上 下
138 / 196
4章

7話目 後編 ダンジョン

しおりを挟む
 ガカンの作業が珍しい……ってわけじゃないよな。最初からあまり興味無さそうだったし。
 ……あっ、もしかして?

「ガカン、もし素材にならないような魔物の肉の部分があったらイクナにやってくれるか?」
「魔物の肉をですか?別にいいですが……何に使うんで?」

 イクナが魔物の肉を食うことを知らないガカンは首を傾げる。
 そして差し出した魔物の肉を目の前で食べ始めたイクナを見て、ガカンの歪な顔がさらに崩壊していた。

「ま、待ってくだせぇ!そんなもん食ったら腹壊しちまう!」

 ハッと正気に戻り、心配したガカンが「ぺっですよ、ぺっ!」と吐き出すよう促していた。

「大丈夫、俺だけじゃなくイクナの体も特別製なんだ。だから問題ない」

 そう言ってガカンを落ち着かせる。
 ちなみにだが、ガカンにはイクナのフードの下を見せていない。
 多分あいつは亜種っぽい見た目のことなどは気にしないだろうけど、仲間にしたとはいえ元はチンピラの仲間だった奴だ。まだ信用するには早過ぎる。

「そ、そうですか?たしかに美味そうに食ってますが……せめて火を通した方がいいんじゃないですかね?」
「あー……まぁ、今までも生で食って何とも無かったんだし、いいんじゃないか?」

 ただしこのままだと口が臭くなるのでしっかりと念入りに歯を磨かせるけどな。

「……そろそろ帰るか。これだけ素材があれば今日は依頼をしなくても稼げただろ」
「へい!ここら辺の地域には生息しない魔物の素材は高値で売れますからね、これだけあれば一週間何もしなくても過ごせるくらいにはなりますよ!」

 そう言うガカンの横には綺麗に揃えられた魔物の素材があった。
 マジか、ダンジョンって本当にウマウマじゃねえか。
 残りの借金も、チェスターの依頼料金を待たずに返済できるんじゃねえか?
 そんな感じにウキウキしてると、ふとガカンの物思いに耽っているような顔が目に入った。

「どうしたんだ?」
「あ……いえね、旦那たちと行動し始めて数日経ったんですけど、ここまで優遇されたのは初めてだったんでちょっと感動してるんです……」

 彼の言葉を聞いて、俺は眉をひそめる。
 「優遇」なんて言われても、俺はガカンを特別扱いなんてしていない。むしろ雑用を多くやらせている上に依頼などの報酬の一割程度の金額しか渡していない。
 そういう面で言えば不遇とも思えるのだが……

「そんなに嬉しいもんか?」
「えぇ、そりゃあもう!」

 ガカンは声を張り上げて答える。

「……あっしはどこに行ってもどんなに頑張っても蔑まれて一日一食分を稼ぐのがやっと……ですが旦那のところに来てからは毎日三食の食事を奢ってもらってますし、報酬も別でちゃんと支払ってくれる……本当にもう、旦那のことは救いの神と思ってるくらいですから!」

 そう言って「へへへ」と笑うガカンに、俺はどうリアクションしていいのか迷った。
 神様とはまた大きく評価されたものだ。こんな目の腐った神なんぞ、誰にも信仰されずにすぐ廃れそう。

「まぁな。俺は飯を食わねえし、その分をお前に回してるだけだから気にすんな」

 そう言って俺は立ち上がる。
 するとその時――

「グオォォォォォッ!!」

 イクナの近くで巨大な魔物が咆哮と共に立ち上がった。
 まだ息をしてたのか!?マズい、イクナが――

「ガアァァァァッ!」

 イクナのことを心配して駆け寄ろうとしたと同時に、彼女からも獣のような咆哮が放たれた。
 そして瞬きした一瞬でイクナは巨体の魔物を殴り、地面に叩き付けていた。
 ……何が起きたんだ?
 その時に生まれた風圧でふわりとイクナの|外套(がいとう)のフードが取れ、素顔が露わになる。

「青い……肌……?」

 それを見たガカンが唖然とした顔をしてポツリと呟く。
 しかし彼女の顔を見て驚いたのはガカンだけじゃない。
 俺やララ、レチアも驚いていた。
 イクナの目は片方だけ人間のままだったはず……なのに今は両目とも黒目となり、黄色い獣の瞳に変化している。

「イクナ……?」

 彼女の名前を呼んでみるも反応はなく、狂ったように魔物の頭部を殴り続けた。

「おい、イクナ?一体どうしたっていうん――」

 イクナの肩に手を置いてもう一度呼びかけてみる。
 すると彼女が振り向くと同時に横からの衝撃とボキッと何かが折れる音がして、俺の視界が傾く。
 その一瞬がスローモーションに見えて、気付いた時には壁に叩き付けられていた。

「ヤタ!?」
「旦那!」

 みんなが俺の名前を呼ぶ中、痛みがないおかげですぐに立ち上がれたが、状況の把握ができずにいた。
 いや、状況が把握できないんじゃない、理解したくなかったんだ。
 俺が吹き飛ばされる直前に見たものは、イクナが拳の裏……一般的に裏拳と呼ばれる空手の技に近いもので殴ってきていたということ。
 立ち上がろうとしている俺のところに、イクナ以外が駆け寄ってきた。

「大丈夫かにゃ!?」
「ゲホッゲホッ……ああ、大丈夫。ケムいだけ……」
「よかった……旦那って本当に頑丈ですね?」
「生きてる?」

 みんなが心配してくれる中、もうすでに死人のような俺に対するララの言葉が辛辣に聞こえてくるのは気のせいだよね?

「生きてる生きてる。生きてるか生きてないかでいうと微妙なところだし目は死んでるけど、俺的には生きてるから」
「結構元気そうで安心したにゃ。でもイクナは一体どうしちゃったんだにゃ?」

 ホッと息を吐くレチアが眉を潜めてイクナを見る。
 そういえば、ガカンだけじゃなくレチアにも詳しいことは話してなかったな。

「俺とララがある施設で元々戦闘用の兵士にするために実験体にさせられていたイクナを見つけたんだよ。だからあの状態になったのはその影響かもって思ってんだけど……」

 恐れていた事態が起きた、と考えるのが自然だろう。
 少し前にレチアから俺やイクナの様子がおかしかったと聞かされた時から予想はしていた。

【仮個体名「イクナ」の体内にて複数のウイルスが活性化状態にあり、戦闘能力が飛躍的に上がっています】

 ウイルス……俺の体内にあるものと同じやつか?

【否定します。詳細は不明瞭ですが、双方が持つウイルスの種類は別のものとなります。これ以上の情報は相手の体液を摂取して獲得することができます】

 た、体液……?
 アナさんの言い方に思わず戸惑いそうになる。
 多分、血液のことを示してるんだろうけど、体液って言われるとつい卑猥な想像をしてしまう自分がいる……

【体液とは血液の他に汗、涙、唾液や排出物から摂取が――】
「やめなさい」
「突然なんにゃ?」
「……いや、なんでもない」

 アナさんの躊躇のない言葉に思わず口に出してツッコミを入れてしまった。
 しかしいくら俺の頭の中だけとはいえ、変なことを言わないでほしい。いや、俺が単に恥ずかしがってるだけなんだけど……
 それじゃあ、イクナを元に戻す方法は?

【現段階では不明。ですが八咫 来瀬が所有するウイルスの注入を推奨します】

 注入?それって……前にアリアたちにやった要領でイクナに噛み付けってことか?

【肯定します】

 ……血を飲ませるとかじゃダメか?

【仮個体名「イクナ」の情報も獲得するため、彼女の血も必要としていますので吸血が望ましいです】

 つまり……俺のウイルスをイクナの中に流し込みつつ、イクナの血を採取しろってことか。
 ……緊急事態だから仕方ないとはいえ、こいつらの前でやったらこの先白い目で見られることになりそうだな。
 そんなことを思いながらイクナに向けて歩み出す。

「どうする気にゃ?」
「どうにかするさ。言っとくけど近付くなよ?さっきのは俺だったから大丈夫だったけど、普通なら死んでる威力だからな」

 俺だったら大丈夫と遠回しに伝え、イクナに近付く。
 獣のような荒々しい呼吸をして興奮状態の彼女は俺を睨み付けてくる。完全に俺という存在を敵として認識しているな。
 まぁだけど、イクナの首元……いや、体内にウイルスを送り込むなら腕や体のどこかに噛み付けばいいだけの話。すぐに済むはずだ――
 「相手は子供だから大丈夫」なんて見通しの甘い考えをしていた。
 だけどイクナが見せた身体能力は俺の想像を超えており、瞬きをした隙に視界から消えて俺の体が宙に舞ってしまっていた。

「ぐっ……クソッ!」

 俺が宙を舞ってる間にも絶え間無く攻撃を仕掛けてくるイクナ。反撃する形で掴もうとするが、俺がそうしようとすでにそこにはいないという状態。
 早過ぎる……けど!

「こっちも無茶すれば捉えられないほどじゃない……!」

 イクナが殺す気で仕掛けてきた攻撃にわざと当たりに行き、胸を貫かれた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

母は何処? 父はだぁれ?

穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。 産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。 妹も、実妹なのか不明だ。 そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。 父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。 母は、どこへ行ってしまったんだろう! というところからスタートする、 さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。 変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、 家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。 意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。 前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。 もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。 単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。 また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。 「小説家になろう」で連載していたものです。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

異世界転生したら何でも出来る天才だった。

桂木 鏡夜
ファンタジー
高校入学早々に大型トラックに跳ねられ死ぬが気がつけば自分は3歳の可愛いらしい幼児に転生していた。 だが等本人は前世で特に興味がある事もなく、それは異世界に来ても同じだった。 そんな主人公アルスが何故俺が異世界?と自分の存在意義を見いだせずにいるが、10歳になり必ず受けなければならない学校の入学テストで思わぬ自分の才能に気づくのであった。 =========================== 始めから強い設定ですが、徐々に強くなっていく感じになっております。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

転生したらチートでした

ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!

処理中です...