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第1話 婚約破棄直後に第二王子に言い寄られました

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 これはもうずいぶんと前の話なのですけれど、良ければ聞いてくださらない?
 私はアドリアという王国の侯爵家の生まれです。
 当時私は王太子のアンドリュー殿下と婚約関係にありました。

 情熱的な愛情を抱いていたとは言えません。
 王妃となる熱意の方が勝っていたと言えるでしょう。
 それでも自分なりに彼のことは大事に想っていました。 
 だけど、自分が想うほどに相手から想われていないことってありますよね。

 これはそういうお話です。

「侯爵令嬢ルイーズ=ロティス、君との婚約を破棄する」

「アンドリュー様?」

 それは卒業パーティの真っ最中でした。
 大勢の来賓客も集まるホールの中心で彼は大声を張り上げます。

「君に王妃となる資格はない。己の立場を利用しての悪行非道、男爵令嬢ミナ=アルカナに対する嫌がらせの数々、知らないとは言わせないぞ!!」

「嫌がらせとは、一体何の話です?」

「ふざけるな! こちらには彼女からの証言がある!」

「アンドリュー様ぁ、怖いですぅ」
 彼の傍らで甘い声を震わせる一人のご令嬢の姿がありました。
 学園で最近何かとお騒がせの男爵令嬢です。
 アンドリュー様と最近随分と親密なご様子とのお話はうかがっていました。

 一度彼とも話をしなくては、と考えてはいました。

 王妃教育や今夜の卒業パーティにおける来賓来客への挨拶や、今後の予定など頭が色々なことでいっぱいで、後回しにしていた感は否めません。

 まさかこの日このタイミングで騒ぎを起こすとは思いませんでした。

「アンドリュー様、この場は人目がございます。どうぞ別室で話をしましょう」

「この場でなくては意味がないのだ! 貴様の罪を白日の下に晒してやる!」

 全く聞く耳持たない。 
 あぁ、彼の悪いところが出ている。
 幼い頃から思い込みが激しく、一度そうと決め込むとひたすらに頑固なのです。

 そこから先のやり取りは酷いものでした。
 来賓来客の目のある中で、大声で私を罵る言葉の数々。
 眉根をしかめたくなるのを必死で抑えます。

 穴だらけの証言、事実確認の不備。
 原因不明の魔術が介在したと思える加害行為と思しきものもありましたが、私の関与については全く証拠とも言えないようなものばかりで、ほとんどが苦も無く論破してしまいました。

 しかし、現実を相手に理解させることが容易かと言えばそうではありません。

 特に理解力の乏しい相手に説明するのは骨が折れます。
 まるで幼子に教え聞かせるように懇切丁寧に語っていきます。

 彼の思い込みと、理不尽さ。
 そしてこれから受けることになるであろう罰を。

 今夜は私と殿下の卒業記念パーティです。
 学生のための小規模な催しなどではありません。
 各地の有力な貴族、他国からの来賓も大勢出席されています。
 次期国王と王妃である私とアンドリュー様の顔見せとしての意味。

 婚約破棄などと騒ぐことへとの愚かしさ。
 私たちの結婚は国王陛下の名のもとに交わされた契約です。
 殿下のお母上は子爵令嬢でした。

 身分の上で彼が王子となるには侯爵家の後ろ盾が必要不可欠。
 私との婚姻によってはじめてアンドリュー様は王位継承の資格を得ること。
 国王陛下もほどなくこの会場へとやって来ます。

 一方的な言い分で婚約解消したとなれば、アンドリュー様は恐らく廃嫡される。
 その後の処罰や、殿下が至るであろう末路。

 事細かに説明して差し上げたところ、徐々に意気消沈していきます。
 顔色が面白いくらいに悪くなられました。

 かくいう私自身も、相当に気分が悪くなっています。

 周囲からのただならぬ好奇と哀れみの視線。 
 この日のために、どれだけ準備を重ねてきたか。

 何もかもが一瞬で砕け散ってしまった。
 もはや怒りとも言えない何かに胸の内が焼き焦がされてしまいます。

 ミナ様も「話が違う」と喚いていますが、こちらはそれどころではありません。
 彼女も何らかの悪意に晒されていたと思われるのは確かなようです。
 この日この場でなければ、誤解を解くための話も出来たでしょう。

 しかし、あまりにタイミングが悪かった。
 最悪と言って良いです。

 こちらも、話を穏便に収めることはできませんでした。
 取り乱したアンドリュー様は衛兵に抱えられるようにしてご退出されます。
 ミナ様も尋問のため連れていかれました。

 疲れた。
 一方的な言いがかりに公衆の面前での婚約破棄騒動。
 なぜこのパーティの真っただ中でそれを行いますの。
 学園を卒業し、晴れて成人を迎えようという記念すべき場で。


 これとまったく同じような出来事が数十年前にもあったと聞き及んでいます。
 確か殿下の伯父上もまた、同じような騒ぎを起こし廃嫡されたという話でした。
 そのことについては彼も知っていたはずなのに。
 都合よく、自分には関係ないとでも思われていたのでしょうか。

 振り返ればアンドリュー様は座学でもその他の方面でもあと一歩という方でした。

 私も常日頃より次期国王としての自覚を求めていました。
 彼にとっては恋人ではなく、口うるさい姉のように思われていたかもしれません。

 けれど、だからといって。
 こちらの気持ちも少しは伝わっていると信じていましたのに。
 怒りと呆れを通り越し、もはや疲労感しか感じません。
 元から不満を抱かれているのは感じていましたが、ここまでとは。

 これまで私なりに歩み寄りはしてきたつもりです。
 多少の遊びや気の迷いなども許容します。
 誠心誠意謝罪していただければやり直すだけの心の余裕も持っていたつもりでした。

 けれど、ほんの短い時間でも心が擦り切れるということもあるのですね。
 心の支柱が音を立てて砕けた気分です。
 何より自分が彼の信頼を何も得ていなかったことがひどく虚しい。
 あまりの無力感に目の前が真っ暗になりそうでした。


 もう何も考えたくない。
 用意された部屋に一度戻ることにします。
 今だ喧騒の収まらないパーティ会場。
 あぁ、執事のダルタニアスはどこでしょう。

「ルイーズ」

 急に名前を呼ばれ、立ち止まります。
 振り返ると、美しい金髪の殿方の姿がありました。 

「ステファン様?」

 アンドリュー様の弟君です。
 ご兄弟そろって、王妃様譲りの美しい金髪と空色の瞳をされています。
 まるで兄と似姿のような麗しい容貌でした。

 以前はとても素敵だと好ましく感じたものです。

 けれど今は、あまり顔を合わせたくない方でした。
 あまりに彼に似すぎているから。

「大変だったな、ルイーズ。わが愚兄ながら馬鹿なことをしたものだ」

「そうですね。それで何か御用でしょうか」

 話をする気分ではなく、力なく聞き返します。

「あぁ、大事な話がある。君は今回の件で兄との婚約を恐らく解消される」

「そうなるでしょうね。それが何か」

「私の妻になってほしい。君を愛している」
 
 芝居がかった仕草で右手を握られます。

 指先と指先が絡み、彼の体温と汗が伝わってきます。
 無断で身体に触れられたことへの生理的な嫌悪感。
 ぞっとして、反射的にその手を振り払います。

「一体、何を」

 抗議する間もなく、ステファン様は突然私を抱きしめてきました。
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