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武人祭
ペットは飼い主に似るという
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マーティがそのまま恥ずかしげもなく、ズンズン大股で歩いてカイトの横を通過してこっちまでやってくる。
「いやー、あの時はお世話になったね?アヤトさんのおかげで快適な暮らしができてるよ!」
カイトは恥ずかしさで顔を逸らすが、マーティは気にせず俺の背後に立って顎を肩に乗せてくる。
マーティの「さん」付けは俺だけで普段は君付けだったり呼び捨てしかしてないようだが、俺には助けてもらった恩があるからとそう呼んでるらしい。とはいえ接し方はフレンドリーだし、呼び方を変えてるだけだから俺もあまり気にしてない。
……それはそれとして、色々当たってても気にしないのは亜人ならではなのか?
「そりゃよかった。んで、これは何のつもりだ?」
「お礼にペロペロしてあげるよ」
「もう洗ったから遠慮しとく。代わりにそこのカイトにでもしてやってくれ」
俺がそう言うとマーティはぐりんと振り向き、カイトが「ちょっ!?」と目を見開き驚いてしまっていた。
「何俺を売ってんスか!?」
リンみたいな口調になりながらツッコミを入れてくるカイトの元に、俺から離れたマーティがにじり寄る。
後ろの方でカイトが「ひぃやぁぁぁぁぁ……」と決して大きくない、リナのような情けない悲鳴を上げていた。抱いている赤ん坊が起きないように配慮してのだろう、カイトは大きな声を出さずその場から逃げようともしない。
頭を洗い終わって振り返ると、カイトがそんな状態であることをいいことに顔を宣言通り舐めていた。
「んー……凄く雄臭いね?ちょっと癖になるかも……」
「雄臭いて……まぁ、今し方激しい運動してきたしな。回復魔術だって怪我や体力を回復してるだけで、汗の臭いとかはどうにもならないからな……」
そしてさらに舐められて顔がベトベトになっているカイトは、さぞかし今すぐ洗ってスッキリしたいと思ってるだろう。
すると浴槽から白い虎模様の男が上がって近付いてくる。ワークラフト家から引き取った内の一人だ。
それが俺の前に堂々と立つ。
あの……女だったとしてもそうだが、大の大男がしゃがむくらい低く座ってる男の目の前で立っててほしくないのです。
完全にアレが目線の位置に……その、ね?
……いや、これ以上は考えないようにしよう。白虎男の後ろで女たちの声で黄色い歓声が聞こえてくるのも考えないない方がいいだろう。
「どうした?」
「いや何、色々聞きたいことがあるついでにお前の背中でも流してやろうかとな」
白虎男は俺が体を洗おうと持っていた石鹸の付いた垢すりに向けて手を出してきて、「貸せ」とぶっきら棒に言ってくる。
それを渡して鏡の方向に向き直ると、宣言通り背中を洗ってくれる。
「聞きたいことって?」
「……お前はこの場所をどうしたいんだ?」
唐突且つ抽象的な質問に、俺はどう答えたものかと悩む。
「ここって……この露天風呂の話、ってわけじゃないよな?」
白虎男からはそんな軽い話をする雰囲気を感じないし。
しばらく白虎男が考えるように押し黙るが、少しずつ重い口を開け始める。
「にわかには信じ難いが、お前はこの世界そのものを創ったと聞いた。そんなことできるのは神の所業に近いと思うのだがな……だが散々その非常識を目にしたのだから、その真偽はどうでもいいということにしておく。それよりも重要なのは、ここに集められた奴らが全員お前に集められたということだ」
最後の言葉に威圧を乗せて発され、ついでに背中を擦る力が強めに加えられる。
「言いたいことがあるのはいいが、感情に任せて力を入れるのはやめてくれ。肌が傷付いたらどうしてくれる?」
「ここの住人をお前はどうする気だ、ということだ」
俺の茶化しを無視して話を進める白虎男。まぁ、俺のは冗談じゃなかったとしても手遅れだけど。
「そこまで大きな話にはなってないが、さらに人手を集めて物騒なことをするつもりなんじゃないかとな……」
「お前はどう思う?俺がそんな非人道的な行為をする人間に見えるか?」
質問を質問で返すことになってしま
「……知らん。もう人間は見た目でも判断できないからな。だがさっきの過程が本当だとして、世界を一つ作るような奴がわざわざ俺たちに何かさせるとは思えない、というのがある」
「それだと自分の手を汚さずにさせるような奴もいる」とも言ってやりたかったが、そうすると話がまた拗れそうなので、それはまた別の機会にしよう。
「そもそもお前は、向こうの世界をどう思う?」
「向こうのって……俺たちが住んでる場所のことだよな?どうって……」
俺の言い方も抽象的だったかと反省しつつ、もう一言い直す。
「遠回しはやめよう。数多く存在する種族が、互いに差別したり嫌悪したりしてることだ。「魔族が」とか「亜人が」とか言って目の敵にしてるのがバカバカしいとすら感じる」
「……排他的なのが嫌いなのか?そんなのどこにでもあるだろ」
「だからそれが嫌だっつってんだ。一々種族を理由にして喧嘩腰になるのが腹立つ……どうせ気に入らないことがあれば同族でも争ってんのによ」
思わず舌打ちをしてしまいながら言う。
白虎男の背中を洗う手が一時的に止まるが、すぐに再び手を動かす。
「なるほどな……少しわかった気がする」
白虎男はそう言いながら垢すりを差し出してきて、「前は自分でやれ。俺にそんな趣味はねぇからな」と返してくる。
「じゃあな……っと、そういや名乗ってなかったな。俺はあの変態と同じ虎族のレザーだ。また話そうぜ」
「あの変態」とカイトの背中まで舐め始めていたマーティを顎で指し示したレザーは、キザっぽくそう言いながら去って行った。
「また話そう」……か。なんだかんだ言ってるが、アレは一応認められたってことでいいのか?
「あっ、わたしも出る!またね、アヤトさんと……汗の子!」
カイトの名前を知らないマーティが変なあだ名を付けてレザーの後を追って行った。
それを見送る俺とマーティがやりたい放題していった跡が残されたカイト。涎塗れの彼は嵐でも去ったかのような安心感でホッとしていた。
「……リン、赤ん坊そろそろいいか?カイトの精神がそろそろ限界だ」
我慢に我慢を重ねたカイトの体が、もう限界だと訴えかけるようにプルプルと震え始めていた。
「あ……ああ、了解ッス!」
現状を把握したリンが慌ててカイトの元へと駆け寄る。
「うわぁ……ずいぶんやられましたっすね……」
「早く……赤ちゃんに臭いが着く前に……早く……!」
ぞの有様に戸惑ってるリンに対し、カイトが必死に赤ん坊を持った腕を伸ばして返そうとする。
「アザッした!いやー、本当に申し訳ないッスね赤ちゃんのお世話押し付けちゃって……それにしても良い筋肉してるッスね?」
「え?あ、ありがとうございま、す……?」
「やっぱり……」
急に褒められたカイトは戸惑ってしまうが、リンはカイトの体をマジマジと凝視し、その視線が徐々に下腹部の方へと――
「……弟子って師匠に似るんスかね?」
「どこ見て言ってんスか!?」
カイトの口調がまたもやリンに寄り、「あ、口調一緒になったッスね?」と言われていた。本当に何を言ってるんだ、あいつらは……
「じゃあ、丁度体も温まりましたし、あっしはこれで失礼するッス!師弟共々、イイモノ見せていただきありがとうございました!」
リンはピシッと背筋を伸ばして敬礼し、顔を赤くしたカシアたちと一緒に出て行ってしまう。風呂に入った時にいくつかの視線が俺とカイトの交互に感じたと思ったが、その一つはリンのだったか……
嵐みたいな奴らがいなくなって、ようやくホッとする。
「もうやだ……もうお婿に行けない!」
カイトは俺の横の椅子に座り、耳まで赤くした顔を両手で覆い隠してメソメソ嘆いていた。
「お前なら引き取りてがいくつかあるから気にしなくていいだろ。それにしても――」
言葉を一旦区切り、さっきのリンが口にしていた言葉を思い出してカイトの体をジッと見据える。
俺の視線に気付いたカイトが体をビクッと跳ねさせた。
「――良い体付きになったな」
俺の言葉一つでカイトは固まり、他の男性陣からは「アッー!」と悲鳴が、女性陣からは「キャー!」と甲高い歓声が聞こえてくる。
そんな各々の反応を見て、俺は自分が何を口にしたかを理解する。
「勘違いするなよ。カイトは自分の体を鏡で見てるか?」
俺に言われたカイトがハッと正気に戻り、曇った鏡を手で拭う。
「あっ……本当だ」
筋肉の付いた自分の体を見て、カイトがポツリと呟く。
カイトの体は中学生……いや、スポーツをしている高校生と比べても勝っているであろう筋肉で引き締まった体をしている。
元の整った顔も合わせて見せてしまえば、同学年でかなりモテるのではなかろうか?と思うくらいに。
普通ならここまで鍛えるのにもっと時間がかかるだろうが、回復魔術を織り交ぜた修行を急ピッチで進めてたし、加えてこの世界の奴らはある程度の年齢から剣を振るうのが当たり前なので、少し出来上がってる状態も要因に含まれてるのだろう。あとちゃんとした食事も体作りの一つか。
とはいえ、元の世界じゃあこうも上手くはいかなかった……本当に魔法様様だな。
「これなら大剣を扱えてたのも納得だな」
「最近はあまり鏡とか髪を整える時くらいぐらいにしか見ませんでしたからわかりませんでした……道理で最近まで重かった荷物が重く感じなかったんですね」
カイトは鏡の前で腕に力こぶを作りマッスルポーズを取ったりして「おー、すげ……」と呟いていた。
見惚れるのはいいが、事情を知らない奴が見たらナルシストにも見えるんだよなぁ……などとは敢えて言わず、会話を続けようとする。
「一応それぞれの筋肉がバランス良く発達する鍛え方をしてるが、今のところは問題なさそうだな」
「そうですか……俺も強くなってるってことでいいですよね?」
カイトが心配そうな顔で俺を見てくるので、嘘偽りなく縦に頷いて答える。
「メアたちとも手合わせしてるだろ?あいつらも成長する中でお前も対等に渡り合ってるじゃねぇか」
「そう、ですよね……」
カイトからあまり納得してないような生返事が帰ってくる。
その自信喪失の原因は、この前学園同士の生徒が集まったという集会で、カイトが戦うべき相手の攻撃が見えずに抑え込まれたっていうアレのことだろう。
カイトが未熟だった、ってだけなら問題はない。だがカイトだけでなく、その場にいた全員が揃って答えた……「動きが見えなかった」と。
精霊王たちでさえ、油断してたとはいえ目で追えなかったと言っていた。
それだけの相手だというのであれば、カイトが焦燥感を覚えるのも無理はない。それもリナを賭けての勝負……カイト自身言葉にはしてなかったが、片想いの少女が盗られそうになってるのだから。
期限がすでに一週間もないというのが痛手なんだが……メアと対等じゃダメ、か……
「できることは動体視力の強化と反応速度か……」
「どうしましたか、師匠?」
小さく呟いた俺の言葉は聞こえなかったらしく、首を捻って聞いてくるカイト。
力を上げても速さを上げても相手が上手である可能性が高い。ならばやることは決まった。
武器の使い方は二の次にして、ひたすらに組手と筋肉量が衰えない程度のトレーニングを時間ギリギリまでやる。これが一番なのかもしれない。これしか……俺には思い付かない。
脳筋とも言われそうな強引なやり方しか思い付かなくて、俺は心の中でこんな不出来な師匠なのかと自虐してしまっていた。
カイトの焦燥が俺に伝わり、感染でもしたかのようだった。
「カイト……」
「え?あ、はい、何でしょう……?」
カイトは真剣な俺の声色と表情から何かを感じ取ったのだろう、固唾を飲んでその先を聞こうと身構えていた。
「そろそろその涎洗え」
「……」
脱力と同時に溜息が横から聞こえ、大量のシャンプーと石鹸でカイトは自分の体を強めの力で洗い始めた。
「いやー、あの時はお世話になったね?アヤトさんのおかげで快適な暮らしができてるよ!」
カイトは恥ずかしさで顔を逸らすが、マーティは気にせず俺の背後に立って顎を肩に乗せてくる。
マーティの「さん」付けは俺だけで普段は君付けだったり呼び捨てしかしてないようだが、俺には助けてもらった恩があるからとそう呼んでるらしい。とはいえ接し方はフレンドリーだし、呼び方を変えてるだけだから俺もあまり気にしてない。
……それはそれとして、色々当たってても気にしないのは亜人ならではなのか?
「そりゃよかった。んで、これは何のつもりだ?」
「お礼にペロペロしてあげるよ」
「もう洗ったから遠慮しとく。代わりにそこのカイトにでもしてやってくれ」
俺がそう言うとマーティはぐりんと振り向き、カイトが「ちょっ!?」と目を見開き驚いてしまっていた。
「何俺を売ってんスか!?」
リンみたいな口調になりながらツッコミを入れてくるカイトの元に、俺から離れたマーティがにじり寄る。
後ろの方でカイトが「ひぃやぁぁぁぁぁ……」と決して大きくない、リナのような情けない悲鳴を上げていた。抱いている赤ん坊が起きないように配慮してのだろう、カイトは大きな声を出さずその場から逃げようともしない。
頭を洗い終わって振り返ると、カイトがそんな状態であることをいいことに顔を宣言通り舐めていた。
「んー……凄く雄臭いね?ちょっと癖になるかも……」
「雄臭いて……まぁ、今し方激しい運動してきたしな。回復魔術だって怪我や体力を回復してるだけで、汗の臭いとかはどうにもならないからな……」
そしてさらに舐められて顔がベトベトになっているカイトは、さぞかし今すぐ洗ってスッキリしたいと思ってるだろう。
すると浴槽から白い虎模様の男が上がって近付いてくる。ワークラフト家から引き取った内の一人だ。
それが俺の前に堂々と立つ。
あの……女だったとしてもそうだが、大の大男がしゃがむくらい低く座ってる男の目の前で立っててほしくないのです。
完全にアレが目線の位置に……その、ね?
……いや、これ以上は考えないようにしよう。白虎男の後ろで女たちの声で黄色い歓声が聞こえてくるのも考えないない方がいいだろう。
「どうした?」
「いや何、色々聞きたいことがあるついでにお前の背中でも流してやろうかとな」
白虎男は俺が体を洗おうと持っていた石鹸の付いた垢すりに向けて手を出してきて、「貸せ」とぶっきら棒に言ってくる。
それを渡して鏡の方向に向き直ると、宣言通り背中を洗ってくれる。
「聞きたいことって?」
「……お前はこの場所をどうしたいんだ?」
唐突且つ抽象的な質問に、俺はどう答えたものかと悩む。
「ここって……この露天風呂の話、ってわけじゃないよな?」
白虎男からはそんな軽い話をする雰囲気を感じないし。
しばらく白虎男が考えるように押し黙るが、少しずつ重い口を開け始める。
「にわかには信じ難いが、お前はこの世界そのものを創ったと聞いた。そんなことできるのは神の所業に近いと思うのだがな……だが散々その非常識を目にしたのだから、その真偽はどうでもいいということにしておく。それよりも重要なのは、ここに集められた奴らが全員お前に集められたということだ」
最後の言葉に威圧を乗せて発され、ついでに背中を擦る力が強めに加えられる。
「言いたいことがあるのはいいが、感情に任せて力を入れるのはやめてくれ。肌が傷付いたらどうしてくれる?」
「ここの住人をお前はどうする気だ、ということだ」
俺の茶化しを無視して話を進める白虎男。まぁ、俺のは冗談じゃなかったとしても手遅れだけど。
「そこまで大きな話にはなってないが、さらに人手を集めて物騒なことをするつもりなんじゃないかとな……」
「お前はどう思う?俺がそんな非人道的な行為をする人間に見えるか?」
質問を質問で返すことになってしま
「……知らん。もう人間は見た目でも判断できないからな。だがさっきの過程が本当だとして、世界を一つ作るような奴がわざわざ俺たちに何かさせるとは思えない、というのがある」
「それだと自分の手を汚さずにさせるような奴もいる」とも言ってやりたかったが、そうすると話がまた拗れそうなので、それはまた別の機会にしよう。
「そもそもお前は、向こうの世界をどう思う?」
「向こうのって……俺たちが住んでる場所のことだよな?どうって……」
俺の言い方も抽象的だったかと反省しつつ、もう一言い直す。
「遠回しはやめよう。数多く存在する種族が、互いに差別したり嫌悪したりしてることだ。「魔族が」とか「亜人が」とか言って目の敵にしてるのがバカバカしいとすら感じる」
「……排他的なのが嫌いなのか?そんなのどこにでもあるだろ」
「だからそれが嫌だっつってんだ。一々種族を理由にして喧嘩腰になるのが腹立つ……どうせ気に入らないことがあれば同族でも争ってんのによ」
思わず舌打ちをしてしまいながら言う。
白虎男の背中を洗う手が一時的に止まるが、すぐに再び手を動かす。
「なるほどな……少しわかった気がする」
白虎男はそう言いながら垢すりを差し出してきて、「前は自分でやれ。俺にそんな趣味はねぇからな」と返してくる。
「じゃあな……っと、そういや名乗ってなかったな。俺はあの変態と同じ虎族のレザーだ。また話そうぜ」
「あの変態」とカイトの背中まで舐め始めていたマーティを顎で指し示したレザーは、キザっぽくそう言いながら去って行った。
「また話そう」……か。なんだかんだ言ってるが、アレは一応認められたってことでいいのか?
「あっ、わたしも出る!またね、アヤトさんと……汗の子!」
カイトの名前を知らないマーティが変なあだ名を付けてレザーの後を追って行った。
それを見送る俺とマーティがやりたい放題していった跡が残されたカイト。涎塗れの彼は嵐でも去ったかのような安心感でホッとしていた。
「……リン、赤ん坊そろそろいいか?カイトの精神がそろそろ限界だ」
我慢に我慢を重ねたカイトの体が、もう限界だと訴えかけるようにプルプルと震え始めていた。
「あ……ああ、了解ッス!」
現状を把握したリンが慌ててカイトの元へと駆け寄る。
「うわぁ……ずいぶんやられましたっすね……」
「早く……赤ちゃんに臭いが着く前に……早く……!」
ぞの有様に戸惑ってるリンに対し、カイトが必死に赤ん坊を持った腕を伸ばして返そうとする。
「アザッした!いやー、本当に申し訳ないッスね赤ちゃんのお世話押し付けちゃって……それにしても良い筋肉してるッスね?」
「え?あ、ありがとうございま、す……?」
「やっぱり……」
急に褒められたカイトは戸惑ってしまうが、リンはカイトの体をマジマジと凝視し、その視線が徐々に下腹部の方へと――
「……弟子って師匠に似るんスかね?」
「どこ見て言ってんスか!?」
カイトの口調がまたもやリンに寄り、「あ、口調一緒になったッスね?」と言われていた。本当に何を言ってるんだ、あいつらは……
「じゃあ、丁度体も温まりましたし、あっしはこれで失礼するッス!師弟共々、イイモノ見せていただきありがとうございました!」
リンはピシッと背筋を伸ばして敬礼し、顔を赤くしたカシアたちと一緒に出て行ってしまう。風呂に入った時にいくつかの視線が俺とカイトの交互に感じたと思ったが、その一つはリンのだったか……
嵐みたいな奴らがいなくなって、ようやくホッとする。
「もうやだ……もうお婿に行けない!」
カイトは俺の横の椅子に座り、耳まで赤くした顔を両手で覆い隠してメソメソ嘆いていた。
「お前なら引き取りてがいくつかあるから気にしなくていいだろ。それにしても――」
言葉を一旦区切り、さっきのリンが口にしていた言葉を思い出してカイトの体をジッと見据える。
俺の視線に気付いたカイトが体をビクッと跳ねさせた。
「――良い体付きになったな」
俺の言葉一つでカイトは固まり、他の男性陣からは「アッー!」と悲鳴が、女性陣からは「キャー!」と甲高い歓声が聞こえてくる。
そんな各々の反応を見て、俺は自分が何を口にしたかを理解する。
「勘違いするなよ。カイトは自分の体を鏡で見てるか?」
俺に言われたカイトがハッと正気に戻り、曇った鏡を手で拭う。
「あっ……本当だ」
筋肉の付いた自分の体を見て、カイトがポツリと呟く。
カイトの体は中学生……いや、スポーツをしている高校生と比べても勝っているであろう筋肉で引き締まった体をしている。
元の整った顔も合わせて見せてしまえば、同学年でかなりモテるのではなかろうか?と思うくらいに。
普通ならここまで鍛えるのにもっと時間がかかるだろうが、回復魔術を織り交ぜた修行を急ピッチで進めてたし、加えてこの世界の奴らはある程度の年齢から剣を振るうのが当たり前なので、少し出来上がってる状態も要因に含まれてるのだろう。あとちゃんとした食事も体作りの一つか。
とはいえ、元の世界じゃあこうも上手くはいかなかった……本当に魔法様様だな。
「これなら大剣を扱えてたのも納得だな」
「最近はあまり鏡とか髪を整える時くらいぐらいにしか見ませんでしたからわかりませんでした……道理で最近まで重かった荷物が重く感じなかったんですね」
カイトは鏡の前で腕に力こぶを作りマッスルポーズを取ったりして「おー、すげ……」と呟いていた。
見惚れるのはいいが、事情を知らない奴が見たらナルシストにも見えるんだよなぁ……などとは敢えて言わず、会話を続けようとする。
「一応それぞれの筋肉がバランス良く発達する鍛え方をしてるが、今のところは問題なさそうだな」
「そうですか……俺も強くなってるってことでいいですよね?」
カイトが心配そうな顔で俺を見てくるので、嘘偽りなく縦に頷いて答える。
「メアたちとも手合わせしてるだろ?あいつらも成長する中でお前も対等に渡り合ってるじゃねぇか」
「そう、ですよね……」
カイトからあまり納得してないような生返事が帰ってくる。
その自信喪失の原因は、この前学園同士の生徒が集まったという集会で、カイトが戦うべき相手の攻撃が見えずに抑え込まれたっていうアレのことだろう。
カイトが未熟だった、ってだけなら問題はない。だがカイトだけでなく、その場にいた全員が揃って答えた……「動きが見えなかった」と。
精霊王たちでさえ、油断してたとはいえ目で追えなかったと言っていた。
それだけの相手だというのであれば、カイトが焦燥感を覚えるのも無理はない。それもリナを賭けての勝負……カイト自身言葉にはしてなかったが、片想いの少女が盗られそうになってるのだから。
期限がすでに一週間もないというのが痛手なんだが……メアと対等じゃダメ、か……
「できることは動体視力の強化と反応速度か……」
「どうしましたか、師匠?」
小さく呟いた俺の言葉は聞こえなかったらしく、首を捻って聞いてくるカイト。
力を上げても速さを上げても相手が上手である可能性が高い。ならばやることは決まった。
武器の使い方は二の次にして、ひたすらに組手と筋肉量が衰えない程度のトレーニングを時間ギリギリまでやる。これが一番なのかもしれない。これしか……俺には思い付かない。
脳筋とも言われそうな強引なやり方しか思い付かなくて、俺は心の中でこんな不出来な師匠なのかと自虐してしまっていた。
カイトの焦燥が俺に伝わり、感染でもしたかのようだった。
「カイト……」
「え?あ、はい、何でしょう……?」
カイトは真剣な俺の声色と表情から何かを感じ取ったのだろう、固唾を飲んでその先を聞こうと身構えていた。
「そろそろその涎洗え」
「……」
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