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戦わなくても何とかなる時だってある

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 なんて考えている間にもヴェルネはローが離れろと忠告しても離れる様子は無く、困惑よりも敵意を剥き出していた。

「ここでの私兵は禁止しているはずよ。それにこの人はあたしを助けただけで何もしていないわ。暴言も暴力も、そこの常識知らずがやったことじゃない?」

「こ、この私を常識……知らず、だと……?」

 自分がナンパした女にまでバカにされたと感じた様子のイアンと呼ばれた男は口を引き吊らせ、怒りの表情へと変わる。
 だがコイツがカッとなって行動する前に俺が口を開く。

「ルールはルールだ。お前らが大人しくすると言うなら見逃すが、それ以上強硬手段を取るつもりならこっちも全力で抵抗するぞ。殺しはしないが……覚悟はしてもらう」

 こちらも周囲の兵士に向けて脅し代わりの威圧してやった。
 ここまですれば流石の彼らも普通じゃない相手をしていることを認識する。
 殺気に耐えられずに腰を抜かす者までいる中でローが前に出てきた。

「失礼、青年。あなたはこの方がどのような立場か承知の上で言っているのか?」

「まぁ、何となく……どちらにしても俺の対応は変わらないけどな。んで、あんたはどっちを優先する?「主の命令」か「ルール」か……言っとくが俺は老若男女少年少女関係無く容赦しないからな?残りの余生を片手片足で過したくないならここで引いた方が身のためだぞ……もちろん他の奴のためにもな」

 そう言って俺はローの前に立って戦意喪失している他の兵たちに目配せする。もうすでに彼以外にまともに立ってる奴はいない。
 そして騒いだせいで野次馬が集まってきてしまっていた。

「……それに立場の話をするなら、コイツはここの領主だ。立場の上下はともかく、すでに目撃者もいる中でソイツがここの責任者に手を出したなんて話になればダイスも黙ってないだろうな」

「ダイス……ダイス様?なぜ人間が魔王様の名を軽々と口にする」

 自分たちの王の名前を簡単に、しかも呼び捨てで出されたのが気に食わなかったのか、ローが感情的になる。
 ピリピリとした空気の中、俺は懐に手を入れたフリをして魔法で収納してあった黒いカードを取り出した。

「それは……!?」

「これはここでの許可証だろう?本人に会って貰ったんだ。そんな俺と揉め事を起こせばそれも面倒事になるんじゃないか?」

 と、実際どうなるかわからないけれど適当なことを言って反応を見る。驚いた顔をするローはこのカードが何なのかわかっているらしい。
 話し合い……とは程遠いが、暴力で解決したとして後々ややこしいことになるよりは、都合の良い後ろ盾を見せびらかして引いてもらえれば一番いいんだけど……

「それはあくまでここに住むことを許されたというだけの証明書ってだけでお前の行いが許されるものじゃない!」

「ああ、だが公平にはしてくれるだろ。もしお前が俺を捕らえれば魔王であるアイツの耳に届けば何かしらの処置をしてくれるし、そうすれば魔王さんと懇意にしてるコイツも証言して、どっちが本当のことを言っているかも判断してくれる。そうなると……さて、どっちが有利だと思う?」

 俺がそう言ってやるとイアンは言葉を詰まらせる。
 このカード自体は彼の言う通り在住を認めるだけの許可証ってだけでそれ以上の何かがあるというわけじゃないが、「カードを魔王から直々に貰った」という事実があるだけでこの手の話を有利に進めてくれる。それがダイスの言っていた「他にも色々役に立つ」という意味だったのだろう。
 とはいえ、あまりこういう使い方をしているとカードを直接手渡ししてくれたジェスが嫌な顔をしそうだから程々にしないとなんだが……
 するとここまでしてようやく自分たちが不利だと気付いたイアンが悔し気な顔をして振り返る。

「……行くぞ、ロー」

「はい」

 イアンは謝るでも文句を言うでもなく、私兵共々去っていく。
 彼らの姿が見えなくなってヴェルネがホッとし、野次馬をしていた奴らもイアンを避けながらそれぞれ解散していった。
 ローは去り際に申し訳なさそうな顔をしながら軽く頭を下げていった。なんというか……彼らを見てると付く相手を間違えると不憫だなと思ってしまうな。

「……多分これでよかったよな?」

「そうね、いくらこっちが有利で先に向こうが手を出したとしても、暴力沙汰を起こせば後々面倒になるわ。ただでさえあたしたちは獣魔会議に呼び出されてる立場なんだし……」

 たとえこっちが悪くなくても問題に関わったというだけでマイナスイメージが付くって話か。
 俺だけの話だったら別にいいやってなってただろうけど、ヴェルネのことを考えるとあまり過激な行動は取れないか……

「大丈夫か、あんたら?」

 そう言って俺たちに声をかけてきたのは俺がこの町に来て初めて出会った門番をしている男だった。他にもこの町で動いている兵士たちが彼の後ろに数人付いて来ていた。

「ここで揉め事があったって知らせが届いたから一番近かった俺が数人連れてすぐに来たんだが……もう解決したのか?」

「一先ずはな。相手が厄介な奴だったらこの後もどうなるかって感じだが……」

「……大事にならなきゃいいんだがな。まぁいいさ、そこら辺はあんたを信用することにするよ。俺らの領主様をしっかり守ってやってくれよ?」

 見守るような目を門番の男から向けられながらそう言われて、俺がヴェルネを抱き寄せたままだったことに気付く。
 それに野次馬たちも騒ぎが落ち着いても微笑ましいものを見る目で俺たちを見てくる者が何人かいた。

「なんだ、あの人間はロリコンだって聞いてたけど普通にヴェルネ様と恋人してるじゃない」

「でも小さい女の子ともよく出かけてるのを見るわよ?それにあの子自身が『自分が恋人だ』って言い張っていたらしいし……」

「ほら、あの年の子って背伸びしちゃう年頃じゃない?つまりそういうことよ」

 なんて近くのおばちゃんたちが話しているのが聞こえてきていた。そういやルルアが俺がロリコンだと噂を流そうとしてやがったな。
 偶然ではあったけど、これでいくらかはそのロリコン疑惑が晴れるといいんだけど……
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