210 / 303
武人祭
赤飯
しおりを挟む「おめでとさん」
ガーランドが話をしたいと言って残してきたイリーナが、繋げたままの裂け目から帰ってきた表情を見て「おかえり」よりも先にその言葉を口にした。
とりあえず二人になって話を聞きたかったので、使われていない書斎に移動した。
「・・・・・・知っていたのですか?」
「何を?」
イリーナの問いに、ニヤリといやらしく笑いながら聞き返してしまう。
すると何を思い出したのか、眉をひそめたしかめっ面になりながら顔を真っ赤にするイリーナ。いつもの能面が見る影もなく崩れているから、ついからかいたくなってしまう。
「ですから、ガーランド様が私にこ、好意を持っていたことに・・・・・・?」
照れつつなぜか疑問形で首を傾げる。なんだこいつ・・・・・・表情に感情が付いただけで化けたな。
「知ってたっていうより、その場で理解した感じだ。俺自身、恋心がどんなんかはわかってないけど、兆候っていうのか? 人が人に恋をしてるってのは客観的な視点で見るとわかるんだよ」
例えるなら人が美味しそうに食べてるものを見て、「あれは美味いんだろうな」とは思えるが、俺はそれがどんな味なのかはわからない、といった感じだ。
「それで返事は?」
「・・・・・・」
イリーナは赤くした顔で小さく頷く。
「『ノワールノワール』」
言葉で呼びつつ念話でノワールを呼ぶと、扉が開けられ、そこにノワールが立っていた。
「お呼びですか、アヤト様」
最近、呼ばれたら直接空間を裂くのではなく、扉同士を繋げて出てくるという演出を気に入っている様子のノワール。
「どうやら今日の朝食は赤飯になりそうだ」
「おやおや、なるほどなるほど。ガーランドさんの想いが通じたというわけですね?」
ノワールもわざとらしく「クフフ」と笑ってそう言う。あ、そういえばガーランドにも、まだこいつの見張りが付いてたんだったな。
そんなことを思い出してるうちに、イリーナが頬を膨らませていじけていた。
恋をすると人が変わるとはよく聞くが、もはやキャラ崩壊どころかゲシュタルト崩壊にまで到達しそうだ。
「しかしガーランドがイリーナをねぇ?」
「はい、正面から好きと言ってくださいましたーー私の顔を」
「そうか、イリーナの顔が・・・・・・顔?」
意外な告白の内容に、思わずイリーナを二度見してしまう。
え、もしかして「お前の顔が好きだから」なんて言ったの? それでドキッとしてOKしちゃったの、この人?
なんか凄い心配しそうになる告白の仕方なんだけど。「君の全てが好きだ」って雑に言うより心配だ。
「あー・・・・・・いいのか、それで?」
「はい。あの人はこの顔を・・・・・・能面のように変化の少ないこの顔を好きだと言ってくださいました」
自覚しちゃってたよ、自分の表情が少なくて能面みたいだってこと・・・・・・。
「前の夫は私の全てが好きだと言ってくれました。しかし時間が経つにつれて、『もう少し笑えないのか?』と言われるようになってしまい・・・・・・あの方も違うとは言い切れませんが、全てをと言われるより、私のこの顔を好きだと言ってくださったガーランド様と、お付き合いしてみようと思います」
すでに元旦那が前科持ちだったか・・・・・・ま、そういうのもあり、か?
とりあえず本人がいいなら別にいいかと、納得することにした。まぁ、多少は一緒に生活した仲だし、性格も含めての告白だとは思うから心配はないだろう・・・・・・多分。
「それじゃあ、これからどうするつもりだ?」
「・・・・・・どうするとは?」
俺の問いかけに、いつもの能面に戻るイリーナ。
「言っただろ? 『好きにしていい』って。ここを出てガーランドのところへ行くか?」
イリーナは顎に手を当てて何か考え込み、顔を上げた。
そして・・・・・・
「・・・・・・申し訳ございません」
頭を深々と下げる。
そうだろうな。いくら歳を取ったお婆ちゃんと言っても、結局は好きな男の近くにいたいってわけだ。
それだけなんだから謝らなくていいのに。
「これからの生涯を旦那様にお仕えしようと決心したばかりだというのに・・・・・・どうしていいか、判断に困っています」
・・・・・・あれ? どうやら決心が鈍っていただけのようだった。
「俺はそれ、初耳なんだけど。まぁ、別にいいんじゃないか? 何がなんでも仕えてなくちゃならない理由なんてないんだし。それにこっちには他に家政婦さんが四人もいるんだ。効率が多少落ちたところで問題ないだろ」
その四人とはノワール、ココア、ウル、ルウのことだ。
ノワールとココアに至っては最近、魔術とか念力っぽい力でガチ掃除してるし・・・・・・。
「それともあれか? 本当は寂しくなったとか・・・・・・なんて言ったりしてな」
「・・・・・・その通りかもしれませんね」
「え?」
軽口で言った言葉に意外な返答で返されてしまい、思わず驚きの声を出してしまった。
だっていくら俺が感情を読めるって言っても、わずかな挙動から予想するくらいしかできないし。この人ほぼポーカーフェイスだし。
そのいつも何を考えているかわからない人が、素直に、っていうには曖昧だが、自らの心を明かしてきたのだ。
「このお屋敷は賑やかですから。それに旦那様とランカ様、ペルディア様の組み合わせを見ていると、向こうにいた時の記憶が蘇り、仕方なく懐かしく感じるのです・・・・・・」
俺とランカとペルディアが? その組み合わせのよくある光景と言ったら、俺とランカが口喧嘩して、ペルディアが仲裁に入って主に俺をなだめるような感じなのだが・・・・・・そういえばイリーナにも孫がいたと言っていたから、その辺りだろう。
「ならどうする? 一応あんたはまだ学園の生徒なんだ。少なくとも来年までの数ヶ月は通わなきゃならないんだし、その間だけでもここにいる、なんて選択肢もある。もちろんガーランドのところに言っても俺やノワールが迎えに行けるし、問題はないぞ」
後半の言葉に、イリーナの目がわずかに動揺したのがわかった。
顔を下に俯けさせ、迷っている。
「甘えても、よいのでしょうか?旦那様が……アヤト様が今おっしゃったように、残りの時間をここで働かせていただきながらガーランド様にお会いになろうと思っていますので、迷惑をおかけするかもしれませんが……」
イリーナの戸惑いながら言ったその言葉に、俺は笑ってもう一度言ってみせる。
「迷惑なんて考えなくていいさ。言ってくれれば空間魔術で繋げておくし、好きにしていい」
ーーーー
俺の言葉を聞いたイリーナは、早速と言わんばかりに荷物をまとめ、もう一度空間魔術で裂け目を作って繋げたその中へ颯爽と消えてしまった。
少なくとも卒業するまではメイドを続けるようなので、学生服などの最低限の着替えは残しているようだが……その行動の早さに苦笑いで見送ってしまう。
「行ってしまいましたね」
と、俺のよこでノワールも感慨深そうに呟く。
「意外だな。ノワールも寂しかったりするか?」
まだ数ヶ月はいるとは思うが、それ以降はきっといなくなるだろう。
嫁ぐ女がいつまでも他人の家に居座るわけもないしな。
「私が? まさか……ですが、人に仕える者として、あそこまで出来上がった人間も珍しかったので、惜しくはありますね。今まで良い見本とさせていただきました」
俺が茶化して言った言葉に、そう言って優しく微笑むノワール。今日は珍しい表情がよく見れる日だな。
「イリーナが抜けて困ることはないか?」
「あれほど完璧に掃除はできない、という問題以外は特に。時間の問題も、影たちを使えばすぐに終わりますので」
その光景をカイトが見たら発狂しそうだな、なんて思って笑いつつその部屋から出る。
「おやすみ、ノワール。俺もそろそろ明日の学園に向けて寝るとするよ。ああ、さっきも言った通り、数ヶ月の間はイリーナの迎えを頼んだ」
「かしこまりました。ではごゆっくりお休みくださいませ」
日常は常に変化している。
些細なことから大きなことまで。
イリーナがこの屋敷の一員として馴染み始めて間もなく、そのうちいなくなってしまうという確信。
全く会えなくなってしまったわけでなくとも、数ヶ月後にはそれがなくなってしまうと思うと、いつもと違う風景に寂しさを感じてしまう。
俺がこの世界へ来て、家族やユウキに会えなくなってしまった時に近い感じ。
しかしこの気持ちもそのうち風化するだろう、全ては慣れだ。
だなんて、一度親しくなった者が相手の方から離れて行ってしまうという慣れない状況の中で自分にそう言い聞かせながら、何も知らないメアたちと共に床に就いて眠った。
0
お気に入りに追加
7,074
あなたにおすすめの小説
妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします
リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。
違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。
真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。
──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。
大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。
いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ!
淑女の時間は終わりました。
これからは──ブチギレタイムと致します!!
======
筆者定番の勢いだけで書いた小説。
主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。
処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。
矛盾点とか指摘したら負けです(?)
何でもオッケーな心の広い方向けです。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~
黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。
イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜
和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`)
https://twitter.com/tobari_kaoru
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに……
なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。
なぜ、私だけにこんなに執着するのか。
私は間も無く死んでしまう。
どうか、私のことは忘れて……。
だから私は、あえて言うの。
バイバイって。
死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。
<登場人物>
矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望
悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司
山田:清に仕えるスーパー執事
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。