異世界でも目が腐ってるからなんですか?

萩場ぬし

文字の大きさ
上 下
117 / 196
3章

閑話 父娘

しおりを挟む
~ ライアン邸宅の研究所内 ~

「ふひ、ふひひ、ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「……」

 チェスターがヤタの体の研究に没頭して奇妙な笑い声を上げているのを他所に、その娘のメリーは呆けた様子で固まっていた。

「どうしたんです、メリー?」

 つい先程まで奇声を上げていたチェスターがスッと神妙な表情でメリーの方へ振り向いた。
 誰もが驚くような切り替えの早さだったが、今ここには彼らにツッコミを入れてくれる人物は誰もいない。
 問われたメリーだが反応はなく、チェスターは「やれやれ」と肩をすくませながら一本の試験管を持ち、彼女の鼻に近付けた。

「~~~~っ!?ゲホッゲホッ!……う゛おぇっ!?」

 メリーは咳き込んだ後、涙目になりながらうら若き少女が出してはならない嗚咽をする。

「な、何するのパパ……?」
「気つけ薬を試してみた。どうだ?」
「すっ……ごく臭かったよ……まるで運動してる人間が一ヶ月くらい洗わずに着続けた服の臭いみたいだった」
「その臭いを知ってるのか?」
「クヒヒ、知らない。適当だよ」
「そうか」

 彼らの会話はそこで区切られ、チェスターは持っていた試験管を元の位置に戻す。
 メリーも自分の机に向き直ろうとしたところでチェスターに声をかけられる。

「何かあったんですか?」

 父親の一言にメリーは肩を跳ねさせ、わかりやすい反応を示した。

「な、何って……」
「自覚はあるはずですよ。、ヤタにお前を孕ませるという話をしてからというもの、ただでさえいつもボーッしてる我が娘がさらに目が見えていないかのような盲目っぷり、まるで石像かと思いましたよ。しかも研究中ですら上の空……同じ研究者として恥ずべき愚行ばかりじゃないですか?」
「うぅ……」

 メリーは図星を突かれてしまい、肩を落として項垂れる。

「なんか、あの人にこの見た目のことを言われてから変なの……フワフワする?分からないけど……可愛いって言われてからソワソワして落ち着かない感じ……」

 言葉通り落ち着かない様子で挙動不審なメリー。
 しかし父親のチェスターから言わせれば挙動不審なのはいつものことで、さらに言えばヤタは「顔立ちが良い」「スタイルが良い」とは言ったが、「可愛い」とは一言も言ってないことを覚えていた。

「そ、それに……私のために怒ってくれた人、初めてだったから……」
「メリーはそもそも私以外の人と接していませんからね」

 だから惚れやすいのかもしれない。我が娘ながらチョロい……とチェスターは心の中で思いながら溜め息を吐いて元の作業場に向き直る。

「……まぁ、惚れたなら惚れたでこちらとしても都合がいいんですけどね」

 悪印象で嫌がるよりはスムーズに事が進むから良しとすると考えたチェスター。

「惚れ、た……?」

 するとメリーはそう小さく言葉を零すと、段々と顔を赤らめていく。

「自覚が無かったんですか?」
「……わからない。惚れたのかどうかもわからない。こんな気持ち……初めてだから」
「そうですか……」

 チェスターは視線をそのままに素っ気ない返事をする。

「メリー、今日はもう休みなさい」
「え……でもまだやりたいことが……」

 チェスターの発言にメリーが戸惑う。

「その状態では何をやっても手につかないでしょう?まずは頭を冷やして落ち着いてからにしなさい」
「…………ううん、ここにいる。ここの方が心を落ち着けられそうだから……」
「そうですか」

 少々長い沈黙の後、メリーは首を横に振ってそう言い、扉の方へチラチラと視線を送る。
 チェスターはそんな彼女と時計を見て「ああ、なるほど」と納得する。
 時刻は朝八時過ぎ。
 この頃この時間になればいつも決まって顔を出す人物がいる。
 つい数日前には遅刻して来たが、ほぼ時間通りに現れる。
 チェスターから指定されたわけでもないにも関わらず。
 するとそこへ、予想通りに彼が扉を開けて現れた。

「うす」

 短い挨拶をして入って来たのは眠そうにした表情のヤタだった。

「おはよ……相変わらず今日も目が淀んでるね……」
「うるせーよ。今までで目が綺麗になったことなんて一度もねえから期待すんな。むしろこの状態を何十年も維持し続けてきたんだ、ヴィンテージものだろ」
「何の役にも立たないヴィンテージとかウケる……」

 あくびをしながらいつもの調子で屁理屈を並べるヤタと、そんな彼と徐々に打ち解けてきたメリー。
 そんな彼らを尻目に見たチェスターはほくそ笑む。

「……これでよかったんですかねぇ?私たちの一人娘……特別なことをなんてしてあげられなかった。だからこそ私の背中を見てあんな性格に育ってしまったんでしょうが……結局父親らしいことは何一つしてませんねぇ」

 チェスターは視線を机の上に置かれている写真立てに向ける。
 そこにはただ一人、はにかんだ女性が写し出されていた。

「こんな時に君が……母親がいれば、なんて最近柄にもないことを思い始めてますよ。まぁ、いたらいたで今の私たちを暴力的に痛めつけようとするでしょうが」

 自らの娘に子供を産ませて実験対象としようなど、恐らくヤタよりも怒り狂うだろうという確信が彼にはあった。
 それでも――

「それでも、『怒ってくれる存在』というのはありがたいものなんですね……」

 チェスターは数日前のヤタと、彼の妻でありメリーの母親である彼女の面影を重ねる。
 容姿で言えば似ても似つかないが、少なくともチェスターは彼に嫌悪どころか信頼に似た感情を寄せていたのは確かだった。

「んじゃ、今日は何をすればいいんだ?」

 メリーとの雑談をそこそこに終えたヤタがチェスターの方へ向く。
 声をかけられたことで物思いに耽けていたチェスターがハッと現実に引き戻される。

「……ん?どうしたんだ?」

 眉をひそめて聞いてくるヤタに、チェスターはフッと笑う。

「何でもありません。そうですね、まずは……うちの娘のことはそろそろ考えてくれましたか?」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は

だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。 私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。 そのまま卒業と思いきや…? 「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑) 全10話+エピローグとなります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

黄金蒐覇のグリード 〜力と財貨を欲しても、理性と対価は忘れずに〜

黒城白爵
ファンタジー
 とある異世界を救い、元の世界へと帰還した玄鐘理音は、その後の人生を平凡に送った末に病でこの世を去った。  死後、不可思議な空間にいた謎の神性存在から、異世界を救った報酬として全盛期の肉体と変質したかつての力である〈強欲〉を受け取り、以前とは別の異世界にて第二の人生をはじめる。  自由気儘に人を救い、スキルやアイテムを集め、敵を滅する日々は、リオンの空虚だった心を満たしていく。  黄金と力を蒐集し目指すは世界最高ランクの冒険者。  使命も宿命も無き救世の勇者は、今日も欲望と理性を秤にかけて我が道を往く。 ※ 更新予定日は【月曜日】と【金曜日】です。 ※第301話から更新時間を朝5時からに変更します。

処理中です...