おもらしの想い出

吉野のりこ

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塚本葉紀子のおもらし 利尿剤を飲まされトイレを妨害されて 高校2年生のとき

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 その日、塚本葉紀子(つかもとはきこ)は早朝に自宅を出た。県内トップの高校である星丘高校まで片道2時間近くかかるので、それは日課だった。覇気のある子に育てほしいと亡くなった父がつけてくれた名の通り、気の強さは小学校でも中学校でも有名だったし、成績も学年一位だった。さすがに県内トップの高校に入ると300人中32位でクラス編成と出席番号が入試や前年度の成績順で決まるため、今は2年2組の2番だった。 
「いってきます」 
「いってらっしゃい」 
 まだ寝ている弟を起こしに行くところだった母が見送ってくれた。葉紀子は少し歩いて最寄り駅から電車に乗る。星丘学園のスクールバスさえ巡回しない田舎なので公共交通機関を利用していた。早朝なので空いていて毎日、座席に座れている。静かに教科書を開いて自習していると女子高校生たちが声をかけてきた。 
「あ、塚本様、おはよう」 
「おはようございます、塚本様」 
「おはよう。同じ学年なのに、そうやって様付けするの、やめて」 
「いいじゃん、その方がカッコいいし」 
「後輩の私からならOKですね? 塚本様は東中の女帝ですもん」 
 声をかけてきた二人は農業高校に通う同じ中学出身の2年生と1年生だった。葉紀子が地元の周囲から様付けで呼ばれるようになったのは中学2年のとき、生徒を口汚く罵るのを指導だと言い張る教師の言動を録音して教育委員会に訴え、その教師が怒って葉紀子を叩いたのも現場で110番通報して事件化し、もう58歳だった老教師を退職に追い込んだことがキッカケで、東中の女帝とアダ名され始めた。その件以外では成績が学年トップであったことと、男子の失礼な態度にも負けないことがあったけれど、腕力や権力で他の生徒の上に君臨したことはないのに、話が膨らみ女帝が定着していた。ただ、高校生になると東中の女帝というアダ名で呼ばれるのは、とてもバカみたいで恥ずかしかったのに偏差値が最底辺の農業高校へ行った同級生と後輩は嬉しそうに呼んでくるので遺憾だった。 
「聞いたよ、塚本様、生意気な生徒会長を全校生徒の前で、おもらしに追い込んで失脚させて裏の会長として君臨してるって」 
「絶望した生徒会長はその日のうちに電車に飛び込んだとか、首を吊ったとか、さすが塚本様。逆らう者には容赦なしですね」 
「………。ウワサは信じない方がいいわ。尾ひれがつきすぎて、ずいぶん現実と違うから。その生徒会長、生きてるし。そもそも死んでたら私が裏の会長じゃなくなるでしょ」 
「「ああ、なるほどぉ…」」 
「……」 
 この子たち、どうして、こうバカなのかしら……まあ、悪気はないようだけど、と葉紀子は自習を邪魔されているのは残念だったものの、星丘高校では友人が居なくて会話することが無いので、また恥ずかしいことを言い出されないうちに葉紀子から別の話題を与える。 
「あなたたち、この時間の電車に乗るなんて、どうしたの? もっと遅くても間に合うのに」 
「私は牛のエサ当番」 
「私は鶏の卵を集める当番です」 
「ふーん、そういうものもあるのね」 
 進学校と農業高校では、ずいぶんとカリキュラムが違うようで新鮮な会話ができたけれど、中学の同級生と後輩は数駅で降りてしまった。一人になった葉紀子は自習を再開する。だんだん星丘高校が近づくと、同じ小麦色の制服を着た男女の生徒たちの姿も車両内に増えてくる。その全員が学園最寄りの駅で降り、直通のスクールバスに乗った。 
「おはよう」 
「おはよう」 
「よぉ」 
「おお」 
 星丘学園の生徒たちが挨拶を交わしているけれど、葉紀子には友人らしい友人はいないので黙ったまま座る。隣に同じクラスの加藤が座ってきた。 
「……」 
「……」 
 クラスメートなだけでなく二人とも生徒会の役員だったけれど、挨拶もなく二人そろって自習をする。 
「……」 
「……」 
 葉紀子にとって加藤との沈黙は苦痛でも不快でもなかったけれど、しばらくバスに揺られていると加藤から話しかけてきた。 
「塚本さん、少し話しかけてもいい?」 
「…。ええ」 
 話したいわけでも、話したくないわけでもないので、葉紀子は応じた。葉紀子と同じで、あまりクラスメートたちと会話している姿を見ない加藤から話しかけられたこと自体が意外ではあったけれど、生徒会という共通項はあるので理解できなくもない。 
「何かしら?」 
「勉強は、どう? 来年は1組になれそう?」 
「ああ……そのこと…」 
 葉紀子は2組の2番なので少し成績順位が上がれば来年は1組の可能性がある。加藤は2組の29番なので少しさがると3組、かなり努力すれば1組という状態だった。 
「私はそういうの、気にしないようにしてるわ。だいたい、結局は大学へ入ってしまえば、2年生のとき2組だった、3年生で1組か3組だった、そんなの、とてもどうでもいいことよ。内申書にも組は書かれないし、学歴は同じ高卒であることに変わりはないもの」 
 いつも口数を少なめにしている葉紀子が珍しく多弁に言い、それが珍しいことだと知りもしない加藤は妙に納得している。 
「なるほど……そういう考え方もあるのか……ありがとう」 
「……別に、お礼を言われるようなことではないから」 
 男子から率直な礼を言われた経験が少なかったので葉紀子は目をそらして視線を教科書に戻した。葉紀子が熱心に勉強をするのは、とび職だった父がいい大学に入れと言っていたからで、その父は仕事中に高所から転落して亡くなった。世の中、勉強していないと使い捨てられると言っていた父の言葉が当たっていて、身に染みた。葉紀子が自習を再開したので加藤も再開する。もう二人は会話せず、バスは学園に到着した。葉紀子は早朝に出たのに、遅刻になる5分前で着席した。授業が始まり、それを真剣に受ける。休み時間になると周囲の女子たちから変な視線を感じるけれど、生徒会長の茉莉那と揉めてから恒例のようなものなので気にしない。茉莉那は自分の不注意でおしっこをもらしたのに、それを葉紀子のせいにしてきた。たしかに、おもらしの寸前に挨拶を替わってやれば、その失敗は無かったかもしれないし、どうせ人前に出られないのなら会長という肩書きを代わりに得てみてもいい、と放送で厭味を言って傷つけた自覚はあるけれど、利尿剤を飲ませて失禁させたなどと言い出したのは心外中の心外だった。 
「腹減ったなぁ」 
 男子の層川がぼやいている。それには葉紀子も同感であるけれど、わざわざ口に出す必要は感じない。三時限目の体育で身体を動かすと、葉紀子は朝食が早かったので、とてもお腹が空く。お昼休みになると一人で弁当を食べて、すぐに自習を始めた。葉紀子が食べた弁当には奈々によって利尿剤が3錠分も混入されていたけれど、味に変化がなくて残さず食べきっている。 
「クスクスっ」 
「フフっ」 
「なぁんにも知らないで」 
 クラスの女子たちが囁き合いクスクスと嗤っている。五時限目が始まって30分、葉紀子は尿意を覚えて座り直した。 
「……」 
 葉紀子は時計を見る、あと20分ほど授業時間は残っていた。 
「……」 
「クスクスっ」 
「そろそろかも」 
「……」 
 葉紀子は気になって囁き声が聞こえた方向を振り返ったけれど、見たときには女子たちは真顔で授業を受けていて、誰が囁いていたのか、わからない。 
「……」 
 また葉紀子は時計を見た。あと15分で授業が終わる。たった5分しか経っていないのに、おしっこに行きたい感覚は強くなってきている。また葉紀子は座り直して右脚を上にして膝を組んだ。 
「フフっ」 
「クスクスっ」 
「………」 
 どうにも自分を見て嗤っている気がして不快だった。そして授業時間が残り10分となると、おしっこを漏らしてしまいそうなほど尿意が強くなってきた。 
「はぁ…」 
 タメ息をついて葉紀子は再び座り直す。両膝をそろえて左右の内腿をピッタリと合わせて、おしっこを我慢しやすいようにしてから、左肘を机について上半身の体重が下腹部にかからないようにした。あと5分で授業が終わってくれる。今すぐ挙手してトイレに行きたいほど尿意は高まっているけれど、授業を途中退席すると期末テストで1点の差がついてしまう。一度も遅刻や途中退席をせずに学期を終えれば10点が期末テストの科目別点数に加点されるけれど、それは裏を返せば遅刻退席は1点減点であるのと相対的には同じことだった。あと3分、葉紀子は無意識のうちに右手を股間に入れていた。ピッタリと合わせて閉じた内腿の隙間になる部分を補うように手をあて、おしっこを我慢している。 
「クスクスっ、押さえてる、押さえてる」 
「もう詰んだよね、フフ」 
「……」 
 あと1分、59秒、58秒、葉紀子は呼吸を浅くして腹部を動かさないように待った。 
 キンコンカンコーン♪ 
「はぁぁ…やっと…」 
 葉紀子は思わず一人言を漏らして安堵した。そして教師が教壇を離れるのと同時に葉紀子も席を立った。葉紀子の席は出席番号が2番なので最前列の窓から2番目、やや教室の出入口から遠い。葉紀子が出入口へ着く前に木村たち数人の女子が通行を妨害する形で立ち塞がった。 
「「「フフっ」」」 
「……。通りたいから、どいてちょうだい」 
 はっきりと葉紀子が要求したのに、木村たちは動かない。 
「は? なんで、あんたに命令されないといけないの?」 
「副会長だし調子に乗ってる?」 
「なんか焦った顔してるね? どうかした?」 
「………教室を出たいだけ、どいてよ」 
 再び葉紀子が要求したのに木村たちは出入口を塞いだまま動かない。おしっこが座って我慢していたときより漏れそうになってくる。もう木村たちに何を言っても無駄だと葉紀子は悟って教室後方の出入口を目指した。そちらはトイレへ行くには少しだけ遠回りになってしまう。その程度の遠回りさえつらいのに、仕方なく移動して教室を出ようとした。なのに、別の女子たちが出入口を塞いでいた。 
「フフ、副会長さん、どこいくの?」 
「そんなに慌てて、なにか困ったことでも?」 
「額に汗が浮いてるよ、どうしたの?」 
「………トイレに行きたいの。そこを、どいてちょうだい」 
 正直に、はっきりと葉紀子は言った。なのに女子たちは動かない。 
「あ、そりゃ大変だね」 
「おもらししないといいね」 
「困ったね、急がないと、漏れちゃうね」 
「………。そう、そういうこと……」 
 葉紀子は前方の出入口を振り返る。木村たちが嗤っていた。 
「………」 
 嫌な笑顔……最低な人たち……首謀者は誰……、と葉紀子は茉莉那の方向を見た。茉莉那は自分の席で層川と会話している。 
「ガンダムって、そんなに面白いの?」 
「ああ、ガンダムは受験に出るぞ」 
「え~、またウソばっかり」 
 茉莉那は葉紀子の視線に気づいていない。気づいていて、あえて無視しているとすれば、相当なタヌキだと感じる。葉紀子は尿意が強くなって身震いした。 
「ぅっ…」 
「ぅっ、だって。きゃっはは!」 
「「あははは!」」 
「………。もう一度、言うわ。私はトイレに行きたいの、そこをどいてください」 
 言いながら葉紀子は自分のスマートフォンをポケットから出して動画を撮る。隠し撮りではなく、はっきりと嗤っている女子たちにもわかるように、まずはカメラを自分に向けて撮り始める。 
「私はすぐにもトイレへ行きたいの。どいてください」 
「「「………」」」 
「どいてくれないで、私が漏らしたらイジメだと先生に報告するわ」 
 そう言って出入口を塞いでいる女子たちの顔を撮った。 
「へぇ、塚本さん、イジメられてるんだ?」 
「大変だねぇ」 
「いったい誰に?」 
「………」 
 葉紀子は睨みながら堂々と言う。 
「お願いです。そこをどいてください。トイレにいきたくて漏らしそうです。イジメないでください」 
「へぇ、そんな殊勝な口がきけるんだ。面白い」 
「あ、私たち邪魔だった?」 
「ごめん、ごめん、急がないとおもらししそうだね、気がつかなくて、ごめん」 
 やっと女子たちがどいてくれる。動画を撮られていても、あとでイジメではないと言い訳できるギリギリまでねばられた。そうして葉紀子がようやく教室を出たのに、廊下は女子たちでいっぱいだった。しかも通行を微妙に妨げるように、たむろしている。完全に通路を塞いだりはせず、葉紀子がトイレへ向かうにはジグザグに進まないといけないように教室側に固まったり、窓側に固まったりしていた。しかたなく葉紀子は避けてジグザグに進む。もう走ると漏れそうで、ゆっくりとしか歩けない。なのに、ときどきは女子たちが通行を完全に妨げるように並んで立ち塞がってくる。 
「「「フフっ」」」 
「どいてください。トイレに行かせてください」 
「「「はいは~い」」」 
 頼むと、すぐにどいてくれるけれど、おしっこが漏れそうな身には絶大な苦痛だった。 
「…ハァっ……ハァっ……ぅぅ…」 
「ハァハァぅぅ、だって♪」 
「頑張れ、あと少しで女子トイレだよ」 
「頑張って、葉紀子ちゃん、おもらししちゃダメよ」 
「くっ………」 
 やっとトイレが近づいてくる。でも、予想していた通り、女子トイレの前には行列ができていて塞がっている。行列に並んでいるくせに、トイレに行きたくて並んでいる女子はおらず、みんなが葉紀子を見て嗤っている。行列を無視して中に入っても誰一人として個室を譲ってくれないことは明白だった。 
「ハァ……」 
 葉紀子は男子トイレの方を見る。行列はできていない。けれど、木村たちが男子トイレの方向を塞いだ。 
「まさか、男子トイレに入ったりしないよね?」 
「それは人としてダメだよ」 
「人としても女としても終わるから」 
「………」 
 終わっているのは、あなたたちよ、こんなくだらないことに……こんな大勢で……、と葉紀子は木村たちを睨みつつも、この階の女子トイレを諦め、階段を目指した。上の階は一年生たちのフロアなので希望がある。なのに木村たちが階段を塞いでくる。 
「塚本さん、用事もなく、みだりに他の学年のフロアに行くのは、ひかえるべき、って校則にあるよ」 
「あるね、あるある」 
「二年生は二年生のトイレを使わないと」 
「………。……ハァっ…」 
 葉紀子は右手のスマートフォンを木村たちに向けて言う。 
「二年生のトイレが混んでいるから、上の階に行きたいの。そこをどいてください」 
「「「はいは~い」」」 
 ねばらすにどいてくれるけれど、階段にも女子たちがたむろしていて、真っ直ぐ進めない。 
「きゃははは!」 
「あはっはは!」 
 甲高い声で嗤っているのが憎らしかった。なんとか葉紀子は階段を登り切り、一年生が主に使っている女子トイレに近づいた。 
「…………」 
「きゃは、混んでるね」 
「三年生のトイレは空いてるかな?」 
「間に合うかな? それとも、一年生にお願いしてみる?」 
「………」 
 二年生のトイレにできていた行列よりは一年生たちがつくっている行列は少ない。きっと首謀者は二年生たちであり、一年生の共謀者は少ないのだと葉紀子は判断して行列を無視してトイレ内に入った。 
「ハァっ…」 
「「「「「……………」」」」」 
 一年生女子たちの視線が葉紀子に集まってくる。葉紀子は膀胱がいっぱいで漏れてきそうなのでスマートフォンを持っていない方の手で股間を押さえる。ギュッとスカートを食い込ませて、おしっこの出口を塞ぎながら一年生たちに頼む。 
「お願いです、ハァっ…トイレを譲ってください。同じ学年の生徒たちに…ハァ…意地悪されて、もう漏れそうなの。お願いします」 
「「「「「……………」」」」」 
 一年生女子たちの目が迷う。茉莉那が球技大会のとき全校生徒の前で漏らして大泣きしたのは記憶に新しいし、その影に副会長の陰謀があったというウワサも聴いたし、今朝はそれぞれの机に怪文書が入っていてトイレを塞ぐよう指示されていた。茉莉那が可哀想だと感じて協力してみたけれど、おしっこを漏らしそうになって二年生なのに一年生へ懇願してくる葉紀子も可哀想で、どっちが被害者で、どっちが加害者なのか、わからなくなってくる。迷っている一年生たちは葉紀子が持っているスマートフォンの存在も怖かった。なのに木村がスマートフォンを葉紀子の手から奪った。 
「塚本さん! 女子トイレの中で撮影なんて正気っ?!」 
「変態だよ、変態行為」 
「最近聴くよね、女子トイレとか女湯、同性が撮影してデータを売るの」 
「……。返して…」 
「フっ、女子トイレで撮影なんかする人には、すぐ返せません。しばらく預かります」 
 最大の武器を取り上げ、木村は動画撮影を終了させ、電源も切っておく。 
「おーもらし♪」 
「おーもらし♪」 
「おーもらし♪」 
 もう何を言っても証拠は残らない。最高に楽しくなってきた。 
「………。こんな人たちの言うことをきいて、あなたたちは恥ずかしくないの? お願い、トイレを譲って。ハァっ…譲ってください」 
「「「「「……………」」」」」 
 迷う一年生たちを木村たちが牽制して睨んでおく。 
「ハァっ………ハァっ……そう……」 
 葉紀子は内部生たちの人間関係、とくに先輩後輩関係は理解できていないけれど、一般的に考えても後輩は先輩に逆らいにくいのは予想がつく。もう最後の頼みは三年生たちだった。受験を控えた三年生女子たちなら、こんなバカな騒動には付き合っていないかもしれない。よしんば数名が協力していても説得すれば可能性はある。そう考えて葉紀子は一年生のトイレを出て階段をおりる。 
「ハァっ……ハァっ……ぅぅ……」 
 また階段では通行を妨害される。もうスマートフォンは取り上げられたので葉紀子は両手で股間を押さえ、よろつきながら階段をおりる。 
「…ハァっ……くっ…」 
「フフっ」 
「クスクスっ」 
「お、復讐されてるなぁ。女同士の復讐、怖ぇ」 
 層川もいて、他にも男子たちにも話が回ったようで余計に人数が増えて階段を通行しにくい。葉紀子はギューッと股間を両手で押さえた。男子たちの前で、そんなことをするのは感情的に苦しかったけれど、もう押さえていないと失禁することが確実で手を離すことはできない。 
「…ハァっ…どいて…」 
「頑張れよぉ」 
 男子たちは意外と素直にどいてくれる。励ましも面白半分、残り半分は本当に声援という感じだった。やっと葉紀子は二階へ戻ってきた。三年生は一階、けれど、一階へ続く階段には二年生の女子たちと一部には三年生の女子たちもいて、通行を妨害している。きっと女子トイレも塞いでいると予想ができた。 
「…っ……」 
 もう………無理………これ以上……我慢できない………、と葉紀子は気が遠くなるほどの尿意を感じた。すでに膀胱と尿道はおしっこを出そうとしている。それを両手で無理矢理に押さえて歩いてきた。ズキズキと膀胱が痛み、軽く吐き気までするし、腎臓まで痛みが拡がっているようで背中が痛い。二階の踊り場で葉紀子は一歩も動けなくなった。 
「ハァっ……ぅぅ……くぅう…」 
 一歩でも動いたら漏らすのが自分でもわかる。そして、このまま立っていても近いうちに漏らすのもわかる。押さえている両手を見ると、スカートに染みができていた。おしっこが漏れてきている。水道の蛇口を手で押さえても漏れ出てくるように、完全には塞げていない。 
 ジワァ… 
 指先に生温かさを感じる。 
「ハァっ……んっ……くっ…」 
 一歩も動けない葉紀子の内腿に、おしっこがつたってくる。一滴、二滴、おしっこが腿を流れている。 
「……ああっ…」 
 膀胱が痛いのと、押さえている両手が疲れてきて力が入らないので、おしっこが噴き出してきた。 
 プシュー… 
 両手が温かい。 
「ううっ…」 
 内腿も温かい。 
「ハァぁあ…」 
 お尻に回ってきた尿が気持ち悪い。 
 ピチャピチャ! 
 おしっこが落ちて床で音を立てている。 
 ピチャピチャピチャ! 
 その音が、おもらししている事実を葉紀子に教えてきた。 
「んぁ……く、…くぅ……ああっ!」 
 最後まで我慢しようと努力したけれど、もう心が折れた。 
 プジャアアアア! 
 勢いよく、おしっこが葉紀子の股間から溢れる。葉紀子はおしっこが前方へ飛ぶタイプなのでスカートの前部が大きく濡れて染みになっていく。 
 ジュボボボボボ… 
 おしっこが下着とスカートの布地を打ち、床に落ちて水たまりをつくる。 
 シューゥゥゥ……ピチャピチャ… 
 どのくらいの時間だったのか、とても長く感じたけれど、葉紀子はおしっこを漏らし終えた。 
「ハァ……ハァ……ぐすっ…」 
「「「「「……………」」」」」 
 男子たちは黙って見ている。女子たちは嗤う。 
「クス、あ~あ、漏らしちゃった」 
「しちゃったね、葉紀子ちゃん」 
「おもらし副会長」 
「…ぐすっ…」 
「泣くのかな?」 
「泣いちゃうね」 
「バカだから漏らしたもんね」 
「………。…………」 
 葉紀子は目尻に浮かべていた涙を零しそうになったけれど、唇を引き結び、頬を震わせて周囲を睨んだ。周囲には多くの二年生女子がいて、階段の上には一年生女子たち、下には三年生女子もいて、合計で何十人と見に来ている。 
「………」 
 負けない……こんなヤツらに負けない………こいつらは私が泣くのを見て嗤いたいだけの、バカども……本当に真性のバカ…………誰が泣くもんか……、と葉紀子は気持ちを強く持った。 
「………」 
「高校生にもなって、おもらしだって」 
「副会長なのにね、おしっこ垂れてる」 
「偉そうにしてたくせに、自分だって漏らしてるじゃん」 
「茉莉那ちゃんに謝りなよ」 
「永戸さんをハメてさ。あんた最低」 
「因果応報、自業自得、悪霊退散だね」 
「それ微妙に違うくない?」 
「きゃはは、なんでもいいじゃん、おもらし副会長だし」 
「…………」 
 泣きそうだった葉紀子は嗚咽を抑えることができてきた。からかってくる女子たちがバカにしか見えない。葉紀子はハンカチで手を拭いて言う。 
「別に何も恥ずかしくなんてないわ。こんな風に集団で意地悪されたら、誰だって漏らすもの。生理現象なんだから出てきて当然よ。バカみたい。何が可笑しくて笑ってるの? 恥じるべきは自分たちの愚かさだと知りなさい!」 
「「「「「……………」」」」」 
「お~っ! 頑張るなぁ、さすが副会長!」 
 層川が賞めてくれるけれど、まったく嬉しくない。 
「どいて!!」 
 葉紀子は一喝して女子トイレに向かう。もう邪魔する意味がないからか、葉紀子の気合いに押されたのか、人垣が開いて女子トイレに入れた。個室も開いていたので中で、おしっこで濡らしたショーツとスカートを脱ぎ、靴下も脱いで下半身裸になった。それからスカートを絞って、すぐに穿くと女子トイレを出る。素足で濡れた上靴を履くのと、ノーパンなのが気持ち悪いけれど、教室のロッカーから午前中に使った体操服のハーフパンツを出し、もう女子トイレに戻る時間はないので、その場で穿いてからスカートを脱いだ。できればスカートを洗っておきたかったけれど、もう六時限目が始まる。遅刻すると1点が引かれるので、こんなことのために成績を落としたくないと葉紀子は着席した。他の生徒たちも1点引きは嫌なので着席している。年老いた男性の古典教師が教壇に立つ。 
「授業を始める。あ~……その前に、階段の踊り場が濡れていたが、誰か知っているか?」 
「「「「「……………」」」」」 
 誰も答えないので葉紀子が答える。 
「私がおしっこを漏らしました。みんなに意地悪されてトイレに行かせてもらえなかったんです!」 
「そうか………気の毒に……」 
 老教師が老眼鏡に指で触れ、葉紀子の下半身を見る。上は制服、下は体操服のハーフパンツで素足に上靴という姿なので、おしっこを漏らした生徒らしかった。 
「……可哀想に……えっと、塚本さんだったか……君、大丈夫か?」 
「平気です」 
「……そうか……。……うむ、………意地悪を、か……。諸君、こういう悪ふざけは、よくない。やめてあげなさい」 
「「「「「……………」」」」」 
「あと、あのままでは滑って危ない。誰か拭いておきなさい」 
「「「「「……………」」」」」 
「誰か」 
「………私が自分で拭いてきますが、途中退席で1点、引かれませんか?」 
「ああ、それを気にしているのか。よろしい、引かないから、行ってきなさい」 
「はい」 
 葉紀子は席を立つと教室後方にある掃除用ロッカーに行く。途中で茉莉那と目が合った。 
「……」 
「……」 
 二人とも何も言う間もなく、葉紀子はロッカーからバケツと雑巾を出すと、教室を出て階段の踊り場に行く。 
「…………」 
 自分のおしっこが大きく拡がっていて、白いクッションフロアに薄黄色の水たまりができている。 
「………」 
 もう周囲には誰もいない。さっきまでの人集りがウソのようで不思議な気持ちがした。 
「……私、ここで、おしっこ漏らしたんだ……」 
 誰もいない階段と、悪意の笑顔に満ちた階段、どっちも現実だというのが妙な心地だった。 
「さっさと拭いて、パンツも洗っておこう」 
 水たまりをバケツにおさめて、女子トイレの便器に流すと雑巾とバケツを洗うついでに上着のポケットに入れたショーツと靴下も洗っておく。やっぱり女子としてノーパンは嫌なので水道水で濡れて冷たいけれど、ショーツも穿いてから靴下は履かずに教室へ戻った。 
「…………」 
 黙って教室に入り、ロッカーにバケツと雑巾を片付けると、授業を受ける。もう老教師は葉紀子のおもらしなど無かったように淡々と授業を進めていたけれど、葉紀子の方は困った事態に陥る。 
「………」 
 おしっこしたい……どうして……また……、と葉紀子は尿意を覚えて困惑する。とりあえず授業ノートは取りながらも、どんどん尿意が強くなってくるので考える。 
「…………」 
 また、おしっこが漏れそうなくらい……だいたい、さっきも急に………水分なんて水筒の麦茶くらいしか摂ってないのに………泣き虫会長じゃあるまいし、高校生になった私が、おしっこ漏らすなんて変……しかも、あんなに大量に漏らしたのに、もう二度目の………これって何かの薬……あの泣き虫会長が持ってきた利尿剤……、と葉紀子は利尿剤について調べたくなり、スマートフォンを持っていないことを思い出した。なので木村の方へ視線を送ってみると目が合う。 
「……」 
「……」 
 返せ、返さないと先生に報告する、という思念は不仲でも伝わったようで、木村もイジメ認定は避けたいのでクラスメートたちを介してスマートフォンが葉紀子のもとに戻ってきた。すぐに利尿剤について検索してみたけれど、ザッと読んでいるうちにも、どんどん尿意は切迫してきて、おしっこおもらしを二度も続けてしてしまいそうなほどになる。 
「…ハァっ…」 
 どうしよう……授業は、あと25分もある………これ、絶対、さっきと同じパターン……ううん、むしろ、このままだと授業中に漏らしてしまう、と葉紀子は膀胱の圧迫感からタイムリミットを予測してみた。おそらくチャイムが鳴る前に失禁すると感じた。 
「………ぅぅ…」 
 また両膝を合わせ内腿を閉じて片手で股間を押さえる。 
「クスクスっ、また漏らすよ」 
「………」 
 やっぱり利尿剤……………どうやって私に飲ませたの………あ、水筒の麦茶ね、あれをお弁当といっしょに2杯……混入したのは体育の時間か、私がトイレに行ってる休み時間……それ以外でも、いくらでもやりようはある……、と葉紀子は推理したけれど、おしっこが漏れそうな状態は悪化するばかりで解決の見込みがない。 
「…ハァっ……くぅ…」 
 さきほどより尿道の力が弱っていて我慢が効かない気がする。 
「…ぅ…」 
 どうしよう……このまま、おもらしさせられるか……途中退席するか……先生、もう一回オマケしてくれないかな……、と葉紀子は期待して挙手してみる。 
「先生」 
「なんだね?」 
「トイレに行かせてください」 
「トイレか、どうして、授業の前に行っておかないんだね?」 
「……」 
「「「「「プッ! ククッ!!」」」」」 
 すっかり老教師の脳内では葉紀子のおもらし事件はリセットされたようでクラスメートたちは笑いを耐えるのに苦労している。定年を過ぎて私立学校ならではの延長雇用をされている教師は古典の授業には定評があったけれど、あまり生徒のことは見ていなかった。 
「トイレに行かせてもいいが、1点、引くことになるよ、それでも行くかね? あと10分で授業も終わる、それまで我慢しなさい」 
「我慢できないから挙手しています」 
 ふん………たかが1点くらい、どのみち2組でも1組でも進路に影響なんてない、いっそ3組にいって、こいつらに、さよならするのも手よ、と葉紀子は割り切った。 
「わかった。行ってきなさい」 
「はい、失礼します」 
 葉紀子は椅子から立ち上がろうとした。 
「…ぇっ…」 
 けれど立てなかった。真後ろの席にいる女子が葉紀子が座っている椅子の脚を両足で押さえていて、葉紀子が腰を上げる動きの中で、膝の裏で椅子の座面を押して脚を伸ばそうとするのを妨げ、膝の裏に予期せぬ抵抗を受けたおかげで、立つはずが再びお尻が落ちて座り込んでしまう。 
「ぅっ…」 
 おしっこが漏れそうな状態だったのに立ちかけたところを座り込まされ、膀胱が揺さぶられて葉紀子はあえなく失禁してしまう。 
 シュゥゥゥゥゥ… 
 おしっこが漏れてきて股間が温かい。水道水で冷たく湿っていたショーツが温かく濡れるのはわずかな気持ちよさがあったけれど、すぐにハーフパンツの股間にも染みができて、お尻の方はずぶ濡れになり、椅子の座面からおしっこが流れ落ちる。 
 パシャパシャパシャ… 
 座った姿勢のままおもらしさせられた葉紀子は悔しくて涙を滲ませた。立って漏らすのと違い、お尻全体がビチョ濡れになってしまい生温かさが実に情けなく、みじめで悔しかった。さらに膀胱と尿道が痛くて葉紀子は嗚咽が喉まであがってきて目と鼻が赤くなり、泣きそうになったけれど、意地でも泣かない。キッと後方を睨むと女子生徒が確信犯の笑顔で嗤っていた。さらに老教師が無神経に言ってくる。 
「君、おしっこを漏らしたのかね?」 
「………はい…」 
 見ればわかるでしょ、ボケ老人! と葉紀子は老教師も睨んだ。睨まれても老教師は老眼鏡を指で触れつつ言ってくる。 
「どうして漏らしてしまうまで我慢するかな?」 
「漏らさないはずだったのに、この人が私が立つのを邪魔したからです!」 
 葉紀子は後方を指した。指された女子はトボける。 
「え? 私なにもしてませんけど。何の証拠が? 録音でも?」 
「くっ……白々しい!」 
「フフっ」 
 もう笑顔が犯人だったけれど、老教師は葉紀子へ言う。 
「これこれ、恥ずかしいからといって自分の失敗を人のせいにしてはいかんよ」 
「………」 
「「「人のせいにしてはいかんよ♪」」」 
 木村たちが小声でオウム返ししている。それが聞こえていない老教師はさらに葉紀子を責める。 
「そもそもどうして、もう少し早く言い出さないのだ? そんな風に漏らしてしまうのでは幼稚園児だよ。もう高校生なのだから自己管理を学びなさい」 
「……」 
 葉紀子は唇を噛み、木村が騒ぐ。 
「幼稚園児だよ!!」 
「幼稚園児副会長! きゃはは!」 
 他の女子たちも騒ぎ始め、老教師が注意する。 
「コラコラ、人を傷つけるようなことを言ってはいかん」 
「「「「「……………」」」」」 
 この人、自分は傷つけてないつもりなんだ……人間って老化すると、こうなるのかな、と木村たちも一瞬は沈黙したけれど、からかいは止めない。 
「2回も漏らすなんてね」 
「幼稚園、あっちだよ」 
「おしっこはトイレでしようね」 
「………」 
 葉紀子は黙って耐える。お尻が濡れているのも、足元にできた水たまりも恥ずかしくて悔しかったけれど、今は声を出して反論すると途中で泣いてしまいそうで黙る。からかいは老教師が注意してもやまず、男子の層川も大きな声で言う。 
「お前って、ホントに2番が好きだよな。漏らすのも2番で、2回も漏らして、おもらしナンバーツー確定して嬉しいか?」 
「っ…」 
 泣きそうだった葉紀子は怒りの方が勝って立ち上がると、層川に近づく。層川は少し顔を斜めにして右頬を無防備に晒していたので、もう葉紀子は感情のままに手が動いた。無礼な男の顔を平手打ちする。 
 パシンッ! 
 かなり痛そうな音が響き、とても痛かったけれど層川は逃げずに反対の頬も差し出しつつ、言う。 
「おもらしマークツー。ダブルおもらしの方がいいか?」 
 パシンッ! 
 葉紀子の手が再び平手打ちし、ぶたれた層川は急に被害者ぶって涙ぐむ。手で頬をおさえ、拗ねたように言う。 
「二度もぶった。オヤジにもぶたれたことないのに」 
「……」 
 男のくせに軟弱な……、と葉紀子は嫌悪感を覚えたけれど、男子たち数人が言う。 
「「「絶対に言うと思った」」」 
「……」 
 葉紀子は意味がわからない。層川が続けて言ってくる。 
「塚本はここで、漏らしてなぜ悪い、とでも言ってくれ」 
「……は?」 
「おもらしもせずに一人前になったヤツはいないぞ。な、会長」 
「え?」 
 急に話を振られて席が近い茉莉那が困惑するけれど、とりあえず考えてみる。 
「えっと……クスっ、うん、そうだね、人間、みんなそうかも。クスクス」 
 茉莉那も失笑してしまう。からかいには加わっていなかったけれど、自分に利尿剤を飲ませて全校生徒の前で失禁させたと疑っている葉紀子が教室で漏らしたのは一人の人間として溜飲が下がって気持ちが晴れる。高校で漏らした不名誉が自分一人でなくなるのも安心するし、考えてみれば人間おもらしもせずに一人前になることはないという言葉も当たってはいて可笑しかった。だから、笑い出すと、あまり大笑いしてはいけないと想うのに、失笑を禁じ得ない。クスクス、クスクスと笑ってしまう。それが葉紀子の癪に障った。 
 パシンッ! 
 笑っていた茉莉那は頬を葉紀子に平手打ちされ、ぶたれた頬を手でおさえて涙ぐむ。 
「……ぅぅ……痛い…」 
「どうせ、すべてあなたが仕組んだことでしょう?! 逆恨みはやめて!!」 
「………ぐすっ……逆恨みは、そっち……ぅぅ……痛かった。お父さんにも、ぶたれたことないのに」 
 幼児の頃から余計なことをして父親から何度も殴られた層川と違い、茉莉那は本当に父親から殴られたことがなかった。叩かれて涙ぐみ、そして泣いた。 
「ひっく……うくっ…痛かった…ううっ…叩いた……ひどい…」 
「……」 
 泣きたいのは、こっちよ……、と葉紀子は内心で後悔する。案の定、木村が責めてきた。 
「あ~暴力だ! 先生、暴力行為です!」 
「静かにせんか、授業中だ」 
「先生、永戸さんがおもらし女に叩かれました!」 
「いや、それ言ったら、永戸も漏らしたぞ」 
「暴力は犯罪です!」 
「静かにせい!」 
「誰か撮影してない?! さっきの暴力!」 
「認めたくないものだな、若さゆえの過ちとは」 
「静かにせ…ゴホッ! ゴホッ!! ヒッ…、ゴホッ!!」 
 老教師が慣れない大声を出して噎せてしまい、チャイムも鳴ってホームルームのためにクラス担任が入ってきても騒ぎが続き、業を煮やした老教師が教壇を去る前に言い放つ。 
「お前たち全員、途中で授業を放棄したとみなし、1点引いておく!」 
 そう言うと出席簿へ一直線にボールペンで線を引いている。これには、まったく騒ぎに加わっていなかった加藤ら数人が恨みを持った。 
「………冗談じゃないよ……なんで連帯責任なんだよ……」 
「層川のせいだ!」 
「認めたくないものだな、若さゆえの過ちとは」 
「うるせぇ!!」 
 また騒ぐのでクラス担任が怒鳴る。 
「お前たち、それでも星丘の生徒かっ!! そもそもの原因はなんだ?!」 
「「「「「……………」」」」」 
 教室が静かになり、席に戻っていた葉紀子が挙手している。 
「塚本、言ってみろ」 
「大勢の女子が私をイジメてトイレに行かせてくれませんでした。おかげで失禁させられています」 
「トイレに……それで下は体操服なのか……だが、今も濡れてるじゃないか、体操服で漏らしたのか? スカートは?」 
「5時間目の後にスカートで失禁させられ、6時間目中に体操服でまで失禁させられました。きっと、利尿剤という薬を摂取させられたのだと考えます」 
「利尿剤……。誰だ、そんな卑怯なことをした者は?」 
「「「「「……………」」」」」 
 もちろん誰も答えない。葉紀子は木村と茉莉那を指した。 
「怪しいのは木村さんと永戸さんです。他にもクラスの女子過半数が私の進路を妨害してトイレへ行けないようにしました。その証拠はあります」 
「してないしぃ!」 
「っ、そんなことしてません!」 
 木村と茉莉那が反論し、葉紀子はスマートフォンで撮った動画をクラス担任へ見せる。 
「私はすぐにもトイレへ行きたいの。どいてください」「「「………」」」「どいてくれないで、私が漏らしたらイジメだと先生に報告するわ」「へぇ、塚本さん、イジメられてるんだ?」「大変だねぇ」「いったい誰に?」「………。お願いです。そこをどいてください。トイレにいきたくて漏らしそうです。イジメないでください」「へぇ、そんな殊勝な口がきけるんだ。面白い」「あ、私たち邪魔だった?」「ごめん、ごめん、急がないとおもらししそうだね、気がつかなくて、ごめん」「「「フフっ」」」「どいてください。トイレに行かせてください」「「「はいは~い」」」「…ハァっ……ハァっ……ぅぅ…」「ハァハァぅぅ、だって♪」「頑張れ、あと少しで女子トイレだよ」「頑張って、葉紀子ちゃん、おもらししちゃダメよ」 
 クラス担任は視聴して悩む。木村たちはどけと頼まれると、どいてはいる。けれど全体を通してみると明らかに葉紀子のトイレを邪魔していて、とても悪質なイジメにも見える。 
「木村、どうして、こんなことをした?」 
「私たち何もしてません。立っていて、どけと言われたので、どいただけです」 
「……。塚本の様子をみれば、苦しそうなことはわかるだろう?」 
「だから、どきました。おもらししないよう応援もしました。おもらしといえば、球技大会で永戸さんはおもらししそうで苦しかったから挨拶を塚本さんに替わってもらおうとしたのに無視されて学校中の人に見られるところで、おもらしして、ずっと可哀想でした」 
「あ~……あの件を根に持ってか。永戸、そうなのか?」 
「恨んでますけど、私は何もしてません!」 
「だよね! なのに叩かれたよね!」 
「見た見た! 暴力でした! 塚本さんが永戸さんを叩いてました!」 
「塚本、そうなのか?」 
「私が失禁したことを笑ったからです。私に利尿剤を盛って2度も失禁させられたからで私は何も悪くありません!」 
「永戸、そうなのか?」 
「違います! 薬を盛ったのは、そっちでしょ?! 自分が卑怯なことをするから、私にもされたって思い込んでるだけ!」 
「思い込みで二度も漏らさないわ!!」 
「叩かれて痛かった!! 謝ってよ! 私は何もしてないのに!!」 
「何もしてないのは私の方よ!!」 
 言い合いになりクラス担任が仲裁する。 
「わかった、わかった! どうどう!」 
「「………」」 
「よーし、だいだい、わかった」 
 こいつら……面倒臭いなぁ……なまじ頭がいいから、やる方は証拠を残さないようにやるし、やられた方は証拠をとってガッチリ訴えるし……これなら底辺校のケンカのがマシかもなぁ、とクラス担任はうんざりしてくる。 
「まあ、この件は、これで終わりにしろ。これ以上、争うな」 
「「………」」 
 葉紀子も茉莉那も納得できていない。打たれ慣れている層川と違い、茉莉那の頬は赤くなっているし、葉紀子は今もお尻が濡れたままで悔しい。 
「永戸、塚本、とくにお前らは生徒会の会長と副会長だろ、自重しろ」 
「「……………」」 
「いいな、この件は、これで終わりだ」 
「異議があります」 
 葉紀子が言い、クラス担任は受け付けない。 
「異議は却下だ」 
「………。私は薬を飲まされたんですよ! 犯罪です!」 
「却下と言ったら却下だ!」 
「くっ………」 
「よし、ホームルームを始めるぞ」 
「警察に通報します」 
「あ? おい、塚本!」 
 クラス担任が止めても葉紀子はスマートフォンで110番をかける。このまま終わらせるのは悔しすぎたし、証拠の見込みがあった。お昼休みに飲んだ水筒の麦茶は、まだ少し残っている。これに薬が残っているはず、と葉紀子は通報した。 
「はい、110番です。事件ですか、事故ですか?」 
「事件です。何かの薬を飲まされました」 
「いま、どこですか、お名前は?」 
「星丘高校2年2組の教室、私は塚本葉紀子です」 
「薬を飲まされたのは、あなたですか?」 
「そうです」 
「体調は?」 
「今は平気ですが、二度もおしっこを漏らしてしまいました」 
「おしっこを2回ですね。どこか、痛いところは?」 
「今はありません」 
「誰に薬を飲まされたのですか?」 
「確証はありませんがクラスメートです」 
「……。学校の先生に、相談しましたか?」 
「しました」 
「先生は、なんと?」 
「まともにとりあってくれませんでした」 
「………そうですか……。あなたはイジメられているのですか?」 
「はい」 
「なにをされました?」 
「利尿剤という薬を飲まされ、トイレに行きたくなったのに、それを妨害され失禁させられ、衣服を汚してしまいました」 
「なるほど………そこに学校の先生はいますか?」 
「います」 
「電話を替わってもらうことは、できますか?」 
「訊いてみます」 
 葉紀子が問うてみる。 
「先生、電話に替わってくれますか?」 
「知らん!!」 
「………。先生は、一言、知らん、と言いました」 
 そのままを葉紀子は電話口に伝えたし、大きな声だったので向こうにも響いていた。 
「そうですか……、……塚本さん、基本的に学校の問題は学校で解決してもらうことになっています」 
「学校で犯罪が起こってもですか?」 
「………いえ、犯罪があれば……場合によっては……介入しますが……110番は警察官の派遣を市民が要請するものです。電話相談ではなく、警察官が現場に向かうことになります」 
「来てください」 
「…………。わかりました」 
 葉紀子が電話を終えると、教室は重い空気に包まれていた。層川でさえ、ふざけたことを言わない。クラス担任が頭痛でもするかのように頭を撫でている。すぐに校舎の外からパトカーのサイレンが聞こえてきた。サイレンが校門のあたりで消えると、警察官が2名、職員室に寄ってからあがってきたようで教頭とともに現れた。 
「あなたが塚本さんですか?」 
「はい」 
 警察官と葉紀子が話す間に、教頭とクラス担任も話し合い、状況を確認していく。木村は青ざめ、茉莉那は怖くなってきて泣き出した。 
「……ひっく……私……なにも…してない……ぅぅ……ぐすっ…」 
 警察官に質問されると茉莉那は泣きながら答えたし、木村も怖くて唇を震わせながら答えた。 
「私、何も知りません! 黙秘権を行使します!」 
「「………」」 
 警察官が顔を見合わせる。だいたいは、やましいことがある人間が黙秘権を言い出すので、とりあえず木村はグレーだと感じた。ただ、正直なところ事件として取り扱うのは面倒臭い。明らかに学校内の揉め事で、イジメられているというには葉紀子は堂々としているし、警察として動くのは億劫だった。葉紀子は証拠になると思っている水筒を警察官に示す。 
「この水筒に利尿剤を入れられたのだと思います」 
「……、そうですか………一応、調べた方がいいですか? 鑑識で」 
「お願いします」 
「では、預かります。今日のところは、これで」 
 警察官が去るときには他のクラスは放課後になっていて大勢の生徒が葉紀子たちを見に来ていた。クラス担任と教頭が追い払い、2組の生徒にも告げる。 
「解散だ、今日は終わり! 余計なことは家でも言うな! ネットにも書くな!」 
「「「「「……………」」」」」 
 それって箝口令じゃん、と思いつつ生徒たちは部活や帰宅をする。葉紀子も帰宅することにした。もうハーフパンツは半乾きだったし、スカートは乾いている。保健室に行こうか迷ったけれど、保健室で着替えをもらうことが敗者のようで嫌だったから、ハーフパンツを女子トイレで脱ぎ、もともと着ていた制服と下着、靴下を身につけた。 
「……すぐ帰るし、そんなに匂わないかな……どっちかというと汗の匂いの方が……」 
 二度のおもらしと口論、通報、警察官とのやり取りで嫌な汗をかいた。そのために腋の下に汗をかき続けていた。その汗が匂うし、喉はカラカラで口の中も唾液がなくて気持ち悪い。葉紀子がカバンをもって昇降口から出ようとすると、たまたまいた層川が声をかけてくる。 
「よぉ、塚本、帰るのか?」 
「ええ」 
「お前なら明日も休まないで、来そうだな」 
「……。そうね」 
「じゃあな」 
 何の意味もなく層川は警察官のような敬礼で葉紀子を見送ってくれた。最寄り駅へ直通するスクールバスに乗るとタメ息が出る。 
「はぁぁ…」 
 今は自習する気にもなれないほど疲労感を覚える。 
「半日無駄にした……バカばっかりのせい……」 
 ぼんやりと街並みを眺め、駅に着くと自動販売機で炭酸入りオレンジジュースを買った。喉が渇いていたし、糖分も欲しかった。 
「んくっ……んくっ……あーっ…」 
 普段は飲んだ後に声を出したりするのはカッコ悪くてしないのに、今は思わず言ってしまった。そのくらい喉が渇いていた。おかげで、あっという間に500ミリのペットボトルを飲みきっている。それでもまだ飲み足りない。強い渇きを覚えるし、糖分で口の中がベタつくのが不快でお茶も買った。 
「あ~……美味しい…」 
 やっと渇きが消え、ちょうど電車が来たので車両に乗った。放課後の時間帯なので、やや車内は混雑していて高校生が多い。葉紀子は出入口付近に、ぼんやりと立った。 
「疲れた………でも、フフ……今頃、私に利尿剤を盛った人は処分が恐ろしくて震えているでしょうね。いいきみ」 
 犯人が茉莉那なのか、木村なのか、その他の誰であっても警察を介入させたことで教師がうやむやにしようとしたことが事件になるかもしれない。その恐怖で震えているだろう様子を想像すると笑えた。階段や教室で失禁させられた恥辱感は、まだ胸の中で渦巻いている。生まれてきて今日まで、あんなに恥ずかしくて悔しい想いをさせられたのは初めてだった。電車が次の駅に到着し、大勢の他校生が乗ってきた。星丘高校よりワンランク偏差値が低い普通科高校の生徒たちで男女10人くらいが仲良く会話し始める。そんな会話が耳に入ってきてもうるさいだけなので葉紀子はカバンから教科書を出すと眺めることにした。男子の一人が女子に向かって問う。 
「なんかさ、変な匂いしないか?」 
「そうね、なんか匂う」 
「お前じゃね?」 
「失礼ね」 
 他校の生徒たちは匂いの発生源を探り、葉紀子だと感じたので目配せし合って直接的に言うのは避ける。葉紀子からは汗とおしっこの匂いがするので密閉された車内だと、やや臭かった。葉紀子も自覚して恥ずかしいので教科書で顔を隠し、あまり動いて腋の匂いが拡がらないようにする。女子の一人が言う。 
「勉強か、身だしなみか、どっちとるか選ぶなら、どう?」 
「そこはバランスだろ。あんまガリ勉もキモいし、それは男も女もいっしょだろ」 
「そうだねぇ」 
「……」 
 葉紀子は自分のことを言われている気がするけれど、無視して静かにする。今日はいろいろあって汗の匂いが強いだけで普段の葉紀子は身だしなみにも気をつけているし、自習はしてもガリ勉というつもりはない。ただ、眼鏡のせいもあって周囲にそうとらえることを、わざわざ否定するほどヒマでもないので放置している。今も他校生たちに、どう思われていようと、どうでもいいことだった。ただ、困ったことに尿意を覚えてきた。 
「…………」 
 この車両……トイレは……、と葉紀子は少し教科書から目を上げて車両を見回したけれど、トイレのない車両だった。なのに、おしっこは急激に貯まってきている。 
「…………」 
 もしかして、まだ利尿剤の効果が残って……ぅぅ…、と葉紀子は身震いした。もう膀胱いっぱいという感じで、おしっこが漏れそうになってくる。葉紀子は出入口の扉に背中を預けた姿勢のまま、ぴったりと腿を合わせた。 
「…………」 
 私はお昼休みに麦茶を少し飲んだだけなのに2度もおもらしして……そのとき失った水分と汗もかいたから、どうしても飲みたくて……むしろ飲まないと脱水症状に……でも、飲むと、おしっこになって……それが利尿剤の効果………なんて、やっかいな薬を飲ませてくれたの……絶対に許さない! 退学、ううん、訴えてやる、と葉紀子は復讐心を強くしたけれど、おしっこが漏れそうな状況は悪化してくる。 
「…ハァっ…」 
 もう気を抜くと漏らしそうなので次の駅で降りることにした。大都市の環状線と違い、それほど本数のないダイヤなので帰宅が遅れてしまうけれど、このままだと車内でおもらしするのが確実だと感じ、電車が停車して反対側の扉が開いたので歩き出した。 
 グッ… 
 歩き出したのに葉紀子は後ろへ引っ張られる。 
「ぇっ…」 
 びっくりして振り返るとカバンとスカートの一部が、もたれていた扉に挟まれていた。おかげで一歩も動けない。 
「そんな……」 
 動けないうちに電車が出発してしまう。 
「うぅ……」 
 次の駅まで、おしっこを我慢できるかしら……でも、こちら側の扉はしばらく開かない……、と葉紀子は一年以上も乗っている列車なので次の駅でも、その次でもカバンとスカートを挟んでいる側の扉が開かないことに気づいた。 
「っ……」 
 そんなっ……もう我慢できない……おしっこ……漏らしてしまう……どうしたらいいの……、と葉紀子は困惑しつつカバンとスカートを扉から引っ張ってみたけれど、まったく抜けない。むしろ力を入れると、おしっこを漏らしそうだった。 
「…ハァっ……くぅ…」 
「「「……」」」 
 周りにいた他校生たちが呻いた葉紀子を見てくる。とっさに葉紀子は左手だけで教科書をもち、その教科書で顔を完全に隠しながら、左肘の内側で胸の名札も隠し、右手では他人へ印象を与えやすい太い黒フチの眼鏡を外し、カバンに入れてからそのまま右手でカバンについている名札を握って隠した。おもらししてしまうと感じて、せめて名前と顔だけは隠しておく。これなら、星丘の女子の一人というだけで済み、塚本葉紀子が電車内でおしっこを漏らしたなどというウワサが拡がるのは防ぐことができる。葉紀子は顔を俯け、セミロングの髪で顔の左右もしっかりと隠した。 
「……ぅぅ………」 
 個人名は特定されないようにしたけれど、それでも電車内で失禁などしたくない。そんな恥ずかしい目に遭いたくなくて、内腿を合わせて我慢するけれど、もう漏れそうで膝と肩が震える。 
「…ぅ~っ…」 
 呻きたくないのに、おしっこが尿道をこじ開けようとするのがつらくて葉紀子は声を漏らしてしまう。そんな様子を見て男子の一人が心配してきた。 
「君、大丈夫? なんか震えてるけど」 
「っ…平気……私のことは気にしないで…」 
 あまり大きな声を出すと今にも漏らしそうで小声で言い、顔は見せない。 
「「「「「…………」」」」」 
 そんな様子に他校生たちは余計に葉紀子へ注目する。女子の一人が小声で仲間に問う。 
「この人、少し臭くない?」 
 それは乗車したときに気づいたことだったけれど、再確認している。そして葉紀子は再び汗をかいてきていて、その匂いが増していた。 
「シッ、そういうこと言わないの。けっこう声、聞こえるよ」 
「でもさぁ……なんか様子も変だし」 
「さっきチラっと顔が見えたけど、けっこう可愛かったよな。眼鏡とるとさ」 
「男子って、そればっか」 
 そんな風に言われている中、とうとう葉紀子はおしっこが我慢できなくなってしまう。 
 しゅー… 
 おしっこが漏れてきた。 
「っ…」 
 とっさに股間を手で押さえたい衝動にかられたけれど、顔や名前を晒したくないので葉紀子は手は動かさず、おしっこを腿の力で止めようとピッタリと合わせる力をより入れた。 
 プルプル… 
 葉紀子の腿と膝が震え、おしっこの温かさを内腿で感じてしまう。 
「……」 
 止まって……止まって……お願い……電車内で、おもらしなんて絶対イヤ……、と葉紀子は必死に力を入れ、おもらしを止めることができた。 
「…ハァっ…ハァっ…」 
「やっぱり震えてる」 
「気分でも悪いのかな?」 
「………」 
 おもらしは少量で済み、葉紀子は顔を隠したまま、どのくらい漏らしてしまったのか皮膚の感覚で恐る恐る感じてみる。ピッタリと合わせている腿は汗による濡れもあって、おもらしなのか、汗なのか、わかりにくい。けれど、ショーツは再び生温かく濡らしてしまったことは確実で立っていたので前方へ噴き出し、スカートを濡らしていないか、とても心配だった。 
「……」 
 そっと葉紀子は教科書で顔を隠したまま、下を見てみる。 
「…っ…」 
 小さく、ほんの1センチほど、スカートの前が濡れていて小麦色の生地が茶色く変色している。足元にも数滴、おしっこがこぼれ落ちて電車の床を濡らしていた。猛烈に恥ずかしくなった葉紀子は教科書を顔に押しあてる。 
「……」 
 恥ずかしい。 
「……」 
 学校でのおもらしは意地悪されたあげくなので仕方ないと主張できても、今周囲にいる他校生たちは何か葉紀子に悪戯したわけでもなく、ただ乗り合わせただけの人たちで、そんな人たちの前で無様に失禁しているのは葉紀子にとって恥ずかしすぎて腰が抜けそうなことだった。けれど、もしも腰を抜かすとスカートがズリあがり、より取り返しのつかない恥をかくことになるので葉紀子は膝に力を入れ、なんとか立ち続ける。なのにまた膀胱が収縮して、おしっこを出そうとしてきた。 
 しゅぅ…しゅぅ… 
 どんなに腿を合わせても、少しずつ少しずつ、おしっこが漏れてくる。前方に噴き出すのでショーツを通り抜け、じわじわとスカートを濡らしてくる。もう染みの大きさが5センチくらいになってしまった。足元にもポタポタと滴を落としている。 
「…ハァっ……ハァっ…」 
「「「「「……………」」」」」 
 他校生たちの視線が葉紀子のスカートに集まる。それから足元の滴も見た。女子が仲間たちに小声で問う。 
「あの子、おしっこを漏らしてるように見えない?」 
「見えるけど、おしっこなんて高校生になって漏らすか?」 
「じゃあ、なんで濡れてきてるの?」 
「……」 
「今、エッチなこと考えたでしょ、スケベ」 
「考えてねぇよ」 
 そんな会話の間に電車が次の駅に到着して停車した。 
 プシュー… 
 扉が開くけれど、葉紀子のカバンとスカートを挟んでいる方ではなく反対側が開いただけで解放されない。しかも、より多くの高校生たちが乗ってきて車内が混雑し、葉紀子のすぐそばまで他校生たちが来た。 
「…ハァっ…ぅ、…ぅー…」 
 また膀胱が収縮し始める。 
 しゅわ…しゅわ… 
 さっきより漏らす量が増えてしまい、葉紀子のスカートは前方が大きく濡れ、裾まで染みが拡がった。もう人の頭より大きな染みをつくっているし、おしっこの匂いが車内に拡がる。後から乗ってきた農業高校の男子が遠慮無い大きな声で言う。 
「なんか、小便臭くないか?」 
「どうかな、私は鶏糞で鼻が慣れてるから、わかんないよ」 
「っ…」 
 葉紀子は中学の後輩が乗ってきていることを声で感じて戦慄した。彼女たちは実習で移動することが多いので、こちらの地域に来ていて帰るのかもしれない。葉紀子から2メートルほど離れところにいるのに、大声で会話しているので、よく聞こえる。 
「これ絶対に小便の匂いだぞ」 
「牛の?」 
「たぶん人の」 
「あはは、誰か漏らしてたりして。あ、おもらしといえば私の大先輩で東中の女帝、今は星丘の影の女王って呼ばれてる人がいるんだけどね」 
「……」 
 いつから、そんな名前をつけたのよ、今つくったわね、と葉紀子は突っ込みたかったけれど、そんな余裕はないので顔を隠し続ける。後輩は得意げに大声で語り始めた。 
「その人は生徒会の副会長になったんだけど、裏から完全に学園を支配してるの。生意気だった生徒会長を全学園生の前でおもらしさせて廃人同然に追い込んだ上で自殺させて、影の女王に君臨してる」 
「……」 
 だから生きてるから、と葉紀子が突っ込みたいところ、聴いていた男子が言う。 
「お前の話、いつも誇張されるよな。そんな自殺事件があったら報道されるだろ」 
「報道なんかされないよ、影の力で握り潰すから」 
「なんだよ、影の力って。けどまあオレの中学でも自殺したヤツいたけど、報道されなかったなぁ」 
「あ、また南中のドラゴンの話?」 
「いや、リンチとかじゃなくて親が離婚して、そのショックとかで校舎から飛び降りた女子が死んでさ。オレら次の日からマスコミとか、いっぱい来てテレビにも出て、すげぇことになるんじゃねぇかと思ってたのに、ぜんぜん静かでカメラも来ねぇし、新聞にも、おくやみ欄だけ載って、あとは校長が全校集会で命は大切にしましょう、って話をしただけで終わりだった」 
「へぇ……あ、私が話してる人はね、ホントすごいの。中学で先生もやっつけたし、すっごい頭よくて学年一位で星丘にも余裕で受かるし、ずっと一番だって」 
「ふーん……ビリがいれば一番もいるからな。けど、そんな一番なヤツが生徒会長におもらしさせるって、どうやるんだ?」 
「ここだけの話、特別な薬があるんだって。おしっこ漏らさせる薬」 
「そんな魔法みたいな薬は無いだろ」 
「あるらしいよ。マジで」 
「へぇ、じゃあイジメに使ったら最強だな」 
「そうそう、いつでもポアできる」 
 くだらない会話を続けているけれど、もう葉紀子はそれどころでなくなってくる。おしっこを我慢できなくて、腿を閉じているのに噴き出してきて止まらなくなった。 
 しゅぅぅぅぅ……シュワァァァ! 
 勢いよくスカートの前にあたり、スカートの生地さえ透過してしまい、周りにいる普通科高校の生徒たちが葉紀子のおしっこがスカートから漏れ出ているのを見た。 
 チャパチャパ… 
 おしっこは床に落ちて拡がり、水たまりは大きくなって混雑した車内で避けようもなく葉紀子の周りにいる数人の靴底も濡らした。もう恥ずかしすぎて葉紀子は背中を丸め教科書へ顔を埋めて震えている。 
「「「「「……………」」」」」 
 普通科高校の生徒たちは目配せし合い、葉紀子を守るように囲んだ。そうしてから女子が小声で問う。 
「あなたイジメられてるのね?」 
 他の女子も問うてくる。 
「私もウワサは聴いたよ。ひどい副会長が気に入らない生徒におもらしさせてイジメるって。今日も誰か自殺してパトカーが来たって」 
「あなたも変なクスリを飲まされたのね、可哀想」 
「………」 
 葉紀子は聞こえていても、どう返事していいか、わからない。とにかく今は自分が塚本葉紀子であることだけはバレたくなかった。いっそ取り囲んでバカにされる方が同情されるより、気持ちの持ちようがあったかもしれない。ただ、おしっこを全部漏らしてしまったので、ようやく膀胱が楽になり身体の苦痛は軽くなった。その分だけ精神的な苦痛は増し、おしっこで濡れたスカートや足元の水たまりが恥ずかしすぎて話題の通り自殺したくなる。ここから消え去りたかった。なのにカバンとスカートを扉に挟まれていて逃げることも電車をおりることもできない。泣きたかったけれど、泣けば泣いたで声をあげてしまって、それこそ後輩に気づかれるかもしれないので教科書を噛んで耐える。 
「……くっ………ぅくっ………」 
「この子、どうしてあげよう?」 
「ひでぇ、ドアにカバンとスカートが固定されてる」 
「だから、おしっこしたくても降りられなかったのね、可哀想」 
 同情されるのが痛い。しかも、また尿意を催してきた。さっき漏らしたばかりなのに、もう膀胱に張りを感じる。また数分もたてば、おもらし確実という尿意の高まりだった。頼んでもいないのに他校生の女子たちがハンカチでスカートをトントンと叩いて拭いてくれている振動が逆につらい。もう泣き出したいくらい精神的に追いつめられてきて、葉紀子は腰が抜けた。 
 ストン… 
 上半身が床に近づいて、しゃがみ込むとスカートがせり上がりショーツが丸出しになった。 
「どうしよ? 私たちで支える?」 
「非常停止レバーで電車を止めるか?」 
「それ、余計に恥ずかしくて地獄だから止めてあげて」 
 本当に地獄だと葉紀子は感じたけれど、急に救いが来た。 
 プシュー… 
 カバンとスカートを挟んでいたドアが開き、身体が解放される。もう逃げるようにホームへ降りた。 
「「「あ…」」」 
 他校生たちが自分たちも降りてあげるべきか迷っている。 
「こないで」 
 絞り出すようなかすれた声で葉紀子が頼み、まだ教科書で顔を隠しているので他校生たちは察して車両に留まった。ドアが閉まり、電車が走り去る。 
  
  
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