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武人祭
寝る場所
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風呂に入った後、寝室でゆったりとしていた俺たちのところに三人の来客がやってきていた。
「これは……」
まずは驚いた表情のアルニア。
俺からすれば自分たちは変化もないいつもの光景なのだが、アルニアから見れば男女一緒にベッドにいるというのはおかしなことなのだろう。
……いや、アルニアというより誰でもそう思うことか。俺も段々とこの状況に慣れていってしまってるらしい。
そのアルニアの横ではミランダが頬を染めて恍惚とした笑みでこっちを見つめていた。何を考えているかは知らない方がいいだろう。
そしてその反対側にアリスがミランダと同等、もしくはさらに変態的に恍惚としている。
だがしかし、似たような表情でもミランダとは違うことを考えているのがわかってしまう。
「ほほほ、本当にメアさんたちはいつもそんな風に……えっと、アヤト君と一緒にね、寝てるの……?」
「そうだぜ。やっぱ彼氏彼女って言ったら同じ布団で寝るもんだろ?」
「メア様、それは違います……が、今はいいと思います!」
間違いを指摘してくれるかと思ったミランダが、邪な気持ち丸見えの表情で同意してしまった。
「というか、何しに来たんだ三人とも?特にアリスは帰らなくていいのか?」
親睦を深めるためというか、仲直りの証明としてアリスも食事に誘い嬉しそう快諾してくれたのだが、そのまま帰らずにここにいる。
「ああ、今日のところはここに泊まらせてもらう。ギルドの仕事は明日一番に行ってやればいいしな。それより……」
アリスはペロリと舌なめずりをする。
「私もそこに入っていいか?」
「いいぜ!」
「だからなんでお前が答えるの?」
アリスの発言にどう答えるか?などと考える暇もなくメアが答える。
たしかにわだかまりがないに越したことはないんだが……なんて考えてると、アリスが笑顔で飛び付いてきた。
「ありがとう!」
お礼の言葉を言って、俺とメア、起き上がろうとしたミーナをまとめて抱き締めてきたアリス。ミーナのように頭を擦り付けてくる。
アリスが来たことによってアルニアたちの遠慮が薄れたらしく、共に足を踏み入れてゆっくりと歩み寄ってきた。
「初めて入る男の子の部屋が特殊だなぁ……」
「そこはまぁ、アルニアの好きになった彼自身が特殊だからとしか……」
普通なら男の部屋に上がる時は緊張すると言いたいのだろうが、メアたち数人の女がすでにそこにいることで緊張もクソもないのだろう。
……と言っても、元の世界で住んでいた俺の部屋だったとしても家具が少ない質素なものだった。ミランダの言う通り、他と比べればどちらにしろ俺の部屋は特殊な部類に入るだろうな。
「ところで、今更だが聞いていいか?お前らもここで寝たいとか言い出すのか?」
「え?それは……」
アルニアは図星を突かれたようで、あからさまに目を逸らした。正解らしい。
まぁ、すでに三人いるから今更増えたところで……って、一気に三人も増えて七人になるが、ベッドがキングサイズと言えど寝るスペースがあるのか?
「おっ、久しぶりにミラ姐と一緒に寝られるのか?」
ミランダの邪な考えとは反対に、メアは子供のように期待をした目をミランダに向ける。
ダメな時はメアには自室に戻ってもらってミランダと寝てもらうか。たまには二人で寝たいだろうしな。
こう見ると男は俺だけで、ほとんど女なのだからあまり気を負わずにお泊り会とでも思えるのではなかろうか?
と、アルニアは空いてる隣に座るが、ミランダが俺たちの左側に倒れ込む。
「おい、そこで寝ると俺たちから足蹴りにされるぞ」
「だろうな。ところで誰の力が一番強い?」
俺の言葉を知ってると言わんばかりにスルーし、どういう意図があるのか知りたくもない質問を頬を染めながらしてくるミランダ。
どうしよう……今まさにミランダの顔面近くにあるヘレナの足が一番強いというのは伝えていいのか?
下手すれば頭蓋骨砕かれる可能性が……ま、いっか。
「俺はソファーでもいいし、最悪寝なくてもいいから遠慮せずこのベッドで寝ていいぞ」
「「えっ?」」
ミランダの問いには答えずそう言うと、その瞬間全員が声を合わせて驚き、寝ていたはずのヘレナまでもが起き上がる。
と同時にヘレナのくの字に曲げていた足が伸びて、ミランダの顔に届いてベッドの下に勢いよく吹き飛んでしまう。
「あっ」とやってしまったと言いたげに呟くヘレナを他所に、吹き飛んでいったミランダに気付いたメアが「ミラ姐ぇぇぇっ!?」と叫ぶ。
「それはダメなんじゃないかな……」
「やっぱダメか」
「アヤトがソファーで寝るなら私もソファーにする。アヤトが寝ないならその背中で寝る」
「何それ、怖いんだけど……」
アルニアとミーナにそれぞれ答える。
ミーナはどこまでも付いて来ようとする子供みたいだな。
「私もアヤトがいないと意味がないんだが……どこかに行くなら私も同行するぞ?」
アリスまでそう言い出す始末。
「ああ、わかったよ。ったく、この我が儘どもめが……」
「その我が儘な女の子たちに見初められたったんだから、観念しなよ」
アルニアが時折メアが見せるような屈託のない笑みを浮かべてそう言う。
やれやれと溜息を吐き、俺たちは眠りに就いた。
ついでに言うと、ミランダは結局メアに抱き着かれながら俺たちの横で寝ている。
ちなみに現在の俺たちが寝ている順番は……左からミランダ、メア、アルニア、俺と俺の上にミーナ、アリス、ヘレナだ。しかもかなり詰めた状態で窮屈だ。
今後は日替わりで寝る場所を変えるらしいが……どうせなら寝る人数も考えた方がいいんじゃないかと思う。
「ミランダとアリス……まさかお前らもこれからここで寝泊まりする気か?」
「もちろん!」
「アヤト君がよければ、な」
寝静まったかと思って独り言を呟いたのだが、どうやら起きていたらしいミランダとアリスが答える。
アリス……もう恨んでもいないから別にいいが、やっぱり図太いなこいつは。
――――
翌朝、何かの気配がしたから起きてみると、目の前にアリスの顔があった。
しかも仕事着はいつの間に脱いだのか、上下下着状態のあられもない姿でそこにいた。
「おはよう、アヤト」
「……おはよう」
眠気が覚めないまま挨拶を返す。
するとアリスは顔を近付け、俺の額にキスをしてきた。寝起きだったのもあり、自然過ぎる愛情表現に拒む気が起きずにそのまま受け入れてしまった。
「私はこのまま仕事へ行く。いい夢を見させてくれたことに感謝するよ」
アリスはまるで今生の別れでもするかのような言い方をして高い身体能力でベッドから跳ね起き、仕事着を置いてある机の前に着地して着替え始める。
「飯を食う時間くらいはあるだろ?この時間帯ならココアやノワールが作ってくれてるから食ってけ」
アリスが着替えている机の時計を見て答える。
まだ六時くらいだが、ノワールたちなら準備くらいは済ませてあるだろう。
「そうか……?」
「ええ、もちろん作ってありますよ」
俺たちの会話に扉を開きながら突然割って入ってきたノワール。
その視線がアリスへ向けられる。
「なっ……」
まだ下を履いていないノワールに見られて恥ずかしがるアリス。
しかしノワールの反応はその逆で……
「……ペッ」
憎々しげに睨んだ後、地面に向けて唾を吐く。
うわっ、露骨……あそこまで顕著な態度はチユキ以外では見たことがない。
「お食事のご用意は済ませてありますので、早めに召し上がりたいのであればすぐにでも……では」
態度はアレだが、丁寧にお辞儀してノワールはその場を去って行った。
その後すぐにエリーゼがやってきて、ノワールの吐いた唾を片付けてから一礼をし、同じように去って行く。
準備してたの?と思えそうな状況はさておき、未だ着替え途中のアリスの方を見る。
「だとよ。遠慮ならしなくていい」
「な、なら甘えさせてもらって……私って彼に何かしたか?」
アリスの当然である疑問の答え辛さに、俺は苦笑いで誤魔化すしかなかった。
有耶無耶にした話はともかく、俺もメアたちを起こさない力加減でベッドから抜け出してアリスと朝食を取ることにした。
今回俺は大丈夫だったが、代わりにミランダがメアから雁字搦めを受けていた。
メアの無意識な技かけにも困ったものだが、その技をかけられても幸せそうな表情をしていたミランダを見て、これからもメアをこいつの横に寝かせて置こうかと考えてしまう。
「お急ぎとのことで先程出来上がった焼き魚とシチュー、そしてただいまパンを焼いてご用意させていただきましたが……足りますか?」
食事を用意してくれたココアが心配気味に聞いてくると、アリスは首を振って微笑み返す。
「ありがとう、むしろこれだけのものを用意してくれてありがたいよ」
そう言ってシチューから手を付け始めるアリス。俺も魚を一口食べた後に焼いたパンをシチューに軽く漬けて食べ始めた。
「凄いな、ここの食事は。いつもこうなのか?」
「まぁな。だけどそんな豪華でもないだろ?」
「いつも簡素なもので済ませている私からしたら、十分に豪華だよ」
嬉しそうに飯を食べるアリスの言葉に、俺も頷いて同意する。
俺も自分で作れるとはいえ、いつもココアやノワールに作ってもらってるから感謝してるからな。
するとアリスの視線が、俺たちの感想に満足して去ろうとするココアの背中を追っていた。
「ココアが気になるか?」
「ん?ああ……彼女は人間じゃないのか?目……もそうだが、不思議な雰囲気が気になってな……気になったと言えば、先程の執事服を着た男もだが」
一応歩いてはいるものの、ココアは目の黒さなどですぐバレることはわかっていた。しかしノワールのことも感覚的に感じ取ったのか?
どちらにしろ、ここに住むのなら言っておかなきゃならなかったから話題には丁度いいな。
「精霊や悪魔だと言ったら信じるか?」
「悪魔や精霊……本当に会えたら夢のある話だな」
冗談と思っているのか、軽く笑ってそう答えるアリス。
そのタイミングでアルズとルマがメアたちが眠っている寝室のある壁の方から、ひょっこりと顔を出した。
「おはよう、アヤト……生きてる~?」
「っ!?」
二人の登場の仕方に驚いたアリスが吹き出しそうになるのを堪えていた。
そしてなんとか堪え切ったアリスの視線がアルズたちに向けられ、その視線に気付いたアルズたちもまたアリスを見る。
「あー……忙しそうだから失礼するねー?」
苦笑いを浮かべたアルズが壁に再び潜り込んでしまった。逃げたな、あいつ……
しかしルマは眠たそうな顔をしたまま壁から出てきて、俺の後ろに立ったと思ったらもたれかかってきた。
「そ、その青い子供とさっきの子は……?」
「精霊だ。この青いのがルマ、さっき逃げた赤いのがアルズ」
適当に紹介しながらルマの額を人差し指で押して自分で言うように促すと、ルマが半目を開けてピッと手を上げる。
「水のせーれーおー……だお」
適当過ぎて、語尾がおかしくなってしまってる。
アリスの方も困惑していてどうリアクションしていいかわからないようだ。
そうしているうちにアリスは食事を食べ終え、ノワールたちのことをあまり理解せずに席を立って玄関に向かう。
「じゃあ、私はこれで行くよ。帰って来てから話してくれるか?その子たちのことを」
玄関で振り返り、俺の方に乗っているルマを見るアリス。
アルズのようにあからさまな怯えは見せていないが、俺の肩から離れようとしないところを見るとやっぱり怖いのか?
と思っていたが、ルマがスッと浮いてアリスのところに向かう。
「じゃあ、代わりにあなたのことも教えてくれる?スリーサイズとか」
「え?」
不審なことを言い始めたルマの発言に、アリスが戸惑う。
この組み合わせ……俺がフォローしないとダメなんだろうなぁ……
心の中で溜息を零しながら二人の元に行き、説明しながらクルトゥに繋がる裂け目を開く。
「ルマは服を作るのが好きみたいなんだよ。だからアリスも希望があったら言ってみるといい」
「……そうか!ありがとう、ルマ!」
お礼の言葉を言ってルマを抱き締めるアリス。恐らくルマの発言を「自分がここに居ていい」と解釈したのだろう。
ルマも少し戸惑ったが、嫌ではなさそうだった。
アリスはまだ恐怖の対象かもしれないが、こうやって徐々に打ち解けていけばいいんだがな……
そう思いながら、アリスを仕事に見送る。
「なんかこうしていると旦那を養ってるみたいだな」
ニッと不敵に笑って消える直前にアリスが言い残した不穏な言葉に、俺は絶対にヒモにはなってやらないと誓うのであった。
「これは……」
まずは驚いた表情のアルニア。
俺からすれば自分たちは変化もないいつもの光景なのだが、アルニアから見れば男女一緒にベッドにいるというのはおかしなことなのだろう。
……いや、アルニアというより誰でもそう思うことか。俺も段々とこの状況に慣れていってしまってるらしい。
そのアルニアの横ではミランダが頬を染めて恍惚とした笑みでこっちを見つめていた。何を考えているかは知らない方がいいだろう。
そしてその反対側にアリスがミランダと同等、もしくはさらに変態的に恍惚としている。
だがしかし、似たような表情でもミランダとは違うことを考えているのがわかってしまう。
「ほほほ、本当にメアさんたちはいつもそんな風に……えっと、アヤト君と一緒にね、寝てるの……?」
「そうだぜ。やっぱ彼氏彼女って言ったら同じ布団で寝るもんだろ?」
「メア様、それは違います……が、今はいいと思います!」
間違いを指摘してくれるかと思ったミランダが、邪な気持ち丸見えの表情で同意してしまった。
「というか、何しに来たんだ三人とも?特にアリスは帰らなくていいのか?」
親睦を深めるためというか、仲直りの証明としてアリスも食事に誘い嬉しそう快諾してくれたのだが、そのまま帰らずにここにいる。
「ああ、今日のところはここに泊まらせてもらう。ギルドの仕事は明日一番に行ってやればいいしな。それより……」
アリスはペロリと舌なめずりをする。
「私もそこに入っていいか?」
「いいぜ!」
「だからなんでお前が答えるの?」
アリスの発言にどう答えるか?などと考える暇もなくメアが答える。
たしかにわだかまりがないに越したことはないんだが……なんて考えてると、アリスが笑顔で飛び付いてきた。
「ありがとう!」
お礼の言葉を言って、俺とメア、起き上がろうとしたミーナをまとめて抱き締めてきたアリス。ミーナのように頭を擦り付けてくる。
アリスが来たことによってアルニアたちの遠慮が薄れたらしく、共に足を踏み入れてゆっくりと歩み寄ってきた。
「初めて入る男の子の部屋が特殊だなぁ……」
「そこはまぁ、アルニアの好きになった彼自身が特殊だからとしか……」
普通なら男の部屋に上がる時は緊張すると言いたいのだろうが、メアたち数人の女がすでにそこにいることで緊張もクソもないのだろう。
……と言っても、元の世界で住んでいた俺の部屋だったとしても家具が少ない質素なものだった。ミランダの言う通り、他と比べればどちらにしろ俺の部屋は特殊な部類に入るだろうな。
「ところで、今更だが聞いていいか?お前らもここで寝たいとか言い出すのか?」
「え?それは……」
アルニアは図星を突かれたようで、あからさまに目を逸らした。正解らしい。
まぁ、すでに三人いるから今更増えたところで……って、一気に三人も増えて七人になるが、ベッドがキングサイズと言えど寝るスペースがあるのか?
「おっ、久しぶりにミラ姐と一緒に寝られるのか?」
ミランダの邪な考えとは反対に、メアは子供のように期待をした目をミランダに向ける。
ダメな時はメアには自室に戻ってもらってミランダと寝てもらうか。たまには二人で寝たいだろうしな。
こう見ると男は俺だけで、ほとんど女なのだからあまり気を負わずにお泊り会とでも思えるのではなかろうか?
と、アルニアは空いてる隣に座るが、ミランダが俺たちの左側に倒れ込む。
「おい、そこで寝ると俺たちから足蹴りにされるぞ」
「だろうな。ところで誰の力が一番強い?」
俺の言葉を知ってると言わんばかりにスルーし、どういう意図があるのか知りたくもない質問を頬を染めながらしてくるミランダ。
どうしよう……今まさにミランダの顔面近くにあるヘレナの足が一番強いというのは伝えていいのか?
下手すれば頭蓋骨砕かれる可能性が……ま、いっか。
「俺はソファーでもいいし、最悪寝なくてもいいから遠慮せずこのベッドで寝ていいぞ」
「「えっ?」」
ミランダの問いには答えずそう言うと、その瞬間全員が声を合わせて驚き、寝ていたはずのヘレナまでもが起き上がる。
と同時にヘレナのくの字に曲げていた足が伸びて、ミランダの顔に届いてベッドの下に勢いよく吹き飛んでしまう。
「あっ」とやってしまったと言いたげに呟くヘレナを他所に、吹き飛んでいったミランダに気付いたメアが「ミラ姐ぇぇぇっ!?」と叫ぶ。
「それはダメなんじゃないかな……」
「やっぱダメか」
「アヤトがソファーで寝るなら私もソファーにする。アヤトが寝ないならその背中で寝る」
「何それ、怖いんだけど……」
アルニアとミーナにそれぞれ答える。
ミーナはどこまでも付いて来ようとする子供みたいだな。
「私もアヤトがいないと意味がないんだが……どこかに行くなら私も同行するぞ?」
アリスまでそう言い出す始末。
「ああ、わかったよ。ったく、この我が儘どもめが……」
「その我が儘な女の子たちに見初められたったんだから、観念しなよ」
アルニアが時折メアが見せるような屈託のない笑みを浮かべてそう言う。
やれやれと溜息を吐き、俺たちは眠りに就いた。
ついでに言うと、ミランダは結局メアに抱き着かれながら俺たちの横で寝ている。
ちなみに現在の俺たちが寝ている順番は……左からミランダ、メア、アルニア、俺と俺の上にミーナ、アリス、ヘレナだ。しかもかなり詰めた状態で窮屈だ。
今後は日替わりで寝る場所を変えるらしいが……どうせなら寝る人数も考えた方がいいんじゃないかと思う。
「ミランダとアリス……まさかお前らもこれからここで寝泊まりする気か?」
「もちろん!」
「アヤト君がよければ、な」
寝静まったかと思って独り言を呟いたのだが、どうやら起きていたらしいミランダとアリスが答える。
アリス……もう恨んでもいないから別にいいが、やっぱり図太いなこいつは。
――――
翌朝、何かの気配がしたから起きてみると、目の前にアリスの顔があった。
しかも仕事着はいつの間に脱いだのか、上下下着状態のあられもない姿でそこにいた。
「おはよう、アヤト」
「……おはよう」
眠気が覚めないまま挨拶を返す。
するとアリスは顔を近付け、俺の額にキスをしてきた。寝起きだったのもあり、自然過ぎる愛情表現に拒む気が起きずにそのまま受け入れてしまった。
「私はこのまま仕事へ行く。いい夢を見させてくれたことに感謝するよ」
アリスはまるで今生の別れでもするかのような言い方をして高い身体能力でベッドから跳ね起き、仕事着を置いてある机の前に着地して着替え始める。
「飯を食う時間くらいはあるだろ?この時間帯ならココアやノワールが作ってくれてるから食ってけ」
アリスが着替えている机の時計を見て答える。
まだ六時くらいだが、ノワールたちなら準備くらいは済ませてあるだろう。
「そうか……?」
「ええ、もちろん作ってありますよ」
俺たちの会話に扉を開きながら突然割って入ってきたノワール。
その視線がアリスへ向けられる。
「なっ……」
まだ下を履いていないノワールに見られて恥ずかしがるアリス。
しかしノワールの反応はその逆で……
「……ペッ」
憎々しげに睨んだ後、地面に向けて唾を吐く。
うわっ、露骨……あそこまで顕著な態度はチユキ以外では見たことがない。
「お食事のご用意は済ませてありますので、早めに召し上がりたいのであればすぐにでも……では」
態度はアレだが、丁寧にお辞儀してノワールはその場を去って行った。
その後すぐにエリーゼがやってきて、ノワールの吐いた唾を片付けてから一礼をし、同じように去って行く。
準備してたの?と思えそうな状況はさておき、未だ着替え途中のアリスの方を見る。
「だとよ。遠慮ならしなくていい」
「な、なら甘えさせてもらって……私って彼に何かしたか?」
アリスの当然である疑問の答え辛さに、俺は苦笑いで誤魔化すしかなかった。
有耶無耶にした話はともかく、俺もメアたちを起こさない力加減でベッドから抜け出してアリスと朝食を取ることにした。
今回俺は大丈夫だったが、代わりにミランダがメアから雁字搦めを受けていた。
メアの無意識な技かけにも困ったものだが、その技をかけられても幸せそうな表情をしていたミランダを見て、これからもメアをこいつの横に寝かせて置こうかと考えてしまう。
「お急ぎとのことで先程出来上がった焼き魚とシチュー、そしてただいまパンを焼いてご用意させていただきましたが……足りますか?」
食事を用意してくれたココアが心配気味に聞いてくると、アリスは首を振って微笑み返す。
「ありがとう、むしろこれだけのものを用意してくれてありがたいよ」
そう言ってシチューから手を付け始めるアリス。俺も魚を一口食べた後に焼いたパンをシチューに軽く漬けて食べ始めた。
「凄いな、ここの食事は。いつもこうなのか?」
「まぁな。だけどそんな豪華でもないだろ?」
「いつも簡素なもので済ませている私からしたら、十分に豪華だよ」
嬉しそうに飯を食べるアリスの言葉に、俺も頷いて同意する。
俺も自分で作れるとはいえ、いつもココアやノワールに作ってもらってるから感謝してるからな。
するとアリスの視線が、俺たちの感想に満足して去ろうとするココアの背中を追っていた。
「ココアが気になるか?」
「ん?ああ……彼女は人間じゃないのか?目……もそうだが、不思議な雰囲気が気になってな……気になったと言えば、先程の執事服を着た男もだが」
一応歩いてはいるものの、ココアは目の黒さなどですぐバレることはわかっていた。しかしノワールのことも感覚的に感じ取ったのか?
どちらにしろ、ここに住むのなら言っておかなきゃならなかったから話題には丁度いいな。
「精霊や悪魔だと言ったら信じるか?」
「悪魔や精霊……本当に会えたら夢のある話だな」
冗談と思っているのか、軽く笑ってそう答えるアリス。
そのタイミングでアルズとルマがメアたちが眠っている寝室のある壁の方から、ひょっこりと顔を出した。
「おはよう、アヤト……生きてる~?」
「っ!?」
二人の登場の仕方に驚いたアリスが吹き出しそうになるのを堪えていた。
そしてなんとか堪え切ったアリスの視線がアルズたちに向けられ、その視線に気付いたアルズたちもまたアリスを見る。
「あー……忙しそうだから失礼するねー?」
苦笑いを浮かべたアルズが壁に再び潜り込んでしまった。逃げたな、あいつ……
しかしルマは眠たそうな顔をしたまま壁から出てきて、俺の後ろに立ったと思ったらもたれかかってきた。
「そ、その青い子供とさっきの子は……?」
「精霊だ。この青いのがルマ、さっき逃げた赤いのがアルズ」
適当に紹介しながらルマの額を人差し指で押して自分で言うように促すと、ルマが半目を開けてピッと手を上げる。
「水のせーれーおー……だお」
適当過ぎて、語尾がおかしくなってしまってる。
アリスの方も困惑していてどうリアクションしていいかわからないようだ。
そうしているうちにアリスは食事を食べ終え、ノワールたちのことをあまり理解せずに席を立って玄関に向かう。
「じゃあ、私はこれで行くよ。帰って来てから話してくれるか?その子たちのことを」
玄関で振り返り、俺の方に乗っているルマを見るアリス。
アルズのようにあからさまな怯えは見せていないが、俺の肩から離れようとしないところを見るとやっぱり怖いのか?
と思っていたが、ルマがスッと浮いてアリスのところに向かう。
「じゃあ、代わりにあなたのことも教えてくれる?スリーサイズとか」
「え?」
不審なことを言い始めたルマの発言に、アリスが戸惑う。
この組み合わせ……俺がフォローしないとダメなんだろうなぁ……
心の中で溜息を零しながら二人の元に行き、説明しながらクルトゥに繋がる裂け目を開く。
「ルマは服を作るのが好きみたいなんだよ。だからアリスも希望があったら言ってみるといい」
「……そうか!ありがとう、ルマ!」
お礼の言葉を言ってルマを抱き締めるアリス。恐らくルマの発言を「自分がここに居ていい」と解釈したのだろう。
ルマも少し戸惑ったが、嫌ではなさそうだった。
アリスはまだ恐怖の対象かもしれないが、こうやって徐々に打ち解けていけばいいんだがな……
そう思いながら、アリスを仕事に見送る。
「なんかこうしていると旦那を養ってるみたいだな」
ニッと不敵に笑って消える直前にアリスが言い残した不穏な言葉に、俺は絶対にヒモにはなってやらないと誓うのであった。
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