかばつが悪そうにしている顔がどこか子どもっぽく見えます。

「えぇ、そうしていただければ、こちらも助かりますわ」

 あの魔界で得た唯一の協力者にして味方。魔王様の存在は長く辛かった日々の終わりとして、わたくしにはもったいないほどにありがたいご褒美でした。彼のおかげでわたくしも、この復讐に落としどころを見つけることが出来たのでした。

 それからしばらくの歳月がたちました。

 大騒ぎの後始末は催眠魔法や忘却魔法を使えばある程度簡単に終わらせることができました。しかし、国王陛下と殿下をブチのめしてしまいましたし、彼らを今後王族として元通りの暮らしに戻して差し上げるわけにはいきません。

  長らく『模擬戦』に放り込んでいた国王陛下はだいぶ憔悴していらっしゃいましたが、牢獄で当分御静養いただくとして、殿下は魔力を封印し北の塔に幽閉。彼らの今後については魔王様のご采配次第というところでしょう。

 空席となった王の座には魔王様が就くことになりました。代理として使っていた臣下の方もいつの間にやら増長される兆しがあったので即刻解雇しました。全く人は権力を手にするとどうしてこんなに悪い方向に転がっていくのでしょうか。

 まぁそれはわたくしにしても同じことですわね。復讐のためとはいえ、あまりに多くの人間の心を弄びすぎてしまいました。ヴィオーラ侯爵家を再興し、新しいお屋敷が出来てからはしばらくの間、病床のヒューベルトの元と自室を行ったり来たりするだけの日々が続きます。

 面倒事は全て魔王様に任せてしまいましたので、本当に彼には頭が上がりません。ついでとばかりに求婚をされましたが、もはやわたくしに王妃としての資格はありません。それに真に愛する方がいますので、と丁重にお断りをさせていただきました。

 少し残念そうでしたが、「主が幸せであるならばよい」と惚れてしまいそうになるほどに良い笑顔で許していただけました。

 ちなみに魔王様は闇の魔法に耐性があるようで、わたくしが以前かけた従属魔法についても既に解けているご様子でした。それでもわたくしに付き合って「我が主」と、同じ調子でやり取りをしてくれています。本当に素敵な方ですわね。
 
 ヒューベルトの現在ですが、肉体的にはどこも異常はないようですが、どうしても意識を取り戻しません。様々なお医者様や研究機関にも協力を頼んで調べていただいたのですが、芳しい成果が出ることはありませんでした。わたくしも自分の持てる魔力をすべて駆使して彼を目覚めさせようとしましたが、ヒューベルトの魂がどうしても深い闇の中に沈んでいるようで全く手が届かないのです。まるで遠い夜空の向こう側にでも居るように。

「お嬢様、どちらへ?」

「ちょっと異世界へ行ってきますわ」
 
 使用人にそう告げて、わたくしは旅立つことにしました。説明としてはあまりにざっくりとしていて不親切極まりないと思いますが、それ以上詳しいことを話しても理解はされないでしょう。可能な限りありとあらゆる手段を検討し、魔王様にも協力をお願いしましたが、ヒューベルトの意識はいまだ戻りません。

 私の持つ闇魔法は人の心を操り魂に触れることは出来ても、その奥の深淵に手を伸ばすことはかないません。どこにあるかわからない魂を呼び戻して元の彼に戻してあげることはできない。様々な手段を講じ来ましたが、結局手がかりとなるものは全くありません。

 可能性があるとすれば、聖女。
 ベガ様の中に居たと思われる謎の存在でした。
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