上 下
119 / 196
4章

1話目 中編 肩身が狭い

しおりを挟む
 猫の名前も決まったところでレチアたちは宿屋の朝食を食べに行き、俺は先にチェスターの元へ向かった。
 その道中、ふとあることを考えていた。
 モルモットにされて散々弄られ、元の姿から大きく変わってしまったイクナだが、チェスターに頼めば元に戻れる可能性があるのではないかと。

「……まぁ、それはもう少し見極めてからにするか」

 イクナのことに関しては慎重にならなくては。
 もし彼女の見た目があの姿だと周囲にバレでもしたら魔物と間違えられて討伐なんて話になりかねないからな。
 いくら俺の体のことを教えた仲だとしても、簡単に教えられるほど軽い問題じゃない。
 こういうのは焦らない方がいいってのが相場が決まってる。
 そんなことを考えてるうちに、いつの間にかチェスターの研究所の前に辿り着いていた。
 そう、焦らずゆっくり見極めればいいさ。
 まだ眠さがあるのかあくびをしながら扉を開き、中にいるチェスターとメリーに視線を配る。

「うす」

 すでにこっちを見ていた二人に対して短い挨拶をする。

「おはよ……相変わらず今日も目が淀んでるね……」

 最初に声をかけてきたのは濃色をした瞳とボサボサの髪をしたスタイル抜群の美少女(仮)、メリーだった。
 相変わらず目の下のクマと薄ら笑いで美少女具合を台無しにしている。

「うるせーよ。今までで目が綺麗になったことなんて一度もねえから期待すんな。むしろこの状態を何十年も維持し続けてきたんだ、ヴィンテージものだろ」

 若干のあくびを混じえながら屁理屈を並べる。

「何の役にも立たないヴィンテージとかウケる……」
「役に立たないとか言うなよ、泣くぞ」

 最初に出会った頃は俺にもあまり話しかけて来ないコミュ障の無害な少女だったはずなのに、少しずつ慣れてきたせいか段々と遠慮がなくなっているのである。

「それに役には立ってる。人に話しかけられたくない時にグラサン取っておくとあまり話しかけられないからな!」
「でも衛兵の人には話しかけられるんでしょ?悪い意味で……」

 本当にメリーの言う通りである。
 酷くない?たかがグラサン外して素目を晒しただけなのに職務質問率が上がるとか……
 実は俺の目に加護みたいな特殊能力が付いてるとかない?むしろあってくれた方が俺としては何かのせいにできて心が救われるんだけど。ないですよね、そうですよね……
 いや気にしてないよ?
 ちょっと目から汗が出てきそうになるだけで泣くような内容じゃない。

「んじゃ、今日は何をすればいいんだ?」

 自分の机に向かってブツブツ呟くチェスターに話しかけると、ハッとしてこっちを向いた。

「……ん?どうしたんだ?」

 何かを思い詰めていたようなチェスターのらしくない反応に、俺は眉をひそめて聞いてみた。
 少しだけ……ほんの少ーしだけ心配をしてみたのだが、しかし次の言葉でそんな必要はなかったのだとわかった。

「何でもありません。そうですね、まずは……うちの娘のことはそろそろ考えてくれましたか?」

 ガリガリにやせ細った男、チェスター。
 いつもなら「ひゃーひゃっひゃっひゃっひゃ!」みたいな奇声で笑ったりするのがデフォルトだが、たまにこうやって爽やか笑顔でとんでもないことを言い放つ時がある。今がその時だ。
 ちなみにその考えというのは、俺がメリーに子供を産ませてくれないかという話なのだ。
 更に言えば恋人とか夫婦になれという話の内容ではなく、本当にただ「産ませる」だけ。実験の材料にしたいのだ、この親子は。
 前にも一度、その話を持ちかけられていたのだが俺のヘタレ精神で断ることも頷くこともせずただ今保留中状態にしてもらっている。
 メリーは一応とはいえ美人の部類に入るし、スタイルだって大半の男が目を奪われるプロポーションをしている。
 人によっては喜んで頷くだろうけど、俺としてはそういう行為だけをして「はいさよなら」はしたくない。
 するならちゃんと相手を好きになって生涯を、と考えている。
 だから断らねばならない。ならないのだが……!
 如何せん恥ずかしながら私、八咫来瀬は童貞である。
 しかも相手は残念美人。「残念な美人」ではなく「残念とはいえ美人」なのだ。
 それが足を引っ張ってか、「チャンスかも?」と思えてしまえるその相談をそうそう簡単に切り捨てることができないでいる。

「ほらほら……もし君がその首を縦に振ったら、この体を好きにしていいんだよ……?」

 いつの間にか目の前まで近付いて来ていたメリーが自分のスイカ並に大きな双丘を両手で持ち上げ、これ見よがしにタプンタプンと大きく揺らしてくる。
 おいやめろ、そうやって童貞を誘惑するんじゃない!恥ずかしくて固まっちゃうでしょーが!
 ……いや、これは体全体がって意味で、どこか一部がって卑猥な意味じゃないからね?深い意味はないよ?

「だからやめろって!そういうのは好きな奴が相手にやれよ。いくら実験のためとはいえ、好きでもない奴となんて――」
「い、いいの?私……しょ、処女だけど……」

 俺の言葉を遮って、これまたとんでもない爆弾発言をしたメリー。
 おい、これはどう反応したらいいんだ?童貞じゃない皆さん教えてください。

「私は専門外だから聞きかじったことだけど……男は女が処女だと喜ぶって聞いたことある……き、君はそうじゃないの?」

 顔を赤くしたメリーが上目遣いでそう聞いてくる。
 正直に言うと、その時は本当にかなり可愛いと思ってしまい、俺もう頷いちゃっていいんじゃね?ここでゴールしちゃっていいんじゃね?ともう一人の僕が囁いてきます。

「い……や、処女とか関係ない、から……」

 言葉を詰まらせながらもそう答えた。
 どもるなよ、俺。
 これじゃあ肯定してるように思われる……うん、もう遅いわ。
 チェスターも頬を赤くしたメリーも似たような薄ら笑いを浮かべて俺を見ていた。

「…………ああそうだよ!ちょっとだけいいなと思っちまったよちくしょう!」
「認めたね、パパ」
「ああ。しかも誤魔化そうと声まで荒らげて……見苦しいな」
「見苦しいね」

 もうやだ、この親子……

――――

 チェスターのとこでの実験、もとい検査が昼頃に終わった俺は依頼を受けるべく、レチアたちを連れて連合へと来ていた。
 しかし扉の向こうがいつもより騒がしい気がする。

「……なんか騒がしくないか?」
「二?……ホント二、中が騒がしいけど一体何が――」

 レチアも気になったようで、連合の扉を開いて中に入っていく。
 俺もその後に続いて入ると、中では熱気に似た男たちの歓声がすぐに耳に入った。
 見たところ広い場所で男たちが何かを囲んでいるようだが……
 気になってみているとドッと男たちのテンションがより一層上がり、何かに興奮した様子だった。
 下品な会話……をしているにしては驚いたり感心してる声を出していたりしてるから違うっぽい。

「やぁ、今日も来たんだね」

 そこに金髪蒼眼のイケメンのマルスが来て声をかけてきた。
 その後ろには膨張したような筋肉をした上半身を裸のままにしている黒髪黒目のルフィスさんもいる。こっちもこっちで別の方向性で爽やか系のイケメンである。

「そりゃ俺のセリフだ。というか、よくお前らセットで見るけど、いつも一緒なの?まさかそういう関係なのか……?」

 レチアたちに「おはよう」と笑顔を振りまくマルスに、ちょっとしたからかいのつめりでそう言ってみた。
 だけど実際、前のグロロによる一件を除けば大体この二人に話しかけられる時は大体タイミングが重なる。
 もうマルスはルフィスさんの餌食になってるんじゃないかと推測。むしろこの二人がくっ付いてくれれば俺も狙われなくなって安泰じゃね?
 そんな希望を抱いた質問だったが、マルスは苦笑いしながら首を横に振って答える。

「残念だけど違うよ、君が考えてるような関係じゃない。ただパーティーが一緒だからか行動を共にすることは多いんだ」

 「残念だけど」って、まるで俺の考えを読んだかのような言い方をこいつにされるのは腹が立つ。
 でも本当に残念だ。いっそ後ろから襲われてしまえばいいのに。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

処理中です...