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「シケイダ君、もういいぞ」
小声で呼ぶと、恐る恐る木の陰からシケイダ君が顔を出した。
「よかった、無事で!」
「まだ何も始まってない。早くこれを着ろ」
もう一式の装備を、シケイダ君に押し付ける。
「めっちゃ穴空いてますけど」
「防弾性はないということだ」
「この、ヌルヌルするの、もしかして血ですか?」
「他に何がある。カブトムシをおびき寄せるシロップだとでも思ったか」
閉口したのか、シケイダ君は大人しく死体の装備を身に着けた。
ギャグとは本来、黙らせるものという意味だ。俺のギャグも中々だったようだ。
鉈も回収して、腰に提げた鞘に収納したときだった。
『────こちら研究室。おい、沢村。沢村、応答しろ。銃声がしたが、何があった』
ジャケットのポケットから男の声がした。
トランシーバーだ。
「はい、こちら沢村。すみません、野生動物を見間違えたようです」
『野生動物だぁ? ったく。ご来場の皆様が不安に思うだろうが。お前らなんぞ、クマに食われてしまえ!』
ブチッ、と音がして、トランシーバーは沈黙した。
思わず反射的に応答してしまった。
軽はずみな行動に、背中は冷や汗でびっしょりだ。
「何やってんですか、日月さん! バレるに決まってるでしょ」
「平気だ。音質が悪いから性別さえ同じなら、わかりゃしねぇよ」
「んな無茶な!」
ガキの頃のヒットソングに、クリアな音質で通話できる携帯電話が云々、って歌詞があったな、と不意に思い出す。
空を走るクルマは発明されているが、これの普及にはまだかかりそうだ。
なんせ金持ちどもが夢中になってるのは、子供を材料にしたエリクシルだからな。
時代錯誤も大概にしやがれ。
「無茶しに来てんだよ。そんなことより」
俺はシケイダ君のアサルトライフルを取り、自分のものと比べて安全装置に当たりをつける。
それを解除した上で、シケイダ君に釘を刺した。
「これは使うな」
「え?」
抜けた声を出すシケイダ君に、オートピストルを握らせる。
衛兵の持っていたサイドアームだ。
「使うのは、こっちにしておけ」
「なんですか、それ。自決用ってことですか?」
「違う。そうじゃない」
怯えた声を出すシケイダ君をなだめるべく、努めて冷静に伝える。
「アサルトライフルは強力だが、その分、拳銃よりも扱いが難しい。連射で弾を使い切ったり、俺を撃ったりすれば目も当てられない。いいな? 絶対だぞ」
言い含めて俺、シケイダ君の順番で森を出た。
闇の中に、古びた教会が佇んでいた。
ぐるりを鉄柵で囲み、屋根から伸びた小さな鐘楼の上には、ギリスト教のシンボルである一枚の食パンのモニュメントが掲げられている。
扉に続く小道を、銃口を下にして小走りで進む。
周囲に銃口を向けて敵影がないのを確認してから、そっと扉を開く。
ギィィ、と蝶番が軋んだ。
撃たれるかもしれない、と気を張った。
素早く扉の横に身を隠して様子を伺う。銃弾が飛んでくる気配はない。
銃口を内部へと向けて身を滑り込ませ、クリアリングを行う。
左右に並んだ長椅子の間に通路があり、突き当りには説教台がある。
最奥には祭壇が聳え、その上方には聖人の顔が浮き出た聖遺物とされる一切れの食パンのモニュメントが架かっている。
ステンドグラスもあるようだが、何が描かれているのかは暗くてよく見えない。
新月の夜でなくても、俺にはきっとわからないのだろうが。
安全が確認できたところで振り返り、手招きしてシケイダ君を呼び寄せる。
「来るんだ」
夜目が利かないのだろうか。
結局、小声で呼ぶことになった。
シケイダ君が扉を閉めると、もう何の音もしなくなった。
「教会でヤバいことやってんじゃないのかよ」
命懸けで潜入した、秘密教会らしき建造物。
しかし、いかなる人影も認めることができなかった。
声を荒げこそしないが、シケイダ君を責める気持ちが湧いてくる。
「待ってくださいよ。こういうのは、地下でやってるものでしょ」
「地下ねぇ。どこにその出入口があるってんだよ」
迂闊に明かりを点けるわけにもいかず、ほぼ手探りで壁や床を調べる。
「金持ちの道楽だってのに、兵隊に暗視ゴーグルも持たせねぇのかよ」
衛兵から奪った装備に、それがなかったことを愚痴る。
もっとも、その場合俺たちが死んでいた可能性も高いのだが。
「やっぱり、祭壇が怪しいんじゃないですか?」
「デカいから、通り道は作りやすいかもな」
「支配者層は、自分たちを神だと思っていますからね」
「ふーん、裸の神様ってか」
「さる集まりでは、世界を牛耳る連中が自分たちをオリュンポス十二神に例えて呼び合っているという噂です」
「中学生かよ」
「あの手の連中は、揃いも揃ってオカルティストですから」
「そうかよ。ゼウスのやつとハデスのやつで、アメイジンググレイスでも歌っ……隠れろ!」
皮肉を言い終わる直前、俺はシケイダ君に慌てて指示を出す。
足音が聞こえたのだ。
シケイダ君の言っていた通り、祭壇の方から。
物陰に身を潜め、祭壇の方を伺う。
やがて、俺たちがいるのとは反対方向で扉の開く音がした。
男だ。
壮年の男が二人、英語で会話している。
懐中電灯で暗い教会内を照らし、出口へ向かっているのがわかった。
まずい。
今、あの二人を外に出せば、衛兵がいないことに気付かれてしまう。
アサルトライフルを提げるベルトを静かに外し、それをシケイダ君に預ける。
鉈を小さく振って見せると、シケイダ君は引き攣った笑みを浮かべた。意味を理解してくれたようで、何よりだ。
身軽になった俺は、中腰になって壮年の男たちの背後に回った。
鉈を床と水平に構え、足音を殺して男たちに接近。
英語はよくわからないが、片方はネイティブでもう一方は日本人だということはわかった。
それと、下品な話をしていることも。
間合いに入ったところで鉈を大上段に持ち替えて、飛び掛かった。
巨体を揺すって笑う英語ネイティブの後頭部に、勢いよく鉈を振り下ろす。
手に伝わる、頭蓋をかち割る感触。
英語ネイティブの頭部にめり込んだ鉈を、力を込めて引き抜く。
びくん、と痙攣した英語ネイティブは前のめりに倒れ込んだ。
隣を歩いていた日本人が、驚愕の声を上げて立ち止まる。
懐中電灯で目をくらまされる前に、右手で横薙ぎに日本人の顔をぶん殴る。
怯んだ隙に、また両手で鉈を握り込む。
首を狙って斜めに一撃、さらに頭頂部へ一撃。
倒れ込んだところへ、トドメを振り下ろす。
「こいつか。怪しい、と刑事時代に小耳に挟んだことがあったな」
日本人が取り落とした懐中電灯で、その顔を照らしてみた。
大手ネット通販会社の社長だ。
「海外から亡命してきた女性を囲って、怪しげな宴を催していたとは俺も聞いています」
いつの間にかそばに来ていたシケイダ君が、アサルトライフルを押し付けてきた。
二丁持つのは、重いよな。
英語ネイティブの方は、死んで顔が弛緩していることもあり、俺には誰かわからなかった。
だが、シケイダ君は知っていたようで、驚きとともに俺にその名前を伝えて来た。
ニュースで何度か見た、国連で何かを司っている白人男だった。
国内のカルトと繋がっている、と陰謀論者から槍玉にあげられていたっけ。
いつまでも死体を検分していても、仕方ない。
二つの死体を、シケイダ君と協力して教会の隅に移動させた。
床の血痕を拭き取るほどの余裕はない。必要もない。闇に乗じて動くとは、そういうことだ。
社長の財布から万札をくすね、残りの戦利品はシケイダ君にくれてやった。
衛兵との戦闘からこっち、撮影どころじゃない状況だし、俺の殺人を記録されるのも困る。
そこで、こいつらの財布とスマホだ。
ただの個人情報以上の価値があるはずだ。
今後の動画作りにも、役立つだろう。
「いらないですよ、こんなの!」
「なら捨てろ。シケイダ君の指紋がべったりついた、著名人の財布とスマホをな」
渋々といった様子で、シケイダ君はジャケットに財布とスマホを仕舞った。
俺も鉈を腰に提げ直し、武器をアサルトライフルに持ち替える。
「これでもし、非合法な集まりじゃなかったら、俺たち、ヤバいですよね」
「コウモリ人間のことを忘れたのか。君の仲間も攫われたんだぞ」
「あれがただのUMAで、この教会が無関係の社交クラブだって可能性もありますよ」
「そのときは……君は動画のネタを餌に、俺に誘拐された被害者でしかない、という線で行こう」
俺は完全にこの教会が黒だと睨んでいる。
不安に思うのも無理はないが、シケイダ君のそれは杞憂というやつだ。
祭壇の周りを探り、念のためにも他の扉がないか確認する。
社長と国連の偉いさんが出て来たもの以外に、扉はないようだった。
扉を開けると、下へと続く階段があった。
それなりに、深い。
「足元に気を付けて降りろよ」
シケイダ君に注意を促して、俺も壁に手を当ててゆっくり降り始めた。
祭壇の扉をシケイダ君が閉めると、何も見えなくなった。
何も見えない闇の中だからだろうか。
わずかに反響する、自分たちの息遣いと呼吸音が殊更に大きく聞こえた。
心臓の拍動さえ、聞こえてきそうだった。
いわゆる支配者層の人間や、衛兵とすれ違ったら先制攻撃で昏倒させる必要がある。
戦闘になれば今度こそ異変に気付かれるだろうし、銃なんてもってのほかだ。
もっとも、コウモリ人間のような異形と会敵したら、俺も平静を保てる自信はないが。
やがて、明かりに照らされた床が見えて来た。
無事に降りてこられたことに、思わず胸を撫で下ろした。
しかし、弛みは一瞬。
深呼吸の後、改めて気を引き締める。
壁に身を隠しながら、フロアの様子を伺った。
見たところ、哨戒の兵士の姿はない。
高級そうな赤い絨毯が敷かれ、上品な間接照明に照らされているだけだ。
監視カメラも、それとわかるものはない。
だが隠しカメラはきっとある。
ここにやってきた人間をコントロールするときに、記録映像を脅迫材料として使えるからだ。
映らないようにするのは、無理だ。素早くことを済ませる必要がある。
振り返り、シケイダ君を呼び寄せる。
壁伝いに移動していくうち、豪勢な両開きの扉が見えた。
スーツ姿のドアボーイが二人、両脇に立っているが丸腰だ。
とはいえ、鉈で奇襲をかけるには、ここは明るすぎる。
迷っている暇はない。
「いいか。今から堂々と歩いてあいつらに近づくぞ」
「は?」
「衛兵と間違えて無反応な可能性がある」
「いや、衛兵こんなとこまで降りてこないでしょ」
「じゃあ、緊急事態を知らせるふりをして走り寄り、そのまま殴り倒そう」
「普通に走って鉈で襲えばいいんじゃないですか?」
普通に、って。
俺が人を殺すのに慣れてきたのか、映画やゲームでも見ているように思い込もうとしてるのか。
「それで行こう」
なんにせよ、反対されて問答するよりはマシだ。
壁の陰から躍り出た俺は、鉈を手に絨毯を蹴って走った。
驚いたドアボーイが泡を食ったように、インカムに手を伸ばす。
させるか。
鉈を投擲し、インカムを牽制。
その隙に拳銃を取り出す。銃把でもう一人を殴り、その眼球を叩き潰す。
衛兵のサイドアームを、俺ももらっておいたのだ。
実際に撃つだけが銃の能じゃない。
銃をちらつかせるだけで、人間の心には恐怖が生まれる。
そこに付け入り鉄の塊で殴ってやれば、無駄な銃声も銃弾もなく相手を制圧できる。
うずくまるボーイの顔面に蹴りを叩き込み、インカムを捨てさせる。
そのまま、直前に鉈で牽制した方にも銃で殴りかかった。
「チッ!」
しかし、腕を捻り上げられてしまった。
ならば、とその場で飛び跳ねて絨毯へと倒れ込む。
つられてこけたボーイの手が、腕から離れた。
その隙にボーイへと馬乗りになり、銃把で顔を滅多打ちにする。
横目で、最初に殴り倒したボーイを見やる。
ボーイは両手を上げていた。
後から来たシケイダ君に、アサルトライフルの銃口を向けられていたからだ。
両目を潰して少ししたくらいで、ボーイが動かなくなった。
「ま、待ってくれ! なんでも、なんでもするほがっ、ほがほがほが!」
振り向くと、命乞いをし出したボーイの口内にシケイダ君が銃口を突っ込んでいた。
「ナイス」
鉈を回収すると、俺は二人のボーイの頭蓋を叩き割って殺した。
小声で呼ぶと、恐る恐る木の陰からシケイダ君が顔を出した。
「よかった、無事で!」
「まだ何も始まってない。早くこれを着ろ」
もう一式の装備を、シケイダ君に押し付ける。
「めっちゃ穴空いてますけど」
「防弾性はないということだ」
「この、ヌルヌルするの、もしかして血ですか?」
「他に何がある。カブトムシをおびき寄せるシロップだとでも思ったか」
閉口したのか、シケイダ君は大人しく死体の装備を身に着けた。
ギャグとは本来、黙らせるものという意味だ。俺のギャグも中々だったようだ。
鉈も回収して、腰に提げた鞘に収納したときだった。
『────こちら研究室。おい、沢村。沢村、応答しろ。銃声がしたが、何があった』
ジャケットのポケットから男の声がした。
トランシーバーだ。
「はい、こちら沢村。すみません、野生動物を見間違えたようです」
『野生動物だぁ? ったく。ご来場の皆様が不安に思うだろうが。お前らなんぞ、クマに食われてしまえ!』
ブチッ、と音がして、トランシーバーは沈黙した。
思わず反射的に応答してしまった。
軽はずみな行動に、背中は冷や汗でびっしょりだ。
「何やってんですか、日月さん! バレるに決まってるでしょ」
「平気だ。音質が悪いから性別さえ同じなら、わかりゃしねぇよ」
「んな無茶な!」
ガキの頃のヒットソングに、クリアな音質で通話できる携帯電話が云々、って歌詞があったな、と不意に思い出す。
空を走るクルマは発明されているが、これの普及にはまだかかりそうだ。
なんせ金持ちどもが夢中になってるのは、子供を材料にしたエリクシルだからな。
時代錯誤も大概にしやがれ。
「無茶しに来てんだよ。そんなことより」
俺はシケイダ君のアサルトライフルを取り、自分のものと比べて安全装置に当たりをつける。
それを解除した上で、シケイダ君に釘を刺した。
「これは使うな」
「え?」
抜けた声を出すシケイダ君に、オートピストルを握らせる。
衛兵の持っていたサイドアームだ。
「使うのは、こっちにしておけ」
「なんですか、それ。自決用ってことですか?」
「違う。そうじゃない」
怯えた声を出すシケイダ君をなだめるべく、努めて冷静に伝える。
「アサルトライフルは強力だが、その分、拳銃よりも扱いが難しい。連射で弾を使い切ったり、俺を撃ったりすれば目も当てられない。いいな? 絶対だぞ」
言い含めて俺、シケイダ君の順番で森を出た。
闇の中に、古びた教会が佇んでいた。
ぐるりを鉄柵で囲み、屋根から伸びた小さな鐘楼の上には、ギリスト教のシンボルである一枚の食パンのモニュメントが掲げられている。
扉に続く小道を、銃口を下にして小走りで進む。
周囲に銃口を向けて敵影がないのを確認してから、そっと扉を開く。
ギィィ、と蝶番が軋んだ。
撃たれるかもしれない、と気を張った。
素早く扉の横に身を隠して様子を伺う。銃弾が飛んでくる気配はない。
銃口を内部へと向けて身を滑り込ませ、クリアリングを行う。
左右に並んだ長椅子の間に通路があり、突き当りには説教台がある。
最奥には祭壇が聳え、その上方には聖人の顔が浮き出た聖遺物とされる一切れの食パンのモニュメントが架かっている。
ステンドグラスもあるようだが、何が描かれているのかは暗くてよく見えない。
新月の夜でなくても、俺にはきっとわからないのだろうが。
安全が確認できたところで振り返り、手招きしてシケイダ君を呼び寄せる。
「来るんだ」
夜目が利かないのだろうか。
結局、小声で呼ぶことになった。
シケイダ君が扉を閉めると、もう何の音もしなくなった。
「教会でヤバいことやってんじゃないのかよ」
命懸けで潜入した、秘密教会らしき建造物。
しかし、いかなる人影も認めることができなかった。
声を荒げこそしないが、シケイダ君を責める気持ちが湧いてくる。
「待ってくださいよ。こういうのは、地下でやってるものでしょ」
「地下ねぇ。どこにその出入口があるってんだよ」
迂闊に明かりを点けるわけにもいかず、ほぼ手探りで壁や床を調べる。
「金持ちの道楽だってのに、兵隊に暗視ゴーグルも持たせねぇのかよ」
衛兵から奪った装備に、それがなかったことを愚痴る。
もっとも、その場合俺たちが死んでいた可能性も高いのだが。
「やっぱり、祭壇が怪しいんじゃないですか?」
「デカいから、通り道は作りやすいかもな」
「支配者層は、自分たちを神だと思っていますからね」
「ふーん、裸の神様ってか」
「さる集まりでは、世界を牛耳る連中が自分たちをオリュンポス十二神に例えて呼び合っているという噂です」
「中学生かよ」
「あの手の連中は、揃いも揃ってオカルティストですから」
「そうかよ。ゼウスのやつとハデスのやつで、アメイジンググレイスでも歌っ……隠れろ!」
皮肉を言い終わる直前、俺はシケイダ君に慌てて指示を出す。
足音が聞こえたのだ。
シケイダ君の言っていた通り、祭壇の方から。
物陰に身を潜め、祭壇の方を伺う。
やがて、俺たちがいるのとは反対方向で扉の開く音がした。
男だ。
壮年の男が二人、英語で会話している。
懐中電灯で暗い教会内を照らし、出口へ向かっているのがわかった。
まずい。
今、あの二人を外に出せば、衛兵がいないことに気付かれてしまう。
アサルトライフルを提げるベルトを静かに外し、それをシケイダ君に預ける。
鉈を小さく振って見せると、シケイダ君は引き攣った笑みを浮かべた。意味を理解してくれたようで、何よりだ。
身軽になった俺は、中腰になって壮年の男たちの背後に回った。
鉈を床と水平に構え、足音を殺して男たちに接近。
英語はよくわからないが、片方はネイティブでもう一方は日本人だということはわかった。
それと、下品な話をしていることも。
間合いに入ったところで鉈を大上段に持ち替えて、飛び掛かった。
巨体を揺すって笑う英語ネイティブの後頭部に、勢いよく鉈を振り下ろす。
手に伝わる、頭蓋をかち割る感触。
英語ネイティブの頭部にめり込んだ鉈を、力を込めて引き抜く。
びくん、と痙攣した英語ネイティブは前のめりに倒れ込んだ。
隣を歩いていた日本人が、驚愕の声を上げて立ち止まる。
懐中電灯で目をくらまされる前に、右手で横薙ぎに日本人の顔をぶん殴る。
怯んだ隙に、また両手で鉈を握り込む。
首を狙って斜めに一撃、さらに頭頂部へ一撃。
倒れ込んだところへ、トドメを振り下ろす。
「こいつか。怪しい、と刑事時代に小耳に挟んだことがあったな」
日本人が取り落とした懐中電灯で、その顔を照らしてみた。
大手ネット通販会社の社長だ。
「海外から亡命してきた女性を囲って、怪しげな宴を催していたとは俺も聞いています」
いつの間にかそばに来ていたシケイダ君が、アサルトライフルを押し付けてきた。
二丁持つのは、重いよな。
英語ネイティブの方は、死んで顔が弛緩していることもあり、俺には誰かわからなかった。
だが、シケイダ君は知っていたようで、驚きとともに俺にその名前を伝えて来た。
ニュースで何度か見た、国連で何かを司っている白人男だった。
国内のカルトと繋がっている、と陰謀論者から槍玉にあげられていたっけ。
いつまでも死体を検分していても、仕方ない。
二つの死体を、シケイダ君と協力して教会の隅に移動させた。
床の血痕を拭き取るほどの余裕はない。必要もない。闇に乗じて動くとは、そういうことだ。
社長の財布から万札をくすね、残りの戦利品はシケイダ君にくれてやった。
衛兵との戦闘からこっち、撮影どころじゃない状況だし、俺の殺人を記録されるのも困る。
そこで、こいつらの財布とスマホだ。
ただの個人情報以上の価値があるはずだ。
今後の動画作りにも、役立つだろう。
「いらないですよ、こんなの!」
「なら捨てろ。シケイダ君の指紋がべったりついた、著名人の財布とスマホをな」
渋々といった様子で、シケイダ君はジャケットに財布とスマホを仕舞った。
俺も鉈を腰に提げ直し、武器をアサルトライフルに持ち替える。
「これでもし、非合法な集まりじゃなかったら、俺たち、ヤバいですよね」
「コウモリ人間のことを忘れたのか。君の仲間も攫われたんだぞ」
「あれがただのUMAで、この教会が無関係の社交クラブだって可能性もありますよ」
「そのときは……君は動画のネタを餌に、俺に誘拐された被害者でしかない、という線で行こう」
俺は完全にこの教会が黒だと睨んでいる。
不安に思うのも無理はないが、シケイダ君のそれは杞憂というやつだ。
祭壇の周りを探り、念のためにも他の扉がないか確認する。
社長と国連の偉いさんが出て来たもの以外に、扉はないようだった。
扉を開けると、下へと続く階段があった。
それなりに、深い。
「足元に気を付けて降りろよ」
シケイダ君に注意を促して、俺も壁に手を当ててゆっくり降り始めた。
祭壇の扉をシケイダ君が閉めると、何も見えなくなった。
何も見えない闇の中だからだろうか。
わずかに反響する、自分たちの息遣いと呼吸音が殊更に大きく聞こえた。
心臓の拍動さえ、聞こえてきそうだった。
いわゆる支配者層の人間や、衛兵とすれ違ったら先制攻撃で昏倒させる必要がある。
戦闘になれば今度こそ異変に気付かれるだろうし、銃なんてもってのほかだ。
もっとも、コウモリ人間のような異形と会敵したら、俺も平静を保てる自信はないが。
やがて、明かりに照らされた床が見えて来た。
無事に降りてこられたことに、思わず胸を撫で下ろした。
しかし、弛みは一瞬。
深呼吸の後、改めて気を引き締める。
壁に身を隠しながら、フロアの様子を伺った。
見たところ、哨戒の兵士の姿はない。
高級そうな赤い絨毯が敷かれ、上品な間接照明に照らされているだけだ。
監視カメラも、それとわかるものはない。
だが隠しカメラはきっとある。
ここにやってきた人間をコントロールするときに、記録映像を脅迫材料として使えるからだ。
映らないようにするのは、無理だ。素早くことを済ませる必要がある。
振り返り、シケイダ君を呼び寄せる。
壁伝いに移動していくうち、豪勢な両開きの扉が見えた。
スーツ姿のドアボーイが二人、両脇に立っているが丸腰だ。
とはいえ、鉈で奇襲をかけるには、ここは明るすぎる。
迷っている暇はない。
「いいか。今から堂々と歩いてあいつらに近づくぞ」
「は?」
「衛兵と間違えて無反応な可能性がある」
「いや、衛兵こんなとこまで降りてこないでしょ」
「じゃあ、緊急事態を知らせるふりをして走り寄り、そのまま殴り倒そう」
「普通に走って鉈で襲えばいいんじゃないですか?」
普通に、って。
俺が人を殺すのに慣れてきたのか、映画やゲームでも見ているように思い込もうとしてるのか。
「それで行こう」
なんにせよ、反対されて問答するよりはマシだ。
壁の陰から躍り出た俺は、鉈を手に絨毯を蹴って走った。
驚いたドアボーイが泡を食ったように、インカムに手を伸ばす。
させるか。
鉈を投擲し、インカムを牽制。
その隙に拳銃を取り出す。銃把でもう一人を殴り、その眼球を叩き潰す。
衛兵のサイドアームを、俺ももらっておいたのだ。
実際に撃つだけが銃の能じゃない。
銃をちらつかせるだけで、人間の心には恐怖が生まれる。
そこに付け入り鉄の塊で殴ってやれば、無駄な銃声も銃弾もなく相手を制圧できる。
うずくまるボーイの顔面に蹴りを叩き込み、インカムを捨てさせる。
そのまま、直前に鉈で牽制した方にも銃で殴りかかった。
「チッ!」
しかし、腕を捻り上げられてしまった。
ならば、とその場で飛び跳ねて絨毯へと倒れ込む。
つられてこけたボーイの手が、腕から離れた。
その隙にボーイへと馬乗りになり、銃把で顔を滅多打ちにする。
横目で、最初に殴り倒したボーイを見やる。
ボーイは両手を上げていた。
後から来たシケイダ君に、アサルトライフルの銃口を向けられていたからだ。
両目を潰して少ししたくらいで、ボーイが動かなくなった。
「ま、待ってくれ! なんでも、なんでもするほがっ、ほがほがほが!」
振り向くと、命乞いをし出したボーイの口内にシケイダ君が銃口を突っ込んでいた。
「ナイス」
鉈を回収すると、俺は二人のボーイの頭蓋を叩き割って殺した。
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キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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