Locust

ごったに

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 背後から、ギリスト教の救世主の名を叫ぶ声がした。
 振り向くと、死んだ子供の脚を掴んで武器代わりに振り上げた白人男。
 それが血色の悪いだぶついた裸身を惜しげもなく晒して、走ってくるのだ。
 引きつけてから突撃をかわし、足をかけて転ばせる。
 呻く全裸白人男性の後頭部に鉈を振り下ろし、絶命させた。
「うまくいきすぎてるな」
 容赦なくクズどもをぶち殺してきたが、俺は途轍もない違和感を覚えていた。
 兵士が出てこないのだ。
 これだけのことが起きているのに、衛兵たちのようにアサルトライフルを持った私兵が一人も投入されてこないのは、おかしい。
 そのために、アサルトライフルを使わずに銃弾を温存しているというのに。
 もちろん俺たちからすれば、ここの変態は人間と認めたくない最低のクズだ。
 だが教会からすれば大事な金ヅルで、支配者層からすれば煽動の手駒で洗脳の尖兵のはずだ。
 それをむざむざ殺させるとは、どういうつもりなのだろうか。

『ハロー、沢村君。いや、日月たちもり一輝いっき君』

 元宇宙飛行士の変態を叩き殺したところだった。
 急に、男の声がしたのだ。
 ホール全体に響く放送が、俺の本名を呼んだのだ。
 しかも、衛兵の代返をしたときの沢村の名とセットで。
 パッ、とホール全体がシャンデリアの明かりで照らされた。
 松明は未だ燃えているが、他に明かりがないわけではなく、単なる雰囲気作りだったようだ。
 そんなことよりも、だ。
「なっ……!?」
 明るくなった天井を見て、俺は息を飲んだ。
 吊られたシャンデリアのさらに上には、黒い体毛に覆われた人間大の何かが、翼を畳んでぶら下がっていたのだ。
 一体や二体ではない。
 それこそ、動物園のコウモリコーナーさながらに、それは群れを成していた。
「コ、コウモリ人間!!」
 シケイダ君が悲鳴を上げたのが聞こえた。
 彼は若い。天井のこの有り様を見れば、腰を抜かすのは仕方がない。
『こちらが反撃しないのを、不思議に思わなかったのかい? まぁ、そいつらを殺されても、あんまり困らないからなんだけどね』
 こともなげに語る謎の声。
「あんた一体、誰なんだ」
『俺かい? 馬鹿な宗教家どもに取り入って、研究費を巻き上げてる賢い科学者さ』
「科学者……じゃあ、このコウモリ人間を造ったのも、お前なのか」
『そうだよ。悪魔みたいでかっこいいだろ? 成長して、精気を絞り取れなくなったガキを材料に造った兵士さ』
「クソ野郎が」
 武器を、鉈からアサルトライフルに持ち替える。
 船上で襲撃されたとき、銛は弾かれたがこれならどうだ。
「う、うわぁっ!!」
 扉の方から、無数の子供の、そしてシケイダ君の悲鳴がした。
 見れば、手足を滅茶苦茶に振ってシケイダ君がこちらに走ってくる。
「どうし……っ!?」
 理由を訊こうとして、すぐに言葉を引っ込めた。
 シケイダ君の後から、コウモリ人間の大群がホールに雪崩れ込んで来たのだ。
『あははははっ!! 衛兵から奪ったアサルトライフルで、そいつらを倒しきれるかな? ガキ相手にキメセクしてた、精気の顧客とはわけが違うよ』
 あっという間に俺たちは、コウモリ人間に包囲されてしまった。
 マッドサイエンティスト野郎の言う通り、この数を捌ける銃弾はない。
 シケイダ君が仮に銃の名手だったとしても、銃も足りない。
 コウモリ人間の翼と一体化した腕も、四足歩行に対応して発達した脚も、凄まじく筋肉が発達している。丸太と言っても過言ではない。
 白兵戦に持ち込まれたら、ひとたまりもない。
 何体か、くちゃくちゃと水音をさせて口を動かしているコウモリ人間がいた。
 血に塗れた口元から、小さな指が覗いている。
 子供を、襲ったのか。
 アサルトライフルの銃口を上げようとしてしかし、シケイダ君に制止された。
「離せ」
「無茶ですよ」
「無茶をしに来たんだ」
「じゃあ、無謀すぎます。これは、投降するしかないですよ」
「投降? 俺も君も、コウモリ人間にしてくれって泣きつくのか」
「それは……」
『あははは! おじさん、なかなかガッツあるよね』
 ズゥゥン!
 目の前にコウモリ人間が降ってきた衝撃に、俺はたたらを踏んだ。
 危うく、尻餅をつくところだった。
 態勢を立て直したところで、慌ててアサルトライフルを構える。
「グギャアアアアアアアッ!!」
 頭蓋骨の形がくっきり出た頭。それをうっすらと覆うのは、キウイフルーツの毛にも似た獣毛。
 発達、肥大化した耳は先がとんがっており、完全に獣のそれ。
 裂けた口からは鋭い牙が覗き、その間からダラダラと垂れるよだれ。生臭いそれが絨毯に染み込む度、白い煙が上がった。
 人間をやめた姿のそれはカエルのように座り込み、猛犬のように敵意を剥き出しにしていた。
『試しにそいつと戦ってみなよ』
「なんだと」
『やってみなよ。実際に戦ってみれば、案外この数を捌けるかも、なんて思っちゃうかもよ』
「…………ッ」
 ギリッ、と噛みしめた歯が軋んだ。
『やんないの?』
 またしても、ホールが揺れる。
 次々に天井からコウモリ人間が降ってきたのだ。
 しかし、こちらに殺到してくるわけではなかった。
「やめろっ!!」
 それらは跳ねないカエルのように歩き、薬物中毒にさせられた子供の首筋へと噛み付いた。
 無抵抗のまま、切なげな声を上げて干からびていく子供たち。
 吸い尽くされてミイラのようになった死体はゴミのように捨てられ、コウモリ人間はまた別の子供に食らいついた。
 血を吸う者もいれば、指、喉笛、腹と思い思いの部位を噛みちぎる者もいる。
「やめてくれ!! どうして、そんな残酷なことができるんだ!!」
『いや、こいつらも生きてるんだよ。生きているなら、タンパク質は摂らなきゃだろ。なんせ、大きな身体だ。しかもこれで空を飛ぶんだ、消費カロリーは人間の比じゃない』
 俺たちが牛豚を食うのと同じだって?
 馬鹿野郎。
 理屈は通っていても、そんなの見過ごせるわけがねぇじゃねぇかっ!!
「うわああああああああああっ!!」
 トリガーに指をかけ、子供を貪るコウモリ人間にレーザーサイトを照射する。
「ッ!?」
 しかし、最初に降って来たコウモリ人間がそれを遮り立ち塞がった。
「そこをどけぇっ!!」
 俺の怒りを代弁するように、銃口が火を噴いた。
 拳銃よりも強く断続的な反動がアサルトライフルから、身体に伝わる。
 フルオート射撃でばらまかれる銃弾が、コウモリ人間の頭部を蜂の巣に。
 するはずだった。
「嘘だろ」
 また翼だ。
 コウモリ人間は、両腕から伸びた翼を交差して頭部を守る姿勢を取っていた。
 それにより、俺の放った銃弾は一発残らず弾かれてしまった。
 当然、翼膜には傷一つ付いていない。
「だったら!」
 アサルトライフルを投げ捨て、俺は鉈を振り上げてコウモリ人間に吶喊した。
「うおらあああああああああっ!!」
 勢いよく振りかぶったそれは、しかしコウモリ人間に叩きつけられることはなかった。
「うっ……!」
「日月さん!!」
 鎧袖一触。
 コウモリ人間の腕の一薙ぎで、俺は鉈もろとも横方向へと吹っ飛ばされた。
 血小板の働きか、ゲル状になっていた血だまりへと突っ込んだ。
『どうした、どうした! おじさんの正義感は、そんなものかよ!』
「俺は、俺は……諦めないぞ」
 鉈を杖代わりに、立ち上がる。
 ダメだ。
 腰を打ったらしく、ズキズキと痛む。
 脚にも力が入らなくて、震えていやがる。
 でも。
 痛む身体に鞭打って、俺は鉈を水平に構える。
「今度こそっ!」
 助走の勢いをつけ、再度、鉈をコウモリ人間に叩き込む。
「なんてな」
 寸前で走る速度を落として、旋回。
 硬い翼膜のついた剛腕は、虚空を薙いだ。
 隙を突き、がら空きになった懐へと飛び込む。
 獲った……ッ!!
 そう確信していたのに。
「日月さあああああああああんっ!!」
 シケイダ君が叫ぶ。
 俺は宙を舞っていた。
 シャンデリアが、天井のコウモリ人間がすぐ近くに見える。
 あのコウモリ人間、空いている手で、俺を宙へと弾き飛ばしたというのか。
「んぐっ!?」
 急に襟が、凄い力で首を絞めて来た。
 違う。
『連れてこい。そっちの動画投稿者もだ』
 首筋に当たる不快な臭気と、湿気を多分に含んだ呼気。
 粘性のある液体が肌に触れると、焼けるような痛みが俺を苛んだ。
 俺は襟をコウモリ人間に口で挟まれて、運ばれているようだった。
『くれぐれも殺すなよ。生かして、運べ』
 肋骨の辺りにコウモリ人間の手が伸びると、首への締め付けが緩んだ。
「こりゃ親切にどうも」
 胸を抱えられたお蔭で、呼吸ができるようになったのは不幸中の幸いだ。
 眼下では、シケイダ君が二体のコウモリ人間に腕を掴まれ、引きずられていくのが見えた。
 ひとまず、すぐに殺されるわけではないようだった。
 いつまで持つか、わかったもんじゃないけどな。
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