Locust

ごったに

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「次世代型キメラの、素体……?」
 意図せずして、その身の毛もよだつ要求をおうむ返しに呟いていた。
「やっぱり、俺たちをコウモリ人間にする気なのか!」
 久しぶりに口を開いたシケイダ君が、引き攣った声で叫ぶ。
「いやいやいや。話聞いてた? 次世代型つったでしょ。俺は理性知性を残した、自律型のキメラが欲しいわけ!」
「だったら! 成人式代わりに、精気を搾り終えた子供たちをコウモリ人間にしないで、それにしたらいいだろ!」
「シケイダ君だっけ? 君、その前段階としての精気抽出と子供の誘拐を肯定してないか、それ」
「してねぇよ! どうせコウモリ人間にするんだったら、って話だよ!」
「うん。なんでしないんだと思う?」
「なんで、って」
 生徒の質問を面白がる教師のように身を乗り出すドクターと、虚を突かれて黙り込むシケイダ君。コウモリ人間たちの観察が足りていなかったようで、シケイダ君は考え込んでいる。
 残念ながらここは、シケイダ君のための思考の場ではない。
「精気を抽出できないほどに枯れた人間では、次世代型とやらにしたところでコウモリ人間たちと同じになるからだろう」
 戸惑いを浮かべたシケイダ君が、ドクターと俺を見比べている。
「正解。さすがは探偵、いい観察眼だ。ますます手駒に欲しくなる」
 ドクターは口角を吊り上げて笑んだ。
「俺を手駒にしてどうする。直斗を解放しないなら要求は呑まない。俺がその素体になったところで、直斗が自由ならお前に従う理由がない」
「問題ない。直斗君には既にGPS付きマイクロチップを埋め込んである。どこに隠しても、いつだって誘拐し直せる。いや、次世代通信技術による人間拡張機能を使えば、自分から俺の元へ来させることも可能だ」
「貴様、直斗にそんなことを!」
「人間拡張!? もうマイクロチップでそこまでできるのか!!」
 激した俺の隣で、シケイダ君が驚愕に声を震わせていた。
「人間拡張って……何だよ」
「個人のスキルを、他人がダウンロードできる技術です。プロのピアニストの演奏技術を、女優がダウンロードしてまったく同じ演奏をするCMが流れてますよ」
「さすがは陰謀論動画の投稿者。お勉強してて偉いねぇ」
 ドクターの小馬鹿にしたような口調に、シケイダ君が怒りを露わにする。
「そういうことだよ、おじさん。泳いでもよし、クルーザーを運転させてもよし。おじさんが逆らえば、直斗君の方から僕の元へ来るようにもできるんだ」
 ドクターはゲーミングチェアから立ち上がると、白衣の内側に手を突っ込んだ。
 そこから取り出されたのは、一本の注射器。
「おい待て。俺は」
「やらないなら直斗君を殺す。はい、断る理由、消滅!」
「畜生がぁっ!!」
 ピストンを押し込まれた注射器が、針の先端から雫を垂らす。
「あ、それ。ブスリ!」
 針を刺された瞬間、筆舌に尽くしがたい激痛が走った。
「うわあああっ!!」
「日月さんっ!! くそがあっ!!」
 シケイダ君がコウモリ人間による拘束を解こうと暴れるが、結果は俺と同じだった。
「ぐううっ、いくつになっても、注射は好きになれないな」
「別に、注射を好きになってもらうために打ってないからね」
 ドクターに注射をされた箇所が、酷く熱を持っている。炎症を起こしているのだろう。
 ぷっくりと皮膚が膨らんでいた。
「何か……何かが! 俺の、腕の中を動いてる……!?」
 寄生バエに産卵されると、孵化した幼虫が血管だか皮下だかを這い回るようになると聞いたことがある。まさにそんな感覚だ。
「おじさん。アカバナキガって蛾を知ってるかい?」
「知るわけ、ねぇだろ」
「植物に化学物質を注入することで、自分の都合のいいようにその形質を変化させる。これを虫こぶと言うんだ。外敵から身を守るために、自分が擬態するんじゃなくて植物を変化させる」
蘊蓄うんちく語ってねぇで、この痛みをどうにかしやがれ!」
 全身が熱い。
 嫌な汗がびっしょりと出る。
 血管内を這いずる異物に、免疫が必死で抵抗しているのだろう。
 大の男に涙を出させる激痛が、絶えず俺を苛む。
「アカバナキガの幼虫は、その名の通り、産み落とされた植物に赤い花のような虫こぶを作るんだ。次世代型ヒトキメラは、この虫こぶやツリーマン症候群に着想を得たものなんだよ」
 一旦言葉を切り、何がおかしいのか知らないが、ドクターは腹を抱えて笑った。
「つまり、おじさんには人間をヒトキメラに変える虫とウイルスを同時に注射したってわけ!」
「この野郎! なんてものを……!」
「あ。そろそろヤバいの来ると思うよ」
「何だ、そのヤバいのって……ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
 肌が泡立っていた。
 粟立つ、ではなく、文字通りブクブクと泡が膨らんでは弾けるのだ。
 ドクンッ……!
 ドクンッ……!
 なんだ、これは。
 俺の中で、俺じゃない生命が息づくような感覚。
 心臓の鼓動が、一つでなくなる得も言われぬ気味の悪さ。
 異なる心臓が脈打つ度に、俺の身体が俺でなくなっていく。
 ドクンッ……!
 爆発的な、筋肉の発達。
 腕が、脚が。
 胸が、腹が。
 硬くて太い筋肉の鎧に覆われていく。
 服がキツい。
 膨張していく筋肉により、服が裂ける音がした。
 動画に出演するには、微妙なファッションかとも思っていたが、一張羅で来なくてよかった。
 動揺を収めるべく、そんなどうでもいいことを考える。
 すると、のしかかっていたコウモリ人間たちが、騒ぎ始めた。
 恐怖を、感じているようだった。
 精気を搾り取られた際に枯れたはずのそれを、俺の変化が、再びコウモリ人間たちにもたらしている。そんな気配が、背中から伝わってくる。
「日月、さん……!? その姿は、一体」
 引き攣ったシケイダ君の声がする。
 姿?
 そんなに俺は、恐ろしい姿に変えられたのだろうか。
 衣服を破ってしまうほどに、筋肉が肥大化してはいるがそれだけだろう?
「素晴らしい。実験は成功だ」
 ドクターが、噛みしめるように言う。
 俺を薬でパンプアップさせて、そんなに嬉しいのか?
「ウゥゥゥ……アァッ!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッス」
 腕を振り、背中の邪魔なコウモリ人間を払い落とす。
 ふっ、と身体が軽くなった。
 立ち上がった直後に、異変を感じた。
 急に、視界が広がったのだ。
 弾き飛ばしたコウモリ人間や、シケイダ君を組み伏せているコウモリ人間、部屋中にあるモニターまで見える。
 ただし、それは細かく切り取られた無数のカメラ映像の集合体のようなのだ。
 情報量が、多すぎる。
 念じると、パッと普通の視界に切り替わった。
 見える範囲も死角も、人間として当たり前のそれ。
 あれは、なんだったんだ?
 首を傾げた拍子に、培養槽群と部屋を仕切るガラスに反射する自分の姿を見て、俺は凍り付いた。
 三メートルほどの筋骨隆々とした、裸の男。
 それはいい。筋肉の爆発的な増強が行われたのは、把握している。
「顔が……俺の、顔が……!」
 培養槽に映りこんだ男が両手を這わす、その顔は。
 二つの大きな複眼。
 この姿になったことで頭髪のなくなった頭頂部から順に、黒い甲殻で固められていく身体。
 センサーのように額から伸びた、二つの触覚。
 人語を話せるのが不思議でならない、左右に開閉する二本の牙のような大顎。
 これは……!
「次世代型ヒトキメラ! ナンバーゼロゼロツー! ローケスト!」
 バッタの顔だった。
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