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第1話 終電1本前

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 もう子供じゃない、物心ついた私がおしっこを人前で、
 しかも逃げ場のない電車内で漏らしてしまったのは、10日前のこと
 どうせ誰かにバラされるくらいなら自分で告白する。
 
 あの日、私はコスプレしていた。
 そのキャラクターは、誰もが知っているような有名なキャラで、
 緑色の髪をツインテールにして、
 ノースリーブで肩と腋を露出していて腕にはアームカバー
 超ミニスカートで動けば見えるので見せパンが前提で腿から下は黒のニーハイ
 そういう現実ではできないような恥ずかしい格好でもコスプレだと不思議とできる。
 しかも2月の寒い中でもカイロをいくつか衣装に貼り付けて、隠し装備していた。
 
 ロケ地は田舎の小学校跡地と神社だった。
 おもらしをしたのは帰りの電車。
 つい楽しくて夜遅くまで仲間とコスプレ撮影会をした後、カメラマンの人たちは車で送ってくれると言ったけど最初から電車で帰るつもりだったので断ったのが運の尽きだったのか、それとも駅でトイレが塞がっていたのが、運の尽きだったのか。
 その田舎から名古屋駅まで帰るためには、もう終電が間近という時刻に、誰でもトイレを求めて私は田舎駅に駆け寄ったけれど、運悪く先客の3人組が入っていくのが先だった。その3人組が出てきたのは、もう電車の出発時刻寸前で私は迷った。
 ローカル線は1時間に2本しかない。
 この電車を逃すと、本当に終電ギリギリ、名古屋まで名古屋から先の自宅まで、何もかも最終便になってしまうから、余裕をみて1本早くしていたのに、乗り逃がしたくない。
 万一どこかで事故でもあったら帰れなくなる。
 でも、おしっこも漏れそう。
 ずっとミニスカートで寒くて、カイロがあっても夜になると震えてくる。
 このとき、私は軽く混乱し始めていて、冷静な判断ができなかった。
 電車内にトイレがあればいい。
 そんな甘い考えで2両編成の電車に駆け込んだ。
 
 プシュー…
 とドアが閉まる音と、トイレがないタイプの電車なことを感じたのは同時だった。
「ぁあ…もうぉ…」
 思わず声を出していた。
 おしっこの我慢は限界が近くてソワソワするし、誰でもトイレを塞いだ3人組は登山帰りの親子連れで、母親と中学生の男の子、小学生ぐらいの女の子、その3人は非常識なことに障碍者や妊婦さんのための誰でもトイレを登山着から普段着に着替えるために使っていた。
「……着替えに、あのトイレを使うなんて……」
 私は普段、一人言を言う人じゃないけど、もうブツブツと文句を漏らしていないと、おしっこが漏れそうで無意識だったのか、あてつけだったのか、声に出していた。動き出した電車内は前方の運転手さん一人と、あの親子連れ3人、そして私の、たった5人だけ。
「…漏れそうなのに……あなたたちのせいで…」
 私はギュッとミニスカートの前を押さえて、しっかり内股になった。座席には座らずに立っている。車内はガラガラだけど、もう座るとお腹が圧迫されて漏らす気がしたから。
「……」
「……」
 親子連れの母親と目があった。睨んだつもりはないけれど、目をそらされた。そうよね、見ればわかるよね、私、あなたのせいでトイレに入れなかったのよ。これで、おもらししたら、どうしてくれるのよ、と思った。不思議と私が強気だったのは、被害者と加害者という意識のせいだったかもしれない。
 でも、私の強気は砕け散る。
 次の停車駅で乗ってきた人が多すぎたから。
 田舎の小さな駅でトイレも無さそうなホームなのに、乗ってきたのは会社帰りの人たち約100人、みんな同じ会社って雰囲気。
 そして当然のように、みなさんが私に注目する。
 それが自然なのは、わかってる。
 コスプレーヤーが電車に乗っていたら、そういう反応になるのは慣れてる。
 レイヤーの大半はロケ地そばで着替えたり、自家用車で着替えたりするけれど、私は自宅からコスプレで出かけて、そのまま帰宅する派。
 その方が荷物が少ないし。
 そして、
「あのぉ、写真を撮ってもいいですか?」
 こんな風に一般の人と交流するのも好きだから。私は言ってくれた女性社員さんへ笑顔をつくって答える。
「はい、どうぞ」
 ポーズも取る。
 もう私の膀胱はパンパンで漏らしそうなのに、このときも笑顔は完璧だったはず。それ以前に大勢の人が乗ってくるときから、私は内股立ちと股間押さえを見栄でやめてモデル立ちをしていた。
 ああ、早く次の駅に着いて。
 もう次の駅で降りよう。たしか、そこそこ大きな駅のはずだからトイレはあるはず、もう誰でもトイレでなくて普通の女子トイレでいい。
 コスプレ中の私はウィッグの長いキャラだと、普通のトイレには入らない。
 誰でもトイレか、オムツ台のあるトイレでないと、この長いツインテールを汚したくないから我慢する。
 ガタン!
 と電車が大きく揺れるたびに、おもらししそうになって冷や汗が浮く。顔の汗腺はメイクで塞がってるから、冷や汗は腋の下から流れる。
 汗の滴があるのを腋に感じると、写真に写っていたら恥ずかしいなぁ、という気持ちも湧く。なのに、臨時の撮影会は終わらない。
「私もいっしょに撮ってください」
「私も!」
「はい、どうぞ」
 ツーショットも笑顔をつくる。ああ、よかった、駅が見えてきた。おしっこ間に合った。電車が減速する。早く、早く。おしっこ漏っちゃいそうだから、早く。間に合って、よかった。こんな大勢の前で漏らしたら生きていけないよ、しかも、こんな目立つ格好のときに、おもらしなんて。本当に間に合ってよかった。そう思った。
 そう思ったときだった。
 ガタガタガタン!!
 聴いたことがないような車輪の音がして車両が大きく揺れた。
 
 
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