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3章

2話目 後編 交渉

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 立ち話もそこそこに、近くにあった椅子に座った。イクナは俺の後について来て、膝の上に乗ってくる。
 この宿は前のとこより高いだけあって部屋も広く、家具もそれなりによかった。
 相変わらず洗濯は外で手洗い、体を洗うんだったらそういう施設に行かなきゃならないけれど。

「それにだ。ララは今その領主様のとこで住み込みをしてるんだから、無理に連れてくる必要もないだろ。むしろそのままにしておいた方が良い暮らしができて、あいつのためになるまである」
「んー……それもそうにゃのかにゃあ……?」

 納得できないでいるレチアが首を傾げているのを横目に、イクナの膝へさらに乗ってきた黒猫の喉を撫でる。
 黒猫がゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らしているのを見て癒されていると、イクナも頭を擦り付けてくる。
 うーむ……猫だけだったらいいけど、女の子膝に乗せてると犯罪っぽい感じになってしまってるような……
 というか、こんなに子供に懐かれる覚えがないんだけど、なんでなんだ?
 近所の子供からは「戦隊モノに出てくる特に活躍できない怪人」とか「気付いたらその辺に転がってる何か」なんていうようなよくわからないあだ名を付けられたことはあったけれど。
 後者なんて行き倒れのホームレスじゃねえか!ってその場でそいつらに思いっ切りツッコミ入れちまって、「キャーシャベッター!」なんて叫ばれながら逃げられたっけな……
 まぁ、俺なんてそこにいるだけで職務質問対象になるんだから今更か。

「それよりも風呂と飯にゃ。今日も汗と埃にまみれたからスッキリしたいにゃ……」

 レチアは猫の耳をペタリと垂らして項垂れてそう言う。

「そうだな。そんじゃ、イクナと一緒に飯を食っといてくれ。風呂はその後に行こう」
「また今日も一緒に食わないにゃ?」
「ああ、腹は減ってないからな。節約だ、節約」

 レチアは「どこかで食べてきてるのかにゃぁ……」と呆れた様子で首を左右に振って溜息を吐きながら方をすくめ、イクナを連れて部屋から出ていった。
 俺も一息吐いて部屋の窓を開け、タバコを一本取り出して口に咥え火を点ける。
 こんな時でもないと、あいつらの前ではそうそう吸えないからな。
 レチアは吸える年齢というが、やはりあの見た目だけあってそんな姿を見たくはない。
 誰もいない空間でゆったりしながら、ふと自分の腹を見る。
 さっき腹は減ってないと言ったが、実を言うと俺はここ最近全く食事をしてない。
 食べられないわけじゃない。食べようと思えば普通に食べることも味わうこともできる。
 しかし空腹という状態にならないのだ。
 試しにさっきのように「腹が減ってないから」と断って飲まず食わずをしてみたんだが、それから数時間どころか丸一日経っても空腹は訪れなかった。
 そして実際にはこの町に来てからの三日間は何も食べてない。
 食わずにいることで力が出ないなんてこともない。
 痛み疲れの次は空腹を感じなくなったなんて……さらに人間らしさを失ってきたな。
 俺は一本だけ吸い終えると、その吸殻をレチアから「借りている」専用の箱の中へと捨て、窓を閉める。
 そうだ、どうせレチアたちが飯を食い終えるまで時間があるんだし、少し連合の依頼を覗いておくか。
 部屋を出て下の階に降りると、レチアがフードを被せたイクナに飯を食わせているところだった。
 レチアが俺に気付いたところで手を振ってくる。

「どこかに行くのか二?」
「おう、ちょっと連合に行って依頼見てくる。いいのがあれば今のうちに取ってくるから」
「アゥアッ!」

 するとイクナが「自分もついて行きたい」と言いたげに立ち上がるが、俺は手を前に突き出してそれを制止する。

「イクナはレチアお姉ちゃんとお留守番だ。良い子に待っててくれよ」

 優しくそう語りかけると、イクナは渋々承諾する感じで不貞腐れながら座わり直す。

「僕の言葉だとあまり聞かないのに、ヤタだとちゃんと聞く二。何でか二……?」
「ちゃんと目を見て話せば伝わるんじゃないか?んじゃ、また後でな」

 それだけ言ってその場を後にした。
 夜にグラサンをかけるとバカだと思われるかもしれないけれど、これをしないと人とまともに接することができなさそうだからしておく。
 目のせいで職務質問食らって時間を無駄にしたくないしな。
 依頼を受ける場所に着くと、「連合組合」という文字の看板が掲げられている。
 なぜ前にいたところが本部でここが組合になっているのか聞いたところ、責任者がいるかどうかで決まるらしい。
 つまりここにはウルクさんのような責任者はおらず、いざと言う時の判断や報告は現場にいる者、もしくはその土地の領主が行うとのこと。
 そしてグラサンをかけて目を隠しているとはいえ、やはり怪しい奴に違いはないので、中に入ると俺を見た奴がコソコソ話をし始めるが気にせず依頼の貼られている掲示板を見る。
 依頼は地域によって見せ方が違うようだ。
 前の町では階級に合った依頼をまとめて提示してくれたが、ここでは掲示板へ雑に貼ってあって、それを受け付けに持っていく方式だ。
 むしろ都会ならまだしも、田舎であれだけ丁寧な対応は珍しいと、ここに来る道中で一緒になった冒険者の人が言っていた。

「あれ、ヤタじゃないか」

 噂をすればなんとやら。早速その人がやってきた。

「ガープさん」
「『さん』は要らねぇよ、こそばゆい!呼び捨てで呼んでくれって」

 金髪でワックスをしたようなツンツン頭の若者、ガープ。
 彼も冒険者で「剣士」の階級を持っており、俺の先輩ということになる。
 この人とはこの町に来るまでに乗った幌馬車で乗り合わせて以来、同じ冒険者仲間としてそれなりに話す中になっている。
 まぁ、それも俺がシャドウを倒したからってのもあるからなんだけど。

「何か依頼を受けに来たのか」
「ああ、ちょうどいいのがないかをな。できれば戦わずに済む雑用の仕事がいいんだけど……」
「変な方向にわがままだな……」

 呆れて笑うガープ。
 現代っ子なら誰でもそう思うはずだ。俺もうおっさんだけど。

「階級を上げて稼ぎたいとは思わないのか?」
「危険を侵してまで稼ぐってのは違うんだよなぁ……できれば楽して稼ぎたい。あわよくば誰が俺を養ってくれる人がいれば尚よし」
「冒険者にあるまじき発言だな、それ……」

 ガープがもはや呆れを通り越して引かれてしまっている俺。
 しょうがないじゃない、楽して稼ぎたいってのは誰でも思うことでござんしょ?
 そんなこと思うんだったら冒険者なるなって言われそうだけどね。
 俺がそんなことを思っていると、ガープが神妙な顔付きで掲示板を見る。

「……また増えたな」
「何がだ?」
「行方不明者が」

 ガープが見てるところに俺も目を向けると、そこには依頼とは別に老若男女の色んな似顔絵が何十枚も貼られていた。
 その紙には「探しています!」「情報求む!」「この顔を見たらお知らせください!」などなど、求人募集のような勢いで書かれている。
 そういえば初めてここに来た時も貼られていたが、あの時より圧倒的に数が増えている。
 しかも子供や老人、死亡率の高い冒険者ならまだしも、滅多に町から出ない主婦や職人なども姿を眩ませているらしい。
 しかも話を聞いたところによると、この行方不明者の大数が町から出ていないとのこと。
 つまりこの町の中で姿を消していると推測されている。

「やだやだ、裏で悪巧みでもしてるやつがいるのかね……」
「呑気に言ってるけど、次はお前が標的にされるかもしれないぞ?」

 そう言われても死ななくなった俺が標的にされたところで心配する必要はないとは思うけれど……
 天井を見上げながらふと呟く。

「……借金残したまま死ぬのは嫌だなぁ」
「そっちかよ!……ま、冒険者に言うのもなんだけど、死ぬなよ」
「お互いにな」

 その場から去っていくガープにそう返し、依頼と行方不明者の髪が乱雑に貼られた掲示板に視線を戻す。
 なんだかフラグが立ってそうな会話だった気がするけど、フラグなんて現実にそうそう起きないだろ。
 偶然が必然的に起こされる、なんて運命とかいう言葉で片付けられるのは好きじゃない。
 あるのは偶然と必然、分けられたこの二つだけなのだから。
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