異世界でも目が腐ってるからなんですか?

萩場ぬし

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5章

10話目 中編 喰らい破壊する

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 若干険悪な空気になっていたマカと骸骨だったが、骸骨がふと自分たちを見るヤタの存在に気付き、頭を下げる。
 彼は過去にヤタたちと戦い動く死体となり、強制的に最初の眷属となった男、リンネスだった。

「王よ、ご所望はこちらでしょうか?」

 そう言うと骸骨の影が広がり、そこからアビスゲート同様に何かが出てくる。
 肉の腐ったゾンビ、何も身にまとっていない骸骨などそれぞれの人型や犬型をした魔物が次々と現れた。
 それはかつてリンネスと呼ばれていた骸骨が人間の賊や魔物を襲い、ヤタが自らにしたようにウイルスを感染させていった者たちだった。

「ま……魔物だぁぁぁっ!」

 周囲の貴族と呼ばれる上級階級に属する人々の中で一人がそう叫ぶと、次第に混乱は伝染して他の者も騒ぎ始める。
 その間にも魔物の群れはさらに増え続け、ついには王国騎士団が開けたままにしていた扉の外にまで溢れた。

「ずいぶん多いのう」
「私が賊など罪を侵した者に限定して増やしましたが……それほどまでにどこにでもいるということですよ、元の私のような腐った人間は」

 達観したようにそう言う骸骨の影からは未だに魔物が溢れ出る。
 それを今まで見ていただけだったヤタが動き出す。

「化身《アバター》」

 アビスゲート同様にヤタが一言発すると、リンネスの影から出てくる魔物全員がヤタの方へ振り向く。
 一番近くの骸骨がヤタへと手を伸ばし、接触したところから泥に埋まるように取り込まれていく。
 それからは他の魔物も押し寄せるようにヤタの周りへと群がり、次々と取り込まれていった。
 そして次第にヤタの体は膨張し、直径三メートルほどの黒く大きな球体へと変化する。
 何が起きているのか理解できずにいる者たちは呆然としていた。
 ある者は恐怖で驚愕し、ある者は主の覚醒を待つため沈黙し、ある者はただ傍観する。
 そんな中、球体に変化が起きた。

 ――ゴキン

 何かが折れるような奇妙な音と共に、球体の形が大きく変化する。

「……これは……夢だ……」

 一人がそう呟く。
 球体から現れたのは枝分かれして太く伸びた触手状の「ナニカ」。
 五本ほど現れ、人々の目の前まで迫ったソレの先端から根元までギョロリと多数の目が開かれる。

【アハハハハ、見てみろよ!コイツアホ面してるぜ!】
「……!?」

 突然聞こえる声。
 それは未だ成長途中の男子学生ほどの声質をしていた。
 しかも誰かが声を発しているというよりも、それぞれの頭に直接響いているような感覚を誰もが感じていた。

【気持ち悪い、死んじゃえばいいのに!】

 今度は女子学生の声。
 明らかに悪意の込められたものだった。

【おい見ろよ!コイツ震えるぜ、ダッセー!ハハハハハッ!】
【ねぇ、こういうことされて嬉しいんでしょ?キモッ……キャッハハハハハハハ!】
【ホントに同じ人間かよ、コイツ?】
【その腐った目で俺らを見んなよ、こっちまで腐っちまうだろうが!】

 罵倒、蔑み、嫌悪、嘲笑。
 それは全てヤタが今まで過去に受けてきた罵詈雑言の言葉だった。

「も、もう嫌だ……もうこんな化け物のいるところにいたくないッ!」

 精神が限界に達した男がその場を立ち去ろうとする。
 するとギョロギョロと動く目の視線が全てその者を捉えた。

【コイツ逃げようとしてるぜ!】
【病原菌が逃げるぞ!捕まえろ捕まえろ!】
【【キャッハハハハハハハ!!】】

 逃げ出そうとする男に枝分かれしたアバターが襲いかかる。

「あ……うわぁぁぁぁっ!?」

 響く男の断末魔。
 しかし頭を抱えて塞ぎ込んだ彼は五体満足であり、間に数人の男女が武器を持ってアバターを押さえ込んでいた。

「《主よ、凍てつく氷で時を止めろ――氷柱回廊》」

 ほぼ同時に奇跡が発動し、アバターとなったヤタを透明な氷塊が包み込む。
 それは本当に時が止められたかのような光景だった。

「お父様、彼らは……?」
「お前も聞いたことがあるだろう、この国で選りすぐりの実力を持った冒険者だ。こんなこともあろうかと招集しておいたのさ」
「おぉ……では彼らがいればあの化け物も!」

 先程まで焦燥していたエルゼが勝機を見出して笑みを浮かべる。だがルドは喜ぶ様子もなく、呆れるように溜め息を吐いた。

「いいや、無理だろう。足止めにすらきっとならない」
「え……」
「言っただろう、アレは化け物と呼ぶに相応しい何かだと――」

 ――バクンッ

 ルドがそう言うと同時に氷塊に閉じ込められたアバターから音が聞こえ、覆っていた氷塊が一瞬で消える。

「嘘……」
「その化け物には奇跡が効かない!奇跡以外で攻撃しろ!」

 奇跡を放った女性が戸惑っていると、周囲から野次のような言葉が投げられた。
 起こった事象と野次により焦る冒険者たちがアバターに向けて斬り掛かる。
 その光景を見たルドが不敵な笑みを浮かべた。

「かの有名な『剣聖マルス』や『拳魔ルフィス』でさえ勝敗はわからないぞ?」
「そんな……まさか……」

 嬉しそうに言うルドとは逆に畏怖の表情を浮かべるエルゼ。
 その視線の先ではすでに冒険者の者たち全員、腕や足を残して消えていた。

「クソッ、クソッ!こんなところで――ぎゃっ!」
「誰か……誰かいないのか!? 誰でもいいからワシを助け――グギャ!」

 スイッチが入ったかのように次々と人を襲い始めるアバター。
 大広間の中はもはや地獄と化してしまっていた。

「こんな……これは本当に現実なのか……?」
「ああそうだ、エルゼ。これは現実だ。そしてこれから怒ることもな」

 ――ズブ

「え……?」

 エルゼは妙な衝撃と違和感を覚えた。
 気付けばエルゼの背後にルドが立っており、彼女の背中にナイフを突き刺していた。

「エルゼよ、お前は本当に可愛くて愚かだな……」
「お父、様……何を……?」

 吐血しよろめくエルゼ。その彼女をトドメと言わんばかりにルドが突き落とす。
 その時のルドの表情はとても娘に向けるようなものではない歪んだ笑みを浮かべていた。
 立て続けに何が起きたか理解が追い付かないエルゼの背後では大口を開けて彼女を喰らおうとするアバターが迫る。

 ――バクン

 エルゼは丸呑みにされ、その口はそのままルドを捉える。

「……十分な成果だ。まさかこれほどの副産物に仕上がるとは……

 そう言うルドの目はすでに正気ではなくなっており、まるで化け物に食われることを自ら迎え入れるように両手を広げた。

 ――バクン
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