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武人祭
お願いだから気にして
しおりを挟む「・・・・・・ねぇ」
俺の横に並んでいるフィーナが呼びかけてくる。その表情は呆れたようにジト目になり、誰もいない正面へ向けていた。
「なんだ?」
「なんであたしたち、こうなってるの?」
不機嫌そうにそう言うフィーナは、頑なにもこっちを見ようとしない様子だった。
原因は単純なものだ。フィーナが言っている、俺たちが置かれているこの状況を見れば、誰もが納得するだろう。
俺たちは今ーー同じ風呂に入っている。
なんでそんな事になってるのかって? それはね・・・・・・
「俺が先に入ってるっつってんのに、お前が無理矢理入って来たんだろうが」
そう、俺は確かに離れてはいたが、聞こえるくらいには大きな声を発したはずだ。
にも関わらずフィーナは、恥ずかしげもなく全裸で入ってきて「嫌だったら出れば?」と言い放ったのである。
しかし俺は入ったばかりというのと、このまま出るとフィーナに言い負かされた気がしそうなので、結局出ることはなく、フィーナとこうしているのだ。
「というか、なんで隣なんだよ。ここ広いんだし、こんな隅っこに来る必要ねえじゃねえか」
「ここ、あたしの定位置なのよ。わかったら退いてくれないかしら?」
「悪いな、ここ先着順なんだ。だから退く気はない」
俺の態度にムカついたのか、肩で体当たりしてくるフィーナ。それでも俺は屈しない。
「まぁ、ゆっくり話すいい機会だ。こういうのも悪くないだろ」
「・・・・・・何の話があるって言うの?」
フィーナが嫌々な顔をしながら、視線だけを俺の方へ向ける。
「そんな顔するなって。ちょっとした世間話でもしようかなと」
「世間話、ね・・・・・・」
「お前、ペルディアにべったりって言う割には、あまり一緒にいるところ見ないよな。たまにならべっとりしてるけど」
「べっとりって何よ!? 人を汚れみたいに言わないでくれる!? 」
キレっキレなツッコミをするフィーナ。しかしその勢いで互いが裸であることを忘れて俺を見たフィーナは、頬を赤くしてまた顔を逸らしてしまった。
自分の裸は見せても恥ずかしくないのに、俺を見るのは恥ずかしいのか?
「・・・・・・私も最近気付いたんだけど、魔城にいた時はペルディア様だけが私の味方で、唯一頼りになるお方だったのよ。魔族に仲間意識がある奴なんて珍しいし・・・・・・でもこっちに来てからは、そんなこと気にしない連中に次から次へと話しかけられてくっ付かれるのよ。知ってる? ウルとルウなんて、一度文字を教えたからって、ずっとあたしにぺったり付いてくるのよ?」
話すにつれてその時のことを思い出したのか、笑顔で語るフィーナ。
その嬉しそうな様子に、俺も口角が上がってしまう。
「まるでペルディアが話してたフィーナと似てるじゃないか」
「は? どこが?」
「雛鳥っぽいとこ」
「うるさい」
静かに怒るフィーナ。
すると脱衣場の方で、ガタンと音が鳴る。誰かが入ってきたようだ。
「フンフンフフンフーン♪ フーッハッハッハハッハッハ♪」
「どんな鼻歌を歌っているんだ、お前は・・・・・・」
バカみたいな鼻歌を歌いながらそこにいる人物は恐らくランカ、そしてそれにツッコミを入れたのがペルディアだというのが、声の感じでわかった。
「おーい、お前ら! 俺がもう入ってるんだけど」
「はい、知ってます」
ついには風呂の扉も当然の如く開けて入ってきたランカ。ペルディアもちょっと顔を赤くはしているが、あとに続いて普通に入ってくる。
「ねえ、なんなの? 確かに今は時間的に男女どっちでもいいってことになってるけど、普通男の先客がいたら遠慮するよな?」
ちなみに今、夜の十一時である。
「なんですか、今更恥ずかしがると思っているんですか? 言っておきますけど、あの神様と竜たちを除けば私が一番年長者なんですからね? そんな私に恥じらえなどと・・・・・・第一、あなただって私たちの裸を普通に見ているではありませんか」
だってペルディアは一応タオルで前を隠しているし、ランカは・・・・・・ねぇ?
という考えはとりあえず置いておく。
「お前が遥か昔に犬の餌にした羞恥心とプライドなんてどうでもいいんだよ。俺の言ってる遠慮ってのは、相手を気遣えって意味だよ。ってことで出てけ。風呂が狭くなる」
「こんだけ広過ぎると言えるお風呂を前に何ほざいてやがるんですか、この人は!? それにもうフィーナさんが入っているではないですか! なのに私たちはダメなんですか!?」
「勘違いするな、フィーナとペルディアはいい。だがランカ、テメーはダメだ」
「喧嘩を売ってるんですねそうですね!? もう意地でも出ませんから!」
そう言って頬を膨らませ、ペルディア共々シャワーの方へ行くランカ。
本気で思ってるわけじゃないから止めはしないが、やはり溜め息が出てしまう。
ーーーー
「ーーというわけで、私は言ってやったわけですよ! 『よくぞここまで辿り着いたな、勇者よ。対局に位置する光と闇、今こそ決着を付けようではないか!』・・・・・・と!」
ランカが魔王引退直前の話で勝手に盛り上がっている間、俺たちは俺たちで話をしていた。
「そういや、ペルディアは服は大丈夫か? 前にシャードたちと一緒に行かなかったみたいだが」
「ああ、私はフィーナのようなスキルが使えないからな。しかし代わりにレナや他の者が数着買ってきてくれたからな。問題はない」
申し訳なさそうに笑うペルディア。
「遠慮しなくていいんですよ、ペルディア様? 欲しいものがあればあたしが買ってきますし、お金もこいつが勝手に稼いできてくれるので心配ありませんから!」
フィーナが屈託ない笑みでそう言い放つ。
流石に調子に乗り過ぎなので、フィーナの頬をつねりながらペルディアの方を向く。
「まぁ、フィーナに言われたのは癪だけど、実際遠慮しなくていい。亜人だったりするならまだいいが、魔族だと行動しにくいしな。できることはしてやるよ」
そう言いながらつねっているフィーナの頬が柔らかかくて、いじっているうちに段々楽しくなってしまっていた。
するとペルディアが寄り添うようにくっ付き、肩に頭を置いてくる。
「優し過ぎるぞ、アヤト。亜人ならまだしも、私たち魔族にも分け隔てなくその優しさを与えてくれる・・・・・・メアには悪いが、初めて会った時の話を本気にしてしまいそうになる」
初めて会った時? ・・・・・・あの時って何を話したっけ?
「『愛を育むのであれば、お前のような男がいい』」
「むぅ!?」
確認のためか、ペルディアが唐突にそう言った。すると俺に頬をつねられているフィーナが何かを抗議したそうに唸るが、何を言っているかわからない。
って、「もうお前ら結婚しちまえよ」って言った、あの冗談話のことか?
確かにあの時、ペルディアはそう言っていたが・・・・・・それってつまり?
するとペルディアが、フィーナをつねっている俺の腕に絡み付いてくる。
「惚れてしまった、というわけだ」
「うむぅーッ!」
ペルディアが頬を赤らめて発したその言葉に、フィーナが手刀で俺の手を払い除けた。おっ、鋭い。
「何誑かそうとしてんのよ!? この・・・・・・」
何を言おうとしているのか、フィーナが息を大きく吸い込む。
「朴念仁のくせに天然タラシで恋愛とかわからないって言ってるくせにメアたちと恋人になってイチャイチャしてばっかりだし他の女にも手当り次第に優しくして勘違いさせてその上私のペルディア様まで盗ろうとするとか・・・・・・もう!!」
鬱憤を晴らすように、溜め込んでいた感情を一気に吐き出したフィーナ。その剣幕に一人盛り上がっていたランカですら唖然として固まっている。
そんな様子のフィーナに、ペルディアが抱き寄せる。その耳元で小さく呟いた。
「・・・・・・安心しろ、お前にもチャンスはあるさ」
「ッ!?」
ペルディアの言葉の意味を俺は理解できなかったが、理解したフィーナは顔を真っ赤にする。
もじもじしながら俺を見るその様子はまるでーーあれ?
人が人に恋をしている様は自分が理解するよりも簡単で、傍から見ればわかる。
そしてフィーナの「ソレ」は、まさに該当していた。
これじゃあ、まるで本当にフィーナが俺にーー
するとそのタイミングで扉がまた勢いよく開けられ、そこにいたのはミーナ、ヘレナ、シャード、ラピィ、セレスだった。
「邪魔をさせてもらうよ、アヤト君」
「ん、邪魔」
「告。裸の付き合いをしましょう」
「私も私も! うわー、本当に傷だらけだね、アヤトの体って」
「本当に痛々しいわねぇ・・・・・・」
あのね? お願いだからみんな、俺のこと気にしてくれない? 俺もれっきとした男だから。
頭の中でツッコんでいると、そのメンバーであることに気付く。
「あれ、メアは?」
俺の問いにシャードが答えてくれる。
「ああ、メア君ならさっき、『アヤトと入るなんて俺には無理だ!』と言って飛び出してしまったぞ」
「そうか・・・・・・」
メアが数少ない常識人であることにホッとすると共に、恋人であるメアがそれをしなくていいのかとも思ってしまった。
ただどっちにしても、結構な時間湯船に浸かってしまっているので、俺もそろそろ出ようと思う。
「ま、ゆっくりしていってくれ。俺はそろそろ上がるから」
そう言って立ち上がると、全員が驚いた表情をして一気に固まる。その視線は全て俺の下半身へと集中していた。
あ、やべ。まさかこうなるとは思ってなかったから、タオル置いてきちまってた。
あまり見られるのもいい気分ではないので、さっさと脱衣場の方へと行き、扉を閉める。
すると同時にーー
「「えぇっ!?」」
一斉にほぼ全員の驚いた声が響き渡る。
中からはラピィの「な、何あれ!? デカ過ぎでしょ!」と聞こえてきたが、結局何に驚いているのかよくわからなかった。
それからしばらくの間、あの風呂場に居合わせた奴らのほとんどが、何故か俺と距離を置くようになり、ミーナですら恥ずかしがって迷っているように見えた。
変わらないのはヘレナと、その場から逃げ出していなかったメアぐらいだ。
逆にペルディアとの距離が縮まっていたが、それはあの言葉が本気だからだろうか?
そしてフィーナは、距離感はともかく、あれからも何かが変わったという様子もなく過ごしている。
あの時のフィーナの様子はもしかしたらただの思い過ごしかもしれないし、そうでなかったとしても俺から言えることは何もない。言う権利がないんだ。
だから、恐らくこの先何かが起こるかもしれないという予感をしつつ、俺もいつも通りに過ごさせてもらうことにした。
とりあえず今回学んだ教訓は・・・・・・今度から時間外に風呂に入る時は鍵をかけようと思う。
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