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閑話 休暇中

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☆★☆★
~他視点~

 カズから早くも休暇を貰ってしまったユースティックがリントヴルグの町中を歩いていた。

「『休暇』、ね……もう前払いとして結構貰ってるし、金を稼ぐのが目的の俺からすれば別にいいんだが……」

 名を馳せているとはいえ、傭兵稼業では特別多くを貰っているわけでもないユースティックは今までほとんど休みらしい休みを取ったことがなく、「これからどうしようか」と目的も無く歩いていたのだった。
 そんな彼の耳には周囲のヒソヒソ声が聞こえてくる。

「まぁ、怖い顔……」

「知ってる?あの人ってあまり良くない噂があるんだって」

「知ってる知ってる!お金貰って人を殺したりしてるんでしょ?」

「子供を攫ったとも聞いたよ?そんな怖い人がこの町を昼間から出歩いてるの……?」

 聞こえてくる後ろめたい陰口……人々はユースティックが「豪鬼」という傭兵であることは知らずとも、そんな噂が広がる程度には有名になっていた。

「……俺も有名になったものだな」

 皮肉じみた言い方をして軽く笑い、気にせず歩く。そうして彼が辿り着いたのは人通りの少ない宿屋だった。
 その宿の中へユースティックが入ると、人相の悪い男が受付で待ち構えていた。

「……問題は?」

「ない。あんたには色々思うことはあるけれど、姐さんから頼まれちまったからな……それに『あの子』に罪はないからな」

「恩に着る」

 渋々といった感じの男にユースティックが礼を言って移動する。
 ユースティックの後姿を宿屋の男が頬杖をしながら見送り、溜め息を零す。

「……あんな男が子供にも容赦がない悪逆非道だなんて噂、誰が流したんだか」

――――
―――
――


 宿屋の一つの部屋の前で立ち止まったユースティックがドアノブに手をかけて中へと入る。

「アイラ、調子はどうだ?」

 ユースティックは優しい笑みを浮かべて中にいる少女に声をかける。そこには長めの黒髪をした少女がベッドの上で上半身を起こしていた。
 彼女がユースティックの方を見ると、彼と同じように額に目があり、優しく笑う。

「大丈夫だよ、お兄ちゃん……こほっ!」

「アイラ……」

 アイラと呼ばれた少女はそう言いつつも咳を出し、ユースティックが心配して彼女のいるベッドに近寄る。

「けほっ……お兄ちゃんこそ大丈夫?あんまり無理しちゃダメだよ」

「ははは、無茶なんて……お前のためならなんでもないから大丈夫だ。それよりも朗報があるんだ」

「朗報?」

 アイラの聞き返しにユースティックは満足そうに笑い、金貨を一枚取り出して見せる。

「傭兵稼業じゃなく、ちゃんとした職に就いてまともに稼げるようになったぞ!」

「えっ、凄い……ごほっごほっ!」

 興奮してしまったアイラが咳をしてしまう。

「おい、アイラ……あまり興奮するな」

「だってお兄ちゃんっていつもボロボロだし、あんまり良い噂聞かないから……ゴホッゴホッ!」

 咳が止まらないアイラの背中をユースティックが擦る。

「……やっと危なくない仕事ができるんでしょ?嬉しいんだから興奮して当たり前だよ!」

「そうか……それもそうだな」

 ユースティックは自分の不甲斐なさに苦笑いを浮かべる。

「でもお兄ちゃんも本当に無理しないでね?私の病気の治療方法を探すなんて……」

「…………」

 険しいというほどでなくともユースティックは神妙な顔でうつ向く。

(どの医者もサジを投げた謎の病気……薬も魔法も効かず、どこが悪いかもわからないまま衰弱していく妹。俺にできることと言えば妹の体力を回復させる薬と食事代をなんとかできるくらいには稼ぐこと……そのために多くの外道なことをしてきた。ただ一つ、子供老人を手にかけること以外は。でもそれももう必要ない……)

 カズという力強い雇い主であり味方を得ている彼にはそれが支えとなっていた。
 そしてそこに、もう一つの期待もしていた。

「大丈夫だ、アイラ。まだなんとかなるかもしれないから諦めるな。もしかしたら……今の雇い主が何とかしてくれるかもしれない」

「え?」

――――
―――
――


 所変わって休憩している最中のミミィ。

「~~~~♪」

 鼻歌を歌いながらミミィは店内で甘味を食べていた。

「お休みも貰った上にダンジョンの武具を売ったお金も結構あるし、一人になっちゃったけどこういう生活も悪くないかも~♪」

 上機嫌なミミィが店で注文したアイスに近い甘味をスプーンですくい取り、口へ運んで幸せそうな顔をする。

「パーティ組んでる時は節約とかで安い宿やご飯ばっかりだったし、毎日毎日依頼の連続だったからこんなにゆっくりしたのなんていつぶりだったかな?最初は捨てられた逃げられた~って思って落ち込んでたけど、もうそんなこともどうでもよくなっちゃったな!あっ、お兄さん、ジュースのおかわりください!」

 一人で愚痴を零しながらもさらに注文するミミィ。
 楽しそうにしていた彼女だが、ふと人々が行き交う窓の外へと視線を移す。

「……みんな元気にしてるかな」

 かつて仲間と呼んでいた者たちを思い出し、感傷に浸るミミィ。そんな彼女の視線の先にその仲間たち三人の姿が映り、目が大きく見開かれる。
 そして彼らは何の偶然かミミィと同じ店内へと入り、彼女に気付かないまま近くのテーブル席へと着いた。

(まだこの町にいたんだ)

 すでに別の町へと移ったと思われたグラン、ソルカ、ジャッカードの三人の姿を見たミミィがバレない程度に隠れて様子を窺うことにした。

「「「……ハァ」」」

 グランたちの三人の重い雰囲気に加え、同時に吐き出される溜め息。
 それを直接見ずともミミィは感じ取り、「うわぁ~」と苦い顔をする。

「……ちょっと、溜め息吐かないでよ。辛気臭い」

「それはお前もだろ?」

「全員、考えてることは同じだ。いちいち突っかかろうとするな」

 互いに責め合うギスギスとした空気。そんな「元」仲間たちを横目にミミィは甘味を口へ運ぶ。

「俺たちがこんなことをしてる間にもミミィがどんな目に合わされてるか、想像しただけでも飯が喉を通らない。だけどそれでも、何もしないわけにはいかないんだ」

 グランの言葉にミミィは胸を締め付けられたような気分になっていた。

「……やっぱり無理をしてでも助けに行くべきだったか?」

「それこそ最悪な結果になっただろう。ミミィが連れ去られるだけじゃなく、俺たちも殺されていたかもしれないんだ」

「でもだから見捨てたのか、なんて言われたら……ちょっと辛いよね」

 グランの言葉をジャッカードが否定し、ソルカが顔を伏せる。
 重苦しい空気になってしまった中でもジャッカードが店員を呼んで注文する。

「……どうすればよかったんだろうな、俺たち」

「どうしたっていい結果にはならなかったと思うよ。でも……強いて言うなら『私たちはあの人たちの好意に甘えるべきじゃなかった』……じゃない?」

 ソルカが放った言葉に聞き耳を立てていたミミィの手にグッと力が入る。
 自分を救い、さらには折れかけていた心を立ち直らせて心身共に鍛えてくれようとしている恩人となる存在に対し、「こんなことになるなら助けてもらいたくなかった」という自分勝手な言い分に苛立ちを覚えていた。

(でも……私たちが欲をかかなければ、っていうのはその通りかもしれない。私たちが帰ろうとしたタイミングですれ違わずそのまま帰っていれば、こんな気まずい関係になることはなかったのかもしれない。それでも……)

 彼らと同じように複雑な心境のミミィ。
 そしてここでどう声をかけようかと悩んでいた。そこに……

「お待たせ致しました、果汁たっぷりジュースになります!」

「あ、ありがとうございま――」

 注文した商品を持って来た店員にミミィが普段の調子でそう言って受け取ってしまい、ハッと気付いた彼女が恐る恐る彼らの方に目を向けるとミミィとグランと目が合う。

「――すぅ~……」

「ミミィ……?」

「「えっ?」」

 グランの呟きとその視線にソルカとジャッカードが振り返り、二人も甘味を食べるミミィの姿を確認する。

「ミミィ⁉」

 三人の中で一番早く行動し始めたのはソルカだった。
 素早く席を立ち、ミミィに近寄り強めに抱き締める。

「無事だったんだね!よかった……」

「ソルカ……」

 涙を流して本気で心配してくれるソルカにミミィが優しく抱き締め返す。

「ごめんなさい、心配かけちゃって……」

「謝らないでよ……ミミィを見捨てた私たちが先に謝らないといけないのに!……何もできなくてごめん」

 涙を流して謝罪をするソルカ。
 グランとジャッカードも立ち上がってミミィの近くまで行き、頭を深く下げる。

「俺も……何もできなくてごめん!」

「俺たちが不甲斐ないばかりに……すまない」

 三人の気持ちが伝わったミミィは心の隅に少しだけあった彼らを責めたい気持ちもなくなっていた。

「ううん、仕方なかったから……それにあの人たち、そのまま奥に進んだでしょう?その時にカズさん……物凄く強かった彼らに助けてもらったの」

「そうだったんだ……」

「あの人たちも無事だったんだな……まぁ、あんだけ強いんだし、そりゃあそうか」

 それからグランたちはミミィと同じテーブルに着いて座り、互いにこれまでの経緯を話し合った。
 ミミィはグランたちと別れた後にカズに弟子入りしてダンジョン武具を貰って換金したこと、グランたちはその数日の間にミミィの身を案じてダンジョン内とその周辺をウロウロしていたことを話した。

「つまり俺たちはすれ違い続けてたってことか?この狭い町の中で」

「みたい……って言っても私は一日の大半をここの領主様のお家で過ごしてたから、そのせいもあるかも」

「なるほどね……それでこれからのことはどうする?」

「これから?」

 ジャッカードの発言に全員が首を傾げる。

「……おい、まさかこのままこの町に留まるつもりだとかまた前のようにダンジョン探索をしようって考えてるんじゃないよな?」

「えっ……だってこうやって再開できたんだぞ?」

「そうだよ!なんでそんなこと……」

 彼の言葉にグランとソルカが納得できない様子だったが、ミミィは黙ってうつ向いていた。

「……私はこの町に残りたい」

「ミミィ⁉」

「なんで……」

 「また前と同じようにパーティを組んで冒険できる」と思っていたグランとソルカが問い詰めようとしたが、ミミィの目を見た二人は口を閉じてしまう。

「強くなりたいの、カズさんのところで。少なくとももう、私を誘拐しようとしたあんな人たちなんかに負けないくらいに!」

 力強いその言葉にグランたちは黙り込んでしまう。

「これはただの我が儘になっちゃうんだけど……いいかな?」

「ダメって言っても聞かないでしょ、ミミィは」

 軽く笑ってそう返すソルカにミミィはハミカミ、グランとジャッカードもそれに微笑む。

「ま、変な大人に媚びを売るよりはよっぽど健全だし、いいんじゃない?」

「うっ……」

 ソルカから金策などに困った時のことを引き合いに出されて苦い顔をするミミィ。グランたちもその事実は周知だったのか軽く笑うだけだった。

「最初はミミィに惚れてたグランがその事実を知ってショック受けてたよな。初恋だっただけに数日寝込んでたし」

「おいジャッカード!なんで今それ言うんだよ!むしろその時には二人共そのこと知ってたんだよ⁉ 知らなかったの俺だけなのなんなんだ!」

 納得できないグランの言葉にジャッカードとソルカが顔を合わせる。

「「だってグランが好きなの知ってたし」」

「なんで⁉」

「「だってわかりやすかったし」」

「マジか⁉」

 コントのようなやり取りをするグランたち。そんな彼らの様子を微笑みながら見守るミミィは……

(……そんな話、私は初耳でちょっと恥ずかしいんだけどな)

 と思いつつも咲かせてしまった話に水を差すわけにもいかず、気分を誤魔化すためにジュースをチマチマと飲むミミィ。その時にジュースの味はあまり感じられなかったとのこと。
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