おもらしの想い出

吉野のりこ

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夏原志澄実のおもらし2

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  パチン! 
 志澄実は平手で純子の頬を叩いた。 
「痛っ…」 
「…ハァ…ハァ…」 
 自分のおしっこおもらしの姿をよりによって絵に描いて答案として提出したという純子を許せなかった。 
「この…」 
 叩かれた純子は痛さで涙目になり、怒りで叩き返そうと右手をあげた。 
「……」 
 けれど、純子は振り上げた手をおろした。涙をハンカチで拭いて、冷静な顔になる。そして希美子に向かって言う。 
「荒宮先生、他校生に暴力をふるわれました」 
「「……」」 
「とても痛いです。傷つきました。他校生は高等部を受験に来た人です。これから高等部の校長に暴力行為を報告します」 
 そう言い放った純子は冷たい顔で志澄実を一瞥すると、踵を返して教室の出口に向かい始めた。 
「っ、そんな…やめて! 待って!」 
 志澄実が青ざめて追い、純子の袖を握った。そんな報告をされれば合格が危うくなる。自校生と他校生の言い分、学校側がどちらを優先するか、公平に判断してくれても、暴力をふるったのは志澄実だし、事情を知ってもらうにはおしっこおもらしの件も言わざるをえない。この場だけの秘密にしてもらえず、おおごとになる。 
「お願い、待って!」 
「外部生って、やっぱりバカね。自分の立場もわかってない」 
「叩いたことは謝るから!」 
「あれ? せめて、ごめんで済んだら警察は要らないくらいのこと、外の学校でも習わないの?」 
「ごめんなさい! 思わず、思わずなの! だって、あなたが…」 
 謝りはしたけれど、悔しい。そんな志澄実の悔しさを見こして、純子はほくそ笑みつつ言う。 
「残念ね、今日一日の頑張りが水の泡。あ、おしっこの泡かな。クスクス」 
「ぅぅ…」 
「おもらししたまま頑張ったのに、不合格確実。でも、その方がよくない? 諦めついて。おしっこ漏らした学校に入学するより、どっか別のとこ行けば」 
「私にはここしかないの! お願い!」 
 希美子が仲裁に入る。 
「そのへんにしてあげなよ。手を挙げたのは水藤さんだけど、総合的に見て鹿狩さんが悪い」 
「荒宮先生、校長へ報告に行く証人になってください。教師は黙秘権を行使しませんよね。見たことをありのまま証言してください」 
「そんなに怒るな。あと、教師には守秘義務がある。証言はしないし、行かない。水藤さんも謝ってるから、許してやれ」 
「………」 
 純子は手鏡を出して叩かれた頬を見た。薄くピンクになっている。 
「赤くなってる……親にもぶたれたことないのに」 
「「…………」」 
「……いいよ、校長への報告はやめてあげる」 
 そう言って今度はスマートフォンを出すと、さっと操作して耳にあてた。 
「あ、もしもし、サヤちゃん。私まだ教室、それがさァ、テスト中におしっこ漏らした子がいて、その掃除」 
「っ?!」 
「ちょっと待て、鹿狩!」 
「きゃははは! マジマジ、マジでおもらし! しかも、おもらししたのにテストを続けたんだよ! すごい執念! 私にはここしかないの、って言ってさ。あの執念なら合格かもしんないし、入学してきたら、いっしょにイジメようよ。みんなで!」 
「っ…っ…」 
「やめなさい! 鹿狩!」 
 希美子が強引にスマートフォンを純子から取り上げ、耳にあてて言っておく。 
「もしもし! 美術の荒宮だ。今、聴いたことを広めたら、君もイジメの幇助者とみなす。……もしもし? もしもし?」 
「クス…先生、それエア電話」 
 クスクスと純子が可笑しそうに笑っている。希美子が画面を見てみると、ただの壁紙が表示されているだけだった。 
「先生まで、ひかかるなんてね。どう? スイトウさん、ビビった?」 
「…っ…」 
 志澄実は青ざめているだけで何も言えない。純子が畳みかける。 
「さ、どうする? 私には、どっちもできるよ。校長に報告も、友達に報告も」 
「……」 
 合格の危うさ、もし合格できても純子には中学からの友達がいる、幼稚園からあがってきている人間関係がある、なのに志澄実はゼロから人間関係をつくらなければならない、味方はいない、ゼロどころか、おしっこおもらしのマイナススタート。そもそも上位10番でないと入学できない。きっと上位10番は目立つ。その目立つ状態で、おしっこおもらしを背負ってスタート。純子に狙われてのスタート。志澄実は気が遠くなってくる。頑張ったのに、とっても頑張ったのに、苦しい。未来が見えない。もう、どうしていいか、わからない。志澄実は身震いし、立ったまま失禁し始めた。 
 ショー… 
 試験中に7割は漏らしたけれど、残尿が3割ほどあって、それを漏らしていた。気が遠くなって、力が抜けて、棒立ちのまま、おしっこを垂れ流している。 
 ショー… 
 股間が生温かく濡れて、ショーツから小さな滝と、内腿を濡らす流れに分かれて、おしっこおもらしをしているけれど、志澄実は気が遠くなっていて、あまり皮膚の感触が脳に入っていない。茫然と失禁している様子を見て、純子が驚く。 
「え? なんで、また、おもらし? ……あ、イジメ宣言されてビビりすぎて漏らしたの?」 
「……ぅ………ぅくっ……ぅああああん!」 
 志澄実が声をあげて泣き出した。おしっこを漏らすほど精神的に追いつめられて、もう泣くしかなかった。泣きながら恨み言をぶちまける。 
「なんで?! なんでよ?! うちはお金がないの! ここしかないの! イジメないでよ! お金持ちなくせに!」 
「やっかみ? カッコ悪いね」 
「あなたには貧しい人の気持ちなんてわからない!」 
「だから?」 
「だから! ………だから! ………うわあああん! ごめんなさい、ごめんなさい、叩いて、ごめんなさい! 許してくださいいぃいい!」 
 言えるだけ言いたいことを言うつもりが途中で謝り始めた志澄実はおしっこおもらししてつくった水たまりに両膝を着いて両手を祈るように組んで純子を見上げている。 
「なに、それ? はぁぁぁ……泣く子と地頭には勝てないわ」 
 タメ息をついた純子が肩をすくめ、叩かれたことを許す。 
「はいはい、もう、いいよ。おしっこ拭いてやったのに、人のこと叩きやがって恩知らずって思ったけど、なんか切羽詰まって受験してるんだね。許してあげるよ」 
 そう言って再びできた小さな水たまりを雑巾で拭き始めた。志澄実は腰が抜けたように、その水たまりに座り込んでいる。 
「荒宮先生、この子を保健室に連れていってあげたら?」 
「そうね。……鹿狩さん、他言は…」 
「しないしない。あー、私って親切、おしっこ二度も拭いてあげるなんて。叩かれたのにさ。入学してきたらジュースでも奢ってもらおうかな。たっぷり私がおもらしするくらい」 
「…ぐすっ…叩いて、ごめんなさい…」 
「もういいから。こっちも、からかってごめん。許してくれる?」 
「…うん…ぐすっ…」 
 二人に立たせてもらった志澄実は荷物をまとめ、試験前に教室の後ろに丸めて置いたコートを着る。スカートの丈が短いおかげで濡れたスカートはコートで隠しきれる。靴下が濡れているのは諦めて保健室へ希美子の案内で向かう。その途中で希美子は職員室に試験用紙を届ける。その間、志澄実は職員室の前に立って待つ。誰かに靴下が濡れていることに気づかれたら嫌だな、と怯えていたけれど、今日は入試のために部活も無いようで受験生が帰った校舎はとても静かだった。 
「………」 
 おしっこで濡れた下半身で職員室の前に立っていると、みじめさが身に染みる。再び純子の姿が見え、こちらに歩いてきた。 
「………」 
「………」 
 純子は無言で職員室そばの水道でバケツと雑巾、手を洗っている。こちらに来たのは洗うためのようだった。今さらながら、純子が着ている制服が星丘中学の物で高校と同じ学園章が刺繍されていることに志澄実は気づいた。志澄実自身、自分の受験に集中していて周囲の受験生が着ている制服にも目を向けていなかったことを実感する。もしも志澄実から数メートル離れた席で同じように、おしっこおもらししている受験生が居ても泣かずに帰宅されたならわからないかもしれない、と思った。純子が洗い終わると志澄実に言ってくる。 
「じゃあね。合格を祈ってあげる」 
 笑顔で手を振ってくれたのに、うまく返事をできなくて志澄実は頭をさげただけだった。職員室から希美子が出てくる。 
「お待たせ、ごめんね、後回しで」 
「…いえ…」 
「さすがに試験答案は、みだりに持ち歩けないから」 
 ようやく保健室に向かう。試験が終わって、ずいぶん時間が経っているので保健室は無人だった。公立中学の保健室より、ずっと豪華で無人なのに暖房が効いていて温かい。希美子はステンレス製のタライを志澄実に渡す。 
「水藤さん、とりあえず濡れたものを脱いで、ここに」 
「…はい…」 
「ベッドサイドでカーテンを閉めればいいよ」 
「…ありがとうございます…」 
 志澄実はベッドに近づきカーテンを閉めた。上履きを脱いでそろえ、靴下を脱ぐとタライに入れる。スカートも脱いでパンツも脱いだ。 
「……ぐすっ…」 
 下半身裸になると、みじめな気持ちが増した。希美子がお湯で濡らしたタオルと乾いたバスタオルを持ってくる。 
「これで拭いて、あとバスタオルを身体に巻いて。私は着替えを探してあげるから」 
「…ありがとうございます…」 
 元気のない声で答え、志澄実はおしっこ臭くなってきた下半身を濡れタオルで拭く。かなり時間が経ったので、おしっこの匂いが臭い。錆びた鉄と焦げたプラスティックの匂いを混ぜて薄めたような変な匂いがする。お尻を拭き、股間も拭いて、上から下へ脚も拭いた。足の指がおしっこでふやけている。 
「…ぐすっ…」 
「それにしても、あなたはお尻までキレイな小麦色に焼けてるのね。それ、サロンで焼いたの?」 
 志澄実の身体には水着の痕もない。肌は完全な全身小麦色で下着によって隠れていた部分も顔と同じ色合いだった。お尻の湿った肌がつややかで希美子は羨ましそうに見つめた。つい希美子は全裸で日焼けできるサロンに通ったのかと質問したけれど、生徒に対するその金銭感覚も志澄実には恨めしい。 
「ぐすっ……そんなお金ありません、これは生まれつきです」 
「ごめん、ごめん。でも、キレイな小麦色で羨ましいと思う人はいるよ。ホント、キレイ」 
「嬉しくないです。軽いギャルみたいに見られるし」 
「そう、なかなか人それぞれ人生はままならないね」 
「…ぐすっ…」 
「ベッドで少し休んでいいよ。あと、私しかいないから、泣きたいなら泣いて」 
「……はい…」 
 志澄実はバスタオルを腰に巻くとベッドへ横になった。疲れているけれど眠気はない。悲しさと恥ずかしさ、不安が胸を渦巻いている。後悔もある。昼休みまでトイレに行かなかった後悔、純子を叩いた後悔。思い返してみれば純子はおもらした志澄実を助けようとしてくれた。なのに叩いてしまった。答案におしっこおもらしの姿を描かれたらしくて、それは悔しいけれど、やっかみも大きいことは自覚できる。 
「…私……最低だ…」 
 つぶやいて、涙を零した。 
「……ぐすっ…」 
 次々と涙が零れてくる。 
「…ぅぅ…」 
 泣けてきた。 
「…うううっ…」 
 泣きたいなら泣いて、と言ってくれたこともあって志澄実は泣き始めた。 
「…うううっ…うぐうぐうう!」 
 だんだん号泣になる。枕に顔を埋め、シーツを掴んで、激しく泣いた。恥ずかしい、おしっこを漏らしたことも、おもらし姿のまま受験したことも、ずっと押さえ込んでいたけれど、恥ずかしくて恥ずかしくて気が変になりそうだった。 
「わうあああああ!」 
 おしっこ我慢に失敗しておもらししただけでも恥ずかしいのに、二度も漏らしてしまった。二度目は失禁だった。気が遠くなったのと、純子が怖かったことで力が抜けて垂れ流してしまった。校長に報告されて合格が危うくなるのも怖かったし、友達に報告されて入学後にイジメられるのも怖かった。友達関係をそのまま高校に持ち込める純子たち内部生が怖くなってしまった。 
「あああんううう!」 
 相手のことが怖くなって、ビビり漏らしてしまったのは一人の人間として、あまりに屈辱的だった。まるで子猫が虎に睨まれて漏らすように身体が竦んで、それほど尿意があったわけではないのに、おしっこおもらししていた。しかも、感情にまかせて相手を叩いて言いたいことを言ってやるつもりが途中で怖くなって漏らして謝った。 
「うううっうううっ!」 
 情けない、恥ずかしい、自分で自分を見損なった。あんなにアッサリと降参してしまった、もう少しくらい意地が張れる自分が欲しかった。志澄実という名前は母親が、こころざしを澄ませて実りますように、と名付けてくれたのに、こころざしどころか意地さえ無い。相手の慈悲にすがるしかないと身体が感じて、動物的な完全屈服に落ちて、おしっこを漏らして全力で謝罪した。生殺与奪を握られて、反論する勇気が萎えて、ただ謝って相手の慈悲にすがってしまった。 
「あああううう!」 
 あまりに志澄実が意気地無しなので純子の方が拍子抜けしてしまって慈悲を施してくれた。そして、それを素直に受け入れて、おしっこを拭いてもらって、合格まで祈られた、完全な上から目線で、同じ中学3年生なのに純子は合格が確実で小学校3年生が当たり前に4年生になるような気分でいて、志澄実の合格を祈ってあげる、と言われた。自分が漏らした水たまりに腰を抜かしてズブ濡れになって座り込んでいるところを優しく拭かれて、悔しいとも思えず、ほっと安心していた。今になって心底、そんな自分を見損なう。 
「ぅううぅぅぅ…」 
 かなりの慟哭を続けた志澄実が泣き止みかけた頃、希美子が保健室内にある自動販売機で紅茶を買ってくれた。 
「ほら」 
「ぐすっ…ありがとうございます…」 
「安心して。鹿狩さんには重ねて念を押しておくから」 
「…はい…お願いします…」 
 紙コップの紅茶を飲んで落ち着いた志澄実に着替えを与えようと探した希美子は見つからなかったので内線電話で養護教諭に問い合わせ、気の毒そうに棚から紙オムツを出してきた。 
「どうも着替えがない。昨日、雨の中、大学受験が終わった女子たちが制服のままグラウンドで、はしゃぎ回って保健室の着替えを全部、使ってしまったらしい。気の毒だけど、これしかない」 
「…それ、って何ですか?」 
「紙ショーツだよ。使い捨ての。逆に返却に来なくていいから着替えより便利かも」 
「……紙ショーツ…」 
 志澄実は大人用の紙オムツよりは小さく、赤ちゃん用の紙オムツより大きい、児童向けサイズの紙オムツを見て、ショーツではなくオムツだと感じたけれど、ノーパンで帰るよりはマシだったので受け取る。 
「…………」 
 やっぱり、オムツみたい。 
「ごめんね。それしかない。けど、さっき君は二度目のおもらしをしたよね。たぶん、一度目のおもらしで括約筋がヘバってしまったと思う」 
「…ヘバって?」 
「ようするに腕立て伏せでも限界まで何十分もやらされて限界を超えて1回もできない状態になった後、さらに数十分後に腕立て伏せをやらされても数回であがらなくなるようなもので、今日明日はおしっこの我慢が効かない可能性があるよ」 
「……我慢が…効かない…」 
「その紙ショーツなら3回分は漏らしても大丈夫だから、それの方が安心して帰宅できるよ」 
「……3回分……」 
 やっぱり、オムツなんだ、と志澄実は感じたけれど、仕方がないので穿いた。ガサガサしてモコモコとする。オムツを穿いたという実感が切なかった。おしっこまみれになったスカートとショーツは希美子がビニール袋に入れてくれている。上履きと靴下も別の袋に入っていて、恥ずかしいお土産袋が二つもできている。 
「…ぐすっ…」 
「コートがあるし、バスタオルを腰に巻いた状態で帰れる?」 
「はい…」 
「バスタオルの返却は………う~ん……合格していたら、返しに来て。不合格だったら、そのままもらっていい。返しに来るのも悲しいだろう。記念にもらっておいていいよ。何年か前の卒業生に渡した記念品の余り物だから」 
「………」 
 言われてみるとバスタオルには星丘学園の学園章が模様として描かれている。少し考えた志澄実は首を横に振る。 
「そんな記念、余計に悲しいです」 
「それもそうか……ごめん、配慮が足りなかったよ」 
 受験中におしっこを漏らして不合格になった記念で、通学できなかった学校の校章が入った物は悲しい想い出にしかならない。希美子が頭を掻いて誤魔化しつつ言う。 
「では郵送で私宛に送って。本来、こういう返却物は持参が基本なんだけど、不合格だったら来るのも悲しいだろう?」 
 合否発表は掲示されず本人への郵送のみになっているので、不合格の受験者は学園に来るのは今日が最期になる。その配慮を志澄実はありがたく受ける。 
「はい、そうさせていただきます。遅くさせてすみませんでした。失礼します」 
「元気を出せよ」 
「…はい…」 
 志澄実はトボトボと元気なく保健室を出て学園前のバス停に向かった。 
「……やっぱり歩いて帰ろう」 
 すぐにバスは来ないダイヤで志澄実の自宅は2.5キロほどだったのでバス代を節約して歩くことにした。星丘高校に入学できれば徒歩圏内なので交通費の負担もなく本当に理想的だった。 
「………上位10番かぁ……」 
 歩いていると向こうから来た男性の視線が気になった。通り過ぎるとき下半身を見られていた気がする。擦れ違った後、志澄実がカーブミラーで確認すると男性は振り返ってまで志澄実の下半身を見ていた。 
「うぅっ…やっぱり変かなぁ…」 
 歩きながらショーウィンドに映る自分の姿を見ると、コートの下にバスタオル巻き、そして靴下無しでの通学靴という格好なので違和感がある。 
「おもらしした子って思われたかな……」 
 かなり不安になってきたので通りかかった公園の女子トイレに入った。 
「いっそバスタオル無しの方が……」 
 もともとスカート丈はコートの丈より短かったのでバスタオル巻きを取り払ってみる。 
「うん、これなら」 
 女子トイレの鏡に映る自分を見ると、靴下無しが冬なのに変なだけでスカート丈がコート丈より短い女子はときどきいるので問題が少ない格好になった。 
「……でも……コートの中、オムツって……はぁぁ………情けないカッコ…」 
 コートを拡げて鏡を見ると、上半身はセーラー服、下半身はオムツという自分の姿が見えた。まさに中学生なのにおもらしする子の烙印という感じがして、誰もいないのに頬が赤くなった。 
「早く帰ろう。日が暮れて不審者とか出てきても嫌だし」 
 志澄実は女子トイレを出て家路を急ぐ。 
「こんなカッコで襲われたら、襲った人もビックリするだろうなぁ。コート脱がせたらオムツって……襲う気を無くして笑われるかも」 
 一人言を漏らしながら歩いていると黒いワンボックスカーが背後から志澄実に急接近してきた。 
 ピピ♪ キュッ… 
 軽くクラクションを鳴らして志澄実のそばに停車する。 
「やっと見つけた」 
 後席のスライドドアが開いて、そこから伸びてきた手が志澄実の手首を捕まえた。 
「あ、千晶ちゃん」 
「シーちゃんてば、どこを、どう歩いてたのよ! かなり探したんだから!」 
 同級生で友人の草津千晶(くさつちあき)が志澄実をワンボックスカーの中に引き込む。 
「もう解答速報が始まるよ!」 
 千晶も同じ星丘高校を受験していたので志澄実を探してくれていた様子だった。 
「いい加減、シーちゃんもスマフォを買ってもらいなよ」 
「あはは、まあ、高校に合格が決まったらね」 
 車に引き込まれた志澄実はシートに座る。 
 ガサッ… 
 座るとコートの中でオムツの動く音がした。 
「っ…」 
 志澄実がビクリと緊張して自分がオムツを穿いていたことを思い出した。しかもコートの中はオムツとセーラー服の上着だけでスカートは履いていない。 
「シーちゃん、どうかした?」 
「な、なんでも、なんでもないよ!」 
「志澄実さん、シートベルトをしめて」 
 運転席にいる千晶の母親が急かしてくる。すでに後続車両からクラクションを鳴らされていた。 
「あ、はい、すみません」 
 今さら降りるわけにもいかず志澄実はシートベルトを締めた。すぐに車は発進する。千晶が靴下を履いていない志澄実に気づいた。 
「シーちゃん、なんで靴下を履いてないの?」 
「っ…、え、えっと、お茶を零したから!」 
 千晶とは仲がいいけれど、おしっこを受験中に漏らしたということは話したくないので志澄実は嘘をついておく。 
「ふ~ん……両方に零したの?」 
「片方だけ脱ぐって余計に変だったから両方を脱いだの」 
「なるほどね」 
「はぁ…」 
 納得してくれたので安心してタメ息が漏れた。千晶は車内が暖かいのでコートは着ていないセーラー服姿でファーストフード店のドライブスルーで買ったポテトを食べ始め、志澄実にも勧めてくれる。 
「食べる?」 
「ごめん、ファーストフードはお母さんがダメって言うから」 
「だったね。シーちゃんち、超健康志向」 
 そう言いながら千晶はシェークを飲もうとしてカップを落としかけた。 
「おっと?! ヤバかった!」 
「千晶! シートを汚さないでよ! この車、もう下取り価格が決まってるんだから!」 
 千晶の母親が運転しながら叱ってくる。 
「はーい」 
「……」 
 また新車を買うんだ、この車だって600万したって言ってたのに……、と志澄実は驚きが顔に出た。記憶では中学の入学式に合わせて購入していたので、まだ3年しか経っていないはずだった。 
「千晶ちゃんち、今度は、どんな車を買うの?」 
「ん~……ちっちゃくて安い軽だって。30万円くらいの」 
「……そうなんだ…」 
「うちも私が高校に入ると、きついらしくて、しばらく普通車は無理だって」 
「へぇ…」 
 志澄実は自分の母親が言っていたことを思い出す。娘同士の仲がいいので母親同士も知り合いになっていて家計事情は知っている。千晶の父親は工場勤務で平均的な収入らしく、母親はパートに出ている。自宅は新築で2980万円を8年前に買い、父親は軽自動車で通勤し、今乗っている車はレジャー用、母親のパート先は徒歩でいけるコンビニ、そして千晶の塾代が予定よりも高くかかり家計が苦しいと零している。それを聴いた後、志澄実の母親は志澄実だけへ、千晶さんは星丘に合格しない方が幸せ、と言ったのが、とても印象に残っている。今の段階で教育費への投資をやめないと家計が破綻するらしかった。 
「千晶ちゃんも私も、星丘は無理かもね……その方がいいのかも…」 
「またまた、絶対余裕圏内なくせに」 
「私は10番以内でないとダメだから」 
「シーちゃんならいけるよ」 
「でも、今日ね、星丘の中学からあがってくる人たちと少し話をしたの」 
「へぇ、どんな?」 
「男の子と女の子で、どっちも10番に入る自信があって、しかも10番に入ったら親からヨーロッパ旅行とか、すごい豪華な列車に乗れる切符とかプレゼントしてもらえるんだって。私たちとは住む世界が違う感じだった」 
「ヨーロッパ旅行かァ……20万円くらい?」 
「たぶん100万円越え、切符は139万円だって」 
「……なにそのアホみたいな金額……この車の下取り価格といっしょだよ!」 
「だから住む世界が違うんだって。…くしゅん!」 
 やはり下半身スカート無しの素足で靴は寒くて志澄実はクシャミをした。 
 ビュッ! 
 おしっこが漏れる感触がした。 
「っ?!」 
 驚く志澄実の股間が生温かくなる。 
  
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