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奪われる思考

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「ッ……え?」

 終わったと思った。でも痛みもなく、見ている景色も変わらない。
 いや、むしろさっきまでその場にいなかった人物が目の前にいた。

「何やってんだ、ミミィ⁉」

 彼女の登場にユースティックが驚きのあまりに怒号に似た声で叫ぶ。
 そして当のミミィは片手に魔力を吸い取る手袋を装着し、その手を前に突き出してあたしたちを庇うように前に出ていた。

「何……?」

 あたしの魔法で逸らした方法とは別の防ぎ方をしたためか、グルータスが驚いたように声を漏らす。
 助かった……?でもなんでミミィがここに……

「私のっ、出番なんてないと思ってたのに……なんでピンチに……なっちゃってるんですか?」

 息切れを起こし、その場で両膝を突きながらも笑ってそう言うミミィ。それでもやっぱりキツイのか、さらに体勢を崩して両手を地面に突いてしまう。

「ミミィ、早くその手袋を外しなさい……あたしならもう、大丈夫だから……」

 ミミィが稼いでくれた時間で口で指輪を咥え、右の人差し指になんとか嵌めた。魔力の枯渇による眩暈がなくなり、ずいぶん気が楽になった。
 一息吐いて気持ちに余裕ができたあたしはミミィ越しに見えるグルータスを見据える。ようやくあの胡散臭い顔から笑みが消え、睨むような目をした真顔であたしたちを睨んできていた。
 正直、ミミィのおかげで「やってやった感」を感じられてちょっと気分が晴れた気がする。
 今一度一呼吸して冷静になり、消し飛んだ右腕を見る。「切れた」とか「千切れた」ではなく「焼き切れた」といった感じだったから止血の心配はないことを確認する。不幸中の幸いと言うべきか……

「……これ、あとで治してもらえるのかしらね」

「ヴェルネ様……」

 余裕が出てきたからこその減らず口のつもりだったんだけど、あたしの姿が相当痛々しかったせいかジークたちが憐れむ目を向けてきた。

「何にせよ、悲しむにしても怒るにしてもう全部後よ。まずは生きて人間たちを追い返さないとね……」

 そう言って立ち上がり、ミミィが外した手袋を拾う。

「マヤル、ちょっとコレをあたしの手に嵌めるの手伝ってくれる?」

「え……は、はい!」

 こんな状況でどうしてそんなことをするのかと言いたげなマヤルだったが、特に言及することなく手伝ってくれようとする。

「ッ……なんですか、これ……魔力が吸われた……?」

 無限に魔力を吸う手袋を始めて触ったマヤルがそう言って驚くけれど、ちゃんと最後まで嵌めてくれた。

「ありがとうマヤル。……うん、どっちもちゃんと機能してるみたいね」

 魔力を際限無く吸い続ける手袋と魔力を作り出し続ける指輪。もう今は片手しかないから同じ手に二つ同時に付けたのだけれど、そうしてどちらかが機能しなくなる、もしくはどちらも機能しなくなる可能性を考えたが大丈夫らしい。
 よし、だったらもう負ける可能性は「なくなった」。

「そんな手袋一つで何を得意げな……あなたたち害獣如きでは神の威光を遮ることはできないと知りなさい!」

 上から目線は変わらないけれど、その焦りを見える態度を見て確信する。
 「神」だとか言ってるけれど、ミミィがこの手袋で防いでくれたおかげであの光の攻撃も所詮は魔力によるものなのだと。
 まだあの幻影かどうかわからないおっさんへ通用する攻撃は思い付かないけれど、防ぐ方法はもう問題ない。
 するとあの光が再び目の前を眩く照らしてきた。それに対してあたしは避けるでも魔法を発動するでもなく、ただ笑いを浮かべて立っていた。
 「なぜ避けないのか」――グルータスはもちろん、ジークたちからもそんな声が聞こえそうな表情が見えた。だけどそんな心配をする必要はない。
 あたしに向かってきた光は当たることなく空に向かって屈折して消えていった。

「……光を曲げる魔法を体に纏わせましたか」

 さして驚いた様子もないグルータスだが、その表情はたしかに不満そうにしている。

「フフッ、ずいぶん不服そうね。自分の御大層な技が効かなくなったことで打つ手がなくなったのかしら?だったら大したことないのね、あんたらの神ってのも」

 あたしがわかりやすくそう挑発すると、とうとうグルータスの表情に僅かだけど怒りが見えた。

「我らが偉大な主を冒涜するとは……やはり魔族は滅すべき存在ですね!」

 グルータスが声を荒げ、また光を放った。
 しつこい。その技はあたしには効かないって――

 ――パリン

「ぎゃっ⁉」

 違和感を覚えた。
 あたしが体の周囲に展開した反射魔法がその光を屈折させた感覚がなく、背後からは何かが割れる音と短い悲鳴が聞こえた。
 恐る恐る後ろを振り返る。そこであたしが見た光景は……誰かの上半身が消え、さらにその後ろにある町の壁が丸々切り取られるように消えていた。しかもその消えた穴の向こう、町の中からは……

「いやあぁぁぁぁぁっ⁉」

「おい、なんだ今の光は⁉」

「いてぇ……俺の、俺の足がっ……いてぇよぉ……!」

「おいこっち……コイツの体の半分が……⁉」

 それを見て、聞いて、あたしの頭は真っ白になり、背筋が凍る感覚に襲われた。

 ――ダメ、思考を奪われちゃ。

 結界は?町の人たちは⁉

 ――次の手を打たなきゃ。これ以上犠牲を出さないためにも……

 そんな……あたしのせいで……

 ――こんな状態じゃ魔法が発動しない。早く……早く冷静に……

 わかり切っていたことじゃない。
 奴らがここにきた目的はあたし。だから少なくともここであたしを殺すようなことはしないって。
 その代わりに人間がやることって言ったら……

「フフッ、一度は焦りましたが、今度はあなたの方に余裕がなくなりましたね。あなたがあなた自身しか守らない魔法を発動したことで町への意識が手薄になり、そもそも町を守る『結界』を信用し過ぎた。ダンジョンのもので生成した強力なものならともかく、我らが神の御業はそんなもの紙切れ同然に貫く」

 グルータスが得意げにそう言ったのが聞こえ、彼の方に振り返る。すると彼の目はすでにあたしではなく町の方へ向けられていた。人質にする気……?
 魔法を……町のみんなを守るものを……作り、出して……?

「……魔法が――」

 発動するはずもなかった。
 魔法を触媒もなく発動するには作り出す魔法をしっかりとイメージする必要がある。だから今のようにまともな思考ができない状態では簡単なものならまだしも、難しい魔法を発動することができなかった。

「おや、害獣同士でも情が湧くのですね?それは僥倖。どの道、魔族は全て滅するべき対象なのでこの町を滅ぼした後にあなたを拘束させてもらいます。もちろんあなたの大切な人たちも始末してからね」

 グルータスがそう言うと同時にジークたちの体が光の輪に縛られてその場で動けなくなってしまった。そしてあたしも……

「しまっ……⁉」

「クソ、なんだこの変な輪っか?全然外れねぇ……‼」

「ヴェルネ様!お逃げくださいヴェルネ様ッ‼」

 この人間はどこまでっ……!
 カズという人間としばらく過ごして忘れかけていた人間への怒りと憎悪。魔族や獣人を対等な存在とは見ないその醜悪さ……
 そう、本来の人間が「コレ」なんだ。「神の意志だ」とかなんとか言ってるけど、結局は自分たちが優位に立って相手を見下したいだけ。
 ……なんて、心の中でいくら文句を言ったところでもうどうしようもない。
 思い返せば今まで何回もあったピンチも全部カズが助けてくれたっけ……でもこの場にカズはいない。
 ねぇ、カズ?あんたがこの場にいたら、一体どんな無茶して助けてくれるのかしらね……

「ではまずはこの町を……害虫が神の御業よって滅ぼされることを光栄に思いなさい!」

 グルータスがそう言って両腕を大きく広げる。すると頭上が眩く光り、町を包み込むほど空に広がっていた。

「ヴェルネ様……」

「……ハハッ、こんなに眩しかったら眠れないじゃないの……」

 自分でも何言ってるんだろうというセリフが口から零れ出る。
 普段のあたしだったら「バカじゃないの」と言ってしまうような言動だけれど、今はもう完全に諦めてしまっていてどうでもよくなっていた。
 もはや命すら諦めかけていたその時だった。
 頭上の光がパキッと軽い音を立てて消え、ほぼ同時にあたしとグルータスとの間に何かが落下した。
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