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ナオミちゃんの恋‐1
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「では、他己紹介をやってもらいます。ざっくり言うと、先輩後輩でペアを組んでの相互インタビューです」
ただし男女で、と付け加えた教授の顔のニチャァ感よ。
「三年の小辻空(こつじ‐くう)です。よろしくね」
明るめの茶髪でニッと歯を見せて笑みを浮かべる女子の先輩が、隣の席にやってきた。
趣旨からして、本当は名前も相互に聞き出さないといけないのではないか。
「ゆ、夢田尚臣(ゆめだ‐なおみ)です」
思いつつ、名乗られたので名乗り返すことになった。
ゼミって、何人かで組んで発表するもんじゃないのか?
なんでペアなんだ。
「ふぅん、ナオミ君って言うんだぁ」
値踏みするような、薄い笑み。
「女の子みたいな名前だね」
やっぱりか。
こいつも、五億回くらい聞いたその名前イジリをするのか。
二十歳目前ともなればもはや聞き飽きてきて、感じる怒りも屈辱も薄れた。
「……よく言われます」
反対に呆れと諦めは深くなり、今ではほら、低いトーンで無気力にこう返すだけだ。
「んじゃ、ナオミ君からインタビューしてみてよ」
「俺からっすか。よくわかんないんで、先輩からお願いしたいんですけど」
「ダメダメ、こういうのは男の子からするものだよ。古事記にもそう書いてある」
人差し指を立て、ふんす、と顎を出す小辻先輩。
「あと十分で交代です」
教授がタイムキーパーとして、残り時間を報せてくる。
仕方ない、先輩の顔を立てて俺が先攻を買って出よう。
「わかりました。では、名前と学籍番号と学年、年齢をよろしいですか?」
「面接か!」
「面接と大差ないでしょ」
「後輩君に面接されるとか、腹立つぅ」
「そう言われましても」
「もっとちゃんとインタビューっぽく言って! 高圧的なの嫌」
「わがままですか」
「わがままボディですから」
胸をそびやかす気配を感じたが、無視してメモ用に配られた用紙に目を落とす。
「……三年の小辻空は、自称わがままボディ、っと」
「んなの書くな! 消せ、すぐに消せ!」
「小辻は、発言の責任を取ることを厭(いと)う性格であり、気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起すヒステリー持ち、っと」
「ふぅん、そういうことするんだぁ」
「しますよ。そういう課題じゃないですか。ご趣味は?」
「お見合いかよ」
「お見合いみたいなものでしょ。破談が約束されてるタイプの、親のごり押しでセッティングされただけのやつ」
「いちいち腹が立つ言い方するよね? 私、先輩だよ? もっと敬いな?」
「非常に短気な性格で、あまつさえ初対面の怯える後輩に先輩風を吹かせて威圧するパワハラ気質である、っと」
「君こそ初対面の先輩をそこまで悪意的に描写するのなんで!? ここだけの話、私、結構モテるんだけど?」
「情緒不安定で、経験人数をひけらかしたがる非常に腰の軽い女、っと」
「せんせー! ナオミちゃんがいじめるー!」
「小辻、真面目にやりなさい」
「ひどい! 先生、ひどい!」
「言動は極めて幼い。問題解決能力に欠け、他力本願で権力におもねる傾向が強い」
「残り三分」
「このままじゃ本当に最悪な調書みたいになるじゃん! えーと、趣味? 趣味はSNSと写真と食べ歩き」
「お金を払えば何をしてもいいと考えており、奇異な見た目の食べ物を写真だけ撮ってすぐゴミ箱に捨てることに何の罪悪感も抱かない」
「食べる! 食べてる! 私、好き嫌いもないから、食べ物残したことない!」
「悪食を好み、小学校では給食を残しながらも昼休みに昆虫を捕まえて生で食べていた」
「あんた、その通り書いたらマジで知らないからね」
「小辻を一言で言い表すと、弱い犬ほどよく吠える、となる」
「ぐぬぬぬぬ」
「はい、終了です。交代してください」
タイムアップとなり、筆を置く。
「お疲れ様でした」
俺の名前をイジった女にねぎらいの言葉をかけてやったのだが、小辻先輩は唇を真一文字に引き結んで俺を睨んでいた。
最初に見せた笑顔は消え失せ、顔を真っ赤にして目元には光るものがあった。
「泣くと化粧が崩れますよ」
「うるさい!」
「小辻、もう少し静かにやりなさい」
さすが大学教授だ。
講義中に学生が泣こうと、そんなことはお構いなし。
高校までの気色の悪い村社会と違って、大人の空間だと感動する。
授業中でも何かあれば学級会が始まる、ガキの群れは金輪際御免被る。
周囲の視線が痛いのなんて、どうということはない。
みんな、自分の作業に集中しなくていいのだろうか。
「……じゃあ、インタビューを始めます」
震える声で、小辻先輩が切り出した。
ゼミ室の時計を見ると、既に三分が費やされていた。
「よろしくお願いします」
猫背になって原稿に覆いかぶさる小辻先輩が、返事の代わりとばかりに頭を揺らした。
きっと滅茶苦茶に悪意的な文章を作られるのだろう。
仕返しされるから、先攻は嫌だったのだが仕方ない。
とはいえ、どうせ俺の名前をイジるような人間だ。
どのみち悪意的なインタビューを作成されるのは、端から決まっている。
「お名前は」
「夢田尚臣です。女みたいな名前だって言われるのが、死ぬほど嫌いです」
当てつけるも、特に反応はない。
一瞬、肩が跳ねたように見えたが、鼻水でもすすったのだろう。
「学年は」
「二年生です」
「出身は、ぐすっ、どちらですか」
「東京です」
「大学は、楽しいですか」
「高校までの空間に比べれば、楽しいですね」
「えぐっ、ぐすっ……良かったですね」
「はい、良かったですよ」
「サークルなどはぁ、入られて、いまづかっ」
「無駄な金がかかるので、入っていません」
「アルバイトは、されてますか」
「はい。ドーナッツのチェーン店で働いています」
「おしゃれなところで、働いて、いるんでづねっ」
「おしゃれだろうが、華やかだろうが労働は労働です。年寄りは何を言っているのか理解が難しいし、ガキは席を汚す。それが現実です。卒業後、接客業にだけは就きたくないです」
「彼女は、いまづか」
「……」
嫌な質問だ。いよいよ反撃というわけか。
「こんな嫌な性格の男と付き合う、物好きな女がいると思いますか?」
「なんでっ、嫌な性格になったんでづか」
思わず舌打ちが出てしまった。
自分で自分を嫌な性格だと言う分には構わないが、他人に言われるのはやはり気に障る。
「名前を女みたいだとイジってくるやつがゴマンといたからですよ。先輩みたいにね」
「ごめん、なざい」
「謝らなくていいですよ。そんなことで俺の嫌な気持ちは晴れないし、あなた一人が謝ったところで、他の大勢は言ったことも忘れてのうのうと生きてるんですから」
「そんなに、ナオミ君を傷つけるなんで、思わなぐで……」
「今は俺へのインタビューの時間ですよ、先輩。あなたの自分語りの時間は終わってます」
「わだぢ、むがじがら、デイガジーがない、っでぇ、めぢゃぐぢゃいわれでぇ……」
デリカシーがある、と人に言うことは普通ない。欠落を指摘するためにあるような概念だからな。
「今はあなたのことを話す時間ではないですよ」
すすり泣き、しゃくりあげ、とうとう嗚咽を漏らしだす小辻先輩。
先輩とはいえ、相手が悪いとはいえ、女子をこうも完膚なきまでに泣かせてしまうとさすがに居心地が悪い。
「ひぐっ、えぐっ……取り乱ぢでごめんなざい」
「あ、はい」
俺これ少なくともこの先輩が卒業するまで、ゼミの時間ずっと針のむしろだろ。
「彼女、欲ぢいどぉ、思いまずが?」
「……………………………………………………億万が一できたら、いい経験には、なると思います。まったく期待してませんけど」
サークルもやってないし、バイトは女系社会だし、ゼミでこんなこと起きたらんなもんできるわけねぇだろがあああああああああっ!!
女系社会のバイトだったら彼女できそう、なんて幻想はとっくに死んだ。こればっかりは、経験したやつにしかわからん。
「えーとぅ……はい、インタビュー終わりです。発表原稿の作成に移ってください」
主に俺のせいで物凄い雰囲気になった中、みんな個人での作業に入る。
改めて自分のメモを見ると、ひどいものだ。あげつらうようなことしか書いていない。
将来はゴシップ雑誌の記者でも目指すか、という気分になってくる。
俺のフィルターを通せば、どんな聖人君子でも不正に満ちた悪逆の徒に仕立て上げることができるだろう。
まして聖人君子はこの世に存在しないので、何をかいわんや。
問題はこの場がゴシップ雑誌ではなく、青臭い一方的な正義感とうぬぼれの知性を持ち、自分を善良公平だと思っている大学生の集まりだということ。
学級会が始まることこそないだろう。
しかし、悪というマーカーのついた者を叩くことに容赦がないのは変わらない。はずだ。
ゆえに俺は自己保身のためだけに、この悪辣なメモを材料に小辻先輩をまともな女性だと紹介しなければならない。
【小辻空さんへのインタビューメモ】
・三年の小辻空は、自称わがままボディ
・発言の責任を取ることを厭う性格であり、気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起すヒステリー持ち
・非常に短気な性格で、あまつさえ初対面の怯える後輩に先輩風を吹かせて威圧するパワハラ気質である
・情緒不安定で、経験人数をひけらかしたがる非常に腰の軽い女
・言動は極めて幼い。問題解決能力に欠け、他力本願で権力におもねる傾向が強い
・お金を払えば何をしてもいいと考えており、奇異な見た目の食べ物を写真だけ撮ってすぐゴミ箱に捨てることに何の罪悪感も抱かない
・悪食を好み、小学校では給食を残しながらも昼休みに昆虫を捕まえて生で食べていた
・一言で言い表すと「弱い犬ほどよく吠える」
う~ん、無理じゃね!?
二分ほどメモを眺めてみたけど、好意的な情報がカケラも引き出せていない。
そのつもりがなかったもんな。
揚げ足取りで書き留めたのとは違うプレーンな情報は、質問を介すまでもなく得られた名前と学年くらいしかない。
では、メモの内容を真逆にしてみるのはどうか?
【小辻空さんへのインタビューメモ(真逆)】
・三年の小辻空は、みんなから控えめ脳みそと呼ばれている
・発言の責任を嬉々として取りたがる性格であり、気に入ることがあるとじっくりと眠るまったりした性格
・のんきな性格で、あまつさえ初対面の後輩にヘコヘコと頭を下げるゴマスリ気質である
・何を言われてもすぐに反応することができない頭の回転の遅い女で、困ったらフラレた人数を数えて同情を誘うのが常套手段
・中身がおばあちゃん。自分でなんでも解決しようとして、それが過ちや破滅に向かっていても、責任を取るのが趣味なのでお構いなし
・飲食店のゴミ箱をあさり、お金を払って食べ残しを持ち帰るのがライフワーク。他人の食べ残しを完食した報告をSNSに上げている
・美食を嫌い、大学でも残飯を集めて一人BBQをしている
・一言で言い表すと「強い猫ほど無言の圧力を放つ」
なんだよ「強い猫ほど無言の圧力を放つ」って。
そんなことわざはない。
だいたい、真逆にしても皮肉か誹謗中傷かであることに変わりない。
意味不明なものもできてしまっている。
これでは、小辻先輩をまともな女性だと紹介できない。
では、メモの内容をマイルドなものに婉曲してみるのはどうか?
【小辻空さんへのインタビューメモ(マイルド編集版)】
・三年の小辻空は、巨乳のグラビアアイドルみたいなスタイルになりたいと思っている
・頭を空っぽにしてお話をすることが大好きで、どこか子供っぽくて甘えん坊さんだがそんなところも愛嬌がある
・お姉さんぶりたいという願望を抱いており、初対面の後輩にもお姉さん扱いをしてもらいたがる気の早さがある
・非常に感情豊かで、その魅力に引き寄せられた大勢の男友達の中で紅一点という交友関係を築いている
・自分を三歳児だと称して、可愛く見られたいとアピールする能力に長けている。愛嬌を武器に世渡りするのが得意で、特に立場が上の人を頼って生きてきた
・見た目重視の食べ物の写真を取るのが好きだが、食べること自体はあまり好きではない
・給食の時間よりも、昼休みの昆虫採集を楽しみに待つ小学生だった
・自分のことを世界で一番可愛いと思っている
書いていて気分が悪くなったので、結局後半から俺の持ち味が滲み出てしまった。
しかし、これを膨らませることで上手い感じに小辻先輩を紹介できるのではないか。
俺は早速、インタビュー文の作成に取り掛かった。
ただし男女で、と付け加えた教授の顔のニチャァ感よ。
「三年の小辻空(こつじ‐くう)です。よろしくね」
明るめの茶髪でニッと歯を見せて笑みを浮かべる女子の先輩が、隣の席にやってきた。
趣旨からして、本当は名前も相互に聞き出さないといけないのではないか。
「ゆ、夢田尚臣(ゆめだ‐なおみ)です」
思いつつ、名乗られたので名乗り返すことになった。
ゼミって、何人かで組んで発表するもんじゃないのか?
なんでペアなんだ。
「ふぅん、ナオミ君って言うんだぁ」
値踏みするような、薄い笑み。
「女の子みたいな名前だね」
やっぱりか。
こいつも、五億回くらい聞いたその名前イジリをするのか。
二十歳目前ともなればもはや聞き飽きてきて、感じる怒りも屈辱も薄れた。
「……よく言われます」
反対に呆れと諦めは深くなり、今ではほら、低いトーンで無気力にこう返すだけだ。
「んじゃ、ナオミ君からインタビューしてみてよ」
「俺からっすか。よくわかんないんで、先輩からお願いしたいんですけど」
「ダメダメ、こういうのは男の子からするものだよ。古事記にもそう書いてある」
人差し指を立て、ふんす、と顎を出す小辻先輩。
「あと十分で交代です」
教授がタイムキーパーとして、残り時間を報せてくる。
仕方ない、先輩の顔を立てて俺が先攻を買って出よう。
「わかりました。では、名前と学籍番号と学年、年齢をよろしいですか?」
「面接か!」
「面接と大差ないでしょ」
「後輩君に面接されるとか、腹立つぅ」
「そう言われましても」
「もっとちゃんとインタビューっぽく言って! 高圧的なの嫌」
「わがままですか」
「わがままボディですから」
胸をそびやかす気配を感じたが、無視してメモ用に配られた用紙に目を落とす。
「……三年の小辻空は、自称わがままボディ、っと」
「んなの書くな! 消せ、すぐに消せ!」
「小辻は、発言の責任を取ることを厭(いと)う性格であり、気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起すヒステリー持ち、っと」
「ふぅん、そういうことするんだぁ」
「しますよ。そういう課題じゃないですか。ご趣味は?」
「お見合いかよ」
「お見合いみたいなものでしょ。破談が約束されてるタイプの、親のごり押しでセッティングされただけのやつ」
「いちいち腹が立つ言い方するよね? 私、先輩だよ? もっと敬いな?」
「非常に短気な性格で、あまつさえ初対面の怯える後輩に先輩風を吹かせて威圧するパワハラ気質である、っと」
「君こそ初対面の先輩をそこまで悪意的に描写するのなんで!? ここだけの話、私、結構モテるんだけど?」
「情緒不安定で、経験人数をひけらかしたがる非常に腰の軽い女、っと」
「せんせー! ナオミちゃんがいじめるー!」
「小辻、真面目にやりなさい」
「ひどい! 先生、ひどい!」
「言動は極めて幼い。問題解決能力に欠け、他力本願で権力におもねる傾向が強い」
「残り三分」
「このままじゃ本当に最悪な調書みたいになるじゃん! えーと、趣味? 趣味はSNSと写真と食べ歩き」
「お金を払えば何をしてもいいと考えており、奇異な見た目の食べ物を写真だけ撮ってすぐゴミ箱に捨てることに何の罪悪感も抱かない」
「食べる! 食べてる! 私、好き嫌いもないから、食べ物残したことない!」
「悪食を好み、小学校では給食を残しながらも昼休みに昆虫を捕まえて生で食べていた」
「あんた、その通り書いたらマジで知らないからね」
「小辻を一言で言い表すと、弱い犬ほどよく吠える、となる」
「ぐぬぬぬぬ」
「はい、終了です。交代してください」
タイムアップとなり、筆を置く。
「お疲れ様でした」
俺の名前をイジった女にねぎらいの言葉をかけてやったのだが、小辻先輩は唇を真一文字に引き結んで俺を睨んでいた。
最初に見せた笑顔は消え失せ、顔を真っ赤にして目元には光るものがあった。
「泣くと化粧が崩れますよ」
「うるさい!」
「小辻、もう少し静かにやりなさい」
さすが大学教授だ。
講義中に学生が泣こうと、そんなことはお構いなし。
高校までの気色の悪い村社会と違って、大人の空間だと感動する。
授業中でも何かあれば学級会が始まる、ガキの群れは金輪際御免被る。
周囲の視線が痛いのなんて、どうということはない。
みんな、自分の作業に集中しなくていいのだろうか。
「……じゃあ、インタビューを始めます」
震える声で、小辻先輩が切り出した。
ゼミ室の時計を見ると、既に三分が費やされていた。
「よろしくお願いします」
猫背になって原稿に覆いかぶさる小辻先輩が、返事の代わりとばかりに頭を揺らした。
きっと滅茶苦茶に悪意的な文章を作られるのだろう。
仕返しされるから、先攻は嫌だったのだが仕方ない。
とはいえ、どうせ俺の名前をイジるような人間だ。
どのみち悪意的なインタビューを作成されるのは、端から決まっている。
「お名前は」
「夢田尚臣です。女みたいな名前だって言われるのが、死ぬほど嫌いです」
当てつけるも、特に反応はない。
一瞬、肩が跳ねたように見えたが、鼻水でもすすったのだろう。
「学年は」
「二年生です」
「出身は、ぐすっ、どちらですか」
「東京です」
「大学は、楽しいですか」
「高校までの空間に比べれば、楽しいですね」
「えぐっ、ぐすっ……良かったですね」
「はい、良かったですよ」
「サークルなどはぁ、入られて、いまづかっ」
「無駄な金がかかるので、入っていません」
「アルバイトは、されてますか」
「はい。ドーナッツのチェーン店で働いています」
「おしゃれなところで、働いて、いるんでづねっ」
「おしゃれだろうが、華やかだろうが労働は労働です。年寄りは何を言っているのか理解が難しいし、ガキは席を汚す。それが現実です。卒業後、接客業にだけは就きたくないです」
「彼女は、いまづか」
「……」
嫌な質問だ。いよいよ反撃というわけか。
「こんな嫌な性格の男と付き合う、物好きな女がいると思いますか?」
「なんでっ、嫌な性格になったんでづか」
思わず舌打ちが出てしまった。
自分で自分を嫌な性格だと言う分には構わないが、他人に言われるのはやはり気に障る。
「名前を女みたいだとイジってくるやつがゴマンといたからですよ。先輩みたいにね」
「ごめん、なざい」
「謝らなくていいですよ。そんなことで俺の嫌な気持ちは晴れないし、あなた一人が謝ったところで、他の大勢は言ったことも忘れてのうのうと生きてるんですから」
「そんなに、ナオミ君を傷つけるなんで、思わなぐで……」
「今は俺へのインタビューの時間ですよ、先輩。あなたの自分語りの時間は終わってます」
「わだぢ、むがじがら、デイガジーがない、っでぇ、めぢゃぐぢゃいわれでぇ……」
デリカシーがある、と人に言うことは普通ない。欠落を指摘するためにあるような概念だからな。
「今はあなたのことを話す時間ではないですよ」
すすり泣き、しゃくりあげ、とうとう嗚咽を漏らしだす小辻先輩。
先輩とはいえ、相手が悪いとはいえ、女子をこうも完膚なきまでに泣かせてしまうとさすがに居心地が悪い。
「ひぐっ、えぐっ……取り乱ぢでごめんなざい」
「あ、はい」
俺これ少なくともこの先輩が卒業するまで、ゼミの時間ずっと針のむしろだろ。
「彼女、欲ぢいどぉ、思いまずが?」
「……………………………………………………億万が一できたら、いい経験には、なると思います。まったく期待してませんけど」
サークルもやってないし、バイトは女系社会だし、ゼミでこんなこと起きたらんなもんできるわけねぇだろがあああああああああっ!!
女系社会のバイトだったら彼女できそう、なんて幻想はとっくに死んだ。こればっかりは、経験したやつにしかわからん。
「えーとぅ……はい、インタビュー終わりです。発表原稿の作成に移ってください」
主に俺のせいで物凄い雰囲気になった中、みんな個人での作業に入る。
改めて自分のメモを見ると、ひどいものだ。あげつらうようなことしか書いていない。
将来はゴシップ雑誌の記者でも目指すか、という気分になってくる。
俺のフィルターを通せば、どんな聖人君子でも不正に満ちた悪逆の徒に仕立て上げることができるだろう。
まして聖人君子はこの世に存在しないので、何をかいわんや。
問題はこの場がゴシップ雑誌ではなく、青臭い一方的な正義感とうぬぼれの知性を持ち、自分を善良公平だと思っている大学生の集まりだということ。
学級会が始まることこそないだろう。
しかし、悪というマーカーのついた者を叩くことに容赦がないのは変わらない。はずだ。
ゆえに俺は自己保身のためだけに、この悪辣なメモを材料に小辻先輩をまともな女性だと紹介しなければならない。
【小辻空さんへのインタビューメモ】
・三年の小辻空は、自称わがままボディ
・発言の責任を取ることを厭う性格であり、気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起すヒステリー持ち
・非常に短気な性格で、あまつさえ初対面の怯える後輩に先輩風を吹かせて威圧するパワハラ気質である
・情緒不安定で、経験人数をひけらかしたがる非常に腰の軽い女
・言動は極めて幼い。問題解決能力に欠け、他力本願で権力におもねる傾向が強い
・お金を払えば何をしてもいいと考えており、奇異な見た目の食べ物を写真だけ撮ってすぐゴミ箱に捨てることに何の罪悪感も抱かない
・悪食を好み、小学校では給食を残しながらも昼休みに昆虫を捕まえて生で食べていた
・一言で言い表すと「弱い犬ほどよく吠える」
う~ん、無理じゃね!?
二分ほどメモを眺めてみたけど、好意的な情報がカケラも引き出せていない。
そのつもりがなかったもんな。
揚げ足取りで書き留めたのとは違うプレーンな情報は、質問を介すまでもなく得られた名前と学年くらいしかない。
では、メモの内容を真逆にしてみるのはどうか?
【小辻空さんへのインタビューメモ(真逆)】
・三年の小辻空は、みんなから控えめ脳みそと呼ばれている
・発言の責任を嬉々として取りたがる性格であり、気に入ることがあるとじっくりと眠るまったりした性格
・のんきな性格で、あまつさえ初対面の後輩にヘコヘコと頭を下げるゴマスリ気質である
・何を言われてもすぐに反応することができない頭の回転の遅い女で、困ったらフラレた人数を数えて同情を誘うのが常套手段
・中身がおばあちゃん。自分でなんでも解決しようとして、それが過ちや破滅に向かっていても、責任を取るのが趣味なのでお構いなし
・飲食店のゴミ箱をあさり、お金を払って食べ残しを持ち帰るのがライフワーク。他人の食べ残しを完食した報告をSNSに上げている
・美食を嫌い、大学でも残飯を集めて一人BBQをしている
・一言で言い表すと「強い猫ほど無言の圧力を放つ」
なんだよ「強い猫ほど無言の圧力を放つ」って。
そんなことわざはない。
だいたい、真逆にしても皮肉か誹謗中傷かであることに変わりない。
意味不明なものもできてしまっている。
これでは、小辻先輩をまともな女性だと紹介できない。
では、メモの内容をマイルドなものに婉曲してみるのはどうか?
【小辻空さんへのインタビューメモ(マイルド編集版)】
・三年の小辻空は、巨乳のグラビアアイドルみたいなスタイルになりたいと思っている
・頭を空っぽにしてお話をすることが大好きで、どこか子供っぽくて甘えん坊さんだがそんなところも愛嬌がある
・お姉さんぶりたいという願望を抱いており、初対面の後輩にもお姉さん扱いをしてもらいたがる気の早さがある
・非常に感情豊かで、その魅力に引き寄せられた大勢の男友達の中で紅一点という交友関係を築いている
・自分を三歳児だと称して、可愛く見られたいとアピールする能力に長けている。愛嬌を武器に世渡りするのが得意で、特に立場が上の人を頼って生きてきた
・見た目重視の食べ物の写真を取るのが好きだが、食べること自体はあまり好きではない
・給食の時間よりも、昼休みの昆虫採集を楽しみに待つ小学生だった
・自分のことを世界で一番可愛いと思っている
書いていて気分が悪くなったので、結局後半から俺の持ち味が滲み出てしまった。
しかし、これを膨らませることで上手い感じに小辻先輩を紹介できるのではないか。
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