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武人祭
力強い誘惑
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恐らくギルド長が仕事に使っているであろう部屋に招き入れられる。
「先に座っててくれ」
何かを企みながらそう言って、部屋にあるソファーへ促すアリス。
言われるまま俺がソファーに座ると同時に、後ろでガチャリと音が聞こえる。
見ると扉に鍵をかけられ、アリスは妖しい笑みを浮かべていた。
「なぁ、アヤト。お前の話を聞くより先に私の話を聞いてくれないか?」
嫌だ、と言いたいが、俺にもこいつに頼みたい事がある。ここは大人しく話を聞くしかないようだな。
はぁ、嫌な予感は連発するし、大人しく話を聞かなきゃいけないのばっかりだし・・・・・・今日は厄日だな。あ、いつもの事か。
だけど、これなら昔のように上から鉄骨が降ってくる方が、対処しやすくて楽だったな・・・・・・
なんてうんざりしていると、アリスが密着するように隣へ座る。
「私が好きなものは知っているか?」
知ったこっちゃない。さっき会ったばかりの奴の事を、ストーカーじゃねえんだから知ってるわけねぇだろ・・・・・・と言いたいが、なんとなく察してしまえる自分が嫌になる。
だがここは違う回答をしてみよう。
「酒か?」
「おっ?よくわかったな・・・・・・ああ、机に出ていたか」
そう言ってギルド長が座るであろう机の上に視線を向けるアリス。
そこには酒瓶が数本出ていた。が、違う。
俺が言ったのはアリスから来る酒臭さだったのだが・・・・・・
しかしアリスはすぐに俺へ視線を戻し、体に手を添えてくる。手つきがイヤらしい。
「だが違う。たしかにそっちも好きだが・・・・・・そういう話じゃない、男女の話だ。率直に言ってしまえば、私はもうすぐ三十路になる・・・・・・にも関わらず独身で相手もいないんだ。理由はわかるか?」
「あー・・・・・・なんとなく。あんたみたいな奴は前に会った事がある。どうせ自分に合う立派な男がいないとかだろ?」
昔、ある事情で軍にいた時に会った階級の高い女がそうだったという経験則を言ってみた。
それが当たったらしく、アリスが嬉しそうに笑みを浮かべる。
「そうだ、そして私が好きな男の条件はまず強い事。先程お前が私の腕を簡単に外したが、実は私も元はSSランク冒険者で、力が自慢だったんだぞ?」
そう言ってアリスは腕にグッと力を入れる。長袖の上からでもわかる力こぶしが出る。
力を抜くと、今度はその手を俺の頬へ添える。
「次に器量。前に受付にいる小さい方の娘から聞いたのだが、弟子を複数人持っているそうだな?しかも他人であるその子たちが冒険者登録する際に保護者になったとか・・・・・・父親に相応しい懐の広さだ」
そうして最後に正面に来て、完全に密着して体を擦り付けてくる。
ヘレナほどではないが、こいつもかなりスタイルがいいので、普通の男であれば理性がどうなっていた事か・・・・・・
「最後に・・・・・・私の名前だ」
「名前?あの貴族っぽい名前の事か?」
俺の言葉にピタリと動きを止めるアリス。
一瞬暗い顔をしたが、すぐに感情を抑え込んだように見えた。
「違う。少し事情はあるが、私はもう貴族ではない。そっちじゃなく、『アリス』の方だ」
「うん?普通に可愛らしい名前だと思うぞ?」
そう言うと、アリスの顔が爆発したように一気に赤くなる。
「・・・・・・やはり、お前はいい。普通なら私のような者が『アリス』などという似合わない名を名乗れば、少なからずバカにされていた。しかしお前は私の名を聞いてもバカにせず、真顔で可愛いと言ってくれる」
アリス・イン・ワンダーランドとは言ったが、あれはカウントされないのか。
それに俺は『名前が可愛い』と言っただけであって、『似合うかどうか』までは言ってないんだがなぁ・・・・・・。
すると段々とアリスのとろんと蕩けた顔が迫ってきた。
「先に他の条件を出してしまったが、今のが最優先だろうな。だが、お前は全て満たしてしまっている。こんな私の理想がそのまま形になったような男・・・・・・惚れないわけがないだろう?」
アリスはそう言うとそっと目を閉じ、まるでキスを求めている女のような顔だった。
これ以上はさすがに容認できないので、アリスの肩に手を置いて押し返す。
「熱烈なアプローチはありがたいが、俺には相手がいるんだ。悪いな」
ハッキリと断ってやるとアリスは眉をひそめ、項垂れるように下を向く。さっきまでの艶かしい雰囲気は一気に霧散した。
「そうかー・・・・・・そうだよな、こんないい男を周りが放っておくはずないもんなー」
アリスは大きく溜め息を吐き、俺の体から呆気なく離れていった。
「しかもSSランクとなったらモテるから女を選びたい放題。私のような筋肉塗れの女などを選ぶなどありえんか」
と言いつつも諦めきれないのか、俺の横に座り直すアリス。
少しはフォローした方がいいか・・・・・・?
「いや、あんたは十分魅力的だよ。ただ少しタイミングが遅かっただけだ」
横からだから表情はわからなかったが、アリスの肩が僅かに動く。
「本当か?」
「ああ、本当だ」
俺が頷いて肯定すると、パッと輝いた少女のような顔をこちらに向ける。
「そうかそうか!私にもまだチャンスがあるという事だな!?」
「・・・・・・ん?」
チャンス?何の?
「残念だが、お前が私に魅力を感じるというのであれば諦めるわけにはいかないな!たとえお前に恋人がいようと婚約者がいようと、使えるものを全て使いお前を私のものにしてやる!」
漢らしく仁王立ちで寝取る宣言したアリス。
もしかして・・・・・・俺はまた余計な事を言ってしまったんじゃなかろうか・・・・・・?
その後、本題を話し始めたのだが、アリスは宣言通り色仕掛けや媚薬など、もはや違法に手を染めているのではないかというギリギリで攻めてきた。
婚約相手が王女であるメアだと言った時は少し怯んだが、『男のために国を相手にするか・・・・・・それもいいな!』などと世迷言を口にし始めた。
ことごとく全てをなんとか回避し、受け付けの少女一人とアリスを連れ、ギルドカードの持ち主の詳細情報を書いて抜き出す魔道具と共に円卓会議へと戻る準備ができた。
「用意はいいな?」
ギルド長の部屋で二人に聞く。
アリスは力強く頷くが、もう一人はムスッとした表情をしていた。
「全くよくありませんっ!」
そう叫んだのは受付少女、名前はサリアというらしい。
サリアはアリスに任命されて連れてこさせられる事になったのだが、行く直前になってから『王様と貴族どものところへ行くぞ!』とアリスから告げられた。
結果がコレである。
「なんで・・・・・・なんで私なんですか!?貴族たちの前に出すなら先輩の方が適任じゃないですか!」
「なぜならあいつの方じゃないと仕事が進まないからだ!お前だけにすると心配が残るという前科があるしな・・・・・・」
アリスの言葉に図星を突かれたサリアはうっと声を漏らす。
『あれはタイミングが悪かったんですよ~』と言い訳しながら半泣きするサリアを無視し、円卓会議の部屋に繋がる裂け目を作る。
その光景を目にしたアリスたちは、貴族たちのように驚いていた。
しかし、アリスはすぐに微笑む表情へ変わる。
「こんな魔術まで使えるなんて・・・・・・さすが、私の惚れた男だ」
「そ、そうなんですか、ギルド長が惚れた・・・・・・えぇっ!?惚れた!?これから婚約するって人に何言ってるんですか!?」
「いいじゃないか、略奪愛というのも」
なんて言い合ってる二人に『行くぞー』とだけ声をかけて裂け目に入る。
ーーーー
「待たせたな」
裂け目の先で待っていた貴族たちにそう語りかける。
さっきは驚いたり色々と混ざった複雑な表情をしていた貴族たちだったが、今は円卓に大人しく座っている。不機嫌なのは変わらないが。
メアとルークさんだけが笑顔で出迎えてきてくれた。
「おう、連れてきたか?」
メアがそう言いながら席を立ち、俺の後ろにある裂け目を覗きながら歩いてくる。
丁度そのタイミングでアリスたちが裂け目から出てきた。
「どうも、私がクルトゥのギルド長を任されています、アリス・ワランでございます」
礼儀正しく頭を下げるアリスに、サリアが後に続いて頭を急いで下げる。
「『アリス』?・・・・・・ハッ!」
一人の貴族の男が鼻で笑い、アリスはそいつを鋭い眼光で睨み付ける。
睨まれた男は表情から笑みが消え、目を逸らした。
「ワランギルド長、失礼な者がすまない。この国の王をしているアクア・ルーク・ワンドじゃ」
「王自ら頭を下げるなど・・・・・・恐縮です。それで、この度はアヤト様のギルドカードの中にある詳細を事細かに見せていただきたいとの事ですが・・・・・・?」
「そうじゃ、ここにおる者に彼の力を見せてやりたい。問題ないかのう?」
ルークさんの言葉に笑顔で頷くアリス。
アリスが急に『様』付けした辺り、完全に接客モードになったようだ。
「ワンド王からのご命令であるのももちろん、ギルドカードの持ち主であるアヤト様自身が許可しているのです、何の問題もありません。ではこれより、皆様の目の前でアヤト様の詳細を記した紙を作成させていただきます」
両手を前に重ねてお辞儀をするアリス。
アリスはサラサに指示を出し、魔道具を円卓に置く。
「アヤト様、ギルドカードを拝借してもよろしいでしょうか?」
「はいよ」
そう言って当たり前のように収納庫からギルドカードを取り出す。もう転移の裂け目も見せたし、ここで遠慮する必要はないだろう。
それを差し出すとアリスが受け取る・・・・・・のだが、カードを差し出してる俺の手の方を握り締める。
アリスのその表情はウットリとしている。
「ありがとうございます。お預かりしますね」
貴族やメアの前でもブレないこいつのやり方に、思わず引きつった笑いになってしまう。
カードを受け取ったアリスはサリアと魔道具のところへ行く。
入れ替わりにメアが俺の隣へと来る。
「なぁ、アヤト・・・・・・あの人ってなんかアヤトの惚れてね?」
「よくわかったな。ずっと誘惑してくるから大変だったよ・・・・・・たまに話を聞かない時すらあったし」
俺がそう言って溜め息を吐くと、メアは感心するように「へー」と言ってアリスを見る。
「そういえば、あいつもSSランクの冒険者っていうが、アリス・ワランを知ってるか?」
俺がそう聞くと、メアは頷く。
「まぁな。あの女の人が冒険者をしてたのって、結構最近までだったから。ただ、結構強いのに何で辞めたのかっていうのは誰も知らないんだよな・・・・・・」
SSランクの冒険者を辞めた理由ねぇ・・・・・・?まさか婚活のためとか言うんじゃないよな?
メアと一緒にアリスをジッと見てると、俺の視線に気付いたアリスがウィンクしてくる。
「・・・・・・気を付けろよ、メア。あいつ、お前から俺を奪う宣言してっから」
「なんだと!?一緒に好きになるならまだしも、独り占めは許さねえぞ!」
一緒だったらいいのかよ。と、器量が大きいのか常識がズレているのかわからないメアの言葉に、少し頭を痛めるのだった。
「先に座っててくれ」
何かを企みながらそう言って、部屋にあるソファーへ促すアリス。
言われるまま俺がソファーに座ると同時に、後ろでガチャリと音が聞こえる。
見ると扉に鍵をかけられ、アリスは妖しい笑みを浮かべていた。
「なぁ、アヤト。お前の話を聞くより先に私の話を聞いてくれないか?」
嫌だ、と言いたいが、俺にもこいつに頼みたい事がある。ここは大人しく話を聞くしかないようだな。
はぁ、嫌な予感は連発するし、大人しく話を聞かなきゃいけないのばっかりだし・・・・・・今日は厄日だな。あ、いつもの事か。
だけど、これなら昔のように上から鉄骨が降ってくる方が、対処しやすくて楽だったな・・・・・・
なんてうんざりしていると、アリスが密着するように隣へ座る。
「私が好きなものは知っているか?」
知ったこっちゃない。さっき会ったばかりの奴の事を、ストーカーじゃねえんだから知ってるわけねぇだろ・・・・・・と言いたいが、なんとなく察してしまえる自分が嫌になる。
だがここは違う回答をしてみよう。
「酒か?」
「おっ?よくわかったな・・・・・・ああ、机に出ていたか」
そう言ってギルド長が座るであろう机の上に視線を向けるアリス。
そこには酒瓶が数本出ていた。が、違う。
俺が言ったのはアリスから来る酒臭さだったのだが・・・・・・
しかしアリスはすぐに俺へ視線を戻し、体に手を添えてくる。手つきがイヤらしい。
「だが違う。たしかにそっちも好きだが・・・・・・そういう話じゃない、男女の話だ。率直に言ってしまえば、私はもうすぐ三十路になる・・・・・・にも関わらず独身で相手もいないんだ。理由はわかるか?」
「あー・・・・・・なんとなく。あんたみたいな奴は前に会った事がある。どうせ自分に合う立派な男がいないとかだろ?」
昔、ある事情で軍にいた時に会った階級の高い女がそうだったという経験則を言ってみた。
それが当たったらしく、アリスが嬉しそうに笑みを浮かべる。
「そうだ、そして私が好きな男の条件はまず強い事。先程お前が私の腕を簡単に外したが、実は私も元はSSランク冒険者で、力が自慢だったんだぞ?」
そう言ってアリスは腕にグッと力を入れる。長袖の上からでもわかる力こぶしが出る。
力を抜くと、今度はその手を俺の頬へ添える。
「次に器量。前に受付にいる小さい方の娘から聞いたのだが、弟子を複数人持っているそうだな?しかも他人であるその子たちが冒険者登録する際に保護者になったとか・・・・・・父親に相応しい懐の広さだ」
そうして最後に正面に来て、完全に密着して体を擦り付けてくる。
ヘレナほどではないが、こいつもかなりスタイルがいいので、普通の男であれば理性がどうなっていた事か・・・・・・
「最後に・・・・・・私の名前だ」
「名前?あの貴族っぽい名前の事か?」
俺の言葉にピタリと動きを止めるアリス。
一瞬暗い顔をしたが、すぐに感情を抑え込んだように見えた。
「違う。少し事情はあるが、私はもう貴族ではない。そっちじゃなく、『アリス』の方だ」
「うん?普通に可愛らしい名前だと思うぞ?」
そう言うと、アリスの顔が爆発したように一気に赤くなる。
「・・・・・・やはり、お前はいい。普通なら私のような者が『アリス』などという似合わない名を名乗れば、少なからずバカにされていた。しかしお前は私の名を聞いてもバカにせず、真顔で可愛いと言ってくれる」
アリス・イン・ワンダーランドとは言ったが、あれはカウントされないのか。
それに俺は『名前が可愛い』と言っただけであって、『似合うかどうか』までは言ってないんだがなぁ・・・・・・。
すると段々とアリスのとろんと蕩けた顔が迫ってきた。
「先に他の条件を出してしまったが、今のが最優先だろうな。だが、お前は全て満たしてしまっている。こんな私の理想がそのまま形になったような男・・・・・・惚れないわけがないだろう?」
アリスはそう言うとそっと目を閉じ、まるでキスを求めている女のような顔だった。
これ以上はさすがに容認できないので、アリスの肩に手を置いて押し返す。
「熱烈なアプローチはありがたいが、俺には相手がいるんだ。悪いな」
ハッキリと断ってやるとアリスは眉をひそめ、項垂れるように下を向く。さっきまでの艶かしい雰囲気は一気に霧散した。
「そうかー・・・・・・そうだよな、こんないい男を周りが放っておくはずないもんなー」
アリスは大きく溜め息を吐き、俺の体から呆気なく離れていった。
「しかもSSランクとなったらモテるから女を選びたい放題。私のような筋肉塗れの女などを選ぶなどありえんか」
と言いつつも諦めきれないのか、俺の横に座り直すアリス。
少しはフォローした方がいいか・・・・・・?
「いや、あんたは十分魅力的だよ。ただ少しタイミングが遅かっただけだ」
横からだから表情はわからなかったが、アリスの肩が僅かに動く。
「本当か?」
「ああ、本当だ」
俺が頷いて肯定すると、パッと輝いた少女のような顔をこちらに向ける。
「そうかそうか!私にもまだチャンスがあるという事だな!?」
「・・・・・・ん?」
チャンス?何の?
「残念だが、お前が私に魅力を感じるというのであれば諦めるわけにはいかないな!たとえお前に恋人がいようと婚約者がいようと、使えるものを全て使いお前を私のものにしてやる!」
漢らしく仁王立ちで寝取る宣言したアリス。
もしかして・・・・・・俺はまた余計な事を言ってしまったんじゃなかろうか・・・・・・?
その後、本題を話し始めたのだが、アリスは宣言通り色仕掛けや媚薬など、もはや違法に手を染めているのではないかというギリギリで攻めてきた。
婚約相手が王女であるメアだと言った時は少し怯んだが、『男のために国を相手にするか・・・・・・それもいいな!』などと世迷言を口にし始めた。
ことごとく全てをなんとか回避し、受け付けの少女一人とアリスを連れ、ギルドカードの持ち主の詳細情報を書いて抜き出す魔道具と共に円卓会議へと戻る準備ができた。
「用意はいいな?」
ギルド長の部屋で二人に聞く。
アリスは力強く頷くが、もう一人はムスッとした表情をしていた。
「全くよくありませんっ!」
そう叫んだのは受付少女、名前はサリアというらしい。
サリアはアリスに任命されて連れてこさせられる事になったのだが、行く直前になってから『王様と貴族どものところへ行くぞ!』とアリスから告げられた。
結果がコレである。
「なんで・・・・・・なんで私なんですか!?貴族たちの前に出すなら先輩の方が適任じゃないですか!」
「なぜならあいつの方じゃないと仕事が進まないからだ!お前だけにすると心配が残るという前科があるしな・・・・・・」
アリスの言葉に図星を突かれたサリアはうっと声を漏らす。
『あれはタイミングが悪かったんですよ~』と言い訳しながら半泣きするサリアを無視し、円卓会議の部屋に繋がる裂け目を作る。
その光景を目にしたアリスたちは、貴族たちのように驚いていた。
しかし、アリスはすぐに微笑む表情へ変わる。
「こんな魔術まで使えるなんて・・・・・・さすが、私の惚れた男だ」
「そ、そうなんですか、ギルド長が惚れた・・・・・・えぇっ!?惚れた!?これから婚約するって人に何言ってるんですか!?」
「いいじゃないか、略奪愛というのも」
なんて言い合ってる二人に『行くぞー』とだけ声をかけて裂け目に入る。
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「待たせたな」
裂け目の先で待っていた貴族たちにそう語りかける。
さっきは驚いたり色々と混ざった複雑な表情をしていた貴族たちだったが、今は円卓に大人しく座っている。不機嫌なのは変わらないが。
メアとルークさんだけが笑顔で出迎えてきてくれた。
「おう、連れてきたか?」
メアがそう言いながら席を立ち、俺の後ろにある裂け目を覗きながら歩いてくる。
丁度そのタイミングでアリスたちが裂け目から出てきた。
「どうも、私がクルトゥのギルド長を任されています、アリス・ワランでございます」
礼儀正しく頭を下げるアリスに、サリアが後に続いて頭を急いで下げる。
「『アリス』?・・・・・・ハッ!」
一人の貴族の男が鼻で笑い、アリスはそいつを鋭い眼光で睨み付ける。
睨まれた男は表情から笑みが消え、目を逸らした。
「ワランギルド長、失礼な者がすまない。この国の王をしているアクア・ルーク・ワンドじゃ」
「王自ら頭を下げるなど・・・・・・恐縮です。それで、この度はアヤト様のギルドカードの中にある詳細を事細かに見せていただきたいとの事ですが・・・・・・?」
「そうじゃ、ここにおる者に彼の力を見せてやりたい。問題ないかのう?」
ルークさんの言葉に笑顔で頷くアリス。
アリスが急に『様』付けした辺り、完全に接客モードになったようだ。
「ワンド王からのご命令であるのももちろん、ギルドカードの持ち主であるアヤト様自身が許可しているのです、何の問題もありません。ではこれより、皆様の目の前でアヤト様の詳細を記した紙を作成させていただきます」
両手を前に重ねてお辞儀をするアリス。
アリスはサラサに指示を出し、魔道具を円卓に置く。
「アヤト様、ギルドカードを拝借してもよろしいでしょうか?」
「はいよ」
そう言って当たり前のように収納庫からギルドカードを取り出す。もう転移の裂け目も見せたし、ここで遠慮する必要はないだろう。
それを差し出すとアリスが受け取る・・・・・・のだが、カードを差し出してる俺の手の方を握り締める。
アリスのその表情はウットリとしている。
「ありがとうございます。お預かりしますね」
貴族やメアの前でもブレないこいつのやり方に、思わず引きつった笑いになってしまう。
カードを受け取ったアリスはサリアと魔道具のところへ行く。
入れ替わりにメアが俺の隣へと来る。
「なぁ、アヤト・・・・・・あの人ってなんかアヤトの惚れてね?」
「よくわかったな。ずっと誘惑してくるから大変だったよ・・・・・・たまに話を聞かない時すらあったし」
俺がそう言って溜め息を吐くと、メアは感心するように「へー」と言ってアリスを見る。
「そういえば、あいつもSSランクの冒険者っていうが、アリス・ワランを知ってるか?」
俺がそう聞くと、メアは頷く。
「まぁな。あの女の人が冒険者をしてたのって、結構最近までだったから。ただ、結構強いのに何で辞めたのかっていうのは誰も知らないんだよな・・・・・・」
SSランクの冒険者を辞めた理由ねぇ・・・・・・?まさか婚活のためとか言うんじゃないよな?
メアと一緒にアリスをジッと見てると、俺の視線に気付いたアリスがウィンクしてくる。
「・・・・・・気を付けろよ、メア。あいつ、お前から俺を奪う宣言してっから」
「なんだと!?一緒に好きになるならまだしも、独り占めは許さねえぞ!」
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