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夏休み
強引
しおりを挟む「うっし、俺か!」
さっきまで気怠そうだったのが嘘のように、ガバッと立ち上がる。
背筋を伸ばし、腕をグルグルと回すその姿はまるでこれから喧嘩をするかのようだった。
「さっきから怠そうだったけど、大丈夫か?」
「ああ、ちょっと眠かっただけだから。でもほんの少し寝たらスッキリした!」
「ならいいんだけどな」
というか、寝てたのか。
「んで、何するんだっけ?」
「ああ、まずこの針で指をチクッとーー」
「やだ」
「ーー刺すんだけ・・・ちょっ・・・」
まだ俺言葉途中なのに・・・。
あれ、というかメア、もしかして・・・?
メアを見ると、少し変な汗を掻いてそっぽ向いていた。
「少し血を出すだけでいいんだぞ?」
「やだ」
「先っちょだけでいいから」
「やだ」
「なんなら俺がやってやろうか?痛くしないから」
「やだ」
段々俺の言い方がイヤらしくなるのは気のせいだと思いたい。
ただ一つ、これで分かった事がある。
コイツ、注射がダメな系の奴だ。
「お前・・・針刺すくらい我慢しろよ。いつもやんちゃやってるんだから」
「やだ!って、やんちゃってなんだよ!?」
「だってお前やんちゃしてそうじゃん。男子に混じって外に遊びに行って泥だらけになって帰って説教食らいそうな性格してるじゃねえか」
「そんっ、な事ねえよ!?」
メアが言葉に詰まらせ視線を逸らされた事で、やっぱりかと思ってしまう。
いつまでも子供のように駄々をこねてるので少し強引に引っ張る。
「おら、早くしないと帰れねえだろうが!」
「ま、待て!いくらアヤトでもこんな強引な・・・俺初めてなんだから、もう少し雰囲気ってのを大事にしたいと思うんだよ!」
「紛らわしい言い方がすんなよ!?こんな指刺すだけの作業に変な雰囲気求めてんじゃねえよ!」
「だったら代わりにアヤトが指刺せばいいじゃねえか!?」
「俺が刺しても俺のスキルしか表示されねえよ!?」
いくら言っても頭をブンブン振って「いーやーだー!!」と拒否する。
あまり無理矢理やっても後々恨まれそうだし・・・。
しょうがねえな・・・。
「おいお前ら、先に出てくれ。ちょっと強引な方法を取る」
「あまり女の子に乱暴してはいけないよ?」
シャードがたしなめるように言う。
「我儘な子供は躾けなきゃいけないだろ?」
「そうかい?しかし程々にね」
「分かってる」と俺が手を振って示すと、やれやれと肩すくめながら店から出て行くシャードを始め、メアとベルネと俺を除いてその場から全員出て行った。
三人だけになったその空間は、俺とメアが騒いでたせいもあってかさっきよりも静かに思えた。
少し間を開け、青ざめたメアがゆっくりと口を開く。
「あー・・・アヤト?さっきシャード先生も言ってたし、拳骨とかあまり痛いのは・・・」
「心配しなくていい、力尽くとかで無理矢理やらせるわけじゃない。・・・全く、まさかお前が彼女で良かったと思う瞬間がこんなタイミングだとは思わなかったよ、ったく・・・」
?マークを頭に浮かべて首を傾げるメアの肩を両手でガシッと掴み、その右手を体をなぞるようにして腰に回す。
「え?あっ、えっ・・・アヤ、ト?これって・・・」
「痛くはない。でも、少し後悔してもらうからな」
「え、あ、アヤト、近ーー」
肩を掴んでいるもう片方の腕で頭を抱き寄せ、メアの無防備な唇を奪う。
「なんでいきなりこんな事を?」そんな顔をしていたメアは数秒後には目が更に見開き、体がビクンッと大きく跳ね、しばらくすると痙攣をし始めた。
横で見ていたベルネが「うーわー」と呟いて、顔を赤くしながら青くするという器用な事をしている。
そして三十秒が経とうとした頃、メアは体に力が入らないらしく、トロンと蕩けた顔をして体をビクビクと痙攣させたままぐったりとする。
本当に全く、大人しく自分で針を刺しておけば良いものを・・・。
「ほら、さっさとスキル鑑定するぞ」
それはぐったりしたメアにではなく、俺たちがしてるとこを見て軽く引いてるベルネへ向けた言葉。
ほとんど意識の無いメアの片手を、机の上に置いてある紙に近付け、血を垂らす。
「あ、あれ、もうやったんだ?いつの間に・・・」
「何のために意識をさっきのアレに向けたと思ってるんだ?その間に済ませたに決まってるだろ」
「凄いなー、分かんなかったよ・・・ん、これでよし!ほい、スキルが出てき・・・た・・・よ・・・?」
スキルが表示されている筈の紙を見て、ベルネが何か信じられないような顔をして固まってしまっていた。
「なんだ?何か珍しいスキルでもーー」
俺も内容を覗き見た。
・動体視力強化(大)
・身体強化(超)
・魔術強化(大)
・魔力増大(中)
・成長補正(超)
・妖刀技術(大)
・魔人化
その内容には流石の俺も驚いた。
他も色々と珍しいのだが、それを凌駕する文字が浮かび上がっていた。
「魔人化」
フッと、メアが魔族の大陸で敵味方認識できずに暴れてたのと、魔城のベッドの上で一瞬だけ見えた不可解な様子を思い出す。
しかも一個上の「妖刀技術」がセットで、更に不安を煽る。
もはや気のせいとか、かもしれないで済ませられるレベルを超えた。
うん、この魔人化って項目、完全に俺が渡した刀のせいで発現したやつだ・・・。
「コレ・・・」
何か言い掛けたベルネの肩をガシッとしっかり掴む。
ビクッと体を跳ねさせ、今にもギギギと錆びた機械のような音を立てそうな感じをさせながらゆっくりとこっちへ振り向く。
「他言、無用」
圧を加えながら釘を刺すと、涙目になりながら凄まじい勢いで首を上下に振るベルネ。
「口止め料が欲しいならいくらか払うが?」
「いくらでも」と無責任な事までは言えないが。
それにいざとなれば・・・。
などと邪な事を考えていると。
「いやいやいや、必要ないよ!元々個人のスキルを漏洩する気はないから!勿論この事もだよ?」
見た限り、ベルネの言ってる事に嘘はなさそうだった。
しかしそれと同時に申し訳なさそうにして、口を開いた。
「だけど・・・私が言わなくても知られるのは時間の問題かもしれないけどねーー」
ーーーー
「おー、待たせたな」
「遅いわよ!何やって・・・って、どうしたの、ソレ?」
鑑定屋を出てすぐにいるミーナたちと合流すると、フィーナが真っ先に俺が背負っているメアを見て疑問を抱いた。
一応意識が回復していたが、それでもまだ体の痙攣が止まらず、腰が抜け、顔も真っ赤になっていた。
「さっき言った通り、ただ「お仕置き」しただけだ」
「うぅ~・・・」
唸るメアが他の奴らには聞こえないよう耳元でこっそりと「エッチ」と囁いた。
さっきのはまぁ、確かにアレだったが・・・うん、やっぱり駄々をこねたメアが悪いと言っておこう。
「んで、スキルも見た事だし、これで帰るのよね?」
「ああ、そうだな。飯はさっき食ったばっかだし、特にこれと言ってやる事はーー」
「あっ!そ、そこの君!!」
どこからか女の大声が聞こえる。
俺たちは集団だし、「そこの君」などと呼ばれる覚えはないのだが、少し気になってその声のする方を振り返ると、なんとなく見覚えのある女が確実に俺たちに向かって手を振っていた。
「あの人ずっとこっちに手を振ってるね。知り合い?」
「えーっと・・・?」
首を捻って思い出そうとする。
二十代前半で前にエプロンを掛け、如何にも給仕やってます的な格好をしている女。
そんでその格好でこの街で会った女と言えば・・・
「ああ、宿屋のエロオヤジの娘!」
「変な覚え方されてる!?」
俺はやっとの事で思い出しスッキリしたが、宿屋娘の方はご不満の様子で走りながらツッコミして来た。
「いやまぁ、オヤジとあんたの似てなさがインパクトありすぎて・・・」
「あぁ、私は全部母似ですから。あんなのに一つでも似てたまりますかってんですよ」
生まれる前からパーツを自分で選べたのだろうか・・・。
「いや、それはともかく!私が声を掛けたのは雑談するためじゃないんです!」
「と言うと?」
何か頼み事という事だろうか。
「貴方・・・いえ、貴方たちに頼みたい事があるの!」
宿屋娘はそう言って両手を前でパンッ!と合わせた。
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