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1章

4話目 中編 腐ってやがる

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 ……なんて思ってからのつかの間。
 朝食も宿代に入っているとのことで飯にありつこうとしたのだが、食事場に行ったら再びララと会ってしまった。しかも他の席はこの宿に泊まってる人たちで埋まってしまっているようで、彼女と相席するしかないようだ。

「さっきぶり。ここ、失礼するぞ」

 俺が声をかけるとララはテーブルに置かれたスープを飲みながら頷く。
 他にもパン二つと薄く輪切りにされた肉三枚、そしてスープか。匂いだけでも美味そうだ。

「すいません」
「はーい、ご注文で――っ!?」

 店員の女性に声をかけると、俺と目を合わせた瞬間に顔を青ざめさせてしまう。

「この子と同じものを」
「……は、はいぃ……」

 ビクビクと体を震わせて、萎縮しながら店の奥に戻っていく。
 するとその数秒後にスキンヘッドの大男が怒りの形相でやって来て、俺を睨むように見下ろしてきた。
 着ているエプロンには「嫁Love」と書いてあったりしている。

「お前、俺の嫁に何しやがった?」
「……誰だ、お前の嫁って?」

 聞き返すと、大男は店の奥から怯えた表情でこっそり覗いてきている女性を顎で指し示した。

「何って……注文しただけだけど?」
「それであいつがあんなに怯えるかよ!大方、体のどっかでも触ろうとしたんじゃねえのか!?」

 禿げた頭を光らせて怒鳴る大男。あまりにも冤罪過ぎるでござる。
 なんで何もしてないのに怯えられた上に、根拠の無いイチャモンをつけられにゃならんのだ。

「それはあの人からそう聞いたんですか?」
「は?それはまだだが……」
「だったら聞いといてください。実際何もしてないのに悪者扱いされるのは嫌なんで」

 なるべく事を荒立てないように話を進めようとした。
 ここで騒ぎを起こして使えなくなったってなったら、俺は今後路頭に迷うことになるし、紹介してくれたフレディの面にも泥を塗っちまう。それらだけは避けたいんだが……

「そう言って誤魔化そうって魂胆か?そんなのに引っかかるかよ!」

 大男は怒号すると俺の胸ぐらを掴んで持ち上げた。人間を片手で軽々持ち上げるもかやべぇな……見た目通りの怪力の持ち主のようだ。
 さっき怯えて隠れてしまった女の人は……ああ、ダメだ。さらに怯えて出てこようともしてない。 こりゃ、一発……いや、何発かは確定コースかな。
 だけどこれでも、俺は理不尽な暴力を嫌というほど叩き込まれた過去がある。死なない程度に痛め付けられるくらいなら我慢……できるかな?
 あくまで殴られたことがあるのは学生時代やオヤジ狩りとかいう風習が流行り始めた時くらいで、相手はこんなにゴリマッチョじゃなかった。俺の胴体より太い腕で殴られてしまったら、一発だけでもミンチになってしまうのでは?と内心ヒヤヒヤしていた。
 だがもう俺にはどうしようもないので、死なないことを祈って、握り拳を後ろに引き絞っている大男に大人しく殴られることにした。
 ――しかし。

 「……?」

 恐怖で目を瞑って数秒、何も起こらないことに疑問を持った俺は恐る恐る片目を薄く開いて様子を窺う。
 そこには大男が今にも殴ろうとしていた拳を掴んで止めていたララの姿があった。

「……なんですかぃ、ララさん。まさかこの男を庇うのですかぃ?」

 急に表情と口調が変化した大男。その問いにララが頷くと、驚いた表情をしていた大男はすぐに訝しげなものとなり、何か言いたげに視線を彼女から俺に移してくる。
 今の言葉からこのララが、少なくともこの人と顔見知りであることには違いないようだ。
 「その顔に免じて」といった感じに事態が収集しそうなのだが……それだと後々困る気がする。ここはちゃんと誤解を解いておかないと。

「さっきも言った通り、俺は注文をしただけだ。なのにあんたの嫁は悲鳴を上げて逃げたんだよ。俺のこの目を見て気持ち悪いとでも思ったんじゃないのか?ついでに言うと、あんた自身もそう思ってるんじゃないのか?」
「……っ!」

 俺が睨みながらそう言うと、大男の胸ぐらを掴んでいた手から力が抜けてようやく地面に降り立つ。
 たしかにスキンヘッドの大男というのはそれだけで怖いが、腐った俺の目が睨めば負けちゃいないぜ?ああ、地面大好き……
 それはそうと、やっぱり図星だったらしく、俺の言ったことを否定せずに目を逸らされた。おい。
 「やっぱそう思ってたのかよ、このハゲ!」と声を大にして言いたいが、ここは我慢だ。
 大男の手も離れて息を整えると、周囲の客も合わせて膠着状態となってしまう。
 そこに新しい客が扉から入ってくる。フレディだった。

「おいおい、なんだか穏やかじゃねえな、大将?」

 眉を釣り上げ、笑ってそう言うフレディ。

「ふ、フレディさん!?これは……」
「大方、こいつの目に怖がった嫁を見て逆上でもしたんだろ?大切なのはいいが、少しはその早とちり直したらどうだ?」

 フレディはまるで今までのやり取りを最初から見ていたかのような物言いをし、ララの時よりも畏まった様子で頭を下げる大男の肩に手を置いて落ち着かせようとしていた。

「それは……」
「ったく、前にも似たようなことして怪我させてただろ?バカップルならぬバカ夫婦なのはいいが、やり過ぎると俺たちが動くハメになるって言っただろうが?」
「はい、本当にすいません……」

 フレディが体格差のある相手に説教をしている絵が何ともシュールに思えてしまう……
 すると説教を終えたフレディが、俺の方を見る。

「お前もお前だ。俺が紹介した店で早速騒ぎ起こすなよ……その調子じゃあ、連合本部に行った時にも|一悶着(ひともんちゃく)あったんじゃないか?」
「あんた、わかってて言ってるだろ……」

 そう言うとフレディはクスクスとバカにするように笑った。

「ところでお前らはパーティ組んでるのか?」

 騒動も一旦収まり、フレディも相席になりつつ食事を取ってるとそんなことを言われた。

「パーティ?」
「なんだ、そんなことも説明しなかったのか、お前を担当した奴は?」

 俺の聞き返しにフレディが呆れた口調と表情でそう言う。

「いいか、依頼をこなすにも一人じゃ限度がある。それを何とかするのが『パーティ制度』だ。依頼を受ける際に『誰と一緒に行くか』を登録し、達成した報酬を人数分分けるってやつだ」
「へぇ……ああ、それじゃあ、一昨日ララと一緒にいた奴らが?」

 問いかける代わりに視線を向けると、ララは頷く。どうやらあの時いた他三人がパーティを組んでいた奴らようだ。
 そういえばあいつらはどうなったんだろうか……?

「ま、そういうことだ。ただ今の説明だけだとデメリットしかないように思えるが、メリットもちゃんと存在するぜ?まずポイントが高くなる!」

 フレディは人差し指を立てて得意げに言う。しかしララはそんな話など興味無いかのように黙々と飯を口に入れていた。

「ポイント?何のだよ?」
「冒険者の登録はしに行っただろ?その時に受付から向こうの判断で階級が上がるって説明があったと思うんだが……ポイントってのは所謂向こうの印象だな」

 そこでフレディの食事が運ばれてきて、一旦言葉が区切られる。

「冒険者ってのは個人の強さもそうだが、いかに他者と連携を取れるかも大事になってくる。だからそのパーティで依頼を達成すれば、『私は他人と上手くやっていけますよ』という証明になって階級が上がりやすくなるって寸法よ」

 ニッヒッヒ!とイタズラをした少年のように笑うフレディ。楽しそうだな。

「そんで他にも、人数によっては自分たちの階級より一個上のランクのものを受けられるんだよ。それでさらにポイントゲットってな……って、おい!また料理の腕を上げたな!?」

 説明しつつ厨房辺りに叫ぶフレディ。忙しないというか、本当に楽しそうだな。

「……ま、だから安全に依頼を達成させたいなら、一人でやるよりは複数人誘ってやった方がいいって話なわけ」

 フレディの説明が終わったところで「ふーん」と関心の声を漏らしていると、ふとあることに気付く。

「……あれ?他には?」
「他?」

 口に運ぶ手を止め、キョトンとした顔をするフレディ。

「さっきの口ぶりだと他にもあるみたいなこと言ってたじゃねえか」
「あー……いや、忘れてくれ」
「いやいや、そう言われると尚更気になっちまうだろ……」

 俺が食事の手を緩めながらフレディを見続けていると、観念したのか手招きしてくる。
 元々囲いやすい丸いテーブルだったこともあり、椅子ごと移動して近付いてやると耳打ちされた。

「……運が良ければ、依頼って名目で美人とパーティが組めるって話。お前もわかっててこの子といるんじゃないのか?」
「んなわけあるかっ!」

 小声でそう言ってくるフレディに対し、俺も小声で返す。

「たしかに役得とも捉えられるが、それって下手すれば仲良かった奴らと仲違いしちまうかもしれねえじゃねえか!」

 大学のサークルクラッシャーとかなんとかよく聞くが、この場合パーティクラッシャーって名前が付きそう。

「ま、な……実際女絡みでいつも一緒だったパーティが解散した挙句、冒険者を引退しちまった奴もいたくらいだしな」
「だったら勧めるなよ……!」
「だから忘れてくれって言ってんじゃねえか!」

 なんて男二人でずっとコソコソ話していたせいか、周りからは別にコソコソ話が聞こえてきて、ララからは冷ややかな視線が送られてきていた。特に女性たちからは変な歓声が小さく上がっていたりしている。
 するとそこに、さっきまで俺を怖がっていた店主の嫁が俺に水を持ってきてくれた。

「えっと……ありがとうございます?」

 疑問形でそう言うと、ニッコリと笑みを浮かべた表情を俺に向けてくる。

「いえ、私の方こそ勝手に驚いてしまってごめんなさい……あなたのこと誤解してたみたい」

 そう言って申し訳なさそうに笑う女の人。そのまま言葉を続ける。

「『そっち』の趣味があったのなら、身の危険を感じる必要はありませんでしたね?」
「そっち……?」

 そっちってどっち?と聞こうとしたところで、女の人が俺と肩を組んでいるフレディの腕を指差す。
 ……まさか!?

「男同士……道のりは険しいでしょうが、応援してますね」
「「断じて違う!」」
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