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武人祭

赤飯

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 「おめでとさん」

 ガーランドが話をしたいと言って残してきたイリーナが、繋げたままの裂け目から帰ってきた表情を見て「おかえり」よりも先にその言葉を口にした。
 とりあえず二人になって話を聞きたかったので、使われていない書斎に移動した。

 「・・・・・・知っていたのですか?」
 「何を?」

 イリーナの問いに、ニヤリといやらしく笑いながら聞き返してしまう。
 すると何を思い出したのか、眉をひそめたしかめっ面になりながら顔を真っ赤にするイリーナ。いつもの能面が見る影もなく崩れているから、ついからかいたくなってしまう。

 「ですから、ガーランド様が私にこ、好意を持っていたことに・・・・・・?」

 照れつつなぜか疑問形で首を傾げる。なんだこいつ・・・・・・表情に感情が付いただけで化けたな。

 「知ってたっていうより、その場で理解した感じだ。俺自身、恋心がどんなんかはわかってないけど、兆候っていうのか? 人が人に恋をしてるってのは客観的な視点で見るとわかるんだよ」

 例えるなら人が美味しそうに食べてるものを見て、「あれは美味いんだろうな」とは思えるが、俺はそれがどんな味なのかはわからない、といった感じだ。

 「それで返事は?」
 「・・・・・・」

 イリーナは赤くした顔で小さく頷く。

 「『ノワールノワール』」

 言葉で呼びつつ念話でノワールを呼ぶと、扉が開けられ、そこにノワールが立っていた。

 「お呼びですか、アヤト様」

 最近、呼ばれたら直接空間を裂くのではなく、扉同士を繋げて出てくるという演出を気に入っている様子のノワール。

 「どうやら今日の朝食は赤飯になりそうだ」
 「おやおや、なるほどなるほど。ガーランドさんの想いが通じたというわけですね?」

 ノワールもわざとらしく「クフフ」と笑ってそう言う。あ、そういえばガーランドにも、まだこいつの見張りが付いてたんだったな。
 そんなことを思い出してるうちに、イリーナが頬を膨らませていじけていた。
 恋をすると人が変わるとはよく聞くが、もはやキャラ崩壊どころかゲシュタルト崩壊にまで到達しそうだ。

 「しかしガーランドがイリーナをねぇ?」
 「はい、正面から好きと言ってくださいましたーー私の顔を」
 「そうか、イリーナの顔が・・・・・・顔?」

 意外な告白の内容に、思わずイリーナを二度見してしまう。
 え、もしかして「お前の顔が好きだから」なんて言ったの? それでドキッとしてOKしちゃったの、この人?
 なんか凄い心配しそうになる告白の仕方なんだけど。「君の全てが好きだ」って雑に言うより心配だ。

 「あー・・・・・・いいのか、それで?」
 「はい。あの人はこの顔を・・・・・・能面のように変化の少ないこの顔を好きだと言ってくださいました」

 自覚しちゃってたよ、自分の表情が少なくて能面みたいだってこと・・・・・・。

 「前の夫は私の全てが好きだと言ってくれました。しかし時間が経つにつれて、『もう少し笑えないのか?』と言われるようになってしまい・・・・・・あの方も違うとは言い切れませんが、全てをと言われるより、私のこの顔を好きだと言ってくださったガーランド様と、お付き合いしてみようと思います」

 すでに元旦那が前科持ちだったか・・・・・・ま、そういうのもあり、か?
 とりあえず本人がいいなら別にいいかと、納得することにした。まぁ、多少は一緒に生活した仲だし、性格も含めての告白だとは思うから心配はないだろう・・・・・・多分。

 「それじゃあ、これからどうするつもりだ?」
 「・・・・・・どうするとは?」

 俺の問いかけに、いつもの能面に戻るイリーナ。

 「言っただろ? 『好きにしていい』って。ここを出てガーランドのところへ行くか?」

 イリーナは顎に手を当てて何か考え込み、顔を上げた。
 そして・・・・・・

 「・・・・・・申し訳ございません」

 頭を深々と下げる。
 そうだろうな。いくら歳を取ったお婆ちゃんと言っても、結局は好きな男の近くにいたいってわけだ。
 それだけなんだから謝らなくていいのに。

 「これからの生涯を旦那様にお仕えしようと決心したばかりだというのに・・・・・・どうしていいか、判断に困っています」

 ・・・・・・あれ? どうやら決心が鈍っていただけのようだった。

 「俺はそれ、初耳なんだけど。まぁ、別にいいんじゃないか? 何がなんでも仕えてなくちゃならない理由なんてないんだし。それにこっちには他に家政婦さんが四人もいるんだ。効率が多少落ちたところで問題ないだろ」

 その四人とはノワール、ココア、ウル、ルウのことだ。
 ノワールとココアに至っては最近、魔術とか念力っぽい力でガチ掃除してるし・・・・・・。

 「それともあれか? 本当は寂しくなったとか・・・・・・なんて言ったりしてな」
 「・・・・・・その通りかもしれませんね」
 「え?」

 軽口で言った言葉に意外な返答で返されてしまい、思わず驚きの声を出してしまった。
 だっていくら俺が感情を読めるって言っても、わずかな挙動から予想するくらいしかできないし。この人ほぼポーカーフェイスだし。
 そのいつも何を考えているかわからない人が、素直に、っていうには曖昧だが、自らの心を明かしてきたのだ。

 「このお屋敷は賑やかですから。それに旦那様とランカ様、ペルディア様の組み合わせを見ていると、向こうにいた時の記憶が蘇り、仕方なく懐かしく感じるのです・・・・・・」

 俺とランカとペルディアが? その組み合わせのよくある光景と言ったら、俺とランカが口喧嘩して、ペルディアが仲裁に入って主に俺をなだめるような感じなのだが・・・・・・そういえばイリーナにも孫がいたと言っていたから、その辺りだろう。

 「ならどうする? 一応あんたはまだ学園の生徒なんだ。少なくとも来年までの数ヶ月は通わなきゃならないんだし、その間だけでもここにいる、なんて選択肢もある。もちろんガーランドのところに言っても俺やノワールが迎えに行けるし、問題はないぞ」

 後半の言葉に、イリーナの目がわずかに動揺したのがわかった。
 顔を下に俯けさせ、迷っている。

 「甘えても、よいのでしょうか?旦那様が……アヤト様が今おっしゃったように、残りの時間をここで働かせていただきながらガーランド様にお会いになろうと思っていますので、迷惑をおかけするかもしれませんが……」

 イリーナの戸惑いながら言ったその言葉に、俺は笑ってもう一度言ってみせる。

 「迷惑なんて考えなくていいさ。言ってくれれば空間魔術で繋げておくし、好きにしていい」

 ーーーー

 俺の言葉を聞いたイリーナは、早速と言わんばかりに荷物をまとめ、もう一度空間魔術で裂け目を作って繋げたその中へ颯爽と消えてしまった。
 少なくとも卒業するまではメイドを続けるようなので、学生服などの最低限の着替えは残しているようだが……その行動の早さに苦笑いで見送ってしまう。

 「行ってしまいましたね」

 と、俺のよこでノワールも感慨深そうに呟く。

 「意外だな。ノワールも寂しかったりするか?」

 まだ数ヶ月はいるとは思うが、それ以降はきっといなくなるだろう。
 嫁ぐ女がいつまでも他人の家に居座るわけもないしな。

 「私が? まさか……ですが、人に仕える者として、あそこまで出来上がった人間も珍しかったので、惜しくはありますね。今まで良い見本とさせていただきました」

 俺が茶化して言った言葉に、そう言って優しく微笑むノワール。今日は珍しい表情がよく見れる日だな。

 「イリーナが抜けて困ることはないか?」
 「あれほど完璧に掃除はできない、という問題以外は特に。時間の問題も、影たちを使えばすぐに終わりますので」

 その光景をカイトが見たら発狂しそうだな、なんて思って笑いつつその部屋から出る。

 「おやすみ、ノワール。俺もそろそろ明日の学園に向けて寝るとするよ。ああ、さっきも言った通り、数ヶ月の間はイリーナの迎えを頼んだ」
 「かしこまりました。ではごゆっくりお休みくださいませ」

 日常は常に変化している。
 些細なことから大きなことまで。
 イリーナがこの屋敷の一員として馴染み始めて間もなく、そのうちいなくなってしまうという確信。
 全く会えなくなってしまったわけでなくとも、数ヶ月後にはそれがなくなってしまうと思うと、いつもと違う風景に寂しさを感じてしまう。
 俺がこの世界へ来て、家族やユウキに会えなくなってしまった時に近い感じ。
 しかしこの気持ちもそのうち風化するだろう、全ては慣れだ。
 だなんて、一度親しくなった者が相手の方から離れて行ってしまうという慣れない状況の中で自分にそう言い聞かせながら、何も知らないメアたちと共に床に就いて眠った。
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