上 下
255 / 303
武人祭

アルニアビフォーアフター

しおりを挟む
 「これが……僕?」

 アルニアは鏡の前で固まる。
 そこに映っているのは肩まで伸びた髪の先にウェーブがかかり、口紅などの化粧、綺麗なドレスを着た少女だった。
 それはアルニアであり、しかし普段の中性的な容姿は見る影もないほどに美しくなっていた。
 店内にいる者は客店員全員がその姿に見蕩れ、当人であるアルニアは目を見開いて驚いていた。

 「おほほ~、渾身の出来栄えね!」

 ラドライが満足したように言う。心做しか肌に艶も出てきている気がする。

 「おぉー、マジで原石掘り当ててんじゃないッスか、店長!?これ、次の祭典に出せるんじゃないっスか?」

 先程の若い店員が興奮気味にそう言い出し、ラドライが何度か頷く。

 「そうね、やっぱりそう思うわよねぇ……ねぇ、えっと……そういえばまだ名前を聞いてなかったわね」

 ラドライがアルニアの肩に手を置くと、未だに自分の姿が大きく変化したことに付いていけずに固まっていた彼女が、驚いて飛び跳ねる。

 「え、あっ、アルニア・ワークラフトです!」

 驚いた拍子に、フルネームで答えてしまったアルニア。
 名前を聞いた者たちがざわめく。

 「ワークラフト?ワークラフトってあの……?」
 「ミランダ様ってSSランク冒険者がそうだったよな……身内か?」
 「でもさっきはわからなかったけど、お化粧した姿はミランダ様そっくり……」
 「しかしあの美貌、さすが姉妹って言ったところだな」

 離れたところで自分の話題を出されてむず痒さを感じるアルニア。
 対してラドライは、何かを悩むように唸っていた。

 「そう、アルニアちゃん……今度、私たちのお店で競うコンテストがあるの。それに協力してくれないかしら?」

 隣で店員が「貴族様相手に『ちゃん』付けするって凄いッスね……」と呟く。
 しかしアルニアは気にした様子もなく、満面の笑みを浮かべる。

 「ここまでしてくれたんです、僕にできることならなんでもやりますよ!」

 アルニアの言葉を聞いた周囲の者たちが「なんでも……」と呟き、邪な考えを思い浮かべる。

 「なら、ちょっとコレ……いいかしら?」

 ラドライがあるものを店の奥から取り出してくる。

 「それは……?」
 「カメラ、というらしいわ。これは、ここから覗いた景色をそのまま描写して出してくれるっていう魔道具なの。ちょっとアルニアちゃん、そのままにしててね?」

 ラドライはそう言ってカメラを構える。
 ――カシャッ!
 カメラから独特な音が鳴り、その底の部分から紙のようなものが出てくる。
 そこには綺麗になったアルニアと、周囲の家具がそのまま写されていた。

 「わー、凄い!」

 この世界には別の場所を映像として映すものはあったが、静止した画像を実物として残すというのは今までなかった。
 それが画期的な魔道具として売り出されていたのだ。

 「ちょっと高かったけど、それに見合うものになったわ♪まぁ、こんな感じに撮って出し物にしたいんだけど……」
 「出し物……みんなに見られちゃうってことだよね?」
 「嫌かしらん?名前は明かさなくてもいいのだけれど」

 そう言われたアルニアはしばらく悩み、渋々と頷く。

 「名前を出さないなら、まぁ……」

 その承諾の返事を聞いた店員たちが、小さくガッツポーズを取った。

 「ありがとう、アルニアちゃん!あなたならもう優勝間違いなしよ!」
 「そんな……お礼を言うのはこっちなのに。こんな姉さんみたいに綺麗になれるなんて思っても見なかったよ!こっちこそありがとう!」

 純粋に喜び微笑むアルニアの姿を見た者全員がほっこりし、邪な考えなど消し飛んでしまっていた。

 「本当に天使よね、アルニアちゃんは……今のあたしでも恋しちゃいそうよ」
 「アハハ……それはどう、も?」

  ラドライの冗談かどうかわからない言葉に、苦笑いで返すしかなかった。
 しかしアルニアは、すぐに切り替えて凛としたいつもの表情をする。

 「これで少しだけ……自信ができたよ」
 「あら、これだけして『少し』ぃ?どれだけ難関な男の子なのかしら……気になるわねぇ?」

 ペロリと舌舐めずりをするラドライに、アルニアとその場にいた全員が「うわっ……」と声を出して引いていた。

 「と、とにかく、協力というのがそのカメラで僕を写すだけなら、これで失礼させてもらってもいいですか?」
 「あっ、そうね。時間を取らせちゃってごめんなさいね~、強引なところが悪い癖ってよく言われちゃうんだけど……」

 肩を落として落ち込むラドライに、アルニアは首を横に振る。

 「いえ大丈夫です、いい経験をさせてもらいましたから。もしかしたら、またここにお世話になるかもしれませんし」
 「本当!?嬉しいことを言ってくれるじゃない!なら、アルニアちゃんもこのお店のお得意さんになるのかしらね?」

 アルニアは苦笑いしながら財布を取り出す。

 「……それじゃ僕はこれで失礼するので、お会計をお願いします」
 「い~らないわよ~、あたしが勝手に連れて来ちゃった上に、祭典の出し物にまでさせてくれたんだから……無料よ無料、服の代金もまとめて!むしろ次回来た時も無料でやっちゃうまであるな!」

 最後の言葉をキリッとしたハスキーボイスで決めるラドライ。
 店内からは「おぉ~っ!」と歓声が上がり、先程ラドライと言葉を交わしていた若い店員がグッドサインをした。

 「さすが店長!カッコイイッス!」
 「ふっ、惚れたか?」
 「いえ、全く」

 若い店員との会話の後に、ラドライが苦笑しながら肩を落とす。

 「……ま、そゆこと。アルニアちゃんは、早くその子に見せに行ってやりなさい」
 「あ、ありがとうございます!」

 アルニアは顔を少し赤くしながら頭を素早く下げ、その店から出ていく。

 「……幸運を祈るグッドラック!」
 「なんでうちの店長は、こう妙なところで男前なんスかね?」

 ――――

 店から出たアルニアは、民衆の視線を一斉に浴びていた。
 それもそのはずである。中性的とはいえ、元々顔立ちの良いアルニアが化粧などによってミランダと同様、もしくはそれ以上の美女と化しているのだから。
 その視線に気付いたアルニアは、あまりの恥ずかしさに頬にあった赤みが顔全体へと広がっていた。

 「~~~~っ!?」

 アルニアは顔を覆い隠し、逃げるように走り去る。
 途中で自身が派手なドレスを着ていることを思い出したアルニアは、すぐ横の裏路地へと入って行った。

 「はぁ~……」

 ようやく視線のない場所で落ち着き、息を大きく吐いた。
 今のアルニアには、学園で向けられる好意的な視線以上のものが向けられているのが原因である。
 憧れや好意的なものはもちろん、邪な視線などもあった。
 アルニアも貴族とはいえ、年齢的にも社交目的のパーティーなどには出ておらず、あからさまに下衆な視線にはなれていないのだ。

 「……とりあえず着替えよう」

 精神的に疲れているアルニアは自分に言い聞かせるように呟き、先程着ていた服が入っている鞄を下に下ろした。

 「うぅ、まさか外で着替えることになるなんて……先走らずにあのお店で着替えとけばよかったな……」

 そう言ってまず肩にかかっている紐に手をかけようとするアルニア――しかし。

 「むぐっ!?」

 アルニアは気付かなかった。自分に忍び寄る影に。
 その者に布を口に押さえ付けられ、多少抵抗しようとしたアルニアだが、一瞬で意識を失ってしまった。
 目の前が暗くなる中、自分を眠らせようとしている犯人らしき声が耳に届く。

 「へへっ、ずいぶんな上玉が転がり込んできたじゃねえか」
 「アニキ、早く早く!こんな貴族のお嬢様みたいな奴、護衛が付いてるに決まってる!」
 「んなこと、わかってらぁ!」

 お世辞にも身なりが良いとは言えない男たちに担がれるアルニアは、未だに保っていた薄れゆく意識の中で口を開く。

 「アヤト、君……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします

リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。 違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。 真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。 ──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。 大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。 いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ! 淑女の時間は終わりました。 これからは──ブチギレタイムと致します!! ====== 筆者定番の勢いだけで書いた小説。 主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。 処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。 矛盾点とか指摘したら負けです(?) 何でもオッケーな心の広い方向けです。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。