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夏休み
うっかり
しおりを挟むガースト近辺へ近付くと馬車の中へシスカスの声が掛かる。
「そろそろガーストがお見えになります。中の寝心地はどうだったでしょうか?」
その問にアヤトの姿をしたチユキが答える。
「ああ、問題ない。良い夢を見れた」
「それは何よりでございます」
シスカスは満足そうに微笑む。
そのまま走っていると門と衛兵らしき二人が見え、馬車をその直前で止めた。
「身分証の提示を」
一人の若い青年の衛兵が馬車に近付き、シスカスは懐から一枚のカードを取り出し見せる。
「・・・確かに確認しました。お帰りなさいませ、シスカスさん」
「いつもお疲れ様です」
さっきまで仏頂面だった衛兵の表情が崩れて微笑んだ。
そんな衛兵にシスカスも微笑み頭を下げた。
「こちらの方々のお姿も拝見させていただいてよろしいですか?」
もう一人の中年の男が馬車の方へ歩む。
「ええ、勿論」
シスカスの許可と共に扉が開かれると、中にはカイトの頭を膝に乗せて寝かしつけるアヤトの姿があった。
「ああ、すまん、コイツまだ起きてなくてな」
「いえ。・・・貴方がアヤト様でよろしいですか?」
「そうだ」
「そう、ですか・・・では王が首を長くしてお待ちしております。お急ぎ下さいませ」
中年の男はぎこちない笑いを浮かべて一礼し、扉をゆっくりと閉めた。
チユキはその様子を目を細めて見送った。
(私たちを同情でもしてるような目だった・・・何か知ってるのかしら?それに今の人、「王が待ってる」と言っていた。ガーランドではなく王が、と。どうやらアヤト君が言っていた事は合ってたかもしれないわね・・・クフフ)
馬車が再び動き出す。
チユキが窓の外を覗くと、人々が行き交う商店街が一本道を埋め尽くしていた。
「わー、人がいっぱーい♪」
アヤトの声で楽しそうに呟くチユキ。
その膝で寝ているカイトがモゾリと動く。
「う・・・ん・・・?」
(あ、起きた)
「あ、れ・・・師匠・・・?」
寝惚けたカイトが目を擦りながら体を起こす。
するとチユキが意地悪な笑みを浮かべる。
「ああ、おはようカイト。随分寝坊助だな?」
「えぇー・・・もうそんな時間ですかぁ~?」
カイトが怠そうに大きな欠伸をするとチユキがクスリと笑う。
「オラ、しゃんとしねえとその無防備な口を奪っちまうぞ?」
「ちょっと・・・朝からなんて酷い冗談言ってくれてーー」
喋ってる途中のカイトの口を塞ぐようにチユキは唇を重ねた。
・・・アヤトの姿のまま。
「・・・む?むぐうぅぅぅ!!??」
チユキにキスをされた事で目が見開かれ、ぼやけていた頭が一気に覚醒する。
「ぷぁっ!!な、何するんですか、し、しょー・・・じゃなくて・・・チユキさん?」
「ああ、本当におはようだな、カイト♪」
口調はアヤト、しかしアヤトがした事のない笑顔で微笑み掛けた。
その顔にカイトはゾクリと背中を震わせる。
「・・・おえっ」
さっきの出来事が頭の中でフィードバックして嗚咽する。
「本当はこの姿を解いて抱き付きたい気分なんだけどね」
「間違ってもその姿ではやめてくださいね・・・」
「分かってるわ。・・・カイト君がそっちに目覚めたら嫌だもの」
なら口付けはやめてほしかったと思うカイトだった。
ーーーー
しばらくすると馬車の揺れが止まる。
「・・・着いたらしいな」
(あ、戻った)
カイトはチユキの切り替えの早さと成り切り具合に関心する。
「ではアヤト様、カイト様、こちらに」
シスカスが馬車の扉を開け先導する。
チユキたちが外に出ると、目の前に見上げる程にそびえ立つ城があった。
そして城の前に立つガーランドの姿も。
少し苛立った様子でチユキたちの方へと歩みを進める。
「会わない内に随分顔が変わったじゃないか?ガーランド」
チユキがアヤトらしい皮肉を言い放つと、ガーランドは苦虫を潰したような顔をする。
「アヤト殿・・・今頭が痛いんだ、茶化さないでくれ」
「悪い、何か機嫌が悪そうだったから場を和まそうかと思ったんだが・・・」
「・・・いや、こちらこそ。俺が呼んだのにも関わらず直接迎えに行けなかった上に、客人に対して不相応な態度をしていては」
ようやく不機嫌そうなその表情に微笑みを見せた。
するとガーランドはシスカスに向き直り、頭を下げる。
「ここまでの運送ご苦労だった。ここからは俺が案内をする」
「はい、では後はお任せ致します」
チユキたちを下ろした馬車は再び走り出す。
「・・・さて、まずは貴殿らを客室へ案内しよう。話はそれからだ」
ーーーー
ガーランドに連れられ、一つの個室に通されたチユキたち。
「ここまでの道を通った時も思ったけど、随分華やかな装飾にしてあるんだな。・・・しかも赤が多い」
水色や黄緑など明るめの色が多少入っているが、ほとんどが赤やピンクで埋め尽くされていた。
「ここの王様ってのはメルヘンチックな趣味をしてるのか?」
「・・・アヤト殿の軽口は今に始まった事ではないが、ここでは少し遠慮してくれないか?誰が聞いてるか分からないからな」
「そうか?」
ケラケラと笑いながら近くのソファーにドサリと豪快に腰を下ろすチユキ。
カイトもその横にソッと座りチユキに耳打ちする。
(ちょっといくらなんでもやり過ぎじゃないですか?)
(・・・え、そう?アヤト君ってこういういかにも男の子って感じじゃない?)
(チユキさんのそれ、男の子っていうよりもはや漢って感じです)
コソコソと話しているカイトたちの前にガーランドが座る。
「別に余計な事を言わなければそこまでしなくてもいいんだが・・・まずは先に謝罪をさせてもらおう。すまなかった」
ガーランドはそう言って机にぶつかる直前まで勢い良く頭を下げた。
「・・・って事は、やっぱ罠だったって事でいいんだな?」
「コレ罠だったんですか!?」
驚きのあまりチユキの方へバッと振り向くカイト。
「・・・王がお前たちを呼んだんだ、生贄のために・・・!!」
怒りに震え歯軋りをするガーランド。
しかしそれを聞いても尚、余裕な笑みを浮かべるチユキ。
「「生贄」ねぇ・・・それって前に言ってた勇者召喚に必要な物って解釈でいいのか?」
「・・・ああ、そうだ。王は勇者召喚に必要な手順を最小化する事に成功し、更に強大な魔力を持つ物を集め贄にしようとしている」
「そこでアヤ・・・俺が呼ばれたってわけか」
危うくアヤトと言いそうになったチユキは、咳払いをして言い直した。
「だがその理屈で行くとお前もなんじゃないか?」
「まあな。・・・そうか、アヤト殿には俺の魔力が見えているのだな・・・。俺は基本的に魔術を使わない典型的な近接タイプだが、時と場合によっては属性付与などはする。・・・とは言っても、生粋の魔術師ではないだけに無詠唱はおろか短縮もできていないがな」
「でも剣士でありながら魔法が使えるなんて凄いじゃないですか!」
「・・・君のところにいる者たちを見てると、あまりそうとは思えないんだがな・・・」
「え・・・あー・・・そういえば確かにミーナ先輩やメア先輩は使えてましたね・・・」
「それに横には規格外もいるしな」
ガーランドは苦笑いを浮かべてアヤトの姿をしたチユキを見て、その言葉にカイトも引きつった笑いになる。
(まぁ、こっちも規格外と言えば規格外だから間違ってはいないけど・・・)
「それであんたはここで無駄話をしてていいのか?」
「・・・殺されると分かってて行くバカはいないだろう?」
「なら俺は行こうかね。こんな装飾か好きなメルヘン頭の王様に会いに」
「騒ぎを起こしてくれるなよ・・・っていうのは無理な相談か」
チユキが立ち上がるとガーランドもやれやれと溜息を吐きながら立ち上がる。
「「殺されるのか分かってて行くのはバカ」なんじゃないのか?」
「なら俺もバカだったんだろう。・・・それに友人を一人で行かせるわけにはいかない」
ガーランドの言葉にチユキは目を見開いて驚く。
「あら、あの子はそんなに親しくないって言ってたのに、こっちはもう友人にされちゃってるのね?」
「「・・・・・・」」
瞬間、チユキの言葉使いにその場が凍り付いた。
そしてチユキはその空気に首を傾げ、数秒後自分のした事にハッと気が付いた。
「あぁいや、今のは・・・」
「チユキさん、もう遅いです」
取り繕おうとしたチユキにカイトがガーランドの方をそう言って指を刺し、視線を移すと眉間に皺を寄せて摘んで長い溜息を吐いていた。
「・・・誰か、説明を頼む」
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