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 黒神竜と呼ばれた竜は先程の白竜と同様にプクリと頬を膨らませると、空へ向かって青い火の玉を放つ。
 放たれた青い火の玉は雲のある高さまで昇ると、花火のように破裂し、小さくなった無数の青い火が黒い男に向かって降り注ぐ。


 「■■ーー飲み込む盾」


 男が短い詠唱を唱えると、目の前に黒い板状のものが出現し、青い火全てを飲み込んでいく。
 更に続けて詠唱。


 「■■ーー誘い」


 男の体から黒く細い手がいくつも現れ、黒神竜に向かって伸びて行き体の至る所を掴む。
 すると男が「おや?」と言って首を傾げる。


 「「コレ」に掴まれても微動だにしませんか。なるほどなるほど・・・」


 ニヤリと不敵に笑う男に対し、目を細める黒神竜。
 同時に体に纏わり付く手のようなものを歯牙にも掛けず、プチプチと音を鳴らして引き千切って歩いて行く。
 そして黒神竜は口を大きく開けーー


 「グオォォォォッ!!」


 その口から放たれた咆哮は、周囲の血溜まりを吹き飛ばしながら男へ向かう。


 「ッ!・・・竜神の咆哮ですか・・・直に受けてみると


 そう言って身を低くし、受け身の体勢になっても尚、男は笑みを崩さない。


 「驚。これを意にも返さない者は初めてです」

 「クフフ、伊達に悪魔をしておりませんから」

 「・・・問。何故貴方のような方が我々を襲うのですか?」

 「先程も言ったと思いますが・・・私の方が襲われたので応戦したまでです」

 「疑。ではこちらから何もしなければ、も何もして来ないと?」

 「・・・さぁ?それはどうでしょう・・・■■ーー蛇の狂宴」


 男が地面に手を置くと魔法陣が現れ、陣の中から赤、青、緑、黄、土、黒の六色をした、黒神竜と同等程の巨大な蛇が現れた。
 ソレを見た黒神竜は目の色が変わり、空へと飛び立って行き、蛇たちも追い掛けるように器用に立ち上がる。
 そして黒竜がある程度上昇して滞空すると同時に、内一匹の黒蛇が凄まじい跳躍をし、黒神竜の体に絡み付いた。


 「ッ!?」

 「空に逃げれば勝てるとでも?流石にその考えは安直で浅はかですよ」


 翼ごと絡め取られ抗う事ができず、そのまま逆さまに落ちて行き、地響きが鳴る勢いで地面へと衝突した。
 すると他の蛇たちは黒神竜の元へ虫のように群がり、噛み付いた。


 「グッ、アァ・・・」

 「さぁ、あらゆる属性を持った蛇のお味は如何でしょう?あぁ、味わっているのはこの子たちでしたね。クッフフフ・・・」

 「・・・解。この程度、どうと言う事はありません」

 「クフフ・・・流石にまだ軽口は叩けるようですね。まぁ、それがいつまで続くか見物といきましょうか」


 蛇たちの噛み付く力が増し、黒神竜の鱗からベキベキと音が鳴り始める。


 「ッ・・・ガアァァァァッ!!」

 「・・・!」


 黒神竜は自分に絡み付いていた黒蛇を噛み千切り、他の蛇も力任せに振り払う。
 そして口を開けると複数の魔法陣が重なって現れ、そこから光線が放出された。
 放たれたソレは周囲を高熱で溶かしながら男へ向かう。


 「ほう・・・なるほど、これは・・・!」


 男の口角が更に釣り上がり、先程青い火を飲み込んだ黒い板状の盾を再び目の前に出した。
 そして二つは衝突する。
 黒竜の口から放出され続けているものを黒い盾が飲み込み続ける。
 しかし徐々にヒビが入っていき、遂には粉々に砕け、男は高熱の光に包まれる。


 「・・・・・・カハッ!!」


 マントが剥がれ、焦げた両腕をダランと下げ、血反吐を吐く男。


 「ク、フフ・・・カッ!・・・これは確かに、一度は経験してみる、ものですね・・・まぁ、二度目を受けるのは・・・ご遠慮願いたいですが・・・」

 「告。そう仰らず、おかわりは如何ですか?」


 再度、黒神竜の開いた口に複数の重なった魔法陣が出現し、間髪入れず熱光線を放つ。
 その攻撃に男は焦るでも戸惑うでもなく、ニヤリと不敵に笑う。


 「いえ、すみませんがもう既にお腹は膨れておりますので・・・


 男の目の前にまで迫っていた熱光線は、黒神竜自身へと向けられていた。


 「ッ!?」


 黒神竜は何が起きたか理解できないまま直撃し、体の右半分が無くなってしまっていた。


 「疑・・・今・・・のは・・・」

 「クフフ、何、貴女の技をそっくりそのままお返ししてあげただけですよ。・・・それにしても、今ので体の半分が消えてしまうとは・・・神竜などと言っても、案外脆いものですね」

 「グッ・・・!」


 黒神竜は頬を膨らませて炎を吐く体勢に入るが、横から巨大な黒い手に殴られ遮られ、体がぐらりと傾く。


 「本当に火を吐くばかりで芸がないですね、そろそろ飽きてしまいましたよ・・・」

 「ッ!? 」


 気付くと男は黒竜の目の前まで来て、倒れ掛かっていた大きな体を片手で掴み支えていた。


 「さてまぁ、「あの子たち」もお腹を減らせているので、そろそろ餌になってもらいましょうか?」


 男はそれだけ言って掴んでいた手を離す。
 支えを失った黒神竜は呆気なく倒れ、そこに蛇たちが再び群がり腕や足を引き千切って飲み込んでいく。


 「クッフフフ、まるで鳥についばまれる虫のようですね。見てて滑稽こっけいですよ」

 「貴様ァァァ!!」


 怒号と共に男の頭上に、先程まで押さえ付けられ動けずにいた白竜が現れ、突進し襲い掛かる。
 


 「おや、つい気を抜いてしまいましたか。ですがーー」


 その突進を迎え撃つように土色をした蛇が正面から跳躍し、白竜の胴体に噛み付き、体を絡ませる。


 「グッ・・・このっ!はず、れない・・・!!」

 「あの神竜でさえ振り解くのに全力を出したのですよ?貴女では無理ですので、そのままあのトカゲが食べられるのを大人しく見ていてください」

 「クソッ・・・!」


 男が視線を黒神竜の方に戻すと、既に残されている部位は片腕と頭、そこを繋げる胴体のみとなっていた。
 それでも尚、黒神竜には息があり、意識も薄っすらと残されていた。


 「・・・・・・」

 「クフフ、ここまでされて生きていられるとは、存外しぶといですね。ですが、これで終わりです」


 蛇たちを下げ、動かなくなった黒神竜の上に乗る男。
 そしてーー

 ーーズプリ

 男の細い腕が鱗と皮膚をいとも簡単に貫き、直後すぐに引き抜く。
 その手には小さな何かが握られていた。
 ひし形をし、緑と黒が渦巻くような色彩をしたもの。


 「ク・・・クハハハハッ!実物を見たのは初めてでしたが、本当にこんなものが「竜の心臓」?実に笑えますねぇ。少し力を入れただけで砕けてしまいそうなコレが・・・」


 そう言って男はひし形のソレを口に入れ、噛み砕いた。


 「食った、だと・・・?」

 「・・・ふむ、不味い・・・わけではありませんが、無味無臭とは・・・せめて血の味でもあれば良かったのですが。・・・おや?」


 男が踏んでいた黒神竜に目を向けると、すでに事切れていた。


 「流石にこの状態になって、更に心臓を失って動くような化け物ではありませんでしたか。・・・やはり「アイツ」を超えるには程遠い、か」

 「何をぶつぶつ言っている!!貴様が今何をしたのか分かっているのか!?」

 「見ていなかったのですか?コイツの・・・神竜の心臓核を頂き食らっただけですよ?貴女のは・・・食べるだけ無駄のようです。良かったですね?見逃してあげると言っているんです」

 「バカに・・・するな・・・っ!!」


 白竜は腕に力を入れたり噛み千切ろうとするが、いくら足掻こうともビクともしない。


 「クフフフフ、貴女も見てると滑稽ですね・・・。さて、そちらはどうなさいますか?一応貴方も拘束していますが、その程度ならいつでも抜け出せるでしょう?」


 男が問い掛けたのは、遠目に傍観をしていた黒竜。
 その体には黒い紐状のものに絡み付かれていた。しかし黒竜自身は抵抗した形跡もなく、ジッとしていたようだった。


 「いや、だから無理だと言っているだろうが・・・お前さんみたいな奴相手にしたくないわ。見逃してくれると言うのなら、その言葉に甘えさせてもらうが?」

 「クフフ、聞き分けの良い方は好きですよ」


 男はそう言うと、何もない空間から黒いマントを取り出して羽織り、自らの影の中に消えて行った。
 その場に残るは黒神竜だった者の死骸と、拘束を解かれても尚地面に打ちひしがれている白竜、そして腕を組んでそれらを眺める黒竜。


 (・・・先の六属性の蛇を見た時からもしやと思ったが・・・やはり空間属性を扱うか。黒神竜の技を返したのも恐らくソレだろう。彼奴らには悪いが、そんな奴を相手にするなどできんよ・・・クワバラクワバラ)


 ーーーー


 「などという事もあったな・・・」


 と言って髭を弄りながらしみじみと呟く。


 「ええ、ありましたね、そんな事も」

 「ああ、そうだな。全く忌まわしい」

 「解。そんな記憶はありません」

 「おい、コイツ都合良く記憶を改竄かいざんしようとしてるぞ・・・」


 着物女の言葉にヘレナは頬を膨らませ、プイッとそっぽを向く。


 「しかし、随分表情豊かになったものだ」

 「それに人間らしく・・・いや、雌らしくか?竜だったら頃の威厳がもはや感じんな。それもこれもあの人間のせいか」

 「あのアヤトという小僧か。・・・まさか竜が人間に入れ込む事態が起きるとは・・・」

 「私からすれば、トカゲにしては良い目を持っていると褒めて差し上げますよ」


 ノワールは「クフフ」と笑い、手元にあるティーカップを口に運ぶ。
 すると着物の女がノワールと作務衣の男との間で視線を往復させながら首を傾げる。


 「そういえば、お前らはいつからその付き合いを始めているんだ?・・・まさか貴様、最初から悪魔側と言うんじゃあるまいな?」


 突き刺さるような視線に作務衣の男は慌てて首を横に振りながら否定した。


 「あれからしばらく経ち、穴蔵で隠居生活じみた事をしているたら、どこから嗅ぎ付けたのか此奴がやって来て、そして将棋やら何やら持って来て「暇だから相手しろ」と言われたのだ」

 「ハッ!それでヘレナを殺したコイツとお前で仲良しこよしをしていたわけか?」

 「儂に仲間意識を持てと言われても困るぞ?」

 「そうでしょうね。あの時も、仇討ちなどと言いつつ適当な言い分でちょっかい出したかったのでしょう?貴女たちは」


 ノワールはそう言ってヘレナを見て嘲笑う。


 「我はどちらでもない。ただ貴様が目障りだっただけだ」

 「クフフ・・・ええ、実に竜らしい理由ですね」

 「貴様・・・喧嘩を売っているのか?」

 「クフフフフ、そうですね・・・でしたらこちらで喧嘩を売りましょう」


 ノワールが空間から一つの平らな箱を取り出して、将棋の横に置く。


 「・・・なんだ、コレは?」

 「チェス、というものです」


 着物の女に箱を差し出し、ニッコリと微笑んだ。
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