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5巻

5-3

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「本当、か……? 俺、嫌われてねえか?」

 まだ心配なのか、繰り返し聞いてくるメア。
 その頭に手を置き、俺は安心させるように笑いかけた。

「おう。お前らが離れていかない限り、俺はいつまでもそばにいてやるよ」
「本当だな? 嘘じゃないよな⁉」

 メアはぐちゃぐちゃの顔を近付けてくる。

「嘘じゃない。だから鼻水を拭け」

 俺は魔空間から取り出した鼻紙で、その顔を拭いた。
 顔のあらゆるところから出ていた液体を拭き終える頃には、メアも落ち着きを取り戻したようだ。さっき取り乱したのが余程恥ずかしかったのか、今は体育座りして顔を膝の間にうずめて完全に意気消沈してしまっている。

「水、いるか?」
「……うん」

 そう聞くと、メアはうつむいたまま元気なく返事した。
 魔空間からコップを取り出して、魔法で生成した水を入れて渡す。
 魔力で生成したものを摂取しても、魔力は回復しない。だが、のどうるおすことはできる。
 火ならものを焼いたり温めたり、風なら濡れたものを乾かしたり。適性と使いようによっては生活を豊かにできるから、魔法は便利だ。
 メアが顔を上げてコップを受け取ったので、どんな表情をしているのか見てみると、真っ赤になっていた。
 水を一気に飲んだあと、メアはポツリと呟く。

「……なんか、ごめん……」
「何が?」
「急に泣き付いたりして……それに記憶はないけど、斬りかかっちまったことも。まさか自分がアヤトを殺そうとしてたとは思ってもみなかったから……つい頭が真っ白になっちまった……わりぃ」

 その言葉に俺は溜息を吐き、メアが飲み切って机の上に置いたコップに水を補充してから軽い調子で答える。

「たしかに斬りかかられたのは驚いたが、それはお前がやったことじゃない。なんなら斬りかかってきた本人にすら、恨みなんて抱いてねえよ」

 実際、メアの妹だと名乗るあいつには欠片も怒ってないし、むしろなんとかしてやりたいとまで思ってる。
 成仏じょうぶつさせるとか、もしくは一人の人間として……俺たちの仲間に迎えるとか、な。
 だが、メアはまだ不安そうに聞いてきた。

「だけど……その妹? って奴がなんなのか分からねえけど……そいつがまた暴れだしたら? またアヤトとか、他の奴を襲ったりでもしたら……」
「じゃあ、なるべく俺のそばにいろよ」

 そう言うと、メアは暗い表情のままこちらを見上げてきた。

「メアよりも実力はあったが、俺を殺せるほどじゃないしな。暴れたらまた止めてやるよ」

 安心させるべく、続けて笑顔でそう言ってやる。
 本当は「何があっても絶対に守ってやる」と言いたいが、カイトを一度死なせてしまったこともあり、あまり大きなことは言えない。
 だが、師である俺が弱気になっていては、不安にさせるだけだ。せめてこう言っておけば、少しは気が休まるだろう……そう思っていたのだが、メアの顔にはなぜか涙が浮かんでいた。

「お、おい……?」

 心配になって手を伸ばすと、メアがその手を優しく掴んで頬擦りしてくる。

「優しいな、アヤトは……なんでそんなに人に優しくできるんだよ? 最初に出会った時だって、俺はアヤトに酷い態度を取ってたってのに……」
「自覚はあったんだな」

 照れ臭くなって軽口を返すと、メアは涙を流しながらも笑って「バカ野郎」と言う。
 俺は少しだけ真面目な顔をして、言葉を続けた。

「お前より酷い性格の奴を、散々見てきたってだけの話だ。お前がどんなに男勝りでも、今まで腹黒い奴ばかり見てきた俺からすれば、女の子らしくて可愛いって思うよ」
「っ……!」

「可愛い」に反応したのか、メアの顔がさらに真っ赤になった。
 ガサツだろうと男勝りだろうと、こういうのにしっかりリアクションするところはマジで女の子らしいと思うよ、まったく……

「だから出会った時のことは気にするなって。俺がなんとも思ってないのに、お前が引け目を感じてどうする?」

 メアの目に浮かんでいた涙を人差し指で優しく拭き取りながら、あやすように言う。
 すると、ようやくメアの表情に明るさが戻り、恥ずかしそうに俺の手を払い除けた。

「はは……アヤトってたまにキザなことするよな……っし!」

 気合いを入れたメアは、勢いを付けてベッドから飛び起きる。

「そんじゃ、俺のことは全部任せたぜ? もうどうなったって知らねえから!」

 そして、ニヒヒと笑って冗談混じりにそう言った。
 ほとんど空元気だが、ないよりはマシだ。飯でも食えば本当に元気になるかもしれないしな。

「ああ、任せろ。それより、そろそろ飯にしようぜ」
「……あっ」

 俺が朝食に誘うと、メアは思い出したように声を上げ、それと同時にグゥゥゥとメアの腹から音が鳴った。

「あ、あははは……たしかに腹減ったわ」
「だろうな。メアがいつから食ってないか分からないけど、少なくとも昨日の夕飯は食べてないわけだし。さっさと飯を食おうぜ」

 俺も立ち上がり、二人で部屋を出る。
 ようやく一件落着かと思った矢先に起こった新たな問題。
 魔王とかよりはマシだが……やっぱり俺の人生は波瀾万丈はらんばんじょうなのかもしれない。



 第3話 師の記憶


 暗闇の中、気が付くと俺、カイトは不思議な体験をしていた。
 辺りは真っ暗なのに、俺自身の身体や俺の特徴である赤く長い後ろ髪ははっきり見えている。もっとも、最近は赤髪に黒い髪が混じり始めているのだけれども。
 そして身体が宙に浮いている気がする。加えて服も着ていない。
 これは夢なのだろうか? だけど意識はハッキリしてる。
 普通なら恐怖を感じるはずだが、不思議なことに今の俺は安心してしまっていた。身体が水の中を漂っているような感覚が心地よく、このまま身を任せたい気分だ……
 その時突然、辺り一帯が一気に明るくなった。
 視界が真っ白になった……と思ったら、段々と周囲の様子が見えてくる。

「っ⁉」

 見たこともない光景に、俺は言葉を失った。今この場で喋れるかどうかは置いておいて、とにかくそれくらい驚いた。

『キャハハハハ!』
『おい、今度はこっちに乗ろうぜ!』
『うわー、アレに乗るの~? マジでありえない……』

 なぜなら、今までの人生で見たこともないくらいの人混みに囲まれていたからだ。人の数は尋常じんじょうではなく、この場から一歩移動することすら困難なほどである。
 驚く俺を無視し、笑顔で人混みの合間を器用にって走ったり、目的地が見えないほどの長蛇ちょうだの列に並んだりしている人々。全員が見慣れない服を着ている。
 その時、上方から甲高い叫び声が聞こえてきた。
 見上げると、見たこともない鉄のかたまりに人々が乗せられ、皆一様みないちように絶叫している。
 拷問を受けているのかと思ったが、誰もが笑って楽しんでいるようだった。

『次アレ乗ろう、アレ!』
『待て待て、あまり走ると転ぶぞ!』

 子供がはしゃぎ、父親を引っ張るのが見える。雰囲気から察するに、父親は子供を注意しているようだ。
 というか、さっきから一つ気になることがある……言葉が分からない。
 まるで呪文のような言葉を誰もが当たり前のように口にしているので、正直かなり怖い。
 すると突如、機械的な男性の音声が頭の中で響いた。

【――同調率1% 日本語を習得します】

 その声を聞いたあと、どういうわけか次第に周りの人の言葉が理解できるようになってくる。

「ママ~、アレは何~?」

 俺の近くにいた一人の小さい女の子が、遠くにある巨大な物体を指差してそう言った。今の言葉はハッキリと意味が分かったぞ。
 少女が指差したのは、巨大な円形の建造物だった。円の骨組み部分には、いくつもの小部屋みたいなものがぐるりと取り付けられている。小部屋は魔法か何かでゆっくりと回転しており、円の最下部では人が入れ替わりで小部屋の中を出たり入ったりしていた。乗り物なのか?

「あれはね、『観覧車かんらんしゃ』って言うの」
「ふ~ん?」

 母親らしき人物の答えを聞き、興味があるのかないのか分からない返事をする少女。
 あの乗り物の名前が「カンランシャ」だと、ハッキリ聞こえた。
 聞いたこともない……というか、そもそもアレの何が楽しいんだろう?
 そう思いながら視線を違うものに移す。
 先ほども見かけた、すさまじい速さで動き回る乗り物が気になった。
 少し遠いので、近付こうと人混みを避けて歩きだしかけて、あることに気付く。
 ……そういえば俺、裸だったな。
 まあ、それを誰も気にしてないので、この光景はリアルな夢だということだろう。
 でもやっぱり、この人混みの中で裸というのもな……俺、そんな趣味ないし。
 そう思って近くの売店らしき建物にあった服を見た瞬間、いつの間にか俺がその服を着ていた。
 不思議なデザインの動物が描かれた上下セットの服だ。他の人も何人か着てるのを見るけど、ここの名物なのかな?
 次々と疑問が湧いてくるが、今はひとまず気になった乗り物がある場所に向かおうとする。
 と、その時、アヤト師匠と同じくらいの年齢であろう人たちが、笑いながら俺の横を過ぎていった。

「やっぱはええよ、あのジェットコースター! 死ぬかと思ったわ!」
「それがいいんじゃん? もう二、三回乗りたいんだけど、俺」
「本気で言ってんなら絶交だからな⁉」

 今の人たちは、俺が気になった乗り物がある方向から来てたな……あの乗り物は「ジェットコースター」って名前なのか?
 俺は出しかけた足を止め、その場で立ち尽くした。
 根本的な疑問がずっと頭の中を支配し、モヤモヤしてしまう……
 この世界はなんなんだろうか? と。
 夢にしては、何もかもがリアルすぎて気持ち悪い……それに、ここにいる人間は、俺の世界の人たちと何かが違っている。
 何よりも違和感を覚えたのは、どの人も黒髪黒目をしていることである。
 一人や二人ならそこまで珍しくないけど、ここまで黒髪黒目の集団が集まるとかなり異様だ。この場の全員が、誰かによって意図的に集められたのではないかと思えてきてしまう。俺も黒髪になりつつあるし。
 黒髪といえば、そろそろ目を覚まして早く師匠の顔が見たいなぁ……
 ……そう思った瞬間だった。

「おーい、綾人! あんまり離れるなよー!」

 聞き覚えのある名前を耳にし、思わず声のした方向を振り返る。
 人が多くてどこから聞こえたのかと思ったが、すぐに分かった。いや、分かってしまった。
 離れたところに、包帯を身体の至るところに巻き付け、ミイラのようになっている少年が見える。
 その少年が、大人の男女二人に手を振ってその声にこたえていた。あの子の両親か?
 男性は師匠と同じくらいの背丈で、体格がガッシリとしている。先ほどの声はこの人のものに違いない。
 女性の方も、周りの同性と比較すると背が高めで髪がかなり長く、失礼だが胸が大きい。そして、全身にりんとした雰囲気をまとっていた。二人共黒髪黒目である。
 俺はその人たちから目が離せず、じっくりと観察した。
 さっき、あの男の人は包帯の少年のことを「アヤト」と呼んでいた。俺の考えが合っていれば、もしかしたらこの人たちは師匠の……

「おとーさん、おかーさん! アレ乗りたい!」

「カンランシャ」を指差し、舌足らずな口調で自らの意志を告げる少年。
 少年の両親はやれやれといった感じで、早歩きで少年のあとを追う。俺も彼らに付いていくことにした。

「観覧車か……何事もなければいいんだけどな……」

 父親が深刻な表情で、意味深なことを言う。

「私たちがいれば大丈夫。だって、私たちは世界最強よ?」

 対して母親は、何も心配はないと笑って返した。
「カンランシャ」に何かがあるのだろうか……?
 二人の会話に疑問を感じた俺は、先ほどの少年に視線を戻した。
 すると、俺は再び違和感を抱く。
 この場には大勢の人がいる……それなのに、少年の周囲には誰もいない。
 最初は人々が少年を避けているのかと思った。しかし、チラチラ見ているものの、特段少年のことを避けている様子はなかった。
 むしろ、偶然あいたスペースの真ん中に、少年だけが不自然に入り込んだような……
 ――ギシッ。
 その時、何かがきしむ音が聞こえる。
 気になったが、左右を見渡してもどこから鳴った音なのか分からない。
 もう一度、ギシッという同じ音がした。この音を聞くと不安になるのはなぜだろうか……?
 その答えは、すぐに分かった。
 不快な音が、一層大きく鳴り響く。そこでようやく、その音は上から聞こえたのだと理解する。
 見上げると、「カンランシャ」のいくつもある小部屋みたいな乗り物の一つが、あやうげにグラグラとしていた。
 次の瞬間、突如として強風が巻き起こり、さらに揺れた小部屋がバキバキと嫌な音を立てる。

「「綾人っ‼」」

 少年の両親も状況を理解したようで、大きく叫んで少年に駆け寄る。
 同時に小部屋が「カンランシャ」から外れ、少年と両親の真上に勢いよく落下する。

「っ――」

 俺は咄嗟とっさに手を伸ばしたが、もう手遅れだった。
 凄まじい音を立てて、乗り物が少年たちの上に落ちる。
 乗り物はぐちゃぐちゃに潰れており、どれだけの衝撃だったかを物語っている。三人の生存の可能性は、限りなくゼロに等しかった。

「きゃ……きゃあぁぁぁぁっ⁉」

 近くにいた一人の女の人が、「ジェットコースター」に乗った時などとは比較にならないくらいの甲高い悲鳴を上げ、周囲の人々は一気にざわつき始める。

「おい、誰か人を呼べ!」
「いい、今……子供が下敷きに……⁉」
「子供だけじゃねえ、大人二人も突っ込んでいったぞ⁉」

 人々の声が聞こえるが、意味がまともに頭に入ってこない。
 目の前で起きた信じられない出来事に、身体が震える。
 人が……それも年端としはも行かない少年が絶命した場面を目にしてしまったのだ。
 早く……早く夢なら覚めてくれ! こんな悪夢に何の意味が――
 と、その時。再びギシギシという音が聞こえた。
 今度は上からではなく、目の前の潰れた乗り物からだ……
 すると、信じられない光景が眼前に広がった。
 ぐしゃぐしゃになった鉄の塊が徐々に持ち上がり、誰かが下から現れたのである。

「おー、今度は確実に殺しに来やがったな」
「今度も、でしょ? いつものことよ」

 なんと、少年の父親が鉄くずとなったものを持ち上げて立ち上がり、母親も少年を大切そうに抱いて出てきたのだ。しかも二人共、日常会話をしている。

「ゴンドラ、もうちょっと上げてくれない?」
「えぇ? 他のお客さんに当たらないか心配なんだけど……」
「仕方ないわね……」

 母親は溜息を吐いたと思ったら、父親の頭の上にある鉄くずを蹴り飛ばしてしまう。
 鉄くずは勢いよく回転しながら、誰もいない後方へ飛ばされた。
 め、滅茶苦茶すぎる……
 この規格外な感じ、物凄く師匠と似てる。やっぱりあの少年は幼い頃の師匠で、大人の二人は師匠の両親なのだろうと確信した。
 泣いている師匠に、母親が顔を近付けて優しく声をかける。

「怖かったよね……頭からまた血が出ちゃってる? 帰ったら包帯替えないとね」

 そう言って師匠の背中を擦る母親。まるで子供がただ転んだだけかのようなあやし方だな……
 師匠は、簡単に泣き止んだ。
 さすがは母親の包容力……重そうな鉄の塊を蹴り飛ばすような女性にはとても見えない。
 何人かの人が心配そうに一家のもとにやってきて、何かを話しているが、よく聞こえないまま景色が暗転してしまった。
 結局、あの家族がどうなったのかは分からずじまいだった……と、暗くなった景色が再び明るくなって、さっきとは別の場所が映し出される。

「ここは……」

 思わずそう呟く俺。いつの間にか、自然に声が出せるようになっていた。
 不可思議な現象にあまり驚かなかった辺り、どうもこの夢と言えるか分からない空間に慣れたというか、馴染なじんできている気がする。
 眼前に広がった光景は、どこかの部屋の中。綺麗きれいいろどられた多くの家具が置かれている。
 貴族の部屋……いや、宝石の飾り付けもないし、そこまで豪華ではないか。とはいえ、間違いなく上流階級に分類される人間の住む部屋だろう。中央にはベッドがあり、その上に一人の少年が足を組んで堂々と寝転がっていた。
 俺と同じくらいの年齢っぽいけど、遠くから見ていても、どことなく師匠の面影があるような気が……
 すると突然扉が開いて、老人がズカズカと部屋に入ってきた。

「綾人、交代じゃ。次はお前さんがあの子の警護をしてやれい」
「……」

 アヤトと呼ばれた少年は、老人の言葉に答えずに寝返りを打つ。やっぱりアレって師匠?
 さっき見たのといい今のといい、この空間で見る光景は何かの意味がある気がする……まさかこれ、師匠の記憶とか?
 考え事をしている間にも、師匠らしき人と老人の会話は進んでいく。

「別に……俺が行く必要ないだろ? じいさんなら一週間寝ずに警護できるし。だから爺さんとこに依頼が来たんだよな?」
「なんじゃ、イジけてるのか? 同年代の女の子に嫌われそうだからって……というか、一週間不眠不休て。孫なら老体をいたわれぃ」

 笑ってそう言う師匠のお爺さん。
 それに対して、師匠がムッとした表情になって起き上がる。

「ああ、そうだよ! なんで俺のことを嫌う奴の警護なんて進んでしなきゃならない⁉ それに今俺が年頃の女の部屋に入ったら何を言われると思う? そう、『女子の部屋に入るなんて信じられない! この変態!』みたいな意味の言葉に決まってるだろ」

 怒ったように言う師匠。後半はモノマネみたいな喋り方をしていた。
 なんだか初めて見るな、こういうテンションの師匠。芝居しばいがかっているというか……
 お爺さんも怪訝けげんな顔をしていた。

「……なんだか、ヘンテコな口調になったのう……日本から離れて生活しすぎたからか?」
「ああ、おかげさまで。修業という名目で世界中を連れ回されたせいで、皮肉屋になっちまったのかもな……んで、本気で俺にやらせる気か? 大統領サマのご息女そくじょの警護を」

 師匠がベッドから立ち上がり、背を伸ばしながら聞く。
 ご息女の警護って……メアさん、じゃないよな? 多分ここは違う世界だろうし……
 ここはきっと、師匠の故郷。だとしたら、俺にとっては異世界ということになる。
 師匠のお爺さんは、その質問に大きく頷いた。

「今夜は嫌な予感がするからの。ご息女はお主に任せ、わしは大統領とご夫人の方に付きたいと思っとる」
「分かったよ。爺さんがそう言うなら仕方がないか……また嫌われてくるとしますかね」

 師匠は肩をすくめて、部屋を出た。
 師匠のお爺さんも退室し、俺も二人に付いていく。
 師匠とお爺さんは、廊下の分かれ道でそれぞれ反対方向に進んだ。
 どちらに行こうかと悩んだが、俺の意志とは無関係に師匠の方へ身体が引っ張られてしまう。
 やっぱりこれが師匠の記憶だからか……?
 師匠はしばらく廊下を歩き、やがてピタリと一つのドアの前で止まって大きく深呼吸する。
 そして、その扉を数回ノックした。

『……はい?』

 ドアの向こうから女の人の声が返ってくる。
 師匠は何も言わず、ドアを開けた。
 部屋の中には、俺や師匠と同じ年齢くらいの褐色かっしょくの少女がいた。ベッドの上で上半身だけを起こし、こっちを見ている。
 少女はかなり刺激的な格好だ。でも師匠だったらこういった事態も飄々ひょうひょうと流せ――

「っ……いくらプライベートだからって、ネグリジェは大胆だいたんすぎるだろ……!」

 ――なかったようだ。
 師匠は顔を真っ赤にしていた。もしかしたらこの頃はまだ、俺のような普通の男子の感性を持っていたのかもしれない。だったらかなり貴重だ。

『っ⁉ なんであなたがこの部屋に……お爺様はどうしたのよ!』

 両手で胸元を隠しながら高い声で叫ぶ少女。
 ……? でも、なぜか今までと違って言葉が分からないな……これもそのうち理解できるようになるのか?
 師匠はやれやれといった風に口を開く。

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