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武人祭

最後の一撃

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 アリスは拳を腰の位置に当てて引き、空手の構えに似た体勢になる。

 「最後っていうのは、それで俺を倒すって意味か?」
 「そういう意味でもある、この一撃に全てを賭けるという意味であり、これでお前を倒しても倒せなくても、どちらにしろ私はもうお前を殴る事ができないんだ……」

 涙を流し続けるアリスはそう言って拳を、体を震わせていた。
 アヤトから返答がないとわかると、アリスは自虐の笑みを浮かべて言葉を続ける。

 「なぁ、アヤト……私はどうすればいいと思う?親兄弟を目の前で無残に殺され、私自身も酷い目に遭ってきた。苦難を乗り越えた後でも、順風満帆とは言えない人生だった……挙句の果てには惚れた男が、親の仇である魔族の王ときた。ここまで来ると、もはや神さえ呪えるな!」

 そう言うアリスは、泣いた子供のように涙をさらに流していた。
 そんな彼女を見て、アヤトは顔をしかめる。
 自分との境遇が似ており、自分が体験しなかった親しい者の死を彼女への同情。
 その怒りや悲しみを糧に、ここまで自分と互角に渡り合えるようになってしまった事を、アヤトは喜んでいいのかどうかと戸惑ってしまう。
 『強者に敗れるは武人の誉れ』……強い者に敗けて死ぬのは武人として誇らしいと考えるアヤトだが、彼女には逆に負けたくないという思いが一層強くなっていた。
 内容は違えど、己へと降りかかった災難を糧に力を手に入れるという共通点。
 他の奴に負けるのはいいが、こいつに負けるのは嫌だ。アリスに対し、まるで自分がそこにいるかのようにそう思ってしまうアヤト。
 そしてアリスの涙に、アヤトは構えを解いて答える。

 「なら、ここが分岐点だ。今俺たちがいるこの場所は、魔族が住む大陸……お前が俺に勝てば、ここに住む魔族たちをどうしようと構わない。もちろん、皆殺しにしようともな。だが俺が勝ったのなら、その復讐を諦めろ」

 アヤトがそう言うと、アリスはキョトンとする。

 「お前は……私個人とこの大陸の魔族全ての命運を天秤に掛けるのか?」
 「釣り合ってないって言いたいのか?だけど、俺の言いたい事もわかるだろ」
 「……そうか」

 『負ける気はさらさらない』という意味で、アヤトは言う。
 その意味を理解したアリスは小さくそっと答えると、彼女の腕に雷と風を竜巻のように巻き付けたものが発生する。
 ミーナが自らの体に神衣を身に付けるように、魔術を腕に巻き付け、威力を上げようとしているのだ。

 「スキルもできる限り発動している。普通の人間に放てば原型は留める事はないだろうし、超級の魔物でさえ一発で倒せてしまえる技だ。これは、お前の実力を認めてるから放つ……お前なら避けられるかもしれないが――」
 「受けて立つさ。それでお前の気が済むなら、それを受け切ってみせる。だがその代わり、それを耐えたら今度は俺の番って事でいいか?さすがに仲間をあそこまでされて許すわけにはいかないからな」

 自分の技を受け切ると宣言した上に、耐えるのを前提にしたようなアヤトの言葉に、アリスの涙はいつの間にか止まり笑みを零していた。

 「そうだな……お前が魔族全ての命運を賭けるというのだから、私もせめて私の全てを賭けよう。この一撃を耐え抜いた後は、私をどうしようと勝手にしてくれ」

 アリスは、言い終わるのと同時に駆け出す。
 たった数メートルもない距離を全力疾走した彼女は一秒も経たないうちにアヤトの目の前まで距離を詰め、その拳を心臓部辺りへと放った。

 「っ……!」

 アヤトも予想外の威力だったのか、歯を食いしばる。
 彼はその場から動く事はなかったが、突き抜けた衝撃波が後ろの木々を吹き飛ばし、地面を抉った。
 それはアヤトが食らった技が、いかなる威力を誇っていたかを容易に想像できるものであった。
 そしてそんなものを食らってもアヤトは、口から出る血を吐き出しながらも不敵に笑う。

 「じゃあ、俺の番だ。避ける自信があるなら勝手避けていい……だが俺のこの一撃、簡単に避けられると思うなよ?」

 アヤトはそう言って拳を握り締める。
 すると今まで以上にアヤトの雰囲気が険しいものへと変わり、それを察して彼を見たアリスは、目を見開いて驚いているようだった。

 「なん、だ、それは……!?魔術ではない……スキル、か?」

 アリスが驚愕するアヤトの姿は目が赤く充血し、まるで人間ではないものに変化したようだった。
 ただならぬ雰囲気に、アリスはたじろぐ。

 「これは魔術でもスキルでもない」

 その状態のアヤトから、普段からは考えられないほどの低い声を発する。
 チユキと対峙した時は激怒で感情を激しく昂らせたが、今は逆に感情を押し殺している様子だった。

 「人間は普段使える力を脳が三十パーセントにまで抑え込んでいるが、その限界値を上げたんだ。体への負担が大きいから元の世界でもあまり使う事はなかったが、回復があるこの世界でなら使える代物だよ……そうだな、この状態を名付けるなら『羅刹夜叉』と言ったところか」

 独り言のように言葉を零すアヤトは、先程のアリスと同様に右拳を腰の位置から引き絞る。
 左足を前に出し右足を後ろに下げて重心を低くする。『空手に似た』ではなく、歴とした空手の構え。
 その対象が自分に向けられているアリスは、冷や汗が溢れて体の震えが止まらない様子だった。
 すると、その拳に光が宿る。

 「は……はは……さらに魔術をかけるか。そうまでして私を殺したいらしいな……」
 「さぁ、どうなるかは食らってからのお楽しみって事だ……歯ぁ食いしばれ」

 鬼か悪魔か、アヤトの拳を構えたその姿は人間でありながら人間とは別のものに見えてしまうほどだった。
 そして彼はアリスの腹部へと拳を打ち込む。目で追うのも難しい、速く重い一撃を。
 ただ拳を振るうというそれだけの動作で、周囲の薙ぎ倒された木々が持ち上がる。
 しかし、それを自分に向けられているはずのアリスは笑みを浮かべ、体の震えがいつの間にか止まっていた。

 「私の……負けか……」

 小さく呟いたアリスは腹部へ拳を食らい、見事な『く』の字に曲がって凄まじい勢いで後方へと飛んで行ってしまう――

 ☆★☆★

 「さて」

 アリスを殴り飛ばした俺は、その方向を見ながら羅刹夜叉と名付けたこの状態を解く。
 人を惑わし食らう魔物という羅刹に、インドの鬼と呼ばれる夜叉……即興で名付けた割に、さっきの状態の俺にピッタリじゃないかと思う。
 少し体から軋む音が聞こえたが、この程度なら回復魔術を使わなくても大丈夫だろう。
 たしかにこの状態になれば、どこぞのアニメのようにパワーアップをしたような気分になれるが、代償は大きいものである。なんせ、脳のリミッターを自分の意思で外しているのだから。
 それはそれとして、ぶっ飛ばしたアリスの様子を見に行くとするか。

 「……たしかあの街ってこの方向で合ってるよな?」

 ちょっと心配になりつつも、俺がアリスを飛ばしたであろう街に空間を裂いて繋げた。

 ――――

 転移した先ではかなりの騒ぎになってしまっていた。
 アリスがギルド長をやっているクルトゥ。その街の入り口からかなり奥にかけて、地面を削った跡が続いている。
 目的地に着いたは着いたが、あまりにもピッタリ過ぎたようだ。
 その先で街の住人たちは、その原因であるアリスを囲んでなんだなんだと騒いでいた。

 「あれ、この人……よくうちの店に顔出すお嬢さんじゃないか」

 居酒屋を営んでいるおっさんがそう言う。

 「ああ、うちにも昨日来たよ。酒やらビールやらを一種類二本ずつ十本買ってったな」
 「私のとこにも顔を出してたわね……なんか『二日酔いに効く薬はないか?』って……」

 アリスの顔を見たと口にする奴らが集まるが、その大半が酒関係だった。
 冷静になった俺は呆れつつ、そのアリスの元へと向かう。
 そういえば、俺がこうやって冷静になれてるのって、フィーナがアレをしてくれたおかげなんだよな……
 フィーナがキスをするなど、らしくない行動をしたのを思い出す。
 フィーナにとってのあの行動が、俺を落ち着けさせるためだけのものだったのかどうか……さすがになかった事にはできないだろうから、帰って落ち着いた頃にでも聞くとするか。
 そう思いながら、周りに集まる人々を掻き分けてアリスのところまで辿り着く。
 噴水の手前で、段差にもたれかかって倒れている。
 魔王城からここまで殴り飛ばしたので腕の一つでも折れるかもげるかして、悲鳴が上がるかと思っていたが、傷一つ無く気絶していただけで大した騒ぎにもなっていなかったようだ。
 ああ、成功したんだな。そう思ってホッとした俺は、気絶しているアリスに近付く。
 そんな俺を見て悲鳴を上げる人々がいた。

 「お、おい、兄ちゃん!?大丈夫なのか、その傷……?」

 さっきの居酒屋っぽい雰囲気のおっちゃんが、そう話しかけてくる。え、俺?

 「俺の事か?」
 「あんただよ!あんた以外にそんな血だらけな奴はいねえよ!」

 血だらけ?と自分の体を見ると、たしかに血塗れになっていた。
 返り血とかではなく、正真正銘自分の血。
 さっき使った技の反動とは別に、アリスから受けた傷から流れ出ているものだった。
 だが派手に出血はしているものの、致命傷というほどでもないのだけれど。

 「あー……これはアレだ、返り血だよ。俺自身なんともない」

 なんて言って誤魔化しながら、アリスを荷物のように肩に背負って持ち運ぶ。

 「本当に大丈夫かい?近くに強い魔物でも出たんじゃ……とりあえずこのポーション二本あげるから、あんたらで一本ずつ使いなよ」

 いかにも世話好きそうなおばさんが、緑色のポーションを二本を差し出してきたので受け取る。

 「悪いな、後で支払いに行くよ」
 「いいよ、そんなん。困った時はお互い様だからね!」

 なんて事を両手を腰に当てていい笑顔で言うおばさん。
 周りのおっさん共が恋する乙女みたいな顔をしたりして、さっきまで殺伐とした雰囲気が嘘のように感じるくらい平和だなーって光景に思ったりする。

 ――――

 俺はアリスを抱いたままギルドの扉をくぐる。
 そこには外が暗くなってるにも関わらず、さっき来た時と変わらない賑わいを見せた冒険者たちが滞在して、酒を飲み交わしてたりしていた。
 その中にアリスをお姫様抱っこした状態で入るのだが、案の定注目の的になってしまう。

 「どうしたんですかい、旦那ァァァッ!?」

 酒臭く暑苦しい覇者風の大男が、驚いた顔を俺の至近距離まで近付けて来た……ので、蹴り飛ばした。

 「近いし、やかましいわ」

 文字通り覇者男を一蹴した後、ギルド長の部屋に行こうと受け付けの横を通り過ぎようとすると、受付嬢二人が近寄って来た。

 「アヤトさん!?どどど、どうしたんですか、その血!?」
 「それにギルド長までも?また返り血……いえ、今度は本当に怪我をしてるじゃないですか!?」

 さっきラライナの城から帰したサリアはともかく、いつも落ち着いた感じの女までもが、俺の頭の傷を近くで確認して取り乱した様子になっていた。

 「一体何が……」
 「まぁ……ちょっと喧嘩しただけだ」
 「喧嘩って、誰と誰がですか!?」
 「俺とこいつ」

 俺がそう言うと、辺りがシンッと静まる。酒を飲んでいた冒険者たちも手を止めて、こっちを見ていた。

 「アヤトさんと……ギルド長が……?」

 口を開けて唖然としているサリア。
 もう一人の方も、頭が痛いと言いたげにこめかみに指を当てて眉をひそめていた。

 「えっと……とりあえず説明していただいても?」
 「その前にこいつを寝かせてやってくれ。かなり本気で殴ったから、当分目は覚まさないだろうし」

 そう言ってアリスを部屋のソファーに寝かせ、その場で受付嬢二人のみに訳を話した。もちろん魔王どうこうといった説明が面倒臭くなりそうなのは省いて。
 寝息を立てている無傷のアリス。大陸を跨ぐほどの威力の攻撃を食らっても無事だった理由は、魔族の大陸で彼女に放った際に纏わせた光は、
 必殺技を必殺技としての機能を失わせる魔術。それこそ、魔術の回復速度を上回るような即死技を与えない限り相手を回復させ続けて、致命傷どころかこのように傷一つすら残させないのである。
 そしてサリアと別れた後の経緯を説明し終えると、二人共溜め息を吐いていた。

 「アヤト様には先に説明しておくべきでしたね……」
 「二人共知ってたのか?サリアと……えっと……?」

 もう一人の方を指差して、名前を言うよう促す。

 「ミーティアです。えぇ、知っていました……サリアにもお客さんに魔族がいた時はギルド長に会わせないよう言ってあったんです」

 ミーティアの言葉に、サリアが素早く縦に頷く。

 「まぁ、そもそも魔族のお客さんなんて来ないのですが……でもまさかギルド長がここまでだったとは思いませんでした……」
 「本当です……あれ?でもアヤトさんって、しん――むぐっ!?」
 「えっ?」

 サリアが何か言葉を口にしようとした瞬間、その口が閉じる。
 それはまるで誰かに塞がれているようにも感じた。

 「むー!むー!?」

 こうなる理由があるとしたら、さっきの口封じの契約だけなんだが……

 「お前……もしかして、俺の事喋ろうとしたんじゃないか?」
 「……むっ!」

 『あっ!』と思い出したと言いたげなリアクションを取るサリア。完全に忘れてたな、こいつ……

 「むふふ~」

 サリアが気まずそうに頭の後ろを掻いて『えへへ~』っぽい事を言うのが、なんとなく腹が立ったのでデコピンを額に食らわせた。
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