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武人祭
王族との賭け
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「楽しそうだな、お前たち?」
リリスたちのやり取りをしばらく見てると、誰かが話しかけてきた。
同じ学生服を着たどこかの生徒が五人集まっている。
しかしその誰もが白い綺麗な服を着ていて、いかにも「お堅そう」な外見の人たちが集まっていた。
水色の長髪をし、サイよりも一回り二回り大きい体をした男性。筋肉の盛り上がり方がガーランドさんやオルドラさんっぽい。
赤い長髪をポニーテールにまとめた長身の女性。雰囲気などがミランダさんに似て……なくもない。
桃色の髪で同じ顔をした双子らしき少女。
背丈は学園長とどっこいどっこいで、違うのは髪形と持ってる武器ぐらいだろう。髪は片方が腰まで伸ばした長さで、もう一方はもみあげを三つ編みにしたショートだった。
そしてその先頭には周りと比べて背の低い茶髪の少年が、にこやかな表情を作りリーダー風に立っている。俺と同じくらいの背丈ぐらいだけど、この人も高等部なのだろうか……?
俺は恐らく話しかけてきたであろう茶髪の少年に返事をすることにした。
「ええまぁ、楽しいですよ。顔見知りなメンバーなもんで」
「……おい、貴様」
俺が日常的な会話の返しをすると、赤髪の女性が凄んで睨み付けてきた。
その凄みが学園長や師匠ほどのものでないにしろ、なぜそれが俺に向けられるのかと戸惑ってしまう。
「お前が今、気軽に話しかけているこの方がどのようなお人なのかわかっているのか?」
「え……さぁ?」
わからないからわからないと素直に答えたのだが、それが気に入らなかったのか相手チームの雰囲気が一気に重い物へと変わったのを感じた。
ただ一人、「この方」と呼ばれた茶髪の少年を除いて。
彼はさっきから変わらない笑顔を俺たちに向けてきていた。
「こいつの言ったことは気にしなくていい。神経質な性格で、一々言うことが細かくてな……それより少し、余を会話に混ぜてくれないか?」
「余」という一人称がかなり気になったが、俺はとりあえず他の人たちの同意を求めようと視線を移した。
「俺はいいですけど……」
「構いませんわ」
リリスが肯定し、ミーナさんとサイも頷く。
「私も、いいです、けど……なんで私たちの、ところに?」
「……」
赤髪の女性がリナの言葉にイラつき、腕を組みながら足を貧乏揺すりをしているのが見て取れた。
するとそれとは別に、ピンク髪の二人がリナの周りに寄ってくる。
「ねぇねぇ、なんでそんな変な喋り方なの?舌が回らないの?」
「ねぇねぇ、なんでそんなビクビクしてるの?怖いの?ビビりなの?」
「え……え……?」
突然に二人からバカにされるようなことを言われ、戸惑い困惑するリナ。その周りをウフフアハハと笑いながらグルグル回り、まるで反応を楽しんでいるかのようだった。
すると不意に、二人の内一人がリナの隠れた前髪をたくし上げる。
「アハハ、でも目は綺麗ね!」
「そうだね!なのに髪で隠そうとするなんて、宝の持ち腐れだね!」
「おいニーチャ、ルーチェ。いい加減にしろ」
さすがにイラっとして言い過ぎだと注意しようとしたが、その前に見かねた茶髪の少年が一喝した。
注意された二人は詫びれる様子もなく、「「はーい」」と返事をして隠れるように茶髪の少年たちの後ろへ回る。
「悪いな、うちの者たちは些か性格が両極端でな……余の名はジスタチオ・アルラ・グリフィンである。皆には親しくジスタと呼ばせておる。それとそこの赤いのがレチロラ、青いのがギッシュ、ピンク二人は髪の長い方がニーチェ、短い方がルーチェだ」
少年の少々上から目線で名乗った名前を聞き、驚きのあまり思わず目を見開いてしまう。名前が三つあるってことは……この人は王族!?
そう考えると、赤髪の女性が激昂した意味などが理解できる。それでも「余」という一人称は聞き慣れないが……
と言っても、こっちにも王族の知り合いがいるのであまり緊張はしないな。
「俺はカイトです。こっちの大きな体のがサイ、金髪がリリス、それにリナに猫人族のミーナさん」
「ほう、そうか……リナと言うのだな」
王族とわかり委縮して固まってしまったリリスたちの代わりに俺も返事を返すと、ジスタはなぜかリナだけを興味深そうに呟く。リナがどうかしたのか?
特にこれといった話題もないのもあってしばらく黙って様子を見ていると、ジスタがリナに近付いていった。
何をする気なのだろうと警戒しながらその行く末を見ていると、ジスタはリナの手を取って跪く。
「リナよ、突然で悪いがそなたに結婚を申し込ませてほしい」
「は?」
「はい?」
「……ふぇ?」
突如として行われたジスタの告白に思わず、それぞれ素の反応が出てしまっていた。後ろにいたリリスも抜けた声を出して驚いている。
「え……え……?なん、で……わた、し……?」
困惑と戸惑いで今まで以上に動揺するリナ。
その疑問ももっともだろう。まだ予想ではあるが、王族がなんでもない平民に結婚を申し込んだのだ。
師匠のように特別強い力があって有名になったわけでもないのだし……
しかもチームの人もその行動は予想外だったらしい反応をしている。
「じ……ジスタ様!?未定とはいえ、王の座を継承するお方が平民に求婚するなど、何をお考えで……?」
レチロラがそう言うと、ジスタは優しい微笑みを浮かべる。
「先程そなたの素顔が不意に目に付いてしまってな、リナ。その時に今までにない衝動が沸き起こったのだ。つまり一目惚れというやつだな」
「で、でも……王子、様なら、他にもお金持ち、で可愛い子が、いっぱいいる、んじゃ……?」
リナの言葉にジスタは苦い表情をし、否定する。
「下心丸見えな上に好みじゃない女子ばかり宛てがわれて、心の一つも動かない。しかしそなたを見た瞬間こう思ったのだ、「ああ、余はこの者と結ばれるために生まれてきたのだ」、とな」
「そ、そんな……あぅ」
愚直とも言える素直な気持ちをぶつけられたリナは、恥ずかしさで頬を染める。そこにはやっぱり嬉しさもあるのだろうか……?
そう考えると、一気に胸の当たりがモヤッとしてしまう。
「どうだ?余の想いを受け止めてはくれないだろうか?」
「そ、の……私、は……!」
オドオドとして目をギュッと瞑り、中々答えられずにいるリナ。
そしてさすがに痺れを切らしたのか、不機嫌な表情をしたレチロラさんが大股で歩いてリナたちに近付いて間に割って入った。それを見た俺は思わず安堵してしまう。
しかし、レチロラが腰に携えていたレイピアを抜き、リナに構えた彼女に一瞬で憤りを覚えた。
「貴様ッ!リンドウ様がこともあろうに、平民である貴様に分不相応な愛を向けられておられるのだぞ!?まるで応えるのを躊躇うかのような言動……よもや断るとでも言うわけではあるまいな?」
「っ……!?それ、は……」
「レチロラ……」
レチロラに威圧され、さらに言葉が小さくなって拙くなってしまうリナ。
ジスタが制しようとレチロラに声をかけようとするが、その前に俺は遮るようにその間へ割って入り、彼女に睨み返した。
「おい、あんた。年下の後輩をイジメて楽しいかよ?」
「なんだ、と……!?」
レチロラは今にも襲い掛かってきそうなほどのイラつきの見える表情を俺に向け、額に青い筋が浮かんで見えた。
だけど、イラついているのは彼女だけじゃない。
俺も言い表せない怒りをレチロラさんと、リナに告白をしたジスタへ少なからず抱いていた。
「リナはただでさえ気が弱いんだ。そうやって人の意思を無視するようなこと言ったり、責めるようなことすんなよ……!」
「っ!?この……!」
「……」
敬語も忘れた俺の口調に表情を歪ませるレチロラ。ジスタは逆に、そんな俺を感情のない顔で見つめてきていた。俺を観察しているようだが……
「……ああ、そういうことか」
ジスタは何かを納得したようにそう呟き、ニヤリと意味深に笑う。
何を納得したのか知らないけど、これ以上リナを困らせるようなら――
「カイトと言ったな。お前……お前もリナのことを好いておるな?」
「……は?」
「……ふぇ?」
見抜いてやったとでも言わんばかりのドヤ顔をして言ったジスタの不意の言葉に、俺とリナは揃って素っ頓狂な声を出してしまった。
図星を突かれた俺の顔は言わずもがな、真偽はさておき俺も自分に好意が向けていると言われたリナと顔を合わせると、彼女も顔を真っ赤にしてしまっている。
「カイ、ト君……?」
そしてその真偽を確かめようとするかのように、顔を赤くしたままのリナが俺の名前を呼ぶ。
俺は答えることができず、顔を逸らしてしまう。
「は……ハハハッ!そうか、間違ってはいなくとも通じ合ってるわけでもないということか!ならば僥倖……」
ジスタは笑い声と上げ、妖しく笑う。
その笑いからは嫌な感じがするが……何を企む?
「少々余興といかないか?これから行われる武人祭……そこで彼女を賭けて勝負しないか?」
ジスタの提案に、俺は思考が一瞬止まりかけた。
何を言ってるんだ、お前は……!?
「何を――」
「カイトが勝てば余は何も言わず手を引こう」
思ったことを口に出そうとした俺の言葉をジスタが遮り、言葉を続ける。
「だが余が勝った暁には……リナを妻としてもらおう」
「何を勝手なことを……っ!」
反論しようとした俺に、レチロラが抜いていたレイピアを俺に向けてくる。
「同じ学生とはいえ王の御前だぞ?図が高いわっ!」
「知ったことかっ!」
レチロラが発した叫びに負けないくらいの声を張り上げ、俺は対抗した。
「王だろうが神だろうが、知ったこっちゃねぇ!一人の女の子の将来を、テメェ一人の勝手な都合で決めてんじゃねぇ!」
「きさ、まぁっ……!」
暴言とも取れる俺の言葉に、限界を迎えたレチロラがレイピアで突いて来ようとしてくる。
俺は即座に剣を抜き放ち、防いでみせる。
「ほう……?」
ジスタが感心したようか声を漏らすが、レイピアで何度も突いて攻撃してくるレチロラに気を取られてしまい、気にする暇がなかった。
「「はぁぁぁぁぁっ!!」」
俺とレチロラは叫びと共に剣戟を重ねた。
向こうの攻撃は剣や槍と違って、か細く目で捉えにくい。それをなんとか感覚的に防いでいた。
「ただの不敬者かと思っていたが、中々やるようだな!?」
「あんたもただの金魚のフンってわけじゃないみたいだな?」
レチロラの褒めているのかわからない言葉に皮肉で返すと、攻撃のスピードがさらに上がる。
「本当に……癪に障る!」
するとそれは俺の動体視力で捉えられる範囲を越えてしまい、手数が一気に増えたかのように見えるほどの残像が目の前に広がっていた。
「「……っ!?」」
無理だ……そう思ったはずなのに、俺は自然と全てに反応できてしまった。
……いや、今のは逆に不自然だ。防ごうとは思ったが、いつもの俺なら防御が間に合わずに食らってしまっていたはずだ。
なのに手が勝手に動いていた。それは無意識というより、強制的に動かされたと言うのに近い気がする……
俺はそんな自分に驚き、レチロラは攻撃を全て防がれたことに目を丸くしていた。
「……見たところ中等部だったようだから手加減したが、評価を改めねばならないか……」
レチロラがそう言って武器を構え直す。今のが何かの力に目覚めたとかならいいが、そうでなければただの偶然で終わり、俺は呆気なくやられるだろう……
「おいこらそこっ!交流しろとは言ったけど、そういう交流の仕方は許可してないぞ!?」
学園長の注意する声は聞こえていたがレチロラには届いている様子がなく、まさに今攻撃されようとしている俺に至っては聞く余裕がない。
とにかく剣を片手に握り締め、応戦しようとする。しかし――
「ルビア学園長の言う通りだ、お前たち。今は武人祭でもなければそういう場でもない。自粛せよ」
ジスタの言葉が聞こえたと思ったら、目の前が真っ暗になっていた。そしてすぐに俺は地面に伏していたことに気付く。
正確には顔を押し付けられ、動けなくされている。
声からして押さえ付けに来てるのはジスタで、少しだけ動かせる視界からはレチロラも俺と同じように頭を片手で押さえ付けられ、組み伏せられているのが見えた。
とはいえ、ジスタから押さえ付けられている力の強さに動くことができず、その頃には頭が冷えて冷静になれていた。そうして見えてくるものもあった。
……ジスタの動きが断片も見えなかったのだ。
まるで師匠を相手にしたかのようなわけのわからなさ。「いつの間にか何かされてる」という戦慄……冷や汗が滲み出てしまうほどだった。
「これ、は……?」
「……申し訳ございません、ジスタ様」
混乱してる俺とは逆に、冷静な声色で謝罪の言葉を口にするレチロラ。あっちも冷静になったようだ。
「学園長、うちの者がご迷惑をおかけしました。後でよく言い聞かせておくので」
「お、おう……物分かりがよくて助かるよ。カイト君も、それ以上は学園問題にして親御さんにも連絡をすることになるから……いいね?」
学園長に怒られて素直に「はい」と答え、同時にジスタが俺たちの頭から手を離す。
ようやく息苦しさから解放され、咳き込みながらフラフラと立ち上がる。
ホッとして体から力が抜ける――が、まだ警戒を解くわけにはいかない。
リナを賭け事の勝利品にしようなんて言うような奴を、俺は睨み続けた。
ジスタチオ・アルラ・グリフィン……俺はこいつを許さない。
「……まだ戦意を失っていないのか?だがやめておけ、学園長を裏切ってまで暴れるようなことはすまい?」
ジスタの言葉一つ一つに苛立ち、根拠がハッキリとしない怒りが俺の目の前を曇らせて今にも襲いかかりたい衝動に駆られる。
【――だが今は抑えろ。戦いに感情は邪魔になる】
俺の考えに混じり、まるで誰かに言われているかのような言葉が頭の中に浮かんでくる。
【怒りや憎悪、敵意や殺気は的確な「使い道」がある。それは今じゃない】
頭の中が静かになると同時に、俺の昂っていたものが溜息となって消えていく。
するとそれを見たジスタが「ほう」と呟いて感心する。
「昂った感情を抑え込んだか。中等部にしては……いや、年齢は関係ないな。一度感情的になったあとで理性を取り戻すなど、大の大人でも難しい……良い師がいるらしいな」
「ああ、世界で最高の師匠だよ」
皮肉なんかではなく、心の底から思っていることを笑って口にした。
するとジスタはクククと笑い始める。
「『世界で最高の師匠』か……ならば余も尚更武人祭でお前に負けるわけにはいかなくなったな」
「……どういう意味だ?」
ジスタはひとしきり笑うと、その笑みを消して面と向かって睨んでくる。
「この世で最高の師は余の師、コノハであるからだっ!」
ジスタが叫びに似た発言に、周囲が静まり返る。
コノハ?それってこの学園と同じ名前……それにどっかで聞いたことのある人名だけど……
前に学園長が話してくれた昔話の中に「コノハ」という人物が出てきていたことを思い出し、彼女の方に視線を向ける。
「……っ!?」
そこにはありえないものを見てしまったかのように、目を見開いた驚きの表情をする学園長の姿があった。
それもそうだろう。彼女の話ではコノハという人物は死んだというのだから。
学園長が聞いた話がデマだったのか、もしくは同名の別人という線が一番高いけれど……
俺たちの事情など知らないジスタは、そのまま話を続ける。
「もちろんリナとの婚約を二の次にするわけにはいかないが、ないがしろにできる発言でもないのも事実。武人祭ではもう一つ勝負をしようではないか。どちらが優勝し、どちらの師がより弟子の育成に優れているかを……!」
ジスタは鋭い眼光を俺に向けてそう言い、さっきまで抱いていた疑問はどこかへ消えてしまっていた。
というのも、俺も自分の師匠が一番だと信じているし、片想いを抱いているリナをそう簡単に渡すわけにはいかなかったからだ。
そして俺とジスタはしばらく睨み合い――
「師匠、助けてください!」
「他力本願するスピード早いな」
他の学生との顔合わせの時間と共に学園が終わり、屋敷に帰ってから事情を説明しながら早速師匠に頼っていた。
リリスたちのやり取りをしばらく見てると、誰かが話しかけてきた。
同じ学生服を着たどこかの生徒が五人集まっている。
しかしその誰もが白い綺麗な服を着ていて、いかにも「お堅そう」な外見の人たちが集まっていた。
水色の長髪をし、サイよりも一回り二回り大きい体をした男性。筋肉の盛り上がり方がガーランドさんやオルドラさんっぽい。
赤い長髪をポニーテールにまとめた長身の女性。雰囲気などがミランダさんに似て……なくもない。
桃色の髪で同じ顔をした双子らしき少女。
背丈は学園長とどっこいどっこいで、違うのは髪形と持ってる武器ぐらいだろう。髪は片方が腰まで伸ばした長さで、もう一方はもみあげを三つ編みにしたショートだった。
そしてその先頭には周りと比べて背の低い茶髪の少年が、にこやかな表情を作りリーダー風に立っている。俺と同じくらいの背丈ぐらいだけど、この人も高等部なのだろうか……?
俺は恐らく話しかけてきたであろう茶髪の少年に返事をすることにした。
「ええまぁ、楽しいですよ。顔見知りなメンバーなもんで」
「……おい、貴様」
俺が日常的な会話の返しをすると、赤髪の女性が凄んで睨み付けてきた。
その凄みが学園長や師匠ほどのものでないにしろ、なぜそれが俺に向けられるのかと戸惑ってしまう。
「お前が今、気軽に話しかけているこの方がどのようなお人なのかわかっているのか?」
「え……さぁ?」
わからないからわからないと素直に答えたのだが、それが気に入らなかったのか相手チームの雰囲気が一気に重い物へと変わったのを感じた。
ただ一人、「この方」と呼ばれた茶髪の少年を除いて。
彼はさっきから変わらない笑顔を俺たちに向けてきていた。
「こいつの言ったことは気にしなくていい。神経質な性格で、一々言うことが細かくてな……それより少し、余を会話に混ぜてくれないか?」
「余」という一人称がかなり気になったが、俺はとりあえず他の人たちの同意を求めようと視線を移した。
「俺はいいですけど……」
「構いませんわ」
リリスが肯定し、ミーナさんとサイも頷く。
「私も、いいです、けど……なんで私たちの、ところに?」
「……」
赤髪の女性がリナの言葉にイラつき、腕を組みながら足を貧乏揺すりをしているのが見て取れた。
するとそれとは別に、ピンク髪の二人がリナの周りに寄ってくる。
「ねぇねぇ、なんでそんな変な喋り方なの?舌が回らないの?」
「ねぇねぇ、なんでそんなビクビクしてるの?怖いの?ビビりなの?」
「え……え……?」
突然に二人からバカにされるようなことを言われ、戸惑い困惑するリナ。その周りをウフフアハハと笑いながらグルグル回り、まるで反応を楽しんでいるかのようだった。
すると不意に、二人の内一人がリナの隠れた前髪をたくし上げる。
「アハハ、でも目は綺麗ね!」
「そうだね!なのに髪で隠そうとするなんて、宝の持ち腐れだね!」
「おいニーチャ、ルーチェ。いい加減にしろ」
さすがにイラっとして言い過ぎだと注意しようとしたが、その前に見かねた茶髪の少年が一喝した。
注意された二人は詫びれる様子もなく、「「はーい」」と返事をして隠れるように茶髪の少年たちの後ろへ回る。
「悪いな、うちの者たちは些か性格が両極端でな……余の名はジスタチオ・アルラ・グリフィンである。皆には親しくジスタと呼ばせておる。それとそこの赤いのがレチロラ、青いのがギッシュ、ピンク二人は髪の長い方がニーチェ、短い方がルーチェだ」
少年の少々上から目線で名乗った名前を聞き、驚きのあまり思わず目を見開いてしまう。名前が三つあるってことは……この人は王族!?
そう考えると、赤髪の女性が激昂した意味などが理解できる。それでも「余」という一人称は聞き慣れないが……
と言っても、こっちにも王族の知り合いがいるのであまり緊張はしないな。
「俺はカイトです。こっちの大きな体のがサイ、金髪がリリス、それにリナに猫人族のミーナさん」
「ほう、そうか……リナと言うのだな」
王族とわかり委縮して固まってしまったリリスたちの代わりに俺も返事を返すと、ジスタはなぜかリナだけを興味深そうに呟く。リナがどうかしたのか?
特にこれといった話題もないのもあってしばらく黙って様子を見ていると、ジスタがリナに近付いていった。
何をする気なのだろうと警戒しながらその行く末を見ていると、ジスタはリナの手を取って跪く。
「リナよ、突然で悪いがそなたに結婚を申し込ませてほしい」
「は?」
「はい?」
「……ふぇ?」
突如として行われたジスタの告白に思わず、それぞれ素の反応が出てしまっていた。後ろにいたリリスも抜けた声を出して驚いている。
「え……え……?なん、で……わた、し……?」
困惑と戸惑いで今まで以上に動揺するリナ。
その疑問ももっともだろう。まだ予想ではあるが、王族がなんでもない平民に結婚を申し込んだのだ。
師匠のように特別強い力があって有名になったわけでもないのだし……
しかもチームの人もその行動は予想外だったらしい反応をしている。
「じ……ジスタ様!?未定とはいえ、王の座を継承するお方が平民に求婚するなど、何をお考えで……?」
レチロラがそう言うと、ジスタは優しい微笑みを浮かべる。
「先程そなたの素顔が不意に目に付いてしまってな、リナ。その時に今までにない衝動が沸き起こったのだ。つまり一目惚れというやつだな」
「で、でも……王子、様なら、他にもお金持ち、で可愛い子が、いっぱいいる、んじゃ……?」
リナの言葉にジスタは苦い表情をし、否定する。
「下心丸見えな上に好みじゃない女子ばかり宛てがわれて、心の一つも動かない。しかしそなたを見た瞬間こう思ったのだ、「ああ、余はこの者と結ばれるために生まれてきたのだ」、とな」
「そ、そんな……あぅ」
愚直とも言える素直な気持ちをぶつけられたリナは、恥ずかしさで頬を染める。そこにはやっぱり嬉しさもあるのだろうか……?
そう考えると、一気に胸の当たりがモヤッとしてしまう。
「どうだ?余の想いを受け止めてはくれないだろうか?」
「そ、の……私、は……!」
オドオドとして目をギュッと瞑り、中々答えられずにいるリナ。
そしてさすがに痺れを切らしたのか、不機嫌な表情をしたレチロラさんが大股で歩いてリナたちに近付いて間に割って入った。それを見た俺は思わず安堵してしまう。
しかし、レチロラが腰に携えていたレイピアを抜き、リナに構えた彼女に一瞬で憤りを覚えた。
「貴様ッ!リンドウ様がこともあろうに、平民である貴様に分不相応な愛を向けられておられるのだぞ!?まるで応えるのを躊躇うかのような言動……よもや断るとでも言うわけではあるまいな?」
「っ……!?それ、は……」
「レチロラ……」
レチロラに威圧され、さらに言葉が小さくなって拙くなってしまうリナ。
ジスタが制しようとレチロラに声をかけようとするが、その前に俺は遮るようにその間へ割って入り、彼女に睨み返した。
「おい、あんた。年下の後輩をイジメて楽しいかよ?」
「なんだ、と……!?」
レチロラは今にも襲い掛かってきそうなほどのイラつきの見える表情を俺に向け、額に青い筋が浮かんで見えた。
だけど、イラついているのは彼女だけじゃない。
俺も言い表せない怒りをレチロラさんと、リナに告白をしたジスタへ少なからず抱いていた。
「リナはただでさえ気が弱いんだ。そうやって人の意思を無視するようなこと言ったり、責めるようなことすんなよ……!」
「っ!?この……!」
「……」
敬語も忘れた俺の口調に表情を歪ませるレチロラ。ジスタは逆に、そんな俺を感情のない顔で見つめてきていた。俺を観察しているようだが……
「……ああ、そういうことか」
ジスタは何かを納得したようにそう呟き、ニヤリと意味深に笑う。
何を納得したのか知らないけど、これ以上リナを困らせるようなら――
「カイトと言ったな。お前……お前もリナのことを好いておるな?」
「……は?」
「……ふぇ?」
見抜いてやったとでも言わんばかりのドヤ顔をして言ったジスタの不意の言葉に、俺とリナは揃って素っ頓狂な声を出してしまった。
図星を突かれた俺の顔は言わずもがな、真偽はさておき俺も自分に好意が向けていると言われたリナと顔を合わせると、彼女も顔を真っ赤にしてしまっている。
「カイ、ト君……?」
そしてその真偽を確かめようとするかのように、顔を赤くしたままのリナが俺の名前を呼ぶ。
俺は答えることができず、顔を逸らしてしまう。
「は……ハハハッ!そうか、間違ってはいなくとも通じ合ってるわけでもないということか!ならば僥倖……」
ジスタは笑い声と上げ、妖しく笑う。
その笑いからは嫌な感じがするが……何を企む?
「少々余興といかないか?これから行われる武人祭……そこで彼女を賭けて勝負しないか?」
ジスタの提案に、俺は思考が一瞬止まりかけた。
何を言ってるんだ、お前は……!?
「何を――」
「カイトが勝てば余は何も言わず手を引こう」
思ったことを口に出そうとした俺の言葉をジスタが遮り、言葉を続ける。
「だが余が勝った暁には……リナを妻としてもらおう」
「何を勝手なことを……っ!」
反論しようとした俺に、レチロラが抜いていたレイピアを俺に向けてくる。
「同じ学生とはいえ王の御前だぞ?図が高いわっ!」
「知ったことかっ!」
レチロラが発した叫びに負けないくらいの声を張り上げ、俺は対抗した。
「王だろうが神だろうが、知ったこっちゃねぇ!一人の女の子の将来を、テメェ一人の勝手な都合で決めてんじゃねぇ!」
「きさ、まぁっ……!」
暴言とも取れる俺の言葉に、限界を迎えたレチロラがレイピアで突いて来ようとしてくる。
俺は即座に剣を抜き放ち、防いでみせる。
「ほう……?」
ジスタが感心したようか声を漏らすが、レイピアで何度も突いて攻撃してくるレチロラに気を取られてしまい、気にする暇がなかった。
「「はぁぁぁぁぁっ!!」」
俺とレチロラは叫びと共に剣戟を重ねた。
向こうの攻撃は剣や槍と違って、か細く目で捉えにくい。それをなんとか感覚的に防いでいた。
「ただの不敬者かと思っていたが、中々やるようだな!?」
「あんたもただの金魚のフンってわけじゃないみたいだな?」
レチロラの褒めているのかわからない言葉に皮肉で返すと、攻撃のスピードがさらに上がる。
「本当に……癪に障る!」
するとそれは俺の動体視力で捉えられる範囲を越えてしまい、手数が一気に増えたかのように見えるほどの残像が目の前に広がっていた。
「「……っ!?」」
無理だ……そう思ったはずなのに、俺は自然と全てに反応できてしまった。
……いや、今のは逆に不自然だ。防ごうとは思ったが、いつもの俺なら防御が間に合わずに食らってしまっていたはずだ。
なのに手が勝手に動いていた。それは無意識というより、強制的に動かされたと言うのに近い気がする……
俺はそんな自分に驚き、レチロラは攻撃を全て防がれたことに目を丸くしていた。
「……見たところ中等部だったようだから手加減したが、評価を改めねばならないか……」
レチロラがそう言って武器を構え直す。今のが何かの力に目覚めたとかならいいが、そうでなければただの偶然で終わり、俺は呆気なくやられるだろう……
「おいこらそこっ!交流しろとは言ったけど、そういう交流の仕方は許可してないぞ!?」
学園長の注意する声は聞こえていたがレチロラには届いている様子がなく、まさに今攻撃されようとしている俺に至っては聞く余裕がない。
とにかく剣を片手に握り締め、応戦しようとする。しかし――
「ルビア学園長の言う通りだ、お前たち。今は武人祭でもなければそういう場でもない。自粛せよ」
ジスタの言葉が聞こえたと思ったら、目の前が真っ暗になっていた。そしてすぐに俺は地面に伏していたことに気付く。
正確には顔を押し付けられ、動けなくされている。
声からして押さえ付けに来てるのはジスタで、少しだけ動かせる視界からはレチロラも俺と同じように頭を片手で押さえ付けられ、組み伏せられているのが見えた。
とはいえ、ジスタから押さえ付けられている力の強さに動くことができず、その頃には頭が冷えて冷静になれていた。そうして見えてくるものもあった。
……ジスタの動きが断片も見えなかったのだ。
まるで師匠を相手にしたかのようなわけのわからなさ。「いつの間にか何かされてる」という戦慄……冷や汗が滲み出てしまうほどだった。
「これ、は……?」
「……申し訳ございません、ジスタ様」
混乱してる俺とは逆に、冷静な声色で謝罪の言葉を口にするレチロラ。あっちも冷静になったようだ。
「学園長、うちの者がご迷惑をおかけしました。後でよく言い聞かせておくので」
「お、おう……物分かりがよくて助かるよ。カイト君も、それ以上は学園問題にして親御さんにも連絡をすることになるから……いいね?」
学園長に怒られて素直に「はい」と答え、同時にジスタが俺たちの頭から手を離す。
ようやく息苦しさから解放され、咳き込みながらフラフラと立ち上がる。
ホッとして体から力が抜ける――が、まだ警戒を解くわけにはいかない。
リナを賭け事の勝利品にしようなんて言うような奴を、俺は睨み続けた。
ジスタチオ・アルラ・グリフィン……俺はこいつを許さない。
「……まだ戦意を失っていないのか?だがやめておけ、学園長を裏切ってまで暴れるようなことはすまい?」
ジスタの言葉一つ一つに苛立ち、根拠がハッキリとしない怒りが俺の目の前を曇らせて今にも襲いかかりたい衝動に駆られる。
【――だが今は抑えろ。戦いに感情は邪魔になる】
俺の考えに混じり、まるで誰かに言われているかのような言葉が頭の中に浮かんでくる。
【怒りや憎悪、敵意や殺気は的確な「使い道」がある。それは今じゃない】
頭の中が静かになると同時に、俺の昂っていたものが溜息となって消えていく。
するとそれを見たジスタが「ほう」と呟いて感心する。
「昂った感情を抑え込んだか。中等部にしては……いや、年齢は関係ないな。一度感情的になったあとで理性を取り戻すなど、大の大人でも難しい……良い師がいるらしいな」
「ああ、世界で最高の師匠だよ」
皮肉なんかではなく、心の底から思っていることを笑って口にした。
するとジスタはクククと笑い始める。
「『世界で最高の師匠』か……ならば余も尚更武人祭でお前に負けるわけにはいかなくなったな」
「……どういう意味だ?」
ジスタはひとしきり笑うと、その笑みを消して面と向かって睨んでくる。
「この世で最高の師は余の師、コノハであるからだっ!」
ジスタが叫びに似た発言に、周囲が静まり返る。
コノハ?それってこの学園と同じ名前……それにどっかで聞いたことのある人名だけど……
前に学園長が話してくれた昔話の中に「コノハ」という人物が出てきていたことを思い出し、彼女の方に視線を向ける。
「……っ!?」
そこにはありえないものを見てしまったかのように、目を見開いた驚きの表情をする学園長の姿があった。
それもそうだろう。彼女の話ではコノハという人物は死んだというのだから。
学園長が聞いた話がデマだったのか、もしくは同名の別人という線が一番高いけれど……
俺たちの事情など知らないジスタは、そのまま話を続ける。
「もちろんリナとの婚約を二の次にするわけにはいかないが、ないがしろにできる発言でもないのも事実。武人祭ではもう一つ勝負をしようではないか。どちらが優勝し、どちらの師がより弟子の育成に優れているかを……!」
ジスタは鋭い眼光を俺に向けてそう言い、さっきまで抱いていた疑問はどこかへ消えてしまっていた。
というのも、俺も自分の師匠が一番だと信じているし、片想いを抱いているリナをそう簡単に渡すわけにはいかなかったからだ。
そして俺とジスタはしばらく睨み合い――
「師匠、助けてください!」
「他力本願するスピード早いな」
他の学生との顔合わせの時間と共に学園が終わり、屋敷に帰ってから事情を説明しながら早速師匠に頼っていた。
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