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2巻
2-2
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☆★☆★
奴隷を入れるための檻が大量に並べられた、薄暗い部屋。空になったそれらの前で、金歯を見せ付けるかのように笑みを浮かべる男が一人佇んでいた。
「ヒッヒッヒ、馬鹿な男だ……本来銀貨五枚の価値もない売れ残りを、言い値で買っていきやがった! しかもその上、焼印も首輪もなしときた。上手くすれば、あの優男に荒くれどもをけしかけてガキ共をもう一回捕まえれば――何だ?」
どこからかカサカサという音が聞こえ、男の笑いが止まる。
その音は徐々に大きくなり、確実に自分に近付いてきていた。
「な、何だ……これは一体何の音だ!? おい、誰かいないのか!」
男は、先程アヤトたちと商談していた際に入ろうとしていた奥の部屋に駆け込む。
しかしその内部の光景を見た瞬間、小さな悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった。
部屋一面、床だけでなく壁にまで黒い蟲がビッシリと張り付いており、床には人間のものと思われる骨がいくつも散らばっていたからだ。
唯一、部屋の奥で布を振り回して蟲を寄せ付けないようにしていた従業員が、男が入ってきたのに気付いて、駆け寄ってくる。しかし――
「たすっ、助けてっ! 変な蟲がみんなを……みんなをっ!? 嫌だ、死にたくな――」
その従業員も黒い蟲たちに包まれ、間もなく肉の無い骨だけとなった。
あまりの惨状に、奴隷商人の思考が止まる。しかし身体はしっかりと恐怖を感じているのか、全身からは冷や汗が噴き出し、股間を生暖かいものが濡らしていた。
おもわず身じろぎしたところで足にコツンと何かが当たった奴隷商人が、そちらに視線を向ける。
そこにあったのは、人間の頭蓋骨だった。
「ヒ、ヒィィィ!?」
男が我に返って大きな悲鳴を上げると、蟲たちが一斉に動きを止める。
そして一瞬の静寂ののち、男の方に向かって走り出した。
「や、やめ……やめろ、来るな! 嫌だぁぁぁ!」
抵抗むなしく、男はあっという間に蟲たちに包まれ、すぐに動かなくなった。
布、木、鉄、石、そして人に、その骨までも。黒い蟲たちはそこにある物全てを喰らい尽くした――
☆★☆★
「さて、今の魔術には何て名前を付けようかな?」
内側から黒い蟲たちに喰い尽くされて、更地となったテント跡地を見つめながら呟く。
全てを喰い尽くした蟲たちは、黒い霧となって俺の体へ吸い込まれるように消えていった。
「アヤト様……今のは魔術、なのですか?」
どこか呆然とした様子のノワールが問いかけてくる。
「ん? 魔術ではあると思うぞ? 闇と土の魔法を組み合わせて出したんだし。ただちょっと違和感はあったな……」
違和感、それを具体的な言葉で説明するのは難しいのだが、奴隷商人への怒りが魔術に取り込まれたような印象だった……まるで俺の感情と魔力が混ざったかのように。
いや、「混ざった」という表現が正しいかはわからない。どちらかというと……そう、「感情が魔力に食われた」という方がしっくりくる。
「違和感ですか……クフフフフ、きっと今のそれは、あなた様だからこそ為せる業なのでしょう。私も似たような魔術は出せますが、こうもおぞましくはなりませんので……ああ、失礼、言葉が過ぎました」
ノワールが何もなくなった場所を見つめて言うが、そこまでおぞましいかね、あの魔術。
そんなことを思いながらノワールの後ろにいた少女二人の方に目を向けると、幽霊でも見たかのような怯え方をしていた。怖がらせてしまったか。
「ご主人様……自分たちを食べちゃうの?」
「た、食べても美味しくないのです! お腹壊すのです!?」
魔族の子は小刻みに震え、亜人の子は凄い勢いで首を横に振っていた。完全に化け物扱いである。
「貴様ら、不敬だぞ。これから仕える主人に向かって」
「ひっ!?」
その二人の態度に、ノワールが軽く威圧してしまう。相手は子供なんだからそう脅すなよ。
「子供相手に威圧するな、ノワール……お前らも怖がらなくていい。別に取って食ったりなんかしないから」
俺の言葉を聞いて、ホッとする少女たち。
「ごめんなさいなの……」
「です」
少女たちはぺこりと頭を下げ謝罪をしてくれた。
ちゃんと礼儀正しいんだな、奴隷だから躾けられたのか? 亜人の子の方はずいぶん省略したが。
「お前らの名前は?」
俺の質問に二人は顔を見合わせて首を傾げる。何か変なこと言ったか、俺?
そして再び俺の方に顔を向け、口を開いた。
「ナンバー53、魔族なの」
「ナンバー68、鬼です」
少女たちは当たり前のようにそう答えた。ナンバー?
「あー……俺が知りたいのは名前なんだが?」
すると少女たちは困ったような笑みを浮かべる。
「奴隷に名前なんて豪華なものはないの」
「数字が名前なのです」
幼い見た目と相反して、悟ったように達観した物言いをする二人。
その顔に浮かんでいるものは、決して子供がしていい表情ではなかった。
「奴隷になる前の名前も?」
魔族の少女が首を横に振る。
「左右の目の色が違う自分たちは『イミゴ』なの。産まれた時から嫌われ者なの」
イミゴ……ああ、忌み子か。そういえばさっきの奴隷商人も不吉の象徴とかなんとか言ってたが、そういうことか。
親に厄介払いで売り飛ばされた、と……クソったれが!
とりあえず、やり場のない怒りを抑えるために大きく深呼吸する。
「……よし。それじゃあ、俺がお前たちの名前を付けてやる」
そう告げると、二人して大きく目を見開いて驚く様子を見せた。
「本当なの!?」
「凄く嬉しいです!」
二人は手を合わせて、ウサギのようにピョンピョン跳ねて喜んだ。
非常に愛らしい、というのと同時に、名前を付けるってだけでこうも喜ばれると、目から溢れ出そうなものが……
とりあえず二人を落ち着かせ、どんな名前にするか考える。
魔族っ子の方は、肌の色が青というよりは水色っぽく、なんだか瑞々しい感じだな。鬼っ子の方は、目の色が魔族っ子と逆になっている。だったら……
「よし、魔族のお前はウル、鬼のお前はルウだ」
「「……」」
そう名前を告げられると、少女たちは俯いて黙り込んでしまった。
その反応に一瞬、気に入ってもらえなかったのかと思ったが、次の瞬間には杞憂だとわかった。
「「やったぁぁぁっ!」」
少女たちが突然顔を上げると、両手の拳を天高く突き出し、雄叫びのような大きな声を出したからだ。二人の目は、爛々と輝いていた。
「可愛い名前を貰っちゃったの!」
「自分もです! ルウって、凄く可愛いです! ありがとうです、ご主人様!」
ウルとルウがガシッと俺の足にしがみ付いてくる。
大袈裟なリアクションだなとは思ったが、喜んでもらえているので悪い気はしなかった。
ウルとルウがひとしきり喜んで、ようやく落ち着いたのを見計らって、これからどう行動するかを考える。
「さて、あとは残りの買い物を終わらせて、ミーナたちと合流するか……」
「あの、アヤト様? 今少しよろしいですか?」
まだ買っていないものがないか思い出そうと呟いていると、突然上から声がした。
見上げれば、そこには見覚えのある褐色肌の女――ココアが宙に浮いていた。
「どうしたんだ、急に? メアから、お前は故郷に帰ってるって聞いたけど?」
いきなり現れたココアに驚き、問いただす。
そもそも、俺とココアは念話を使って意思の疎通ができるから、わざわざ姿を見せる必要はないはずだ。
それでも俺の所に来たってことは、何か特別な用事でもあるんだろうか。
「はい、そうなのですが、実はアヤト様に少々相談がありまして……アヤト様に会いたいという者がいるので、よろしければ付いてきていただきたいのです」
ココアは困ったような笑みを浮かべてそう言った。
「付いてきてほしいって……今からか?」
「はい……」
申し訳無さそうにしているココア。多分だが、俺を連れてこいと、故郷の誰かにしつこく言われたんだろう。
そんなココアの姿を見ていると、断りにくくなってしまった。
まあ、残りの買い物はあとちょっとだし、その後もミーナたちと合流して帰るだけだから、ココアに付いていってもいいか。
そうと決めた俺は、ノワールに残りの買い物のメモを渡し、ついでにウルたちの服代も渡して適当に買ってやるように言う。ウルとルウには、ノワールの言うことをしっかり聞くように言い含めた。
そして武器と防具を見に行っているミーナとメア、ヘレナと合流したら先に帰っていいと伝えると、ノワールは恭しく頭を下げ、ウルとルウをつれて大通りへと向かっていった。
ノワールたちがその場を去ったところで、俺はココアに問いかける。
「それで、付いてきてほしいってことは、向かうのはお前の故郷か?」
ココアは無言で頷いて、突然両手を前に突き出したかと思うと、そのまま腕を横に広げる動作を取る。
するとココアの前の空間が裂け始め、人一人が通れるくらいの黒い穴のようなものが出来上がった。空間魔術か?
「さ、アヤト様、こちらへ」
ココアが裂け目の中へ先に入り、俺も導かれるままに続く。俺が中に入ったところで、黒い穴は自動で閉じていった。
第3話 精霊王
穴の中は、一面草原が広がっており、そしてその奥には異様な光景があった。
溶岩が噴き出し続ける火山、高い波が荒れ狂う海原、鬱蒼と木々が生い茂った森林、雷が止まず降り続ける荒地。そして辺りを照らすように光り輝く神殿と、全てを呑み込んでしまいそうなほどに暗い闇の中にひっそりと立っている廃屋敷。
普通であれば互いに打ち消し合って存在できないはずの現象が、隣り合い、重なり合って存在している。
そのありえない光景を前にした俺は、流石に呆気に取られてしまった。
「これは……凄まじいな。魔法の属性が全て集まったみたいな……」
「正解ですわ、アヤト様。ここは私たち精霊の故郷、精霊界。あらゆる属性の精霊が共存する世界です」
あまりにも現実離れした光景が違和感なく存在しているせいで、今まで自分が持っていた常識が間違っていたのではないかと錯覚してしまいそうになる。
「ほう、その者が貴女の主人か、闇の王よ」
見たことのない景色に感動していると、突然背後から野太いおっさんの声が聞こえた。
シトとはまた違った、人間ではない気配。
俺はその声に振り返ろうとしたが、後ろから伸びてきた褐色の手が俺の両目を覆い隠し、振り向かせまいとしてきた。
「なん?」
優しく包み込んでくるその手に思わず変な声を出してしまったが、褐色が見えていたので、手の主がココアだとすぐにわかった。
「すみません。少し我慢していてください、アヤト様……ええ、この方が私のご主人ですよ、光の王」
なるほど、このおっさん声の持ち主が光の精霊王か。
しかし、なぜココアは俺の目を覆い隠してるんだ?
「何故その者にこっちを向かせんのだ? それでは顔が見えんではないか」
「そうだぞ、ココア。俺だって相手の顔を見て話がしたいんだから」
何かの冗談かと思った俺は、ココアの手を振り払い、背後を振り向く。
「あ、いけません――」
再び制止しようとココアが手を伸ばしてくるが、それは届かず――
「アーッ!? メガアァァァ!?」
強烈な光を正面から食らってしまった俺は、目を押さえて地面を転げ回ることになった。
「すまん、まさかそうなるとは……」
申し訳無さそうなおっさんの声が聞こえるが、むしろこれだけ強い光を直視してこうならない生物がいたら俺は見てみたい。
「当たり前です! 少し考えればわかることでしょう!? 理解しましたら、さっさとその目を潰すほどのやかましい光を抑えてください! いくら私の主人でも、そんな光を直視すれば失明してしまいますわ……!」
「お、おう、そうだな」
瞼越しでもわかるほどに眩しかった光が、徐々に収まっていく。
手をどかしてゆっくりと目を開けると、ボヤけた視界が元に戻っていった。
視界が完全に回復したところで、身長が三メートルはあるであろう、筋肉まみれのおっさんが立っているのが目に入る。
立派な白ひげをなぞりながらニヤニヤしながら見てくるこいつが、さっきの強烈な光を発していた犯人――光の王だとすぐにわかった。
「まったく……少しは反省してください。じゃないと潰しますわよ? 物理的に」
女性に恐ろしい形相で「潰す」と言われると、男性としての危機を感じるのは俺だけじゃないはずだろう。精霊に『ある』かどうかは別として。
しかしそんなココアの様子はいつものことなのか、光の王は豪快に笑って流した。
「ワッハッハッハ、それは勘弁してくれ! それで人の子よ。ア……アルトと言ったかな?」
おいおい、ベルといいこのおっさんといい、どいつもこいつも人の名前を間違え過ぎだろ。たった三文字だぞ?
「アヤト様です!」
今度は頬を膨らませて、俺の腕に絡み付きながら怒るココア。こういう怒り方なら可愛いんだけどな……
そんなココアを一瞥してから、光の王は俺の顔を真っ直ぐに見つめながら問いかけてきた。
「ああ、そうだったな。ではアヤトよ、おまえさんはその力をどう使う?」
あまりにも唐突過ぎる質問に、「その力」というのがどの力を指しているのかわからず、思わず聞き返す。
「どの力のことを言ってるんだ? 色々心当たりがあるんだが」
「だろうな……今わしが言っているのは、お前さんに宿っている、異常なまでに高い魔法適性のことだ。それは元々お前さん自身のものではなく、誰かから与えられたものだな? しかも与えられたのも、ごく最近のようだ」
まるで全てを見透かしているかのような口調で、そう言われた。
「ああ。俺のこの魔法適性は、シトから貰ったもんだ」
ここで誤魔化してもしょうがないので、素直に真実を話す。
「ほう、シト様から貰ったとな! ということは、お前さんは異界の者か?」
おっさんは興味深そうにほうほうと呟きながら、俺を品定めするかのように眺めてきた。
「なんでそういう結論になる? シトに会ったことのある人間なんて、この世界の連中にだっているだろう? それに、そいつらがシトから特別な力を貰った可能性だってあるじゃないか」
俺は少なくとも一人、シトの知り合いを知っている。この国の国王、ルークさんだ。まあ、あの人にはそんな力はないようだが……
「何、簡単なことだ。いつだったか、シト様本人が『もし他の世界から人を連れてこられた時は、その人に特別な力を特典としてあげたいな』なんて言っていたからな。それにこの世界の者に、そんなとんでもない力を渡すとも思えん」
シト、お前、そんなことを……誘った連中に断られ続けてるって言ってたけど、そこまで楽しみにしてたのか?
俺の隣では、ココアが頷いて納得していた。
「確かにアヤト様からは不思議な感じがしていましたが、異世界のお方だったのですね」
そういえば、俺が異世界人だって皆に教えた時には、ココアはいなかったな。
少し脱線してしまった話を元に戻して、光の王の質問に答える。
「そんで、この力をどう使うか……だったな? だったら、俺の好きに使わせてもらう、ってのが俺の答えだな」
俺がそう告げると、おっさんはこちらを睨みつけるようにして目を細めた。
「ほう……ではその力を、他者から奪うために使うのか?」
「おいおい、そんなこと言ってないだろ? 俺は独裁者になるつもりも、誰かの上に立つつもりもない。便利なら使うってだけだよ……こういう答えで満足か?」
「ふぅむ……」
おっさんは俯いてしばらく唸った後、笑みを浮かべた顔を上げ、大きく息を吸う。
嫌な予感がした俺は、咄嗟に耳を塞いだ。
「うむ、ならば問題なしっ!」
おっさんは腕を組み、デカイ声を放った。
やはり予想通り、目の次は耳を潰しにきたか。
すると今度は横でココアが何かを溜めるような様子を見せて――
「えい」
「ウォォォォ!?」
可愛いらしいかけ声と共に黒い塊を放ち、光の王を遥か彼方へ飛ばした。あの巨体が吹き飛んでいくのは、中々に爽快だな。
しかし一方で、ココアは溜息を吐きながら申し訳無さそうな表情を浮かべていた。
「ふぅ……まったくあの者は、何度言えば学習するのかしら? ……申し訳ございません、アヤト様。こんなご迷惑をおかけしてしまうことになるなら、お連れしない方がよかったと、少し後悔しております」
「俺は別に気にしてないよ。むしろ珍しい場所に連れて来てもらえて嬉しいくらいだから」
そう言って俺が軽く微笑むと、ココアは顔を赤くして、バッとこちらから顔を背けてプルプルと震え出す。
「なん……うれ……」
何かを呟いているようだが、声が小さ過ぎてあまり聞き取れなかった。
「大丈夫か?」
「えぇ、もう大丈夫でふ……」
大丈夫と言ってこちらに顔を戻したココアは、鼻血を出していた。大丈夫じゃない、大問題だ。
そんなココアが鼻血を拭いてるのを見て俺が呆れていると、色とりどりな無数の光の玉が、俺たちの周りに集まってきた。
そしてその中のいくつかが、それぞれ人間の子供と同じくらいの大きさと形に変わっていく。顔がのっぺりしているため、はっきり判別はできないが、なんとなく髪型と体型で性別は判断できた。
「人間だ! 珍しー」
赤い光はボーイッシュな感じの少女に。
「本当、珍し……」
青い光は髪の長い陰気な感じの少女に。
「この人が、闇の王が言ってたご主人様ー?」
緑の光は、半目でやる気のなさそうな表情を浮かべる少年になった。
そして他にも、茶色の光と黄色の光がそれぞれ、少年と少女の姿に変わっていった。
「みんな集まったわね。ええ、光の王にも言いましたけど、この方が私が仕えているアヤト様よ。そして私はこの方に、ココアという名をいただきました」
ココアが自慢するように言うと、集まってきた五人が「おぉ~」と拍手をした。
「ココア、こいつらも精霊か?」
もしやと思い、俺はココアにそう確認する。
「はい、そうです。左から順に火、水、風、土、雷の精霊王たちですわ」
ココアに紹介された精霊王たちが俺の周りに群がり、顔や体をペチペチと触り始めた。
全属性の王様が一挙に集まってきたのか。
「人間の腕、ムキムキだね」
「体ゴツゴツ……」
「面白い顔ッスね!」
黄色の発光体に言われてしまった。子供のような無邪気な発言で心を抉ってくる……実際には見た目と違って子供じゃないのかもしれないけど。
「もう、あなたたち失礼ですよ?」
そう言って、ココアが拗ねるように頬を膨らませていた。
なんか、失礼なことを言ったこいつらを叱っているというより、羨ましそうな表情を浮かべているように見えるのはなんでだろう?
「ワッハッハッハ! もう他の者にも懐かれたか!」
そしていつの間にか、光の王が戻ってきていた。ダメージもなく、ピンピンな状態で。
「懐かれた、ね……元からずいぶん人懐っこそうだけど?」
「いやいや、我ら精霊種は本来、警戒心が強く、あまり他人を信用しなくてな。故にこうやって人前に姿を晒すようなことは、まずせんのよ」
そうなのか? こいつら警戒心もクソもない気がするんだけど……っておい誰だ、顔殴ってきた奴!
「そんな精霊に懐かれやすい不思議体質のお前さんに、頼みがあるのだが」
懐かれやすいって……ん? それってこのおっさんからも懐かれてるってこと?
そう思ったら鳥肌が立った。
「不思議体質言うな。んで、頼みって?」
自分の腕を擦りながら聞いてみる。
うむ、と頷きながらおっさんはその内容を口にした。
「我ら精霊王に、名を与えてほしいのじゃ」
……またかよ。
「まさかとは思うが、ココアに俺をここまで連れてこさせた理由がソレってことはないよな?」
俺の言葉に、おっさんは体をビクッと震わせた後、苦笑いしながら目を背ける。
「ははは、まさか……」
実にわかりやすい反応をしてくれるおっさん。俺がジト目で睨むと、さらに慌ててまくしたててくる。
「いやいや、お前さんのその力の使い方を聞き出すのが本当の目的だぞ? 嘘ではないぞ? うん」
「よーし、それじゃあこっちを向いて、その言葉を俺の目を見て言ってもらおうか」
俺はそう言って目を見開き、おっさんの顔をガン見する。一瞬目が合うが、また目を逸らされた。
奴隷を入れるための檻が大量に並べられた、薄暗い部屋。空になったそれらの前で、金歯を見せ付けるかのように笑みを浮かべる男が一人佇んでいた。
「ヒッヒッヒ、馬鹿な男だ……本来銀貨五枚の価値もない売れ残りを、言い値で買っていきやがった! しかもその上、焼印も首輪もなしときた。上手くすれば、あの優男に荒くれどもをけしかけてガキ共をもう一回捕まえれば――何だ?」
どこからかカサカサという音が聞こえ、男の笑いが止まる。
その音は徐々に大きくなり、確実に自分に近付いてきていた。
「な、何だ……これは一体何の音だ!? おい、誰かいないのか!」
男は、先程アヤトたちと商談していた際に入ろうとしていた奥の部屋に駆け込む。
しかしその内部の光景を見た瞬間、小さな悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった。
部屋一面、床だけでなく壁にまで黒い蟲がビッシリと張り付いており、床には人間のものと思われる骨がいくつも散らばっていたからだ。
唯一、部屋の奥で布を振り回して蟲を寄せ付けないようにしていた従業員が、男が入ってきたのに気付いて、駆け寄ってくる。しかし――
「たすっ、助けてっ! 変な蟲がみんなを……みんなをっ!? 嫌だ、死にたくな――」
その従業員も黒い蟲たちに包まれ、間もなく肉の無い骨だけとなった。
あまりの惨状に、奴隷商人の思考が止まる。しかし身体はしっかりと恐怖を感じているのか、全身からは冷や汗が噴き出し、股間を生暖かいものが濡らしていた。
おもわず身じろぎしたところで足にコツンと何かが当たった奴隷商人が、そちらに視線を向ける。
そこにあったのは、人間の頭蓋骨だった。
「ヒ、ヒィィィ!?」
男が我に返って大きな悲鳴を上げると、蟲たちが一斉に動きを止める。
そして一瞬の静寂ののち、男の方に向かって走り出した。
「や、やめ……やめろ、来るな! 嫌だぁぁぁ!」
抵抗むなしく、男はあっという間に蟲たちに包まれ、すぐに動かなくなった。
布、木、鉄、石、そして人に、その骨までも。黒い蟲たちはそこにある物全てを喰らい尽くした――
☆★☆★
「さて、今の魔術には何て名前を付けようかな?」
内側から黒い蟲たちに喰い尽くされて、更地となったテント跡地を見つめながら呟く。
全てを喰い尽くした蟲たちは、黒い霧となって俺の体へ吸い込まれるように消えていった。
「アヤト様……今のは魔術、なのですか?」
どこか呆然とした様子のノワールが問いかけてくる。
「ん? 魔術ではあると思うぞ? 闇と土の魔法を組み合わせて出したんだし。ただちょっと違和感はあったな……」
違和感、それを具体的な言葉で説明するのは難しいのだが、奴隷商人への怒りが魔術に取り込まれたような印象だった……まるで俺の感情と魔力が混ざったかのように。
いや、「混ざった」という表現が正しいかはわからない。どちらかというと……そう、「感情が魔力に食われた」という方がしっくりくる。
「違和感ですか……クフフフフ、きっと今のそれは、あなた様だからこそ為せる業なのでしょう。私も似たような魔術は出せますが、こうもおぞましくはなりませんので……ああ、失礼、言葉が過ぎました」
ノワールが何もなくなった場所を見つめて言うが、そこまでおぞましいかね、あの魔術。
そんなことを思いながらノワールの後ろにいた少女二人の方に目を向けると、幽霊でも見たかのような怯え方をしていた。怖がらせてしまったか。
「ご主人様……自分たちを食べちゃうの?」
「た、食べても美味しくないのです! お腹壊すのです!?」
魔族の子は小刻みに震え、亜人の子は凄い勢いで首を横に振っていた。完全に化け物扱いである。
「貴様ら、不敬だぞ。これから仕える主人に向かって」
「ひっ!?」
その二人の態度に、ノワールが軽く威圧してしまう。相手は子供なんだからそう脅すなよ。
「子供相手に威圧するな、ノワール……お前らも怖がらなくていい。別に取って食ったりなんかしないから」
俺の言葉を聞いて、ホッとする少女たち。
「ごめんなさいなの……」
「です」
少女たちはぺこりと頭を下げ謝罪をしてくれた。
ちゃんと礼儀正しいんだな、奴隷だから躾けられたのか? 亜人の子の方はずいぶん省略したが。
「お前らの名前は?」
俺の質問に二人は顔を見合わせて首を傾げる。何か変なこと言ったか、俺?
そして再び俺の方に顔を向け、口を開いた。
「ナンバー53、魔族なの」
「ナンバー68、鬼です」
少女たちは当たり前のようにそう答えた。ナンバー?
「あー……俺が知りたいのは名前なんだが?」
すると少女たちは困ったような笑みを浮かべる。
「奴隷に名前なんて豪華なものはないの」
「数字が名前なのです」
幼い見た目と相反して、悟ったように達観した物言いをする二人。
その顔に浮かんでいるものは、決して子供がしていい表情ではなかった。
「奴隷になる前の名前も?」
魔族の少女が首を横に振る。
「左右の目の色が違う自分たちは『イミゴ』なの。産まれた時から嫌われ者なの」
イミゴ……ああ、忌み子か。そういえばさっきの奴隷商人も不吉の象徴とかなんとか言ってたが、そういうことか。
親に厄介払いで売り飛ばされた、と……クソったれが!
とりあえず、やり場のない怒りを抑えるために大きく深呼吸する。
「……よし。それじゃあ、俺がお前たちの名前を付けてやる」
そう告げると、二人して大きく目を見開いて驚く様子を見せた。
「本当なの!?」
「凄く嬉しいです!」
二人は手を合わせて、ウサギのようにピョンピョン跳ねて喜んだ。
非常に愛らしい、というのと同時に、名前を付けるってだけでこうも喜ばれると、目から溢れ出そうなものが……
とりあえず二人を落ち着かせ、どんな名前にするか考える。
魔族っ子の方は、肌の色が青というよりは水色っぽく、なんだか瑞々しい感じだな。鬼っ子の方は、目の色が魔族っ子と逆になっている。だったら……
「よし、魔族のお前はウル、鬼のお前はルウだ」
「「……」」
そう名前を告げられると、少女たちは俯いて黙り込んでしまった。
その反応に一瞬、気に入ってもらえなかったのかと思ったが、次の瞬間には杞憂だとわかった。
「「やったぁぁぁっ!」」
少女たちが突然顔を上げると、両手の拳を天高く突き出し、雄叫びのような大きな声を出したからだ。二人の目は、爛々と輝いていた。
「可愛い名前を貰っちゃったの!」
「自分もです! ルウって、凄く可愛いです! ありがとうです、ご主人様!」
ウルとルウがガシッと俺の足にしがみ付いてくる。
大袈裟なリアクションだなとは思ったが、喜んでもらえているので悪い気はしなかった。
ウルとルウがひとしきり喜んで、ようやく落ち着いたのを見計らって、これからどう行動するかを考える。
「さて、あとは残りの買い物を終わらせて、ミーナたちと合流するか……」
「あの、アヤト様? 今少しよろしいですか?」
まだ買っていないものがないか思い出そうと呟いていると、突然上から声がした。
見上げれば、そこには見覚えのある褐色肌の女――ココアが宙に浮いていた。
「どうしたんだ、急に? メアから、お前は故郷に帰ってるって聞いたけど?」
いきなり現れたココアに驚き、問いただす。
そもそも、俺とココアは念話を使って意思の疎通ができるから、わざわざ姿を見せる必要はないはずだ。
それでも俺の所に来たってことは、何か特別な用事でもあるんだろうか。
「はい、そうなのですが、実はアヤト様に少々相談がありまして……アヤト様に会いたいという者がいるので、よろしければ付いてきていただきたいのです」
ココアは困ったような笑みを浮かべてそう言った。
「付いてきてほしいって……今からか?」
「はい……」
申し訳無さそうにしているココア。多分だが、俺を連れてこいと、故郷の誰かにしつこく言われたんだろう。
そんなココアの姿を見ていると、断りにくくなってしまった。
まあ、残りの買い物はあとちょっとだし、その後もミーナたちと合流して帰るだけだから、ココアに付いていってもいいか。
そうと決めた俺は、ノワールに残りの買い物のメモを渡し、ついでにウルたちの服代も渡して適当に買ってやるように言う。ウルとルウには、ノワールの言うことをしっかり聞くように言い含めた。
そして武器と防具を見に行っているミーナとメア、ヘレナと合流したら先に帰っていいと伝えると、ノワールは恭しく頭を下げ、ウルとルウをつれて大通りへと向かっていった。
ノワールたちがその場を去ったところで、俺はココアに問いかける。
「それで、付いてきてほしいってことは、向かうのはお前の故郷か?」
ココアは無言で頷いて、突然両手を前に突き出したかと思うと、そのまま腕を横に広げる動作を取る。
するとココアの前の空間が裂け始め、人一人が通れるくらいの黒い穴のようなものが出来上がった。空間魔術か?
「さ、アヤト様、こちらへ」
ココアが裂け目の中へ先に入り、俺も導かれるままに続く。俺が中に入ったところで、黒い穴は自動で閉じていった。
第3話 精霊王
穴の中は、一面草原が広がっており、そしてその奥には異様な光景があった。
溶岩が噴き出し続ける火山、高い波が荒れ狂う海原、鬱蒼と木々が生い茂った森林、雷が止まず降り続ける荒地。そして辺りを照らすように光り輝く神殿と、全てを呑み込んでしまいそうなほどに暗い闇の中にひっそりと立っている廃屋敷。
普通であれば互いに打ち消し合って存在できないはずの現象が、隣り合い、重なり合って存在している。
そのありえない光景を前にした俺は、流石に呆気に取られてしまった。
「これは……凄まじいな。魔法の属性が全て集まったみたいな……」
「正解ですわ、アヤト様。ここは私たち精霊の故郷、精霊界。あらゆる属性の精霊が共存する世界です」
あまりにも現実離れした光景が違和感なく存在しているせいで、今まで自分が持っていた常識が間違っていたのではないかと錯覚してしまいそうになる。
「ほう、その者が貴女の主人か、闇の王よ」
見たことのない景色に感動していると、突然背後から野太いおっさんの声が聞こえた。
シトとはまた違った、人間ではない気配。
俺はその声に振り返ろうとしたが、後ろから伸びてきた褐色の手が俺の両目を覆い隠し、振り向かせまいとしてきた。
「なん?」
優しく包み込んでくるその手に思わず変な声を出してしまったが、褐色が見えていたので、手の主がココアだとすぐにわかった。
「すみません。少し我慢していてください、アヤト様……ええ、この方が私のご主人ですよ、光の王」
なるほど、このおっさん声の持ち主が光の精霊王か。
しかし、なぜココアは俺の目を覆い隠してるんだ?
「何故その者にこっちを向かせんのだ? それでは顔が見えんではないか」
「そうだぞ、ココア。俺だって相手の顔を見て話がしたいんだから」
何かの冗談かと思った俺は、ココアの手を振り払い、背後を振り向く。
「あ、いけません――」
再び制止しようとココアが手を伸ばしてくるが、それは届かず――
「アーッ!? メガアァァァ!?」
強烈な光を正面から食らってしまった俺は、目を押さえて地面を転げ回ることになった。
「すまん、まさかそうなるとは……」
申し訳無さそうなおっさんの声が聞こえるが、むしろこれだけ強い光を直視してこうならない生物がいたら俺は見てみたい。
「当たり前です! 少し考えればわかることでしょう!? 理解しましたら、さっさとその目を潰すほどのやかましい光を抑えてください! いくら私の主人でも、そんな光を直視すれば失明してしまいますわ……!」
「お、おう、そうだな」
瞼越しでもわかるほどに眩しかった光が、徐々に収まっていく。
手をどかしてゆっくりと目を開けると、ボヤけた視界が元に戻っていった。
視界が完全に回復したところで、身長が三メートルはあるであろう、筋肉まみれのおっさんが立っているのが目に入る。
立派な白ひげをなぞりながらニヤニヤしながら見てくるこいつが、さっきの強烈な光を発していた犯人――光の王だとすぐにわかった。
「まったく……少しは反省してください。じゃないと潰しますわよ? 物理的に」
女性に恐ろしい形相で「潰す」と言われると、男性としての危機を感じるのは俺だけじゃないはずだろう。精霊に『ある』かどうかは別として。
しかしそんなココアの様子はいつものことなのか、光の王は豪快に笑って流した。
「ワッハッハッハ、それは勘弁してくれ! それで人の子よ。ア……アルトと言ったかな?」
おいおい、ベルといいこのおっさんといい、どいつもこいつも人の名前を間違え過ぎだろ。たった三文字だぞ?
「アヤト様です!」
今度は頬を膨らませて、俺の腕に絡み付きながら怒るココア。こういう怒り方なら可愛いんだけどな……
そんなココアを一瞥してから、光の王は俺の顔を真っ直ぐに見つめながら問いかけてきた。
「ああ、そうだったな。ではアヤトよ、おまえさんはその力をどう使う?」
あまりにも唐突過ぎる質問に、「その力」というのがどの力を指しているのかわからず、思わず聞き返す。
「どの力のことを言ってるんだ? 色々心当たりがあるんだが」
「だろうな……今わしが言っているのは、お前さんに宿っている、異常なまでに高い魔法適性のことだ。それは元々お前さん自身のものではなく、誰かから与えられたものだな? しかも与えられたのも、ごく最近のようだ」
まるで全てを見透かしているかのような口調で、そう言われた。
「ああ。俺のこの魔法適性は、シトから貰ったもんだ」
ここで誤魔化してもしょうがないので、素直に真実を話す。
「ほう、シト様から貰ったとな! ということは、お前さんは異界の者か?」
おっさんは興味深そうにほうほうと呟きながら、俺を品定めするかのように眺めてきた。
「なんでそういう結論になる? シトに会ったことのある人間なんて、この世界の連中にだっているだろう? それに、そいつらがシトから特別な力を貰った可能性だってあるじゃないか」
俺は少なくとも一人、シトの知り合いを知っている。この国の国王、ルークさんだ。まあ、あの人にはそんな力はないようだが……
「何、簡単なことだ。いつだったか、シト様本人が『もし他の世界から人を連れてこられた時は、その人に特別な力を特典としてあげたいな』なんて言っていたからな。それにこの世界の者に、そんなとんでもない力を渡すとも思えん」
シト、お前、そんなことを……誘った連中に断られ続けてるって言ってたけど、そこまで楽しみにしてたのか?
俺の隣では、ココアが頷いて納得していた。
「確かにアヤト様からは不思議な感じがしていましたが、異世界のお方だったのですね」
そういえば、俺が異世界人だって皆に教えた時には、ココアはいなかったな。
少し脱線してしまった話を元に戻して、光の王の質問に答える。
「そんで、この力をどう使うか……だったな? だったら、俺の好きに使わせてもらう、ってのが俺の答えだな」
俺がそう告げると、おっさんはこちらを睨みつけるようにして目を細めた。
「ほう……ではその力を、他者から奪うために使うのか?」
「おいおい、そんなこと言ってないだろ? 俺は独裁者になるつもりも、誰かの上に立つつもりもない。便利なら使うってだけだよ……こういう答えで満足か?」
「ふぅむ……」
おっさんは俯いてしばらく唸った後、笑みを浮かべた顔を上げ、大きく息を吸う。
嫌な予感がした俺は、咄嗟に耳を塞いだ。
「うむ、ならば問題なしっ!」
おっさんは腕を組み、デカイ声を放った。
やはり予想通り、目の次は耳を潰しにきたか。
すると今度は横でココアが何かを溜めるような様子を見せて――
「えい」
「ウォォォォ!?」
可愛いらしいかけ声と共に黒い塊を放ち、光の王を遥か彼方へ飛ばした。あの巨体が吹き飛んでいくのは、中々に爽快だな。
しかし一方で、ココアは溜息を吐きながら申し訳無さそうな表情を浮かべていた。
「ふぅ……まったくあの者は、何度言えば学習するのかしら? ……申し訳ございません、アヤト様。こんなご迷惑をおかけしてしまうことになるなら、お連れしない方がよかったと、少し後悔しております」
「俺は別に気にしてないよ。むしろ珍しい場所に連れて来てもらえて嬉しいくらいだから」
そう言って俺が軽く微笑むと、ココアは顔を赤くして、バッとこちらから顔を背けてプルプルと震え出す。
「なん……うれ……」
何かを呟いているようだが、声が小さ過ぎてあまり聞き取れなかった。
「大丈夫か?」
「えぇ、もう大丈夫でふ……」
大丈夫と言ってこちらに顔を戻したココアは、鼻血を出していた。大丈夫じゃない、大問題だ。
そんなココアが鼻血を拭いてるのを見て俺が呆れていると、色とりどりな無数の光の玉が、俺たちの周りに集まってきた。
そしてその中のいくつかが、それぞれ人間の子供と同じくらいの大きさと形に変わっていく。顔がのっぺりしているため、はっきり判別はできないが、なんとなく髪型と体型で性別は判断できた。
「人間だ! 珍しー」
赤い光はボーイッシュな感じの少女に。
「本当、珍し……」
青い光は髪の長い陰気な感じの少女に。
「この人が、闇の王が言ってたご主人様ー?」
緑の光は、半目でやる気のなさそうな表情を浮かべる少年になった。
そして他にも、茶色の光と黄色の光がそれぞれ、少年と少女の姿に変わっていった。
「みんな集まったわね。ええ、光の王にも言いましたけど、この方が私が仕えているアヤト様よ。そして私はこの方に、ココアという名をいただきました」
ココアが自慢するように言うと、集まってきた五人が「おぉ~」と拍手をした。
「ココア、こいつらも精霊か?」
もしやと思い、俺はココアにそう確認する。
「はい、そうです。左から順に火、水、風、土、雷の精霊王たちですわ」
ココアに紹介された精霊王たちが俺の周りに群がり、顔や体をペチペチと触り始めた。
全属性の王様が一挙に集まってきたのか。
「人間の腕、ムキムキだね」
「体ゴツゴツ……」
「面白い顔ッスね!」
黄色の発光体に言われてしまった。子供のような無邪気な発言で心を抉ってくる……実際には見た目と違って子供じゃないのかもしれないけど。
「もう、あなたたち失礼ですよ?」
そう言って、ココアが拗ねるように頬を膨らませていた。
なんか、失礼なことを言ったこいつらを叱っているというより、羨ましそうな表情を浮かべているように見えるのはなんでだろう?
「ワッハッハッハ! もう他の者にも懐かれたか!」
そしていつの間にか、光の王が戻ってきていた。ダメージもなく、ピンピンな状態で。
「懐かれた、ね……元からずいぶん人懐っこそうだけど?」
「いやいや、我ら精霊種は本来、警戒心が強く、あまり他人を信用しなくてな。故にこうやって人前に姿を晒すようなことは、まずせんのよ」
そうなのか? こいつら警戒心もクソもない気がするんだけど……っておい誰だ、顔殴ってきた奴!
「そんな精霊に懐かれやすい不思議体質のお前さんに、頼みがあるのだが」
懐かれやすいって……ん? それってこのおっさんからも懐かれてるってこと?
そう思ったら鳥肌が立った。
「不思議体質言うな。んで、頼みって?」
自分の腕を擦りながら聞いてみる。
うむ、と頷きながらおっさんはその内容を口にした。
「我ら精霊王に、名を与えてほしいのじゃ」
……またかよ。
「まさかとは思うが、ココアに俺をここまで連れてこさせた理由がソレってことはないよな?」
俺の言葉に、おっさんは体をビクッと震わせた後、苦笑いしながら目を背ける。
「ははは、まさか……」
実にわかりやすい反応をしてくれるおっさん。俺がジト目で睨むと、さらに慌ててまくしたててくる。
「いやいや、お前さんのその力の使い方を聞き出すのが本当の目的だぞ? 嘘ではないぞ? うん」
「よーし、それじゃあこっちを向いて、その言葉を俺の目を見て言ってもらおうか」
俺はそう言って目を見開き、おっさんの顔をガン見する。一瞬目が合うが、また目を逸らされた。
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