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第四話 陶酔する執事に愛を囁かれます

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 ダルタニアスは聞いてもいない己の半生について語り始めます。
 
 彼のお父上はかつての王位継承者。
 皮肉にも今夜の婚約破棄と同じような出来事を経て、廃嫡に至ったと。
 地道な農作業に、泥臭い日々の暮らし。

 家族は貧しい生活を余儀なくされ、幼い頃から苦労の連続だったと言います。
 特にお父上から聞いた王族の暮らしに昔から強い憧れを抱いていたとのこと。

 そして幼い頃に出会って以来、ずっと私を慕っていたらしいです。
 だからこそ、アンドリュー様に対してより深い憤りと憎しみを覚えるそうです。

 まるで物語のような彼の素性は、あまりに現実味がありません。
  
 ひょっとするとこれは夢なのでしょうか。
 執事が王族だったり、婚約破棄された直後に四人の男性から求愛を受けるなんて。

 受け入れ難い現実に頭痛がしてきます。

「お嬢様の存在が、日陰者である自分にとってどれほどの大きさであったことか。貴女との出会いは運命であり、全てはこの日のためにあらゆる不幸があったのだと感じています」

 訥々と、言葉を並べ立ててきます。

 どうしましょう。
 大事な話をされている気がしますが、少しも頭に入って来ません。

 とはいえ頭ごなしに拒絶してよい雰囲気ではないですわね。

 懸命に頭を働かせます。

 ダルタニアスの言うことが真実なら、彼は国王陛下の兄の息子?
 つまり、アンドリュー様やステファン様の従兄弟ですわよね。

 王妃様似の二人にはあまり似ていません。
 よくよく見れば確かに国王陛下と鼻筋や髪の色などは似ているかもしれません。

 それがなぜ私の執事などしているのでしょう。

「お嬢様の美しい顔立ち、宝石のような瞳、流れるような輝く銀の髪。そして、そのしなやかな手足。そのすべてを私は何よりも尊く感じていました。その髪の毛一本一本から吐息に至るまで全てが私にとっては、まさに伝説の女神様のような存在です。愛しています、海よりも深く」

 うっとりと陶酔したような目を向けてきます。
 
 申し訳ありませんが、少々想いが強すぎませんか。
 女神様なんてそんな立派な存在ではありませんよ。

 だって私は、今日はとても心が狭いのですから。

「いつも細やかな気配りで何かと世話をしてくれるなたには本当に感謝しています」

「あぁ、身に余る光栄です」


「でも私が今とてもとてもとても疲れているのは見ればわかりますよね?」


「はい?」

 いけない。
 つい、本音が漏れてしまいました。

 咳払いをして、落ち着いて言葉を紡ぎます。

「幼い頃に会ったことは、良く思い出せません。恐らく当時貴方に対して、これといって深く記憶にとどめるような印象はなかったのでしょう。薄情と罵ることも許します。申し訳なかったわね」

「い、いえ。そうではなく、こちらが伝えたいのは」

「幼い頃から今まで大変な人生を送っていたことはよくわかりました。とても気の毒には思います。貴方が歩んできた道のりを思うと、とても心苦しいです。けれど、王家に連なる人間とは少なくとも今夜は深く関わりを持ちたいとは思いません。ごめんなさい。私に貴方の気持ちを受け入れる余裕がありませんわ」

「わ、私は、私は貴方のために生きてきました。これから先もずっと貴方に仕えて、他でもない貴方と共に生きたいと強く願っています」

「ありがとう。その気持ちは嬉しく思います。今このときでなければもう少し違う話も出来たかもしれないわね」

 私の気のない態度に失望したのか、ダルタニアスは表情を無くします。

 本当に、今このときでなければ。

 婚約破棄、ぶしつけな求愛に次ぐ求愛。
 私が今望んでいるのは、それではないんです。

「とにかく今は休みたいのです。今日は酷く疲れました」

「はい……」

 がっくりと肩を落とした彼に少し申し訳なさを感じました。
 ただ振り返ると、あまり良くない思考が働いてしまいます。

 常日頃から彼に向けられる、どこかねっとりとした視線。
 身近な存在からよくわからない感情を向けられていることの怖さ。

 そんな風に考える自分も少し嫌になりました。

 気まずいです。
 もう後のことは他の誰かに任せて屋敷に戻ってしまおうかとも思案します。

 今夜は本当に疲れました。

 少し意識を中空に飛ばしていると、扉が開く音に気づきます。

「ルイーズ、大丈夫か?」

「お兄様?」

 シュタール=ロティス。
 8歳年上の私の兄です。

「ひと騒ぎあったようだな。迎えに来てよかった」

「ありがとうございます」

 普段は少し苦手な相手ですが、今この時はとてもありがたいですわ。

「とうとうこの日が来た。ついに俺の想いが遂げられる」

「は?」

 何やら背筋にぞっと冷たいものが走ります。
 聞き違いでしょうか。

 まさかとは思いますが、まさかですわよね。
 だって私たちは血のつながった兄妹ですわよ?

「ルイーズ、俺はお前のことを愛している。妹としてではなく、一人の男として」

「シュタール様、何を」

「黙っていろダルタニアス。お前は妹に仕えることが出来ればそれでいい、だな?」

 ダルタニアスは押し黙ります。

 いえ、そこで引き下がらず、もう少し頑張ってください。

「わ、私、お兄様のことは血のつながった兄としか見ておりません」

 震えながら、かろうじて言い返します。

「俺はかつて侯爵家の養子として迎えられた。お前とは血がつながっていないんだ」

 もはや絶句です。
 またそんな都合の良い。

「話は数十年前にさかのぼる。現国王の兄が婚約者を裏切ったことからすべては始まった」

「は、はぁ」

 困惑しきりで生返事を返します。

 先ほどダルタニアスから聞いた話ですわね。

「当時女神の祝福を受けて異世界から転生した男爵令嬢が居た。それが俺の母だ」

「は?」

 いささか唐突ですわ。

 アドリアの神話で有名な女神様と言えば誰だったでしょう。

 そういえばアズベル様も女神様に力を授かったと言っていたような。

 理解できないなりに話をまとめますと。

 女神の祝福を得た男爵令嬢は奔放に振舞い、当時の王太子を誘惑。

 王妃となるはずだった女性に婚約破棄を突き付けたそうです。 
 しかし、国王陛下の定めた契約でもある婚約を一方的に破棄したことで廃嫡。

 その後は男爵令嬢と共に追放されて片田舎に追放されたとのこと。

 元王太子も男爵令嬢もお互いに愛情は消え失せていたようです。
 形の上では夫婦関係のまま、それぞれ別の相手と結ばれます。

 そして生まれたのがダルタニアスとお兄様でした。

 二人は近しい立場で友誼を結びます。 
 いつか自分たちを王家から追放した現国王やその子供たちに復讐をすること。
 幼心にそう誓ったそうです。

 微妙に逆恨みのような気がします。

 お兄様はお母上から受け継いだ特殊な能力を持っていました。
 他人の感情を増幅して、様々な気持ちを動かす、そのような力らしいです。

 元から抱いている感情をより強く刺激するような力。
 親しみをより深い共感へ、穏やかな愛を激しい愛へ。

 そんな力があった割にはなぜお兄様の母上は追放されたのでしょう。

 つまりはその程度の力ということなのかもしれませんね。

 そして男児の授からなかった侯爵家のお父様に上手く取り入って養子になったと。

 ダルタニアスも執事として呼びよせたようです。

 そういえば昔から妙に他人を動かすのが得意な方でした。
 妙に自慢気な態度に辟易し、私はこの兄に苦手意識を感じていました。

 どこか無意識的に不自然さを感じていたのかもしれません。

 お兄様いわくいずれ王妃となる私を利用する心づもりだったと。
 ゆくゆくは国を牛耳ろうという目論見があったようです。
 
 何とも壮大なお話ですわね。

 情報量が多くて眩暈がしてきます。
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